魔都精兵のペット 〜山城恋の弟くん〜   作:ハトル

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魔都防衛隊No.2

 

 

 魔都の空に浮かぶ双月が照らす中、神村鳴海との長い死闘に決着がついた。

 神村から生き物としての『命の音』が完全に消えた。

 

 ──勝った。自分達が勝ったのだ!

 

 まるで確認するかのように、何度も何度も繰り返し心の中でそう吠える。

 だが、喜ぶのも束の間。緊張の糸が切れたのか、それともアドレナリンやエンドルフィンと言った神経伝達物質が切れたのか、全身に走る激痛を思い出しその場に跪く。

 

「ハァ…ハァ…ゲホッゲホ(海桐花さんの様にはいかないか)」

 

 身体を治したと言っても、動けなくなった身体を無理矢理にでも動かせるようにする為の応急処置。やり方は荒く完璧とは程遠い。回復では無く、修理と言った方が正しいだろう。

 

 身体の表面は問題ないように見えても、中身は半壊状態。咳と共に口から血を吐き出し、白い隊服と地面を赤く染める。

 痛みで手放したくなる意識を、蓮は必死に歯を食いしばって保っていた。

 戦いは終わっても、まだ倒れるわけにはいかない。

 

(まだだッ……まだ倒れるな! 速くあの2人の所へ……!!)

 

 生まれたての小鹿の様にプルプルと震えた脚を動かし、一歩、また一歩と、八千穂とサハラの元へと歩いて行く。

 ここは魔都。脅威なのは神村だけではない。端末が使えず救援を呼べない今の状況。もし自分までもが倒れれば、醜鬼に三人共殺される。

 

 呼吸も荒く、顔色も真っ青。内臓や骨もボロボロの死にかけ状態で、山城蓮は最後の力を振り絞る。

 

(能力は解くな。今解いたら意識が途切れる。その後、仮に起きれたとしても『発情』してる筈だからまともに動けない)

 

 脚を踏み込んで一気に加速しようとしたその瞬間。

 ──彼の研ぎ澄まされた嗅覚が、鼻が曲がる程の()()()()を感じ取った。

 

「マジ、か(ふざけんな! この匂い、醜鬼が来るッ!)」

 

 余りにも理不尽で残酷な現実。死闘を乗り越えた者にも一切の容赦はしない。まるで魔都がそう言っているようであった。

 クソったれな現実に下唇を嚙みながら、蓮は満身創痍である自身の身体を動かし再び戦闘態勢へと切り替える。

 

「来いよッ……! 空気の読めないバカ共ッ!」

 

 悪態をつく蓮であったが、すぐに様子がおかしい事に気付く。

 

 ──何かがおかしい。今までとは何かが。

 

 魔防隊に入隊して約一週間。これまでパトロール中に醜鬼が生まれる現場には幾度となく立ち会ってきた。その度に鼻の穴に流れ込んできた酷い悪臭。だが、今回は今までとは何かが違う。

 

 理由は無い、ただなんとなくそう思った。そう言う他無い。

 

 直感的にそう感じ取ったのか、蓮は全神経を嗅覚に集中させる。この悪臭の発生源が何処であるのか確認するために。

 《黒狼》の『身体能力強化』によって極限まで研ぎ澄まされた蓮の嗅覚は、そこまで苦労すること無く臭いの発生源を突き止めた。

 

「……………は?(なんで、そこから?)」

 

 蓮は驚愕で表情をこわばらせ、額から冷や汗を流しながらゆっくりと振り返る。

 悪臭を放つ──()()()()()()()の方へと。

 

(“狼月(カミツキ)”だぞ!? 出雲組長の蹴りに僕のスピードを上乗せした一撃だぞ!?)

 

 コミックを嗜む趣味のある蓮の脳裏に最悪の展開がよぎる。倒したと思った敵が復活するという、何とも使い古されたテンプレな展開を。自分も似たような事を先程やってのけたのだ。ありえない話ではない。

 

 そんな展開が脳裏に浮かんでからの蓮の行動は速かった。

 心の中で舌を何度も打ちながら、神村鳴海の身体めがけて加速する。出来る事なら考えすぎであって欲しいが、この魔都の残酷さや理不尽さは知っているつもりだ。

 

(出来るなら身体全部バラバラに! 最低でも両足をもぐッ!!)

