魔都精兵のペット 〜山城恋の弟くん〜   作:ハトル

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 神村鳴海の悪癖に、『戦闘時に獲物を甚振る』というものがある。

 

 この獲物という言葉が指すのは何も敵対する全ての人間というわけではない。実際、若狭サハラに対しては、戦闘を長引かせず速攻で決着をつけた。

 どういう基準で判断しているのかは本人ですら理解していない。強いて言うならば“ナニか”を持っている人間。

 そんな人間が目の前に現れた時、そしてそれが自分よりも圧倒的な弱者であった場合、彼女の悪癖が顔を出し無意識に拳の威力を弱める。

 出来るだけ長く、辛く、苦しく、鈍い痛みを与えるために。

 

 そして──……山城蓮と同じく、東八千穂は“ナニか”を持っている側の人間であった。

 

「いい加減分かりなさいよ! 組長でもないザコが音速(わたし)を止められると思ってんの!!」

 

 ──……だから。

 

「ガハッ!!」

「笑わせんじゃないわよマヌケ!!」

 

 再び立ち上がった八千穂を神村鳴海は甚振り続けていた。

 本来、神村がその気になれば一瞬で勝負がつく戦い。八千穂の能力は蓮やサハラと違い、肉体を戻すことは出来ても強化することは出来ない。

 

 時速900㎞の速度が生み出す運動エネルギーと神村鳴海が持つ純粋な力。この二つが交わった拳を受ければ並の人間はひとたまりも無い。

 だが神村の悪癖が顔を出している事。そして、《東の辰刻(ゴールデンアワー)》の時間操作。この二つが八千穂の命を辛うじてだが繋いでいた。

 

「ガハッ……ゲホッゲホッ」

 

 怒りを糧に立ち上がった八千穂であったが、神村の言葉通り彼女一人でどうにかなる相手ではない。

 何発も拳が身体に打ち込まれ、身体は見るに堪えないほど傷だらけ。口から血反吐を吐き、足元の地面に赤い華を咲かせている。

 

 しかし、それを見て拳を止める相手ではない。

 目をうつろにさせ、血を吐き続ける八千穂に向かって神村は拳を振るう。

 死にかけのザコに避けるのは不可能。そう判断した神村だったが、八千穂はそれが自身の身体に届く直前に()()する。

 

「……チッ(躱した? あぁ、また時間を戻したわね)」

「グッ……ハァ…ハァ…(なんて速さじゃ、時間を戻して尚ギリギリとはな。それにまずいのう、もうすぐ能力が使えんくなってしまう)

 

 “《東の辰刻(ゴールデンアワー)》”はその強力な効果故に体力の消耗も大きい。この戦いで幾度となく使ってきた反動が顔を見せ始め、じわじわと滲み出る汗の玉が八千穂の額を濡らす。

 

「ハァ…ハァ…(あと……もって2()()が限界じゃな)」

 

 徐々に体力の限界が近づいて息が荒くなる八千穂に対して、神村鳴海の表情からは疲労の二文字がいまだに見えてこない。

 

「まだ使えんのねその能力。手加減してるとは言え、その身体で私の攻撃をこうも避けるとは。ムカつくけどいい能力だわ。でもいい加減、鬱陶しいから

 ──……()()()()()

 

──バキッ

 

「ぐっ!……グア‶ァ‶」

 

 何度も見ているというのに、まるで目が慣れない圧倒的な速さ。それなりにあった間合いを一瞬で潰し、八千穂の両腕を掴みへし折った。

 強靭な握力が腕の骨をへし折るのと同時に、血管がはち切れたのか、隊服の袖に血がじわじわと模様を描く。

 

「これで腕はもう使えない、あのふざけたポーズは取れないわね」

 

 再び、地に倒れそうになる八千穂の髪を掴み上げ、二人の視線が混じり合った。

 狙ったのか偶然か、先程の蓮と同じ構図になる。

 

「ハァ…ハァ…」

「ねぇ、殺す前に一つ聞かせてほしいんだけど……何でそこまでするわけ?」

「………」

「知ってると思うけど、私は前にも魔都(ココ)へ来てアンタ達の仲間を3人殺した。その中の一人が言ってたわ、『お前はいつか必ず、魔防隊員に負ける』って」

「………」

 

