それは猫というにはあまりにも大きすぎた。
大きく、美しく、白く。そしてモフモフすぎた。
それはまさに巨大メインクーンだった。
(っぴ、ピーちゃんさん?!これは、このデッカわいい塊はいったい……!?)
【…………知らないわよ。なによあれ……怖いわね】
「えぇっ?!」
──などと、アフリカゾウサイズの巨猫ちゃんの登場に、暢気に感激していたのが良くなかったらしい。吸血鬼に成りたてのノーラちゃんは、本能が爆発していた。
「ノーラ、ちゃん──!?」
「ンゥぅウゥニャっうー!」
狐人リモーネと元猫人エレオノーラ。
二人の間に発生したのは種族を越えた友情、ではなく。捕食者と被捕食者というシンプルな関係だった。ごくごく自然に当然に、美味しそうなリモーネちゃんに襲いかかった。
「ちょッ(とは躊躇してくれ!!)」
捕食行動。狙いは首筋。一撃目で獲物を仕留めに掛かる、遊びのない本気の猫ムーブ。
しかしそれは予想内の行動だ。予想外だったのは躊躇のなさ。動作の起こりを認識した瞬間に、大きな猫の口に飛び掛かり、ひげ袋を押して強引に顔の向きを変える。
(──重ぉっ、くて弾力がっ、すっごい埋まるぅ! すんごいふわっふわぁっぁあ!)
見た目以上にたっぷりな質量と、ボリューミーな毛並み!
並の衝撃吸収力ではない、のであれば!
「ぉらあもちもちもちーッ!」
「!? ンナァァーン!!」
それは掌底打ち3撃分の衝撃を
ふかふかほっぺを掌で堪能しつつ
「食事だっ! はやく食事用意して!! 空腹で暴走してるっぽいからァッ!!!」
「──は、はい!! わかりましたすぐに!!」
会話の間も、エレオノーラの視線は獲物を追っている。宝石のような大きな瞳が、無機質で残忍な光を宿している。……顔が、良いな。恐るべき美猫。お口も動いておられる。
「んニャにゃ……カッカカッ、カッ……」
(……っ!?)
あれはっ、クラッキングだかわいい!
いや、騙されてはいけない! まだ獲物を諦めていないことを示す凶悪な仕草だ!
派手にほっぺを揺らしたとはいえ未だこちらに敵意が向いていないのは上下関係が効いているのか、それとも単に新鮮な餌と認識されてないからか。何れにせよ注意を引かなければいけない。
幸い野良猫AIの捕獲は慣れている。興奮状態でも意識を誘導するくらいなら――。
◆―◇
【
(跳べ、た? ってどうい『ニーン』……ぅ、ん"?)
消えた。猫が。
◆
猫が目の前から消えた。あの巨体を、見失った? 一瞬で?
(うそ、だろッ!? 完全に後手に回ッ──不味いッッ!!)
──ナノマシンプログラム[No.13/死神:体感時間加速]:<起動>
急ぎリモーネちゃんを視界内に収めつつ、緊急用NPの実行。
耳へ届く音が低く遠のき、眼の前が暗闇に染まる。
大脳皮質が変質して体感時間が強引に引き延ばされる。さらに脳を介して精神体に刺激が加わり、走馬灯が強制誘発。記憶の処理速度が大幅に引き上げられた。
副作用は軽微。以前は起動するだけで鈍っていた思考力にかなりの余裕がある。
64倍から512倍へ、脳のリソースの大部分を使い、対処のための時間を捻出する。
【……乱暴な時間の稼ぎ方ね。精神に異常をきたすわよ?】
(精神ダメージは
どさくさに紛れて、怪しい実のレシピ集まで精神に刷り込まれてたし……!
【無知ホポを恥じる必要はないわ。これからゆっくり学んでいけば良いのよ】
……ナチュラルに哀れまれている意味がまったく分からないのだが?
(どこに消えたの? あれって吸血鬼っぽい幻術みたいな能力? でも五感は正常だし、隠形とか超スピードの類、でもなくてどっちかというと時間停止じみたとんでも能力か、もしくは──)
【──"
てれぽーと!? って……テレポート? えぇ……?
