『そぉ…れっ!!』
真人は右腕をまるで
七海は瞬時に膝を畳むと大鎌を潜るようにしゃがみ込んで回避する。そして、大鎌が振り抜かれ体勢が崩れた真人の無防備な胴体へ鉈を叩きつける。
「フンッ!」
『ん~、ちゃんと呪力で受けたつもりだけど……なるほど、こんなカンジね』
真人は脚を船のアンカーのように変質させるも、勢いを殺し切れずに派手な水飛沫を立てながら数メートル程下水道のコンクリートを削りようやく停止した。
攻撃を咄嗟に受けた左腕は呪力で保護したにも関わらず二の腕の中程からちぎれかけてブラブラと揺れている。
『【
特定の部位を無理矢理弱点にする術式なんだよね?』
真人は顎に指を当てながら思い出すように話す。
顎に当てているのは…
既に、ちぎれかけていた左腕はまるでそんな負傷など無かったかのように修復されていた。
(先程の変形にこの再生速度……呪霊は言ってしまえば呪力の塊、そもそも不定形な呪霊も存在こそするが…
恐らくは、相手の術式と見て良いはず)
七海は1級術師としての経験から、真人の術式を推測していく。
(変形の術式?なら見た目だけの回復でダメージ自体はあるのか…それとも、眼の前のコレが術式で創られた戦闘用の人形のようなモノの可能性も……)
「それも、貴方達の主から聞いたんですか?」
『ちょっと止めてよ〜!向こうと協力関係なのは否定しないけど、上下関係は無いんだよ
そもそも呪いなんだから自由じゃないと!
ま、強いて言うなら俺の主は俺ってコト!』
(達、というところを否定しなかった…やはり特級呪霊は複数体居るとみて間違いなさそうですね
そして、上下関係は無い…夏油さんの【呪霊操術】は明確な主従関係だった……夏油さんは本当に関係ない…?
いや、夏油さんの術式は広く知られ過ぎている…百鬼夜行の際に参加した殆どの術師に共有された以上こちらがソレを知っている事を折り込み済みで敢えて協力関係を……?)
真人との戦闘を繰り広げながらも、七海は複数の思考を並行して続ける。
「それは失敬…ですが、協力関係とは?
貴方達のような強力な呪霊が徒党を…それも、人間と組むなど考え難い」
左腕をボウガンのように変形させ、自身の右手の指を引き千切り矢の代わりに
『ん~、必死だねぇ…ちょっとでも情報集めて頑張るぞーっての?
涙ぐましいよね───まぁ、君は此処で死ぬんだけど』
放たれる指達を躱し、時には呪具で弾いていく。
(これ以上の会話には乗ってこないか…!)
七海の思考が情報収集の為の様子見から、祓除の為の攻勢へ切り替わる…正に、その一瞬。
まるで七海の脳内を覗いたように的確に…呪具で弾いた指の一つから飛び出した、鎗のような何かが七海の脇腹を抉った。
「ぐっ…!?」
『アッハッハ!!引っ掛かった引っ掛かった!』
真人は心底嬉しそうに手を叩きながら嗤う。
(これは…一体…っ!?)
七海の視線の先では、鎗のような何か…自身の脇腹を抉ったソレが震えるように蠢いていた。
「タす…けでぇ…」
七海の目が見開かれる。
改造人間は助けられない…自身の先輩であり医師としても優れた知見を持つ家入硝子は、はっきりとそう言い切った。
ならば、自分にはどうしようもないのだろう。
………例えそれが、心理的な負担を少しでも和らげるようという優しさからの言葉だとしても。
『上手いもんでしょ?中々難しいんだよね〜、カタチを弄りながら脳や意識だけ残すのはさ
でも、練習した甲斐はあったかな…今、凄い動揺してるでしょ?魂が揺らいでいるよ』
(改造人間を造っていたのはこの呪霊だったのか…ならば、術式は自身と他者の変形?強力な術式…無意識的に術式を縛っている可能性が高い……そもそも他者も変形させられるならなぜ私を変形させない……?何か発動条件があるとみて間違いない
もし条件があるならなんだ……)
「別に…今更人死に程度で参る程繊細に出来ていません
仕事に私情は持ち込まない主義なので」
『嘘が下手!!』
ブハッ、と思わず噴き出しながら呪霊が嗤う。
嬉しそうに、心底愉しいと
『なんかさ〜、ごちゃごちゃ色々考えてるみたいだし…
答え合わせしとこっか!』
真人が七海の視界から瞬時に消える。
そして声が…七海の真後ろから。
『俺の術式は魂に触れ、その形を変える───』
真人の手が、七海の肩に……触れる。
「〜〜〜ッ!!?」
七海の全身に、耐え難い程の嫌悪感と激痛が奔る。
瞬時に鉈を振り回し距離を空けるが、真人はそれをニヤケ面で眺めていた。
『発動条件は今みたいに俺の【原型】の両手で触れる事
そして、触れた対象の魂を変形させる事で肉体も思うままに変形させられる───こんな風にね』
真人はポケットから取り出した小さな…小指程の大きさの何かを見せる。
『改造人間、普段はこうしてちっちゃくしてストックしてるんだ
あぁ、安心してね…この状態でもしっかり意識もあるし苦痛だって感じるようにしてるからさ』
(拙い、読み違えた…っ!
この呪霊は貪欲に、己の成長を楽しんでいる……だが───
もう既に、この呪霊は呪いとして完成されつつある!