 身体中に走る激痛に耐えながら、今にも落ちそうになる意識を必死に留めながら、八千穂は黙って神村鳴海の語りを聞く。

 

「そいつも間抜け(アンタ)男性能力者(イレギュラー)と同じで、ムカつく程しつこかった。死ぬ直前まで目からは諦めるという意思が消えなかった。ねぇ、なんで? なんでこれだけの実力差がありながら向かってこれる?」

「ハァ…ハァ…」

「答えて……何でそんな目ができる?」

 

 神村鳴海の質問に対して八千穂は──……。

 

「クッ……クククッ」

「………は?」

 

 ──……頬を緩ませ、口角をわずかに上げた笑みで応える。

 何故笑う? 何が可笑しい? 神村がそう言葉にする前に、八千穂が口を開く。

 

「ま……間抜けは、お前じゃな神村。わざわざ、時間を私様()に与えるとはのう」

「………は? 何言ってんのマヌケ? 頭おかしくなった? そんな声を出すのもやっとの人間が強がった所で何も──……う‟っ!!」

 

 『何も怖くない』その言葉が出ききる前に、八千穂は未だに血が止まらない壊れかけの腕を動かし、神村の腹めがけて銃を乱射する。

 八千穂が持つ銃は魔都の醜鬼を殲滅するために改造されたもの。当然、威力は通常のものとは比較にもならない。だがそれ故に、反動も当然大きくなる。

 今の彼女の腕がその反動に耐えられるわけもなく、発砲と同時に血が噴き出した。

 

「グっ、痛ッ!……でも、効かないわよ!(コイツッ! まだ……いや焦るな。ただの悪足掻きよ)」

 

 効かなかったとは言え、無防備な腹部に至近距離の銃弾を喰らって、まったく痛みを感じないわけではない。

 しかも、まったく警戒をしておらず、油断しきっていた事が功を成し、神村を痛みでよろめかせ数歩下がらせる事に成功した。

 

 そしてその一瞬の隙を──……東八千穂は見逃さない。

 

「──《東の辰刻(ゴールデンアワー)》── 五秒止まれ!」

 

 

───5秒止まる。

 

 

 動くどころか、立っているのもやっとの状態で、八千穂はルーティンである崇高な構えを取る。

 神村のスピードであれば、間合いを一瞬で詰めて防ぐことも可能だっただろう。あえてそうしなかったのは、『オマエ(間抜け)の攻撃など恐るるに足らない』と、再び世界が動き出した時に嘲るためであった。

 

 だが、その判断は──間違いであった。

 

(今までのように頭など狙っても大して効かぬ! ならば狙うべき場所は一つじゃ!!)

 

 止まった時間の中、八千穂は銃口を神村の()()へと当て、放った。

 五秒経ち、再び世界は動きだす。

 

「ガッ、ア‟ァぁぁぁ!!(コイツッ……私の目を狙って!?)」

 

 時間を止め、敵の頭を撃ち抜く。それは東八千穂にとって最も合理的で、最も強力な勝ちパターン。だが、神村相手にそれは通用しない。効くかどうかは賭けだったが、狙いを変えた八千穂の判断は正しかった。

 神村の眼球は潰れこそしなかったが、赤黒く変色し流血を起こす。

 

「ア”ァ‟ァ……!(なんなんだ魔防隊員(コイツら)は!? 弱いくせに間抜けのクセに! これだけボロクソにしてやったのに、これだけ実力差があるのにッ! 独りきりでなんで戦える!? 何故諦めない!? 何故音速(ワタシ)を止めようとする意志が消えないッ!?)

