白兎千恋   作:鶏むね三太郎

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第16話

 その日、レフィーヤが本拠(ホーム)に帰ってきたのは日も暮れてオラリオも夜の光が灯り出す頃だった。

 

 フラフラとした足取りで帰り着き、自室へ戻る。部屋には既にエルフィが寝台(ベッド)に寝そべって床に就く支度をしているところだった。

 

 「あ、おかえりレフィー······ヤ!?」

 

 扉の開く音に反応して顔を向けるエルフィ。そこで見たのは目を虚ろにしてどこか遠くを見つめながら歩く相部屋仲間(レフィーヤ)の姿だった。

 顔は茹で上がったように赤らみ、足取りもフラフラと浮いている。

 

 「どっ、どうしたの!? 何かあったの!?」

 

 あまりの豹変ぶりに冷静さを吹き飛ばして寝台(ベッド)から飛び起きる。最速で駆け寄りと、レフィーヤは力が抜けたように崩れ、エルフィによって地面にへたり込むことは無かったが、その支えがなければ同じ未来が待っていることは想像に難くない。

 

 エルフィに支えられるレフィーヤは「はぁ······」とか「ふぅ······」と零れ吐息しか吐き出せない。

 支えてくれている少女には預かり知らぬ異変の原因。

 

 

 カフェの奥、周りに気を配りつつもレナは耳打ちでレフィーヤにこれまで培ってきた経験に基づく知識を惜しげも無く伝えていく。

 

 『だからさー? ······を······で············してあげると······』

 『えっ······、そ、そんなことっ!? で、でも』

 『あとね、······でも······ってやると······』

 『だ、だって······そこってそんな使い方······』

 

 知識ゼロに等しいレフィーヤにしてみればもはや新たな概念に他ならない。初めは特に乗り気な姿勢を見せなかったレフィーヤもいつの間にか自分から体を傾けて耳を差し出していた。

 

 

 そんなことはつゆ知らず、エルフィは真剣な表情でレフィーヤを介抱しようとする。

 

 「も、もしかして誰かに呪詛(カース)かけられた!? だっ、誰かぁ!」

 

 虚ろな瞳で遠くを見つめていたレフィーヤもエルフィの誰かに助けを求める声には反応せざるを得ない。

 

 「待ってください、な、なんでもありませんから······」

 「だってこんなに顔も赤いし普通じゃないよ!? リヴェリアさんに診てもらったほうが······」

 「大丈夫ですからっ、それだけは絶対にやめてください!」

 

 性知識で頭いっぱいになって王族(ハイエルフ)の世話になるなど不名誉どころか不敬でしかない。もしそんなことになれば世の同胞に合わせる顔がない。何としてもそれだけは避けなければならなかった。

 

 必死の制止にするレフィーヤに渋々といった様子でドアノブにかけた手を離すエルフィ。そのまま振り返って向き直るが、その顔は明らかに納得していない。

 

 「ねぇレフィーヤ。本当にどうしたの? もう騒いだりしないでちゃんと聞くからさ、話してみてよ」

 「エルフィ······」

 

 その表情(かお)は至って真剣で、きっと茶化すこともなく聞いてくれただろう。

 だからこそ、申し訳ない。もし本当のことを話せば何も言わずに聞いて、黙っててほしいと言えば誰にも言わずに隠してくれたと思う。それはレフィーヤからすれば嬉しさの反面、ロキ・ファミリアに対して不誠実な選択をさせることになってしまう。

 互いのためにもレフィーヤが抱えるものを話すことはできない。

 

 「ごめんなさい、やっぱり今は話せません」

 「レフィーヤ······」

 「でも、いつか絶対話しますから。話せるようにしてみせます」

 「レフィーヤっ」

 「だから少しだけ待っていてください」

 

 友に向けた決意と意思。エルフィもそこまで言われては受け入れるしかない。

 

 「······わかった、ごめんね熱くなっちゃって。私、レフィーヤが話してくれるまで待ってるから!」

 「ありがとうございます、エルフィ」

 

 エルフィは先程とは裏腹に明るく笑うと、スっと立ち上がり再び扉に手をかける。

 

 「ちょっと頭冷やしたいから風に当たってくるね」

 「あ、はい······」

 

 気を使ってかエルフィはそのまま部屋を出る。残されたレフィーヤはしばらく扉を見つめるが、やがて立ち上がり寝台(ベッド)に腰かけた。

 

 「エルフィには世話を掛けっぱなしですね」

 

