殺された者になる魔法   作:つるもちぷに

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3『別の名前』

 勇者ヒンメルの死の六十三年前。

 

 とある村が丁度魔族に滅ぼされる場面にテイターは遭遇した。

 夜の空を煌々と照らしながら火の粉を巻き上げ、多くの民家が燃えている。何か理由があるのかテイターは知らないが、魔族が村を滅ぼす時に家が燃やされるケースは多い。或いは夜の戦闘に於いて人類が松明を利用している所為かもしれないが、今目の前にあるのもそんな有り触れた悲劇の一つだった。

 

 既にほとんどの人間が死んでいるのか、それとも諦めているのか皆が目を瞑り倒れたりへたり込んだ体勢になっていた。テイターが今更どうにか出来る状態ではない。

 しかしテイターはその村の中に居る魔族に覚えがあった。

 

「……貴方も魔族ですね。この村は既に私が滅ぼしました。どれか食べたいなら好きにしていいですよ」

 

 その魔族は格下のテイターにも丁寧語で話した。歪みの少ない角が生えた髪の短い青年のような姿をしていて、今のテイターよりも一回り背が高かった。

 口調の印象が深かったわけではないが、彼が話す様子や佇まいによってテイターはすぐに彼の具体的な情報を思い出す事が出来た。

 

七崩賢(しちほうけん)、確か奇跡のグラオザームだったが。こいつまだ本編にもあんまり出て来てないんだよな。過去編では幻覚とか使ってたが)

 

 魔族の中でも強い個体は大魔族と呼ばれる。

 例えばソリテールはその代表格だ。また腐敗の賢老クヴァールもテイターの知る限り明確に大魔族とは呼ばれていないものの、それと遜色無い実力を持つ大魔族格であった。

 

 そしてその大魔族達の中でも、魔王軍に所属し多くの人類を壊滅させ続ける強さを持ち、加えて扱う魔法の希少性がとりわけ高い七名は『七崩賢』と呼ばれている。

 その一人が奇跡のグラオザーム。今正にテイターの目の前で無抵抗の村人達を殺している魔族だった。

 

 あくまでそれを邪魔をしないようにテイターは話し掛ける。

 

「これはグラオザーム様の魔法ですか?」

 

「その通りです。楽園へと導く魔法(アンシレーシエラ)の見せる幸せな幻影の中で彼らは安らかに眠るのです」

 

 グラオザームの魔法の概要をテイターは知っていたが、これ以外に特に話し掛ける適当なきっかけを思いつかず話題を振った。

 

 彼の口振りは穏やかで、まるで慈悲を掛ける神父のような温かみを錯覚する言い方だった。しかしそうして夢を見る人々を、グラオザームは夢を見せる魔法を使ったのと同じその手で殺していく。

 人間の心に照らし合わせると酷く矛盾しているようだったが、それを何の疑問も躊躇も無く成し遂げる姿は魔族に似合っていた。

 

 その様子からテイターは目を逸らす。延々と人が殺される様を眺め続けるのも気分が悪かった。

 

 或いは何か、引っ掛かりがあるからか。彼は無意識だった。

 

 十数秒もすればテイターは村を見渡して、女神の魔法が記された本が残っていそうな建物を探し始めた。

 するとその様子を見たグラオザームはこう話し掛けて来た。

 

「貴方には何かここに来た目的があるのですか?」

 

 相手の方から更に声が掛かるとは思わず、更にそういう質問が来るとも思わずテイターは素直に驚いた顔で振り向いた。

 

「……何故そう思ったのでしょう」

 

 人間心理的に警戒してしまい、別に素直に答えても殺されるような内容では無いのだから肯定してしまえばよいと、言った後からテイターは反省した。だがグラオザームは特に機嫌を損ねた様子も無く先に答えた。

 

「人類を殺す事より別の事を優先しているように見えるので」

 

 正しかった。

 テイターには『人の命』より優先する事があった。

 テイターは魔族との交流経験が少なく、まだ魔族特有の思考回路を自分で完璧にエミュレートは出来ない。ただあくまで敵対の話題ではないと分かると、テイターは肩の力を抜いて説明し始めた。

 