 

 理解出来ない。理解したくもない程の諦めの悪さを目の当たりにした神村は、一刻も早くコイツを殺そうと能力を展開する。

 

「───瞬目厳禁(アクセルスター)───!!」

 

 怒りを土台にした殺気が彼女の身体から溢れる。もはや、彼女の悪癖はすでに引っ込んでいた。

 一秒でも速く八千穂を殺すために、一秒でも速く消す為に、神村鳴海は駆ける。

 

 

 ──……だが、八千穂に拳が届く前に、()()()()()

 

 

 

怒れる羊(クレイジーシープ)───『()』!」

「は?(コイツ、なんで動け…? 雷戟(スサノオ)で内蔵を貫いたのよ!?)」

 

 八千穂へと迫る刹那の間に、背後から再び彼女は戻って来た。諦めが悪いとか、そんな言葉では言い表せないしつこさに、神村は怒りで顔を歪める。

 

「はぁーーっ!!!」

「引っ込んでなさいパワーだけ女ァ!! アンタの攻撃力も速さもたかが知れてるのよ!!」

 

 サハラの攻撃は効かないし、速さも自分なら対応できる。

 そう思った矢先、サハラは先ほどの戦闘とは比べ物にならない動きで、神村との間合い一気に潰し、拳を打ち込んだ。

 その拳は先程まで繰り出していたモノとは明らかに別格。神村に対して大ダメージを与える程の威力があった。

 

「……グッ!(さっきよりパワーとスピードが格段に上がって!?)」

「はぁーー!!(倒す! 絶対に倒す! 親友(やっち)が命を掛けて3()()稼いでくれた! このチャンスを逃したらもうチャンスは巡ってこない! この一分でぜったい倒す!)

 

 腹を貫かれ倒れていた時も、彼女は聞こえていた。八千穂の悲鳴が。八千穂の身体を甚振る拳の音が。

 仲間が、親友が、副組長が、傷つきながら必死に戦っているのに自分は何も出来なかったこと。何より、仲間を散々馬鹿にして傷つけた怒りを拳に込めて、若狭サハラは駆け抜ける。

 

「いい加減にッ! しなさいよォ!!」

「それはこっちのセリフー!!」

 

──《怒れる羊(クレイジーシープ)》の時間切れまであと45秒。

 

 《怒れる羊(クレイジーシープ)》での最大戦力である『1』。それは圧倒的だった戦力差を一時的に埋める事が出来た。

 若狭サハラはパワーを。神村鳴海はスピードを。それぞれの持ち味を活かし、両名共に拳を打ち合い続ける。

 

 二人の拳が振るわれる度に、衝突する度に、周囲の空気が震えた。地面はひび割れ、轟音が空間に響き渡る。

 地面を揺るがす程の殴打の連続。幾度となく互いに打ち込んだ打撃が、両名の身体の内部に深刻なダメージを与える。

 

「くっ……!(まずい! さっきの攻撃のせいでまだ目がぼやけてる!)

 

 総合的な戦闘力で言えば神村に軍配が上がる。しかし、押しているのは若狭サハラであった。

 その決定的な要因は、先程の八千穂の攻撃。八千穂の執念が、一時的にではあるものの神村の視力を鈍らせていた。

 

──《怒れる羊(クレイジーシープ)》の時間切れまであと20秒。

 

 いくら神村と言えど、今のサハラは視界に靄がかかった状態で相手できるほど甘くはない。徐々に押されている状態を鑑みて、神村はある決心をする。

 

「クソッ……アンタ相手に()()を使う羽目になるとはね!!」

 

 神村は“発電能力”を解放。自身の身体に電気の負荷をかけ、肉体の能力を底上げする。

 山城蓮を沈めた時と同じ姿。再び、神村の身体の周囲を蒼い雷がほとばしり、青い髪を逆立たせ、雷神の様な姿へと変貌した。

 

 神村の姿が突然変わった事に対して、サハラは一切ひるんだ様子を見せない。もうすぐ時間切れで戦えなくなってしまう。ここで引くわけにはいかない。

 相手の変貌もなんのその。まったく臆せずに向っていく。

 

「はぁーーッ!!

「いい加減ウッザイのよ! 眠れ!

