『おいガキ共、蟻を潰さねぇように暴れられる程俺は器用でも優しくもねぇ…とっとと失せな』
鹿紫雲は担いでいた二人を降ろすと、床に突き立てられたままの戦杖を手に取る。
『逃がすと思うか…!!』
彼我の実力差を身を以て知らされた二人が駆け出す…よりも早く、漏瑚が手に業火を携えて迫る。
『おい、なに余所見してやがる…テメェの相手は俺だ!』
鹿紫雲は自身を抜き去り、二人を攻撃しようとする漏瑚の首を掴むと力の限り投げ飛ばした。
『ぐっ…!?』
しかし、漏瑚もやられるばかりではない…
投げ飛ばされる瞬間、鹿紫雲に向けて手に携えた業火を撃ち出した。
『ほぅ…!』
鹿紫雲は、業火を戦杖で受けると円を描くように素早く回転させる事で炎を散らす。
(術式ではないな…この男──)
(術式…それもあるが、コレは───)
漏瑚は、既に伏黒と釘崎を追う事を諦めていた。
そんな些事に気を取られては、間違いなく…呆気ない死が訪れると、本能的に理解した。
両者が、始めて…互いに目を合わせ、睨み合う。
((──
ただ掴まれただけ…にも関わらず、全身を襲う痺れと倦怠感。
戦杖越しに受けただけ…にも関わらず、焼け焦げた両の手掌。
この瞬間、両者が互いに…互いを強者と認めた。
『お前、名前は?』
鹿紫雲は心底嬉しそうに、問う。
『……漏瑚』
『鹿紫雲だ…!』
互いが互いに理解する…この戦闘で、命を落とし得ると。
『火礫蟲!!』
漏瑚の頭から次々に式神が放たれる。
当たれば音と爆発の二段構え…仮にダメージを防げたとして、確実に撹乱を果たせる一手である。
しかし、漏瑚に相対するは…百戦錬磨の──雷神。
『遅ぇ!!』
普通、術師達は火礫蟲を見れば距離をとろうとする。
その効果を知れば、それは更に顕著となる…だが、鹿紫雲は逆に──式神へと突っ込んだ。
『なにっ!?』
『こんだけ近付きゃ、爆発も出来ねえだろ…!!』
鹿紫雲と漏瑚があらん限りに接近する…互いに、一挙手一投足が届く間合い。
当然、この距離での爆発は漏瑚にとって自爆に等しい。
『舐めるな!』
しかし、漏瑚もまた百戦錬磨。
基本的な呪力操作と体術のみでも、並の特級を凌駕する…真の怪物。
漏瑚は両手から炎を振り撒き、さながらジェット機の如く加速と破壊を両立する。
並の術師ならば目にも止まらぬ…どころか、
更に、そこへダメ押しの如く付与される…爆熱の呪力特性。
呪力特性は、術式と違い呪力差による減衰が少なく…両者の力量に関係なく致命となる。
漏瑚のラッシュを捌く…触れるだけで削られる拳足を戦杖で逸らし、いなし、躱していく。
しかし…僅かに掠った鹿紫雲の頬が黒く焼け落ち、傷口から白い歯が覗く。
『いいんじゃない?』
喜色満面…強敵を前に、鹿紫雲のボルテージが──上がる。
(この男!ギアが…)
『折角燃えてきたんだ…アゲてけよ!!』
人間の身体は、神経細胞から発せられる微弱な電流により動いている。
人間が外的刺激に対しアクションを起こす為に必要な時間は…医学的に、0.1秒を下回らない。
百分の一秒を争う陸上の短距離走ですら、スタートから0.11秒以内でのスタートがフライングと見做されるように…人間という種の限界反応速度は決まっている。
しかし鹿紫雲は、膨大な戦闘経験と天性のセンスにより…自身の肉体に呪力を流す事で
電気の呪力特性による、
更に、任意の筋繊維に呪力を流す事で強制的に筋緊張を起こし肉体を操る事で──鹿紫雲は鹿紫雲の意思に関係なく、鹿紫雲の意思で肉体を操る事が可能。
肉体が悲鳴をあげようと、限界を迎えようと…それらを無視して、自身の意思にて継戦を可能とする。
これにより、鹿紫雲の攻撃が…激化した。
(ぐ…っ!?回避が、間に合わん!!)
遂に、鹿紫雲の右拳が漏瑚の腹部を…捉えた。
『フッ!!』
軽い声とは対照的に、鳴り響く打撃音は正に落雷を思わせる…轟音。
『カッ…ハ……ッッ!!』
蒼き稲妻は、漏瑚の腹を食い破り…天へと還っていく。
たったの…一撃
雷神は蒼雷を纏いて、地に這いつくばる漏瑚を見下ろす。
『……終いか?』
『まだ…だ……!!
