トランス・ブレイク   作:ホウ狼

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血と鉄よ 心に呪え ねこまんま

【とろみのある舌触りに芳醇な香りに洗練された喉越し。吸血鬼が囲うのも納得の血ね】

(……え。)

 

 ぺろ。

 

【これをホポのシロップ漬けとあわせて毎夜いただきましょう。……城の中庭にある菜園で栽培しているようね。特別に王家に伝わる秘伝のレシピを貴女の記憶に書き込んであげるわ】

(レシピはいらないし、ホポって何? あとこの子の血、オレには甘すぎて毎日はちょっと……)

 

 ペロペ、ロロロロろろろろろろろ――。

 

(うあっ甘ァッ――)

【そうね味変は必要よね。毎日では飽きてしまうもの。牛乳で割っても美味しく飲めるらしいのよ。ミルタウロスを取り寄せて城で飼いましょう。生の牛乳は吸血鬼の食事にも代用できるわ。飼料は雪スライムを養殖すれば確保できるでしょう。品種はワッサン大牧場のミルタウロスが最良なのだけれど、伝手の無い今だと取引は厳しいわね。この娘の変身能力を調整して血質を狂わせましょう。生きた血肉を歪めるよりは簡単よ。一時的な変化で留めるなら禁忌にも抵触しないでしょう。いいわね。何通りも味わえて楽しみも無限大――】

(――ちょっと待て! とまって一旦ストップ! スタァぁああップ!!!)

 

 ろろろ、ろ。

 

【何よ?】

(それはこっちの台詞なんですけど???)

 

 舌だけめっちゃ動かすのやめてね? 雑に動かされて舌が痙攣を起こしてるからね。

 

(なんで急に饒舌になったの。洗脳されたか頭ハッピーになる薬用成分でも入ってたの?)

【魔法の知覚と吸血鬼の味覚の相乗効果よ。相性が良すぎるのも困りものね】

 

 そう神妙な調子で告げるピーちゃんだが、舌は淡々と動かしていらっしゃる。

 新鮮な甘みの暴力が口内を襲う。まるで新手の拷問のようだ。

 

【とても良い血の巡りね。血管の隅々まで魔力が満ちる感覚が分かるかしら?】

 

(……妙な重みと、変な熱のようなものは感じてきてるけど……これが?)

【それが血の魔力よ。しっかりと貴女の(・・・)心臓に刻んで(・・・)おきなさい】

(心臓に……? そう言えば、美味しい血なら前に飲んだけど、あれは?)

 

 あのコーヒー味の吸血鬼を嗜んだ時には、こんな愉快な状態にはならなかった。

 血液に対する価値観はちょっと歪んだけども。オレは別になんとも――あぁいや。

 ピーちゃんの理性は、ちょっとどころかかなり、飲む前後で蒸発していたっけか。

 

【あんなものは苦いだけの泥水よ】

(なんてことを言うんだ……)

 

 だいぶ私怨が入ってるなぁ。

 

【あれはコールタールの底なし沼で、この娘は井戸の中の小宇宙。どちらも貴方では帰って来られなくなる危険物だったわ。私が居ない間は決して、中を深く覗かないように気を付けなさい】

(……?)

 

 抽象的すぎてまるで分からんぞ。ピーちゃんポエムは難解だ。

 

【とにかく。私は血の魔法使いとして、この娘の血の価値を認めるわ。失うには惜しい血ね】

(酷い手のひらがェっ、がが、がぁがががぁ?!)

 

 やめて。指動かして強引に喉奥に突っ込んでくるの、やめてね。

 美味しいのは分かったからまじやめて。おえってなるよ?――なった。

 

 

 ◆

 

 

 ノーラちゃんの血液はカ◯ピスの原液味で、ピーちゃんは超がつくほどの甘党だった。

 よってノーラちゃんはピーちゃんに受け入れられました。

 

 なにそれ?

 

――――――――――――――――

◇血液サンプル

 対象:エレオノーラ/Angels_of_Olimpics.Phaleg-ExodusN0***

――――――――――――――――

 

 ……なにこれ?

