白兎千恋   作:鶏むね三太郎

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第8話

 特別(ダンジョン)実習の日が来た。

 バベル前の広場に集まり、最終的な隊列や装備の確認を済ませると、指揮官であるルークが号令をかける。

 

 「当初の予定通り今日の目的地は18階層──『迷宮の楽園(アンダー・リゾート)』だ! 行くぞ!」

 

 ルークの声に応じるように声を上げる。生徒たちに緊張の色はなく、ダンジョンへ向かっていった。

 

 

________________________

 

 

 

 「前衛(ウォール)下がれ! 同時に魔法斉射!」

 「右側面、ヘルハウンド5! 距離60!」

 「後衛弓構え、近付かれる前に片付けろ! ミリー、合図は任せる!」

 「まったく、人使いが荒いですわねっ」

 

 文句を言いつつも素早く弓を構え狙いを定める。大人数故に近付いて炎を吐かれると回避も難しいので早めに仕留めるのが正解だ。

 

 (ここまでは好調に進んでいる)

 

 ダンジョンに潜って現在13階層。ここまで特に苦戦することも無く進んできている。指示系統の訓練も並行しながら進んでいるので進みとしても順調と言える。

 

 速やかにモンスターの処理も済ませて14階層へ進んでいく。

 その後も問題なく進み、無事に18階層へ到達した。

 

 「テントの設営が済んだら各小隊の隊長は本営に集合。装備品の手入れやアイテムのチェックも忘れないように」

 

 18階層へ到着すると南側──かつてロキ・ファミリアが野営地として利用した場所──に陣を張る。

 テントは大きく分けて男子陣、女子陣、教師陣でわかれて設置された。

 

 レフィーヤは学生たちには交ざらず教師達のそばに一人用のテントを張ることになっている。

 そうしてテントの設営をしていると、レオンが声をかけてきた。

 

 「レフィーヤ、ちょっといいか」

 「はい? どうかしましたか」

 「ラピのことなんだが、数日間ずっとあのままなのも酷かと思ってな。彼も我々の近くに一人用のテントを用意しようかと思うのだが、構わないか?」

 

 考えてみれば生徒たちは大人数でまとまって寝ることになっている。そこにベルもいるとしたら少なくとも五日間はあの(かつら)を外せないことになる。さすがに辛いだろう。

 

 「そうですね、問題は無いかと」

 「そうか、君たちは元々交流があるようだし、後のことは君に頼もう」

 「えっ?」

 「では頼んだよ」

 「え、えぇ······」

 

 そう言ってレオンは本営の方へ行ってしまった。

 そもそも同性のレオンの方が自然ではないかと思うレフィーヤだったが、時すでに遅しであった。

 

 「──仕方ありませんね」

 

 さっさと設営を終わらせ、男子陣の天幕へ向かう。ラピはちょうど杭打ちをしているところで直ぐに見つけられた。

 

 「ラピ、それが終わったら少しよろしいですか」

 「え、あ、はい」

 

 少し離れたところで彼の作業を見守る。やがて作業を終えたラピが小走りにやってきた。

 

 「お待たせしましたっ」

 「いえ、ちょっとこっちに来てください」

 

 さすがに他の生徒たちの目もあるため、一度レフィーヤのテントまで戻ってくる。

 

 「レオン先生が実習中ずっとその格好だと辛いだろうとのことで、希望するなら教師陣の近くにテントを用意していいと仰っていました」

 「あー、そうですね、正直ずっとこれ被りっぱなしだと辛いなって思ってたんです。じゃあ、そうさせてもらいますね」

 「えぇ、それがいいと思います」

 「それじゃあ、僕荷物取ってきます」

 「わかりました」

 

 ベルを見送ったレフィーヤは、今度は女子達のいる天幕へ向かう。授業で野外調査(フィールドワーク)も経験するとはいえ、念の為ちゃんと設営できているかは確認しなければならない。

 そこまで考えてレフィーヤ自分の思考がこれまでの教わる側から明確に教える側に変わっていることに気が付く。

 

 (私だってまだまだ未熟者なのに偉そうにできませんね)

 

 自嘲ではない、ただ自分がなんでもできるような慢心を抱かないためにも、この気付きは大切な気がした。

 

 天幕へ着くと女子たちは設営片手間に何やらお喋りに興じていた。

 少し距離があるが、Lv4の聴覚は正確に会話を聞き取ってしまう。

 

 『日暮れ前に女子は見張りと交代で水浴びできるんだってー』

 『えー、こんなとこでやるの?』

 『大丈夫だよー、ちゃんと見張りも立てるし、覗こうとする人なんていないって』

 『うーん、それなら私も行こっかなー』

 

