赤い冬花はよく咲う   作:澱粉麺

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たそがれ

 

 

「もしもし。ああ、そうそうボクだよ。

うん。今日もまた行っていいかい?

連日だからね、一応連絡しておこうと思って」

 

『…いや、今日は来ない方がいい』

 

「え?」

 

断るなんて、随分と偉くなったじゃないか、とか。色々それらしく言う言葉はあったはずなのに、断られて出てきた言葉は反射的なショックと真白になった頭からの素っ頓狂な声だった。

我ながら、随分と間抜けだったと思う。

 

『実は、この近くでちょっと人が死んだらしい。殺人だよ』

 

「!…へえ。そりゃあ怖いね」

 

『だろ。まだ犯人も捕まってないらしいし、来ないほうがいいぞ。とりあえず少しの間は』

 

「ふふ。心配してくれてるんだあ?」

 

「そりゃそうだろ。

お前だってほら、女の子なんだしさ」

 

「来るなと、言われたのは中々ショッキングではあれど…まあ、そう言われたくのならやぶさかではないね。いいよ。それに免じて今日はそうしてあげよう」

 

『はは。なんで上からなんだよ、毎回」

 

そうして通話を切った。大人しく引き下がるのと、まあ悪くはない。彼に心配かけるのも嫌だしね。

 

ふむ。そうすると途端に部屋が暇なものに感じてきた。どうせやる事も無いからただゆっくりとするだけなのだけれど、その時間をどうしたものか?

出かけでもしようか。

それこそ家具の買い足しでもしようか。

 

ボクの部屋の中には、こうしてちゃんと、人のふりをするための色々なものがある。周囲の女の子や色目を使う男たち、それらが求めるスマートな人間としての、なりきりセットだ。

クラシックのレコードがある。映画用のソファーベッドやプロジェクターもある。キッチンには少しだけ使った後のあるコーヒーメイカー。小さな書斎の中には渋色の装丁の本が沢山ある。周囲がボクに思う、『クジョウ』像を全うするように。誰かが見てもそうあれるように。何かがあって部屋の中に入ってこられた際にも、無事なように。

 

 

ただ、一冊。

本棚の中に見るたびにちょっと嫌になるものがある。

 

それは、『気になるカレとのコミュ方法!』という、馬鹿丸出しのピンクの装丁の本。

一度店頭で迷い、置いてから自分に言い訳をしながら買って、そうして読んであまりにも馬鹿馬鹿しくって投げ捨てて、から。でもそれをやれば彼が喜ぶかも、と思い。やろうとする自分にイラついてやめた。そうしてから本棚に仕舞ったままの本。

捨てる気にもならない。と、いいながら、何かに役に立つのではないかと思っている自分が腹ただしい。無いっての。そんな機会。

 

 

(………)

 

彼は、何が好きだろうか?

そうして部屋の中が時たま変わっていく。周囲の理想と願望を煮詰めた筈の、歪な部屋。そこにもう一つ別の要因が合わさっていく。

 

以前、例にとボクが贈ったクッション。

これ俺好きなんだよ、と言っていた。気に入っていた。だからボクも同じものを買え揃えた。彼が好きなものならば、ボクもそれが好きだ。

 

ボクは女の子の部屋に招かれる事も多い。

だからそうしてプレゼントも贈る事がある。それに慣れてもいる。だからこそ、贈ったその物に毎回喜んでくれる事は当然のことだと思いながらも、それでも嬉しかった。

そうして部屋にも物品が増えていく。それまで部屋にあったものとは兼ね合いが異なるものが、どんどんと増えていく。中にはそれが似合ってないと言う者も居た。当然だろう。彼に合う物を、ボクがセレクトして。それが気に入ったならと全く同じ物を揃えているのだから、ボクにあうものではない。

 

 

「……はーーっ、だめだ。

やっぱりいつ読んでも頭がおかしくなりそうだ。ていうか馬鹿にしてるのかい、こんなの!紙資源の無駄だ!」

 

薄ピンクの本をまたソファーベッドに投げつける。そんなことを何度も何度もしてるから、この本はもうしわくちゃだ。そしてその度にぶつくさと言いながらそれを拾い、本棚にしまう。

『可愛げがあるところを見せれば、カレもイチコロ!』だなんてふわふわで、なんと具体性のない言葉だ。

…結局この感想とともに放り投げるなら最初から読まなきゃいいのにと、自分でも本当に思うんだ。だけどそれでも、気に入られようとか、色々思ってしまうのは、また複雑な乙女心なんだ。

いや、ほんと馬鹿馬鹿しい。我ながら思うんだけど、だけれどこうなってしまうのはどうにも変わらない。

 

 

