「我ながら流石と言うべきか…ふふふ」
『何を笑っておる、気色悪い…』
ファミリーレストランの一席、スマホを観ながら笑う袈裟姿の男は誰が見てもわかる程に上機嫌で…どこか、微笑ましいモノを観るような顔だった。
「やあ漏瑚、君も見るかい?」
活火山を思わせる風貌の呪霊はそんな男を見て眉間と思しき部位に皺を寄せる。
『いらんわ!それよりも、早く聞かせろ…我々の未来についてのな』
「もう、面白いのに…未来ねぇ…
袈裟姿の男の言葉に呪霊が一つしかない目をあらん限りに見開いて飛びつく。
『五条悟…っ!!見せろ!
………ふん!なんだ…この程……ど…………』
最初は値踏みするような笑みが浮かんでいた顔が、動画が終わる頃にはすっかりと冷え切り…脂汗が浮かんでいた。
『こ……これ程までに………これ程までに…あるのか……
我らとの……差が……っ!!』
悔しさに歯噛みするような表情の呪霊。
その眼には、絶望と…僅かな恐怖が滲んでいた。
「おいおい、そんな顔しないでよ漏瑚
こんな
そんな呪霊…漏瑚の姿を見て男は噴き出すように笑う。
『遊……び…?夏油……キサマ、今……なんと言った…?』
漏瑚が信じられぬモノを聞いたとばかりに聞き返す。
聞き間違いであってくれ、そう言え…と言外に語りながら。
「術式反転はおろか…順転の【蒼】すら使っていない
領域も使わず、反転術式によるゴリ押しも無し…基礎的な体術と呪力操作
後はオートの無下限呪術によるバリアぐらいしか使ってないからね、恐らくは全力の2割強……甘く見積もっても3割ってトコかな」
『さん…っ!?
………あるのだな…?本当に……このバケモノをどうにかする方法が…』
重い汗を全身に感じながら、縋るように夏油を見る。
「殺す事は最初から考えてないよ
それよりも…封印する事に注力する」
『封印……?』
「特級呪物【獄門疆】を使う」
夏油の言葉に、漏瑚が幾ばくかの余裕を取り戻す。
『獄門疆…!!そうか、持っておるのだな!?あの忌み物を!』
呪物の蒐集を趣味とする漏瑚は、その名に覚えがあった。
生きた結界と呼ばれた術師、源信の成れの果て
数々の呪いを自身の体内に封印した男が、死後呪いへ転じたモノ
獄門疆に、封印できぬモノは無い
しかし、理解して尚──止まらぬ、震え
「そう悲観しないでよ漏瑚…仕方ない、もう一つイイコトを教えてあげよう
この動画…五条悟の相手、誰だと思う?」
『誰だと…?呪術師だろう…まぁ、並ではなさそうだが』
夏油の質問の意図が読めず、困惑と共に答える。
その答えに、夏油は笑った。
「虎杖…いや、今はユグドラシル悠仁か
彼は、とある特異体質でね…生命としてカタチをもつ前から呪力に当てられて成長した
卵子から受精卵へ、そして細胞分裂を経て胎児から嬰児へ…その過程の全てで常人なら致死量となる呪力を受けて育った彼は呪いに対するある種の耐性を獲得した
生命の神秘ってヤツだよ…ユグドラシル悠仁はありとあらゆる呪物への絶対的耐性を持つ───万魔の器だ」
『呪物への……まさか!!』
夏油の言葉に一瞬呆けたが、その意味を理解しバネ仕掛けのように立ち上がる。
「そう…ユグドラシル悠仁は、かの呪いの王【両面宿儺】の器にすらなれる
でもね…?実は、そんな程度の話じゃないんだ
万魔の器…彼は、
勿論そうなれば、肉体は魔へと近付き人間と呼べる状態じゃ無くなるけどね」
『全ての…呪物……!!!』
呪物の蒐集を趣味とする漏瑚にはわかる、その言葉の意味する事が。
如何に強大な呪いや呪術師も何時かは居なくなる。
祓われるのか、死ぬのか…より強い呪いに逢うのか、寿命を迎えるのか……様々な違いはあれど、強者と呼ばれる存在は何時かは消えていく。
しかし、呪霊や呪術師と違い…呪物は時を超えて存在し続ける。
特級の名を冠するのは、術師ならば僅か3人しか居ないと聞く。
呪霊とて20は割る程度……しかし、既に漏瑚の手元には30は下らない数の特級呪物が有った。
もし、その全てを───一つの存在へ纏められるとしたら?
