トランス・ブレイク   作:ホウ狼

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絶対チュートリアルする吸血鬼

 (あかる)い。

 

【?】

 

 (ひろ)い。

 

【??】

 

 そして(あたたか)い。

 

【????】

 

 

 ――ナノマシンプログラム[No.2/女教皇:全情報取得]:起動

 

【!?!?】

 

 認識できる全ての情報を脳に焼き付けて、だいたいの状況が分かった。

 *石棺の中にいる*らしい。ゲーム開始早々、3.725764[t]の石塊の中に閉じ込められている。

 どういうことだ? ほんとに始まっている? 人生ごと終わらせにきてない?

 疑問は尽きないが、幸いにも身体は自由に動かせる(うごかない)から――。

 

【…………】

 

 動かない、んですけど?

 首も口も足も指一本すら動かない。肺も心臓も上下はしているのに、自由が利かない。

 あれ? でもさっきNPは動いてたぞ?

 

 ――ナノマシンプログラム[No.17/星:指針提示]:起動

 ――出力:『東南東、全力で逃走するが勝ち!!』

 

 うん、正常に動く。占い結果は何の役にも立たないけども。

 

【???????】

 

 体よ動け。動けー、動け! 動けってんだよぉ、お願いだから!

 

【…………】

 

 やっばい全然動かん。これ、本当にゲームは始まってるのか?

 特にオープニングムービーとかは無かったから、導入イベントの真っ最中なのかもしれない。

 

(1。2。3。4.4――5.55――6.666――7.7777――8.88888――9.999999――10ぅーんむ)

 

 時間は進んでいる。現在時刻は分からないが、時間感覚は正常だ。

 思考も働いている、ということは精神体は正常に維持できている。

 すると、残る異常の原因はやっぱり――キャラクターそのもの。

 

 もしかして:不良品アバター?

 

 アバターPのPって、(ピーチ)のPじゃなくて、ポンコツのPだった……ってことか?

 

【ッ!!!】

 

 直後、爆音。否、爆発音が(とどろ)いた。

 石棺の蓋が上方へ蹴り飛ばされ、天井にぶち当たって跳ね返り、派手に床に落ちた。

 同時に両手で棺の底を殴りつけて、反動で石棺を飛び出して、四つん這いで地面に着地した。

 

【…………】

 

 えぇーこわぁ。急にオートで動くじゃん。

 素の人体では再現できない挙動だった。どんな膂力をしてるんだろう……化け物か?

 対して耐久力はそれほどでもないのか、蹴りの衝撃で片脚がへし折れてしまっている。

 骨が見えていてすごく痛そう。でも、全然痛みはないな? 痛覚が薄れているらしい。

 

【!?!?】

 

 

 ◆

 

 

 あっ。こいつ……動くぞ!

 

「ギュッ、急ゥニ、ガラダノ、自由ガ……利グ、クー?」

 

 よぉっし。ようやくイベントが終わったようだ。オレ(・・)は自由だ!

 ただ、喉が掠れてうまく声が出ない。呂律も回らないので、深呼吸でもして調子を整えよう。

 

「コホー……コぉホー……コボ!? ガホッ! ゲホゲホッ……ぅェッングン"ー???」

 

 肺が熱い。とてつもなく。空気が痛い。

 カラカラに干上がった皮膚が邪魔をして、まともな言葉も絞り出せない。

 喉を潤す水が欲しい。早急に、水分の確保が必要だ。

 眼球内の液体――房水(ぼうすい)も干乾びている。どうりで視力が低下しているわけだ。

 とりあえず脚を修復して、周囲を探索しよう。残った感覚情報を統合すれば難しくないはず。

 

 ――ナノマシンプログラム[No.7/戦車:高速再生]:起動失敗

 

「……? 失敗(ジッバイ)ィ?」

 

 ナノマテリアル残量は――[0%]。……0ぱーせんと?!

 なんでまだ生きている?! いや、ゲームのキャラクターだから不思議じゃない、のか?

 体液を失って、マテリアルが枯渇していても動けている。他にリソースがあるのだろう。

 リアルの人体だったら即死か強制的に休眠状態になっている。冗談抜きで、人外アバターか?

 

「ンショ……ンショ……」

 

 治せない足を引きずって、慎重に床を這って進む。

 石棺が置かれていたのは、生活感のない狭い部屋だ。窓もなく地下シェルターに近い構造で、マイハウスに匹敵する物の少なさ。石壁には空ビンが置かれた棚がいくつかあり、照明はない。

 家具はどれも見たこともない意匠で、竜を象っているようだ。古く、そして洗練されている。統一性も感じられるが、地球の過去の文明で流行っていたデザインとの共通点は見当たらない。

 興味深いのは、石畳の床だ。石棺の蓋が落ちた部分が、傷一つ付いていない。現代のコロニー建築に使われている強化コンクリートに匹敵する強度だ。ただの石材とも思えない。

 

 そして注目すべきは、塵1つ落ちていない部屋の清潔度だ。

 隅々まで掃除が行き届いている証拠だ。つまり――人がいるのだ。すぐこの近くに。

 

「コノ仕事ハ、カナリ、デキル奴……ンっ?」

 

 部屋の出入り口。金属扉の前に、何かが、立っている(いた)

 扉に身体を預けて、胡乱(うろん)げにこちらを見下ろしている。

 

「誰?」

 

 返答はない。枯れた瞳でもハッキリと、暗闇の中に人の姿が、視えた。

 生気が失せた幽鬼のような白い肌。燕尾服を着た、黒髪の男。あるいは……女?