 

【十分に血が馴染んだようね。細かな調整には時間が必要よ。場所を移しましょう】

「――あー、うん。ぅん……?」

 

 上機嫌なピーちゃんに物申したい事はあったが、それよりも。それよりも――なんだこれは?

 ノーラちゃんの名と、彼女と紐付いているナノマシン群の型式、が視える(・・・)。ぼんやりと。

 

 舐めていた親指が嫌に重い。それに心臓と左手の薬指も、じくじくと熱を帯びだした。

 全身が、だるい。肉体的にまったく問題が無いはずなのに、異様な体の不具合を感じる。

 精神への負荷が火山灰のように延々と折り(かさ)なってくる。

 これが魔力であるらしい。魔力とは何だ? まじでなんなの?

 

「……どこへ、運べばいい? この子専用の、棺とか、必要になるか?」

 

 異常な精神負荷が発生している現状、しばらくしたら心の余裕が消し飛んでしまう。

 これはほんとうにもう、早めに処置を済ませた方がよさそうだ。

 

【不要よ。土地に縛るより上位者の血に繋ぐ方が都合が良いの。それも簡単には手出しが出来ない相手に。つまり貴女の(・・・)血ね。運ぶ場所は食堂でいいわ。狐人に吸血鬼の食事を用意させましょう】

「――食事? なんで……ああ。人間を、食べさせないためか? なるほど……?」

 

 視線を感じて下を見ると、狐耳っ子とばっちりと視線があった。

 仰向けのへそ天状態で、こちらを伺っている。なぜかその瞳は光が消えて絶望に染まっていた。

 

【貴女が物騒な言葉を口に出していたからよ】

「……あっ」

 

 気まずい空気の中、ただ理解できたのは、尻尾がふさふさであるという変わらぬ真実。

 尻尾の毛がどの程度の品質か、直に触れて確かめてみたい。そんな欲が湧いた。

 

(ほぼ犯罪か? 同性なら……いやまてよ?合法非合法は誰が決めるんだ?)

 

 吸血鬼に人権はない。つまり人ではない。人の形をした野良猫のような存在だ。

 猫が人間に猫パンチして罪に問われるか? 否、猫は無罪。ゆえに自由なのである。

 

【…………】

(はい)

 

 ピーちゃん判定でアウトでした。無言の血圧がかかりました。血涙もどばどば出たぞ。

 しかし血が流れた影響か、少し頭が冴えて冷静になれた。舌で舐めとった自分の血は、無味無臭だ。吸血鬼はそういう味覚らしい。飢えで自分を食べさせないための生体機能なんだろうか。

 

――――――――――――――――

◇血液サンプル

 対象:ピーちゃん/N-0037-01qV3eRfGwAq

――――――――――――――――

 

 ん? ピーちゃん?

 

【…………】

(…………)

 

 なる、ほど?

 

「!? ごちゅ、厨房にッご案内します! 食事も用意させていちゃたただだきます! でですからノーラちゃんの命は……ッ!!」

「うん。なんとかする方向で動いてるから、案内よろしくね」

 

 壊れたアンドロイドのように上半身をペコペコ動かす狐耳っ子ちゃん。

 ひとまず会話が可能なまでに復活したようだ。案内もしてくれるそうなので――ヨシ!

 

 ノーラちゃんの意識がまだ戻っていないので、昔ながらの消防士搬送(ファイヤーマンズキャリー)で運び出す。

 体格差はあったが、体重が軽かったので吸血鬼パワーを発揮しなくても問題なく持ち上げられた。猫背で丸まっているのもあって妙に持ち運びやすい。裾から溢れた猫尻尾は、ボリューム豊かな毛量だ。大型の長毛種と思われる。

 

 人間の搬送作業の経験はあるが、猫っぽい人を運ぶのは初めてだ。慎重にいこう。

 

 

 ◆

 

 

「ご厨房は3階の大食堂の隣になります!」

 

 カチコチ動く狐耳少女の案内で、広い城内をてくてくと歩く。気分は旧時代美術館の見学者だ。

 城の廊下は、例によって現代兵器を使った戦闘にもそこそこ耐えられそうな強度の石造り。清掃が行き届いた床には、綺麗な赤いカーペットが敷かれている。

 そして天井には、やはり照明の類がない。ついでに窓もない。

 吸血鬼の目は暗視が利くようだが、それとは別に廊下全体が明るく知覚できていた。

 風もなく空調設備も見当たらないが室温は25℃に保たれている。まったく均一な温度だ。

 

(妙な空間に感じるけど、この世界の建造物はこれが標準仕様なの?)

