殺された者になる魔法   作:つるもちぷに

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6『もう一度生まれ変わろうとも』

 南の勇者に全ての指を切断されたテイターの両手に処置は全く施されず、傷口には珊瑚礁のように不安定な瘡蓋(かさぶた)が出来上がり始めていた。

 時間が経つにつれ若干痛みには慣れて来たが、正直誤差みたいなものだった。

 そんな風に苦痛が険しく浮かんでいるテイターの顔を見下ろしてグラオザームは平然と話し掛ける。

 

「未だにその肉体を使っているのは意外でした。しかも私と別れた後でアウラに抵抗していたそうですね。転生者テイター、貴方は人類側なのですか?」

 

「いえ、っ……私は、魔族の敵と言うわけでは、ないですよ」

 

 絶え絶えの息でテイターは答える。彼はここで口八丁を使う事を躊躇っていなかった。ただしテイターには一つ懸念がある。

 魔族が嘘を吐く能力が高いのは周知の事実だが、果たして魔族は嘘を見抜く能力も高いのだろうか。

 

 魔族は基本的に魔族どうしで嘘を吐く事は少ない。何故ならば嘘を吐く理由が無いから。

 魔族社会は実力社会だ。魔力の多い者、戦闘力の高い者こそが常に絶対的な優位であり、対話のような社会的戦略では全く地位を得ない。

 また、もし人間がどんな風に命乞いをしても魔族にとってそれは鳴き声でしかなく、言葉の意味を理解していても殺すと初めから決めている時は疑う必要も無い。

 

 そして戦闘に於いても魔族はまず油断する。相手が自分の魔法に対するカウンターを用意していたり、何か対策されているかもしれないと疑う機能が著しく欠けている。しかもそれはソリテールのような例外を除き、自分の魔法が無欠である期間が長い大魔族ほど傾向が強い。

 

 故に魔族は全くゼロではないにしろ、言葉が虚言であるかを疑うような事はほとんど無い。

 そしてこの場でも同様にテイターがどう言い訳をしようとも、グラオザームは初めから返事を決めていた。

 

「そうでしたか。ではその証明としてこれからいくつかの人類の村を滅ぼしてください」

 

 言い訳を作っていた口が空っぽになり、代わりにテイターは納得した。

 

 魔族は会話で社会を作らない。

 

 利害の一致が無い限り、全ては力かそれを用いた脅迫によって決まる。魔族間に於いては有害か否かだけが敵と味方の定義だ。

 魔族を殺し続けるテイターはそれに見合うだけの人間を殺してもらわねば有害であり、有害であれば排除すれば良いだけだ。

 多少会話出来る立場だった事でテイターは魔族を甘く見てしまっていた。どんな風にでも理屈を捏ねて、あらゆる論理を言いくるめてこの場を逃れるつもりだった。しかし初めから騙す余地など存在しないらしいと気付いた時には遅かった。

 

 南の勇者は正しかった。

 グラオザームは七崩賢だ。アウラともマハトともコンタクトを取れるだろう。テイターはどう足掻いてもグラオザームの魔法を破れないし、掛かったら一切抵抗は出来ない。魔法で生き残る事も出来ないだろう。今この状況が出来た時点で彼は詰んでいた。

 

 殺したくないならば死ぬしかない。

 死にたくないならば殺すしかない。

 

 自分の命一つと、見ず知らずの人の命沢山。

 恐らくテイターになる前の彼は悩みもしなかった筈だ。それほどに彼の原初に染み付いた絶対的な価値基準だった。

 

 だからもう一度生まれ変わろうとも――――。

 

 

 

 

 

 三つ目の村が燃えていた。

 グラオザームは裏切りに備えて構えていた魔法を取り下げ、魔族の肉体に替わった彼の背中へ告げる。

 

「どうやら貴方は魔族の敵ではなかったようですね。貴方の魔法はこういう時に対処出来る者が限られていて面倒ですが、これを報告すればそろそろ私はお役御免となるでしょう」

