殺された者になる魔法   作:つるもちぷに

1 / 12
1『殺された者になる魔法』

 俺には愛が無かった。

 

 家族愛も友愛も恋愛も、概念としては知っていてもそれを自分が抱いているという感覚がまるでなかった。

 家族に育てて貰った恩はあるが、それは血の繋がりが無くともある時はあるし、血が繋がっている事は俺には特別さに思えない。

 友人も居たかもしれないが、そいつが困ってても俺が損するなら助けたりはしなかった。

 そして好きな人というものも覚えはあるが、その人に自分の人生を捧げるくらいなら一人で自分のために過ごしたかった。

 

 俺の人生に於いて、自分より大事な存在は無かった。

 ずっとそんな奴だったから、俺は魔族に生まれ変わったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 ある魔族が発生した。

 

(…………ここは、何処だ?)

 

 彼の最初の記憶は荒地から見る夜空だった。

 

 魔族には子育ての習慣が無い。

 魔族は『力を持たない子供の時期』を生き延びられるか否か、そしてどれだけ人間の挙動を学習出来るかによって、その後の生存率が大きく変わった。

 

 彼もまた例外無く生まれた時からの時間を天涯孤独に過ごす事になる。しかし例外的にこの魔族は、生まれた時から対人挙動の精度が異様なほど高かった。

 

「俺は人間に拾われて育てられたんだ。山の辺境に一人で家を持っていて、価値があるかもよく分からない変わった物を集めるのが趣味の物好きな爺さんだった。その人が年に一度作ってくれる馬鹿みたいにデカいハンバーグを一緒に食べる時間が、俺は好きだった」

 

 この話は嘘だった。

 

「だが三年前、俺が森で薪の枝を拾って帰宅すると爺さんは家の前で死んでいた。通りがかった魔族に襲われて殺されていたんだ。そして魔族は俺を見つけると『お前に食わせる分は無いぞ』と言った。爺さんの仇であるその魔族を俺は探してるんだ」

 

 話の前半は人間の子供から聞いたものをアレンジし、後半は魔族に対する人の語る常識から逆算した創作だった。

 こういう話をすると多くの人間は剣を下ろした。そして話し終えて最後まで襲わず自分から背を向けると、人間はこの魔族を見逃して旅に戻っていく。

 そうして運良く善い人とばかり会って来た彼は、幾度も窮地をやり過ごしていた。

 

 

 その魔族には記憶があった。

 それは彼が生まれてから十年後の事だ。彼はある存在を目撃した事で記憶と現実の関係を完璧に自覚した。

 

(あれは、クヴァール……だよな?)

 

 腐敗の賢老クヴァール。縫い閉じられたような目と、異形の体躯を持つその姿はよく印象に残っていた。

 このクヴァールは魔族の中でも随一の凶悪さを持つ稀代の天才の一人だ。しかしそんなクヴァールを木陰から見つけた彼は、他の魔族との交友を持たずクヴァールの逸話を人伝にも聞かなかった。

 彼がクヴァールを知ったのはこの世界に生を受ける前、

 

(やっぱりここは『葬送のフリーレン』の世界だったわけか。しかもクヴァールが封印されてないって事は本編よりだいぶ前だな)

 

 彼が別の世界で人間だった頃の知識だった。

 今クヴァールを目撃したここは、人里離れた山奥の森だった。一見して切り株に座って休んでいるだけだったが、魔力制限の修練中という可能性もあり邪魔をしない方が良い、という思考も彼の頭には過ぎる。

 ただ現在の自分が魔族である事と、彼の持つ本編知識に於けるフリーレンとの僅かな会話描写から、クヴァールが高い社交性を持つと見積もり彼は話し掛ける事にした。

 

「こんにちは」

 

 まだ少年のような姿をしたその魔族の声にクヴァールは反応し、悠然と口を開いた。

 

「誰だ貴様は」

 

 彼にはクヴァールの機嫌がいまいち分からなかったが、深く気にせず話し続ける事にした。

 

「俺の名前はテイターと言います。腐敗の賢老クヴァール様とお見受けしますが」

 

 魔族は魔力量によって上下関係が固まる。

 当然、生まれて十年のテイターの魔力はクヴァールのそれを大きく下回っており、あくまで自分が下の立場であると示す言葉遣いを彼は選んだ。

 クヴァールは相変わらず、大木のような穏やかで荘厳な声色のまま続ける。

 