ふと考えることがある。

当然の如く人を殺して。それでいてそれを全く痛痒に思わず、ただ身勝手に彼に心を悩ませる。そんなボク自身はきっと、彼にとって最も嫌うべくある存在なのではないかと。彼が好いてくれる見た目も中身も全て、虚構なのではないかとも。

ぎゅっと、クッションを強く抱き締める。

 

そうして心が細くなる度、に。

矛盾したように彼の顔ばかりが浮かぶ。

彼のせいで悩み悔やみながら。

そしてまた彼を想う。

これもまた、馬鹿みたいだ。

くすりと自嘲をしてみるけど結局これも変わりはない。ただここには痩せっぽちの何かがいるだけ。

 

そうだ、今日はプレゼントを考えようか。今度はまた土産を持っていけばいいかとそう考えているうちに。

色々な所が、ショートしそうになって。会いたい気持ちがどうにも抑えられなくなっていってしまって。

 

気が付けば、きゅっと準備をして玄関で靴を履いていた。少しだけ遠出をできるくらいの格好。だけどナチュラルメイクのノリが悪くないかを入念すぎるくらいに確認して。匂いすぎないように香水を付けた。

 

行ってきます、と誰も居ない部屋に声をかけて鍵を閉める。今日もまた、帰ってこないつもりである施錠。

 

 

 

 

……

 

 

 

 

「……あれ?』

 

「や、ども。来ちゃった♪」

 

「来ちゃった、じゃな…

いやお前、お前なあ…!」

 

「いやねー、今日くらいキミの言うように自重しようと思ってたんだ。いやほんとなんだよ。でもやむにやまれぬ事情があってさ…」

 

「事情?」

 

「うん。常軌を逸するほどヒマだったんだ」

 

「……ちょっと心配した俺が馬鹿だった。まあなんかそんな気はしてたよ。だから二人用の分の飯は用意してた」

 

「あっはは、さすがシュウくんたら話がわかる。

それじゃお邪魔しまーす。

あ、そだ。手土産あげるよ」

 

「お、ありが…んん?ぬいぐるみかこれ?

なんだこのぶさかわな…あっはは!」

 

「早速気に入ってもらえたようで何より。

是非とも部屋に飾ってね〜」

 

 

今日ここに来た理由が、『心細くなったからだ』と素直に言ったら可愛げがあっただろうか?それでもこうして軽口を言い合うこと自体が楽しくて、どうにもこんな可愛げのない会話ばかりしてしまう。

いつも、こんな風だから。

もっと何かアピールをしてもいいのかと。

 

夕飯を食べながらの肩を並べた空間で、少しだけ肩を寄せて首を乗せてみた。しかし眠くなったのか、と声をかけられただけだった。やっぱりあんな本に載ってたものはダメだな、とその時は思ったが、今思い返してみればこれは普段のボクが悪いだけな気がするなあ。

 

 

「ふん。それじゃ帰ろうかな。

キミの顔も見て安心したことだし」

 

「いや、さすがに夜道で一人はまずいだろ。

さっきも言ったけどほら。

ほんとにこの辺りで見つかったんだよ」

 

「ならどうする?

また泊まるってのもいいよ。ベッドは貰うけど」

 

「前回色々と辛かったからそれはパスだ。だからほら、送ってくよお前の家まで。せめてそうしたほうがいいだろ」

 

「おや。おやおや!まさか送り狼になるつもりかい?この強姦魔。オンナの敵ー!」

 

「うるせえ、ほんとにそうなるぞコラ。

…いやまあ信用できねえならいいけどさ。ほんと、心配なんだよ。この辺り何が起きてもおかしくないかと思うと…」

 

「信用できないなんてまさか!

…おほん、ボクも冗談が過ぎたね、ごめん。

だけどキミがキミでこっちに来たらそのままもう真夜中になってしまうよ。キミが怖い目にあうっていう線もあるんじゃあないか?」

 

「あー…確かにそうだな」

 

 

「…いや、一つだけ解決方があるな」

 

「来るかい?ボクの家に。

そのまま泊まって行けばいいさ」

 

 

ボクはこの時平然とした顔をしていることはできていたと思う。だけど本当は、たそがれの少し前の赤い空よりもずっと真っ赤な顔つきをしておかしくない、そんな風な心情だったんだ。

それをまた、言えさえすれば可愛げがあるだろうに。かっこつけたくて、ちゃんと言えないのは反省すべきだなと思う。

本当に、心の底から。

 

 

「…そっちがいいなら、しようかな?」

 

「!やったあ!」

 

 

……まあ、つい出ちゃった喜びの声が多分その可愛げに繋がってはくれたんじゃないかな。うん。

 

 





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