 

 ナニか起きる前に可能性を潰そうと、神村目掛けて加速し猛進する蓮であったが

 ──……時すでに遅し。

 

 勘違いであって欲しかった。考えすぎであって欲しかった。そんな僅かな願いを踏みにじるかのように、神村鳴海の身体は壊れた人形の様に不気味な動きを見せた後、その風貌を大きく変えた。

 身長は5メートル程まで膨れ上がり、それに伴い四肢も筋肉質でごつく太いモノへと変わっていく。

 

 まるで──()()()()()姿()へと。

 

 やはりこの魔都(セカイ)は慈悲や情けがまるで無い。

 

 ボロボロの身体に残された僅かな力を振り絞り加速した蓮には、今さら止まるという選択肢は残されていなかった。それ故に、すぐさま思考を切り替え、醜鬼と化した神村めがけて攻撃を繰り出した。

 

 だが、醜鬼も同じく拳を振るった。変身前とは比べ物にならない巨躯。極太の右腕から繰り出された拳の破壊力は、先程までとは比べ物にならない。

 ボーリングの球と同じくらいまで肥大化した拳が、神村鳴海の能力で加速し振るわれる。

 

 満身創痍である蓮がそんなモノと張り合えるわけも無く、なすすべもなく吹き飛ばされた。

 

「ガハッ……!!(重すぎるッ!)」

 

 苦労して治した身体が、再び傷付き鮮血にまみれた。

 先程のお返しと言わんばかりに吹き飛ばされた蓮の身体は、地を何度か転がり回った後、ようやくその動きを止める。

 

「ゲホッゲホ!(人間が醜鬼に変身だと!? そんなのまるで……)」

 

 陰陽寮に数年隔離されていた山城蓮は知っている。

 人間が醜鬼の様な姿へと変わってしまう現象を。そして、その現象で人生を歪められた被害者達を。

 

 ──だが、彼の知っているソレとは全く異質な現象であると直感した。

 

(いや、波音(なおん)達とは明らかに風貌が違う! そもそもあの現象は魔都で桃を食べた時に起こる現象のはず!)

 

 陰陽寮で出会った彼女達の姿を思い浮かべるが、似ても似つかないその醜い風貌。それを見て、ソレとは明らかに違う事を確信した。

 では、考えられる可能性はただ一つ。

 

「“神”って奴の仕業かよ!!」

 

 どうやってかは皆目見当もつかないが、他人に発電能力を与えられる程の力を持った神の仕業。

 思考の流れとしては至極当然の結論だが、それは間違いだ。神でさえもこの展開は予想だにしていなかった。実際、すぐそばで暗幕の内側に居る神も、動きを止めて驚いた表情を浮かべている。

 

 八雷神は確かに彼女の身体に様々な改造を施した。だが、死んだ後にこの様な結果を見せるとは思わなかった。

 

 神村鳴海の生前の怒りか。死して尚消えない神への忠誠か。もしくは魔都が生み出した試練か。

 何がきっかけとなったのかは今となっては知る由もない。だが、ハッキリしていることが1つだけある。

 

 それは、醜鬼となった彼女は山城蓮を殺すことだけが目的の醜鬼人形へと生まれ変わり、生前とは別次元の存在になったという事。

 

「ハァ…ハァ…(ど、どうすれば!? もう力なんて残ってない!)」

 

 もう歩き方すら忘れたのか、こちらへと四足歩行で向かってくる醜鬼。それを見て蓮はどんどん顔色を絶望の色へと染めていく。

 動こうにも“狼月(カミツキ)”と先程の踏み込みで脚がもう限界を迎え、立ち上がることすら許さない。

 

 だが、それが醜鬼が手を止める理由にはならない。地に這いつくばる少年の腹を蹴飛ばし、再び宙へと吹き飛ばす。

 体内の空気を無理矢理押し出されたように、今日何度目か分からないが吐血と吐瀉物を空中でまき散らす。

 

