市壁の下に着いたレフィーヤは、上へ上がる螺旋階段をゆっくり上がっていく。一段登る毎に避けられない結末が近付いていくように思えた。
そしてそれは確実に迫っている。
階段を登りきり市壁の上へ出る。ベルは既にそこに居て街を眺めていた。
月に照らされる白髪は月光を吸収して神秘的な輝きにすら見える。
「ベル、お待たせしました」
声をかけて振り向いたベルはいつも通りの穏やかな笑みでレフィーヤを迎えてくれる。
「レフィーヤさん、来てくれたんですね」
「もちろんです。この時を待っていましたから」
「あはは、ちょっと時間空いちゃいましたね。すみません」
申し訳なさそうに頭を搔くベルはやっぱり優しく微笑む。
「いいんです、その間にいろいろ考えることができましたし」
庇うわけでもないレフィーヤの本音。ベルもそれが気を使った答えではないことは理解していた。
「僕も······沢山考えました。考えて、考えて······ちゃんと答えを出しました。だから······聞いてくれますか?」
先程とは打って変わった真剣な表情。無意識に体に力が入る。
「はい、聞かせてください。ちゃんと······受け止めますから」
握られた拳は既に肌が白くなるほど力が込められていた。
覚悟はできている。もう都合のいい希望には縋らない。だから、それを受け止めるための覚悟。
「僕、ミノタウロスから助けてもらった時からずっとアイズさんに憧れて、ずっとあの人に追いつきたいって思ってたんです。でも憧れだけじゃなくて、きっと僕はあの時アイズさんに······一目惚れしていました」
「······」
知っている。ベルの歩んできた冒険を聞いた時からわかっていた。それでも本人の口から言葉にされると否が応でも認めざるを得ない。
(やっぱりベルはアイズさんが好きなんだ······)
それを認めるというのは即ちレフィーヤの失恋を認めるということ。
それでもレフィーヤはベルの言葉を待った。
最後まで聞き届けようと決めていたから。
「でも······僕、いつの間にかレフィーヤさんのことも気になるようになっていました」
「······ぇ」
「いつからかは定かじゃないんですけど、明確に覚えているのは
「あ······」
「レフィーヤさんだけは罵倒の言葉じゃなくて、理由を話せって、説明しなさいって言ってくれました。あの場で答えることはできなかったけど、ちゃんと聞こえてました。······本当に嬉しくて、救われました。みんなが失望で僕を見る中で唯一変わらない態度を示してくれたことが」
あの時は······、
「そしてその後も僕をずっと対等に見てくれて、僕を知りたいって言ってくれたことも、僕にレフィーヤさんのことを知ってほしいって言ってくれたことも全部嬉しかったんです。どんどん僕の中でレフィーヤさんの存在が大きくなっていって······女々しいかもしれないですけど、今何してるんだろうとか考えるようになっちゃって······」
同じ、レフィーヤがベルに思い馳せていた時、同じくベルもレフィーヤのことを考えていたのだと、彼の口から告げられ、この場でなければ人目も憚らずニヤついてしまっていたかもしれない。
だが今の、目の前の男に釘付けになるレフィーヤにはそんな雑念は微塵も無い。
「だからレフィーヤさんが告白してくれた時、心臓が破裂しちゃうんじゃないかってくらいバクバクしてて、夢なんじゃないかって思うくらい気持ちが溢れそうになりました。あの時、あぁ、僕はこの人が好きなんだなってわかったんです」
「それって······」
渇いた喉からは掠れて空気の音しか吐けず、声にならない声を出す。
「アイズさんに憧れているのは変わりません。でも、アイズさんに対するものとは違った気持ちがレフィーヤさんに向いているって気付きました。だから······」
これまでも饒舌とは言えない口調で言葉を紡いできたベルがそこから先を口にできず詰まってしまう。
よく見ると彼の手は震えていた。緊張しているのはレフィーヤだけでなく、ベルだって勇気を振り絞っていたのだと思うと、やはりレフィーヤにできるのは待つことだった。
一分? 二分? どれくらい経ったかわからない。もしかしたらほんの数瞬の時間だったのかもしれない。短いようで長い沈黙の後、ゆっくりとベルが
「だから······僕もレフィーヤさんのことが······好き、です」
遂に告げられたベルの答え。
何よりも求めていたはずの結果なのに、理解が追いつかない。
「じゃあ······アイズさんのことは······」
違う、そんなことが言いたいんじゃない。
「アイズに憧れる気持ちはあります。でもそれは『恋』とは違う······。僕が好きなのはレフィーヤさんです」
ベルは二度目の想いを告白する。それは今度こそレフィーヤを引き戻した。
見開かれた瞳からは塞き止める機能を失ったかのように溢れる雫を止められない。
「レ、レフィーヤさんっ!?」
「ち、違うんです······いえ、違わないんですけど······うっ、嬉しくて······」
唐突に涙を流すレフィーヤを見たベルはこれまでの一転してオロオロと動揺を見せた。
「え、えと、その······失礼しますっ!」
どうすればいいか迷ったベルは、意を決してレフィーヤを抱きしめる。その身体は思ったよりも大きくて、レフィーヤの身体を正面から包み込む。レフィーヤの顔を胸に抱き込むようにして涙を受け止めてくれるベルの温もりにレフィーヤは更に涙腺を決壊させた。
「うぅぅっ······ベル······ベルっ! 好きです、大好きです! ベルぅ!!」
抱擁の中で叫ぶレフィーヤの頭を優しく撫でるベル。これではどちらが年上かわかったものではない。
「僕も、大好きです······。レフィーヤさん、僕の恋人になってくれませんか?」
レフィーヤを抱きしめるベルは、顔を近付けて耳元で囁いた。
答えなど決まっている。ならばレフィーヤがするべきことは一つ。
「はい······っ、私を、あなたの恋人にしてください······!」
ベルから身体を離し、手だけが触れ合う距離。見上げるレフィーヤは涙の溜まった瞳を細めて笑う。頬を伝う一筋の涙を指で掬うベルも優しく微笑む。
視線を交わす二人。やがてベルを見上げるレフィーヤはゆっくりと目を閉じ、月明かりがレフィーヤを真上から照らす。
ここで躊躇うほどベルは愚かではなかった。
不器用ながらに片方の手を腰にやり、もう片方の手で顎を支える。
二人の顔はゆっくりと近付いていき、ベルの影がレフィーヤを覆った。
ここまでで一応完結としておきます
読んでくださりありがとうございました
ただ、これからも更新は続けるので気が向いたら読んでやってください