【こんな環境が普及していたら、この世は終わりよ。この城が特別(いびつ)なだけよ】

(歪? 終わりって、また何か問題が?)

【問題どころか――。後で案内するわ。元凶に触れた方が理解も早いでしょう】

(? うん、よろしく?)

 

 よくわからないが、この城は現地の元王女様の価値観で見ても、かなり珍しい代物らしい。

 

 城自体の造りは堅牢だが、無骨一辺倒という訳ではなかった。壁には竜を象ったレリーフが、柱にも爬虫類の鱗らしき模様が彫刻されている。竜推し国家の名残りだろうか。

 竜関係以外で目に付く装飾品は、翼の生えた動物の像だ。高さは2mほど。心臓のあたりに宝石が嵌っていて、やたらと種類が豊富。どれも迫力満点で、今にも動き出しそうな躍動感がある。

 ちょっと欲しいかもしれない。部屋のインテリアに飾りたい。

 

【最高品質のガーゴイル兵よ。下手に弄るのは控えておきなさい】

(危険な物、だったのか。……掃除(はかい)しておいた方がいい?)

【死兵に使えるわ。魔導具技師がいれば調整は可能よ。設計図に心当たりがあるの】

 

 使い切り用のアンドロイド兵のような物か。あれは怖い。

 そしてピーちゃんがやたら内情に詳しいのも地味に怖いな。

 

(あの廊下の壁にある大きな鏡は?)

【光の魔導具よ。吸血鬼種以外の不死族(アンデッド)を検知すると致死量のガンマ線が照射されるわ】

 

 へぇ、あれも怖いなー。

 

(じゃあじゃあ、あの広間にある緑色の巨大な石柱は?)

【風の魔法儀式場ね。今も稼働中よ。半径13m以内に近付くと全身が細切れにされるわ】

 

 あれも怖いなー。

 

(あの大扉の前を占領してる絶妙にイラッとくる感じの謎のオブジェは?)

【王太后カラーメル様の怪作の1つね。撤去や破壊を試みた者はみんな発狂死したわ】

 

 

 なんだこの城?

 

「…………」

(?)

「ッ!?」

 

 前を歩く狐耳っ子が、ちらちら恐る恐る振り返って様子を見ていた。

 

(あの子もピーちゃんの故郷の出身だよな? 送り届けたら、どうなると思う?)

【あの娘に後ろ盾があるなら保護されるでしょう。無いなら口封じに殺されて終わりね】

 

 サツバツ!

 

「さっきは聞きそびれちゃったけど、君の名前教えてくれる?」

「っ!?」

「ちなみにオレは――"ウラ"だ。裏アカのウラ。偽名だから好き呼んでね」

「っ!?……うら???」

 

 言葉に反応して、豊かな狐尻尾がもさりと揺れた。…………なるほど。

 ほんと良いしっぽだな。記念に1本欲しい。9本に増えたりとかしないのだろうか。

 

「りッ、リモーネ・ビタブレーです!」

 

 リモーネ(レモン)が名でビタブレーが苗字かな。すっぱそう。

 

「リモーネちゃん、って呼んでも?」

「はいッどうぞ!」

 

 元気の良い返事だ。恐怖が若干薄れた。そのぶん困惑が増えたな?

 尻尾の揺れ方に感情が乗っていてわかりやすい。ついつい視界の端で追ってしまうふさ具合だ。

 栄養状態もいいのか、毛先まで手入れが行き届いておられる。すごくもふい。

 

(…………)

 

 不思議だな。段々とモップに見えてきた。家具の隙間に届くもふもふのハンディモップに。

 きっと魔力の影響だ。おのれ魔力。あるいは尻尾の魔力。なんて恐ろしい尻尾だ、すぐに――。

 

【控えなさい。人体収集に手を出したら歯止めが利かなくなるわよ?】

(……もぎ取ったりはしないよ? 換毛期に抜け毛を集めるくらいなら無罪だと思――)

