比企谷八幡の朝は早い━━
毎朝5時に起床。軽い身支度をすると日課となっているトレーニングを行う。とは言っても早朝だからあまり派手なものは出来ない。ストレッチと型をなぞるぐらいだ。
汗を落とし改めて身支度を整えた後、朝食の準備にかかる。炊事は基本俺が担当をする。両親は社畜で忙しいし、なにより小町には美味い料理を食べてもらいたいからな。
今朝のメニューは白米に豆腐と葱のみそ汁、焼き鮭、甘めの卵焼きに昨日から仕込んでおいたおひたしだ。お米は釜で炊きたいところだが、如何せん多忙な学生の身、時間の兼ね合いで炊飯器を使用することになる。まぁ、炊飯器でも十分美味しいけどな。
ついでに昼の弁当を詰めている間に両親が起きてくる。慌ただしく朝食を取るとすぐさま仕事へと向かう。朝もゆっくり出来ないとは働くのは大変だ。やはり専業主夫が一番だな。
「お兄ちゃん、おっはよー!」
小町が元気な挨拶と共に食卓へやってくる。昨日あれだけ怖い目にあったが、どうやら大丈夫なようだ。
ちなみに話し合いの内容はまだ伝えていない。総二が幼女に変身して異世界からの変態と戦うことになった、となんて言った所で混乱するだけだろう。宇宙猫ならぬ宇宙小町が爆誕するだけだ。何それ、可愛い。
そういや、トゥアールの奴はしっかりと総二の家に住むことになった。
まぁ、トゥアールが隣に住むってことは遅かれ早かれバレることになるだろうが。あの痴女は小町の教育に悪いから会わせたくないな……
「おう、おはよーさん」
気を取り直して、挨拶を返し一緒に食卓に着く。せっかく小町と共に取る朝食なんだ。いつまでも変態共の事を考えるなんて無駄である。
「お兄ちゃん、今日も朝から豪勢だね。いっただきまーす」
小町は満面の笑みで食べ始める。小町の笑顔が見たいからな。お兄ちゃん、つい力が入っちゃうんだよ。
「このおひたし、おいしー!キャベツが柔らかくていい香りもして、小町的にポイント高い!」
「だろ!八幡特性春キャベツのおひたしだ。香り付けにごま油をちょっぴり混ぜるのがポイントだぞ」
小学生の頃から研鑽を続けてきたからな、料理の腕には少しばかり自信がある。小町には旬の食材を最高の状態で提供したい。その為の努力なんか苦ではない。
「これだけ料理上手なんだから、お兄ちゃんの奥さんになる人は幸せだね」
「俺は小町の幸せが一番なんだけどな。おっ、これは八幡的にポイント高い」
「えー…シスコン過ぎてポイント低いよ」
引いたような言葉だが、けらけら笑っている。この笑顔を守護る為なら、どんなことでもするさ。
小町との食事を楽しみ後片付けを済ませたら鞄を手に取る。いつもならもう少しゆっくり出来るが、今日はそうはいかん。
「およ?お兄ちゃんもう出るの?」
「ああ、昨日神堂から連絡があってな。一限目潰して緊急集会やるんだと。んで、生徒会はその打ち合わせ」
十中八九アルティメギルの事だろうな。フィクションだった怪物が現れる。しかも、実際に被害があるとなれば、学園側からもなんらかの注意喚起を促さなければならない。下手しなくても調子に乗って喧嘩を売る馬鹿が現れるかもしれんしな。
ブーメランだって?あれは奴らが小町と神堂を傷つけたから潰しただけだ。『俺は悪くない』。
「大丈夫だと思うが、昨日みたいな変態共がいたらすぐに連絡をしてくれ。小町の為ならどこに居ても駆けつける」
「もう、お兄ちゃんってば心配しすぎ!」
照れくさいのか顔を真っ赤にして怒る小町にいってきますと告げ、学園へと向かう。
さて、神堂は怪我とかしていないだろうか?連絡があったぐらいだから大丈夫だと思うが。
◇ ◇ ◇
普段よりかなり早い時間に学園に到着する。これだけ早いと生徒の数も数えるほど、と言いたいところだが朝練の為にそこそこの人数がいる。君たち新学期始まって二日目なのに熱心だね。
昇降口から上履きに履き替え、教室に寄らずそのまま生徒会室へと向かう。流石に校舎内、それも生徒会室のある特殊棟となれば人は少ない。
