トランス・ブレイク   作:ホウ狼

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猫の保護者、走者のライブ感

 白い猫耳少女が、予想だにしていなかった凶行に走った。

 初手自刃による0ターン勝利である。むしろ気分的には完全敗北である。

 恥ずべき判断ミスだ。拘束した時点で、凶器は脅威度に関わらず回収すべきだった。

 

(血だ。血がでた!)

 

 そうした戸惑いも後悔も関係なく、流れる血液に、思考すべてが吸い寄せ――。

 

「ゎおいしそッ……ンぷえぇぇい!!!」

 

 られかけた気の迷いを理性(NP)でねじ伏せて、少女へしめやかに急接近した。

 

 ――これ以上刃を動かさせたら、死ぬ。

 

 周囲に出血を止める手段がない。引かせてはいけない。行動させてはならない。

 倒れる身体を、石床ギリギリの所でふんわりキャッチした。

 そのまま肉切り包丁を奪おうと、柄に触れた瞬間――唐突に理解する。

 

――――――――――――――――

 対象:豚切丸(ぶたきりまる)(※鑑定済み)

 種類:武器[近距離]-刀-短刀

 製作:ビルロマー・グラノーラ

 品質:A

 状態:356/356

 付与:【修復[吸血]】生き血を吸わせると修復される

   :【特効[哺乳網]】哺乳網に対する影響力が増大する

   :【汚れ知らず】汚れがつかない

 

 メモ:持ち出し厳禁。ハッコ様の私物です

――――――――――――――――

 

 精神に情報が刷り込まれて、豚切丸を理解(わか)らせられた。

 

「なにごっ、ぶたぁ???」

【…………】

 

 驚きの余り手放しかけた柄を、渾身の力で握り直して固定する。

 異質な包丁だ。柄も含めて総隕鉄製で、刀身は30.1cm刃渡りは21cm。錆も欠けもない。表面には美しいペンギンの紋章が刻まれている。気になる部分は多々あるが……豚要素はどこだ?

 

(呪いのアイテム? 血が吸われて……いないな? なら包丁は後だ。容態を確認しないと)

 

 白猫少女の体勢を調整して、気道を確保する。

 少女は意識を失っていた。抹消神経を強く引っ掛けたようだ。

 頸部(くび)の刺し傷は深い。刃が筋繊維を断ち、太い右総頸動脈を傷つけている。

 白く綺麗な毛に血が滲んでしまっていた。

 

(あの筋力で、ここまでやるか。ここまでできるのか……)

 

 最初に脚を負傷した時にも思ったが、異様な仮想世界だ。

 子供の姿をしたAIが、細胞はおろか原子の挙動まで演算される身体を持ち、その上で自刃という手段を選択した。ごく当然のように、現代社会のタブーを犯してみせた。

 

(不味い。この子の血は血栓が出来辛い。凝固因子が足りない――血友病の類か?)

 

 圧迫止血。髪と爪を滅菌加工して血管の簡易縫合。脳神経ハックによる血流操作。etcetc。

 何度何通りも治癒の工程をシミュレートをしてみても、血管は塞がらない。

 滴る血を指で掬い、自身の血を垂らして、間近で反応を観察する。

 

(反発して混ざらない? なんだ、この挙動は……。輸血も難しいとなると……)

 

 治せない。刃を抜けば32秒。この状態で維持しても10分と48秒後に、失血死する。

 確実性はない。無いが、寿命が1秒でも延びるなら実行をするしか――。

 

【感情の起伏が、激しいわね。疲れるから、無駄に焦らないで、くれるかしら?】

(――――ッ!)

 

 ピタリと出血がおさまった。

 溢れた血液が蠢いて、傷口から包丁が押し出され、あっさりと傷口が塞がれた。

 

(ぉ、おぉ……さすが。ありがとう。ちなみに今のって――)

【血流を、制御しているだけよ。逃げたら、絞り殺すわ】

(…………)

 

 幽霊さんは安定してやばげだった。応急処置を施してくれたのはありがたい。が少女の生き死にをティッシュペーパー並みの軽さで語っている。

 精神体を通して、幽霊さんの心情は伝わってくる。戸惑い1%と殺意99%である。

 

(殺意すごいですね)

【…………】

 

 汚れのない新品同然の包丁を持て余しながら、どうしたものかと会話を試みた。

 なおこの包丁の持ち主(?)の狐耳っ子は、眼の前で起きた光景にショックを受けて固まっている。もうしばらくしたら復活するだろう。

 

【それほどでも、ないわ。これでも、抑えている方よ。むしろ貴女が、不用心すぎるの】

 