 

 はい、脳液が震えた。この挙動、次で頭蓋骨にミキサー機能が加えられそうだ。控えます。

 

【ビタブレーといえば"黄昏れ金色亭"の経営者の家名ね】

(知っているのか、ピーちゃん)

【ええ、商都で有名な獣人専門の宿屋よ。信用は十分。尋問は受けても殺しはしないでしょう】

(……それは良かった)

 

 ほんと物騒な国だなぁ。

 

 

 ◆

 

 

 そんなこんなでようやくご到着。大食堂である。

 入口の扉の傍らには灰の山が2盛り。警備に就いていた吸血鬼のものだろう。

 立派な扉には、大きなフォークを構えた特徴的な騎士の紋章が彫られている。

 

「……っ!」

 

 リモーネちゃんに続いて入室した瞬間、一切の匂いが消えた。

 吸血鬼の居城の食堂というくらいだから、血生臭い陰惨な部屋を想像していたのだが、空気は清潔そのもの。まるでコロニーAI御用達のサーバールームかと思うほど空気が澄んでいる。

 無数に設置された食堂用のテーブルや椅子は、シンプルながら一目で分かる超高級品。敷かれたテーブルクロス。並べられたカトラリー。どこにも汚れがない。菌すら無い。菌すら!!

 清潔っ……! 圧倒的清潔っ……!

 

「んぐぐぐぐぉぉ……」

「!?……お、お食事の用意をしてきますね! ノーラちゃんをどうかよろしくお願いします!」

 

 軽い敗北感を噛み締めている間に、リモーネちゃんが隣の厨房室に駆け込んで行った。

 早速調理を始めたようで、ゴリゴリバキバキという厳つい謎の音が鳴りだした。

 流石に気になって覗いてみると、巨大な粉砕機らしき器具で何かを粉々に加工していた。

 リモーネちゃん、小さな体格に似合わず豪快だ。

 

 キッチンもまた清潔だった。清掃のランクが1段階上だ。なんてことだ。

 見慣れない設備が多い。吸血鬼用の食事というのも滅茶苦茶気にはなるが、ひとまず後だ。

 

 テーブルからカトラリーをどかして、ノーラちゃんを横に寝かせた。机を汚す冒涜感に一瞬躊躇してしまったが、そんなことを気にしている場合かと咎めるように脳圧が高まった。

 

(はいおっけー。そっちの準備も大丈夫?)

【あと3分で終わるわ】

(了解)

 

 椅子に座って小休憩。思った以上に精神負荷があったようで、体が埋まるように椅子に沈んだ。

 心臓と指が燃えるように熱い。溜息ひとつ。今なら口から火すら噴けそうだ。

 犬歯に舌先をひっかけて、自分の血を1口ぺろり。

 

――――――――――――――――

◇血液サンプル

 対象:ウラ/N-0037-01qV3eRfGwAq

――――――――――――――――

 

(……やっぱり名前が変わるのかぁ)

【こんな名で活動するつもり? あちらに繋がる情報を広める事になるわよ?】

 

 ピーちゃんはかなり呆れ気味なご様子だった。

 無理もない。裏アカが由来とは言ったが、実際は本名、優羅(ゆうら)に由来するキャラ名だ。

 他プレイヤーに知り合いがいるなら、あからさま過ぎて逆に別人を疑うほどだろう。

 

(市民登録名は明日にでも変えられるけど、容姿が似てる時点で隠す意味があまりないんだよ)

 

 リアルの顔を変える事は出来ない。オレが導入しているナノマシン制臓器はそういう仕様、だった。だった筈だが、なぜかピーちゃん似の姿に変わってしまった。これも結構な謎である。

 第100都市コロニーには市民登録時に容姿含む個人情報を、DNA情報を含む細かな身体情報もアルバイト資格を得る際に、大本のアーコロジー連合に提出済みだ。

 一般には公開されていないが、情報を照会できる人間は結構多い。

 

 いま恐れているのは、知らない間に身体に細工をされることの一点。

 最悪、自宅凸をされても問題無い。いや問題は十分にあるのだが、自宅AIは優秀だし、導入済み制臓器はしぶとさが最大の売りなんだ。その程度、対処できなければアイデンティティに関わる。

