殺された者になる魔法   作:つるもちぷに

2 / 12
2『人か魔族か』

 大魔族はほとんどの場合、その在り方を表した異名を持つ。

 

「私は君達のことが知りたいだけなの。少しだけ話し相手になってくれないかな」

 

 遭遇した冒険者たちの命を懸けた情報伝達によって魔族の危険性は徐々に周知され、人類の安全が少しだけ増す。

 

「そういえば人と会ったらまずは自己紹介だったわね。私は大魔族のソリテールよ。よろしくね」

 

 しかしソリテールという大魔族は異名を持たないどころか、人類には名前自体すらそもそも全く知れ渡っていない。

 

「私は人目を避けてひっそりと暮らしていただけ。人を殺した事なんて一度も無いわ」

 

 何故ならばソリテールは今まで遭遇した人間を毎回必ず皆殺しにしており、誰も名前を伝える事が出来なかったからだ。

 ソリテールの言葉全てに聞く耳を持たず、魔法使いはテイターを含めた二人を視界に留められる位置を取りながら杖を構える。

 

「大丈夫。怖くないよ。おいで。お姉さんと一緒に話をしよう。君達のことをたくさん教えて」

 

 あまりにも平然としたイントネーションで彼女は言葉を鳴く。

 その存在の異様さを前に魔法使いの内心は、つい数刻前に仲間を失った悲しみと怒りが既に恐怖で塗り潰されそうだった。

 そしてテイターは、付近に居るだけで丸ごと飲み込まれてしまうほどの魔力の気配に、鼓動の加速を感じながらもこう思う。

 

(もしも俺がここでソリテールに殺されたら……いや、でもこの体でも魔力は俺のままだ。そう言えばアウラの天秤は魔力を魂で量ってたし、魔力が魂に依存するならソリテールのガワだけあっても意味ないか)

 

 プレッシャーを感じている事さえ何処か客観的に捉えながら、彼は酷く落ち着いていた。

 

 それから魔法使いが攻撃するまで三秒掛かった。

 ソリテールは魔法使いが完全に絶命するまで十二分を掛けてお話しを楽しんだ。

 

 そしてその様子を見る事も助ける事もせずに、ずっと動かなかったテイターの元へ戻ると彼女は、また同じく子供をあやす様な口振りで話し掛けて来た。

 

「最後まであの子を助けに来なかったね。珍しいけれど、きっと凄く怖かったんだね。だけど安心して。君の事は殺さないから。でも君とももっとお話しがしたいわ。君のお名前は何て言うの?」

 

 否が応でも拒絶心を抱かずにはいられなかったが、戦いたいとも思わないし、魔法の原理的にその手の心配は抱く必要が無いと自分へ言い聞かせて、彼は会話に応じる。

 

「テイターです」

 

 するとソリテールの表情が少し変化した。

 

「凄い偶然ね。私のお友達が同じ名前の友達を持っていたわ。どんな生い立ちなの? さっきの彼女とは恋人だったのかな。その剣もよく使い込まれてるね。誰かから貰ったの? もしかして貴方も勇者なのかな」

 

 淡々と質問が羅列されていたが、テイターが口を開くタイミングを見失っているのを見ると彼女は少し言葉を緩める。

 

「ごめんなさい。さっきの子が興味深い事を話していたから、君に興味が湧いて一遍に訊いてしまったわ。一つずつでいいから聞かせてくれないかな?」

 

「なら生い立ちから。俺は魔族として生まれ、クヴァール様の傍で魔法の修練を行い、その後に殺された者になる魔法を作りました。この肉体は人間の肉体で、この男にさっき殺されたので魔法が発動して俺が乗っ取りました」

 

 魔族の肉体だった頃にはほとんど感じなかった緊張が、テイターの体の中で振動していた。

 そして次の質問がなんだったかをテイターが思い出すより先にソリテールが言った。

 

「さっきの子が言っていた、魔族に乗っ取られたというのは本当だったのね。それにまさかクヴァールの言っていた本人だったなんて。しかも君の魔法が本当なら私にも今ここで殺す事は出来ない」

 

 その言葉を聞くとテイターは深い息を吐いた。そして肩の力を抜くと背後から胸を貫かれた。

 

「――っ!?」

 

 断末魔から血塊がゴポっと音を立てて零れる。魔族の体で殺された時よりも痛みを含んだ声が出た。

 一瞬彼女の使う剣を出現させる魔法かとも思ったが、振り向くとそこには別の魔族の姿があった。

 次の瞬間になると、人間の心臓を握りつぶした自分の手が目の前に見えた。先刻自分を殺した男の死体が足元に転がっていた。

 

「どう? テイターになった?」

 

 穏やかな口調でソリテールは尋ね、テイターは肯定した。

 

