それから1時間ほど待った。
返事は、返ってこなかった。
(…………)
【…………】
えぇっ? あれだけ干渉してきて、いまさら無視はないでしょ!?
最初はゲーム内だけの存在かと思ってたけど、普通にリアルに来てたよね?
朝風呂の趣向とか勝手に脳に植え付けてきたでしょ? 分かるよ流石に、現代人なら記憶コピーぐらいメモ感覚で取るからね。記憶改竄とかクラッカーの常套手段だし!
だから誤魔化すの無理だって、諦めて出てきて、ほらぁはやくぅ!
【…………】
いることはわかってるぞー。
無駄な抵抗はやめろー。
大人しく出てこーい。
お話せよー。
【…………】
正体をあらわせアバターP!
発狂ピンク指パッチン心臓爆弾魔ぁ!
【…………】
うーん。
『駄目だな。意地でも出てきそうにない。判断をミスったか……』
どこに地雷があるかも分からない。もうこれ以上煽るのは控えよう。
接触をしてくるなら、自宅AI達の干渉が及ばない今が、向こうにとって最適な機会のはず。
死んでる間は殺せない。媒介が存在しないためか、今は精神に干渉してくる気配もない。
今この場でなら、まともな会話が成立する。
『――と、考えていたんだけど。少し楽観的すぎたかな?』
潜伏をして観察されている事は分かっていた。
あれだけ発狂した後だ。精神に深いダメージを受けて、時間を掛けて癒しているかと思った。
しかし、どうやらそうではないらしい。
オレの思考を正確に読んで攻撃し、殺害した。それは驚くべき事だ。
肉体へのダメージは、内部にある精神体にも波及する。程度はあるが例外はない。
特にこのODOは、非常にリアルな死を体験できる仮想世界のようだ。加えて相手は推定
(特異な精神構造、というより強度が高い……? それとも自害を許容するほど、強い恨みを?)
相手の情報が不足している。どんな行動を取っても、失敗する未来しか見えない。
やっぱり、まずは筋を通すべきだ。
『桃』を選んでしまったことについて、謝罪をしてケジメを――。
【――謝ったら、殺すわ】
おっ……あっ。
【たとえ、不可抗力でも、貴女は
です、よね。当然ですよね。
精神を撫で回すような、じっとりとした殺意を感じる。
間接的に殺した相手だ。許す事なんてできないだろう。
【――言葉が、足りなかった、みたいね。不必要な、謝罪が、不快だった、だけよ】
怒ってないの?
【怒ってなんか、いないわよ】
……なして?
【貴女が、桃
以外というと……栗とキウイ? 心当たりのある相手、知り合いだったのか。
あのどちらかを選んでいたら、対話の余地すらなかった……地雷、なんだな?
【そうね。憎悪のあまり、貴女の義姉、天海ハンナ。養母、天海ステファニー。祖父、桃川羅生。女中、荒川清花。……は殺していた、でしょうね。どんな手を使っても、必ずね?】
(――――)
得体の知れない恐怖に、ゾワリと精神が鳥肌立った。
意図して記憶から隔離していた個人の情報が、ことごとく把握されている。
思考だけじゃなく、記憶まで読めるのか? いったいどこまで、どうやって?
【だから、貴女には、感謝しているの。桃を選んだこと――ではなくてね。栗とキウイを、
『ど、どういたしまし、て?』
感謝を、素直に受け取ってしまっていいのかどうか悩んだ。
ただ間違いなく、彼女の言葉がすべて本心なのだと理解できた。
理由は簡単だ。精神体が深い領域で繋がっている。嘘だけはつけない。
【これで、私と貴女。わだかまりは、無しね? これからは、仲良く、しましょう?】
『……それは、オレも願ったり叶ったりだけど……なぜだ?』
本当になぜだ? そちらのメリットが全くわからない。嘘がないことが、理解できない。
一方的に害せる相手と、友好関係を構築する意味は、あるのか?
言い方は最悪だけど、格下は虫ケラとかペットにしか見えないタイプの人間だろう?