「儂に何の用だ」

 

「魔法を教わりたいのです」

 

 テイターが告げると、クヴァールは僅かに瞼を開く。

 

「自らの魔法の研究は誰もが生涯を使って自分で行うものだ。貴様は何故そうしない」

 

「自己鍛錬の方法が分からないためです。自分でこれを掴むには私ではまだ時間が掛かるのです」

 

 彼が元居た世界に魔法は無い。

 魔法を使う事に関連する感覚は転生者である彼にとって全く未知の世界であり、つまるところ現時点では自分が魔法を使う所をイメージ出来ていなかった。

 ただその転生云々に関する事情をクヴァールは知らないし、知る気も無い。

 

「貴様に儂が魔法を教える理由が何かあるのか」

 

「ありません。私が知る限りクヴァール様よりも洗練された魔法を使う魔族に心当たりが無いためにお願いしたのです」

 

「話にならんな」

 

 実際問題、テイターは本心でも同じように考えていた。彼の知る限りでクヴァールの魔法の洗練度を超えていると見積もれる魔族は存在しない。何せ彼の魔法である人を殺す魔法(ゾルトラーク)は洗練され過ぎるあまり、本来魔族と脳の構造が異なると言われている人類ですら扱えてしまうほどだ。

 が、クヴァールはそこを褒めて調子が良くなる性格ではない。

 

(無理に(おだ)てても(かえ)って印象が悪いか……)

 

 そう考え直すとテイターは少し俯いてから穏やかに切り出した。

 

「基礎的な魔力の操作方法だけでも、或いはクヴァール様の鍛錬を傍で見させて頂くだけでも構わないのです。しばらくここに通う許可を頂けませんか」

 

 会話にしては長すぎる間を置いてからクヴァールは言った。

 

「邪魔はしてくれるなよ」

 

 この日は雪の日だった。

 それからテイターは日々クヴァールの修練を眺め、長命種でなければ使えないほどの年月を用いて魔力の扱いを会得し、自分自身の独自魔法を研究していった。

 

 テイターの魔法に関する成長曲線は、初めの内は下の下と言えるほどの緩やかさだった。意識に染み付いた魔法の無い世界という常識を、深層心理のレベルから切り替えていく期間だ。

 そして魔力の認識や操作の段階になると、それらは急激に伸びを見せた。生まれた瞬間から魔族でしかない他の者と違い、人間の時間感覚も知る彼は効率的な練習法を編み出す素質が高かったためである。

 ただし歴史の観点から見ればそれは車輪の再発明でしかない範疇ではあったが。

 

 

 

 

 

 そうして長い時が過ぎた。

 

「そうか、今日でここを去るのか」

 

 短く歪んだ角を持つ青年に、クヴァールは告げた。

 

「はい。今までありがとうございました」

 

「儂にとっても無意義では無かった」

 

 自力で独自魔法が研鑽できるようになるとテイターは、クヴァールに礼を告げて別れた。

 

(……魔族に礼は意味あったんだろうか)

 

 とその時は思ったが、クヴァールが人類の精神構造をよく理解していたためか、テイターに対して礼の意味を理解しているかのような返事ではあった。

 

 テイターはこの時は人を殺す魔法(ゾルトラーク)を覚えなかった。

 この頃はまだクヴァールの魔法が開発途中であったのも理由の一つだが、これを覚えてしまうと『自分独自の魔法を作らなくても生き残れる』という心理的余裕からサボるかもしれないと考えたためであった。

 というのも、テイターには思惑があったのだ。

 

(俺が日本からこのフリーレン世界に転生したという事は、この世界から更に別の世界に転生する事が出来るかもしれない。正直これが実際どういう現象なのかは想像もつかないが、もし仮に好きな世界へ行けるなら……或いはまあ、こんなシビアな世界よりは流石に日本の方が暮らしやすかったし、戻るだけでも試みたい)

 

 即ちテイターが目指す魔法は、転生する魔法だった。

 その後彼は自分が持つフリーレン世界の知識から、いくつかの仮説を立てて魔法の実験検証を行った。

 彼が見立てた異世界転生に必要な手順は主に五つ。

 

