「で? 何か言い残すことはあるかしら?」
「あの、何で遺言が先なんでしょうか? 普通、弁護や言い訳が先では?」
「……それが最後の言葉でいいのね?」
「エッチなこと一杯しちゃって、本当に申し訳ございませんでした!!」
膝を畳み、部屋の床に両手と額を擦り付ける弟。そんな彼の頭を足の裏でグリグリと踏みつけにする姉。
予想はついているかもしれないが、こうなった経緯を説明しよう。
あれから一時間もしない内に、蓮は再び目を覚ました。正直、そのまま目を覚まさない方が幾分か幸せだったかもしれない。
目を覚ました蓮は、寝起き特有の重い瞼をこすりながら、少し寝ぼけた様子でキョロキョロと周りを見渡す。
覚醒しきっていない脳でも、今いる場所が山城恋の部屋だということをすぐに理解できた。
だが、一つだけ分からない事がある。
それは、愛して止まないお姉様がすぐ隣で絶対零度の視線でこちらを睨んでくる理由である。圧死しかねない程のドス黒いオーラを全身から立ち昇らせ、殺気を飛ばしてくる理由が寝起きの頭ではどうしても理解できなかった。
だが、それも最初だけ。
徐々に脳ミソも目覚めていき、本来の働きを取り戻していく。そして、神村鳴海との激闘や出雲天花に助けられた事など、徐々に記憶が蘇っていった。
そして──先程の風呂場での行為。自分が発情中にしでかしてしまった記憶も、まるで映像の様に脳ミソの中に流れ込んできた。
山城恋を自分の手で、自分の情欲で汚してしまったという事実。
罪悪感の混じった吐き気が胃の中からよじ昇ってきたが、首元辺りで堰き止める。
そこから先は速かった。現状をある程度理解した蓮は血の気が引き、顔が青ざめた後、流れるように土下座。彼女に対して誠心誠意謝罪の意を示す。
恋も同じく流れるように、土下座で謝罪してくる弟の頭に脚を置いて、容赦なく踏みつけにする。結果、現在の状況が生まれた。
「一応聞いておくけど、本当に意識は無かったのね? 貴方の意思でシた行為じゃないのね?」
「この名に誓ってありませんでした! 本当なんです信じてください!!」
「そう。それで…………どこまで覚えてるのよ?」
「…………ほぼ全部」
「今すぐに全部忘れなさいッ!! この駄犬!」
「グハッ!」
蓮の言葉にかぁぁっと顔を紅潮させながら、彼の頭を何度も踏みつける。理性を失っていた、言うなれば無意識状態だった為、本人に記憶が無い可能性を期待していたのだが、その願いは儚く散った。
「イ、痛い痛い! す、ずびばゼんッ、忘れます! もう全部忘れました! だから頭踏まないでください!」
『全部忘れました』
当然だが嘘である。人間、そんな簡単に直前の記憶を消すことなんて出来ない。
だが、それとは関係なく、あんな鮮烈な出来事と記憶。そう簡単に頭から消し去れるわけがない。
理性を失っていたけれど──……五感が覚えている。
まだ、あの時の光景が瞼に焼き付いて離れない。
まだ、彼女の身体の柔らかさと感触が手に残っている。
まだ、彼女の身体から発せられる得も言われぬ芳醇な香りが鼻に残っている。
まだ、彼女の身体の甘さが口の中に残っている。
まだ、彼女の甘く、淫らで、艶めかしい喘ぎ声が獣耳に残っている。
(ヤ、ヤバい……マジでヤバい! 頭から離れないんだけど! 普段からハグとかキスとか、何だったら風呂だって一緒に入ってるし。結構スキンシップ取ってたから知ってたつもりだったんだけど……、恋姉の身体ってあんなに柔らかくてふにふにしてたんだ。それに、恋姉も……あんな色っぽい声出すんだな)
少し面を上げ、恋の姿をその視界に納めると、自然と先の行為の記憶が頭の中で蘇ってくる。彼女の裸体と、自分の手でよがり、恍惚とした表情を浮かべる姉の姿を否応無しに思い出してしまう。
「蓮……貴方、思い出してるでしょ?」
「~~~ッ!? ごめんなさいです! ごめんなさいです!! ごめんなさいです!!!」
姉は弟の僅かな変化を見逃さない。考えている事など全てお見通し。いやらしい思考を感じ取った恋は鋭い目つきで弟を見下ろす。
これ以上踏まれたく無い蓮は、何度も頭を下げ続けた。
「貴方、そういう欲求はあまり無い子だと思っていたのだけれど、間違いだったようね。貴方も所詮は男。という事が今回の一件でよく分かったわ、この
完全に悪いのは自分なのだが、発情は能力の代償であり、自分の意思とは無関係。自分だってやりたくてやったわけでは無い。そういう能力の仕様なのだ。
そもそも、山城蓮は発情する事を嫌っている。狂ってしまいそうな程の衝動に襲われ。おかしくなりそうな程の獣欲が内側から強制的に湧き上がってくる。
醜い本能と獣欲をむき出しにしたケダモノに変わってしまう事を、誰が好き好むものか。
何より『愛情』ではなく、醜く汚らわしい『淫欲』を恋慕う姉に、『山城恋』にぶつける事はあまりしたくない。
大事な人だから。愛しているからこそ、互いの身体に触れ合う時は色欲と言うノイズを混ぜたくない。
それに今回、発情具合が酷かったのも、神村鳴海との戦いがそれだけ激しく過酷なものであったから。つまりは、彼が頑張った証のようなもの。