───《“音戟(ソニック)”》───!」

 

 “音戟(ソニック)”の発動。それは“瞬目厳禁(アクセルスター)”の一時的な使用不能を意味する。だが、若狭サハラの超強化に加え、視力の低下という現在の状況を鑑みて、今すぐに目の前の敵を排除すべきだと神村は判断した。

 

 蒼き雷を纏い、ソニックブームを身体の周囲に発生させながら突撃する一撃。

 “音戟(ソニック)”の最高時速は通常の神村鳴海のスピードを遥かに凌駕する。山城蓮ですら初見では反応することすら出来なかった。

 《怒れる羊(クレイジーシープ)》─『1』の状態であるサハラでも流石にこれを防ぐことは出来なかった。

 

 若狭サハラは“音戟(ソニック)”をまともに喰らい後方へと吹き飛ばされ……そして、意識を失い倒れた。

 

「ハァ…ハァ…ハハッ、手こずらせてくれたわね」

 

 今度こそ、今度こそ倒した。もう立ち上がれない。神村が勝利を確信したその瞬間──……若狭サハラは()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「………は? なんで立って? 意識、無いでしょ?」

 

──《怒れる羊(クレイジーシープ)》の時間切れまであと5秒。

 

 神村の疑問は当然だ。実際に今、若狭サハラは意識を失って気絶している。言うなれば、眠っている状態と同じ。どう考えても、勝敗はすでに決したかのように思える。

 

 しかし、神村鳴海を倒すという強い意志。何よりも、東八千穂と山城蓮。この二人を護りたいという強い想いが、この土壇場で彼女の能力を“想像の一歩先”へと昇華させた。

 

 意識を失いながらも、自我を無くしながらも、若狭サハラの身体は闘争本能によって再び動き出す。

 標的は、近くに居た神村鳴海。

 

「……速いっ!!? さっきのが全力じゃ!?」

 

 先程よりも桁違いに上がった速度とパワー。

 “瞬目厳禁(アクセルスター)”を使えなくなった神村に避けるなんて選択肢は無い。瞬時に判断して防御態勢を取ろうとする。

 

「来なさい! 錫じょ──」

「──《東の辰刻(ゴールデンアワー)》── 五秒止まれ!」

 

 

───5秒止まる。

 

 

 サハラの攻撃を防ぐために、再び錫杖を呼び寄せようとした瞬間、後ろに控えていた八千穂が能力を発動した。

 八千穂はサハラが今どんな状態なのか理解していない。明らかに気絶しているのに、動けているという矛盾。何か自分の知らない存在になった事だけは分かるが、どういう性質の技なのかは理解できない。

 

 だが、今はそんな事関係無い。自分がやるべき事は、副組長として仲間を援護し守ること。

 時間が止まった世界の中、神村の右腕目掛けて銃を発射。発射時の反動が壊れかけている腕に鈍痛を響かせる。痛みで倒れそうになるのを歯を食いしばって持ちこたえた。

 能力が切れる直前、八千穂は友に向かって吠える。

 

「やれ!! サハラ!」

 

 5秒経ち、世界は再び動き出す。

 八千穂が放った銃弾は的確に神村の右腕を撃ち抜いた。ダメージは当然無い。だがその攻撃により、神村は発電能力のコントロールを乱し、錫杖を手に掴み損ねた。

 この戦いで何度も《東の辰刻(ゴールデンアワー)》は体験したのだ。何が起こったのか神村は瞬時に理解し、額に青筋を立て憤怒する。

 

「こんのクソアマ──ブッ!?」

 

 例え眠っていて意識がなくとも、例え止まった時間の中で発せられたものであっても、若狭サハラに東八千穂の言葉(オモイ)は届いている。

 親友の、副組長の言葉と、コレで決めるという決意。全ての想いが籠められた拳は神村の顔面へと吸い寄せられ、そのまま勢いを殺さず地面に叩きつけた。

 極限を超えた極限まで強化されたサハラの拳の影響で、彼女を中心とした直径約50メートル、深さ約10メートルのクレーターを生み出す。

 

 ここで『怒れる羊(クレイジーシープ)』の時間切れが起こり、神村の身体に覆いかぶさる様に力尽き倒れた。

 

「サ……サハ、ラ? ……やりおったのか?」

 

 もう立ち上がるな。もう倒れてくれ。そんな願いを胸に、軋む身体を必死に動かし、友の元へと歩む八千穂。

 だが──……サハラの覚醒した力も、八千穂の願いも届かなかった。

 