 その一、自分の記憶か魂に相当する部分を抽出する事。

 その二、抽出した自分の情報を保存する事。

 その三、それを異世界間で移動、または複製させる事。

 その四、それを他者の肉体に書き込む事。

 その五、書き込んだ肉体の元の情報を削除する事。

 

(フリーレンの目的は魂の眠る地(オレオール)だし、多分魂はあるんだろう。記憶も、確か序盤で記憶から死人の幻覚を見せる魔物が居た筈だし、黄金卿編も記憶解析とかやってたよな。一と二は原理的には可能な筈だ。記憶だとスワンプマンになるけど、まあその辺は出来てから考えるか)

 

 そんな調子で自己研究を進め、彼はまず前半二つを実現した。

 しかし三つ目の要素は明確に障壁となった。

 

(三は皆目見当も付かんな……一応石碑で意識の時空移動とかはあったし、女神の魔法を研究してワンチャンあるかないかくらいだろうか)

 

 そうは言っても女神の魔法の研究は魔族である彼にとってはそう簡単に出来る事ではない。取っ掛かりすらもまともに掴めないとなると流石に一旦放置し、テイターは先に四と五の手順の実現へ歩を進めた。

 これについても三と比べれば難易度は低く、近い現象もいくつかイメージ出来ていた。

 

(そもそも記憶の読み取りは同時に『相手から読み取った記憶を自分に書き込む』って事をやってるな……記憶削除も、確かシュラハトの指示で南の勇者戦が封印指定食らってたか)

 

 この世界の魔法は理論的でもあり直感的でもあった。

 この時代にはまだ無いが、作中の防御呪文には魔力を分散させる効果が『仕組み』としてあるとされている。これに対しては物理攻撃が有効とされているが、そうした一定の法則を持つ挙動は全てがイメージだけのあやふやな世界では中々成立し得ない。

 だが逆に、例えばユーベルの使う大体なんでも切る魔法(レイルザイデン)が何を切れるかはイメージの影響が強く、恐らくどんな理屈の防御魔法があっても切れる材質なら切れてしまう。

 

 いわば魔法は曖昧な存在であり、テイターは長年の修練によるそれらしい机上の空論と、この世界からはまだ生まれない日本で得たイメージによって、不完全ながら限定的な転生魔法を完成させた。

 

 勇者ヒンメルの死の七十六年前の事だった。

 

 

 

 

 

 その日まで一度も思わなかったわけではないが、ある日テイターはふとまた疑問を覚えた。

 

(俺がこの世界に魔族として生まれてからかなりの年月が経ってるけど、未だに日本での記憶はほとんど薄れてないな。人間だった頃は何十年も前に読んだ漫画の内容はここまで思い出せなかった)

 

 既に日本で人間として過ごした時間分を超えるだけの時間を、彼は魔族として過ごしていた。

 人としての経験を持つ彼は、まだ一度も人間を食べていないし殺していない。

 そしてその時間を苦とも思わず今日まで過ごしていた。

 

(クヴァールと過ごした時間も、大した事件があったわけでもないのに全然薄れない。体感じゃまだ一、二ヵ月前くらいだ……これは千年生きるエルフの時間感覚もあんだけ狂うわけだな)

 

 そう考えながら深い森を歩いていると、森の中に人類が作った細い道があった。

 

「あー、これまだ普通に人の居る地域だな。でも割と歩いてきたから引き返すのもな……」

 

 そう呟いてテイターが後ろを振り向けば、ついさっきまで歩いていた森林が水平線を遮り続けているのが見えている。流石に面白みが薄いと既に分かっている森をただ引き返すというのは、人間の精神構造を内包する彼には少々苦痛だ。

 

 今テイターがしているのは、異世界転生のプロセスに於ける最難関の構想、つまり異世界間の情報伝達の手段の確立を目的とした女神の魔法の探求の旅なのだが、今のテイターが普通に村に行き聖典を読ませてもらえるほど、人類の警戒心は低くない。

 既に滅ぼされた村ならば人を気にする事無く時間を使えるが、テイターに自分で滅ぼす気は無い。そして今目の前に現れた道は、草があまり生えていないという事はかなりよく人が往来しているという事を意味する。

 

 そんな風にどうしたものかとテイターが悩んでいると、死角の木の影から男が飛び出して剣を薙いだ。

 

「あ、」

 

 間抜けな声が出た。

 既に斬られてしまった。

 