 それからも醜鬼の攻撃は止まなかった。何度も何度も動けなくなった少年に対して、殴る蹴るを繰り返す。

 思わず目を瞑るか逸らしてしまいたくなる程の残虐な光景。

 

「カハッ……オエ゛ェ」

 

 もう何度目かは分からないが、繰り出された拳に吹き飛ばされた蓮の身体は、偶然にも八千穂とサハラが倒れている場所まで戻ってきていた。

 

「ふ……た、りとも」

 

 喉をやられたのか、もうまともに喋ることも出来ない。

 助けて欲しいのか、それとも逃げて欲しいのか。真意は分からないが、倒れる2人に向かって震える手を伸ばす。

 

 まるで懇願するかのように『山城恋』ではない別の女に手を伸ばす。その行動は彼らしくないモノであった。

 

 どちらにせよ願いは届かず、二人は共に目を覚ます様子を見せない。現実を突き付けられ、山城蓮の心はさらに奈落へと沈んでいく。

 

(痛い……痛い……能力が、上手く使えない。息が出来ない。立てない……)

 

 能力もまともに使えなくなってしまい、『身体能力強化』によって上がった精神力も下がる。先程までの強気が噓のように、心の中で何度も弱音を吐く。

 それにより、山城蓮の脳内で呪いの様な言葉が何度も流れてくる。 

 

 ──……逃げろ……逃げろ。

 

(誰だ? さっきからずっと……)

 

 ──……逃げろ……逃げろ。

 

(いや、違う。これは……本音(ボク)だ)

 

 ──……逃げろ……逃げろ。()()()()()()()()()

 

 

 分かっている。これは幻聴などでは無く、彼の心の叫び。その証拠に脳内で流れてくる言葉の声質は彼そのもの。

 今までもずっとそうだった。魔防隊に入隊した日も、危険と遭遇した時も彼は逃げようとした。

 いつだって彼の優先事項の頂点は『山城恋』であり、その次は『友人』、そして最後に『自分』。それ以外はどうでもいい。

 

 もしこの場に居たのが山城恋や羽前京香の様な英雄の器を持った人間であれば、逃げるか戦うかの選択肢で迷う事すらなく、どうやって勝つか思考するはず。

 

 少年は、自分でも分かっている。

 山城蓮は英雄(ヒーロー)には成れない人間だと。

 

 

 ──……分かっている筈だ。もう勝てない。二人を囮にして逃げろ。

 

(僕は魔防隊員だッ、恋姉にも言われただろう!? それだけは忘れるなって! それに、あの化け物相手に逃げられる訳ないだろう!)

 

 ──……たかだか一週間、短い間一緒に居ただけの女二人を犠牲にすればまだ望みはある。だが、このまま戦えば確実に死ぬぞ。

 

(やめろ!! そんなことしたら恋姉の名前に傷がつく! それに一人は海桐花さんの孫だぞ!)

 

 ──……お前はツインテールの事が嫌いの筈だ。見捨てろ。それ以外助かる道は無い。今までだってそうしてきたじゃないか。今さら善人ぶるな。真面目ぶるな。良い子ぶるな。見捨てろ、山城蓮。

 

(でもッ……でもッ……助けてもらって……)

 

 ──……見捨てろ。逃げろ。お前は山城恋にはなれない。お前は山城恋じゃない。

 

 

 少しずつ。ほんの少しずつ、呪いを打ち消そうと吐き出す言葉に勢いが無くなっていく。心が揺れていく。気持ちが傾いていく。

 理性と正義感が本音という闇に飲み込まれ始めていく。

 

 

 ──……逃げろ。恋姉に……山城恋にもう一度会いたいだろう?

 

(……会いたいよ。恋姉に、会いたいッ……………逃げても、いいのかな?)

 

 ──……良いんだ。きっと許してくれる。こんな僕でも、きっと愛してくれる。今までだってそうだったじゃないか?

 

 

 山城恋に会いたい。もう一度、彼女に会いたい。その思いが強すぎるあまり、蓮の心は黒く渦巻き始める。

 

(そうだ、逃げればいい。僕は恋姉に会いたい。その為なら、なんだってッ……!!)

