トランス・ブレイク   作:ホウ狼

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第1章:始まりの爆心地
無知の知のちP


 窓掃除は好きだ。

 

 ガラスにこびりついた憎き金属イオン化合物たちを、掃除という神聖な儀式で一掃するのだ。

 遠慮なんて必要ない。なにせ相手は下層コロニー居住者の怨敵、温泉ウロコ。

 上層市民はこの塊を湯花だなんだとオシャレに呼んでるらしい。何が花だ。ただの水垢だろ。

 窓の汚れに洗浄剤を吹きかけ、キュキュッと美しい音色を奏でて磨けば、ほらこの通り。

 

「今日も我が家に1点の曇りなし……っんへ。んへへへへ」

 

 窓を磨くことでしか、得られない栄養がある。

 使っている道具は、CivEなどを水で薄めて作った天然由来のオリジナル洗浄剤。そして雑巾。

 これは近年に開発されたハイテクな雑巾……と言いたいところだけど、そんなわけもなく。古くなった服を切って合わせて縫って作っただけの、ごく普通の全ナノファイバー製雑巾である。

 掃除道具にお金かけすぎると怒られるからね。しょうがないね。

 

『マスター。そろそろ正気に戻ってください。マスター』

 

 日本の雑巾の歴史は、意外と浅いらしい。

 文献に残っているものでも、2500年ぐらいしか経っていないのだそうだ。

 とすれば、この雑巾といえども、十分にハイテクな掃除道具と言えるのではなかろうか?

 

『マスター。もうお昼になりますよ。ご休憩なさってはいかがですか?』

 

 もちろん?新しい掃除道具が必ずしも良い掃除道具とは限らないのは理解している。それでも、便利で優れた最新の掃除道具は、とても魅力的なものだ。

 最近発売されたものだと……ペナイン・ロボティクス社の猫型掃除ロボットがいいと思う。

 ずんぐりとしたフォルムが特徴のライオン型で、たてがみをモップの様に回転させて飛んだり、遠吠えで蚊を消滅させたり、舌でどんな汚れも分解したり、分解しきれなかったゴミは圧縮して毛玉として吐いてくれるらしい。超かっこいい。

 衛生的にどうなの。可能性の獣。ライオン可哀想。といった心無い批判を受けて販売中止になってしまったが、分かるマニアには大満足な商品らしく、プレミア価格が付けられてオークションを賑わせている。つい先日覗いた闇オークションにも、法外なジェリーで出品されていたのを確認したし、青色のタヌキのような体型をした粗悪な類似品も既に出回っていた。なぜタヌキ?

 

『マスター。マ・ス・タ・ー!』

 

 とはいえロボはロボだ。全てAI任せでは、味気も何もない。

 手作業だからこその価値があるのだ。

 窓掃除。それは心の掃除に他ならないのだから……。

 

『駄目ですね……テン兄さん。よろしくお願いします』

『OK。お兄ちゃンがビシッと言ってやルYO!』

 

 妙な衝撃。ビシッと音を立てて、頭部に針が刺さった。

 

『――。Hey、Miss"優花"。オ茶ノ時間ガ始まっちまったゼ? 何シテンノー?』

 

 これは、テンクン開発のオリジナル針治療が1つ。

 前頭葉を刺激してリラクゼーション効果を与える"剪定"のツボだ。

 

「あぁーテンクン? 心の掃除をね。していたんだよ」

『頭大丈夫ですカYO?』

 

 もちろん大丈夫だ。もう完治させたからね。

 

「ぜんぜん大丈夫だいじょうぶ……あっ、もうこんなに時間経ったんだ」

 

 現在の時刻は11時58分。女の子確定事件から、5時間近くも経っていた。

 楽しい時間が過ぎ去るのは一瞬だ。悲しいほどに一瞬。

 ついでに家の外壁も掃除しておきたかったが、それは次の機会にしておこう。

 

「というかテンクン、その喋り方は――もうツッコまないけど。さっきの優花ってなにさ?」

『"桃川たりる娘に花の名を入れよ。男は知らん"桃川家初代当主、桃川花が残した遺言でス』

「なにそれ知らない酷い。……変な冗談?」

 

 安直すぎて信じられないんですけど?

