赤い冬花はよく咲う   作:澱粉麺

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カレイドスコープ

 

 

降り終わり、新雪が古くなってゆく。

誰かがその瞬間を目にしたというわけではないが、ただ事実とそうある。翌日の朝の事だ。底冷えする気温と降り積もった白が場違いに見える程、陽は明るい。むしろ光を乱反射する雪が万華鏡のように市街を眩く照らしている。

 

「いやー…かなり積もったね」

 

「なぁ。つくづくあの雪かき無駄だったわ」

 

「まあまあ、そう落ち込む事もないよ。

あれはあれで楽しかったじゃあないか」

 

「途中から楽しそうなのそっちだけじゃなかったか?」

 

ベッドから出てきた彼女に、男はげんなりと返す。寝不足である。

部屋と寝台を開け渡したは良いものの、そこにあるものは寒々しいソファーでの寝付きと寝れないのなら一緒に寝ないかい、と誘う甘い声との葛藤の地獄だった。別に同じ部屋でもよかったのに、と嗤いながら半ば無理矢理に肩を組んでくるそれにも妙に敏感になる。

雪の積もり方といい、そのコンディションといい、その日が互いに休日であって、幸いだったと言える。

 

「まあいいや。ちょっと買い出ししにいこうかと思うんだけど何か欲しいものあるか?」

 

「こんな中に行くのかい?

きっと寒いだろうし、ぐぅたらしてようよ」

 

「そうしたいけどもう食糧全然ないんだ。また降ってきたりしても嫌だし、今のうちにパパッとな」

 

「ふーん…ならボクも付いてこ。

着替えてくからちょっとだけ待っておくれ」

 

「あれ、ぐーたらするんじゃないのか?まあいいや、じゃあ先に出てるから鍵だけ閉めてきてくれ」

 

そうして部屋の鍵だけ渡して青年は外に出た。

身を切るような寒さだが、陽の暖かさも同時にあり寝不足の身体にぴりとくる、ちょうどいい日だと思った。

 

「はいはい、お待たせ。あと忘れ物だよ」

 

「あ、エコバッグさんきゅ。…わりと歩くし、部屋でゆっくりしててもいいんだぞ?」

 

「くどいね。

キミと一緒にいたいんだよ。文句ある?」

 

「…ないけど。

最近この辺り不審者もいるらしいしさ」

 

「ならキミが守ってくれりゃいいね。

そら、出発」

 

 

ぶらりと歩き出す。特筆するような会話は無く、ただくだらない話を続けていながら寄り添って歩く。

と、そうしているとポケットに手を突っ込んだまま、つるりと滑って転んでしまったシュウ青年を見て、横で彼女がけらけらと笑う。

 

「だめじゃないか、雪道でそんな危ないことしちゃ。

片方手袋貸してあげようか?」

 

「いやそっちが寒くなるだろうしいいよ。

なにより、俺のサイズに合わない」

 

「いやこれキミのやつ勝手に持ってきただけだからサイズはぴったりさ。それに片方だけ冷たい問題は」

 

無理矢理に、片方を押し付けて着用させてから。

クジョウは素肌になった方の手を彼のその素肌と手を合わせてぎゅっと結んだ。別々の体温が冷たさとともに混ざっていく。

 

「こうすれば、問題なし。だろ?」

 

「……まあ、勝手に俺の引っ張り出してきたことについては後で話聞くことにしようか」

 

青年はただ照れを隠すように言う。

顔を逸らしても、頬がほんのりと赤いがそれについては問い詰めても、ただ寒いからだとはぐらかされてしまう。

歩いて、そこそこに距離があるスーパーマーケットの道程が、そんな風なやりとりをしながらだったからか、異様に短く感じた。

 

 

 

……

 

 

 

「……これは『どっち』だ?」

 

「んー。どっちだと思う?」

 

「いや分かった!

この開始の棒読みからして駄目な方だろ!」

 

「ふふふ、見てのお楽しみ」

 

「いやだ!見たくない!」

 

 

部屋に戻ってきてから、サブスクリプションの画面を開いて映画をテレビに映し出す。ただそれだけならば微笑ましい光景なのだが、問題はこの性格のねじくれた彼女はリモコンを彼に一度も渡さない。そうして写す作品は主に二種類。

一つは、彼の知らない名作。そしてもう一つは。出来れば知らないままでいたかったと思うような、そんな作品である。

 

「あはは、いやあキミはほんとリアクションがいいよね。見せがいがあるってもんだよ」

 

「無視してケータイいじってたいのにそうするとお前怒るし…あとたまに本当に見てよかったと思うようなやつを混ぜてくるのがタチ悪い」

 

「なんてったってボクのセレクションだもの、ハズレは無いよ。ほら始まったよ。ボクはもう一度見たことあるからちょっとおつまみと飲み物用意してくるよ」

 

「2回目は見たくないようなものを勧めるな!」

 

そうしてキッチンの方に移動してから、彼女はくいとグラスを傾けて中に入っていた清酒を一気に飲み下した。

そうしてから、頬に赤みが混じるまで待った。よおし、こうしていればどう見ても酔っ払っているだろう、と。

そう手鏡で確認してから、声を出す。

明らかに、あからさまに酔ったような声を出して。

 

 

「ねぇシュウく〜ん、こっちに来てくれよお」

 

