「僕は今から、“ポルターガイスト”に課せられた制限を解き放つ。覚悟はいいかい、緑谷くん? 僕は出来てる」
自身の肉体に触れ、無重力を発動させる。凄まじい三半規管の乱れと共に、文字通り風が吹けば飛ばされるような不自由な浮遊感を得る。宇宙ステーションにいる宇宙飛行士が味わう感覚とはこういうモノなのかと物間は一人で勝手に納得する。
「なるほど、こいつはキツイな。吐くのもわかる」
【ネイト、首回りと手首周辺の酔いに効くツボを刺激しておく。これで酔いは軽減するだろう】
「ははっ、さすが相棒気が利くじゃあないか! さて」
ポルターガイストの個性で自らの肉体に干渉し、空中に縫い止める。
ポルターガイストの重量制限は人1人分の重量という曖昧な基準だが、これは柳レイ子がその時々のコンディションや体調で発揮できる個性出力にムラがあるためである。その上限下限を平均すると大体人1人分の体重と同じになるのだ。
そして現在の物間の体重は、無重力の効果により0と化している。個性の同時使用の負担はあれど、実質ポルターガイストのデメリットを踏み倒したようなものだ。
「自分というデカいラジコンを遠隔操作する感覚かな? 慣れないけど戦いながら慣らしていけばいいだろう。ちょうど過去に、柳さんの個性の試運転で人型のぬいぐるみを操作した経験もある」
「付け焼き刃で戦えるつもりか!」
「戦えるんだよねぇそれが!!」
フルカウルで加速して殴りかかる緑谷を、ひらりと暖簾のような挙動で半身になって躱し、反撃の裏拳をポルターガイストで操作し加速させて叩き込む。
拳を振りかぶらずとも相応の速度と威力でパンチを繰り出せる、こいつはいい! 物間は内心高揚している。
【ネイト、今までのミドリヤの行動を元に分析が完了した。攻撃予測パターンを視界に投影する】
「2階からぼた餅! 助かるぜ全く!」
ひらりひらりと、防戦一方にも見える物間だが、レプリカの未来予測に合わせて緑谷の猛攻に対して腕や脚を挟み込んで防ぎながら、徐々にポルターガイストで自身を操作する感覚に慣れていく。その証拠に最初は直線的でぎこちなかった物間の動きが段々と滑らかに、人間の動きに近づいていく。
それを防ぎたかった緑谷は早期決着を決めるべく、攻め手を打って出ていたが中々陥落できず、徐々に表情に焦りが見えてくる。
「このっ!」
「おっと危ないなァ」
渾身の足払いも、空中浮遊でひょいと躱す。脚技による連撃も、およそ人体には不可能な、幽霊的かつ流体的な挙動でひょいひょい、ぐねぐねと避けまくる。
(当てづらい!!)
「あはははっ、当たらなければどうという事はないんだよねぇぇえええ!!」
◇
「キメェ」
「うへぇ……」
「極めてなにか生命に対する侮辱を感じます。主よ、かの者に裁きを望みたもう」
「誅罰対象!?」
なおモニター観戦陣からはすこぶる不評だった模様。
◇
「そらっ!」
「ぐはッ!?」
ポルターガイストは物質の操作速度に“も”長ける個性だ。
それは幽霊が知らぬ間に背後に佇むような。ポルターガイストで瞬間移動したかのような速度で緑谷の背後に回りこんだ物間は、ポルターガイストで加速した拳を叩き込む。直撃した。だが予測されていたのか芯をずらされた。
間髪入れず放たれる緑谷の後ろ回し蹴りを、上体をぐにゃりと逸らすことで回避、
(ポルターガイストによる肉体操作……『人体ならばこう動く』という規格から外れた不規則な挙動を可能とするのか! 常識が通用しない! だから予測がつかない!!)
同時に物間も攻めあぐねていた。カウンターで緑谷に触れて無重力状態を狙おうとしても、物間の手を極端に警戒する緑谷によってギリギリのところで回避されるためだ。
(ブラフや視線誘導込みでこっそり触れても触れさせてくれない。やはり『触れる』という狙い自体がわかりやすいのか……? ま、取れる手段ならいくらでもある、攻め方を変えよう)
「【
【
「総合6棟の鉄筋コンクリートの建造物! 加えて事前に触れた瓦礫も一斉解放だ! 3回戦での戦術を真似るよ、骨抜くん! 圧倒的質量を以て、全方位から押し潰す!!」
「ッ逃げ、」
「させないさ、【
周囲の瓦礫から伸びた鎖状のエネルギーが緑谷の四肢を縛り付ける。その程度の拘束、緑谷なら自力で解けるが、一瞬動きが止まる。その一瞬があれば逃げ道を防ぐことなど容易い。
そして四方と上空から弾道ミサイルもかくやの速度で迫り来る建物だったもの。
無重力は
ーー大丈夫だ、俺たちがついている
(あの人の声色が、雰囲気が、オールマイトに似ているからか……今ならなんでも出来そうな気がする!!)
