鹿紫雲の視界から、瞬時に漏瑚が消える。
強者との戦闘における経験値によるものが大きかった。
『ヒャアッ!!』
何の変哲もない、左フック。
しかし、宿儺の指を取り込んだ事による呪力の上昇…そしてそれに伴う全能感。
漏瑚は、アスリートでいうゾーン……一種のトランス状態の最中といえる。
黒い火花は、強者をこそ尊ぶ
鹿紫雲が紙屑のように吹き飛ぶ。
生得領域内を破壊しながら、戦艦の主砲もかくやという被害を残し…ようやく、停止する。
咄嗟に受けた右腕が引き裂け、黄色い脂肪層と赤黒い肉…そして白い骨がまろび出る。
右上腕骨粉砕骨折、右撓骨及び尺骨解放骨折、手根骨及び中手骨粉砕骨折、右鎖骨完全骨折、右肩甲骨不完全骨折…その他全身で計16の不完全骨折。
鹿紫雲に、それらを治せるだけの反転術式は使用できない。
反転術式とは先天的センスにより使用の可否が問われる技術…非戦闘員でありながら他者に施せる程に習熟している者も居ればどれだけ強者であろうと、使えぬ者も居る。
鹿紫雲は、後者であった。
必然的に、鹿紫雲はこの戦闘において──
『何時まで寝ている!!』
漏瑚の手から赫灼の一閃が放たれる。
そのあまりの熱に周囲の空間が歪み、特級呪霊の生得領域全体が悲鳴をあげるも構わずに。
煙が晴れると同時に、漏瑚の視界へ映ったのは…己の頭部を破壊せんと迫る、戦杖。
『ぬぅっ!?』
咄嗟に身を捻り回避する…体勢が崩れ、致命的な隙を晒しながら。
『そら、返しだ…!!』
深く腰を落とし、百錬の気迫と共に放たれる…正拳。
だが、鹿紫雲は絶対の自信と共に振り抜く。
紫電と共に、黒い稲妻が漏瑚を
鹿紫雲一──正に、天才
『まだ…まだぁ!!!!』
『そうだ!!まだちっとも終わっちゃねぇよ!!!!』
二人の気迫に、大気が…世界が震える
悲鳴をあげるように
『勝負だ…鹿紫雲ぉぉ!!!』
漏瑚が地面へ拳を叩きつける。
ソレと同時に上がる…火柱。
『領域展開!!』
漏瑚、一か八か…再びの領域展開!
鹿紫雲の放電は、相手に電荷を貯める必要がある。
漏瑚に貯めた電荷は…先程の放電で、使い切っていた。
(俺が電荷を貯めてんのは…
紫電が走る…鹿紫雲が投擲した戦杖へ。
鹿紫雲は戦杖…如意に貯められた
再び、掌印を結ぶ漏瑚の手が吹き飛ぶ。
鹿紫雲の誤算は──二つ。
立ち昇る火柱で、漏瑚の正確な位置が掴めず右腕しか吹き飛ばせなかったこと。
そして…黒閃を経た事で漏瑚の再生速度が──高速化したこと。
瞬時に修復された漏瑚の手が、再び掌印を結ぶ。
『蓋棺鉄囲山!!!』
死と灼熱の地獄が、辺りの生得領域を塗り潰す。
漏瑚の領域が、展開された。
鹿紫雲の全身から汗が噴き出す
恐怖によるものではない
極度の緊張から汗が噴き出した
(彌虚葛籠は…無理か)
黒閃を受け、
鹿紫雲は、必中必殺の領域を──真正面から受ける覚悟を決めた。
『限定解放──【揺籃琥珀】!!』
ユグドラシル少年ではその緻密な呪力操作の為、一人では戦闘中に発動出来ないソレを…鹿紫雲はその天才的な呪力操作技術により、単独で発動させた。
『塵も残さん!!』
『受けてみろ…!!』
両者が互いに…必殺の一撃を───放つ!
鹿紫雲の術式、限定的に発動されたソレは電気から再現される現象を再現する────そして、再現される現象は…
黒閃を経た事による超集中状態が可能とした…術式の更に先
術式の再解釈────
『拡張術式【
ソレは、
第二次世界大戦において、アメリカ軍が行ったと噂される荒唐無稽な噂話。
世紀の天才、ニコラ・テスラが海軍の戦艦を敵船から護る為行ったレーダー不可視化実験。
共振変圧器テスラ・コイルを用いたその実験は、想定と異なる結果を残す…
拡張術式【落胤】はその実験を──フィラデルフィア計画の瞬間移動を再現する。
鹿紫雲は動かず用を果たさぬ右手から小指を千切り取り…漏瑚の腹部へ移動させる。
【落胤】は、座標から座標への移動
世界への情報改竄───この一撃は、例え全力の五条悟であろうとも…防げぬ絶技。
(間に合え…っ!!)
