竜殺し辞めて青春送ろうとしたけど隣の席がドラゴン娘なのは聞いてない 作:佳和瀬
俺が入学した学園はこの国に三つしか存在しない、王立魔法学園だ。
三つどれもがそれぞれの特色を有していて、俺の所属するラウンド魔法学園は身分の差を取り払い、平等を謳っている所である。
騎士団関係を隠せばただの平民に過ぎない俺が入れたのも、そのおかげだったりする。
社交性が高い生徒たちが仲立ちとなりじりじりと仲を深めているのが例年の常識だったわけだが、俺達のクラスには例外が存在する。
その名もアリア・ディ・イクス・スカイクラウン。
我らが第二王女様である。
彼女はその高い社交性から、貴族平民に関わらず話しかけ、俺達にある種の一体感を持たせた。
そこにマリーという同じく社交性の高い存在が中心となることで、うちのクラスは異様な速さで打ち解けた。
そんな訳で、第二王女はクラス内ではアイドルみたいな扱いだ。
たぶん推し認定してるやつも少なくないし、強火も絶対いる。
なんで学園に入学して初めての休日にそんな説明みたいな述懐をしているのか?
そんなん
「おはようございます、アブセンス君」
「なんで俺の部屋に来てるんですか???」
ほんとに何で?
朝日を浴びながら今日何をするか考えてたら急にノックされ、ドアを開けてみれば王女様だ。思考がフッと遠のいた。さっきの述懐も走馬灯と変わらない。
先ず持って異性の寮棟へ入ることは禁止されているはずだ。だから先日のルニファの訪問はまずかったんだし。
訝しげな視線をぶつけると、ニコリと王女様は微笑む。
「少し
「ゴリゴリのパワープレイだった……!?」
権力のゴリ押しじゃん。
さっきの学園説明、一瞬で破られたんだけと?
ほんとにこの学園平等謳ってんのか?
権力という圧倒的力に圧されて、ドアを閉めたくなった。
「今日はお出かけの誘いに来たんです」
「あっ、このまま話進めるんですね……お出かけ?」
「はい、一緒に王都にでもと思ったんですが」
「うっ……」
駄目ですか? と上目遣いに尋ねる王女様に思わず唸ってしまう。天然じゃない、自分が可愛いと分かってないとできないような行動だった。
ここまで言われて駄目と言う度胸はないが、俺を誘う理由がわからない。
隣の席だから多少は話すけど、そんな仲良しって感じではなかったよな?
「その、昨日アブセンス君が明日は何処か遊びに行きたいと言っていたでしょう?」
「はい、そのつもりだったんですけど」
一人気ままに王都をぶらりとしようとしてた。
前世、散歩番組とか好きだったんだよな。
本当なら男連中と遊べれば、とも思ってたが残念なことにみんな予定が入っていたらしく、ものの見事に断られた。
思い返すと普通に悲しすぎる。絶対何人かは一緒に遊んでんだろ。
なんか苛ついてきたな。
「…………行きますか! 王都!」
「フフ、ありがとうございます。あっ、外ではアリアって呼んでくださいね? 一応、お忍びみたいなものですから」
こうなったら目一杯楽しんでやる。
王女──アリア様と休日お忍びデートと洒落込もうじゃないか。
…………ちょっと不敬でも大丈夫だよな?
訪れた王都は、変わらず活気に溢れている。
大通りは人で混み合い、それを押しのけるように馬車が通っていく。
前世の渋谷とかみたいだ。
旅行で初めて行って、祭りやってるんですか? って聞いて爆笑されたことを思い出した。最悪な気分になった。
「フフっ……やっぱり此処はいいですね」
「そうですか? まぁ、圧倒される感じはしますけど」
「それが楽しいんじゃないですか。ほら、露店なんかもありますよ?」
アリア様は楽しそうに辺りを見回している。
やっぱり王族からすると、こういう活気も新鮮なんだろうか。
「きゃっ」
「うおっ、大丈夫ですか!?」
人混みに気を取られたからか、道の段差に足を取られアリア様はよろけた。
慌てて肩を掴んでこっちに引き寄せる。小柄なのもあり、俺の腕の中にすっぽりと収まった。
「あ、も、申し訳っ」
「支えてくれてありがとうございます。でも、敬語は駄目です」
「え?」
「ほら、お忍びですから。もっと砕けた口調で、呼び捨てでもいいんですよ?」
「…………さん付けは許してくれ」
不敬じゃないよね? だって本人から言われてるんだもん。
何故か動こうとしないアリアさんをどうにか抜け出させ、彼女をじっと見る。
顔を隠す帽子をかぶった彼女は、見事にこの王都に馴染んでいる。
「案外、バレないんだな」
「そうなんです。顔を隠して、普通の服を着ちゃえば気づかれないものなんですよね」
「あぁ、確かに。一緒に来てなかったら俺も分からなかった気がする」
「む、顔が見えないと私だってわからないんですか」
え、そこで機嫌悪くなることある?
咎めるような視線をぶつけられ、たじろぐ。
「いや、アリアさんも俺が顔隠してたら分からないでしょ? それと同じだって」
「私はわかりますよ。顔どころか全身を隠していても、気配で」
「ははは……冗談うまいっすね」
嘘だろと笑おうとしたが、結構雰囲気がガチだった。
全身隠しても気配でわかるってなんだよ。
王女様ってそういう索敵能力持ってるもんなの?