「ガァ‟……あぁ、ハァ…ハァ…」

「ッ!? バ、バカなッ……!(サハラのあの一撃ですら倒れぬのか!?)」

 

 先程の拳の影響で顔面が半分潰れながらも、よろよろと再び立ち上がる神村。悍ましく、恐ろしく、醜い形相を自身の眼で捉えた八千穂は、絶望に顔を歪ませる。

 呼吸を荒げながら、神村は倒れているサハラの隊服を掴み、八千穂の方へと投げ飛ばした。

 受け止めようとするものの、今の八千穂にそんな力は残っていない。踏ん張りが効かず、サハラの身体を抱きかかえるように座り込む。

 

「ハァ…ハァ…こんのッ! クソアマ共がア‟ぁぁ!」

 

 2人に対する殺気を周囲にばらまき、怒りを吠える神村。怒りを吠えながら、懐から1()()()()()()()()()()()()

 先ほどと同じく、そのカードは発光現象を引き起こした後、改造された醜鬼へと変貌した。

 

「まだ……隠し持っておったのか!?(まずい! もう《東の辰刻(ゴールデンアワー)》は使えぬ!)」

「その女共をブチ殺しなさいッ! 今すぐに!!」

 

 神村の命を受け、改造醜鬼は一目散に向かって行く。もはや二人に、反撃する術など残ってはいない。自身の死を悟った八千穂は抱えている親友の身体を、サハラの身体を強く抱きしめなおした。

 醜鬼の拳が、二人の命を狩り取る直前──……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──……漆黒の流狼星(オオカミ)が、醜鬼の身体を消し飛ばした。

 

 

 死を覚悟し閉じていた瞼を再び上げる東八千穂。サハラを抱きながら、その瞳が最初にとらえたものは、先程まで満身創痍であったはずの山城蓮の背であった。

 

「………は? なんで、アンタが!?」

 

 一方神村は目の前で起こった現象がまるで理解できず、何とも力の抜けた言葉を漏らす。

 

「い、犬っころ……?」

「遅くなって悪い! ()()()()()()手間取った!」

「傷を治した、じゃと??」

 

 その言葉を聞いて、八千穂は視線を動かし蓮の身体全体を視野に納める。混乱して今の今まで気が付かなかったが、重傷であったはずの身体はすっかり元通り完治していた。

 胴体も、脚も、赤黒く変色し折れていた腕すらも、全て元通りになっていた。

 自分達が目を離していたほんの数分の間に何が起こった? 何をした? そんな思考が八千穂のみならず、未だに状況が吞み込めない神村の頭を埋め尽くす。

 あまりの回復の速さに、東海桐花を連想する八千穂であったが、まったく別物であると直感した。

 

「い、犬っころ……お前、回復能力など持っておったのか?」

()()()()()()()()()()()!(何となくでやってみた技だけど、上手くいって良かった)」

 

 その言葉を皮切りに、溶けそうになっていた神村の脳は正常な働きを取り戻していった。

 

(『効果は自分のみ』? そうか! こいつ『身体能力強化』で()()()()()を爆発的に上げたのね!?)

 

 冷静さを取り戻した神村の脳は、苦も無く正解へと辿り着く。

 

「どいつもこいつも……ッ! いい加減にしなさい!」

 

 東八千穂も、若狭サハラも、目の前の男も。なぜ諦めるという事を知らない? 何故何度も何度も立ち上がれる?

 

「これで最後だ神村鳴海。今度こそお前を嚙み殺す」

「ほざくなッ、ノロマがァァ!!」

 

 身体に響く痛みも相まって、言いようのない苛立ちが沸々と込み上げてきた。怒りの表情を浮かべながら再び錫杖を手元に引き寄せ、発電能力を展開する。

 

「来なさい錫杖!!(こいつのスピードはもう分かってる! “瞬目厳禁(アクセルスター)”が戻るまでの短い間ならば、発電能力で十分。その後は速攻で終わらせてやる!)」

 

鳳雛の首輪(ペット)──能力全解放(100%) 《黒狼(コクロウ)》!」

 

