頭の中のピーちゃんが想定以上に愉快なポンコツ爆弾だった。
そんな受け入れがたい事実を受け入れるために、一旦脳機能を
ただちに効果が得られるお手製NP[No.0]を起動すれば。1、2の……ポカン。
さらばストレス。ようこそ現実。
【ポンコツ呼ばわりは、言い過ぎではないかしら?】
感情で暴発する生物兵器を、やわらか表現にした努力を褒めて欲しい。
というか……凄いなピーちゃん。重めの精神負荷が掛かるNPを受けたのに平然としてる。オレでも初起動した時は、1分間は脳に幻肢痛を感じるぐらい影響受けたのに。メンタルお化けかな?
【この程度で苦になるなら、王家なんて、成り立たないわよ。姉様達ならもっと――】
(ピーチャンオ姉チャンスゴクスゴイ。オレモ完全二理解シタ)
【……。甘く見ていると、痛い目みるわよ?】
甘く見てはいない。なんたってピーちゃん一族だぞ。字面だけでヤバさは明らかだ。
族滅指パッチン以上のヤバい能力とか持ってそうだし、無能な王族は生きる価値なしとか、挨拶感覚で殺し合うみたいなヤバい教育とかも受けてそう。おぉやばいやばい。
【
1、2の……ポカン。
(そんな個人が複数人いて、よく国が割れないな……ぁーと、国名は何ていうの?)
【ミルクロワ王国。正式名称は、"クロワ朝が、ミル平原に興した、統一魔法王国"よ】
魔法、王国。なるほどね血液を操っていた能力は魔法だったのか……魔法ってなに?
それにクロワ朝って、この城の名も確かドラ
ほのかに新鮮な爆弾の匂いがしてきたぞ。まるで厄ネタの火薬庫だ。
(国名と家名が完全に同じなのも地味に気になるけど、ドラクロワ某はご親戚?)
【ドラクロワは、旧王家の名よ。竜に仕えて、竜に滅ぼされた、先祖の亡国ね。安心しなさい。今は竜族と、大量の魔物と、浮浪者しかいないわ。無主地の空白地帯よ】
(……安心できる要素、何もないんだが)
修羅の国どころか、国すらない保てない危険地帯じゃん。
吸血鬼の住処らしいと言えばらしい土地だけども、不便が過ぎる。アクセス超悪そう。
【名称は単純に、同一視されているのよ。現王家は、国家の集大成――そうあれと、望まれた結果、その名が付いた。望まれている限り、変わることは無いわ】
(んん? 変わる? 妙な言い方だな?)
鑑定という謎のシステムの存在は確認できている。対象に関する情報が得られる手段と思われるが、重要なのは誰がどのように情報を定着させているのか、という点にある。
まさかとは思うけど、自他の認識で個人名が
【あるわね】
(範囲と対象は?)
【この世の全てよ。ノミ1匹チリ1つ、例外は無いわ】
(マジか)
【まじよ】
それは、いくらなんでも意味が分からないぞ?
風評被害で致命的な悪影響がでるし、犯罪者は二度と社会復帰ができなくなる。
戸籍も無いプレイヤーとか、自分の売り方に失敗したらとんでもねぇ名前が付いちゃうぞ。
【真面目に暮らせば、変な二つ名程度に、落ち着くわよ。問題は、その懐刀のような品ね】
(? この包丁に何か問題が?)
やっぱり曰く付きの品だったか。
持っているだけで問題がある悪名高い呪われたアイテムだったとか?
【頻繁に名が、変わる状態。極端な認知度不足よ。元の名は、"おにぎりぺんぎんえんぺらー"ね】
(おにぎ……えん、えぇ……ダッサ????)
――――――――――――――――
◇情報更新
対象:
――――――――――――――――
お、おい待てやめろぉ! クソダサネームを定着させるんじゃあない!
豚切丸の方がいい! 意味不明だけどシンプルな分あっちの方が断然いいよッ!?
――――――――――――――――
◇情報更新
対象:
――――――――――――――――
(よかった。無事に戻ってくれたかぁ)
【そう。まだ存命されているのね。協力感謝するわ】
(?)