【その通りよ? だから私もね、貴女みたいな、
……。
【話は、それだけよ。吸血鬼を、調べるのでしょ? 情報が、残っていると、いいわね?】
わずかに嘲笑を含んだ感情が、精神に響いた。
その笑みの意味を知るのは、それほど後のことではなかった。
◆
―――――――――――――
※拠点『ドラクロワ城-使用人部屋-[贄の石棺]』で復活します
―――――――――――――
話している間に、復活時間が過ぎていた。
時間感覚がおかしい。やや精神に疲労が蓄積しているようだ。
この程度ならNプログラムを使うまでもない。軽くアバターを運動させて解消しよう。
「……んしょっと」
石棺から這い上がって、軽く手足をぷらぷら振って筋肉をほぐす。
身体は通常通りに、吸血鬼スペックで動く。体感できるデスペナルティは――ない。
自害に復活ペナルティが掛かったらしいが、あれは復活時間の増加あたりかな。ぬるい。
「情報が足りない。飛んでる電波も無いし、CCCも無いんだろうなぁー……」
分かっているのは、ここがドラクロワ城内の使用人部屋であるということぐらい。
部屋の扉の前には、黒色の灰の山がある。例のコーヒー味の美味しい吸血鬼の遺灰だ。
オレの分の灰は……見当たらない。復活時点で綺麗さっぱり消えてしまったらしい。
(灰だけあってもなぁ。一応保管はしておくとして、先にお祓いとか、した方がいいのかな?)
いずれにせよ、これは許されざる光景だ。早急に掃除をしなければいけない。
掃除道具を探そう。と決意を新たに、部屋の扉に手をかけた――丁度その時だった。
【……ちょっと、待ちなさい。貴女、正気? そのまま部屋を、出るつもり?】
対話をする気になった幽霊さんが、早速なにやら警鐘を鳴らしてきた。
「? 何か問題があった?」
【問題しかないわ】
いやまぁ見ればわかるよ。問題だらけだ。灰とか灰とか灰とか。
部屋が片付いていないと、落ち着かない気分になるよね。わかるわかる。
【違うわ。まず、服を着なさい。掃除なんて、どうでもいいから、服を、着なさい】
「どうでもよくないよ?」
なるほど、服にこだわりがある感じか。それはちょっと共感できそうにないな。
義姉さんも、妙なこだわりを持ってた独特な人だけど、よく分からなかったから……。
宇宙的な運勢が高まるとか言って、蛸のぬいぐるみを学生服に縫い付けてきたり。アホ毛の有無で宇宙の解像度が変わるとか言って、2時間かけて髪をセットされたり。
あの時、理解ができなさすぎて宇宙を感じたよ。ごめんね。オシャレ分かりそうにないです。
【そんな、次元の話、してないわ。貴女今、
「えぇ? 羞恥心くらい……あるぞ? でも無い物は着れないし、部屋に服なんて無いし」
確かに今のオレは全裸だ。最初に着ていた服が、死亡と同時に焼失してしまったからだ。
線の少ない白く質素な洋服だった。もしかするとあれは、死装束だったのかもしれないが……。
「んー……あった。多分これだ」
部屋を探してみれば、隅に衣服の残骸と思しき小さな物体が残っていた。ナノマテリアルが豊富に使えるなら、記憶情報と合わせて再現は不可能じゃないが……労力とコストが見合わないな。
「替えの服は、城のクローゼットとか漁って優先的に探すよ。それで問題は無いでしょ?」
【……扱い方も、知らないのね。仕方ないわね】
胸と背中、両手足の先がチクッと痛み、目の前に"赤"が広がった。
「ッ?」
ほんの1秒弱で、ふわりと現れた赤いドレスに全身が包まれた。
「なぁにこれ?」
赤い布はとても薄く、重さを感じない。
肌触りはなめらかというか、指で触れようとしても滑って、上手く触れられない。
風もないのに、まるで生き物みたいに揺らいでいる。ひどく不気味だ。
それなのに嫌悪感はない。見ていると妙にお腹も空く。
【血のドレスよ】
「えっ汚【清潔】……くないですね。すごく綺麗なお洋服ですね。ありがとうございます」
血のドレスってなんだよぉ? 専用のプログラムを組んで血中ナノマシンを操作したってこと?
現代にも、機械服と呼ばれる衣服はある。マイクロマシンの集合体で、一着の費用で中層に一軒家が建つ。維持費もそこそこ掛かるが、短時間で好きな質感とデザインを再現できることで、アパレル業界の人達とかが好んで所有しているらしい。とはいえプログラムで動いている機械である以上は、ハッキングで全裸に剥かれる危険性があるので、日常生活で着ている市民は見かけない。
あれと似たような物だとすれば、これは逆に、全裸よりも恥ずかしい状態かもしれないぞ?