「ご明察です。私は私の魔法を完成させるために女神の魔法を知る必要を感じていて、この村にもその資料が残っていないかを見に来ています」

 

「………………。」

 

 グラオザームの長い沈黙に当てられ、テイターは内心で少し焦り始める。

 

(……もしかしてこれ魔族の行動として変なのか? でも確かにそう言えば魔族が何かを読んでる場面は見た事なかったな。ていうかそもそも女神の魔法は魔族の対極みたいな代物かもしれないか。まずい、口が滑った)

 

 だが少しの間の後、顎に手を乗せて彼は呟いた。

 

「どんな魔法なのでしょう」

 

(よっしゃセーフだ)

 

 と内心でテイターは判断したが、大魔族が他の人物の使う魔法に能動的な興味を抱く事も同様に珍しい状況であった。しかしそこまでは気付かずテイターは質問に答える。

 

「私の魔法は殺された者になる魔法です。これを更に広い解釈に拡張したいと考えています」

 

「中々独特の視点ですね。如何に殺すかではなく殺されても問題の無いようにとなると、相性が悪いのはマハトあたりでしょうか」

 

 グラオザームは平然と言うが、これを即答されるまでテイターはその事実に気付いていなかった。

 

 七崩賢の一人に黄金卿のマハトと呼ばれる大魔族が居る。

 マハトの使う万物を黄金に変える魔法(ディーアゴルゼ)は人間に対しては不可逆であるが、百年後には解呪の方法が確立され黄金から戻った人間はまた普通に過ごせるようになる。

 

 つまり殺害とは異なる概念の攻撃だ。

 殺された時に作動するテイターの魔法では基本的に成す術がないという事になる。魔族の肉体の時ならばともかく人間の肉体の時に食らえば、誰かが解呪するまではずっと黄金化される事になるのは確実だろう。

 

「……そうですね。今の私の魔法では、もし仮に私がマハト様と並ぶ大魔族になるまで生きたとしてもマハト様には勝てません」

 

 テイターが呟くように言うと、グラオザームは視線を右にずらして右手に魔法を構えた。

 

(っ、まさか試す気なのか!?)

 

 突然の臨戦態勢にテイターは思わず後退るが、彼の目線が明らかに自分を向いていない事をテイターが視認出来たのと同時にグラオザームは説明した。

 

「ここに誰かが来ています。貴方の魔力探知には引っ掛かっていない様子ですが」

 

 そう言いながらグラオザームは目線の方向を更に動かす。左右へ揺れたという事は既に挟まれているという事だった。

 

 村に渦巻く炎の流れが変わる。

 民家の隙間を通り抜け何本もの雷撃が複雑に折れ曲がり多角的に二人へ迫った。

 そして半分はテイターへ、もう半分は傍で座り込んで目を瞑っている村人に着弾する。その衝撃波で砂塵が巻き上がり、テイターは左腕が消し飛んだのを痛みで理解した。

 その後まもなくテイターの首が飛んだ。

 

 

 

 

 

 旅に於いて夜の移動は様々な面でリスクを伴う。そのため冒険者は基本的に夜に移動する事は無い。

 だが例えば野営していた場所から村が燃え始めるのが見えれば、それをただ放っておくかどうかは一考の余地がある。仮にそれを見た男が勇者と名乗るような人物ならば言わずもがなだった。

 

 この時に現場付近に居たのは四名の人間だった。

 男性の勇者、男性の魔法使い、女性の僧侶、男性の戦士。全員が人間だ。

 

 彼らは村の付近にある小高い崖の上から、森の中に燃えている村の光を発見した。

 その中でも村の様子と、そこに居る魔族を最初に捉えたのは勇者の視力だった。この時点で勇者が居たのはグラオザームの探知出来る範囲の外だった。

 崖際から覗き視えた情報を勇者が仲間に共有する。

 

「魔族が一人で村人を殺してるが、村人が抵抗してないように見えるな」

 

「よく視えるわね。あそこ魔力探知範囲外よ」

 

「目を凝らしてる」

 

 僧侶の女性が引き攣ったような顔で勇者を見るが、勇者は集中力を切らさずに目を開き続けていた。その横では両手斧を片手に持った戦士が崖際を見下ろし、全員が降りられるルートとそこから村までの最短移動方法を見定めている。それを見繕えた戦士は目を勇者の方へ向けて声を掛けた。