いや、持ってるか。この国の王族、もれなく全員が馬鹿みたいに強いし。
「ほら、立ち止まってないで行きましょう。あそこの露店とか楽しそうです!」
「分かった、分かったから。お忍びだってこと忘れないでくれよ?」
腕を引っ張られ、露店の方に歩き始める。
考え事はやめよう。今は可愛い女の子と遊ぶことにこそ注力すべき!
笑みを浮かべながら、俺は人混みの中に入っていった。
△
(本当なのに)
ジークの腕を引っ張りながら、アリアは言葉に出さず思考する。
気配だけでジークだと分かると、そう言った。
彼はそれを冗談と言い、内心では彼女の索敵能力によるものだとした。
違う。
確かに彼女は人の気配を感じ取れる。そういう訓練を積んできた。
だが、ジーク・アブセンスという少年にだけはそれすら必要ない。
血管に冷水が流れ込んだような、凍える感覚。
心臓が異常に動悸する、生存本能の活性化。
全身がすくみ上がるような、死という根源的恐怖。
(アルス・マグナカロスから聞いた、竜殺しの気配を抑制する指輪。完璧ではないんですね)
ジークは気づいていないが彼の感情の高ぶりに呼応して、竜殺しは濃度を増していく。
楽しいという感情が、僅かに竜殺しを溢れ出させる。
竜であっても気づかないような僅かなそれを、アリアは感じ取る。
(あれを一度でも味わえば、気づかないわけがない)
彼女は出会ったことがあるのだ。
竜を殺す機構だった、『竜狩り』としてのジークと。
△
王国の建国記には、建国の英雄は半竜半人であったと記されている。
竜を由来とした圧倒的な力で遍く障害を踏み越え、建国に至ったと。
血は受け継がれる。
親から子に才能が継がれることがあるように。子孫の血脈に竜が宿ることも何ら不思議なことではなかった。
人間の限界値を超えた身体能力。
無尽蔵の魔力。
鱗や翼といった、人の規格から外れた部位。
それを受け継げれば、それだけで一騎当千の英雄になれるほどの力。
数世代に一度の頻度でそれを受け継ぐ子供が現れ、半分はその力を存分に振るい、半分は力を制御できずに呑まれていった。
血に宿る竜に意識すらも乗っ取られ、ただの怪物となる者が歴史の影に何人もいた。
「ギッ、ガァっう……ッ!!!」
今年で11歳になるアリアもまた、その一人になりかけていた。
御前試合にも使われる広大なコロシアムの中心で蹲り、うめき声が溢れる。
数十人の騎士が彼女を囲み、その手に得物を握りしめている。
彼らの目に映っているのは、もはや王女ではない。体の七割近くが鱗に覆われ、鋭い爪で地面を引っ掻く竜の出来損ないのような、そんな怪物であった。
(痛い、辛い、苦しい。怖い、怖い、怖い)
年々増してく力に蝕まれる彼女に与えられた、人として生きていけると証明する最後のチャンス。
それが今日だった。
自らを喰らい尽くそうとする己の血を、彼女は制しきらなければならなかった。
アリアは玉座に腰掛ける父に助けを乞うように視線を向ける。返されたのは、冷たい無慈悲なものだった。
(お父様は、助けてくれない。誰も、私を助けてくれない)
乱れた精神が、また一段階竜に呑まれる。
もう彼女にまともに思考する余力は残されていなかった。
朦朧とする意識の中、自分が騎士たちを叩きのめしていることだけが分かった。
楽しい、とアリアは思った。
(──っ! 私はこの国の第二王女! 人を傷つけ、楽しいと思うことなど、あっていいわけが!)
王の娘としての誇り。
力に目覚めた者しての義務。
王族の責務。
心を強くもつためそれらを思い出しても、一瞬で苦痛に塗りつぶされた。
もはや鱗が生えてない場所を探すことすら困難なほど、彼女の竜化は進んでいた。
苦悶の叫びは咆哮に変わり、苦痛に暴れれば騎士が蹂躙される。
(私、もう駄目なのかな)
泥沼に沈んだように体の感覚がない。
もはや抗う力すら、ない。
自分が終わりだと、自覚ができてしまった。
(竜になって、暴れて、人を殺して──)
目を瞑って、全てを諦めた。
その時。
「任務目的地到着」
風が吹き抜けた。
「え……?」
アリアの中の竜が、一気に息を潜めた。
現れた存在に、根源的な恐怖を感じて。
「『竜狩り』所属ジーク・アブセンス、これより任務を開始する」
聞いたことがある。
騎士団でまことしやかに囁かれる、一つの噂。
『存在しない竜殺し』という存在について。
王家の血に流れる竜、それは覚醒しなくとも因子は確かにあるのだ。
祖先たる英雄の遺伝子は、同じ竜種にとって極上の餌となる。
故にこの国は多くの竜に襲撃される。
それを撃滅するために設立された部隊『竜狩り』。
そこには、竜を殺すためだけに生まれたとしか思えない者がいるのだと。
王家に竜の力が流れるこの国において、存在するだけで禁忌になるような、そんな存在。
噂しながらも、誰も信じていなかった。
アリア自身、怖がりながらも嘘だと思っていた。
「あ…………」
分かった。
分からされた。
この人が竜殺しだと。
(やっべ、勢いでターゲットっぽい人のとこ来たけど、玉座に王様座ってないか? え、これもしかして俺不敬? めっちゃ無視して色々言っちゃったし、絶対に不敬じゃん。うわモニカさんの話もっとちゃんと聞いときゃ良かった、殺せばいいだろとか調子こいてた。処刑でセカンドライフ終了は嫌すぎる!)
その戯言は、言語として出力されなかったため、アリアの耳には届かなかった。