生徒会室の扉の前で立ち止まりノック、返事を確認してから入室をする。マナーは大事だからな。お兄ちゃんとして妹たちに恥をかかせないようにしないと。
「うす、おはようさん」
室内には神堂、それと桜川さんがいた。他の役員はまだ来ていないようだ。それにしても、桜川さんが校内にいるなんて珍しいな。普段なら神堂を送ったらすぐ戻るのに、なんか用事でもあるんかね。
「ごきげんよう、比企谷君。昨日はありがとうございました」
「いや、こっちこそ小町を庇ってくれてありがとな。怪我とか大丈夫だったか?」
礼を伝えると同時に安否を確認する。見た限り、怪我をしたり動きがぎこちないことはなさそうだが。
「ありがとうございます。わたくしは平気ですわ」
そう言うと神堂は、グッとサムズアップする。普段のお嬢様然とした神堂しか知らない人間が見たら唖然とする行動だな。
「そいつはよかった。神堂が無事か気が気じゃなかったからな。もし怪我なんかしていたら責任を取るまである」
いや、ほんとマジで。天使にかすり傷一つ負わせちまったら、責任を持ってアルティメギルを滅ぼすところだった。
「責任!「お嬢様」………コホン、なんでもありませんわ。それより比企谷君こそ大丈夫でしたの?あれだけ大立ち回りをしたんですもの」
「ああ、鍛えてますから……って、何で神堂が知ってんの?」
シュッ、と響鬼さん風に返そうとして、手が止まる。君、気絶してたよね?もしかして目が覚めていた?トゥアールのこととかバレてる?
「それでしたら、動画を撮影していた方がいらっしゃいましたわ」
どうやら神堂は気絶したままだったようだ。とりあえず一安心……って、撮影?
これだ、といつの間にか横にいた桜川さんがタブレットを差し出す。いや近いんですけど、目茶苦茶いい匂いするし。ドギマギしながら覗き込めば、一本の動画が再生されていた。
そこには、手ブレをして乱れているが見覚えのある駐車場が映っていた。離れていてはっきりとは分かりづらいが、あのトカゲ野郎に雑魚戦闘員軍団も映っている。
『何これ、撮影?』『女の子が捕まってるんだけど』『え?ヤバくない?車めっちゃ爆発してるし!』など、撮影者と思しき声が入っている。
そして━━━
『俺の妹と友だちに、何さらしてんだゴルァァァァァァ!!』
画面横から来た目茶苦茶見覚えのある男が、雑魚戦闘員に飛び蹴りをかましていた。いや、俺なんですけどね。
動画はそのまま続き、俺が雑魚共を潰している姿が映っている。足払いからのフットスタンプ、カウ・ロイにガードベント。傍から見れば某赤い通り魔ばりの残虐ファイト。我ながら殺意マシマシだわ。ハザードトリガー使ったっけ?
『うわ、えげつな…』『マジひくわー』撮影者さんもドン引きである。えげつなくてゴメンネ。
そして極めつけは、『祝え!』……これである。普段の俺からは考えられないノリノリの大声での祝福。テンション、フォルテッシモ!!完全に厄介なオタクのそれである。
動画のその後はテイルレッドの方を追いかけて、俺自身はフェードアウトしていた。
うん……なんつーか、うん………
「昨日、この動画がSNS上にアップされていました」
ヤベーーーーーーーーーイ!そんな事になってたのん?ネットデビューなんて、俺の黒歴史の中でぶっちぎりのトップだ。
「幸いすぐに発覚したこと、肖像権の侵害ともあり、拡散される前に神堂家で差し押さえましたわ」
セーーーーーーーフ!神堂が手を回してくれたのか。危うく、羞恥心のあまりに窓からClimax Jump!するところだった。
「サンキュー神堂愛してるぜ!」
「愛!?」
感謝のあまり、思わず神堂を持ち上げてくるくる回っていた。神堂は顔を真っ赤にしながらあわあわしている。ごめん、調子乗った。
「スマン!テンションが上がって馬鹿な真似をした。大丈夫か?」
せっかく黒歴史がなくなったのに、新たに拵えた馬鹿。どうも、俺です。
「いえ、大丈夫ですわ!………冷静になりなさい、慧理那。比企谷君が思わせぶりなのは今更ですわ」
大きな声で否定したと思えば、小声で何かを呟く神堂。やっぱおこなの?