 止めるなど、ましてや時間稼ぎなど容易い高速(ノロマ)だったはず。だが、蓮の繰り出した初撃を神村鳴海は防ぐことも、反応することすら出来なかった。

 まるで時間が飛んだのかと錯覚すら起こさせる速さ。刹那とも呼べぬ一瞬の間に距離を詰めると同時に、神村の腹目掛けて蹴りを繰り出した。

 

「──カッ、ハ(……は?)」

 

 神村が『攻撃された』と認識したのは、自身の身体が超高速で宙に舞っている時。

 まず最初に感じたのは、体内の空気を血と共に無理やり体外に押し出されたような感覚。その次に腹から全身へと駆け巡り、深く響く強烈な痛み。最後に後方へと吹き飛ばされる浮遊感。

 一つ一つ脳が情報処理を行っていき、ようやく自分が攻撃されたのだと理解することが出来た。

 

(何が起こった? 何処へ行った? さっき私と戦った時とはまるで違う! 脚力(パワー)はさっきの若狭サハラと同等。速度(スピード)に至っては時速900㎞(ワタシ)()()()()()!)

 

 自己治癒力強化による回復。

 桁違いに上がった脚力(パワー)速力(スピード)

 そして──……戦闘開始前に発せられた『全開放』というワード。

 これだけの情報が出てくれば、一体何が起こったのか誰でも自ずと答えが出る。

 

(まさかコイツッ!? いままで()()()()()()()()()()()()()()とでも言うの!?)

 

 錫杖で防ごうにしても、そんな暇すら与えない圧倒的な速度差。行動を起こそうと考えたときには既に、攻撃が完了している。

 

「カハッ! ボォエ゛ェ……ちょッ……ま゛で

(“瞬目厳禁(アクセルスター)”無しじゃ勝負にならない! それにまだ若狭サハラに貰ったダメージのせいで体が思うように動かない!)」

 

「うおおおォッ!!!(脚を止めるな! 攻撃を途切れさせるな! 身体を無理矢理治して全開放まで使ったんだ、もうすぐ代償である『発情』が来る! だから、今ヤらなきゃいけないんだ! もっと加速しろッ、二人の作ったこの勝機(チャンス)を無駄にするなァ!)

 

 一瞬も途切れることのない連続攻撃。

 勝負とも言えない、圧倒的な強者が弱者を甚振るだけの蹂躙。先程まで自分達を圧倒していた神村が、今は一人の男に圧倒されている。

 その光景を見て、東八千穂は……。

 

(なんじゃ……あの速さは!? あの神村を相手に反撃すらさせずに圧倒しておる)

 

 明らかに自分が知っている山城蓮の動きでは無い。目では追うことすら出来ないが、最高速度(トップスピード)は神村を超えていると直感的に理解した。

 だが、その圧倒的なスピードを見てもなお。今なお蓮が神村を蹂躙している光景を見ても、八千穂は“このまま行けば勝てる”とは思わなかった。

 

(強い、じゃが……犬っころの奴、勝ちを急いで焦っておるな! 周りが見えておらぬ! それにあの錫杖が邪魔すぎる!)

 

 眼で追えずとも、八千穂は気付いていた。

 『ここで決めなければ』『勝たなくちゃ』その強い想いが蓮の視界を狭め、呼吸を浅く、冷静さを欠かせていたことに。

 

 力強い雄叫びを、猛々しい咆哮を上げながら加速していく蓮。徐々にスピードを上げ、神村の命を削いでいくが、それと同時に自分の首も締めていく。

 

「はああああッ!」

「クッ……ソがァ!!」

 

 この数秒の間に何十発喰らったか分からない蹴り。それが再び神村に打ち込まれた瞬間、両名の間に距離が空いた。と言っても、二人からすれば距離など無いに等しいと言えるほんの些細な間合い。

 蓮であれば一瞬もあれば潰せるような距離。だが、神村はその一瞬を使い、所持していた醜鬼のカードを全て宙へと投げ捨てた。

 

 その数、19枚。

 

「醜鬼共! そいつを止めなさい! 殺すつもりでもいい!!」

「お前らに用は無い! 邪魔すんな──……醜鬼共(ゴミども)

 