(生身ごと
物質の転送。現代においては実現不可能、とされている技術だ。
【短距離転移が使える術者は、いる所にはいるのよ。便利だもの。本当に貴重なのは他人を遠方に転移させる能力よ。私の一番上の兄様にもなるとね、世界中のどこへだって大軍だって──】
(それはまた後で聞くよ。それでどこへ行ったの? 探すの手伝って)
思考加速中と直前の情報からでは、猫らしき物体は見つけられなかった。少なくとも、リモーネちゃんを殺傷できる範囲内には確認できない。とすれば完全な死角に入って潜んでいるのか、転移を意図的に遅延させているか……可能性が多すぎてお手上げ状態である。
今こそピーちゃんの血魔法を頼りたい。前みたいに生物の大まかな位置情報を探っていただくだけでも有り難いので、御協力のほどをよろしくお願いいたします。
【……。私は働かないわよ。とても面倒だもの】
あっ。うわあ不貞腐れた!? こんな時に!?
【危険視をされてる私が関わると、手間がかかるのよ。貴女の飼い猫として、貴女の判断で、貴女が探しなさい。このまま放置すると、あと実時間で3秒後に手遅れになるわよ?】
そこまで正確に予測できるなら……と、問答している場合でもなさそうだ。
(ッ了解、分かったよ! ちょっと全身酷使するけど文句は言わないでね!!)
【……待ちなさい魔法を使っ──】
──ナノマシンプログラム[No.2/女教皇:全情報取得]:<起動>
それは
(ぐんぅッッ!!)
【ッ…………!!】
大元は、人体内の汎用的な精密検査用プログラム。体内ナノマシンに標準搭載されている医療用センサー、その検査範囲を一時的に変更するものだ。
具体的には、表と裏を切り替えて、周辺空間を自分の体内と偽って無理やりに情報を読み取る。なので失敗すると、見えるはずの無いものが見えたり、自我の認識が狂って他人を自分自身だと思い込んだり、体の境界が分からなくなる等々の危険が伴うが──。
(見つけたッ──!?)
自分自身が急速に広がる異様な感覚。襲い来る無秩序な情報の洪水の中に、猫1匹分の質量を検知した。──が同時に、認識困難な極小サイズの体積にも感じられた。
(なんで? 物理演算が機能して……いやもしかして、自力で小型化した?)
小型化は現代の技術、超圧縮収納でも可能、ではある。
ただあちらは非常に危険な技術だ。専用の設備と高位AIの演算補助がなければ大惨事になるし、縮退圧の制御にも調整済みのCivEパウダーが必要になる。
人間に対して使うには厳しいが、死体の親戚みたいな吸血鬼であれば……生命維持に必要となる器官とコストは、現代人と比べても遥かに少ない。ハードルはいくらか下がるかもしれない。
【あれは単純に、屈折率1の仮想の液体に変化をして、拡散しているだけよ】
(えっ? 液体?)
【猫はもともと融解が得意でしょう? 猫の血を引く猫人も似るのよ。特に、あの娘みたいな西から流れてきた船乗り猫の血筋は、才能が偏りやすいのよね】
(?……?? ……冗談とか比喩表現とかじゃなくて、物理的に液体になってるの???)
【当然でしょう。猫なんだから】
猫、とは……? それは本当に猫、なのか?
やっぱり世界の物理演算が狂ってるのか。魔法とか超常能力が例外なんだろうか。
(えーと! できれば無傷で捕獲したい、んだけど……どうやったら猫に戻せるの?)
【心臓に相当する空間へ魔力を浸透させなさい。超常能力の妨害には精神攻撃が有効よ】
OK。完全に理解した。
(物理な魔力で精神をモフるんだな? 意味不明だけどOK、得意分野だ!)
【自信の根拠が分からないわね……。貴女、まともに魔法を扱う気も無いじゃない】
(いちおう? "桃川流調教術"は一通り修めてるからね。大体の動物はモフれるぞ!)
【……。私の魔法対策に捏造したふざけた記憶ではなかったのね……】
桃川流調教術。子犬のトイレを100%成功させる方法から、依存性の高い危険な液状おやつの製造方法まで。様々な動物の調教を網羅する大真面目な技術だ。ただしCivEを除く。
さらにモカ様の個別指導(有料)で身に付けた対猫専用撫でスキル。野良猫AI用に仕上げた
そして最後に、ダメ押しの
──ナノマシンプログラム[No.7/戦車:超再生]:<起動>
──ナノマシンプログラム[No.8/力:筋力強化]:<起動>
優秀な吸血鬼ボディは問題なくNPに従い、限界を超えた肉体性能を引き出した。
仕様通りに筋繊維はぶち切れるが、それ以上の速度で再生修復しつつ実行する。
吸血鬼の治癒には血が必要。血には魔力が含まれる。つまり力めば魔力が集中する。
マジックパワーもまた、パワーである。
【雑がすぎるわ】
(ッはー? 雑じゃないし?! 極めて繊細な身体操作だし?!)
