天領STORE。CCCのサイバー空間内に設けられた、第100コロニー支店の機械類売り場にて。
四角くデフォルメされた犬のマスコットが、2つに割れた満月の間で踊っている。
『桃川優羅、こんにちは♪ できたてのマテリアルドリンクはいかが?』
「買います」
マテリアルドリンク。その名の通り、高密度のナノマテリアルが補給できる栄養ドリンクだ。
そこそこの値段はするがコスパは最強。もちろん即買いである。
――購入:天領STORE限定・特製マテリアルドリンク【ヘブンリーS】(36本セット)
商品を選ぶと、満月が爆発四散して、どこかで見たような光る粉が周囲を渦巻いた。
イメージ演出とはいえ、流石にロック過ぎやしないか?とか不安になりつつも、演出が終わるまでその場で待機する。最後まで見ると、専用のポイントが貯まるのだ。
『とくせいマテドリ♪ ヘブンズマテドリ♪ みんないっしょにワンワンっワンダフォー♪』
「はい」
5C。例の喫茶店は、どうやら近々取り壊しになるらしい。人間を排除して猫だけが味わえるハイレベルな店かと思っていたが、実態は野良猫AIすら寄り付かない事故物件だったそうな。
奇妙な事件で驚いたが、このコロニーでは大して珍しくない日常風景だ。
ここ日本国第100都市コロニー"ジャヌケ"は、とにかく治安が悪い。日本一治安の良い第2都市コロニー"ノルド"のお膝元にありながら、年間あたりのサイバー犯罪の検挙件数が日本一という、名誉なのか不名誉なのか分からない実績をかれこれ10年以上積み上げている。
生活サービスは充実しているので、自衛さえ失敗しなければ、居心地の良い街なのだが……。
『ポチろうマテドリ♪ 飲もうよマテドリ♪ お腹いっぱいなっちゃおーオウッ♪』
「はい。おー」
同じ理由で、警察機構のアンドロイドとの遭遇率が高い。これは一般市民には有難い話だ。
さっきも深く取り調べはされなかった。コロニーの市民IDと、アルバイト許可証のデータを提示したら、すぐに開放された。すごく胡散臭そうな顔で見送られたのは、どういう理由だろう?
『――
「はい。……うん?」
うん?
『新鮮マテドリできあがりー♪ どうもありがとー♪』
「…………」
いつも通りの犬マスコットだ、な?
なんだ今一瞬、ごつい褐色の大男に見えなかった? 店員AIのアバターがバグった?
海馬と記憶用ストレージを洗い出しても、出てこない。けれど確かに今――。
『今日は"4"ポイント付いたよ♪ ばいばい桃川優羅♪ また来週♪』
「……ええ、また今度?」
疑念を抱えたまま、ニコニコの犬に見送られながら、決済用の通信端末へ会計に向かう。
そう、このように。第100都市コロニーでは、奇妙な出来事がありふれているのだ。
◆
ありふれているのだけれども。
『I am your sister』
「……うそでしょ?」
流石に1日で3連続遭遇は滅多にないよ?
『生き別れの血の繋がらない最新型の妹AI-センカです。どうぞよしなに』
「…………」
いつの間にか、端末の周囲にずらりと並んでいた客のアバター達が、丸ごと消えていた。
どう考えても格上の存在だな。もしかして:詰んでる?
『それではお兄ちゃん。こちらの3つの果実から好きなのを1つ選んでください』
圧が強い。この感じ、年末に掃除した暴動サンタに近い。話が通じないタイプの異常AIか?