 

 彼はその声に振り向かず、燃える村の炎に照らされ背中に影を揺らめかせている。彼の手には剣が握られており多くの血がこびり付いていた。

 

「……では、後は好きに生きても良いでしょうか」

 

 グラオザームから彼の顔は見えない。しかし魔族の世界にある礼節らしきものは全て人類を騙すためのものであり、今ここで彼がグラオザームの顔を見ずに話していてもそれが気に障る様子はない。

 

「また魔族を殺し過ぎるのだけは控えてくださいね。紛らわしいですから」

 

 それだけ答えるとグラオザームはこの場から去った。そして魔力感知に誰も引っ掛からないのを確認すると、テイターは剣を手から落とし膝をついた。

 

「……ごめん、シーデン。俺は……変われなかった」

 

 そう呟いてテイターの目に滲んだ涙は、村が燃える熱で乾かされ零れる事は無かった。

 

 あの日アウラと戦えたのは、アウラが魔法を使わずかつ戦士の肉体が強靭だったからなのだろう。魔族達を殺していたのも勝てる戦いだったからだろう。

 彼には人類に味方するという善性は存在しても、自分の命を賭けて戦うほどの高潔さや、信念を貫く覚悟は無かった。

 

 遥か昔から彼は、ただの人だった。

 今も彼は殺された者になる魔法を使っていた。

 

 

 

 

 

 後日森の中の切り株に座っていると、テイターの知らない魔法使いが一人で彼の元に来た。

 

「お前が村を滅ぼした魔族だな」

 

 魔力の痕跡か、足跡を辿る魔法か分からないが、テイターはまた人間に見つかってしまった。グラオザームとの一件で既に肉体が魔族になっていたし、森の奥に居たこの時は角も隠していない。もうこういう事態はうんざりしていたのだが、かといって言葉でやり過ごせる状況ではないだろう。

 草臥(くたび)れた様子で背を曲げてテイターは魔法使いの男に言った。

 

「俺の魔法は殺された者になる魔法だ。俺を殺すとお前の肉体を自動で乗っ取り自我を奪う。その杖は今は下ろした方がいい」

 

「ならば事故で殺す」

 

 魔法使いが一言そう呟くとテイターの周囲を取り囲むように小さな結界が張られる。そして地面から大岩を無理やり浮かび上がらせてテイターの真上まで持ち上げた。

 

「これから俺はただ魔法を解除するだけだ。その後起きるのはお前に対する攻撃ではなく落下と言う自然現象でしかない」

 

 相手のイメージを誘導するためにそれだけ説明すると魔法使いは即座に岩の操作を解除し、落ちる大岩は張られた結界ごとテイターの肉体を砕いて潰した。

 そして岩の下から魔力の粒子が離散していき、それを眺めながらテイターは魔法使いの体で呟く。

 

「魔法のあるこの世界でこの認識が浸透するのはまだ先かもしれないけど、剣で斬るのも火で燃やすのも同じく物体や現象で殺してるんだよ。岩を落とすのもただの自然現象とは厳密には違うんだ」

 

 これをテイターが警告しなかったのは、もちろんその暇を与えられなかったからというのもあるが、テイター自身が一瞬もしかしたらと思ったからだった。

 だが流石にこれが成り立つなら兵器で殺されればそれだけで解決する。それも同時に分かっていた。本気で死ぬと考えていたならば、それを受け入れる覚悟をグラオザームに発揮出来た筈なのだから。

 

 確か南側諸国の方では人間同士の戦争もある。

 魔法戦争かもしれないが、魔法使いの数が限られる以上は兵器戦争でもある筈だ。この世界でも地雷程度の兵器なら出来ているかもしれない。あれならテイターの魔法を掻い潜れるだろうか。

 

 だがテイターはそれで自殺しに行こうとは思わない。

 どれだけ自分の魔法の弱点を想像しても、それを実行しようという気分はほとんど無い。死にたくないという気持ちの方が遥かに強かった。

 今更死ぬくらいなら、脅された時点で死んでおけという気持ちの方が遥かに強かった。

 