 

 醜鬼がこちらへと向かっている。こちらに到達する前に、二人を置いてこの場を這いつくばってでも離れようとする蓮。

 だが行動に移す直前、誰かに肩を掴まれたような気がした。

 

 

 ──……蓮、言ったはずよ。戦いなさい。嚙みつきなさい。

 

(……………恋姉)

 

 逃げようとする山城蓮の前に、立ちはだかるように山城恋の姿をしたナニカが現れる。

 当然、これは幻覚。肩を掴まれたと感じたのも、目の前にいるように見える彼女も全て脳が見せている幻。

 

 少年の中に僅かに残った理性が、山城恋の形となり自分で自分を止めようとしているのだ。

 

 ──……私の弟なら、山城恋の名を持つ者なら、逃げることは許さないわ。戦いなさい。

 

(……無理、立てないよ恋姉。肺が片方潰れて、肋骨もいくつか折れてる。腕はもう使い物にならないし。脚に至っては右のアキレス腱が切れて、左は多分膝蓋骨と脛骨が砕けてる)

 

 ──……関係無いわ。教えたはずよ。どんな状況でも、どんな相手であろうとも、敵の喉元に嚙みつきなさい。

 

(なんでッ……なんでそんな事言うの!? 痛いんだよ、苦しいんだよッ! 今までずっと良い子でいたじゃん!)

 

 まるで駄々をこねる子供。精神力の低下、さらに激痛と死の恐怖によって、彼の情緒を不安定なモノへと変貌させる。

 いや、変貌と言うより、これが本来の山城蓮の姿なのだろう。

 

(陰陽寮の実験にも耐えてきた! 魔防隊に入隊しろって命令も聞いた! 頑張って来たんだよずっと! 今回ぐらいッ、今回ぐらい許してよ!!)

 

 ──…………………嚙みつきなさい、蓮。

 

 彼の心の悲鳴を、叫びを聞いて尚、山城恋の幻覚は逃げることを決して許さない。

 山城恋はそのまま這いつくばる彼の元まで歩み寄り、頭を優しく抱きかかえ、ゆっくりと撫でる。

 

 ──……貴方なら、蓮ならやれるわ。あと少し……あと少しだけ頑張って。

 

 幻覚である事は分かっている。自分が自分を引き留めるための都合の良い妄想。

 それは分かっているが、好きな女にここまで言われて逃げるなど、少年には出来なかった。

 

 彼は……男なのだから。

 

 気を抜けば今にも流れ落ちそうになる涙を拭い、代わりに瞳に闘志を宿す。

 

 再び──少年は歯を食いしばって立ち上がった。

 

 逃げる為では無く、こちらに迫ってくる者を迎え撃つ為に。

 立ち上がるのと同時に、醜鬼は蓮のすぐ近くまでやってきた。相対し、睨み合う山城蓮と醜鬼人形。

 

(能力ッ、開放……!!)

 

 醜鬼の咆哮が開始のゴングとなり、蓮は能力を開放。

 醜鬼の周りを四方八方うねるように高速で動き回る。踏み込みの度に地面と脚がひび割れ、土煙と血潮を舞い上げる。

 

 今の蓮の身体は、医者に言わせれば立つどころか、何故コレで生きているのか分からない程のダメージを蓄積している。それなのにこんな動きが出来ている矛盾。最早、どちらが化け物か分からない。

 

(コイツはもう死んでる! 普通の醜鬼とはスペックは比べ物にならないが、モノを考えるなんてことは出来ない筈!)

