赤い冬花はよく咲う   作:澱粉麺

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エレガント・レディ

 

 

ぶち。ぶち。子どもの頃の事だ。虫を手当たり次第に引っ捕らえては、足をちぎって、ちぎって。そういうことを続けていた。心が動くことが、それをし続けることでは無いのだとわかっていながら。

 

それ楽しい?

戦々恐々と、不発弾にでも触るように聞いてきた大人の声に対して、振り向きもせず「全然」と答えた。そこから大人に呼ばれて、色々な話をした。命の尊さだとか、全ては生きているだとか、いつか自らにそういう無体は帰ってくるのだという、道徳の話を少しだけ上の学園の分も先んじていくつか話されて。それをちゃんと脳内に入れる。

 

ため息をついた。

それはつまり理解理屈と感情の違いについて。命が尊いという事については理解できる。他の存在を慮るという思想も解る。それでいてだからどうだという気持ちがどうしてもある。他者も、自分自身も全て。

結局の所自身以外の、いいや、自分自身も含めて。全てに何一つ関心を持てやしないんじゃあないかと思った。

そういう諦観のため息。

きっとこの先、自分は何かに興味を向けることはないのかもしれない。ちゃんと人間のフリをするのなんて、出来ないのだろうなと。

 

そんな諦めを、まだ二桁歳にも行かない歳月。

ボクはそんなことを思っていたんだ。

 

 

 

 

……

 

 

 

扉を開けた朝の日差し。目が痛くなるような冬焼けを前にげんなりとしていた所に、おやと嬉しい顔を見る。陰鬱とした気分が、一気に吹き飛んだ気がして足を前に進めた。彼はゴミ出しをしようとしていたとこらしい。手に持った袋を持ち直し、はぁと息を白く染めてからこちらに気づいて、少し気まずそうに会釈をした。なんだい、全く失礼な。

 

 

「やあ。おはよう、シュウくん」

 

「おはようござ…

いや、おはよ。相変わらず朝早いなそっちは」

 

「なあに、皆の役に立てるなら本望さ」

 

おや。本当に外ヅラはいいんだなといいたげな顔をしている。そう思われてることもわかっているが、あえておくびにも出さない。長々と会話をする時間はあまり無いからというのもあるけど、単にそういう顔してる彼が、愉快だった。

 

「今日は色々終えたら来るか?」

 

「行く。…くく、最近ほぼ毎日だね」

 

「遠慮しなくていいぞ、こっちだって好きでやってるんだ」

 

「そうかい?ならお言葉に甘えて。

いやぁ、キミの料理好きなんだよ」

 

「お、そう言って貰えるなら作り甲斐あるな」

 

料理を、というおためごかしの修飾語を付ければ直接好きだと伝える事はできるのに。その前の部分を消してしまうとどうにも口先が固まってしまう。まったく、我ながら。だけれどそんな自己嫌悪に苛まれながらも、忌々しい朝日が今は顔を上げて直視できた。ううん、朝から彼の顔を見れたのなら今日はいい日になりそうだ。

 

 

 

 

……

 

 

 

「ただいまぁ」

 

「おかえり…って、ここお前の家じゃないけどな」

 

そんなたった一言の会話のツーカーだけで、愛想笑いが自然と隠し消えて、楽に顔が綻ぶ。ああ、まったく我ながら現金というか、ちょろいものだ。と思うのだけれどしかし、それでも嬉しさを隠しきれない。

 

「アハハ、まあ実質同居状態だろ。いっそ本当に一緒に住む?ボクはキミが望むのなら別に構わないけど」

 

「うーん、俺はパスだな。

四六時中クジョウと一緒にいたら心臓が保たなそうだ」

 

「おや、それはボクが美人すぎるから?

そりゃ残念だな」

 

そう、実際に拒否されたのは残念だ。だけどボクのへらず口のそれを否定せず、照れくさそうに頬を掻いた姿を見て、ああ、なんだかんだボクをそういう目で見てはいるのだということに仄暗い喜び。

 

「…あと、一緒に住んだら他の家事も全部任されそうで嫌だ」

 

「失礼な!ボクは身の回りのことが出来ない訳じゃないんだぞ。それに対して関心が無いだけであってね」

 

そう言ったのを聞き流すように、はいはいと背中を向けたその背を指でなぞった。うぃ、と変な声を立ててくすぐったげにしたそれを見てもう少しだけ首筋をくすぐろうとして、逃げられてしまう。

 

「ふふふ、キミはくすぐりに弱いんだねえ。

新発見だな。新しい弱みはっけん」

 

「そんなくだらない弱み握らないでも俺はもうとっくに逆らえないけどな…」

 

「おや、すまないね。でもせっかくならキミの色んなとこを見たいんだよ。そうした方が面白いしなにより、そうした方が色んなところからキミを好きになれるだろう?」

 

ああ、おっと。これは本音を言い過ぎたかな。

いつも外で嘘ばかり吐いてるからだろうか。

いつも誤魔化すような事ばかり言ってるからか。

たまに彼と話していると、うっかり。

距離が測れなくなってしまう。

言い終えてから、少しだけ顔がかあと熱くなる。

色に出てないことを祈るけど。

 

「あ、あんまからかわないでくれよ!

そんな事ばっかりやってると、その、なんだ!」

 

「…一応俺だって男なんだから、危ないだろ」

 

そうして、いやいやと手を前に慌てて振る姿を見てボクは、口のニヤケが止まらなくなってしまった。だからそのまま高揚に任せ背中からぐいと抱きつく。表情は見えないけれど、きっとまた恥ずかしそうにしてるのだろうよ。

 

それはむしろ、そうあって欲しいとすら思う。そんな感情を抱いてる自分を最近、鑑みることがある。まったく、馬鹿馬鹿しいくらい彼が中心の物差しになっている自分のことを。

 

 

「……人生の達観なんてそうそう簡単にするもんじゃないねえ」

 

「?なんの話だよ」

 

「いーや。

過去の自分の浅はかさを笑っていただけさ」

 

 

きっと誰かを好きになったり何かに興味を向ける事は無いのだろう、だって。それがどれだけ浅慮で若造の早とちりだったことか。こんなにまで興味を抱けるものが、存在してるのだもの。

 

「何の事を言ってるかわからないけど…

お前が、楽しそうにしてるからそれでいいよ」

 

ああ、そして。

彼は、全く持ってボクの心に寄り添う。それとも、隠しきれないくらいボクの顔に感情が溢れてしまってたのだろうか?後者だとしたらとても恥ずかしいのだけれど、まあ、どちらにせよ。

 

 

「くくっ。そういう所も、ボクは好きだよ?」

 

「…そろそろ退いてくれ、お腹も空いたろ。

今日の夕飯は…」

 

「あ、待った。予想したいから献立は言わないで。

そのまま無言で出してきてくれよ」

 

 

最後に離れる前に、一度だけぎゅっと彼の背を思い切り抱きしめた。その感触は少し硬くて、そして安心する暖かさだった。

その温かさを独占したいというのは、わがままだ。

きっと、東から登る陽を独占したいと願うくらいの。

 

だけれどいつかはその我儘を、通したい。

だからこそまずは。

この、情けない自分を変えなければ。

ちゃんと彼に愛を直接伝えなければなあ。なんてことを思いながら、麻薬のように、それでいいやと今日も流されていく。

 

まったくもって、愚かなことだ。

ねえ?

 

 

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