 

【…………】

(……うん。まぁそれに個人宅、それも下層市民の家を狙ってくる人達って、見境がなくて脇が甘くて余罪が多いから、捕まえるのが簡単で結構な稼ぎになるんだよ)

 

 CCCのサイバー犯罪者はアーコロジー連合に突き出すとお小遣い(ジェリー)に変わるのだ。

 無名時代に趣味で清掃活動をやっていた頃には主な収入源だった。掃除ができる。収入でお腹も膨れる。社会奉仕で連合からの評価も上がる。いい事ずくめだ合法万歳。

 

(だから大丈夫だよ。心配してくれてありがとう)

【……向こうの世界も大概ね。――調整が済んだわ。始めましょう】

 

 内なるピーちゃんの雰囲気が変わった。

 荒ぶる殺人マシーンのような気配から、何の感情すら読み取れない人形のような気配へ。

 本気ピーちゃんのお仕事モードのようだ。ようやく、元王女の片鱗が垣間見えるのかな……?

 

【――――】

「んぎゅっ!?」

 

 うああああ脳が混ざるぅうう!?

 

 

 ◆

 

 

 軽快な調理の音が隣室から聞こえてくる。

 対して食堂内は、肌がひり付くような緊張感に満ちている。

 気は重いが集中力は保たれていた。頭が物理的に整理できて、世界が晴れ渡って見えるほどだ。

 

山人族(ドワーフ)の巨匠が拵えた魔剣の懐刀。材質は鉄。……触媒には十分ね】

 

 ピーちゃんの言葉には何の感情も乗っていなかった。

 意思が向けられている先は、手に握った包丁、豚切丸。そして、ノーラちゃんの心臓。

 

(まさか、殺すつもr――)

【殺すわ】

 

 

(――ッハイ。はい説明ッ、説明おねがいしますッッ!)

【…………】

 

 このね。ピーちゃんから発せられる心底面倒くさがっている感情よ。

 

【不死族に変わるのに死は避けて通れない道よ。問題はどうやって死を踏み超えるか――】

(――っ!!)

 

 体内の心臓と血液の温度が急上昇した。

 

吸血鬼種(ヴァンパイア)の場合は、心臓と血液よ。その2つを変異させているの】

 

 心臓が、血管が、焼け溶ける。細胞が修復されるそばから溶ける。溶け続ける。

 けれど心臓は動き続けていた。血液も流れ続けていた。

 

【生きているから心臓が動いているのではなくて、心臓が止まらないから死んでいない。些細だけれど決定的に理に反する不快な――血を、全身に流すのよ】

 

 眼球が充血して、失明した。

 染まる血を通して、視界が開けた。

 手の内でうねる魔力が、血の塊が視えた。

 

【楔の心臓も、燃料の血液も。どれだけ因果関係が狂っても関係ない。全て私のものよ】

 

 隕鉄の短刀は、錆びつき削られ溶かし込まれて、ドス黒い血の塊に変わっていた。

 血の魔法の塊。それは、極限にまで凝縮された不条理の塊だった。

 

 

「――【血】よ。我が領域(■■)よ。彼方を侵し、我と繋げ。願え。鼓動を奏で、超えよ――」

 

 

 オレの口が勝手に動き、高らかに謳った。

 驚いたその一瞬で、黒い血は杭を形作り、猫人エレオノーラの心臓に振り下ろされる。

 高く鈍い異音が鳴り響いて、心臓を貫いた。

 

「こぷっ……!!」

 

 ノーラちゃんが血を吐いた。が意識は再び閉ざされた。ピーちゃんの仕業(やさしさ)だろうか。

 

「…………」

 

 血に染まった視界の端に魔力の塊。リモーネちゃんが絶句している姿が見えた。

 

「っ?……??……!?!?」

 

 こっそり覗きに来ていたらしい。

 心臓に刺さる黒い杭を目にして、信じられない者を見る目でオレを見てくる。

 

「な、んで、どうして? 助けてくれるって! 言ってッ、言ったのに! 食べないって――!!」

 

 絶望まじりの悲鳴が聞こえる。罪悪感が、まぁすごい。

 騙して悪いけど永眠を与えてやろうとかそういう話ではない、はずだ。はず……はずだよな?