「比企谷君にはお尋ねしたいことがあります。その為、他の方より早めにいらして頂きました」
けぷけぷと咳払いをし、神堂は居住まいを直す。内密の話をしたいって事ね。通りで他のメンバーがいないわけだ。
話の流れ的に聞きたいことはなんとなくわかる。テイルレッドのことだろう。
「俺に答えれることだったらな。ああ、ちなみにテイルレッドの必殺技のシーンなら録画済みだぞ」
「それは後ほどじっくりと鑑賞させていただきますわ。お尋ねしたいことはそれではありません」
ちょっぴりはぐらかしてみたけど、やっぱ駄目か。そしてじっくりと鑑賞するのか。あんたも好きね。
「その、テイルレッドのことですわ。動画ではずいぶん親しげにお話されていましたけど、お知り合いですの?」
まぁ、そうなるな。すんげぇ祝ってるし。動画を見ればウォズポジションだもん、俺。たまたま居合わせた通りすがりのお兄ちゃんじゃ駄目?
じっと、こちらを見つめる神堂。
下手に隠した所で、好奇心旺盛で大のヒーローオタクな神堂のことだ、一人で突撃しかねん。
「………他言無用で頼む」
勿論ですわ、と神堂は頷き、それに桜川さんも続く。
かと言って、馬鹿正直に全てを話すわけでもない。総二のことに関しては何が何でも死守しないとな。
「とは言っても、俺も大まかな事しか知らんけど……」
口八丁の出任せだと後々破綻しかねん。ここは真実だけを語りつつ、重要なことはぼかしてミスリードさせるのが一番だ。
「知り合ったのはほんとに偶然だ」
総二に出会ったのは小学生の頃、俺が通い出した道場にたまたま通っていたからな。だいぶ昔の事だけど、嘘は言っていない。
「俺はお兄ちゃんだから、どうも幼い子供はほっとけん」
なんやかんやで総二と愛香のお兄ちゃんもやってるからな。
「話を聞けば、並行世界からやって来て、元いた世界があの化物どもに侵略されて滅ぼされたらしい」
トゥアールのだけど。
「んで、今度は俺たちの世界が狙われてるから止めるためにやって来たんだと」
トゥアールが。
「そんな事言われたところで到底信じられん。でもな、連れてこられた先にはあの化物共がいたんだ。まぁ信じるしかないわな」
実際は大した説明もなくいきなり現場まで跳ばされたけど。トゥアールに。
「後はご覧の通り、俺が突っ込んでなし崩しで戦闘開始」
改めて口にすると、俺が猪突猛進の脳筋みたいだな。別に何も考えていなかった訳じゃないぞ。小町と神堂の事でいっぱいだったからな。
「それであの祝辞はなんですの?」
「今回がデビュー戦でな、ヒーローとしての名前が決まってなかったみたいだ。僭越ながら俺が付けて、どうせならって事で祝った」
神堂はジトーとした目でこちらを見る。やめてくれ、そんな目で見られたら八幡新しい扉開いちゃう。我ながらキモいな。うん、キモい。
「なぁ、神堂。リアルで祝える千載一遇のチャンスが来たんだ。盛大に祝いたくならんか?」
「そんなもの………なるに決まっていますわ!」
イェーイ!とばかりに友情の証をやる。打ち合わせもなくスッとできる当たり、ベストマッチな俺らだよ。
そんな俺たちを見て、頭が痛いと言いたげに額に手を置く桜川さん。神堂は俺とつるむ様になってから、ちょっぴりお転婆になったらしいからな。瀟洒なお嬢様を残念おぜうさまにするなんて、比企谷菌は凶悪だぜ。
「お嬢様、そろそろ本題に入らないとお時間がなくなります」
「あ、そうでしたわね」
桜川さんの言葉に、神堂はパンと手を叩き切り替える。モーションがいちいち可愛い。
「比企谷君のお話から察するに、テイルレッドは故郷を滅ぼされてなお、わたくしたちの世界のために戦ってくださっている。まさに正義のヒーローそのものですわ!」
故郷を滅ぼされ異郷の地で独り戦う幼い少女。ミスリードさせたとはいえ中々悪くないカバーストーリーだな。物凄く重い過去を背負ったヒーローになるけど。何、可愛い幼女は曇らせたくなるの?