 

 血が混ざった土煙によって蓮の姿を見失い、混乱する醜鬼人形。神村の意識があれば、こんな事で混乱などしなかっただろう。蓮の言う通り、基本性能は飛び抜けているが、ただの醜鬼となんら変わらない。

 

 その一瞬の隙を見逃さず、蓮は懐に飛び込んだ。そして自分に残された力、一滴残らず全てを絞りつくした渾身の一撃を放つ。

 もうこれで、彼には何一つ残っていない。正真正銘、最後の一撃。

 黒狼の最後の牙を喰らった醜鬼は、地面を削りながら吹き飛んでいく。

 

 

 

 

 

 

(…………魔都に人生を壊された)

 

 少年は、特別になどなりたくは無かった。能力など要らなかった。

 ただ、山城恋の隣に居られれば、それ以上は何も望まなかった。

 ただ、普通に生きていたかった。

 

(京香さん、寧ちゃん、波音……僕の友人達の人生も歪められた)

 

 故郷を醜鬼に蹂躙されなければ、刀なんて握ることも無かった人がいる。

 魔都災害に親を奪われなければ、こんな世界や組織に入ることも無く、家族と笑って平和に暮らしてた子供がいる。

 魔都さえなければ、陰陽寮に隔離されて、あんな苦しい思いをせずに済んだ人がいる。

 

 ──皆、この魔都(セカイ)に狂わされていなければ、暖かい日の下で普通に暮らせていた。

 

(本ッ当に虫唾が走るッ! 腸が煮えくり返る! この不条理な魔都にも、理不尽な現実にも!!)

 

 蓮の最後の攻撃によって舞い上がった土煙。その中心で倒れている醜鬼は、数秒後、蓮の足搔きを嘲笑うかの様に立ち上がった。

 

 死力を振り絞って繰り出した最後の牙も、醜鬼の命に届かなかった。

 

(なんでッ……なんでコイツ死んでくれねぇんだよ! 空気読んで死ねよ! バカ女ァ!!)

 

 実力や能力など関係なく、この場に居たのが組長の誰かであったのならば、英雄の器を持った人間であったのならば結果はまた違ったのかもしれない。

 

 少年は、もう気持ちや気合いで動ける様な状態ではない。煩わしい咆哮をまき散らし、こちらに高速で向かってくる醜鬼の攻撃を避けるすべはない。

 声を出す事も出来ない。醜く地に這いつくばり、視線を下に向け歯を食いしばって死を待つほかなかった。

 

 “瞬目厳禁(アクセルスター)”の力を使い一瞬で間合いを潰し、巨大な左腕を振り上げる。

 凄まじいスピードと巨躯から放たれた拳は、這いつくばる蓮目掛けて一直線に加速し振り抜かれた。その衝撃は地面を大きく揺るがし、クレーターと砂塵を創り出した。

 しばらくすると、拳が生み出した土煙が晴れていく。

 

 

 だがそこに──……山城蓮の死体は無かった。

 

 

 醜鬼の視界が捉えたのは、巨大なクレーターと、その中心にめりこんだ自身の左腕のみ。

 醜鬼は困惑する。あの怪我で避けられる筈がない。だが確かに、思い返せば手ごたえが無かった。

 

 『何処に行った?』

 そう言わんばかりに周りをキョロキョロ見渡すと、自身の背後に佇む、黄金の髪をなびかせる女を視界の端で捉えた。

 

「ごめんね……遅くなったね」

 

 まるで傷付きやすい蝶に触れるように。弱々しい花を撫でるかの様に。その女は慈愛と暖かさに満ちた両腕で、山城蓮の身体を横抱きにしていた。

 

(だれか……きた? 恋姉か?)

 

 自分の身に何が起こったのか、理解が追いつかない。ぼやける視界の中、必死に目の前を覆う霧を打ち消し、状況を確認しようとする蓮。

 その瞳が最初に映したのは──……出雲天花の姿であった。

 

 天花は鮮血に染まった蓮の身体を、丁重に自身の身体の方へと抱き寄せ密着度合いを高める。それによって蓮の髪と天花の髪が混じり合い、両名の顔が擦り寄る様な形となった。その所作に一切の邪念は見受けられない。

 

「本当によく頑張ったね。待ってて、すぐに終わらせるから」

 

 抱き寄せられるような形となっている為、蓮からは彼女の表情が良く見えない。

 だが、気のせいだろうか。彼女の目元を薄い影が覆っているように感じた。

 

