白兎千恋   作:鶏むね三太郎

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第11話

 ゴライアス討伐戦が終わり、誰もが寝静まった頃。

 

 18階層も地上のような夜になる。星空のように輝く水晶(クリスタル)に照らされながら、レフィーヤは巨大な木の枝に腰掛けて、視界にそびえる巨大な一本水晶や、木々を眺めていた。

 

 どれくらいこうしていただろう。無為に迷宮(ダンジョン)を映すその瞳は何を捉えるでもなくただひたすら迷宮(ダンジョン)に注がれていた。

 

 すると、下から枝の揺れる音がする。誰かが木を登っているのだと直ぐにわかった。

 

 「レフィーヤさん、こんなところで何をしているんですか?」

 「ベル······」

 

 上がってきたのは白髪の少年。

 レフィーヤが少しズレると、礼を言いつつ隣に腰掛ける。もう寝るところだったのだろうか、(かつら)は無く、白い髪に深紅(ルベライト)の瞳が(あらわ)になっていた。

 

 「特に何かあるわけじゃないんです。何となく眺めていただけで」

 「そうですか······」

 

 二人が交わした言葉はそこで止まり、並んで同じように目を向ける。

 しばらく黙っていたベルが口を開くと。

 

 「こうしてると思い出します。Lv2になったばかりで18階層(ここ)に来た時のことを」

 「······」

 「アイズさんたちロキ・ファミリアに助けられて、なんとか生き延びることができました」

 「あの時はびっくりしちゃいました。まさかベルが18階層にまで来れるようになってるなんて」

 

 レフィーヤとベルの二度目の邂逅。僅か半年前の出来事なのにはるか昔のようにも思える。

 

 「ちょっとは見直したかなって思ったらアイズさんたちの水浴び覗きますし」

 「うっ······」

 「原因を聞いて怒るのは可哀想かなと思えば私にセクハラしてきますし」

 「ほ、ほんっとうにごめんなさい! 決してわざとじゃないんです!」

 

 慌ててベルが謝罪を繰り返す。それに対してレフィーヤは少し悪戯っぽく笑うだけだった。

 

 「わかっていますよ。ベルがわざとそんなことをする人じゃないことは」

 「レフィーヤさん······」

 「そんな人であれば、私だってこうして肌を許したりなんてしません」

 

 これまでの(ベル)を見てきてそんな勘違いをすることなどありえない。それを証明するようにベルの左手に右手を重ねる。

 

 「あ、あの······レフィーヤ、さん?」

 「なんですか、私の胸だって触ったことあるくせに······、手に触れるのはダメなんですか」

 「うっ······ダメじゃ、ないです······」

 

 三日前であれば間違いなく冷静さを手放していた状況でも、不思議と心は落ち着いていた。夜だから? 二人きりだから? 理由など知れないが、そんなものはどうでもいい。レフィーヤには今の時間が何より心地よかった。

 

 「ベル、もう少しこちらに来てください」

 「えっと······これくらい、ですか」

 「······もっとこちらへ」

 「は、はい······」

 

 ベルを引き寄せ、衣服以外に阻む物は無いほど近付いた二人。

 レフィーヤの鼓動はこれまでにない程激しく、隣の(ベル)に届いてやしないかと心配になるほどだった。

 

 「ベル、この前はオラリオでの話を聞いたので、今度はオラリオに来る前の話を聞かせてくれませんか?」

 

 密着した状態のまま、目を閉じて言うその声色はレフィーヤの心を表すように安らぎに満ちていた。

 

 レフィーヤの要望に応え、ベルはオラリオに来る前、山奥の村での生活をレフィーヤに聞かせる。

 

 ベルに両親はいない。唯一自分の面倒を見てくれた祖父の書いてくれた英雄譚を読んで育ったこと。その影響か、いつしか英雄に憧れになった。そして、その祖父が亡くなってしまいオラリオに来ることにしたこと。

 

 簡単には飲み込めない。レフィーヤには家族を失う苦しみはわからない。それでも、大切な人を失うのがどれだけ辛いかはわかる。

 