もう既に────私が対処出来る段階に…居ない)
「術式の、開示……」
全身に重い汗を流しながら、七海が苦虫を噛み潰したように言う。
『
一回やってみたかったんだよね〜』
真人は上機嫌に言いながら口から
『魂は万物に宿っている…勿論呪霊にもね
人間は形を変え過ぎるとすぐに死んじゃうんだけど…呪霊は元々肉の身体を持ってないからか、結構無茶が利くんだよね
ねぇ、アンタはさ…魂と肉体、どっちが先だと思う?』
八つの黒い玉が、真人の手の中でグズグズに溶け…カタチを変えていく。
『答えは前者、いつだって魂は肉体の先にある
肉体ってのはさ、魂を運ぶ乗り物に過ぎないんだよ…だから、こんな事だって出来る』
溶けた汚泥が一気にカタチを持ち、一体の呪霊となって真人の手を離れる。
その呪霊は────
『拡張術式【
かつて、七海が対峙し…敗れた呪霊
土地神であり、周囲の村からの畏れを集めていたモノ
七海建人の同級生、灰原雄の命を奪った───
「
『さ、感動の再会に──拍手!』
人から生まれた呪いは何処までも───人を、理解する
「理解に苦しむな…羂索、お前に少年の尻を追い回す趣味があったとは知らなかったぞ」
木彫りの狐面を被った男は眼の前に座る羂索にそう言いながら盤上の駒を動かす。
「アッハッハ!中々厳しいですね…でも、親が子を見守るのはそうおかしな話でもないでしょう?」
次々に自陣の駒を奪い取られながらも羂索は笑いながら次の手を指していく。
「驚いた、お前に
ガキの頃からマトモじゃない事ばかりしてきたヤツが」
「だからですよ、マトモなんてつまらない──でも、知らなければ
パチリ、と指された一手。
桂馬と金に狙われた玉将は誰がどう見ても詰みであった。
「やっぱり…まだ勝てませんね───先生には」
「適当にやっておいてよく言う…」
お面越しにもわかる程に嫌そうな顔をしながら男は盤と駒を片付ける。
「おや?勝ち逃げですか、中々良いご趣味ですね」
「お前ね…誤魔化せると思ってるのか?」
狐面の男から発せられる圧が、二人の居る部屋の建材が軋みガタガタと音を鳴らす。
呪力、威圧感、怒気…全てが綯い交ぜになったそれを撒き散らしながら男は羂索を睨む。
「誤魔化す?身に覚えがありませんね…私は先生の生徒だった頃から、貴方にだけは誠実だったと記憶していますが」
はて…?と聞こえてきそうな程自然に顎に手を当てると羂索は笑い返す。
「…………あの少年は、一体なんだ…?何を悪巧みしてる」
「ひどいですね、悪巧みと決めつけるなんて」
「企んではいるんだな…」
はぁ…と大きくため息をつきながら男は俯き手で顔を覆う。
「2003年の3月20日…何の日付けかわかりますか?」
「………俺が記念日だとかを覚える人間に見えるか?」
「質問に質問で返さないでくださいよ」
クスクスと笑うと極めてにこやかに、晴れやかに、平然と…口を開く。
「私が子供を───虎杖悠仁を産んだ日です」
「………頭が痛いね、男の口からそんなセリフを聞くと
つまり、その日から全部企んでたって事か?
お前……曲がりなりにも我が子を抱きながら企み事をするなんて」
「抱いてませんよ」
羂索が、口を挟む。
言葉を、遮る。
「はぁ…?お前……ソレ、もっと駄目だろ…」
「先生は少し勘違いをされているようですね
あの日に…3月20日に産まれた赤ん坊なんて居ませんよ」
「……………どういう意味だ…?」
「死産でした
虎杖悠仁は産まれる前から、死んでいました」
「死産……?なら、彼は…」
「欲が出てしまったのか、何処かで耐性を超えて致死量の呪力を注ぎ込んでしまった
私も悩みましたよ、このまま水子として呪物化しようか…それとも呪物への耐性を持つサンプルとして
悩まし気にそう言いながら羂索は自分の毛先を弄る。
「そこで、思いついたんです──この遺体を媒介に、降霊術を行えばどうなるか…と」
「降霊術…?アレは縁を手繰る
「ええ、私もそう思っていました
恐らくは耐性をつける為に流した呪力、それを辿って呪霊でも入るか…と
それならそれで面白い、人に入った呪霊など珍しいですしね
でも結果は、私の想像を遥かに超えて───面白かった!」
居ても立っても居られない、と羂索は立ち上がりどんどんと声に熱がこもっていく。
「人の魂を降ろしたのです!産まれる事すら出来なかった水子が!!何の縁も持たぬ肉塊が!!!
だが、肉体は死んでいて心臓も動いていない…このままでは降霊させた魂もすぐに抜けてしまう!!
直ぐ様手持ちの中からとある呪物を使いました…電気を使う男です」
「お前……まさか」
「先生、アレは…ユグドラシル悠仁は、死人です
生者のように振る舞い、思考し、行動し、眠り、食べ、笑う…死体です
鹿紫雲一が常に、心臓を、脳を、四肢を動かさねば…すぐにでも腐り始めるでしょう」
ぎぃ、と引き裂けたクレバスのように底知れぬ笑みを浮かべる
その顔は、初めて色恋を知った少女のように純真で
その顔は、虫の身体を引き裂いて嗤う子供のように無垢で
夢見る少年のような───そんな、笑顔だった。
「ね、面白いでしょう?」
羂索が用意した呪物なんて、そう簡単に呑める訳ないでしょう?