それこそが、呪いの王となるのではないか
「もし、ユグドラシル悠仁を捕らえられたなら…私が蒐集してきた呪物を取り込ませたっていい──なんなら縛ろうか?」
軽薄な、心底に愉しそうな笑顔を浮かべる夏油。
漏瑚は深く、短い息を吐いて…顔を上げる。
震えは──既に無かった。
『二言は無いな?』
「勿論…でも、死ぬよ?漏瑚
彼単体なら君にも勝機はある…
でも、彼の内には──私の知る限り、最も強さに
『構わん…我らが呪いの世を迎える為ならば──儂の命を
漏瑚はそう言うと夏油に背を向けて店を出る。
その背には、百錬の気迫が揺らめいていた。
「しかし……本当に、興味深いな」
夏油はファミリーレストランの安っぽいソファの背もたれに身を預けると手に持ったスマホを眺める。
(気圧の変化…いや、この場合は五条悟の周囲の環境ごと変化させればダメージを負わせられる……なら、それこそ獄門疆に封印して海底にでも沈めれば殺せるか…?
いや、いざとなったら無限で全てを拒絶して【蒼】の空間移動で脱出出来るか…それに、今回の戦闘で五条悟は攻撃をあえて通す事で切り抜ける方法を学習してしまった…
海底に落としても、負荷が掛からない程度の水圧を通して泳いで出てくる可能性すらあるな…)
ぶつぶつと、己の思考を纏めるように呟きながら夏油は思考の海に落ちる。
「全く、凡百の術師が生涯を賭けてやるような事をパッとやって出来ました〜だから…本当に、才能ってヤツは残酷だね」
そう締め括る夏油…その手元のスマホが、突如として──氷柱に撃ち抜かれた。
「……あのさぁ、コレ最新のヤツなんだけど…?」
『知るか、貴様の玩具の事など』
夏油の前に、白髪の女性が荒々しく座る。
『どうなっている…何時になれば宿儺様は受肉されるのだ!
よもや、私が貴様と仲良し小好しで徒党を組んでいるとでも勘違いしていないだろうな……羂索!!』
「声が大きいよ裏梅…あと、外では
結界は張ってあるけど、何処に耳があるかわからないからね」
『うるさい!!なぜ私が貴様に配慮せねばならん!!!
私が
「だから…その宿儺様を受肉させる為に私が頑張ってるんだけどね?
それと、宿儺を受肉させるのは決定事項だけど…色々と状況が変わってね
私でも大局が読めない…悪いけど、暫くは我慢しといてよ」
『暫くとは何時までだ…?あまり巫山戯た事を抜かすと──』
こめかみに大きな青筋を立てる女性に夏油…改め羂索は、そう言えば!と手を叩く。
「宿儺も昔言ってたっけ…主の留守を任せるに足る従僕こそ真の従僕だ〜、って」
『………真の、従僕……宿儺様が……!!!!
フン、仕方あるまい…暫くは待ってやろう、何せ私は宿儺様の真の従僕!!だからな…』
裏梅はそう言うと颯爽と去って行く。
その顔は、だらしなく緩みきっていた。
「はいはい…全く、扱いやすいのか扱いにくいのか…」
羂索はそろそろ店員がうるさいかとメニュー表を見ながら適当にオーダーを決める。
店員がその尋常ではない注文量に苦笑いを浮かべ去っていく。
「にしても……古ぼけた最強が、万魔の器に受肉した…か」
羂索の顔が、再び微笑ましいモノを観るようなソレへと変わる。
「本当に…親孝行な息子を持ったものだよ」
新しい玩具を手に入れた子供のような…残酷で醜悪な笑顔だった。
「広いな…生得領域の展開、術式の付与は為されていないが環境要因での強化は考えられる
気を抜くなよ、二人共」
少年は戦杖を軽く構えながら三人の先頭を歩く。
周囲を電気と同質の自身の呪力でソナーのように警戒でき、更に最も戦闘能力が高いからと自身から買って出たのだ。
「……随分慣れてるな、前の任務が初めてだったんだよな?」
「任務はな、命が賭かった状況は初めてじゃない」
当然、慣れてはいないがな…と少年は伏黒に返す。
少年が警戒役を買って出た為に、呪力と式神の温存が出来る…それは伏黒からしても願ってもない。
(だが……コイツ一人に寄り掛かる状況は、決して良いとは言えない)
急造チーム…だからこそ、指揮系統がはっきりするのは良い。
しかし、その指揮が…つい先日まで一般人だったと明言する男なのは少し不安が残る。
戦闘能力ははっきり言ってなんら不安は無い…しかし、咄嗟の判断に『甘さ』が出れば……最悪、人が死ぬのだから。
伏黒がそんな事を考えていた時だった…
目の前に、悪趣味なオブジェと化した3人分の死体が現れたのは。
「………伏黒君、ケータイ持ってるか?」
「あ?………任務用のが有るが…」
「そうか…俺は呪力特性の関係で持てなくてな
写真、撮っといてくれ…上半身は潰れてない
写真一つでも…無いよりはマシだろう」
少年は言い終わるとすぐさま遺体の一つの顔を持っていたハンカチで拭う。
「………意外だな、持って帰るとか言うかと思ってたよ」
「……本当は、そりゃその方が良いさ
でも、俺は伏黒君みたいに良い奴でも…野薔薇ちゃんみたいに自分を通せる強さも無い」
「良い奴……?俺がか…」
「悩んでたろ…今回の情報資料読んでた時
君の善悪の天秤は、きっと不平等に傾くだろう
善人を助け、悪人を裁く…それが出来れば勿論、それが一番良いのさ
でも、悪人だって気紛れに人を助けるし…善人だって誰かには恨まれてる
そんな世の中で、他人に失望しようと自分の天秤を持つ君は──誰がなんと言おうと、良い奴なのさ」
「…………」
伏黒は何も言わずにケータイで写真を撮ると、ゆっくりと歩を進める。
「俺の天秤とやらは借りもんだ…だから、
「そうか……なら、それまでは君に言おう」
「………勝手にしろ」
伏黒はそっぽを向いて乱雑にケータイをポケットに突っ込む。
少年は…微笑ましそうに、それを眺めていた。
「…………なに男同士でイチャついてんのよ!!!!