【貴女って、面倒臭いわね。"ドレス姿が恥ずかしい"。一言で終わる、話でしょう?】
「……はい。そですよぉ」
誤魔化せない。メンタルにダメージ小!
まぁ身につける衣服があるのは有難い話だ。ようやく文明人にレベルアップした気がする。
さっそく動作チェックして、着心地を確かめてみようか。
「ほほぅ? これはほんとに、すごいなめらかだなぁー」
【なによ。その動き……】
「600年前に絶滅しちゃった
【……そう。変な……鳥ね】
くるっとターンをしても音はなく。ステップをしてもふわりと舞い上がるのみ。
裾は床まで余裕で届く長さだが、宙を浮いて滑るので、どこにも引っかからない。
激しく動いても、動きは一切阻害されない。すごい高性能な衣服だ、けれども?
「んむ、むっ、むぅ……落ち着かない、んだが?」
レースがふんだんにあしらわれた、ボリューム感のある豪華なドレス(血)。
デザインは、オフショルダーのバッスルスタイル……とか言うんだっけ?
ここまで造形にこだわる必要とか、肩とか肩甲骨とか鎖骨を露出する意味はあるのだろうか。
それに素足に下着もない。素肌にドレス1着というのは、なんというかマニアックな格好だ。
「あのぉー。靴とか、出せたりしませんか?」
【はい。どうぞ】
幽霊さんに頼んだら、追加で長手袋とハイソックスとブーツを、ポンと作ってくれた。
「……。下着は?」
【無くても平気、なのでしょう?】
なるほど、これが尊厳を失った人間の気持ちか。
オレは本日、尊厳を理解した。
◆
それから幽霊さんに自分の過ちを告白して懺悔などをしたら、見事、主張の激しい桃マークの付いたパンツと、防御力の高そうなコルセットを作ってもらえた。やったぜ。
どれも血液製なので、ちょっと貧血気味になってしまったが、尊厳には代えられない。それにこれは、きっとゲームでよくあるやつ。HPを消費して召喚する強力な装備の類、だろう?
「この服の防御力ってどれくらいあるの?」
【0よ】
もう何も怖くない。オレは無敵になった。
わっしょいわっしょいと
そうして見つけた、扉の向こうの新世界が――まさかの地獄絵図だったわけである。
「な、んじゃーこれぇ……?」
整然と立ち並ぶ棺の列に、あふれる遺灰の山。
絨毯は灰にまみれて乱れに乱れ、調度品も散乱していた。
「この灰って――まさか全部、吸血鬼???」
そっと伺い見てみた隣の部屋も、同じような有様だった。
窓の無い地下に作られた、吸血鬼の寝室といった所だろうか。どこもかしこも灰だらけ。
数えるのも嫌になるほどの遺灰の山が、そこかしこに積み重なっていた。
なんと倫理に反した、冒涜的な光景だろうか。
【…………】
(――――)
はい。掃除のやり甲斐がありそうだなぁ嬉しいなぁとか、ちょっとだけ思ったけどね。
流石に良心が痛んで、喜びより困惑が勝ったよ。ほんとだよ?
「それより幽霊さん。コレって昨日の
ご覧ください心臓爆破事件の関係者です。
手口が一緒。言い逃れはできません。
【全員よ。1匹残らず全員、10405匹よ】
「いちまっ――?!?!」
10405匹、人?を指パッチン1つで、消しちゃったの、かー。
わーすご。ていうかまじかよコイツ。……えぇマジで殺したの。
【吸血鬼は、敵よ。殺人、じゃないわ。ゴミ掃除よ。貴女も、好きでしょう、ゴミ掃除】
「あーぅー……うっす」
嫌いではないけどね。でも同類と思われるのは、心外だ。
少なくともオレは、人型生物をゴミとは断言できない。
悪逆の限りを尽くした野良AIにだって、人権がある。私刑にかけていい法など現代にはない。
【すぐに貴女も、
「ひどくない??」
さっそく1つ、吸血鬼について知見を得てしまった。
思ってたより酷いよ吸血鬼事情。人権もないの? 修羅の世界じゃん。
【――丁度近くに、生物の反応が、あるわ。行って、
「そうっ、いうことは――っ!」
早く言って欲しかった!