 当社比では理性的に振る舞っておられるようだ。

 確かに殺害するつもりなら即実行しているか。やるときは無言で躊躇なく()りに来る、という信用と実績が幽霊さんにはある。キルレート1万オーバーは伊達ではない。

 逆に考えると、猫耳少女には幽霊さんでも殺しを躊躇(ためら)う余地がある、という事だ。たった1%だけども、0と1では大違いである。

 

(反省してるよ。10ミリ秒単位で監視中だから、もう勝手な行動はさせないぞ)

【……ストーカーかしら。気持ちが、悪いわね……】

 

 ド直球な暴言はやめて。傷付くから。

 

【貴女は……。この娘を、生かしたい……のかしら?】

(え? うん、そりゃまぁ当然、生きてて欲しいよ。死なせる理由も無いし)

 

 仮想世界のNPCとはいえ、目の前で人死にが出るのは普通に後味が悪い。

 掃除は掃除でも、特殊清掃は別だ。遠慮願いたい。

 現在はいわば休日で、趣味の時間だ。仕事じゃないなら好きな掃除をさせてほしい。

 

【……。……そうね。……貴女が管理するなら……。…………構わないわ】

 

 なにかものすごい葛藤があったみたいだけど。

 

(もしかして、対応を一任させてくれるの?)

【――ええ。飼うか殺すか、見殺すか。好きになさい。ただし逃がしたら、即殺すわ】

 

 いや、まぁ。選択肢をくれるのは有り難いけども。うれしいけども。

 3/4が死じゃん。ぜったい生かすつもりないじゃん。

 

【貴女も薄々、察してるでしょう? この娘は"怪物"よ。野に放っていい、生物ではないわ】

(……行動力がぶっ飛んでるのは間違いないけど、そこまで言うほどかなぁ?)

 

「ノーラちゃんッ!!」

 

 ――と、そこで狐耳っ子が復活して、猛ダッシュで突撃してきた。

 

 

 ◆

 

 

 狐耳っ子が、四つ足を使って高速で駆けてくる。良いフォームだ。

 驚きの瞬発力だし勇気もあるけど、冷静とは程遠い。下手に動かされると危険だ。あとお小水まみれは普通に不衛生なので、片手でキャッチ&リリースした。

 足を払ってクルンと丸めた背中を押して空中大回転。からのふんわり着地。18.0点。

 

「?…………っ!?!?」

「とりあえず生きてるから落ち着いて欲しい。城は詳しい? 医務室に心当たりはない?」

「ひぇさ、ぁま、ななな、ないです。私その、魔物(モンスター)を料理した事しかなくって、それ以外許されてなくって……ご、ごめんなさい!」

 

 狐耳少女は、服装通りの料理人だったらしい。腕を見込まれて飼われていたのかな?

 魔物という単語が気になるが、『豚』が人間の隠語の類でないようでほっとした。

 人外の吸血鬼でも、子供に人を捌かせるほど外道じゃなかったようだ。

 

「調理場はあるんだね? 念の為に熱湯が使いたいから案内してくれないかな」

「!? ノーラちゃんはお友達なんです! お願いします食べないであげてください!!」

「食べないが?」

 

 ものすごい剣幕だ。尻尾を抱きかかえて背中を丸めるという謎可愛いポーズまでしだした。命の危機を前に混乱している、と言われるとそれで納得してしまいそうだが――。

 

(畏敬……を越えて御霊信仰じみてるな。幽霊さんって生前は有名人だったりした?)

【ほどほどよ。姉様達と比べたら、有名だなんて、口が裂けても、言えないわ】

 

 ……あー、これは参考にならないやつだな。

 素で謙遜してる上に姉妹フィルターが掛かってそう。

 

【失礼ね、客観的な事実よ。私の過去なんて、掘り返しても、面白くも無いわよ】

(知っておかないと大失敗しそうだから掘り返させて。ぶっちゃけ何やらかしたの?)

【なにも? 強いて挙げるなら、ごく普通の、公務よ】

 

 …………。

 

【……公務は本当よ。私の血に誓って。犯罪行為には、今まで一度も、手を染めていないわ】

 

 合法で一般人からも畏れられるような公務。城から伺える文明の傾向。幽霊さんのこれまでの行動、言動、趣向などを考慮すると――。なるほど、だいたい理解できた。

 

(処理した()の数は、おぼえてる?)

