赤い冬花はよく咲う   作:澱粉麺

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ダンス・ドゥ・フー

 

 

 

生温い温度より冷たい空気が綺麗で清浄なものがするような、肌の感覚。そんな何も根拠が無い感覚であっても、木枯らしの冬風は乾いてどこか清涼なもののようで、青年は好きだった。

 

その、かじかんで、されど浮かれたような感覚をどこかの脳の奥で感じて軽く味わっていた所をどうにも水を差すようなむわりとした暖房の空気。自らの部屋に入った途端に、快適に効いた空調の気温が彼を包み込む。ため息が出ようとして、口の端の笑顔がそれを止めた。

 

果たして扉を開くとそこにあるは可憐な女性の姿。凛々しく、長い濡れ鴉を後ろ髪に一処に纏めたマニッシュな風貌とは裏腹に、その印象で覆せない程に妖しい色気。しっとりと赤い眼をこちらに向けながら、それでいて萎縮しないで済む理由は青年がその存在と風貌に慣れつつある事と、もう一つ。恐縮やらするのが馬鹿馬鹿しくなるほど、その女性がリラックスしていたからだ。

ソファクッションの上で漫画本を読みながら、その女性は呆れるほどに負目の無い顔でにっこりと笑った。

 

 

「おやおかえり、お邪魔してるよ。

コーヒーが切れてるから補充しときたまえ」

 

「開口一番それか!」

 

勝手知ったる他人の家、を地で行くようなその態度には最早慣れたつもりではあったが、しかしそれでも青年は言わざるを得なかった。無論その発言に狼狽えるようなヒトではないと分かっていて。

 

 

「確かに俺の部屋使っていいとは言いましたけど…まさかこんな遠慮なく使ってくるとは思いませんした」

 

「だから敬語は気持ち悪いからいいったら。

キミの生真面目さが出てて良いとは思うがね」

 

「…生真面目とかじゃなく、歳上相手だとタメ口って落ち着かなくてついさ。まあいいや、今日は何か用か?」

 

「いやあ用は特に無いよ。強いて言うなら自分の部屋の暖房動かないから避難してきただけ」

 

「まあ…確かに寒いもんな。

じゃあこの買ってきたアイスはいらないかな」

 

「えー食べるー。意地悪言わないでくれよう」

 

 

二人は血縁関係であるとか、そういったものではない。むしろ彼らの関係は会ってからたかが数ヶ月の、希薄で短い関係である。それが故に寧ろ、彼らは奇妙な関係を続けているのかもしれない。どちらかの家にどちらかが入り浸り、そしてそれでいて特別な関係というわけでもない。彼らはただの友人同士であるのだ。

 

ふと、思い出す。

すらりと長い切れ長の目と脚。

日本人離れした鼻筋と眼の色。そのような女性に対して、初めの方はどうにも緊張していた時もあった。全くもってそわそわとしなかったかと訊かれれば嘘になる。

 

仲良くなりかけてきた時は猫も被っていたはずだった。まるで王子然とした彼女の態度は恐ろしさを感じる程完璧であったというのに。だがいつからか、だんだんと、完璧な見た目と性格を持っていたはずの彼女は図々しくなっていって。

 

「なんでこうなったんだっけ…?」

 

「ん、なにがだい?」

 

「いやなんでもな…

いくらなんでもリラックスしすぎだろそれ」

 

「いーじゃないか。いつも外ヅラを作ってる分、ここでくらい怠けたいんだ」

 

ソファークッションに横たわり脱力し、ぐでりと顔をあげて半ばひっくり返っているような状態でこちらを向く姿に、つい笑う。だがそうしてから、無防備に浮いたシャツとデコルテの間から目を逸らした。

その様子に気付いて、彼女はただ意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「ふん、紳士だねえ。でも60点だ。正解はそこの毛布を持って来て、かけてくれる、さ」

 

「それくらい自分で持ってこいよ!

まったく、しょうがないな…」

 

「ハハ、そうやってぶつくさ言いながら持って来てくれるところも好きだよ」

 

なにやら、都合よく使われているだけな気もする。そう思いながらもまあ彼はこの関係が嫌いではなかった。二人の間にある友情であるとか、そういうものを感じる気のおけない会話はどこか心を落ち着かせる。

 

「飯は食べてく?今から準備するけど」

 

「ん、んー。お言葉に甘えよう、と言いたいところなんだけど…今日はいいや。一人分にしておくれ」

 

「遠慮なんてしなくていいよ、友達だろ?」

 

そう言った瞬間の事だ。

するりと彼女は立ち上がり、準備をしていた男の前に立ちつくす。不審に思ったその頬に指を這わせてじっと顔を見つめた。

そうしてから、くすりと笑って額を指でつついた。

 

「勘違いしないでよね。

ボクはキミを友達だなんて思ってないんだから」

 

「…わかっちゃいたがお前な…」

 

「大丈夫、遠慮なんかしてないよ。

でもこの後ちょっと用があってね…ただ、遠慮しないでいいと言ってくれるならシャワーでも借りようかな?その後にアイスも頂こう」

 

「了解。好きな様にしてくれ」

 

 

「はいよ。

…くすくす、今から入るけどいやらしい目で見ちゃだめだぞー」

 

「見ないって、今更」

 

タオルを取りながら風呂場に向かう彼女を、肩をすくめながら背中で見送った。

 

 

 

……

 

 

 

「…ちぇっ。なんだよ、見てくれてもいいのにな」

 

 

それは、そうだ。ボクはキミを友達だなんて思ってない。

最初はどうだったか。

いつ頃までかはそうだったかも。

だけどまあ、少なくとも今は。

 

「ボクにそんな魅力無いかなあ?

…いや、そんなことは無いはずだけどな」

 

ただ、相手は思っている。

ただ奇妙な関係。互いの家を行き来する友情関係。

利害や利益がある上でのギブアンドテイク。

でもボクのはそういったものではなくて。

ただ、だからなんというか。

 

ぽつり、とシャワーの音でかき消されるくらいの小さな声で彼への気持ちを口にした。ただそうしただけで、湯気に曇ったガラスでもすぐにわかるくらい顔が真っ赤にのぼせている自分に気づき、鼻で笑う。

 

「けっ。これさえ言えたらいいのに。

減らず口ばかり叩いて、肝心なのはこれか」

 

 

自分に向かってケチをつける。こんな事をしても何一つ進展はしないとわかっていながら。

だからつまり、なんだ。

この話は、今水に流された言葉を。

本当は一言で言える様な言葉。

 

ただボクは、ただ単にキミが好きだと。

そんな簡単な事を言うのに妙に苦労する話だ。






こういう話です。
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