 そんな二人の背後から、醜鬼が再び高速で迫り拳を振るう。コイツの目的は変わらず山城蓮の命。

 後からやって来た女など知らないし興味は無い。2人まとめて殺すと言わんばかりに拳を振り抜いた。

 ──……だが。

 

「───"天御鳥命(アメノミトリ)"───」

 

 その攻撃は届かず、空を切る。

 出雲天花の身体は山城蓮と共にその空間から一瞬で消え去った。

 

 『速度(スピード)』とか、そんな低次元な話ではない。

 【音速】だろうが、【神速】だろうが、空間を操り渡れる彼女に触れられる筈が無いのだ。

 

 再び目標を見失った醜鬼は周りを見渡すと、倒れている八千穂とサハラのすぐ傍にいる二人を見つけた。

 倒れる2人の傍に、天花は蓮の身体を丁重に地面に降ろす。

 

「蓮君、ちょっとだけここで待っててね。あと少しだけ頑張れる?」

 

 天花の問いに、蓮は弱々しく小さな頷きで応える。

 蓮の返事を見て、天花は慈愛の笑みを浮かべた。蓮に対して『良い子だね』と言葉を掛けた後、静かに立ち上がり、蓮へと薄汚い殺気と視線を放つ醜鬼と向かい合う。

 

「私の部下を随分と可愛がってくれたんだね」

 

 蓮から視線を外し、醜鬼の方へと振り返ると同時に、彼女が先程まで蓮に見せていた慈愛の表情は一変。怒りと殺気に塗れたモノへと変わっていた。

 

 『常に冷静でいる事』

 それを蓮に教えたのは出雲天花だ。戦闘中に冷静さを失うことは大げさでも何でもなく死に直結しかねない。神村鳴海が蓮達に追いつめられたのも、冷静さを失っていた事も原因の一つだろう。

 

 出雲天花の『冷静さ』は魔都防衛隊の中でも最上位に位置する。もしかしたら、山城恋すらも凌ぐレベルなのかもしれない。

 そんな彼女が……。

 

「本当に……やってくれたよね

 

 ほんの一瞬──ブチギレた。

 大事な部下達と大事なペット(予定)を、見るも無残な姿にされた。彼女の怒りはもっともだ。

 指をポキポキと鳴らし、殺気と怒りで顔を歪める天花。

 

 その圧倒的な雰囲気は、醜鬼の脚をすくませた。もうこの存在に意識というものは完全に消滅している。機械と同じだ。ゆえに、恐怖という感情も失われているはず。

 なのに一瞬、この場から逃げ出したいという本能が生まれた。

 

 そんな事など露知らず、天花は攻撃を開始。加速する間すら与えず、瞬間移動で醜鬼の背後へと移動し、頭めがけて回し蹴りを繰り出した。

 醜鬼化によってさらに硬度を上げた肉体にすらも、鈍い痛みを与える程の鋭い蹴り。

 

(………硬いな。それに動きも速い)

 

 醜鬼もすかさず反撃しようと拳を振るうも、先程と同じく、すでに彼女はその場から消えていた。

 お返しと言わんばかりに今度は天花も拳を振るう。自慢のスピードで躱そうにも、彼女の瞬間移動はどこに逃げても一瞬で追いついてくる。 

 

 自分の攻撃は全て躱され、逆に相手の攻撃は防ぐことも躱すことも不可能。

 彼女の蹴りと拳の痛みに怒りが湧いた醜鬼は、周りの空気を震えさせるほどの咆哮を上げる。

 

『ガァあ゛ああァァァ!!!』

 

 咆哮と共に、身体の内側から蒼い電流を放電。やがて空気中に放たれたその電流は《“雷戟(スサノオ)”》へと生まれ変わる。

 その数──254本。

 

 生前では、錫杖無しでは発動できなかった“雷戟(スサノオ)”。そして、ここら一帯の空を埋め尽くすほどの数を生み出す事などできなかった。

 醜鬼化の影響で彼女の発電能力も進化を遂げていた。

 

 威力と数。その両方の上限を大きく伸ばした“雷戟(スサノオ)”を、流星群の如く、天花へと同時に放った。

 だが──……その254個の蒼き流星は、一つとして彼女の身体に届くことは無かった。

 

