辺りはすっかり夕暮れ時。
トゥアールの持つ認識撹乱装置のお陰で、誰かに見つかるということもなく現場から離れることが出来た。トゥアール驚異のメカニズム。面倒な行事とかバックレるのに便利そうだ。
神堂は途中で
その際に、起こった事を若干の嘘を交えつつ伝えておいた。主にテイルレッドの身ばれ防止の為に。今思えば目茶苦茶親しげに話してたからな。下手しなくても関係者と思われるぐらい。神堂は気絶しっぱなしだったから大丈夫だと思いたい。
桜川さんは倒れていた神堂を俺が保護したと思ったらしく、こちらが恐縮する程感謝された。そこは友だちだから当たり前である。友情は見返りを求めないらしいんで。
だからお礼と称して婚姻届を渡さんで下さい。そもそも俺は未成年です。なりふり構わなすぎて、居た堪れなくなる。誰か貰ってあげて。
そして現在は自宅近くの路地裏にいる。帰りもトゥアールのゾーンメモリ(仮)で一発だった。これもいいな。遅刻と無縁になる。
「んじゃ、小町寝かせてくるから」
眠りこけたままの、小町を背負い直しながら言う。気を失ったまま眠ってしまったが、大きな問題はなさそうだ。さっきまでは俺の背中で暢気にぐーすかイビキを立てていたぐらいだからな。
なんか首筋がしっとりしてるんですけど。まさか小町ちゃん、涎たらしていないよね?
「あれだったら、先に始めてくれ」
「わかった。こっちのことは気にしないでくれ」
「そうよ。ちゃんと小町のことを見ててあげなさいよ」
これから総二の部屋で詳しい説明を聞くことになっている。さっきまでは緊急事態だから後回しにしたが、敵の正体その他諸々分からないことだらけだからな。
そんで全てを知ってそうなトゥアールから改めて話を聞くことになったんだが、「どうせなら総二様のお部屋で話します。なんでしたらお話だけでなくそのまま嗚呼ああアアアアアぁぁぁぁ……………っ!!(首が折れそうな音)」………ということになった。
その為に総二は、如何にこの痴女を隠して家に入るか頭を悩ませている。自宅に帰るだけなのに。
住居兼店をやっているとこういう時大変だな。出勤しなくて済むのは楽そうだが。
家の場合は両親共に社畜だから、この時間に帰ってきていることはまずない。毎日遅くまでご苦労様です。
「じゃ、任せるわ。サンキューな」
こっそりと裏口に回る総二達に礼を告げ、自宅の鍵を開ける。背後から「おっじゃまし…うがぁぁぁぁぁ!」なんて声が聞こえてくるが、全力でスルーをする。
「ただいま」
と、無人の家に声を掛ける。うな~、という鳴き声と共に足にぽんと軽い感触。
「おう、ただいま、ミック」
我が家の飼い猫のミック(灰猫・♀)である。元は野良だったが、理由あって一年ほど前から加わった新しい家族だ。名前の由来は勿論、園咲家の飼い猫からだ。性別が違う?甘いな。ミックを演じたブリちゃんは雌だ。
「お腹すいたのか?ちょっと待っててくれよ」
ミックはな〜な〜鳴きながらすり寄ってくる。あいつと違って俺にめちゃめちゃ懐いてくれている。
件のあいつ━━━ニャア、と言う鳴き声と共に現れる一匹の猫。のそりとやって来たそいつに、ミックのじゃれつきアタックが向かう。
「カマクラもただいま」
先住猫でありミックの兄貴分であるカマクラ(アメショ・♂)だ。数年前に小町の猫を飼いたいの一言で迎えた、由緒正しき血統書付き。それこそ
今もミックのされるがままになっているのは、俺が小町を落とさない様に気を逸らしているからだ。妹分を満足させながらも目標を達成するとは、なんという気配り力。猫は三歳児程の知能があると言われているが、彼はそれ以上だと思うのは飼い主贔屓か?
