ホテルの荷物を引き払って買った家に移住した。数日ほどかけて錆姫さんが教えてくれた店で家具と家電を揃えて、1階に応接用に色々椅子やら机やらを整えていたので開業準備もOKである。
とはいえやる事無いので資格関連について調べて時間を潰していた。足になるバイクや車の免許は取っておいて損は無いだろうしな。
短期集中合宿なら1月程度で取れて、大きい施設ならシミュレータで安全に訓練できるらしい。これなら業務の合間に勉強すれば取れそうかな?
チリンとドアに取り付けた鈴が鳴った。
目を向けると錆姫氏が大荷物を抱えて立っていた。テマリスは見当たらない、奴にとってはここは危険地帯のド真ん中なので致し方ないが。
「開業おめでとうございます」
「ありがとうございます」
わざわざお祝いに来たのか。律儀な人である。
「こちらは資格マニアの同僚に見繕って貰った便利屋で持ってたら仕事が捗りそうな資格の教材です」
荷物を次々に机の上に並べていく。
「おお……」
言語、資格、免許等の様々な教材である。
「ええと龍界語検定1級、普通二輪車免許、異界食品D類調理師、クラスII魔獣使役許可証、こっちは大型車両免許でこれが行政書士、中位魔法行使許可、中型ドローン操縦士……まだあるな、こっちは初級結界術、すごい数ですね……」
魔獣使役許可証って何に使うんだ、そんな許可が居る様な危険生物ペットにしている人いるの?
「データで送っても良かったのですがこういうのは物が残った方が贈り物っぽさが出るかと思いまして。使わなくなったら売ってしまって構いませんよ」
「いやいや大事にしますよ」
「まあ、1つずつ覚えるとなると数年はかかりますけど頑張ってください。個人的なお勧めは車両系です」
「これ覚え切る前に治るならそれに越したことはないんですけどね……」
早速1階に設置しておいた本棚の出番である。スカスカよりは多少見栄えが良くなったな。
「依頼は来ましたか?」
「いや来る訳ないでしょうよ、便利屋のサイト作ったの昨日ですよ?」
端末を差し向ける。『犬の散歩、代理購入、場所取り、イベントの人数合わせ等なんでもやります』と書かれている便利屋のサイトを表示。錆姫氏に出された条件や受けられない依頼についての注釈もちゃんと記載した。
因みにリモートでテマリスに色々聞きながら作っていた。『初頭教育で初めて作ったポスターみたいな色使いはやめた方がいいですぅ……』とか言うなよ、虹色そんなにダメか。
「ふむ、まあ稼ぎが無くても今まで通り補助金は出ますから問題はあんまり……」
「ここが便利屋ザマス!?」
錆姫氏の言葉を遮るように凄まじい音で扉が開け放たれた。
来た。来ちゃったよ。
「誰かに教えたりしました?」
「いえ全く」
恰幅のいい中年女性はサングラス越しにこちら、特に錆姫氏を視認してから言った。
「管理局の方じゃないザマス、もしかして店主が逮捕されるようなことしたザマス?」
誰が犯罪者だ。
「いえ、私は始業前に開業祝いに来ただけで────」
直後に錆姫氏の情報端末がけたたましい音を放つ。たまーにコレで呼び出されるんだよなこの人。
「────また『ウィンドウショッピング』ですか……それでは私は仕事に戻りますので初仕事頑張ってください」
……この濃い人と2人にするの?