「───《“天御鳥命(アメノミトリ)"》───」

 

 視界全てを覆いつくす数の雷槍。迫りくる雷に対して天花は両腕を前に突き出すように構え、指で手印を形作る。

 彼女に従うかのように、周囲の次元は歪みを見せる。そして、天花は手の形を手刀の様に変え、横に一閃。次の瞬間には、天花へと迫っていた大量の“雷戟(スサノオ)”全てが消え去った。

 

『…………???』

 

 ──……斬ったのだ。

 若狭サハラを撃ち抜く程の威力を持つ戟を全て。

 254本全て。

 彼女は空間ごと全て斬り裂いた。

 

 あまりにも規格外。人間には不可能な芸当を目の当たりにした醜鬼は、余りの衝撃に動きと思考を止めてしまった。

 それがこの醜鬼の死因。すぐに切り替えれば、まだあと数秒は生きていたかもしれない。

 動きを止めた醜鬼の隙を彼女が見逃すはずもなく、天花は再び能力を発動。醜鬼の身体を跡形も残さずこの世から消し去った。

 

 生前の彼女の代名詞とも言える技《“音戟(ソニック)”》を出す事すら叶わず、散った。

 

「お前が万全な状態だったら、こんな簡単にはいかなかっただろうね」

 

 出雲天花 戦闘開始から僅か17秒で神村鳴海を瞬殺。

 今度こそ、今度こそ終わった。山城蓮、東八千穂、若狭サハラの三名が与えたダメージと苛立ち。紡いだ希望は六番組組長・出雲天花まで届き、神村鳴海を沈めた。

 

 

 

 

 

 

 ──……圧倒的。

 いや、そんな陳腐な言葉では言い表せない程の強さ。

 その強さを目の当たりにした蓮は、昨日七番組で交わした姉との会話を思い出す。

 

『ねぇ恋姉、聞いてもいい? 何で僕を六番組に配属したの?』

『まだ文句言ってるの? もう一週間経ってるのにしつこいわよ』

『ち、違うって! ただ来月と再来月、残り二つは僕が決めて良いって言ってたのに、何で最初の組だけは六番組って決定事項だったのかなぁーって?』

『……理由は二つあるわ。一つ目は単純に私を除けば天花に預けるのが一番安全だったのよ』

『……海桐花さんよりも?』

『えぇ。総合的に見れば、私はあの人より天花の方が優れていると判断してるもの。それに信頼もしてるのよ、大事な弟を任せられるぐらいには』

『(マジで?)……もう一つは?』

 

 その問いかけに、山城恋は少年の頭を撫でた後に応える。

 

()()()()()()()は近くにいた方が良いでしょ? 天花はいつか貴方が越えなきゃいけない壁よ。この一カ月、しっかりと天花から学び取れるものは学び、全力で追いかけなさい。私の弟ならいつか超えて魅せなさい

 

 ──……“魔都防衛隊のNo.2”である彼女を』

 

 

 今になってようやく、蓮は姉の言葉を本当の意味で理解することが出来た。

 そして同時に、自分に課された課題の無理難題さと、出雲天花の強さを改めて理解した。

 

(これが……『出雲天花』? 山城恋に認められ、山城恋に次ぐ実力を持った──“魔都防衛隊のNo.2”!?)

 

 愛する人が理想とするのは、求められているのは彼女を超えた強さを持つ自分。

 余りに現実的で無く、分不相応な理想。想像することすらできない姉の要求に、心の中で自嘲気味に笑う。

 

(ハハハっ……こん、な……チート……無理に決まって)

 

 遂に限界を迎え、蓮は意識をゆっくりと手放す。それによって座り込んでいた態勢も崩れ、地面に倒れそうになるが、直前で天花が抱きかかえるようにそれを支える。

 先程までそれなりに離れていた彼女だったが、瞬間移動で蓮の元まで移動したようだ。

 

「八千穂、サハラ、蓮くん。3人共、よく頑張ったね」

 

 

 

 






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次回『【発情】 山城恋の場合①』
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