「別の魔族に俺を殺させて魔法の効果を確認したかったんですか」

 

「ええ。凄いわ。本当に死んだ時に入れ替われるのね。死ぬ直前に相手に魔法を発動して乗っ取っているわけでもない」

 

「いいえ、死ぬ直前に発動してます。手順の時差で乗っ取る頃に死んでるだけです。殺された者になる魔法は自動発動なんです」

 

「自動発動という事は、魔法を掛けるという行程が無いの?」

 

「はい、ありません」

 

 本当はある。

 

 この魔法は一度自分に掛ければ死ぬまで効果が維持されるが、発動は一回きりであり、肉体が変わった後には改めて自分に掛け直さなければ死の直前の自動発動は機能しない。

 さっきは魔法使いへの説明の時、魔法名を口にすると同時に掛け直していたので殺されても問題無かった。今も会話の中で既に掛け直した。

 

 だがこの弱点は誰にも話すべきではないと常からテイターは考えていたため、この場では偽った。ソリテールにも引っ掛かりを覚えている様子は無かった。

 魔族の肉体に変わったからか、テイターは少しだけ落ち着きを取り戻していた。故に内心で疑問を冷静に抱く余裕があった。

 

(この肉体の魔族は見た事無い奴だった。多分原作には出てない奴だが、俺の記憶が正しければソリテールは基本単独行動の筈……そりゃ何百年生きてるうちの何分間が登場してる時間かって話ではあるが)

 

 記憶を引っ張り出しつつ訝るような眼差しを向けると、ソリテールは微笑んで言った。

 

「改めてこれから少しお話しよう。人間の中に居るのってどんな感じだったか聞かせて?」

 

 

 

 

 

 海辺にあるソリテールの隠れ家にテイターは案内され、彼女から人間用の茶菓子が振舞われた。

 しばらくの間は彼女の質問を中心に会話が交わされ、いくらか時間が経った頃に話題が落ち着く。

 

「貴方が人間の中に入ったのはあの時が初めてだったのね。もう少し人として過ごした後に話を聞きに来れば良かったかな」

 

 ソリテールが少し残念そうに呟いた。

 とても意外な事だったが、テイターにとって彼女と言葉を交わして感じたのは『会話は成立している』という事だった。

 人間的な情緒を持たない点では確かに決定的な価値観の差があるとも思うし、会話中に決して不愉快が無いわけではないのだが、テイターが抱いていた危惧とは裏腹に彼女とは考えていた何倍も普通に話せていた。

 

(魔族と会話してる認識だからなのか……?)

 

 そう思うと同時に、テイターにとっては中々無視出来たものではない懸念点が脳内で見つかる。

 迷ったが、彼は思い切って彼女に尋ねてみる事にした。

 

「ソリテール様は、俺がさっきの肉体のままだったらこんな風に話せていましたか?」

 

 口元に笑みを作り彼女は少し考えてから答える。

 

「それも面白そうね。次に会う時は人類の体のテイターと話してみようかな」

 

 どうやらソリテールにも推測出来ない仮定だったらしかった。

 しかしテイターとしてはそれを承知しても答えが欲しくなる疑問でもあり、ただ同時に答えが分かってしまうのが恐ろしいとも思える疑問だった。

 つまりテイターが抱く疑問はこうだ。

 

(魔族は俺を精神ではなく肉体で魔族と判別してるんだろうか)

 

 人の中に入った魔族との対話をソリテールがどう捉えるかは要点ではなく、この世界に於いて自分が『魔族の中に入った人』として魔族に襲われる側の存在なのかどうかが彼の意識する要点だった。

 

 そして無意識下ではこうも感じていた。

 自分は『人』と『魔族』のどちらが適格なのか。

 

「人と魔族の違いは何処にあるのでしょうか」

 

 テイターが疑問を再び投げかけると、彼女は部屋の扉の方へ目を向けながら話す。

 

「人類には角が無いわ。それから人類は死んでも死体が残る」

 

 彼女が目を向けた扉の向こうには骨格標本が飾られている部屋があるのを、テイターは既に見ていた。

 

「確かに肉体には違いがありますね。魔族の方が寿命も長い」

 

「ええ。人類の方が寿命は短い。けれど人類は決して脆弱な存在ではない。僧侶が用いる女神の魔法を除いて、人類は魔族のような強力な魔法は使えないしほとんどが肉体も弱いけれど、人類には集団で知識を集約し道具や魔法を進化させる生態があるんだ」

 

(生態か……)

 

 こうした時々の言葉遣いでテイターはまた意識を(ただ)す。

 ソリテールはあくまで魔族だ。人間とは違う。

 そして同じく言葉遣いでテイターは安堵する。

 

(分かりにくいけど、ずっとこの感じだし多分ソリテールは俺を人間だとは思ってない筈だ)