「粗茶です」
「貧民に相応しい安っぽい紅茶ですわね、偶に飲む分にはヴァタクシ好きザマス」
褒めてるのか貶してるのか分からない。
「ええとお客様、依頼という事でよろしいでしょうか」
「ヴァタクシヴァタクシを知る人からはカネゼニー夫人と呼ばれているザマス。貧民もそう呼ぶザマスよ」
謎の拘りである、まあずっと『お客様』呼びも不便だからいいけど。
「……カネゼニー夫人、依頼という事でよろしいでしょうか」
「よろしいザマス。依頼内容は犬の散歩ザマス」
「散歩、ですか。魔獣使役許可証は持ってないですけど」
「ウチのペロちゃんは準有知性認定されているザマスから許可証無しでも連れ歩けるザマスよ」
準有知性。有知性ではあるけどたまーに本能に抗えなかったりするタイプが分類される。つまり下手に賢い分面倒な可能性が高い。
「時間の方はいつ頃で、どの程度ですか」
「3日後の昼過ぎザマス。その日はどうしても外せない予定が入ってしまってヴァタクシは散歩させて上げられないザマス。ちなみにあの子は2時間は散歩しないと満足しないザマス」
「2時間以上ですね。時間的には問題ありません」
これが初仕事だから便利屋スタークの予定表はスカスカなのだ。
「えー、散歩コースに関しての資料ってありますか?」
とりあえず依頼内容を詰めてくか。
「散歩コースザマスね、データを送るザマス」
手元の端末に散歩コースが届く。いやなっが、本当に2時間で済むのかこれ。
「はい、ありがとうございます。他に何か特筆すべきことはありますか?」
「むっちゃデカいザマス」
おっと、風向き変わってきたな。
「……どのくらいですか?」
「寝そべっててもヴァタクシや貧民よりデカいザマス。南区と中央区以外では大型車両扱いザマスね」
それを先に言え、とは口には出さない。
「……見知らぬ人に対して吼えたりとかはしますか?」
これで通行人に噛み付いたりして開業早々廃業!みたいなのは嫌だぞ……
「むしろ人懐っこいザマス、というか会うのが一番早いザマス。今空いてるザマス?」
おっと、先に顔合わせして犬側との相性調べられるのか。準有知性生物だし予め顔合わせするに超したことはないな。
「では依頼をどうするかはペロちゃんと顔合わせしてからということで」
「分かったザマス、車を呼ぶから乗るザマス」
数十分後。
俺の家兼事務所が紅茶缶にしか見えないレベルの豪邸に案内された。うん、そりゃ俺貧民呼ばわりされるわ……と思わず納得するレベルである。
そしてペロちゃんには出会うと同時に押し倒された。
「ぎゃっ!?」
「あら、懐かれたザマスね」
巨犬、という表現がペロちゃんを表すには一番正しいだろう。気品すら感じる美しい毛並みのクソデカ駄犬に会って早々飛びつかれて現在物理的に舐められまくっている。俺は飴じゃないぞ。
「おっも……!剥がせないんですけど!?」
そしてなにより拘束を剥がせない。まさかの力負けトカゲである。というか顔面舐め回されるのはちょっと死のビジョンが見えるレベルだ、息ができない。最悪床破壊して逃げるけどここ他人の敷地なんだよなぁ……
「ペロちゃんは現役の頃はさる異界で近衛騎士として叙勲されていたワンちゃんザマスよ、簡単に剥せるわけないザマス」
「初耳……!ぐ、服が!?」
この恐るべき毛玉はあろう事か服の中まで舐め始めた。待て待て結構薄着だから唾液で濡れてると体のラインにピッチリ張り付いてアレなベクトルの不審者に大変身なんだが!?
「因みにこの子は果物系の匂いが好きザマス。当日は香水の類は注意した方がいいかもしれないザマスね」
なるほどワックスはともかく塗り薬は自然物、特に果物から色々抽出して作っていたからそれを嗅ぎ取ったのか。胸元は特に乾きづらいからさぞ美味かろう。というかさすがにこれ以上舐められてたら物理的にも精神的にも死ぬ!
首と思わしき場所を何度か優しく叩くと準有知性プリティー畜生は無事に俺を解放した。これ子供相手にやると人死出るぞ。
「これ俺が制御するんですか?」
「ペロちゃんは賢いザマス、いつも許されるギリギリのラインは分かってるザマスよ」
ルールは守れるけどマナーは守らないタイプ的なアレかよ……
「……とにかくペロちゃんとの相性は上々ザマスね、ヴァタクシは着替えを用意しておくから屋敷の風呂入ってくるといいザマス…………有尾種女性服持ってたかしら……」
服はクリーニングして後日返す、との事で風呂場まで連行された。カネゼニー夫人結構いい人かもしれん。
金持ちの風呂すげぇな、風呂場にテレビ付いてる。
東区で強盗が云々のニュースやらオススメランチスポットやらを垂れ流しながら風呂に浸ること暫く、カネゼニー夫人がサイズの合う服を見つけたそうなので風呂を上がるが……
「何故メイド服……」
「前に勤めていた使用人の予備が運良く残ってたザマス。車出すザマスからとりあえず着ておくザマス」
「スカート……」
メイド服なので無論スカートである。性転換してから大体4ヶ月、死守してきた尊厳がついに失われてしまった。仕事前から先が思いやられる。
「似合ってるザマスよ」
似合いたくないんだよぉぉぉぉ……
「というか使用人いるなら俺雇う必要あるんですか?」
「使用人たちの契約内容に最高速度が亜音速のパワフルじじ犬の世話は含まれてないザマス」
至極当たり前だった。俺初仕事終わって生きてるかなぁ……?