 

『残念ながラ。Mr.羅生は柔軟な人間ですが遺言は軽んじません。改名は100%させますYO』

「……まじ?」

『マジ』

 

 50でもなく99でもなく100か。断言しちゃうのか。

 

 女の子になってしまった。それはいい。意味不明すぎてビビるけど、許容はできる。生活困難になったわけでも、生活レベルが極端に落ちたわけでもないからだ。

 

 治安いまいちな第100都市コロニーであるが、これでも数少ない楽園(パラダイス)の1つだ。

 現代において、都市コロニーという環境下に住居がある価値は非常に大きい。

 

 居住者でいるためには"コロニー市民権"が必要になる。これはコロニー管理者の都合1つで軽く吹き飛ぶ紙切れ(データ)に過ぎないが、所持さえできれば宇宙人の赤ちゃんだろうとオンセンカピバラであろうと例外なく、コロニー市民のIDとサービスが平等に与えられる。

 そして現在オレが持っているのは"コロニー下層市民権"だ。

 未成年の更新は1年に1回の頻度で、大人と比べれば多くはない。それでも少なくない金額に加えて、"中層以上の市民権を持つ保護者の証明"が必要になる。

 

 要するに、今の生活を続けるためには、近々実家に帰らなくてはならないわけで。

 そして実家には、居るのだ。避けては通れない大ボスみたいな"生粋の人間"が。

 

「えぇ……んえぇ……」

『ではマスター。そろそろ説明をして頂けますか?』

 

 きたる未来の面倒事に(うめ)いていると、AI-マリンが説明を問うてきた。

 

「ゲームで吸血鬼を吸ったらね。なんかこうなった」

『省かずに最初から、経緯も含めて、全て、教えてください。情報はこちらで精査します』

「……はい」

 

 適当に応えたらほんのり暴走風味が滲んできたので、素直に全部話した。

 そしたら話だけでは不十分だと言って、記憶を丸ごとを引っこ抜いて持っていかれた。

 さすが1級AI-マリンさんだ。演算力が違いますよ。

 

 

 ◆

 

 

「もぐもぐ……んーで、なんか女の子になったってわけ」

 

 軽めの昼食にういろうを5本ほどマテドリをかけていただきながら、AI達の解析結果に補足を入れていった。1級&準1級の高位AIチームだ。人一人分の記憶の解析に問題なんて起きようがない、とか高を括っていたんだけど。なにやら変に手間取っているらしい。

 

 時々『これってまさか中に』とか『不安要素はまだ』とか不穏な交信をしたり……。『死因はデリカシーのなさでは……』とか『ほらマスターって女性経験が……』とかなんとか。

 まぁまぁ言いたい放題である。

 

 ……いいけどね。もう男じゃなくなっちゃったし。気にしないよ。

 それにオレはナノマシンがあればいいからね。現代人にとっては尊厳そのものだからね。あーマテドリおいしいおいしい幸せ。でもういろうとは絶妙に合わないな。プリンに合いそう。

 

「掃除で精神統一してたら、大体わかったよ。今が過去最高に健康な状態なんだ」

 

 昨日までは健康100%。今は健康150%とかいう意味の分からない状態だ。

 元々ナノマシン導入者というのは、普通に生きていく分には長寿と健康が保証された生き物だ。過去地球上で発生した全ての病気に耐性を持ち、体内全ての臓器の機能が底上げされている。

 それはナノマシン制臓器が『悪化の一途をたどる地球環境に適応できるように人体に組み込む医療機器』という目的で設計されたがために、備え付けられた基本機能らしい。

 

「制臓器が無くなったわけじゃない。身体にある事が自然になりすぎて認識できなかったんだ」

 

 異物であるはずの人工臓器が、認識できなくなるレベルまで人体に馴染んでいる。

 "最適化"。まさか本当に、人体にナノマシンを最適化させているとでも言うのだろうか。

 

『仰るとおリ異常はありませン。至って健康体でス。生殖能力もありまス』

「牙とかニョキニョキ伸びるし、性別が変わったのも、だいぶ異常な状態だと思うけどね?」

 

 遺伝子数は倍近く増えてるし、染色体も本数は変わらないけど見たこともない構造をしてる。

 健康ってなんだろう。人間ってなんだろう?