まだ!!何も────終わってなどおらん!!』
漏瑚の呪力が一気に膨れ上がる。
術式の絶え間ない訓練の果て…結界術の深淵
『領域展開──』
「鹿紫雲、簡易領域を教えてくれ」
『…簡易…?……なんだそりゃ…?』
何時もながら…この馬鹿弟子は間を投げ捨ててやがる。
しかし、簡易領域…ってか?領域なら知ってるが……まぁ、教えられる訳じゃねぇけどな。
「こう…印を結んでやる、シン・陰流の……門外不出だったか…?」
『知らねぇよ…』
相変わらず、偏った知識だ。
どんな生き方してくりゃあこんな人間になるのか…教えて欲しいモンだ。
「こう……居合いをしたり、領域展開を防いだりするんだが…」
『居合い…?お前、杖術を教えろって言ってきたクセに次は剣術か?』
「いや…居合いはオマケだ
それよりも、領域展開の対策がしたい……確か、領域で必中効果を中和する技の筈なんだが………」
『必中効果を中和……』
それだけ聞くと、途端に心当たりが出来た。
だが……俺の知ってるのと名前が随分違うな…
少なくとも、
『
「彌虚葛籠…?……あぁ、そう言えば原型なんだったか…
………ふむ………鹿紫雲、彌虚葛籠を教わりたいと言えば可能か…?」
『……まぁ、お前なら覚えられるか…
だが、急に領域対策なんざ言い出してどうした?』
「覚えないと死ぬからな」
だから、間を言えよ…!なんで俺がいちいち間を補完しなきゃならねぇんだよ!!
なんかムカついてきた……!
『ハッ!領域対策なら俺のとっておきを教えてやるよ』
だから…とびきり難しいのを教えてやろう。
俺にしか…俺と悠仁にしか出来ない、とびきりのヤツを。
「鹿紫雲のとっておきか…気になるな」
『だから!!師匠って呼べっつってんだろ!!!』
掌印が結ばれ、呪力という画材がキャンバスに絵を描き出す。
『───蓋棺鉄』
良いか?タイミングは一瞬だ
相手が領域を展開し終える寸前…その寸前に
鹿紫雲は電気と同質の自らの呪力を電荷分離する。
打撃と共に対象にプラス電荷を移動させ、自身に蓄えたマイナス電荷を地面方向への放電をキャンセルしつつ対象へ誘導する。
この一撃は領域を展開するまでもなく必中の──大気を裂く稲妻である
放たれた雷撃は、掌印を結ぶ漏瑚の両手を吹き飛ばした。
『………は…?』
領域は完成を目前に崩壊する…未だ、漏瑚の呪力はその多くが領域の残骸へ残る。
それを、見逃す程に──雷神の名は甘くは無かった。
『シィィアッ!!』
戦杖にて漏瑚の腹を…風穴があいたそこを打ち据える。
耳に残る水音と共に、漏瑚の身体が…裂けた。
ドチャ、と血と臓物の海に漏瑚の身体が落ちる。
『中々、悪くなかったな…』
蓋を開ければ、結果は歴然。
鹿紫雲は頬の傷と両手の火傷程度…それに比べ、漏瑚は既に虫の息。
誰もが思うだろう…もう、終わったと。
儂は宿儺の指何本分の強さだ?
甘く見積もって8、9本分ってとこかな
(分かっていた…分かっていた事だ!!
だがここまで……!!)
もし彼が術式を使わなかったとして
そして、どれだけ辛く見積もったとしても…宿儺の指10本分を下回る事は無いだろうね
呪霊には、人間の術師と違い…インスタントに強くなれる方法がある。
呪力を持つ人間を喰らう、自身を形成する概念へのより強い畏怖…上げればきりがないが、その中でも…最もインスタントな選択肢。
なあ、なんで呪いはあの指狙ってんだ?
それは、虎杖悠仁と伏黒恵が交わした言葉
ユグドラシル悠仁とは…交わさなかった言葉
喰って、より強い呪力を得るためだ
『……あ゛?』
漏瑚の奥の手
それは────両面宿儺の指の、吸収である
死に体だった漏瑚の身体から、呪力が吹き荒れる。
『ぐ、お、ぐぅうおおおお!!!』
漏瑚が飲んだ三本の指が、莫大な呪力を…与える。
三本は漏瑚が勘で設定した自身の意識が両面宿儺に乗っ取られないであろう宿儺の指の吸収上限。
根拠はなく、漏瑚の全身に…紋様が浮かび上がる。
顔には二つ孔が、目のように引き裂ける。
『ケヒッ!』
漏瑚の口から、聞くものを本能的に恐れさせる声が…聞こえた。
『これは、
宿儺、貴様は──引っ込んでおれ!!!』
漏瑚は爪を突き立て、顔に浮かんだ目を抉り出す。
血と、覚悟に彩られた…最強の呪霊が鹿紫雲に相対する。
『さぁ、最終戦第二局…開始としよう』
『おい…あんまワクワクさせんなよ!!!』
人外決戦第2ラウンド…開幕