ピーちゃんが喜んでいる。名称の変化で知人の生存を確認した、という事だろうか。
無名に近い包丁の来歴を正確に知っていた。もしくは知る術がある、ようだ。
(これって人同士の相互監視を強制するような命名システムなんじゃ?)
【文化の違いね。私にとっては、民意で敵意で、安心だったわ】
名声も悪名も、まとめて名前に反映されるなら権威の証明になるわけか。
【元々、王家は
(……雑種強勢じみた思想で、世襲君主制が維持できるものなの……?)
と投げかけた疑問も、実例のピーちゃんを思えば、納得ができてしまった。
(魔法王国っていうぐらいだから強者の定義は――強い魔法使いの素質?)
【正確には、高い超常適性の保有者よ。それと、高い魔力量の保有者……強靭な精神の持ち主ね】
(なるほど、メンタルお化け……)
素養の高い実力者が集って、王を擁立・保全・更新までしているらしい。
しかも実力を比較評価するような研鑽が、習慣づけられている徹底ぶりだ。
ずいぶんとパワープレイと言うか、システマチックな血筋というか。
(ゆるふわな国名に反して、武人気質なお国柄なんですね?)
【寒冷地域の、多種族国家なのよ。支配階級が人並みでは、何一つまとまらないの。この娘みたいな――のは流石に、少ないけれど。どこのコミュニティも、魔法至上
猫耳っ子ノーラちゃん、酷い言われ様である。
そんな王族が多種族の闇鍋みたいな血筋なら、ピーちゃんも人外だった筈では?
(なんで獣の耳とか尻尾が付いてないの???)
【付いたら廃嫡よ。色々血を混ぜても、人の形を失わなかったのが、クロワ家なのよ】
(……ほ、ほぉん?)
失っちゃうんだ人の形。
多種族の共通点が人型だから、人の器に拘る。土台にもされるか。残念だ。残念だわー。
【それで、どうするのよ? 判断材料は、揃ったでしょう。扱い方は、決めたのかしら?】
(う"。うーん……)
この事務的な感じ、選ばなければ殺処分の方針から変わっていなさそうだ。
猫に厳しいな。犬派なのかな?
【どちらでもないわよ。この娘の血が――最悪なの。できれば二度と、視たくはないわね】
(そこまで言う?)
【この娘に比べたら、狐人の血を、コレク……その娘、どうして丸まっているの?】
(あ、ほんとだ。なんか床で丸まってる)
狐耳っ子は、尻尾を抱えたまま床で丸くなっていた。心理的な防衛反応だろうか。
こちらの視線を感じたのか、一度ぶるりと震えたが、反応はそれだけだ。
時間が経てば慣れる、事もなさそうだ。どう接したものか。
そして血。血と言えばそうだ。血を何とかする魔法なら他に解決策も――。
【私の魔法に、変な期待はしないで。医療は専門ではないの。苦手な分野よ】
(現状ほぼ完璧に延命処置ができてるのに、苦手? じゃあ得意分野は……?)
【血を媒介にして、個人情報に繋がること。それだけを突き詰めた、単純な魔法なのよ】
(――。なる、ほど?)