無論、意図してその声を出している時点で彼女は正気のままである。呼ばれてこっちに来た彼の事を、そのまま酔っ払ったふりで弄ろうという行動だったのだが、しかし呼んでも一向にこちらにくる気配は無い。おかしい、と思い様子を見に行くと、そこには退屈な映画のみを残してうたた寝をしている青年の姿があった。

 

 

「…ちぇっ。たしかに寝不足だったみたいだもんなあ。ボクのせいでもあるしさすがに無理矢理起こすのはしのびないか」

 

「だけど…ふふ、やるつもりだったことはさせてもらおうかな。気が済まなくて仕様がないからね」

 

そう言いながら、クジョウは髪を改めて束ね直してから。彼の、横になった身体にそっと身体を近づけて、まずはその頬に触れるだけの小さな口付けをした。

 

そして。ぐい、と首に口を付ける。

それはただの首筋への口付けと言うならばただ官能的な行動ではあったが、それはする位置も勢いも。もっと衝動的で獣じみていて。

それはまるで喉笛を噛みちぎり貪るようだった。早まった男女のそれよりもっと、執着的で暴力的な、そんなもの。

 

「う゛…」

 

うめき、額を顰める青年を見ていっそここで起きてくれても構わないと思った。しかしそんな想いに反して彼は再び寝息を立て始めてしまう。がっかりとしたような、安心したような矛盾した気持ちになりながら。

 

 

「…はぁー。

夜半の散歩にでも行くか」

 

すっかりと暗くなってしまった外を見ながら、上着だけを羽織ってそうして外に出ていった。

 

 

 

 

 

……

 

 

ほう、とまだ少し溶け損ねていた雪を踏みしだきながら歩く。凍結した地面を器用に転ばず歩きながら。

 

そうして、先までの記憶を思い返す。

少し早まっただろうか。と自責しながらも、一方でそれを上回る程の高揚感。まるで口腔内に味が残っているかのようにごくりと息を呑み込んだ。静かに寝ている彼に、ああした行動をして。それがもし途中で目覚めたらどうなっただろう。

また、チキンな彼は何もせず諌めて終わっただろうか?それはそれで、とても面白くて好きなのだが。

 

酒に弱い、というフリもいつまで続けようか。

戻ったらきっと起きてるだろうか。まだ寝ていたら次は珍しくボクが夕飯を作っておいてあげようか。

そう、一人で笑顔でいる、と。

 

後ろに気配を感じる。

ぴくり、と目元を動かしてから振り向く。

その顔には貼り付けたような笑顔がある。

 

 

「…あー、失敬。キミ誰だっけ?」

 

答えは無く。

代わりに、その気配の持ち主は。

黒い服を着た男は懐からナイフを取り出した。

 

「……」

 

クジョウから笑みが消える。

普通ならば、ここで悲鳴をあげるべき。恐怖に塗れた声をあげながら、凍った路面を必死に走って逃げるべきなのだろう。だが彼女はそうせずそうならず。代わりに周りに一目がないだろうかということを確認した。

 

恐怖は無かった。ただ、幸せな気持ちと余韻に浸っていたことを邪魔されたことの、怒りと苛立ちが彼女を占めていた。

幸せな時間を、彼との余韻を邪魔しやがって。

声には出さないまま、ぶらりと手を下ろした。

 

ぎち、ぎぎぎ。

彼女の端正な指先が醜く歪む。

爪が恐ろしげな音と共に伸びていく。

人間にはあり得ない、穢れた鉤爪だ。

それを見て暴漢は初めてたじろぐ。

 

赤色の眼が発光したかのように残る。

道の端に寄せられた、積雪。

その土が混じって茶色くなった白色に。

 

新鮮な、赤黒色が上書いた。

 

 

 

 

……

 

 

「……ん」

 

青年が目を覚ましたのは、水の音。バシャバシャと手を洗っている音でようやく目を覚ました。目の前の映画はとっくにエンドロールを迎えており、暗い画面のまま次の動作を待っていた。

 

「あれ…クジョウ?」

 

「!」

 

洗面台で手を洗う背中に、そう声をかける。彼女らしくもなく、びくりと肩を揺らした様子になにをしていたのだろうかという気になった。

 

「あ…ああ、お目覚めかいシュウくん。

いや、ちょっとだけ散歩してたら転んじゃってね。怪我はしなかったけど汚れたから洗ってたんだ」

 

「そっか。

しかしこんな道が凍った中散歩なんて…

それに、こんな暗い中だとまた危ないぞ?

お前は美人なんだから色々気をつけろよ」

 

「ふーん。美人、ね?」

 

「……な、なんだよ。事実だろ」

 

「いやいやなんでもないよ。

でも美人か。そう思ってくれるかな」

 

嬉しそうにニヤニヤする彼女を見て、元気そうでなによりと背を向けて台所に向かおうとする。そんな青年が背を向けた瞬間にその表情にほんの少しの憂いが入ったことには誰も気がつかない。

 

 

「…ならこの見た目は、できるだけ変えないようにしないとね」

 

「ん?なんか言ったか?」

 

「ううん、なにもー」

 

洗面台の中を汚した赤色を、綺麗に洗い流してから。クジョウはまた料理をし始めた彼の背中をいじろうと小躍りで部屋を出た。

 

 

 

 

 

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