【6582人よ】

 

 即答された。身体年齢から考えても1日平均1人以上はやってる人数だ。

 軍人、ではない。法律に則った死刑の執行だけでなく、表沙汰にできない人物の排除や粛清もしている『処刑人』――それも下ではなく高位の権力を持つ上流階級の出身だろう。

 現代のコロニーなら地上(じごく)送りを担う人揚(にあげ)管理者。シェルシティならクラス6以上の権限を持つ統民執行官が該当する。

 

 そりゃ子供もビビって荒神扱いしてくるさ。オレだってビビる。

 というかそれを許容している国家と社会が怖い。現代社会もわりと能力主義が極まっているけど、もうちょっと年齢と倫理に配慮した人選をするぞ。

 

(今更だけど敬語は必要?)

【本当に今更ね。不要よ。死ねば別人。死者には、人権も権力も、与えてはいけないの】

(その辺りは本当に徹底してるなぁ……)

 

 過去に、不死者に権力を持たせて失敗した前例でもあるのかな。

 

(オレも身軽に動ける方が色々都合がいいと思うけど。実際、難しいと思うよ?)

 

 容姿は生前とそっくりそのままらしい。少なくとも子供に一目で認識される身体的特徴が残っている。加えて生前4桁、死後5桁を処理した実績持ちだ。

 別人を装うには、余りに影響を及ぼしすぎている。

 

【神託を、受けたでしょう? "吸血鬼が絶滅した"。あの情報を利用(・・)して、国が動くわ】

(……死んだときに聞こえた公式アナウンスが、現地感覚だとありがたい御告げなのか)

 

 公式とはつまり、推定特級AIの本体、もしくはその関係者。

 今この瞬間も、この状況を認識しているかもしれない、楽園の管理者だ。

 

【ありがたみは、ないわね。小間使いの幼竜が、世界各地で無差別に、広めてるのよ。無視していると、夢に出てきて、一方的に告げてくるわ。起きるまで、延々とね】

(たちの悪い洗脳じゃん)

 

 マスコットを広告塔に使っているのか。それでよく権威が保てるもんだ。

 

【悪質でも、都合は良いのよ。吸血鬼は滅びて、生き残りは0。きっと盟主の乱心ね。不死族には、よくある事よ。長い時間の中で、狂うか枯れるか……ああはなりたくないものね】

(……オレは普通に復活してるけど?)

【貴女は、新しく発生した、新しい吸血鬼よ。古い吸血鬼とは、一切関係がないわ】

 

 そんな無理筋な嘘がまかり通るの?

 

【押し通すのよ。関係者だなんて、認めてしまったら、国家間の、戦争になるもの】

(戦、争……?)

 

 急に、話の規模が大きくなったな。一個人の話をしていたはずなのに。

 幽霊さんの関与が公になると、戦争に発展するような爆弾? ちょっと想像ができない。

 

【……。……ピーチトゥナ・ミルクロワよ】

(?)

 

 それって、もしかして――。

 

【生前の、私の名よ。好きに呼びなさい。ただし幽霊種(レイス)呼びは、控えなさい。不快よ】

(――あ。はい了解です。ごめんなさい)

 

 幽霊が種族として成立してるのか。

 そりゃ大のアンデッド嫌いな幽……ピーちゃんにしてみれば憤慨ものだろう。

 

【…………】

(…………)

 

 なにか複雑な感情を抱いているピーちゃん。

 呼び方に不満があれば遠慮なく言ってね。

 

(ミルクロワ家のピーチトゥナさん、っていう認識でいいんだよね?)

【ミルクロワ王家(・・)の、第7王女ピーチトゥナよ】

 

 

(ぉう、ジョサマァ?!)

【王位継承順位は、第10位の末席。私自身に、権力は無いわ】

 

 いやいやいや。たとえ末席でもなんでも、王女様が直々に処刑活とか、びっくりを通り越して恐怖なんだけど。しかも吸血鬼側も、王族殺しするとか、行動が異常すぎるでしょ。

 

【正常な行動よ。吸血鬼は、有力者の一族を、取り込んできたの。大昔から、世界中から】

(――――)

 

 あらま。

 

(んん-とんと……つまり? 吸血鬼は、世界中の権力者を抱えまくってた地雷原みたいな種族で、丸ごと爆破解体しちゃったから犯人も責任の所在も有耶無耶のまま迷宮入り。自国の王女の仕業だと知られると国益を大きく損ねるから、全力で神託に乗っかって意地でも関係者とは認めないよー……ってコト?)

 

【そういうことよ。貴女は、1個人として、扱われるから、そのつもりでいなさい】

(あ"ー……うん。そっか了解しt……うん?)

 

 

 あれ? この方もしかして、オレに、人類の敵RTAを強制してきていないか?