 

「降りられる足場は見つけた。ただ村人が抵抗してないって事は誘眠とか使う奴なのかもな。範囲攻撃だと近付けないぞ」

 

「……いや、一人動いてる、けどあれも魔族か。だけど常時発動の無差別範囲攻撃じゃないって事ではある。行こう」

 

 勇者の決断に異議は誰も唱えなかった。だが立ち上がって、僧侶を抱え崖を降りる準備をする勇者に魔法使いの男は一声掛ける。

 

「正面から行くのか?」

 

「俺はな。ただ恐らく相手がかなり強い。皆は陣形で頼む」

 

 真剣な表情で勇者が答えると、僧侶の女性が少し目を伏せた。戦士はその様子の変化を視界に捉えていたが、火の手の光に視線を戻すと瞬きに一秒を使ってからまた戦闘の話題に戻る。

 

「二人居るんだろ、どうやる?」

 

「多分強い方……背の高い方から落とす。先に居たそいつが抵抗の意思を奪える魔法を使ってる筈だ」

 

 勇者の見立ては正しかった。

 背の高い方の魔族、即ちグラオザームが村人の抵抗の意思を奪う魔法を掛けている方であり、そして戦力的にも先に落とすべき強者側だった。

 

 彼らが強い魔族と戦う時の作戦は端的に言えば囮だ。

 まず準備として、僧侶と戦士の二名が隠密魔法によって魔力探知を掻い潜る。逆に勇者と魔法使いは敢えてそれを掛けずわざと相手の魔力探知に引っ掛かる事で、相手の警戒心にムラを作る。

 

 もし全員に隠密を掛けても相手が強力な魔族だった場合は、その僅かな気配を感知される可能性がある。特に戦士系の戦闘スタイルを持つ魔族はその傾向があった。

 そのため敢えて警戒しやすい状態と混在させミスディレクションを使い不意打ちするのが、このパーティの対強者用のスタイルだった。

 

 今回も同じく勇者達は魔族に攻めた。

 まず相手に感知させ、魔法使いが死角から破滅の雷を放つ魔法(ジュドラジルム)を用いて両魔族を撃つ。

 そして勇者と、隠密魔法の掛けられた戦士は同時に動き出し、事前に打ち合わせていた方の魔族へと同時に攻撃する。

 もし相手が弱ければそのまま攻撃が通り、強ければ感知している勇者の攻撃を防がせている隙に戦士の一撃が入る算段だった。

 

 彼らは行動を全て作戦通りに実行出来た。

 一つ問題があったとすれば、彼らがグラオザームだと認識していたのがテイターであり、テイターだと認識していたのが村人であった事だった。

 そしてテイターを絶命させた攻撃は戦士のものだった。

 

 

 

 

 

 村に女神の魔法に関する書物は残っていなかった。

 それをテイターが確認出来たのと丁度同じタイミングで、森の中からグラオザームが戻って来た。

 

「貴方は本当に人を殺す事に興味を持っていないのですね」

 

 そう言われたテイターは目を逸らして数秒黙り、新しい自分の肉体の感覚を確かめながら答える。

 

「お邪魔かと思っただけです」

 

 魔族は自分が優位である場合、闘いに味方の加勢が入るのを嫌う事がある。決して全ての魔族に共通するわけではないが、魔族の間ではそれなりにポピュラーな価値観であり、テイターは襲撃してきた冒険者をグラオザームが殺し終わるまでの間に一応そういう言い訳を決めていた。

 その返事を聞いたグラオザームはテイターの現在の体を見て少し考えこみ、言葉を確かめるかの様に区切り良く話す。

 

「貴方が考えているような邪魔にはなりませんが、確かに彼らは人類の中でも強い方だったでしょうね。特にその肉体の戦士の動きは並では無かった」

 

(それが見れた時は土煙で視界が終わってた気がするが……)

 

 テイターは内心で引いていたが、確かに彼の言う通りこの戦士の男の肉体は普通の人間の体の感覚とは明らかに異なる。

 重力が働いているのか疑いたくなるほど体が軽い。科学的に考えれば筋肉が付いている方が重いため普通の人間より肉体が重いのだろうが、その自重をものともしない異様な筋力がテイターの感覚を騙していた。