オレは直感した。
溜息混じりに吐き捨てるように言った、その"単純な魔法"とやらが、最大の爆弾であると。
ピーちゃんがピーちゃんたらしめている根幹であり、戦争になりうる最悪の火種であると。
◆―◆
恐らくは、ここが分水嶺だ。
猫耳少女の扱い方で、今後の仮想世界での活動を左右することになる。
生かす見殺すか。集団か個人か。他者の人生を巻き込むか、巻き込まないか……。
容態は安定している。快方に向かう見込みは無いという、詰んでいる状態で。
元々体は病に蝕まれていた。余命は長くて数日かそこら。死期真っ最中である。
こうした病状が続いた為か、城での経験によるものか、あるいは生まれ持った気質なのか。それは分からないが。この子はもう既に、生に執着していないようだ。
諦めてはいない。目的を果すための時間を欲している。その手段が、吸血鬼なのだろう。
肝心の目的は不明だ。
まず吸血鬼に対する苦手意識が無い点がおかしい。過剰に卑屈だったり傲慢でもない。単に食料として飼われていただけの人間なら、こうはならないだろう。
吸血鬼自体に憧れや、崇拝している様子もない。洗脳の痕跡もなかった。
接触のタイミングも絶妙。明らかに人を選んで行動に及んでいる。計画性もあった。
ただし当方はピーちゃんである。
駆け込み寺としては不適切。元王族のネームバリューを加味しても、マイナスに振り切れている危険人物だ。実際、狐耳の子は、その危険を察して身を引いている。突撃はしてきたが。
猫耳少女は、オレの目から見ても怪しい人物だ。
不穏分子は排除が妥当、というピーちゃんの判断も理解はできる。
ただし一点。怪物とまで言うような、異常性があるようには思えなかった。
彼女のような存在は、現代社会では珍しくはないのだ。
猫耳尻尾を含めて、十分に理解できる存在である。
例えば、先天的にナノマシン適性が低い人間がいる。彼らはナノマシンに馴染み辛く、マシンスペックを十全に引き出せないという大きなハンデを抱えている。
原因は様々だ。精神疾患を抱えていたり、体に遺伝子操作の痕跡があったり、両親が導入していた非正規品のナノマシンが遺伝して競合してバグっていたり、なんていう例もあったりする。
現代において、ナノマシンの優劣は個人の能力面だけでなく、健康にも影響を及ぼす要素だ。極端な話、適性の低い人間は、高い人間に比べて寿命が短くなりやすいのである。
他者より短い命を己の天命だと受け入れられる者は、ごく少数だ。自然体主義に旧文明主義。世の不平等を嘆き、過激で反社会的な思想に染まる者、破滅的な思想に傾く者は多い。
否定はしない。良し悪しは別として、それらは人が持っていて当然の感情だ。
人間は『時間』に価値を与えられる生き物だ。
権力に財力に知力に暴力。あらゆる影響力を対価にして時間を求める者がいる。
時間を浪費することに贅沢を感じたり、時間を消費する事に耐えられない者もいる。
時間は無限に存在するが、延びも縮みもするし平等に享受できる物でもない。
人一人が扱える時間が有限だった。それは克服できないはずの壁だった。
かつては、そうだった。
現代には解決策が存在している。克服できる……かもしれない壁となった。
体内ナノマシン制臓器。
生身の臓器を生体ナノマシンの集合体に置換する、サイバネティクスの一種である。
技術そのものは古くから存在しており、実用化されてから560年もの年月が経っている。
それまでAIの専売特許だった高度な情報技術が、属人的ではあるものの、ナノマシンを介して人の身でも扱える技能に戻ってきた。当時の人間にとって、その意義は非常に大きかったようだ。
制臓器技術は著しく発展し、10年と経たず人間の機能の一部として受け入れられた。社会活動を行う上でも、必要不可欠な要素になったのである。
そして、人類の選別と淘汰が始まった。
限りある時間に耐えられなくなった者は、1分1秒でも長い人生を求めて高性能な体内ナノマシンに手を伸ばす。適性は据え置きで、純粋な性能の向上を追求するなら、大型化は避けては通れない道だ。つまり、多くの臓器や肉体を置換する必要に迫られる。
導入に失敗した場合の結果は……まぁお察しだろう。良い結果にはならない。
黎明期に小型化は極まり、近代以降のナノマシン設計は、どれだけ安全に、どれだけ多くの部位を置換できるかに重点が置かれていた。そして未来は、どうなるのだろう。
もしかするとこの仮想世界が、最前線なのかもしれない。吸血鬼には可能性を感じている。
未来を求めて、賭けに踏み出す彼らの選択を、否定する事はできないし、したくはない。
これは己のエゴに満ちた――。
◇―◇
恐らくは、ここが分水嶺だ。
【御託は結構よ。私は、面倒が嫌いなの。3秒で端的に、結論を言いなさい】
……はい。
(希望通りに、この子を吸血鬼にする。そのための方法を教えて欲しい)
【この娘を、吸血鬼にすることで、
いやに話が早い。向こうもこちらの考えそうな事は、粗方想定済みだったようだ。
本当はピーちゃんが暴発する可能性も考えて、慎重に段階を踏みたかったんだけど。
(――墓守だ。ログアウト中に体に細工されないように、石棺を守らせる人員にできる)
この仮想世界は、ログアウトしている間も肉体が存在しているとち狂った仕様らしい。
であれば遅かれ早かれプレイヤー対策は必須だ。身の回りは、他プレイヤーと繋がっていないと確信できる人材だけで固めておきたい。
足りない実力は訓練で補うつもりだが、吸血鬼の馬鹿力が制御できそうな下地は確認できている。あとは吸血鬼用に調整した現代の白兵戦闘術一式でも組み込めば、形にはなるだろう。
暴力は備えて当然、万国共通のマスターキー。とは店長の暴論である。
【そう。それで? 本当のところは?】
おぉっと、意趣返しかな?