 足音に振り向いて、相手が自分を斬りかかっていた事はしっかり視認出来ていた筈なのに、思考の瞬発力が全く追い付かなかった。

 

 現実の戦闘は唐突に始まると言うが、ここまで空気感の切り替えというものが無いとテイターは思わなかった。

 彼は肩から身体に斜めの深い傷を負い、遅れて痛みと意識の昏迷が一瞬だけ来た。思わず膝をつき、その動きで傷口から血がボトボト落ちた。

 

「あぁ、冒険者か……っ、知らない奴だけど凄く戦闘が上手い。話すより先に不意打ちで、しかもこうやって俺が話してても――」

 

 追撃がテイターの首を跳ねた。

 そして肉体が塵になるのを見届けながら更に物陰から、また別の人間が現れる。それは女性で、彼女は杖を持っていた。彼女は剣士の男性の背後から消えゆく魔族の死体へ向けて答えた。

 

「ええ、私達、魔族の言葉は聞いても害になるだけだって身に染みてるの」

 

「そうか」

 

 相槌を打ったのは剣士の男だった。

 今しがたテイターの首を斬り飛ばした彼の声は、しかし声音に得も言われぬ違和感が滲み出ており、魔法使いの女性は一発でそれを勘付いて男に杖を向ける。

 

「……どうしたの」

 

 仲間として心配している前提で言葉を掛けるが、彼女は何かとてつもない異常を剣士の佇まいの僅かな変化から感じ取っていた。

 そして剣士の男が振り向いた時、彼女は全身から溢れる危険信号に確信を得てしまった。

 

 その瞳から光が消えていたのだ。それは具体的な細胞の変質では無いのだが、確かにその目付きには人間と決定的な差がある。見たくも無くなる程に何度も見た、魔族特有の目付きだった。

 剣士の男は口を開く。

 

「殺された者になる魔法だ。実はこうやってちゃんと実稼働させるのは初めてなんだが、理論通りになってるな」

 

 魔法の名前を聞くと、女性の顔色が青くなる。

 

「まさか……」

 

 彼女が震える声で呟くと、テイターは淡泊な様子で話を続けた。

 

「この男に俺は殺されただろ。それがこの魔法の発動条件だ。俺を殺すとその瞬間にそいつの人格は消え、中身が俺に代わる。今ここであんたに俺が殺されれば、次はあんたの肉体が俺の肉体になる」

 

 魔法使いは絶望を抱きながらも杖を降ろさない。

 しかし目の前に居るのは長年苦楽を共にした仲間であり、今ここで意識を乗っ取られたからと言って、すぐには攻撃出来ない。

 心理的にもそうであるし、原理的にもそうだ。絶対にそうするわけには行かない。

 だが、そうしなければ目の前の魔族は自分を殺すだけだ。

 

「そんな、だって、なんで……嘘よ」

 

 頭が状況を呑み込めば呑み込むほど涙が溢れていた。こんな隙を晒してはすぐに殺されるという事を彼女はよく理解していた筈なのに、戦いが止まっているこの時間が感情を膨らませてしまった。

 しかも次の言葉で、テイターは申し訳なさそうにこう言った。

 

「見逃すよ。本当はこの体の奴の意識を消す気とかがあったわけじゃないんだ。別の魔法を作る過程で、こういう形の魔法が先に完成してしまっててな。本当に申し訳なかった」

 

「…………は?」

 

 テイターが彼女を見ると、あまりに意表を受けた顔をしていた。

 そしてすぐに悲痛な怒りが表情に出て、

 

「……ふざけるなッ!」

 

「こんにちは」

 

 別の声がこの場に現れた。

 正に魔法使いの女性が激情のまま叫んだ所に、普通に挨拶をする別の女性の声が急にした。テイターも魔法使いもその声の主が近付いている事に今まで全く気付けなかった。

 

 彼女は白いワンピースを着ている小柄な人物で、この状況に似つかわしくない穏やかな笑みを浮かべていた。額からは短い角が二本生え、碧色の長髪を持っていた。

 そして隠蔽を解除し、彼女の全身から立ち上る絶大な魔力がテイターにも魔法使いにも見えていた。

 彼女は二人に微笑みかけ、優しげな声で言った。

 

「構えなくて大丈夫だよ。私に戦う意思は無いから」

 

 ソリテールが現れた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。