漏瑚が放った爆熱の一閃が鹿紫雲に迫る。
高々人間の指一本、仮に呪霊に対する毒を持つ赤血操術使いであろうとも…たったそれだけの血では無意味。
ましてや、宿儺の指を取り込み限界を超えた…最強の呪霊へ至った漏瑚に効く筈もない。
炎が、鹿紫雲を呑み込まんとしていた。
『俺は
領域が砕け散ったのと、漏瑚の腹が消滅したのは…同時だった。
領域の崩壊…即ちそれは、必中効果の消失を意味する。
鹿紫雲は眼前に迫っていた炎を避けると、膝をつく漏瑚の前に立つ。
『これは…反転術式、か……』
『ああ…俺のは折れた骨を治せる程もねぇ上、こうでもしなきゃ出力も出来ねぇがな』
反転術式、負のエネルギーである呪力を掛け合わせた正のエネルギー。
全ての呪霊、魔のモノにとっての──劇物。
鹿紫雲は、千切り取った自身の肉体を漏瑚の体内に送る事で…強引に反転術式のアウトプットを実現した。
漏瑚の肉体から消失反応の煙が立ち昇る。
もう、長くはない…次の瞬間には消滅していてもなんら不思議のない状態。
(儂は…終わるのか……今の一撃、見事としか言いようがない
呪力の起こりすら限界まで抑えられた一撃…
陀艮…花御…真人…すまん……どうか、許してくれ……)
だが────
(………いや、まだだ……!!
この身体は、今に粉々に砕け散るだろう…
だが、それでもまだ…この胸の奥に、力が…熱が燃え滾る…!
矜持も、信念も、悔恨も、執念も、夢も、希望も…全てを燃やせ…!!燃え残った全てを、燃やせ!!
例え、この一撃が無意味に終わったとしても────)
『見ていろ、陀艮、花御、真人…!!
コレが、真の人間の…呪いの……儂の!!!
正真正銘!最後の一撃!!』
今にも崩壊しそうな身体を、無理矢理に立たせる。
蝋燭の最後の揺らめき、漏瑚の身体から…最期にして最大の呪力が解き放たれ──
焼き切れた術式に、全てが注ぎ込まれる。
『極ノ番【隕】!!!』
漏瑚、執念の一撃は神々しさすら感じられる程の圧倒的質量と熱量で…太陽すらも焼き尽くさんとする、窮極の爆炎を
極ノ番【隕】に、速度はない
必中を与える領域は既に無く…
鹿紫雲にとって、満身創痍である事を差し引いて尚…避ける事など他愛も無い。
漏瑚は既に死に体…もしこの一撃を当てられたとて、鹿紫雲の絶命よりも自身の消滅の方が速いだろう。
故に、この一撃に意味はない
漏瑚の最後の意地
ただそれだけの不条理
だが…
『魅せてくれたな…!!』
鹿紫雲は、その不条理こそを──尊ぶ
『【揺籃琥珀】、最大出力…!来いッ!!漏瑚ぉ!!!』
赫灼鬼神に魅入られて、紫電纏いて雷神踊る
焦熱、爆鳴、赫々───その激突は、巻き込まれた特級呪霊が消滅し生得領域が崩壊するまでの17秒間。
全てを燃やし尽くすまで、終わらなかった。
『此処は…?』
白い空間に一人立つ、漏瑚。
『人間、術師、呪霊…俺が戦ってきた奴らは皆、何処か熱くなりきれなかった』
その背に、鹿紫雲の声が掛かる。
『だからこそ──誇って良い、漏瑚お前は…』
鹿紫雲は、四百年前の人間。
人の命が軽く、戦や飢饉で多くの死が満ちた時代。
人の負の感情より生まれる呪い…その強さなど語るべくもない。
その鹿紫雲が──認める。
『俺が戦った中で、一番強かった』
『…何だこれは』
漏瑚の頬を涙が伝う
『人も呪霊も変わらねぇ…心が満ちて、満ち足りた余りが溢れるのさ
…俺も最近知ったがな』
鹿紫雲が微笑む。
一時の逢瀬、時間にすれば二人が出会っていたのは数分の事だろう。
それでも…否、それだけで十分。
強者が強者を理解するに、十二分の時が…流れていた。
『怒りでも悲しみでも喜びでも…何だっていい
心が満ち足りたから溢れんだ
お前も、骨の髄まで燃え尽きて──満ち足りたんだろ?』
答え合わせのように、忘れていた言葉を思い出したように
その言葉は、漏瑚の胸に落ちる。
『そう……か、儂は──満足していたのか』
緩く、漏瑚の口が弧を描く。
鹿紫雲を…人生最期の強者を見て、笑う。
『鹿紫雲…真人は──我ら呪いの頭は、強いぞ』
『ハッ!残念だが…俺の弟子の方がもっと強ぇよ!!』
強者が笑い合う。
まるで、旧知の仲のように。
『クックック…そうか……そうか…!!』
『じゃあな……楽しかったぜ、漏瑚』
人外決戦
勝者─────鹿紫雲一