そして散歩当日。カネゼニー邸にて。
「便利屋スタークでーす、ペロちゃんのお散『ワン!』
視界いっぱいに前回見た光景!迫る毛玉!
「ステイッステイッ今舐めたら散歩が遠のくぞ!」
『クゥーン……』
ギリギリで止まった。TPO弁えてるのか……なんと悪質な。
少なくとも『お客様』に託されたイキモノに対する感想ではないものとリードを抱きながら、カネゼニー邸を出発した。
手に持ったリードの先には宝石と勲章で華美に装飾されたペロちゃんの首輪。毛深いから前回は気がつかなかった。素人の見解だが俺の服より高いぞこの首輪……
「これ本物?」
『ヴォウ!』
頷いたので本物らしい。叙勲されてたのもマジなのね……
因みに荷物はスマホと地図と盾。スマホはズボンのポケット、地図は片手で保持、盾はベルトをたすき掛けして背負う。しかしベルトが乳に挟まって邪魔だ、なんでこんな女の体は凸凹しているのか。まあ柔軟性には優れちゃいるが。ベルトを2本に増やすべきか否か、悩ましい。リュックみたいにすると咄嗟に使えないんだよな……
ちなみに天気は雲ひとつ無い快晴、絶好のお散歩日和である。
「晴れてて良かった……」
『バウッ』
ペロちゃんも同意だと言うように小さく吠える。
そういえば一応地図を作ってきたのだった。
とは言っても印刷したものに赤いペンでコースを書いて曲がり角とかに写真付けて道を間違えないようにしただけではあるが。どうせ暇だったのだから下見ぐらいするべきだったかもしれない。
地図から顔を上げて周りを確認する。
街並みは整備されており、道幅の広さ以外は気にならない。
確か地図によれば横断歩道を渡るのだが……
「これは……無理だな?」
道路には30m程の大型龍と大型トラックがみっちりと詰まっており、ちょうど大型龍の脚が横断歩道を塞いでいる。というか分かっちゃいたけど今日に限って何故か渋滞してるな。
「足退かしてくれませんかー!?」
「ちょっと危ないですから無理ですー!」
『GOAAAAAA?(特別意訳:飛んじゃダメか?)』
「今管理局に飛行申請してますけど、回線がどうも怪しいんですよセンパイ。すみませーん!もう暫く動けないので回り道してくださーい!」
龍の背中に乗っている女性に一瞬でも退けないか聞くがどうも無理臭い。
回り道を探すしかないようだ。
「別の道探すからちょいと待ってね」
地図を取り出して行けそうな場所を探す。んー、でも結構渋滞長いし地下道や歩道橋的なのを探した方がいいのか……?
『バウッ?』
「うん?」
チョイチョイ、とリードを引かれる。回り道って伝わらなかったのだろうか。
「いやだから少し待てって──うわっ!?」
直後に、上に打ち上げられて視界が大きくブレる。
一瞬の浮遊感の後、ふかふかの毛の中に落下した。なかなか暖かいし良い匂いで居心地がいい。
鼻先で跳ね上げてペロちゃんの背中に乗せられたようだ。
いや何故?疑問の後にひとつの回答が頭に浮かぶ。
「待ってペロちゃんまさか──」
『ガウッ!』
直後、歴戦の猛犬は地面を蹴り、数歩の助走を経て、龍の鱗を3度踏み。
龍の巨躯を音の壁に迫る勢いで飛び越えた。
「ちょ、まっ、うぉおおおおおおお!?」
当然の事ながらリードを持って背中に乗せられている俺は、恐らくドップラー効果*1の教材になりながら生理的反応でペロちゃんにしがみつく。
そして、背中の俺に衝撃が来る事も無く道路の向こう側に着地した。猫かよ。
「ペロちゃん、せめて心の準備をだな……」
ペロちゃんは落ちてないかの確認なのか振り返って俺がしがみついているのを見ている。
そして次の瞬間、即座にペロちゃんから降りなかった事を後悔した。
『バウッ!!』
ペロちゃんが着地したその足で駆け出したのだ。
「ウワーッ!?」
降り……たらリード持ったままだからペロちゃんの首がまずいことになるか引き摺られて俺の体か道路のどっちかがボロボロになる。リードを離すのは論外。いや地区によっては大型車両扱いの生き物が歩道をこの速度で爆走するのはイカンのでは!?