 神村の命を受け、殺す気満々で向っていく改造醜鬼の軍団。八千穂とサハラの二人がかりでも6体倒すのに多少時間をかけた程の醜鬼。

 だが、それすらも今の彼には烏合の衆でしかない。

 

「──鬼喰(オニゴロシ)の時間だ──!!」

 

 1秒程の時間で19体全ての改造醜鬼の頭を蹴り飛ばし、本命である神村の元へと駆けていく。

 改造醜鬼を出したことを最後の悪あがきだと判断した蓮であったが、神村の狙いは別にあった。

 

「これで終わりだ神村ァ!!」

「──《“雷戟(スサノオ)”》──(馬鹿が! 勝負を焦って突っ込んできたわね! こっちはチャージ完了よ!)」

「(電撃による攻撃!? さっきの醜鬼はこの為の布石か!? いったん引くか?……いや、若狭さんは一歩も引かなかった! 心臓を撃ち抜かれても、ここで引く訳にはいかないんだ!!)はああああッ!!」

 

 ここで出たのは戦闘経験の差。もし魔防隊員としての経験がもっとあったならば、神村の意図を察知していただろう。もっと準備する時間があったのならば、一歩引いて戦闘を立て直す冷静さを身に着けていただろう。

 だがそれは出来ない。経験の差だけは、時間が解決するものであり、能力や才能は関与しないのだ。

 

「経験が! “時間”が無かったと無様に言い訳しながら倒れろ!──《“雷戟(スサノオ)”》──!!」

 

 神村鳴海の身体から漏れ出した蒼雷が、サハラを貫いた時のように輪郭を成し戟となってゆく。

 しかも、あの時とは違いその数は5本。確実に止めるために、確実に当てるために、五本もの(やり)を同時に放つために、錫杖を振るう。

 攻撃に意識を集中している蓮がコレを回避する術はない。

 サハラと同じく、身体を貫かれる──……()()()()()

 

 

 

 

 

 神村鳴海が“雷戟(スサノオ)”を繰り出そうとするよりも前に。

 六番組の副組長は──……東八千穂は動き出していた。

 

(圧倒しておるが、あの神村がこのままくたばるとは思えぬ! 必ず何か仕掛けてくるはずじゃ!)

 

 自分でも何故動けるのか分からないレベルの重体であるにも関わらず、再び銃をその手に握り、八千穂は駆け出していく。

 

(しかしどうする? 《東の辰刻(ゴールデンアワー)》はもう……いや、関係あるものか。思い出すのじゃ東八千穂! 『東家』としての誇りを! 出雲組長の言葉を!)

 

 『東家』の者としての誇りと組長の言葉を胸に宿し、心を奮い立たせる。

 そして先刻、サハラを貫いた“雷戟(スサノオ)”を発動しようとする神村の姿を眼で捉える。

 

(またアレか!? しかしどうする!? 《東の辰刻(ゴールデンアワー)》を使えたとしてもここは完全に射程外! 5秒では届かぬ!)

 

 また護れないのか? また何も出来ず黙って見ているだけなのか? 副組長として、それでいいのか?

──……否である!

 

(今までの様に5秒では足らぬ! 腕だけではない、全身でポーズを取れ! 崇高を超えた至高のポーズを創りだせ!)

 

──……6秒(もっと)……7秒(もっと)……。

 

(今までのものよりも……倍の時間(チカラ)を捻りだすのじゃ!!)

 

 

 

 

──蓮君とサハラをお願いね──……“副組長”

 

 

 

 

 今まで積み重ねてきた莫大な研鑽。いくつも乗り越えてきた試練。この魔都(セカイ)くぐり抜けてきた数多の死線。

 これまで培ってきた全てと、『東家』の中でも上位に食い込むほどの才能、そして副組長として仲間を護りたいという強い意志が、この窮地から仲間を救うための力を……。

 ──……“想像の一歩先”の力を彼女に与えた。

 

 

「──東の大辰刻(プライムタイム)── “十秒”止まれェェ!」

 

 

 

───10秒止まる。

 

 

 






読んでいただきありがとうございます。
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次回『【山城恋】の名を背負う者』
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