【私の体なんてどうでもいいのよ。血と魔力は、無駄なく上品に丁寧に扱いなさい】
(……えぇっ? 身体も大事にしなよ……)
上品なやり方なんて知らないんだ。魔力初心者を舐めないでほしい。こうして短時間で──時間にして0.1秒未満で──手に集中させられた血の魔力も、感覚では認識できても理解には至っていない。得体の知れないペットグローブを身に着けている感じだ。
【貴女も危険視されたわ。備えなさい。
(もとより出たとこ勝負! 注意が引けたならヨシだ!)
魔力を纏った手のひらが軽やかに虚空を撫でる。ほんの一瞬、何かと触れた感触がした。
空気が歪んだ。まるで撫でられるのを嫌がって、背中を逸らす猫のごとく。
是、これは猫なんだ。誰が何と言おうと猫なんだ! ねこはいます! ここに!
たゆたう液体猫! 撫でる! 愛でる! 無限に無を撫でる! うおおおぉぉおお!
(──いでよ、ねこ!!)
よーしよしよしよしさすさすなでなでー!
「にゃん!?」
ほらいたぞ、猫だ!
「にゃお!」「んッ~!」「にゃッ」「んにー!」「にゅーん」「ごろろrrrr」「ひゃくえーん」「ハロー♪」「はんにゃ」「ふしゃー!」「んまいーっ!」「きゅっきゅっきゅっニャー♪」「っぷしゅん!」「うみみゃぁ」「お"ぉ"ぉ"ぉ"ん!!」「んぅびゃにゃびゃびゃんにゃびゃにゃにゅ」「みゃー……」「にゃごー!」「にゃあーんにゃんにゃんにゃーん」「ウフフ…」「ンァォーン!ンァォーン!」「アンニャンニャ!」「AAAAAAA!!」
(──ねっこぉおオ????)
【……うわ】
猫はでた。いっぱいでた、色とりどりのちっちゃい猫がわんさか!!
「う、うぉー?! ちっちゃい猫ちゃん! 命のかたまり! うおー!!!」
猫の間欠泉だ。虚空から湧き出たものすごい量のふわふわが指向性地雷がごとく襲いかかる! この質量はどっからきたんだ? そもそもどうやって分裂してる?!
……コウモリか! 吸血鬼が蝙蝠になる感じで大量の猫になったのか?!
【感情と声が、うるさいのだけれど……もう少し静かに行動してくれないかしら?】
(無理! それよりもノーラちゃんの残りの血液量は? 今も能力をガンガン使ってるっぽいけど、何時ごろ尽きる予定?!)
無数の子猫の波濤を、ハイレベルな猫撫でスキルで受け流す。
すこぶる高い猫圧だ! うひぁあああおててが幸へ!
【このペースなら5時間は保つわね】
(ゴッ、じかん? いや長すぎでしょおかしいでしょ……飢餓状態なんじゃなかったの??)
想定外に燃費が良すぎる。驚きで冷静になったよ。どういうことなの。なでなで。
【愚問ね。私の魔法で調整した、最高の適性を持つ吸血鬼の娘よ? 血液の消費効率は極限まで向上させているし、保有容量も大幅に拡張しておいたから、
(……なにやってんの?)
外付けの血液タンク扱いとか、さすがに人権が……無いんだったね。ねこだったね。ふわふわ。
【吸血鬼にとって、変化は低コストで行使ができる能力の1つなのよ。吸血鬼はアンデッドで、絶えず
(……吸血鬼の体は物理法則がゆるゆる、ってことか)
変化。ハードルが低いのなら、やり方を覚えればオレにでも扱えるんだろうか。
応用の範囲によっては、捕獲が格段に楽になるんだけれども。もちもち肉球は添えるだけ……。
【露骨に獣の尻尾と耳に意識が向きすぎよ。あんなお飾りを生やす気でいるの?】
(おぉぉかざりぃ……?!)
猫耳尻尾を、飾りと申すか。
この優れた集音機能とスタビライザー機能付き激かわチャームポイントが、お飾りと!