 悪名そのまま、外敵どっさり、味方は知らんぷり。ついでに不死族の扱いは非人以下。

 公に別人扱いできるなら、諸々の問題を押し付けやすくなる。むしろ積極的に狩りに来る可能性すらある。死人に口はあるけど、口は出させない。戸籍も市民権もないから、表立った組織には所属できない。後ろ盾がない。

 どうあがいても詰む未来しか見えないけど、その辺りは考慮しているんですかね?

 

(日陰街道まっしぐら?)

【平気よ。貴女、死なないじゃない。血を枯らされて、棺に封じられて、地下に埋められて、それでおしまいよ。むこう(・・・)で過ごす分には、問題ないでしょう?】

(…………)

 

 強制R.I.P.で現実にBANかー。最悪、現実世界をセーフルーム扱いする気でいたのかー?

 

(……冗談で仰っておられる?)

【本気よ。それが一番堅実で、平和的な、解決法だもの】

 

 そりゃ確かに過剰に干渉を受けない&与えないという点では平和的だけども。

 仮想世界を捨てて、現実を生きる? 後ろ向きで、不健全極まりない危険思想だ。

 

【……前向きで、健全な思想、ではないかしら?】

(――だな!)

 

 でもだ、でもしかしだ!

 仮にも楽園を謳っている世界だ。いい世界なんでしょ。これまで10数年も過ごしてきた故郷なんでしょ? 断捨離感覚で捨てちゃっても良いさとか考えるの、よくないと思うなぁ?

 

【貴女も、"理不尽で酷い、クソゲーだ"って、考えてたじゃない】

(はぁ? そんなこと考え――)

 

 考えてたし、めっちゃ爆笑してた。オレの説得力0だった!

 

【たとえ(ゲーム)でも、いいのよ。私は"クリア"したの。クリア後の世界は、平和が一番よ】

(…………)

 

 ゲームスタートじゃないんだ。ゲームオーバーでもないのか。

 そうか、そこの認識から隔たりがあったのか。意見が食い違うはずだ。

 

(……ピーちゃんさんの考える『平和』って何さ?)

【犯罪者や不死族(アンデッド)、怪物や貴女たち(プレイヤー)が、表社会に蔓延らない、老若男女が明日に、希望を持てる環境、かしらね】

(ぉぉぅ、すっごい真っ当だ……。そういえば他プレイヤーっていう不穏分子もあったなぁ)

 

 プレイヤー。誰も見かけないから、すっかり思考から除外していた存在だ。

 外の状況を確認していないけど断言できる。ゲーム開始直後のプレイヤー、それも現代社会の抑圧から開放された集団なんて、ろくでも無い存在に決まっている。

 現地人にとっては日常を脅かす無敵の人。理解の及ばない宇宙人そのものだろう。

 

(プレイヤーを巻き込めば、上手く立ち回れる可能性は――)

【無理ね。無法者は、制御できないから、無法者なのよ。それに、貴女たちが現れて、もう1日も経ってる。私の姉様は、仕事が速い(・・)の。拘束方法の10や20、考案も検証も、済ませて、マニュアル化もしてるわよ】

(好き勝手させてはくれないと……)

 

 あまり参考にならなそうな姉妹観は置いておくとして。

 無限復活できるプレイヤーの性質は厄介だ。治安維持を努めるなら、何らかの対処方法を模索していても不思議ではないし、むしろ備えるのが当然の義務と言える。

 プレイヤーを対象にした法整備も行われるだろう。

 

(うーん……)

 

 このまま行けば、王女の身体を乗っ取って暗躍している吸血鬼プレイヤーだ。

 全方位に喧嘩を売ってる鬼畜外道にしか見えないな。

 他プレイヤーと出会った場合、素直に交渉や取引に応じてくれるだろうか。

 

(……難しいな)

 

 オレなら全力で避ける。そんな危険人物と関わりたくないもん。

 ――というか、そもそもの話。

 情勢を把握していて、影響も予測できていたのなら、なぜ爆破したんだ?

 

(見えてる地雷を踏んでまで族滅を実行した理由は? 御本人の供述を速やかに述べよ)

【報復攻撃よ。中途半端は駄目なの。厄介な敵は、潰せる時に即潰す、が定石なのよ】

 

 まぁ過激。

 

(……んで、本当のところは?)

【ついカッとなって、滅ぼしてしまったわ。反省はしてるの。でも後悔だけは、してないわ】

 

 ははは、こやつめ。

 

【…………】

(…………)

 

 わぁやだこれ。純度100%の本心だこれぇ。

 やっぱりこやつ無計画な衝動で族滅したんじゃないですかやだー!

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