 

 

 

【あ】「……()?」

 

 ◆

 

 意識が飛んだ。

 

 ◆

 

 認識が追いついた時には、既に、首筋に牙を突き立てていた。

 

 ◆

 

 骨を嚙み砕く音。汚い血を啜る音。

 

 ◆

 

 あらゆる手段を(もっ)て、確実にソレを死滅(ころ)させろと、肉体が動作する。

 

 ◆

 

 ――NP[No.12/吊るされた男:五感正常化]:<起動>

 ――NP[No.11/正義:感情均一化]:<起動>

 

 ◆

 

 NPの起動に成功した、のに正気に戻らない。暴走なんかじゃない。正常な結果が、これか?

 

 ◆

 

 

 2分と6秒。短くない時間が経って、肉体の制御が利くようになった。

 つまり2分でソレを――謎の人物の、命を、絶ちきったのだ。己の牙と口で。

 

「おぇっ! 不味ぃ……イや?! 美味(ウマ)いぃ!?」

 

 全身の細胞を殴り伏せる、旨味の暴力。久しく味わっていない、美食の極地。

 甘みと苦みが高次元で調和した極上のコーヒーにも似た、未知なるドリンクだった。

 肉体と精神が、血の味を理解してしまった。もっと飲みたいという欲が、嫌悪を凌駕した。

 

「…………」

 

 この世ならざる多幸感に頭が混乱していると。

 ふと食事(ソレ)と、視線が合った。

 

『――――』

 

 血液を吸い尽くされて、枯れ果てた残骸(ソレ)の、唇が動く。

 意味ある言葉を紡いだようには見えない。笑みを形作るように、ただ歪んだ。

 死んだ瞳が、笑っている。勝ち誇るように。あるいは、慈しむように。

 

 

 あぁ、なるほど。(オレ)は、はめられたのだ。そう理解した。

 

【ッッッッッ!!!!!】

 

 己の喉から、音にならない激声が(ほとばし)った。

 

 混乱と理解。恐怖と嫉妬。憎悪と憐憫。郷愁。矜持。殺意。殺意。殺意。そして――虚無。

 すべてを塗りつぶすような、重く混沌とした感情の(よど)みが、これでもかと精神を焼いてくる。

 

「(せ、精神体が壊れりゅ! 落ち着けェ! さっきから全然、わけがわからないぞ!?)」

 

 肉体か精神か飢えか食事か血液か? 何がそう感じさせているのか、全く理解が及ばない。

 ただひたすら、物言わなくなった(むくろ)に、全神経が釘付けになっている。

 

「(よせ駄目だやめろそいつを直視するな発狂するッ!)」

 

 瞳の奥。色と光が消えた骸の先に、一人の少女が見えた。

 己の殺意と己の両手で己の喉を握りつぶそうとしているヤバい奴が。

 それは、他ならない今の(オレ)だった。

 

 小さな背丈に、平たい胸。非常識な桃色の長髪に、濁りきった赤い瞳。

 鮮血にまみれた淫靡な唇。そこから鋭く伸びる牙。それはまるで――。

 

「――吸血鬼(きゅうけつき)か?」

 

 ソレを口にした頭に、もはや血は昇らない。

 両手から、力が抜け落ちた。凍えきった血液が脳を冷ました。落ち着きを取り戻せたのだ。

 あるいは単に、怒りが一周して、逆に冷静になれただけかもしれない。

 

【   】

 

 少女が、パチンと1つ、指を鳴らした。

 

 それは魔法のように、瞬く間に、吸血鬼(・・・)に変化をもたらした。

 全身を煮え立たせ、沸騰させ、爆縮する――【血】の情報が伝播する。際限なく(・・・・)

 干乾びた骸が、内側から崩れて、灰に変わった。

 

「?――がァッ。……ッ!?!?」

 

 それと同時に、オレの心臓が張り裂けた。比喩などではなく物理的に。

 

「ハ、え?? なんデ、オレまでッ?!」

 

 心臓を失った途端に、全身が赤く燃えだした。指先から灰になって散っていく。

 自己修復が、出来ない。生存が許可されていない。吸血鬼としての終わりが迫ってくる。

 感じることのない新鮮でリアルな死の感覚を、この身で、生まれて初めて味わっている。

 

「……っ。……ッ。……!」

 

 愉快なゲームだ。理不尽で非道いクソゲーだ。

 そう考えた途端に、思わず笑みが零れた。

 

【「――は。は、ははっ。ハハハハは!!」】

 

 見知らぬ誰かと、笑い声が重なった。

 共感したのだ。それは、まぁ……最悪で最高の気分だった。

 

―――――――――――――

◇ODOアナウンス[不死族-吸血鬼種]が"絶滅"しました。

:種族変更先にお困りの際は、最寄りの[虹竜シュガーくん]へご相談ください。

 

◇現在あなたは"繋がり"を持ちません。

:他キャラクターとの"繋がり"を持つことを強くお勧めいたします。

:出会い相手にお困りの際は、最寄りの[虹竜シュガーくん]へご相談ください。

 

◇あなたは"自害"しました。

:復活時のペナルティが増加します。

:AIカウンセリングの希望者は『呼び鈴』に接続をしてください。

:[虹竜シュガーくん]はいつでもあなたの味方です。お気軽にご相談ください。

 

※拠点『ドラクロワ城-使用人部屋-[贄の石棺]』で復活します:残り時間"1時間45分"

 ログアウトしますか?:いいえ or はい

―――――――――――――

 

 これは間違いなく1から9まで整えられた"茶番"だった。

 選んだ果実が、善意と悪意で調理され、テーブルセッティングまでされて提供された。

 

 一言で表せば【引き継ぎ】それだけの話だ。

 

 個人のためだけではなく、吸血鬼という種のために必要な"予定調和"だ。

 もはや姿も形も消えたアレこそが、絶対にチュートリアルを執行する吸血鬼(いけにえ)だった。

 

―――――――――――――

 ログアウトしますか?:[はい]

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