どうやらピーちゃんは、かなりの負けず嫌いらしい。
(猫のいる幸せ!)
【?】
猫とは癒しである。人の命は短い。限りある時間ゆえに美しく輝けるのだと、桃川の人間は言う。なら不老の存在は醜いのか? 永遠を求めた人の欲や技術は、ナノマシンは間違っているのか? ――そんな訳ないだろう。とオレは否定したかった。吸血鬼になれば、恐らくこの子も不老になる。心がどう移ろうのか知りたい。それはそれとしてオレは猫を吸いたい。掃除機の如く。
【……???】
(自宅に猫様をお迎えできないのが悔しかったからせめてゲーム内だけでも気分を味わいたいの)
Pちゃん知ってるか。現代のコロニー上層区画でしか飼育ができない、生きた猫という珍獣を。
上層市民権も倫理観もない愛猫家は、理想の猫AIを作っては
【この子は、
(そうは言うけど、吸血鬼にして普通の人間扱いしたら粛清対象になるんでしょ?)
【…………】
(…………)
ほらこれだ。悪質なピーちゃんトラップである。
(人権を許さないならオレは猫扱いするぞ。ペットとして全力で猫可愛がりするぞ)
Pちゃん知ってるか。旧時代の育成賭博ゲームに登場する、ウサ娘と呼ばれる存在を。
現代のウサギと全然違って草食の小動物を元にしたキャラクターなんだけどね。兎耳と兎尻尾をつけた美少女なのだ。しかし確かにウサギなのだ。なんとニンジンを食べる。
オレには分かる。桃川の直感が言っている。この子は運命を左右する猫であると。
つまり招き猫だ。義姉さんに見つかったら無言で拉致られる程度には、かなり猫なんだよ。
【――そうね。もういいわ、猫で結構よ。手伝うから、手早く済ませましょう】
(いいんだ!?)
予想に反して、あっさりと許可が出た。びっくりだ。
【まずは……この娘の血ね。貴女の爪に、塗っておいたの】
(いつの間に?)
言われて指を見てみると、確かに右手の親指の爪にネイルアートが施されていた。
鮮明な赤色の下地に、グラデーションがかった黄色のラインが入っている。
キャッツアイ、だろうか? 妙に凝っているデザインだ。
(ふんふん。これをどうすれば?)
【舐めなさい。よく味わって、時間をかけて、精神に馴染ませるのよ】
この状況で、指しゃぶり。魔法は精神に関わる能力らしいので、それ関係だろうか。
それにしては慎重というか及び腰というか、方法がらしくないように思える。
もしかすると――。
(こういうプレイが、好きなの?)
【…………】
冷めきった目で蔑まれている幻覚が見えた。
駄目だ。漏れ出た殺気で、狐耳っ子が床をころころ転がりだしたぞ。二次災害だ。
(いやだって吸血鬼化って噛んだり血を飲ませたりこう、それっぽい工程を想像してたから……)
【そうね。それでも吸血鬼になるわ。眷属になって、犬人のように、従ってくれるでしょう。この娘の素質なら、前盟主くらいの、吸血鬼には育つでしょうね。国を挙げて、滅すべき怪物よ】
そこまで?
【――ただそれだけよ。恐ろしく強い、ただの吸血鬼。それ以外にも、それ以上にも、ならないの。この私が手伝うと、言ったでしょう。信じなさい。
(信じるも何も信用がな――んっんん……了、解。じゃあ、いくぞー)
親指パックン。ぺろぺろ。
ペロ!? こ、これは……!?
【……美味しいわね?】
(激甘い、カル○ス?)
猫耳少女ノーラちゃんの血液は、原液のカ○ピスの味がした。