一級魔法使いアウラの日常 作:失踪のフリーレン
魔法都市オイサースト
大陸魔法協会北部支部──────
一級魔法使いアウラは目を向けていた書類にサインを記し魔法でゼーリエの元へ送ると伸びをして立ち上がった。
その表情には若干の疲れが滲み出ており、眉間を指でつまむ仕草を見せた後懐中時計を胸元から取り出して時間を確認する昼時をとうに越した時刻を指しており、窓の外を見やると日が傾きかけているのがわかった。
今朝からこの部屋に引きこもって机に向かっていたせいか体のあちこちが軋んで痛みを覚え始めてきたのを感じてため息をつくと肩を回して凝り固まった筋肉をほぐす。
そうしているうちに首をもたげてきたのは
「おなかがすいたわね・・・」
という至極まっとうな欲求だった。
「何か食べに行こうかしら・・・?」
アウラはおもむろに席を立つとラックからコートを引き抜いて羽織り、部屋の扉に手をかけ表札を「外出中」に変更すると影が伸びつつある街へと繰り出していった。
◆◆◆
「しくじったわね・・・」
アウラは街の通りを歩きつつ物憂げな顔でつぶやく。
寒空の下、空腹を抱えながら馴染みの店に立ち寄ろうとしたところ運悪く臨時休業の看板がかけられているのを見て仕方なく他の店を探すも時間が悪くどこもかしこも準備中の札が掲げられており途方に暮れていた。
「どうしようかしら・・・」
アウラはため息まじりに一人ごちる。
このまま空腹を抱えたまま戻るくらいなら適当な屋台で串物でも摘まもうかと考えつつ足を動かし始めたその時──────
アウラの鼻腔にどこか優しげで美味しそうな匂いが流れ込んできた。
思わず立ち止まり辺りを見渡すと変わったランプをぶら下げた小さな店が目に入る。
匂いにつられ近づいてみると店の軒先には暖簾が掛けられておりそこには「蕎麦」の二文字が書かれていた。
「蕎麦・・・?聞いたことがないけれど・・・・・・」
アウラはその字を眺めていたが漂う匂いと空腹により意を決して引き戸を開き店内へと入っていった。
「いらっしゃいませー」
店の中はL字型のカウンターのみの簡素な造りとなっており、恐らく店主であろう若い男とその奥さんらしき二人が出迎えてくれた。
アウラは促されるままにカウンターの席に腰掛けると一息ついてあたりを見回す。
内装自体は落ち着いた雰囲気の作りとなっており、店内を満たす香りも相まって心地よい空間を作り出していた。
一番端の席には先客がおり、老境に差し掛かりつつある男性が注文をしているところであった。
アウラはその様子をぼんやりと見つめた後視線を落としてメニューを見る。
品数はそんなに多くないが、一品一品可愛らしい絵と共に丁寧に解説がされていた。
その中にあった一品に惹かれたアウラは店主に呼びかけ注文を行った。
待っている間内装の絵や額縁を眺めていたアウラであったがふと気になる表記を見つけた
(食事の際は蕎麦を啜ってみてください)
そもそも啜って食べるやり方を知らないアウラは怪しく思いながらもとりあえず頭の中に留めておくことにした。
程なくして先に注文をしていた男性のもとへ料理が届けられ、少し遅れてアウラの元へも
「おかめ蕎麦、お待ちどお」
と言って目の前に置かれた。
湯気が立っているそれは見た目からしても温かな印象を与えるものであり、具の彩りも鮮やかで食欲をそそるものであった。
アウラはまず木製のスプーンのようなもので汁を掬い上げるとその香りを楽しむべく鼻を寄せ大きく吸い込んだ後ゆっくりと吐き出す。
その食欲を刺激する香りに思わず唾を飲み込んだアウラはスプーンの中の汁を口へ運ぶと静かに味わい始めた。
口に含んだ瞬間に広がる今まで食べたことのない複雑な旨味が舌の上で踊り、飲み込むと鼻の奥から香ばしい香りが抜けていく。
その感覚を楽しんでいたアウラは続いて麺をフォークで持ち上げて口に運ぶと独特のつるりとした食感を舌で楽しんだ後に飲み込む。
(成程、いいじゃない・・・いいじゃない・・・)
そして再び汁を飲んで次のひと口を楽しみ、時折具を食べてまた麺を食べてを繰り返し三割程食した所で、ふと先ほど頭に留めていた文言を思い出したアウラは自分の丼から目を離すと奥に座っている男性の方を横目で見やった。
男性は箸を使って器用に蕎麦を『ずぞぞっ』と威勢よく吸い込んで食べており、それを見たアウラは見様見真似で箸を手に取るとぎこちない動きで蕎麦を数本摘まむと口元へと運んでいく。
そして勢いよく吸い込もうとして──────
「ッ!!ゲホッ!!」
思いっきり咽た。
恥ずかしさと咽た際の動きで顔を赤らめたアウラは再び先ほどの男性を観察するが、彼は特に気にする様子もなく食後のお茶を啜って堪能していた。
その姿をよく観察していると、先ほど蕎麦を啜る時と同じ口の形をしており、それを理解したアウラは同じように口をすぼめつつ再度蕎麦を口に運ぶ。
今度は何とかうまくいったようで『ちゅるる』と可愛らしい音を立てつつ蕎麦を啜ると先程汁を飲んだ時よりも強い香りが鼻へ抜けていくのを楽しみながら箸の扱いに四苦八苦しつつも残りを平らげていく。
やがて食べ終わったアウラは満足そうな表情を浮かべ息を吐き、代金を支払おうと財布を取り出そうとした際、ふと目線を感じた。
目線のもとを見やると店主の夫婦と奥の客席の男性が微笑ましいものを見るような優しい眼差しでこちらを見ており、アウラは頬を紅潮させると共に俯き加減で財布を取り出し会計を行うのだった。
◆◆◆
その後店を出たアウラは空腹も満たされ上機嫌で通りを歩いていたが、ふと先程の事を思い出すと羞恥心に襲われて顔には出さないものの内心悶えていた。
次は箸の使い方をマスターしてからリベンジすることを決意しつつ帰路へつくのであった