おっと、飼い猫同士のやり取りに和んでいる場合じゃないな。早いとこ小町を寝かせてやらんと。
俺が動く気配を感じたのか、カマクラはちらりとこちらを見ると、付いてこいとばかりに先導する。その尻尾を楽しそうに追いかけるミック。
階段を登り小町の部屋の前に来るとジャンプして取っ手を掴み、器用に扉を開けてくれた。
「サンキューな、カマクラ」
もう用は済んだ、とばかりに去って行くカマクラの背に礼を言う。よく出来たハードボイルドキャットだよ、お前さんは。
小町の部屋に入りベッドに寝かせる。小町の頭を撫でて部屋から出ようとすると、
「……お兄ちゃん」
ぱちり、と目を開けた小町に呼び止められた。
「なんだ、起きてたのか」
「うん、ちょっと前から」
すぐさま踵を返し、小町の横にしゃがみ込む。
「痛いとこ、ないか?」
「うん、大丈夫だよ。慧理那さんが庇ってくれたから。小町よりも慧理那さんは?」
本当に神堂には頭が上がらない。あんな化物ども相手から身を挺してまで誰かを護れるなんて。
「ああ、神堂も無事だ。というか、神堂と知り合いだったんだな」
「慧理那さんは中等部でも有名だからね。パーフェクトお嬢様生徒会長だって」
流石、神堂。高等部からの外部入学組なのに中等部まで名前が知れ渡ってるとは。
「お兄ちゃんも有名だよ。生徒会長に付き従う目つきのヤバイ奴とか、鬼の副会長とか、鬼ィちゃんとか」
それ、悪い意味で有名じゃない?
「小町も生徒会だから会うことがあったんだ。その時お兄ちゃんの妹だって言ったら、話が弾んで仲良くなったんだよ」
共通の知人がいれば会話は弾みやすくなるか。神堂しか友だちいないから知らんけど。
「お兄ちゃんなしにしても、慧理那さんは素敵な人だからね。優しいし、ギュッとするとあったかいしいい匂いするし………有力なお義姉ちゃん候補だし」
小町ちゃん、なんかヤバいこと言ってるわよ。失礼なことしてないよね。念の為、謝っとこ。
「それより、お兄ちゃんこそ大丈夫なの?あの化物に喧嘩売ってないよね?」
叩き売りだったんだよなぁ。
「大丈夫だ、雑魚相手だったしな。それに普段の俺は0.3愛香でも、小町の為なら0.5愛香ぐらいになるぞ」
ちなみに0.1愛香で平均成人男性、0.2あれば格闘技経験者、0.4が野生の熊だ。総二だったら0.27愛香ぐらいか?
「お兄ちゃんの強さの基準は愛香ちゃんなの?」
身内でしか使えんが、分かりやすいだろ?愛香なら余裕で素手であのトカゲ野郎をのせていたと思う。妹分にそんなことはやらせんけど。
「途中からは頼もしいヒーローが来てくれたからな。俺は人質逃がして、お前たちを連れてどろんしたぐらいだ」
デビュー戦なのに惚れ惚れとする勇姿だった。必殺技の辺はスマホでばっちり録画したし、後で見直しとこ。
「………危ないことしないよね」
ぽつり、と不安そうな声をこぼす。
「小町気絶してたから詳しいことわかんないけど、お兄ちゃんたち何か巻き込まれてるんでしょ。大丈夫なんだよね」
「分からん。でも、俺はあいつらにとってもお兄ちゃんだからな。弟たちが大変なら勝手に手を出しちまう」
しないと言って安心させたい。だが、小町には嘘を付きたくない。その場しのぎで安心させた所で、また俺が突っ込んで行くようなことがあれば、余計に心配をかけてしまう。
「ふふ、お兄ちゃんらしいね。そういうとこ小町的にポイント高いよ」
そんな俺に小町は嬉しそうに笑いかける。ああ、やっぱり小町は笑顔が一番だ。
「あのね、お兄ちゃん、これから総二くんたちの所へ行くんでしょ」
「確かに行くが、別に急ぎじゃない。愛香にも小町を見ててくれって言われたしな」
「だったら、小町が眠るまででいいから手を握って」
勿論だと小町の手を握る。流石に赤ちゃんの時よりは大きくなっているが、それでも俺のと比べると幾分も小さい。
「……ありがと、お兄ちゃん。助けに来てくれて嬉しかったよ。あ、今の小町的にポイント高い………」
程なくして小町は寝入ってしまった。あれだけ怖い思いをしたんだ、無理もない。小町が安心して眠れるように、手を優しく両手で包む。
━━━この小さな手を守護る、あの時のように胸に誓うのだった。