 きっとこの肉体の魔法使いは優秀だった筈だ。もし自分が彼の立場だったらあんなに素早く事故を狙う発想は出ない。自分を潰したあの岩もかなり大きかった。あれを浮かせられるほどの魔法使いはそう多くないだろう。あれほどの魔法使いであれば魔族の言葉に騙されるような事も恐らく無い。

 

 だからこそ会った時点でテイターが殺されるのは必然だった。

 そういう言い訳染みた思考が回る事が自分で疎ましかった。

 

「………………。」

 

 今ここで殺された者になる魔法を掛ける事を止めれば、次に殺された時はそのまま死ぬ。

 だがそれこそもっと早くしていれば、今頃この魔法使いは生きていた。

 

「っ……!」

 

 背後で草むらが音を立てると思わずテイターは魔法を使う。しかし音はただの野生の猪が出したものだった。

 

 結局はこれがテイターの本質だった。

 

 如何にも人間らしくテイターが迷っていられるのも、その瞬間はまだ殺されないからでしかない。いざ死の気配を感じ取れば反射的にそれを拒んでしまう。

 深く目を閉じて黙祷するとテイターはこの場から離れた。

 

 目的はまだある。

 まずこの肉体をどの魔族にも知られていない事を利点とした魔族討伐だ。ただ全知のシュラハトが未来視で知るのはもう考慮してもどう対処する事も出来ないため、そこだけはシュラハトが語らない事を祈るしかないが。

 

 次に他者の肉体を上書きしない転生方法の考案だ。

 特にこれが重要な課題だった。こうしてテイターがこの魔法を捨てる事が出来ない以上、もう現実的に考えて上位互換の魔法を作り出すしかない。勿論心意気で死の恐怖を振り払えるならそれでもいいが、そう出来ないまま犠牲が積み上がるようであれば何もしない時間など茶番に等しい。

 

 

 

 

 

 テイターは自分の肉体の知り合いが誰も居ない人間の村で、数年間村の守護や困り事の手伝いをした。

 テイターは殺された者になる魔法以外は魔力感知くらいしか覚えていないが、魔法使いとは言え旅人ではあった肉体の持ち主の身体能力は悪くなかった。

 加えてソリテールの研究成果である『魔法より魔力を直接ぶつける攻撃が結局強い』という情報を彼が前世で知っていた事もあり、運良く強い魔族も来なかったこの村では、剣とそれに合わせた魔力ぶつけだけで十分に戦えていた。

 

 そしてその傍らで再度改めて自分の魔法の研究を行った。

 手順が既に分かっている方法として、アルゴリズムの一つである相手の意識や記憶の削除をオフにする事も考えたが、異なる意識の混在は結果の予想が難しすぎた。何より自己を保てる確証が無いとなると、死を拒む方法としては下位互換だ。そういう魔法を作っても将来自分が選べる気はしない。

 

 となれば今の魔法の上位互換、犠牲の無い転生を実現するためのアプローチは恐らく二種類に絞れる。

 新しい肉体を作り出すか、同じ肉体を復活させるかだ。

 

 取り敢えずの事実として魔族の肉体は死ぬと魔力の粒子となって消滅する。ならば逆説的に魔力の粒子があれば魔族の肉体を形成する事も可能な筈だ。

 問題は、魔族を殺すと塵になるために解剖研究が出来ない事と、生きたままの解剖に付き合ってくれる魔族など居ない事、そして個体差によっては異形過ぎて参考にならない事か。

 

 そうしてテイターの思索は魔族の肉体に関する路線へとズレる。

 

(そう言えば、魔族の魔法が人類に使えないのは脳や精神構造の違いがあるからだったか。でも俺は人間の肉体でも魔族の体で開発した魔法を使えてる……俺が人類の魔法を参考に記憶ベースで開発したから?)