 エルフィよく人を見ている。これまでもレフィーヤに何かあれば明るく励ましてくれた彼女には感謝してもしきれないだろう。

 今度何かお礼でもしようかなと考えていると、コンコンと音がする。木を叩くような乾いた音ではない、とすると音の発生源は扉ではなく······

 

 「あれは······」

 

 窓へ視線を向けるとそこには白いフクロウが窓の外に止まっていた。

 窓を開け左腕を差し出すとこちらの意思が伝わったように腕に飛び乗る。

 

 「これは」

 

 その口には一枚の手紙が。手紙を受け取るとそのフクロウは直ぐに飛び去ってしまった。ただのフクロウには思えなかったが、使い魔か何かだろうか。

 手紙へ視線を戻し、封を確認すると炎と鐘が合わさったような(シンボル)。ヘスティア・ファミリアの印だとすぐにわかる。

 

 そのまま封を切り手紙を開くと、

 

 『日が変わる頃、北西市壁の上に来てください』

 

 というメッセージと、『ベル・クラネル』の名前のみが記されていた。

 

 来た。遂にその時が来てしまった。

 待ち望んでいたはずの瞬間。それなのにいざその時が来ると無条件に喜ぶことはできなかった。

 

 考えなかったわけじゃない。彼が目指す憧憬を知ってしまった今、そうなる可能性の方が高い。それでもこれまで気持ちに浮かれていたこともあり思考から排除されていた一つの可能性。その可能性を目前にしたことで嫌でも意識させられる。

 どんな結果でも笑っていると切った啖呵を反故にしてしまいそうになる。

 好きな人に拒絶される未来。考えるだけで手足が震えて息もしずらい。

 それでも逃げられない。ここで逃げれば一生何とも向き合うことなどできないと、挫ける心を奮い立たせる。

 

 まだ時間はある。約束の刻までにどんな結果でも受け止める心づもりをしておかなければ。

 

 「覚悟しておかないといけませんね」

 

 

________________________

 

 

 

 夜も更け街も寝静まる頃、レフィーヤは団員たちに見つからないように外へ出る。

 門は使わず、館を囲う壁を飛び越え──ようとしたところで

 

 「何処へ行く、レフィーヤ」

 

 呼び止める声。振り返るとそこには翡翠の髪を束ねた王族(ハイエルフ)の女性。

 

 「リヴェリア様······」

 「こんな夜更けに何処へ行くつもりだ」

 

 答えられない。その眼差しは神でないにも関わらず嘘を看破してのけると思わせるほどに鋭く、下手な誤魔化しを許さない気迫を纏う。

 

 「大事な······用事があるんです」

 

 だからこう言うしか無かった。とても曖昧な返答を返すしか。

 

 「お前が最近思い悩んでいたのは知っている。理由までは分からんがな。それと関係があるのか」

 「っ!」

 

 何を言うでもなくリヴェリアは分かっていた。主神(ロキ)母親(ママ)と揶揄されるだけあって(レフィーヤ)の機微を見逃すほど曇っていない。

 

 確信を突かれたレフィーヤは驚きに目を見張る。だが、それでもリヴェリアから目は離さない。

 確証は無いが、ここで目を逸らせば認めてもらえないと感じたから。

 

 後ろめたさ、不正を晒せばリヴェリアは容赦なくレフィーヤを諌め、捕らえるつもりだった。

 しかしレフィーヤは真っ直ぐ見つめ返し、何をもっても意志を貫く気概を見せつけた。

 それは人造迷宮(クノッソス)攻略後の過剰なまでの邁進。その時よりも強く、歪みの無い真っ直ぐな瞳。

 

 「はぁ······、好きにしろ」

 

 やがて、嘆息気味にリヴェリアが折れる形で決着は着いた。

 

 「いいんですか?」

 「その様子では私が何を言っても聞くまい。だが、これだけは言っておく。己に背くな。自分自身すら欺けば、それは杖が折れるも同義だ。決意を決めたのなら引き返すことは許されない」

 

 それはリヴェリアなりの激励だった。これから何をしに何処へ行くのかも知らないリヴェリアにもレフィーヤの表情から感じ取るものでもあったのか、リヴェリアの瞳は閉じられた。

 

 「······申し訳ありません、リヴェリア様。行ってきます」

 

 レフィーヤは一礼のみを残して外壁を飛び越えていく。

 それを見送ったリヴェリアは浅くため息を吐くと、そのまま本拠(ホーム)へと戻っていった。

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