 

 他の魔族とは比にならないほど長く多く深く人類を研究してきたソリテールには、特有の口調の癖が存在した。

 人を欺く時は、見た目と合わさって最大限に人間の警戒を解けるように、優しく女性らしい言葉遣いをする。

 そして既に敵対した状況になったり、魔族と会話する時にはその過剰なほどの女性らしさは薄まり、より中性的に近い話し方へと変わる。

 

 今こうしてテイターと話す彼女は後者の口調だった。

 

「それから人類には魔族(わたしたち)には無い感情が備わっている」

 

 彼女はティーカップの中身を少し減らして、一拍置いてから話し続ける。

 

「人類は私達を『人食いの化け物』と呼ぶ。人類には人を殺す時に人を殺したくなくなる感情が生まれるようになっている。それがどんな感情なのか私達には分からないけれど、私達が嘘を吐けば人類が簡単に武器を下ろすようになるのは多分これの所為」

 

 彼女の説明が何を意味するかがテイターには分かる。

 自分は正にこの感情を抱いてあの時魔法使いを見逃そうとしていたし、今まで会って来たそこそこの人間達を殺さなかった。だがそれを説明する気も理由も無いが。

 

 ソリテールは続ける。

 

「他に興味深いのは、人類は正義と悪という二つに行動を分類したがる事。これも人類特有の感情を基準に分類してるみたいだから私達には見分け方が分からないけれど」

 

 テイターは少し眉を(ひそ)めた。

 

「……不思議ですよね」

 

「ええ。とても面白い」

 

 ソリテールは笑んでいた。

 彼女の手元の飲み物はすっかり量が減り、もう完全に熱が失われている。

 そしてテイターの手元の飲み物も、少しずつ冷め始めていた。

 

 

 

 

 

 日が傾いて夕暮れを超える頃になり、テイターはソリテールの隠れ家の玄関まで送られていた。

 

「次は人類の肉体に居る時にお話ししようね」

 

 彼女がそう声を掛けると、テイターは自分の手元を見ながら不安げに返す。

 

「人類として殺されなければそうですね」

 

「大丈夫。私は人とお話しするのが大好きだから、その時もきっと殺さないわ」

 

 その返事を聞いてテイターは内心、やっぱり彼女とは二度と会わなくてもいいと思えた。

 そして彼女と別れ、一人で夜の森を歩きながら考え込む。

 

(もしもあの時俺がソリテールに人間の感情を説いていたら、彼女は俺を人間だと認識したんだろうか)

 

 テイターにとってはとても無視できない重要な事だった。

 しかし彼は善悪や倫理、情と言った感情に関して自分からは何も説明しなかったし、特別取り立てるほどの見解も上げなかった。

 何故ならば、仮にそれを話しても既にソリテールは自分を殺したりはしないだろうからだ。

 

 それは殺してほしいという意味ではなく『もしここでソリテールを滅ぼせたとすれば』という可能性の話でもある。自分の内にある疑問より本来ならば考えるべき点でもあった。

 もしも正面からソリテールと戦えば、百回中百回ソリテールが勝利するだろう。ただテイターの魔法を使えばどれだけ強い相手でも殺される事で殺せる。下剋上がデフォルトのこの魔法は、それこそ恐らく魔王相手にですら理論上は勝ち得るのだ。

 大魔法使いゼーリエの使っていた呪い返しの魔法(ミステイルジーラ)でも使われない限り、恐らく滅ぼされないだろう。

 

(だがだからこそ、その魔法のルールを理解したソリテールは今日ここで俺の事を殺したりはしない。そして俺を殺さないまま何をされるか分かったもんじゃない)

 

 ソリテールが今後齎す被害も甚大かもしれないが、テイターからすればそれは顔も名前も知らない人々の、世界中の何処ででも起こる被害の一つでしかなかった。

 ただテイターの脳裏には、怒りが噴き出す様な形相でこちらを睨んでいたあの魔法使いの顔が今も浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 テイターを見送った数十分後。一帯が夜の闇に沈み切って波の音だけがよく響くようになった頃、ソリテールの隠れ家にとある魔族が訪ねて来た。

 ソリテールが扉を開けると、彼女よりずっと背の高い大柄な男が立っており彼女を見下ろしていた。

 

 その人物は口元を覆い隠し、黒いマントと一体化しているフードを被ってそこから巨大な角を飛び出させていた。

 彼の姿を見るとソリテールは穏やかに微笑んで尋ねた。

 

「来たのねシュラハト。言われた通りに体を替えさせてあとは好きにお話ししたけど、これで良かった?」

 

「ああ、問題無い」

 

 全知のシュラハトはそう言って、テイターが去った方角を鋭い眼差しで見ていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。