此処に紅一点が居んだぞ男子共!!」
そんな、微妙な空気を切り裂く釘崎。
釘崎は激怒していた…必ず、かの中二臭い男をドギマギさせてやろうと決意した。
釘崎に事情はわからぬ。けれども、褒め言葉に対しては人一倍に敏感であった。
ただあのキラキラネームの男が自分を見ても可愛い♥とか綺麗♥とか顔面世界遺産♥と褒め称えないのが…たまらなく悔しかったのだ。
だと言うのに、男とイチャつきやがって…
釘崎は激怒した…ちなみに恋愛感情は毛ほども無い。
「伏せろ、釘崎ちゃん」
「あ゛!?」
少年が釘崎の身体を掴もうとしていた呪霊の腕を蹴り飛ばす。
周囲に満ちた少年の呪力は、僅かな揺らぎすらも目ざとく見付ける。
「大丈夫か…?怪我は……」
「………おう…」
シュン…と大人しくなる釘崎。
正直、助けられなければ気付きすらしていなかったので危なかっただろう…そうわかってしまったから。
「良かった…!」
釘崎に事情はわからぬ。
なぜ、少年がこんなにも安堵するのか…なぜ、こんなにも辛そうに自分を見るのか。
わからないから…言わせてやるのだ
心配など要らない…ただ、顔が良過ぎてお金払わないと申し訳ない♥とだけ言ってくれれば良い。
「生得領域が展開されている以上、特級呪霊へ変態している筈だ…二人共、自分の命を最優先に行動してくれ
…………もし、俺に何があろうとも…二人にはなんの責任も無いからな」
念を押すようなその言葉に何も感じない程に、二人は擦り切れても腐ってもいなかった。
「オッケー、無事に帰ったらアンタの奢りで寿司行くわよ!」
「……ん?なぜ急に寿司が……」
「釘崎……回んねぇ方ならいい店知ってる」
「良いわねぇ!案内任せるわよ!!」
「……………むぅ…」
緊張感を切らさずに…しかし、何処か和やかな空気が流れていた。
…………その時までは。
最初に、ソレに気付いたのは…少年だった。
「……馬鹿な……なんで……っ!!
釘崎ちゃん!伏黒君!!逃げろ!!!!
理由は聞くな!!とにかく…!!逃げろぉぉ!!!!」
蝿とケモノを無理矢理に合わせたようなナニカが、悍ましい飛翔音と共に…迫る。
少年は即座に戦杖で地面を砕き、瓦礫を飛ばして向かってきたソレを迎撃する。
『イ゛』
ソレに、瓦礫が触れた瞬間……突如として、大気が震えた。
『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛』
爆音、次いで……爆発。
少年は戦杖を地面に突き立て呪力を流す事によって、磁力に似た力を発生させ瓦礫を即興の壁として背後の二人を護っていた。
しかし、爆音と爆発による視覚と聴覚…そして五感に加えて呪力による索敵すら妨害された少年は───二人の前に現れた、噴火口に気付かなかった。
『危機感の欠如』
呪霊の声と共に、噴火口から莫大な呪力の奔流が迸る。
直撃すれば…1級術師ですら即死は免れない威力の一撃。
少年では、反応出来ない……一撃。
数秒にも及ぶ熱線が煙と共に晴れる。
その先には───
『貴様が…万魔の器の内に眠る、獅子か』
『言ったよな…次強いのと
伏黒と釘崎を抱える、鹿紫雲。
大地への畏れは、今──古ぼけた最強へ挑む。
『さぁ…ガッカリさせんなよ!!』
『焼き尽くす…!!』
羂索のセリフ(ユグドラシル悠仁の誕生秘話)は独自設定ですので原作でもそうかは知りません