 その初々しい会話につい綻んでしまう。レフィーヤはファミリアの遠征で何度か経験しているが、彼女達はそうはいかないだろう。まぁ、お喋りよりも設営を優先すべきだが、余計な茶々は入れまい。

 

 自身のテントへ戻ると、荷物を持ったベルがキョロキョロと歩き回っている。

 

 「······何をしているんですか」

 「あっ、い、いや、どこに張ろうかなーと」

 

 教師陣にもいくつもテントが張ってあり、あまり空いているスペースがないため、迷っていたのだろう。

 空いている場所なら······と考えはするが流石にそれは無理だと切り捨てる。

 

 しかしここで目の前の少年とさっきの彼女達の会話が結びつく。

 

 (そういえばこの男、アイズさん達の水浴びを覗いて······)

 

 かつての光景がフラッシュバックしたレフィーヤはベルの腕をがっしり掴み、有無を言わさず引き連れていく。

 向かった先はレフィーヤの使うテント──の真横である。

 

 「ここ、使ってください」

 「えっ、でもここって」

 「あなたを野放しにすると何をするか分かりません。私が見張りますからここに張りなさい」

 

 拒否権は無い──とばかりにレフィーヤの視線は冷たくベルに注がれる。そんなベルが断れるはずもなく、

 

 「は、はい······」

 

 と答えるしか無かった。

 

 「でも、レフィーヤさんはいいんですか? 僕の隣で」

 「背に腹はかえられません。それともなんですか、夜這いでもする気ですか」

 「しませんよっ!? 僕まだ死にたくないです!」

 「······まぁ、あなたにそんな度胸あるわけないですよね」

 

 冗談のつもりで言ったのだが、割と即答で否定された上に余計な一言まで付け加えられていて少しムッとしたレフィーヤはつい、挑発的な態度をとってしまう。

 

 (······アイズさんは覗いたくせに······)

 「え、今なにか言いました?」

 「何も言ってません! さっさとテントを張りなさい!」

 「はっ、はぃいっ!」

 

 レフィーヤの乱高下する情緒に振り回されるベルは慌てて設営を開始する。

 急かされて準備をするベルの後ろで、レフィーヤは胸に手を当てながら心を落ち着ける。

 

 相変わらず(ベル)の前では上手く感情が制御できない。いや、これは覗きをした彼に怒っているだけだ、怒っているから顔が熱いし、心臓の鼓動も今までにないほど早鐘を打っている。ただそれだけのはず······。

 

 「あの、レフィーヤさん」

 「ひゃいっ!? な、なんですか!」

 「僕はもう大丈夫なので、そろそろ本営に行った方がいいんじゃないかと思って」

 「あっ、そ、そうですね。そろそろ皆集まってくる頃でしょうし。私はそちらに顔を出してきます」

 「はい、いってらっしゃい」

 「っぁ······、い、いってきます」

 

 いってらっしゃい──別になんでもない言葉なのに、ベルに言われると謎のむず痒さを感じてしまう。そしてそれを悪くないと思ってしまっている自分がいることにレフィーヤはまだ気付かない。

 

 本営に着くと既に全員揃い、今日の反省をしているところだった。それが終わると今度は明日以降の予定の確認。二日目と三日目は大樹の迷宮で訓練をし、四日目──ゴライアス復活の周期──に討伐戦に臨む。三日目に関してはゴライアス討伐に備えて疲れが残らない程度に抑える予定らしい。

 

 つつがなく会議は終わると、各々仲間たちの元へ戻っていく。

 レフィーヤもその流れに乗って外へ出る。特にこの後することは無いのでテントへ戻ってくると、ちょうどベルが水を運んでいるところだった。

 

 「レフィーヤさん、おかえりなさい」

 「はい、ただいま戻りました」

 

 よし、今度は自然に返せた──と心の中でガッツポーズをしておく。いやいやなんでこんな当たり前のことで喜ばなければならないのか。

 まぁ、これから数日間は隣合うテントで暮らすのだ、そのうち慣れてくるだろう。

 

 (······あれ?)

 

 テントが隣ということは、必然的に朝一番に会うのも、夜最後に会うのもベルということになる。『おはよう』から『おやすみ』まで一緒······。

 

 (そ、そんなのまるで······まるでっ······!)

 

 その先を言葉にするにはレフィーヤの精神は限界だった。一度意識してしまうとそれしか考えられなくなってしまい、ベルの顔を直視することもできない。

 

 このままではいけないと思ったレフィーヤは、この実習中に必ずベルと平常心で話せるようになることを密かに誓ったのだった。

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