見知らぬ妹を名乗る人型AI。アバター体はウェーブボブの銀髪に金眼。おでこから捻じれた2本角を生やした、スーツ姿の女の子だ。人間AI問わず、アバターの選択には本人の趣味趣向が出やすいが、ここまで属性が多いと判断に困る。どう対処するのが正解だろう。
「これ、なんの果実ですか?」
『桃と栗とキウイです』
「……なるほど?」
なるほど。つまりこの……。
ドクドク脈打つ真っ赤な心臓が、桃で。
高速回転してブレイクダンスしているタワシが、栗で。
空中浮遊しながら光り続けているずんだ塊が、キウイであると、おっしゃるか。
「ッスー……他に、柿とか、ありませんか?」
桃栗3年、柿8年、以降蛇足。という旧時代から伝わることわざがある。
現代の促成栽培の技術だと3日もあれば実がつくし、なんなら種から直接実が生える。自然の果樹に至っては、土地に余裕のある上層市民だけが植えられるステータスとしての価値が大きくなった。今では言葉の意味が変わって、社交界の自慢話くらいでしか耳にしないが、とにかくそんな言葉の残骸に、すがる。
『柿は選べませんよ。お兄ちゃんとは食べ合わせが悪いので』
「そうなんですね」
すがれない。柿と俺は食べ合わせが悪いらしい。
初耳だよ、ちくしょう。意味不明すぎて、脳がこれ以上の思考を拒絶している。
理解は、この際諦めよう。ひとまず……選んでみようか。断れそうにもないし。
「じゃあせっかくなんで、この赤い桃を、選びます」
直感で、桃を選んだ。良くも悪くも桃には思い入れがある。
軽く自己暗示をかけつつ、桃とは思えないソレを鷲掴み。するとやはり感触がリアルで、すごく気持ち悪かった。なんでうごくの。
『一番生々しいのを選びましたか。お兄ちゃんは明日から、むっつりドスケベな日陰者ですね』
「……えぇ?」
めっちゃ罵倒してくるじゃん?
「選んだので、帰らせてくれますか?」
『ではさようなら。またねお兄ちゃん』
その妹設定、必要? 次なんてないよ。二度と会うかばーか!
色々言いたかった余計な言葉を飲み込みながら、終始真顔だった自称妹と、おさらばした。
◆
――何の前触れもなく、視界が切り替わる。
元いた天領STOREの店内に戻ってきた。
目の前には、怪しい自称妹の代わりに、こちらを見上げながら戸惑う子供が一名。
わずかな人混みと雑踏音に安心感をおぼえた。良かった、助かった。まだ生きている。
「えー? ネズミさん? 今どこから来たの?」
その子供は、ミツバチがモチーフの魔法少女だろうか? 自作のアバターの様だが、造詣が細部まで凝っているかなりの高級仕様で、おそらくご家庭はコロニー上層の富裕層だろう。
ただ、こちらを指差してネズミなどと罵る理由が分から……少し考えて思い出した。
今日の俺の
「ハハッ♪ 秘密だよ♪」
「!?」
湯けむりエフェクト付きの特殊ポーズを決めて誤魔化すと、目を輝かせて喜んでくれたが、すぐに会計が終わった
まぁ、ものすごく怪しいよね。わかる。
「ふぅー……ッ?」
空いた通信端末に手をかざして、人間問屋さんから貰った商品券のデータを入力。そしてナノマシン認証で支払いをしようとしたところで、気が付いた。
【Optimize Dreamer Online:アバターP引換券】
やった。謎のオブジェクトが、見えてる爆弾になったぞ。
「…………」
周囲を確認。無言で会計を済ませて、天領STOREからログアウト。
コロニー下層へ移動中の、高速
簡単な自己診断を済ませて、便箋データを掴んで、ゴミ箱用ストレージにダンクシュート。
――ナノマシンプログラム[No.16/塔:情報破壊]:起動
塵データ1つ残さず破壊した。
愚かなる妹よ。学ぶといい。これが、掃除だ。
世界が少しだけ清潔になった。平穏ばんざい。
『91層行き昇降車。到着まで残り5分をお知らせします』
座席シートに深くもたれかかる。
窓の外に目を向けて、下から上へ通り過ぎていく街の明かりを眺めて、いると。
「……ん?」
懐に、かすかな違和感があることに気が付いた。
学生服の内ポケットに……1枚の古風な便箋が入っている?
「――――」
既視感。嫌な汗が、背筋をつたう。
【Optimize Dreamer Online:アバターP引換券】という、ついさっき見た文章。
おかしい。いつ? どうやって?
高速で下降する密室の車両内だ。入る時にはなかった。目覚めた時には既に重みがあった。
現実にある物質? 幻覚? いや、質感は本物だ。なら、どうやって、送られてきた?
「? 裏が何か湿って……」
裏面にも記載があった。
文字が、真っ赤な文字が、書かれて――。
【お兄ちゃん? どうして捨てたの?】
ヒェッ!?