【誰を
(──骨? ……えーぇぇえー、じゃあ使えないってことォ?)
【……っ。……血は、継いで、いる……から……使おうと思えば吸血鬼の能力は全て扱えるわよ。適性はあの娘に比べたら数段は劣るでしょうけれど、血を読んで経験で差を埋めれば──】
(使えるの!?)
【……私にだって尊厳くらい……は今更ね。……もう、好きにしなさいよ】
(ぃよっしゃああああ!!)
そうこう内なるピーちゃんからお許しを得ている間に、猫の流れが変わった。
旧時代の回転式洗濯機がごとく、群れが渦を巻き始め、四方八方から爪が襲いかかる。
回避は──不可能。現代人でも数秒で血達磨になる程度には容赦のない攻撃だった、が一定の治癒力があれば全身猫に揉まれる幸せのマッサージ機に早変わりだ。
(うぉ、ぅぉぉぉおおおぉぉぉ!?!?)
【…………】
全身を爪に切り裂かれながらも、ひたすらに猫を撫でる。
的確に撫でポイントを稼いでいるはずなのだが、一向に敵意が薄れる気配がない。
むしろ1撫でごとに、爪の軌道がより凶悪な角度に変わっている気さえする。なぜだ?
的確なハラスメント攻撃だ。猫によるハラスメント……オレは今、ねこハラをされている?!
「フッー!! ふしッー!!」
怒った顔も、かわいいね。
【……貴女ね。いつまでも遊んでいないで早く制圧しなさい。出来るでしょう?】
(見てわからないのいっぱいいっぱいだよ?! 無茶振りはやめてくれない?!)
試しにつまみ誘発性行動抑制を期待して、4匹の子猫の首根っこを同時に摘んでみる。すると、大人しくなるどころか手首に組み付かれて撫でる手を封じられ、10倍の数の子猫にズタボコにされた。
【その無茶をしなさいと言っているの。心臓の位置は分かるでしょう。抜き取りなさい】
(──いくら何でもやり過ぎでしょそれは?!?!)
ドン引きだった。
猫は美味しいご飯を与えて大事にすべきだ。寛平御記にもそう書かれている。
【ペット感覚は結構なのだけれど躾はきちんと……。して……。し……されたわね。勝手に】
(んん?)
【……
再び猫が、消えた。
◆
直感。死角の左右後方と頭上から怖気。
回避行動を取り──直後、魔力を知覚する。
(左右と頭上の白猫はフェイントで、本命は背後の……赤毛の猫???)
色違いの毛色に驚きを挟みつつも、身体の動作に淀みはない。
──ナノマシンプログラム[No.14/節制:ダメージ最小計算]:<起動>
元は食費計算用のプログラム。天領STORE製マテリアルドリンクと出会う以前、エンゲル係数がアホほど高かった家計の救世主として組んだそれを、掃除用に再調整したもの。
それは自身が備える全ての手段を変数に注ぎ、取るべき最適な動作を算出する。
演算結果を元に、受け流しの姿勢をと──。
(対応して、kッ──んわぁ!?)
受け流しに、失敗する?!
対応される。吸血鬼の身体スペックを十全に引き出している、のだとしても異常な反応速度。
視えている。眼で追えている。つまり体感時間の加速を、実装している?