 

 魔族の魔法が人類に使えないというのも種類の問題ではある。

 例えば今から遥か先の未来で使われるようになる飛行魔法は、魔族の使用している術式を未解明のまま転用している。後に一般攻撃魔法と呼ばれ普及する人を殺す魔法(ゾルトラーク)も元々は魔族製だ。

 

(人類の魔法が参考と言っても、イメージがそうなだけで実際に人類の魔法体系を学んだわけじゃない。クヴァールを見て覚えた独学だ。まあクヴァールの魔法がそもそも例外的だが、なら記憶の書き込みと削除で脳が変質してるか、精神構造が共通してるから問題が無い……というか魔力が引き継がれてるなら、記憶の移行の時点で自動的に魂がくっついてる?)

 

 テイターは村の端に作った小屋で毎夜考察を重ね、朧げな素人医学を引っ張り出し、仮定に仮定を重ねて魔法のイメージを尖らせようとした。

 

(そもそも人間の体なのに、なんで俺の魔族としての記憶と前世の記憶が全部入るんだ。人間の海馬に入る記憶って百四十年分くらいが限界とかじゃなかったか?)

 

 とは言え流石に人間を解剖して確かめるわけには行かない。医者ですらこれくらいの文明時代には検死はほぼ許されなかった筈だ。素人の彼の知識に何か誤りがあろうとそれを指摘する者も居なければ、それに自力で気付く能力も機会も彼には無い。

 あくまでも空論を立てていく事しか出来ない。

 

(南の勇者もフリーレンが死ぬまで予知の秘密を口にしない未来を見てたよな。明らかにエルフ一生分の情報を処理して……いや、条件指定で未来を検索した時に、口にする未来が無かったみたいな仕組みの場合もあるか。というかそもそも戦士や勇者の肉体性能も生物学的に考えておかしい。俺が前世の知識を応用出来たと思ってたのは、そういうイメージが魔法に作用してただけ……これもしかすると勘違いしたままの方が良かったか)

 

 テイターは科学の世界を知り過ぎていた。

 村で過ごす日々の間でいくつか女神の魔法に関する文献も手に入れたが、これもあまりに理論が無さ過ぎて歯が立たなかった。

 

 テイターは過ぎ行く月日に焦りを覚えていた。

 

 次いつまた勝てない魔族が来るか分からない。

 次いつまたグラオザームに特定され、同じように村を滅ぼせと命令されるか分からない。

 次いつまた人間に殺されるか分からない。

 

 だがテイターには完璧な転生魔法は足掛かりも掴めなかった。

 彼が目指す魔法はあまりにもイメージが曖昧だった。それを実現しようとするほど自分の最も強固な常識に頼ってしまう悪循環に陥った。

 

 

 

 

 

 その日も気付けば日が昇っていた。

 流石に毎日毎週というわけではないが、テイターはこうして意図せず一晩中小屋に籠り研究をする日が時々あった。

 

「……朝、もしかしてもう午前中か」

 

 窓から差し込む日光の角度から、およそ九時くらいだとテイターは推測した。部屋にそこまで正確な時計は無いため正解は分からないが。

 結局この日も進捗はほとんど無い。車輪を再発見しては理論に欠陥が見つかりの繰り返しの残骸が机に広がるばかりだ。

 光の中に舞う埃が目に留まる程の疲れは、彼の座る椅子の背凭れを軋ませた。

 

「村の様子だけ見て寝るか」

 

 鈍い声でそう呟くとテイターは外に出て、村にトラブルが無いかだけ確認するために歩き回り、村の入り口の方まで来た。

 

 だが入り口に居た人物を見るとテイターの眠気は嘘だったみたいに霧散した。

 時間が動き始めたようでもあり、世界が色付いた瞬間とも思える反面、それは必ずしも希望を意味しないと脳内で警鐘が響く。

 

 

 勇者ヒンメルの死の五十七年前。勇者一行の旅立ちから三年後。

 

 この村にヒンメル達が訪れた。

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