 

(勇者も戦士も知らない奴だし、戦闘も俺の魔法とグラオザームの魔法でほぼ嵌め技みたいな勝ち方になったけど、急に湧いてきたにしては実は滅茶苦茶強い奴らだったんだろうか。この世界の人間ならありそうだなー……)

 

 そんな感想をテイターは、頭の中でわざと意識的に細かく言語化していた。何故かと言うと、魔族の肉体に居た頃はそれなりに無視出来ていた筈の状況がずっと視界から精神に入り込むからだった。

 眉間に力が籠り、見たくないと内心で思うほどに視線が吸い寄せられていく。

 

 村の火事は少しずつ弱まっていた。家が燃え尽くしたのだ。

 そしてグラオザームの手によって、或いは火によって死んだ多くの人間がそこら中にいくらでも転がっていたし、状況がすっかり落ち着いてしまったからなのか、別の理由か、テイターの心はそれに全く無関心でいられなくなっていったのだ。

 

 しかしテイターは彼らを助けなかった。

 初めに村へ踏み込んだ時にグラオザームに喧嘩を売って殺されていれば彼には勝てたのに、その時テイターはグラオザームの敵として行動しなかった。

 それを後悔しているわけではないし、今ここで彼らの仇を討つためにグラオザームに挑もうとも思わない。

 

(……マハトみたいな天敵も居る。ここで七崩賢と交戦してまで魔族と敵対するのは得策じゃなかった。未来でどうするかはともかく今はまだ選択肢を残しておくべきだ)

 

 言い訳だろう。

 だが自分に言い聞かせた。

 選択肢を残す事は選択しない事と同義かもしれないという思考をテイターは無意識に掻き消し、目を伏せ気味にして告げた。

 

「確認したい事は確認出来たので私はもう行きます」

 

 そして歩き始めるとまたグラオザームの方から声を掛けてきた。

 

「そう言えば貴方の名前をまだ聞いていませんでした」

 

「……テイターです」

 

 少し細い声で答えたが、最初に会話していた肉体とは既に異なるため声色の変化から感情の機微は読み取られなかった。

 そしてグラオザームはこの地獄のような村の跡の中で、普通の世間話みたいに言った。

 

「覚えておきましょう。死を渡り歩くその魔法もいつか重宝するかもしれない。転生者の魔族テイター、またいつか」

 

 その呼ばれ方をテイターは内心快く思っていなかったが、特に訂正はしなかった。

 

 

 

 

 

 一年後。

 今は人間の体を持っているため、テイターは人間の村に訪れて宿を借りていた。

 

 戦士の体を得たからと言ってこの体を持っていた戦士の動きが出来るというわけではなかった。だが体の動かし方が分からずともそもそも肉体の基礎性能が高く、テイターは旅路で知能の低い魔物に襲われた時も戦闘で困る事は無かった。

 そして完全に人間の外見であるテイターを魔族では無いかと怪しむ者はひとまず居なかった。村の入り口の付近でそれなりに品揃えが良い八百屋が丁度見つかり、テイターは目的の事を尋ねる。

 

「すみません、私は冒険者をしているのですが、女神の魔法に関する書物を探していまして。もし保管してある場所に心当たりとかあれば教えていただけませんか?」

 

「女神の魔法に関する書物なら、教会にあったと思いますよ」

 

 男性に礼を言って適当な食べ物を購入し、その足で村の教会まで出向いた。村の家どころか日本の一軒家と比べてもなお相変わらず背の高い建物でよく目立っていたが、この世界の教会としては平均的か、むしろ小さい方であった。

 

(ノックとか……まあ公共施設だし大丈夫か)

 

 普通なら体全体を使って開けたくなるような大きな扉だが、優しい造りなのか肉体の筋力の所為か腕の引きだけで簡単に開いた。

 中には一人の若い修道女が居て、扉の音に反応しこちらへ振り向くと彼女は目を見開いた。

 

「エント……?」

 

 そしてこちらが何か言う前に相手が呟いた。

 この修道女は現在のテイターの肉体、戦士エントの友人だった。

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