――ナノマシンプログラム[No.17/星:指針提示]:<起動>
――出力:『八方塞、心して逃げないと負け!!』
占いNPを参考に、勘を頼りに、心臓の位置を首元へズラして辛うじて即死を回避する。
体内に波打つ衝撃波。直後、胴体の8割が爆散した。
(……
四肢がばらけて、首が床に落ちる──前に、NPを起動。高速治癒で完治させる。
血液のリソース消費は極微量。死ななければ安い。調教を続行。
「「「にゃん???」」」
追撃は来ない。無傷の様子に驚いたのか、ノーラちゃんは警戒しながら姿を変えていく。
ナチュラルに分身してるのは、もう今更なのだが……そんなことよりも。
(あれは……今の反応速度と、動作は、何だ? あれは明らかに……)
【魔力は視えていたでしょう。貴女がやって見せた"極めて繊細な身体操作"の模倣よ】
防御力が本当に欠片も無かったピーちゃん製の魔法の血ドレス。
それよりも赤い、猫の毛色。どこかでよく見た、
「…………」
無意識に自身の右手親指を舐めようとして、中断。
ネイルアートが消えていたので新たに採血を試みる。
「ひとくち失礼」
接近。桃川流調教術〔鬼殺し〕。
あらゆる動物の警戒心をすり抜ける無我無拍子の移動術。
「……。にゃっ!?」
喉を半ばほど爪に斬り裂かれながらも、後ろ足の大腿静脈を小指で鋭く貫く。
吸血鬼スペックを超えた傷の再生速度を確認。いただいた新鮮な血液を1口ペロり。
とろけるような甘ったるさが口内に広がる。ピーちゃんの歓喜を除外しつつ味覚に集中する。
――――――――――――――――
◇血液サンプル
対象:エレオノーラ/Angels_of_Olimpics.Phaleg-ExodusN0037
――――――――――――――――
「ぉ、おー……なる、ほど……? 流出……コピーされた、って……こと、なのかな?」
機能を丸ごとコピーした上で、現在進行形で最適化がなされている、ようだ。
ピーちゃんの体。ではなくオレの方。リアルのボディの──ナノマシンを。
「……適応。できたのか……すごいな。君には、それが。できるのか…………」
◆
小群機N-0037。開発コード名
群機Nシリーズと呼ばれるナノマシン群の内の1機であり、それらは48年前に「選ばれた人類に悪魔的な特化機能を授けるプロフェッショナル仕様の機械群」という、胡散臭い宣伝文句と共に世界中にばら撒かれた。そうして付いた評価は"廃スペック生ゴミ"。マイルドな評価でも"人を選びすぎる欠陥品"だった。
とりわけN-0037は、培養が簡単かつ開示された特化機能ゆえに、無数の人間が導入を試みた。導入工程で生体ナノマシンに置換される肉体の割合は、約9割。導入に失敗した時点で、その全員が即死した。そして限られた少数の導入成功者も、適応は叶わなかった。細胞の複製機能が制御しきれず、肉体が際限なく増えて、弾けた。
今際の際の宝くじ。賢者の自決剤。飲む生物兵器。偽金の毒リンゴ。コズミック害鳥のう◯ち、とか何とか。ほのかに夢のある呼び方はされていたが、実際の致死率は100%だ。
最終的に人体実……リバースエンジニアリングをして判明したのが【純粋な人間にのみ導入できるが、導入した
結果、安く増やせて信頼性のある著作権フリーの処刑道具、にまで成り下がった。
(ODOの、シミュレーション上の結果だとしても。おかしい、だろ。再現できるはずが……ない)
吸血鬼化による力技だろうと、N-0037の人間判定を、そう簡単に潜り抜けられるはずがない。
特化機能は、特化しなければ実装できないほどの機能だった。恒久的にエラーが発生しない無制限の細胞複製には、あらゆる面において"無垢"な下地が、素養が、生贄が求められた。
後天的な適応はできない。でなければ、あれだけの人命を奪ってはいなかった。
記録にあるだけでも200万──2,368,913人だ。最近はようやく落ち着いてきたってのに……。
【簡単、ではなかったわ。"白離病"よ。心身共に接続対象に染まりやすくなるように、予め
(10年も……? 猫に厳しいな。誰がそんな非道な事させたんだよ……)
【……。誰が原因でも悪党なのは間違いないわね。それよりも私に、この娘を認めさせたのは貴女でしょう。肝心の貴女が揺れていてどうするのよ】
(────)
それは、そうだ。飼い猫に対して、こんな感情は、抱くべきではない。飼い主失格だ。
(……分かってる……理解は出来ている……オレは、理解している)
【だったら無駄に長々と頭を働かせるのは控えなさい。ストレスは血液の毒よ】
ピーちゃんはブレないようだ、本当に。
いずれにしても行動だ。行動しない事には始まらない。
気になった事から調べよう。知りたいことは無数にある。
(オリンピアの天使……AI-フルとは関係が──まさか同型機か? ……いや、まさかな)
真っ白の髪を一房、真紅に染めた少女。
吸血鬼エレオノーラ。
おそらくオレは、この時初めて彼女個人に、興味が向いた。
「清掃の行き届いた食事処で暴れるとか極刑ものだけど……いいよ。"全力でかかってこい"」
これより性能評価試験を開始する!
【──あっ。馬鹿!】
『ッ!! ゥンンンウウゥ"ビャア"アアアああああッッ!!!』
この後めちゃくちゃ猫と戯れた。
でっかい肉球が、最高でした。まる。