 「教えてくれて、ありがとうございます。ごめんなさい······辛いことを思い出させてしまいましたよね」

 「うーん、やっぱり寂しいけど、でも大丈夫です。今はみんながいるし······おじいちゃんも、きっと僕を見守ってくれてると思うんです」

 

 気休めでも軽々しく肯定はできない。神しか知らない死後の魂の有り様をレフィーヤが語っても、薄っぺらい慰めにしかならない。

 

 ベルの半生に触れた後はレフィーヤの番に代わる。

 

 「次は······私の話を聞いてくれませんか?」

 「レフィーヤさんの······?」

 「はい、学区では私の学生時代を軽くお話ししましたけど、今度はオラリオに来てからのことを······私はベルにも知ってもらいたい」

 

 それからレフィーヤはアイズとの出会いから始め、これまでの軌跡をなぞるように語る。

 夜も更け、チカチカと輝く水晶まで眠る頃まで話は続いたが、ベルの顔だけはハッキリ見えていた。

 

 「フィルヴィスさんっていう······とても綺麗な同胞がいたんです」

 

 「高潔という言葉を体現したかのような人でした」

 

 「凛々しくて、カッコよくて、私は憧れました」

 

 「あの人は自分を穢れているなんて言っていたけど······決してそんなことなかった」

 

 「何度も助けられて······私に力をくれた大切な人なんです」

 

 「それでも······私は彼女を殺しました」

 

 『殺した』その言葉にベルは息を呑む。レフィーヤの潤んだ瞳から雫がこぼれることはない。泣きそうな顔をしながら淡々と語る二面性は曖昧な慰めを許さない。だからベルは口を噤んだ。

 

 「やむを得なかった。このままでは更に屍が増えていく。そしてあの人自身も傷付いていく」

 

 「これ以上あの人が泣くところを見たくなかったんです。だから······私がこの手で殺した」

 

 繰り返された事実に再びベルは瞠目する。ベルの左手に細かな震えが伝わってきた。手元を見下ろすと重ねられた右手に力が入り、僅かに震えていたからだった。

 

 「それから······私は一人でも戦えるようになろうとしました」

 「レフィーヤさん······」

 「私が使っている短剣も杖も、フィルヴィスさんの使っていた形見なんです。そしてフィルヴィスさんのような魔法剣士になって······それで······」

 

 「私っ、フィルヴィスさんになろうとしてた。(レフィーヤ)をやめて、喪った彼女に成り代わろうとして······」

 

 「でも、ダメでした。結局私は(レフィーヤ)のままで、自分も周りも救う妖精(エルフ)になんてなれなかった」

 

 噴飯ものの独りよがり。思い上がりも甚だしい。

 誰にも言うつもりのなかったレフィーヤの真意を、それでもベルには聞いて欲しかった。

 

 「でも、ルークたちが思い出させてくれたんです。これまでの全てが私を作り上げている。私は······レフィーヤ・ウィリディスにしかなれない」

 

 もうその手は震えていない。代わりに力強い眼差しがベルに突き刺さる。

 

 「だから私、強くなります。これまでの全てを繋げて、もっと先へ行く」

 

 「見ていてください、ベル。他の誰でもない、私自身(レフィーヤ・ウィリディス)を」

 

 己の決意を告白する。独白にも近いこれは儀式だ。自分に目を向け、心の内を明らかにする。最後の殻を自ら剥がし、この一歩を踏み出すための過程。

 

 「ベル、聞いてください」

 

 ずっと、気付かないフリをしていた。気付きたくなかった。だって、(ベル)に想い人がいることをレフィーヤは察していたから。

 あの深紅(ルベライト)の瞳が捉えているのはレフィーヤじゃないことをわかっていたから。

 だから、嘘で塗り固めた殻に閉じ篭もろうとしていた。

 

 辛いことから目を背けるのはやめにした。それすらも乗り越えて先に進むことを宣言した。ならばここで止まることは許されない。なによりもレフィーヤ自身が許さない。

 

 震える唇、舌も上手く動かない。それでもレフィーヤは想いを紡いだ。

 キッと眦を上げ、見上げた先には続く言葉を待つように深紅が佇む。

 

 

 

 「私は······あなたが好きです」

 

 




これが書きたかった!!
まだまだ続けるつもりですけどね
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