トランス・ブレイク   作:ホウ狼

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プロローグ
あさおんへの道は接着剤で舗装されている*


 朝起きたら女の子になっていた。

 

「――ン"ッ? ンー。んームムムッ。……むぅ」

 

 困った。何かそれっぽいことを言おうとしたけど、まともな言葉が出てこない。

 喉から響いてくるのは透明感のあるソプラノボイス。

 今日初めて耳にしたはずなのに、妙に聞き慣れているような声だった。

 

ODO(ゆめ)、じゃない。げんじつ……これが現実? ……ぅぉー、うゎぁー……」

 

 オレは今、落ち着いている。とても冷静。動揺なんて微塵もしてない。本当だ。

 

「あばばばば……」

 

 というのは古典小説の名称である。ので、改めて冷静に、確認をしよう。

 全身に即席の診断プログラムを走らせても、AIの診断と同様に異常は検知されない。じっさい体のどこにも不調は感じられない。

 むしろ肉体の基本性能は、軒並み向上しているようだ。軽く握った手鏡の柄を危うく握りつぶしかけた。恐るべし女子力……。

 

「顔は、見事にアバターと瓜二つ。髪は真紅の癖っ毛ロングヘアーで、瞳は水銀色。肌は傷日焼け無しのしっとり肌。血は赤、味は無し(・・・・)、血液型はO型Rh-。体温は36.3度。体重は38.2kg。身長144.4……5002cmは実質145cm。……。胸囲差は、じゅうゴぉー……は? C? ィ……イ??」

 

 シイと歯を強めに噛みしめたら、犬歯がニュッと伸びた。

 

「歯? がえ。なんでえぇ……?」

 

 最長で5cmまで伸縮自在。流石にこれには困惑した。なにこの謎のギミック?

 鏡の向こう側には、口を開けて歯を覗かせた低身長なちびっ娘が1名。歯は伸びる一方で、最近ようやく160cm近くまで成長した身長は縮んでしまっていた。

 美少女、ではあるのだろう。無意識の視線を引き寄せる吸引力がある。ただ人形のように整った顔に反して、水銀色の瞳は人を屠殺(とさつ)しそうな眼力(めぢから)を放っている。

 

「こっわ……目合わせんとこ」

 

 過去どんな改造動物を前にした時でも、ここまでの怖さは感じなかった。『あ、こいつオレを殺しきれるな』という確信が、生存本能を刺激しているのかもしれない。

 

「見れば見るほど、よくわからんいきもの」

 

 全体を見て、手で触れて、なお実在が信じきれない。知らない間に視覚をジャックされて、女の子の幻像を見せられている方が……正気を疑うけど、まだ信じられる。

 

「……!」

 

 いや、そもそも女の子でない可能性がまだ残っていた。

 大事な部分の確認を疎かにしてはいけない。間違った情報は、正さなければ。

 

「きっとある。お願いだからあってくれぇ……ぁっ……ぁー……あれま」

 

 はい、知ってた。ありません。我ちんちん消失せり。

 まぁこんな姿で付いてたら、それはそれで対応に困るけども。

 

「……ん。なるほどなるほど、そういうことか」

 

 何はともあれ理解した。オレは完全に理解した。

 

 ――女の子、確定!

 

 統星暦610年10月9日土曜日、早朝。

 十分過ぎるほどに科学技術が発達した現実世界の地球はしかし、いつの間にかファンタジーの世界に突入していたらしい。

 

【挿絵表示】

 

 そして。そんな風に、自身の変化に衝撃を受けていたせいだろう。

 

【(……ふぅん?)】

 

 現実感(リアリティ)の喪失。既視感(デジャヴ)の体験。味覚や趣向の変化。

 漠然と感じていた数々の違和感の正体(・・)に気付けなかったのは。

 

【(なるほど。そういう、こと……)】

 

 すべてが後の祭りだった。

 ODOに足を踏み入れた時点で、全身どころか精神まで捕らわれていた。

 小さな悪党が大地に根を降ろして、養分を(むさぼ)らんと巣食っていたのだ。

 

【(。半分、同じね? もう、片方も――正妃様に近い暴力的な良い香り。何者、かしら?)】

 

 その正体とは、元ミルクロワ王国第7王女ピーチトゥナ・ミルクロワ。

 王家の一員と認められた【血】の大魔法使いにして、残忍な死刑執行官。

 

【(私は、面倒が、嫌いなの)】

 

 いったい誰が予想できようか。

 

【(がんばって、働いて。成果(せいか)を、献上なさい)】

 

 仮想世界とはいえ、一大国家の王女が――。

 

【(貴女が、築くのよ。私が、夢見た……)】

 

 "吸血姫"と畏怖され、自国の民にすら恐れられた人物が――。

 

【(私の理想郷(とうげんきょう))】

 

 まさか。完全ニート化して、己の裏側にべったり住み着くなんて。

 

【挿絵表示】

 




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