誰もいないなぁって油断してたオレも悪いけども!!
(どこ?!)
【9時方向の扉。階段の上、10m先。柱の裏ね】
了解、行動開始!
息と心臓を止めて気配を消し、極力音を立てずに、扉からスッと外へ出る。
階段を無視して天井まで大ジャンプ。梁を指で摘まんで体を支え、天井へ逆さまに着地する。
そして目標対象を視認した。
狐の耳を生やした金髪の少女と、猫の耳を生やした、
前者はコックのような整った服装で、手には肉切り包丁らしき得物を大事そうに抱えている。
後者は粗末なワンピースを着ていて、無手だ。容姿と相まってすごく寒そう。
(吸血鬼の根城に人間、がいるのか? あれは一般人とみなしていいのか?)
【…………】
返答はなく、わずかに思案の感情が流れ込んでくる。幽霊さんにとっても未知の相手らしい。
遠くから見ただけでは正体は分からないが、曰く生物らしい。普通に接触を試みよう。
こそこそと隠れて階段の下を見張ってる子達に対して、それ以上にこそこそ隠れて近寄り――。
「やぁどうも、こんにちは」
こっそりと
「「!?」」
驚いて素直に振り返ってくれたので、その隙をついて手を取って足を払って優しく押し倒した。
あとは腕を固めて、首を軽くキュっとして――はい、拘束完了。
「しー。大声は出さないで、名前と所属と目的を教えてくれる?」
「「…………」」
拘束を緩めて優しく声をかけたが、2人の少女たちは、どうして話せる状態にはなかった。
オレを見たまま固まっている。それどころか、身体を震わせて、失禁までしてしまっていた。
いくらなんでも怖がり過ぎだろう。もしかして、これが吸血鬼に対する一般的な反応か?
【……どう見ても、貴女の、乱暴のせいよ?】
(えっ。乱暴?)
これ、小学校の体育でみんな習うやつ。基礎的な拘束術だぞ?
怪我も失神も脳のハッキングすらしていない、とんでもなく人道的でゆるい対処ぞ?
(なんてこった完全に対応を間違えた。ここは修羅の世界じゃなかった……?)
【完全な間違い、でもなさそうね。そちらの白い子、やる気みたいよ?】
小指に、わずかな痛みが走る。
大きく開いた人ならざる口。鋭く伸びた猫の犬歯に、指を噛まれた。
「「――――」」
白い猫耳の少女を、間近で観察して――両者の拘束を解いた。
【あら、逃がすの?】
(絶対に逃げない。この子の目的は、
【? どうして、分かったの、かしら?】
(目と耳。体温、脈拍、呼吸、脳波、それと歯の感触)
【????】
案の定、猫耳の少女は、すぐに行動を起こした。
狐耳少女を突き飛ばして後ろへ逃がすと、その場に留まって、オレと対峙した。
「ノーラちゃん?! だ、だめっ、待って逃げてぇ!! この人だけは駄目ぇ!!」
そう叫んだのは、狐耳の少女だ。
怯えきった視線をオレに向けながら、それでもか細い叫び声をあげて、白い少女を案じている。
まるで悪役みたいだな。たぶん吸血鬼が悪い。
「…………」
さて、問題はノーラと呼ばれた白い少女だ。その手には、肉切り包丁が一本握られている。
先ほど狐耳の少女とぶつかった際に、奪い取ったようだ。かなりのスリの技量である。
しかし彼女は、脅威ではない。
外から見ただけでも分かる。筋力はなく、体内は病に侵されきっている。病名は不明。肌も髪も石灰のように真っ白で、色を失った少女。アルビノとは違い、瞳も白に染まっている。
ただ片目だけが光を宿して、熱に浮かされたようにギラギラと怪しく輝いていた。
戦闘意欲が旺盛のようだ。この状況、その状態で、本当にやる気か?
それとも何か、勝てる算段があるのだろうか。
「ちを――私の血を、捧げます。どうか私を、吸血鬼に、してください……」
そうして白い少女は透明な笑顔で、手に持った包丁を、自身の喉に突き立てた。
なんの躊躇もなく。自刃した。
(……へぁ?)
とつぜんの凶行に、オレはただ呆けることしかできず。
【……へぇ?】
そして、全身の血液が、殺意で凍えた。