 

(ちょいちょいピーちゃん? ピーチトゥナさん?? 大丈夫? 信じていいんだよね?)

 

【――――】

「!?」(うぉ!?)

 

 濃密な魔力の波が全方位に放たれた。

 全身の血液が揺れた。邪魔をするなという、体にダイレクトに伝わる警告だった。

 

 

 ◆

 

 

 飼いならされた改造子羊のごとく黙して待つこと約1分。

 

「!?」(おぉ?)

 

 視界が元にもどり、心臓を貫いていた血の杭が溶けて消えた。

 そしてノーラちゃんに変化が訪れた。急激な変化が。

 

 ひび割れた白い蝋のようだった肌に血の気が入り、白くも健康的な肌に変わっていく。

 髪も白いままだが、プラスチックの束のようだった髪質が、上質なシルクのような髪に変わった。表面には、ほのかに赤みがかった光沢が天使の輪を形作っている。

 

(おぁー体内が再生してる! 臓器の修復速度が結構……かなり早いな???)

 

 首の傷も高速再生されて元通り。もちろん猫耳尻尾も健在だった。

 毛並みの艶がすんごい事になってる。これにはモカ様もにっこり大満足間違いなしだろう。

 美容用Nプログラム要らず。ツヤぷるモチふわボディの出来上がりだ。

 

(ありがとう。パーフェクトだピーちゃん)

 

 いいなぁ猫耳いいなぁと観察をしている間に、身体から気怠さが綺麗さっぱり消えた。

 精神に掛かっていた強烈な負荷も無くなった。落差からか、途端に意識が遠のいて眠気が――。

 

―――――――――――――

◆あなたは[エレオノーラ]の"心臓"に【血】の呪いを与えました。

 制約:ドラクロワ血族

 恩恵:血刀

 

◇あなたは"繋がり"を得ました。

:あなたは[エレオノーラ]をドラクロワ血族に分類しました。

:これより[エレオノーラ]は下位血族となります。

:繋がりを大切に育みましょう。

―――――――――――――

 

 一瞬の暗転から復帰する。

 

(……お、おう……?)

 

 公式アナウンスが聞こえた。

 呪い、と明言されたな。それに分類? ドラクロワ??

 

(ねぇピーちゃんさん。なにされてますの?)

【首輪よ。怪物を飼うなら当然の処置でしょう? リスクマネジメントの一環よ】

 

 いやそんな、きっちりお仕事したよ。みたいな充足感とか、溢れてますけども。

 

(ドラクロワの名称、使って平気なの?)

【……。今は無法者の代名詞でしかないのよ。懐古主義の魔族や古老衆。あとは反王家の逆賊に、竜族の異端者あたりが好んで使いたがる名に過ぎないわ。……貴女に馴染みのある例で例えると、滅んだ火星国家の正統な後継者を主張するような行為ね。まず相手にもされないでしょう?】

(それなら確かに、平気か……いや、平気とは一言も言ってないな???)

 

 別の方面に危ない集団じゃん。急に俗っぽくなったなぁ。

 

(首輪ってそれ、ただの自爆装置じゃない?)

【私がそんな粗悪な魔法を許すと思って? この娘にも恩恵のある呪いに仕上げたわ】

 

 ここぞと溢れ出すドヤ感情。

 

(……お願いだから事前に告知して? オレの体、普通に動かせたこととか……)

【言ってなかったかしら? コレは私の体で、優先権は私が常に最上位なのよ】

 

 うゎ手足が動く、体が勝手に動くぅ?! 全身で優越感を表現していらっしゃる!!

 

【でも安心しなさい。貴女が好きに使うことを許可するわ。出血大サービスよ】

(…………)

 

 

 どうして?

 

【もう私、一生働く気ないから!】

 

 

 

「…………は"ぁ"?!」

 

 それはそれは、堂々としたニート宣言であった。

 

 

 

「にゃおぁにゃぉごろろろろフシャーッ!」

 

 ?

 

「にゃ……んだでっっっっカぁッ?!?!」

 

 そしてノーラちゃんは、超巨大な白猫となって完全復活した。

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