まぁ、実際は幼女になった男子高校生と、異世界の痴女、ツンデレツインテ幼なじみにお兄ちゃんの愉快な仲間たちなんだけどな。あらいやだ、どう見ても色物枠。
「その小さな肩ばかりに背負わせるのは酷というもの。ですから、わたくしの判断は間違いではありませんでしたわ!」
「判断、って何のことだ?」
「テイルレッドを神堂家が全力で支援することを決定しました」
え、決定事項なの?昨日の今日だよ、早すぎない?
つーか、全力で支援って何するの。鴻上ファウンデーションみたいなことしないよね?Happy Birthday、テイルレッド!と言って事あるごとにケーキを渡してくる神堂。食べる役目なら任せてくれ。
「全力で支援って、何をするつもりなんだ?」
「まだ具体案はありませんが……そうですわね、神堂家の人材を利用してパトロール。侵略者を発見次第連絡をする部隊を作るのはいかがでしょうか?」
あ、隊服を作るのもいいですわね、と笑顔全開の神堂。何、その少年仮面ライダー隊みたいの。少女ツインテール隊なんて作っちゃうの?つーか、どうやってテイルレッドと連絡取るつもり?
「あー、神堂、その件なんだがな…… あんまり干渉するのはよくないつーか、ほっといてやるのが一番つーか……」
テンションフォルテッシモになっている所に悪いが、この件はお断りさせてもらおう。
ただでさえ幼女になって変態と戦う羽目になったんだ。これでいらん注目まで集めたら、総二のストレス、プレッシャー、いずれも…マッハになってしまう。
「駄目、ですの…… 世界のために一人で戦う少女を応援したいという気持ちはいけないことですの?」
どうやらテイルレッドカバーストーリーが思いの外刺さってしまったようだ。
不安に揺れる瞳でこちらを見上げる神堂。やめてくれ、それは俺に効く(昨日ぶり・二回目)
「年端もいかない少女が相手なんだ。いきなり派手に応援するとびっくりしちゃうかもしれんだろ。まずは生徒に注意喚起して、化物どもに近づかんとか、テイルレッドに不要に突撃させんとか、そういったことから始めるのもいいんじゃないのか?」
スマン、総二。不甲斐ないお兄ちゃんを笑え。俺には神堂を曇らせることは出来そうにはない。
「成る程、確かにそうですわね。応援に熱中するあまりヒーローの妨げになってしまうのはご法度ですもの」
「有事の際の避難誘導なども宜しいかと」
俺の言葉に納得したのか少女ツインテール隊(仮)は諦めてくれたようだ。桜川さんもフォローしてくれている。なんとか総二の致命傷にならずに済んだな。
そうこうしている内に、残りのメンバーがやって来て集会の打ち合せが始まった。その際に、テイルレッドを鮮明に写した画像があることが発覚。それを集会で使用する事が決定された。どの道、総二が悶絶するのは避けられんな。
この後全校生徒の前で晒されて、羞恥に悶えるであろう弟分の事を思いながら集会の準備を進めるのであった。ご愁傷さまのスタンプ送っとこ。