 

『ボク両性花(サボテン)。なので細かいことは気にしませン』

「まーた調子のいい時だけサボテン面してぇ……って言っても、今回の件は流石にテンクンの領分を大きく超えてるよな。――ヨシ。それじゃしばらくメディカルチェックは休止して、採取した細胞と血液の解析にリソースを集中させて――」

『――その件に関しまして、専属AI-テンクンより御報告があります』

 

 えっ、何を急に、真面目に?

 

『先ほど飛ばした針ですが"小群機N-0037"を20mg注入しました。拒絶反応がないため、マスターが変異以前と以後で、同一個体である事を疑う余地はありません。ご安心ください』

 

 ……。

 

 ぴゃー

 

「ん、んぁぁぁぁ!? なんで無許可でそういうッことぉ……???」

 

 まじでなんでそんなことしたの? 下手したら体内ナノマシンの競合判定で死んでたぞ!?

 古いゾンビ映画の爆発する大ゾンビみたいに、ぶくぶくバーンって! 超ミンチィ!!

 

『"貴女(・・)"が"我々(・・)"の敵になれバ、容赦はできませン。ボクも確証が欲しかったのでス』

「あー……うん。そうだね。オレもそうならなくて心底安心したよ。したけどさぁ……」

 

 やっぱり一言くらいあってしかるべきでは??

 それご近所の国だと今でも使われてる処刑方法らしいですよ???

 現代人しぶといから、銃で頭貫いたくらいじゃ死なないからね。

 しょうがな……くなんてないぞ。まったくもって酷いご近所だ。許せん。

 

『私はマスターがマスターご本人だと初めから確信しておりましたよ』

「うん……うん? あれ……そうだったかな、そうだったかも」

 

 なにはともあれ、分からないことが分かった。

 

 すごいな! 一歩も進んでない!

 

 

 ◆

 

 

 気になる事があるのなら、1歩ずつ手探りすべし。

 

 そんな平凡な結論に至ったことで、ひとまず前向きに運動性能をテストしてみることにした。

 自宅の小さな裏庭にて、ただひたすら動き回るという、簡単な動作テストだ。

 庭の向こうに道路はなく、高さ25mのコロニー外殻の壁が鎮座している。お隣さん家は空き家になっているので、本格的に人の目を気にする必要もなく動き回れるわけだ。

 

「っよ。っほぁ。っせゃ。へぁー」

 

 狭い空間もなんのその。急加速に急旋回、壁も使って3次元機動でぽいんぽいん跳ねる。

 肉体の性能を限界ギリギリまで引き出そうとするが、出力の底はまるで見えてこない。

 その一方で耐久力の限界はすぐに見極められた。怪力に対して丈夫さが貧弱すぎるようだ。

 

「"ぶっ壊れるのが当たり前"みたいなアンバランスな設計だなぁ……」

 

 3分ほど体を動かして、ケガをしないギリギリのラインで最高の筋肉の使い方を学習した。

 宇宙工作艦で豆腐を動かすレベルの異様な精度が求められるが、そこは要訓練だ。

 力加減のコツは、女性特有の柔らかい関節を上手く使うことと、バルブを小刻みに開くようなイメージで力を引き出すこと。通常の筋肉の使い方をすると、一瞬で肉体が弾けてしまう。

 

「ナノマシンプログラム……まで使うのは、ちょっとここだと不安だ。やめとこ」

 

 筋力強化用のNPの起動は確認できたけど、残念ながらテストできる場所が無い。

 家の外壁もコロニーの外殻も壊すわけにはいかないので、しかるべき場所でテストしないと大惨事だ。いつもなら制臓器内のエミュレータで済ませるが、あれは性能を十全に理解できていることが前提のツールだ。役立ちそうもない。

 

「? 胸がチクチクしてきたな……」

 

 胸の先に違和感が発生した。不具合だろうか。

 そういえば、ゲーム内のアバターとは少なくない差異があったっけ。

 髪の長さ程度ならともかく、体形が違えば体の操作にも大きく誤差がでて当然だ。

 細部に悪魔(バグ)は宿るのだ。修正をせねば。

 

「あ、あれっ!? なんか心臓も痛くなってきた?!」

 

 心臓がウニでぐりぐりされたように痛むんですけど?!