5th 黒鞭 発動
蜘蛛の巣のように編み上げられた黒鞭のエネルギーが、四方から迫る質量を受け止め、勢いを大きく減衰させた。
「スタンド能力か! 早速使いこなしちゃってさぁ!!」
『だから違えって言ってるだろ!!』
「「!?」」
『そこの金髪坊主にワンフォーオールが触れられた影響で外界に引っ張られちまったせいか、俺たちぁ短時間なら顕現出来るようになったんだ。いいか坊主、俺の感覚を同調させる。それに合わせて黒鞭を発動しろ! 最初は俺が使う、あとはその感覚を体に叩き込んで覚えろ!』
「ーーーーはい!」
緑谷の背後に上半身だけの姿でスキンヘッドの男が現れる。途端に緑谷が自分の手足のように自在に黒鞭で建物を掴み上げ、物間に向かって投げ返す。自分にぶつかる寸前でポルターガイストを用いて空中に静止させる物間。
「オペレーター付きか。ま、条件はイーブン。なら手数を増やそう、それら全てに対応できるかな?」
【
「分かっていたけど、オート迎撃システム便利すぎるだろ!!」
「うん、僕も助かってるよ!」
瓦礫の弾幕の間を縫って黒鞭が物間に伸びる。間に別の瓦礫を挟んで防ぐと同時に遮蔽物とする。黒鞭が瓦礫を引き剥がすがそこに物間の姿はなく、物間は超加速浮遊で緑谷の死角に移動し、【
『後ろから来るぞ坊主!』
「ありがとうございます!」
「ああもう、目が4つあるようなものじゃないか!」
【私のセンサーはそれ以上の索敵性能だ】
「レプリカは何故張り合ってるんだい!?」
黒鞭の薙ぎ払いをポルターガイストの肉体自在機動で掻い潜り、緑谷の懐に飛び込んで防御を捨てたインファイト。連続で繰り出される物間の掌底を手首を掴んで喰い止める緑谷。
「さっきのお返しだ!」
「ッチ、離せよA組ィ!!」
引き抜こうにも存外に力強く引き抜けない。その間に黒鞭で物間の全身を過剰に縛り上げる緑谷。ポルターガイストで引き剥がそうと試みる物間だが、黒鞭の拘束力が思いの外強いせいでなかなか離れない。
「この距離なら避けられないよね!」
「は?」
「散々殴られた分のお返しだぁ!!!!」
『腕の反動は黒鞭で最大限保護する、やっちまえ坊主!!』
「瞬間解放40%、デトロイトスマッシュ!!!!」
「『盾』印、七重ーーー」
【展開が間に合わない。フェイスシールドを緊急展開する】
展開途中の盾の印を破壊し、緑谷の拳が黒い装甲で覆われる物間の顔面に突き刺さり、バウンドしながら後方に大きく吹っ飛ばされる物間。痛みに堪える間もなく、再び黒鞭で拘束され、手繰り寄せられる。
「終わりだ、セントルイスーーー!!」
渾身の回し蹴りが炸裂しようとし、モニター越しの誰もが緑谷の勝利を確信した。それは緑谷本人も例外ではなく。
「ツインインパクト、
瞬間、緑谷の身体が激しく折れ曲がる。それは全方向から不可視の打撃を一斉に受けたような曲がり方だった。
『坊主!?』
「ゲホッ、勝利を確信した時が最大の気の緩み、ってね」
緑谷の爪先が物間に当たる寸前で緑谷が白目を剥いて崩れ落ち、地面に叩きつけられる前にポルターガイストでスッと移動してきた毛布にボフッと包まれる。
「動かない方がいいよ? 多分骨5-6本折れてるだろうから内臓ズタズタになるし……ってもう聞こえちゃいないか」
【
あまり使いたくなかったんだけどなァ、と1人呟く物間。大怪我必須のダメージを与えるため、どうにもならなくなった最終手段として残しておきたかった手段だったが、咄嗟に使ってしまった。自分の身や心を守るために反射で攻撃的になってしまうのは、僕の悪い癖だ。
◇◇◇
「あ」
「やーっと帰ってきたね」
「こちらは全員投獄完了です」
物間が簀巻きにした緑谷を担いで牢屋に向かうと、柳達が牢屋の前で待っていた。牢屋の中には洗脳状態で拘束されたA組の面々がいる。
「なーんだ、僕が居なくても皆勝てたじゃあないか。流石僕の級友達だ」
「心操様様だよ。乱戦ですっごい輝くね、洗脳」
「彼の強みを引き出せたのは3人の奮闘あってこそだ。お疲れ」
緑谷を投獄し、ブラドキングによるB組勝利のアナウンスが響き渡り、歓声があがる。
「顔面どうした? 殴られた痕があるぞ」
意地の悪い笑みを浮かべて心操が質問してくる。物間は肩をすくめる。
「ああ、強烈な一発を頂いてね」
「ククッ、さしものお前も手酷くやられたってわけだ」
「あーあ、爆豪くんみたいな無傷での完全勝利には程遠いや。それでもまあ、今は勝利の余韻に浸っていようじゃないか」
顔の痛々しい打撃痕とは裏腹に、物間の表情は晴れ渡っていたのだった。