「ペロちゃん一旦ストップ!このままじゃ迷子になるぞ!?」
『クゥーン……』
ピタッと止まった。声掛けすれば理性は戻ってくるのか……
でもまたふとした事で走り始めそうなんだよなぁ……
よし、プラン変更だ。そもそもお散歩コースに関してはカネゼニー夫人は資料こそ提示したけどコースを固定している訳では無いし『最低2時間』だから寄り道回り道も多々あるに違いない。
何とか握っていた地図を見る。……ここなら広いし大丈夫だろう。
「……せめて走るなら近くの自然公園にしよう、お散歩コース変更!」
『ワオン!』
「あっ」
ペロちゃんは了解!と言わんばかりに吠えて自然公園に向けて走り始めた。二度あることはなんとやら、*2目的地こそ指定したがまーた降り損ねた。
「……うう、気疲れが……」
数分後、無事に南区の中でも大きい自然公園に到着。特に誰かを轢いたりもしなかった。
その後人の居ないジョギングコースをペロちゃん基準の小走りに全力疾走してついて行くこと数十分。
体はともかく心がちょっと疲れたので休憩を申し出たところ受領された、リードこそ持っているが下の立場なのは俺なのだ。
とりあえずベンチ横の自販機で飲み物買うか。
現在午後3時頃、まともな人間は仕事をしているため公園に人影は少ない。
そう、ゼロでは無いのだ。
自販機横のベンチで足を組んで新聞を読んでいる人が1名。
若い、メガネをかけた藍色の髪の青年だ。見た目は教科書に載るレベルで基人に近い、既に白髪混じりなのが少々気の毒だが。もっとも、長命種の場合もあるから外見での判別自体がターミナルではあまり効果は無い、案外おじいちゃんなのかもしれない。何を考えているのか分からない表情で新聞をじっと読んでいる。一応平日だけど夜勤の人なのだろうか、或いは既にリタイアしてセカンドライフか。服装からは職種は判別できない、良い造りなのは分かるけどターミナル内ではとりわけ目立つような服じゃないし。
とりあえず休憩に思考を戻す、メグジュースなる輸入品のジュースを購入。携帯情報端末で電子決済。
ガコン、という音と共にジュースが落ちる。ターミナル外だとこういうのあってもぶっ壊されて中身抜かれるだろうからやっぱり治安の良さの為せる技だよなぁ。
「ん?」
あ、青年がジュースの落ちる音に反応してこっち見た。
「あの……何か?」
「……汝は汝の神と識れ」
「え?」
何!?なんなの!?怖いよぉ!?
謎の青年が怖くなってちょっぴり駆け足気味に戻ってきた。良かった、追いかけて来てない。
そしてペロちゃんだが……小さい女の子にじゃれつかれていた。
大人しくもふもふされている。こうして見るとサイズ以外は普通の犬だな……俺のことは飴かなんかだ思ってそうだけど。
問題なのは少女の方だ。
白い髪で、フードのついたぶかぶかの白い服と左目に白い眼帯。裾や服の各所に謎の光のラインが走っておりそれが虹色に光っている。そしてサイズが合ってないのか襟で口元が隠れている上によく見たら白塗りのガスマスクで鼻と口を覆っている。革っぽい素材の眼帯はよく見ると瞳とデフォルメされた稲妻が彫られている。あんまりこの辺では見ない格好だ、幼年学校的なものが早上がりしたにしても今自然公園にいるのは不自然な気がする。
『ワン!』
あ、ペロちゃんがこっちに気がついた。当然少女もこちらを向く。
「お嬢ちゃん、この子に舐められたりしなかった?」
『このこ、いいこだよ?おねえちゃん、このわんわん、お名前は?』
少女がペロちゃんを指さして聞く。ちょっとたどたどしい口調だ。
「その子ならペロちゃんだけど……お嬢ちゃん、パパやママは?」
『いない』
……面倒事の気配。いや、単純にここに住んでる妖精さんかもしれない!随分メタリックだが!
「お家は?」
『いまはいえなきこ』
住所不定……妖精さんの線も無くなった。
「……目的地、どっか行きたいところは?」
『じんせいのまいご』
どうしよ……
「どうしよ……」
思わず思考が口に出てしまった。
無論、ペロちゃんの散歩というお仕事を放棄って訳にもいかんし……
「お嬢ちゃん、俺はお散歩の後にこの子を飼い主さんのところに帰さないといけないんだけど……」
近くに管理局の詰所あったっけ……?地図をチラ見するが無い。さすが南区、広いせいで近場すら遠いぜ。
「……とりあえずしばらくしたらまた来るからそしたら迷子の子が行く場所行こうか」
『ついてく』
ついてくるらしい。公園とカネゼニー邸を往復するのは手間だからいいけど……
「よし、それじゃあゆっくり行こうかペロちゃん……あ、お嬢ちゃん名前は?」
『ロックハックのなまえはロックハック、よろしくねおねえちゃん』
そういう訳でパーティーが1名増えてお仕事続行。
『うん?なんかガキが増えたな……まあいいか』
そして、それらをずっと観察している不躾な者が1名。
Q.平日って曜日の概念あるの?
A.七曜ではないけどターミナルには7日に1日休息日(日曜日相当)がある。