 

『激しい運動をして胸を傷めたのでしょう。しばらくお待ち下さい。超圧縮収納庫に、さらし布がありましたので、すぐにお出しします』

「もう治したから問題ないよ?」

『マスター。下着の用途はそれだけではありません。人として最低限の尊厳をお備えください』

「……はい」

 

 なんだかわからないけど諭された。

 おかしいな。人間の尊厳とはナノマシンではなく下着だった?

 

「人間……ひと……ほんとに人か?」

 

 自己治癒の機能を一時停止。親指の爪で、人差し指を深く傷付ける。

 そこから、完全治癒が終了するまでのタイムは――。

 

「0.014秒? んへぇ……」

 

 というわけで、簡単な再生テストもしてわかったことが1つ。

 

 ――こいつ人間じゃない。

 

 素のフィジカルで、以前の体のNP強化済みのフルスペックと同程度の性能だ。

 CivEと同じナニカの類ですよ。完全にバケモンですわ。

 

「……というか、吸血鬼なの?」

 

 目は赤くないけど、牙は伸びるし、マテリアルドリンクはすごくおいしい。

 吸血鬼か、それに類似した怪物に変異したと考えるのが妥当だろう。

 しかし生殖機能を持つ吸血鬼とは……んごごごご。

 

「テンクン先生に質問です! 吸血鬼ってなんですか?」

『A.吸血鬼に聞いテ』

 

 宇宙人のことは宇宙人に聞きに行くのが一番手っ取り早いよねっていう話。

 そりゃそうだ。あたりまえだよね。でも吸血鬼なんて現実にいるわけないじゃん。

 

 

 ここにいたね。

 

 でもね。オレは知らないんだよ。何もね。

 だったらどうするか? それは当然決まってるよなぁー……?

 

『マスター。さらし布の復元が完了しました。寝室へ来てください』

「AI-マリン。ちょっとゲームしてくる」

『マスター?!』

 

 ゲームで聞いてくるしかねぇ! 宇宙人は宇宙に進出せねば出会えないんだ!

 2度目の突撃じゃい! おらー!!

 

お土産(じょうほう)期待してまス。女性の扱いなどを学んできてくださイ』

「えっ?……うん。わかった努力するよ……」

 

 そんな情報いるぅ?

 

―――――――――――――

◆Optimize Dreamer Online/オプティマイズ ドリーマー オンライン へ ようこそ

:対象キャラクター:生存中

:拠点『ドラクロワ城-使用人部屋-[贄の石棺]』で就寝中です。

 

 ログインしますか?:[はい] or いいえ

―――――――――――――

 

 はい。そんなわけで、変わり映えのしない部屋の『贄の石棺』でおはようございます。

 ピンクの吸血鬼の再開だぞーっと。

 

「ふっつーにログインできたなぁ……ふぁ~~……ぁむ」

 

 何か特別に用意する必要もなく、ベッドに横になって、"ODO"を念じただけ。

 たったそれだけでログインができてしまった。

 

 常に未知のなにかと繋がっている現状は恐ろしいし、それ以上に技術が気になるところだが。

 今日の目的はそれではない。無視すべし。

 

 それでは早速、城の探索と吸血鬼探しの旅に出る――その前に。

 

「いっちにーさんし。にーにーさんし。ふんふん、ふぃ~……」

 

 軽く体操でもして体の性能を確認してみる。前とは違って身体は自由に動くぞ。

 ついでに、天井付近までジャンプを数回。すると案の定、わずかな誤差(・・)を確認した。

 

「んむ。やっぱりこっちのほうが胸が軽くてうごぎゅびゃ――!!!!」

 

―――――――――――――

◇あなたは"自害"しました。

:復活時のペナルティが増加します。

:AIカウンセリングの希望者は『呼び鈴』に接続をしてください。

:[虹竜シュガーくん]はいつでもあなたの味方です。お気軽にご相談ください。

 

※拠点『ドラクロワ城-使用人部屋-[贄の石棺]』で復活します:残り時間"1時間45分"

 ログアウトしますか?:いいえ or はい

―――――――――――――

 

 なんか、死んだ。

 一瞬で死んじゃった。

 

 灰になる猶予すら与えられず自爆したんですけどぉ?

 吸血鬼でそんな死に方するって、逆に凄くない???

 

(んまぁ……だけどこれで――)

 

 これでようやく確信ができた。クロだ。

 

『いるだろ幽霊! 出てこーい、んらー!!』

 

【っ!?】

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