なのに、ここまで言われるのは納得できない。黙っていればいいものの、唇を尖らせて少し不貞腐れた態度で口を開いた。
「そ、そんなに言わなくても良くない? キスなんて普段からしてるじゃん。そりゃ胸とかお尻とかいっぱい揉んじゃったけど、その……ギリギリ一線は越えなかったわけだし。それに、恋姉だって途中から柄にも無くノリノリだったじゃん。その証拠にちょっと濡れて──」
「──死になさい」
この男、完全にバカである。完全にアホである。
数ある中でも一番ヤバい地雷を引き当て踏み抜いた。
恋が不機嫌な原因の殆どは、先の行為中に弟に堕とされてしまった事。
身体を散々揉まれたことに関しては、相手が相手なのでそこまで気にしてはいなかった。
バカな男は的確に彼女が最も気にしている部分。逆鱗に触れ、彼女の機嫌を更に悪くさせる。
能力抜き、しかし手加減一切無しの右ストレートが鳩尾に決まり、蓮は腹を押さえて悶絶する。嗚咽する弟に対して、容赦なく脚での追撃を喰らわせる。
「お゛え゛ぇぇ……ちょ、恋姉……ごめ!」
「今すぐ死になさい! それが嫌なら忘れなさい!(なんでそんな余計な事まで覚えてるのよこの
「忘れますマジで忘れます! もう二度と舐めた事も言いません! だからお腹蹴らないで! 心の底からすいませんでした!」
咳き込みながら腹を押さえて悶絶する蓮。完全に自業自得である。
腹を押さえてのたうち回る姿を見ても山城恋は止まらない。今度は蓮の身体を持ち上げ、自分の膝の上に彼の腰を乗せる。
痛みで悶絶する蓮が抵抗など出来るわけも無く、されるがままに体勢を変えられる。
「グッ……は、はぇ?(何この体勢?)」
何時の間にか腰が姉の膝の上まで移動しており、まるで四つん這いの様なみっともない体勢を取らされてしまう。
蓮はこの後ナニをされるのか気付いたのか、顔から血の気が引く。
「ま、待って恋姉! それだけは止めて!」
「…………」
(ガン無視!?)
抵抗しようとした時にはもうすでに手遅れ。
姉は無言のまま弟のズボンを脚の付け根あたりまでずらし、先程履かせた下着と彼の臀部、そして尻尾の付け根を露にする。
下着越しとは言え、尻が空気に触れる感覚は酷くこそばゆい。しかも姉に間近で見られてると思うと羞恥心が込み上げくる。蓮の頬に熱が生まれ、顔に恥じらいの色が浮かぶ。
「ヤ、ヤダ! こんな格好ヤダァ! ズボンずらさないでよ恋姉!(男として情けなさすぎる!)」
せめてもの抵抗に、尻尾を強めにブンブン振ってみる。だが、相手が相手だ。そんなもので止まる様な存在ではない。
恋は右往左往する弟の尻尾をガシッと掴み、冷たい視線で睨み付ける。
「尻尾、動かさないで頂戴。少し鬱陶しいわ。じっとしてなさい」
「いや! だからこの格好──」
「───動かないでって、言ってるわよね?」
「ア、ハイ」
絶対零度の視線が突き刺さり、蓮は尻尾を大人しくさせる。姉の言うことを聞きじっとした瞬間、無防備となった尻を撫でられる。触り方は優しいのだが、それが返ってくすぐったい。身体と尻尾がビクンッと反応してしまうが、姉は撫でる手を止めてはくれない。
男らしからぬ白く淡い肌。ぷりっと引き締まった形のイイその臀部を数回撫でた後、恋は大きく手を振りかぶり、彼の尻から鈍い音を響かせる。
──バチィーン!!!
「ひぐっ!?!?」
鬼のような形相から放たれる平手は彼の尻へと一直線に向かう。一度だけではなく、何度も何度も、彼女は手を大きく振りかぶる。
その度に柔らかい肌と肌が勢い良く衝突した音が部屋に響き渡り、鈍い痛みを蓮に与えた。
「あぅっ! い、痛いよ恋姉! や、やめて!(この年で『お尻ペンペン』とかめっちゃ恥ずかしいんだけど!?)」
「それより先に言うべきこと事があるでしょ!!」
──バチィーン!!!
「うぐっ! ご、ごめんなさい! ごめんなさい! 反省してます!」
蓮の謝罪を聞き、最後にもう一発だけ平手を喰らわせた後、彼の身体を解放する。その一発でお仕置きが終わった事を悟り、蓮はすぐさまずらされたズボンを元の位置に戻す。下着と赤くなった尻をいつまでも露出させるのは流石に羞恥心が耐えられない。
『お尻ペンペン』という仕置きをして尚、まだ怒りは収まらない。
恋は懐からとある物を取り出し、それを蓮の首に取り付ける。
「イタタタ……ハァ…ハァ……ん? 恋姉、なにこれ?」
「見てわからないの愚弟? 犬の首輪よ」
恋が弟の首につけたのはリードが繋がれた犬用の赤い首輪。リードの先端は当然、恋の手の中に収まっている。
蓮の質問に答えた後、恋は握るリードを勢い良く引っ張る。頸動脈と気管が締め付けられるような感覚に襲われながら、蓮の身体は姉の方へと引き寄せられていく。
「ガッ……! ゲホッゲホッ! ちょ、恋姉、急に引っ張んないで!」
「お手」
「………えっ?」
「お手」
「……は、はい」
「返事は『ワン』よ。ワンと鳴きなさい」
「………わ、ワン」
犬の様に『ワン』と鳴きながら、差し出された姉の手の上に自分の手を重ねる。
普段であれば芸をした後は『良い子ね』とでも言ってよしよししてくれるのだが、機嫌が傾いているゆえかご褒美は無い。
「私、今すっごく機嫌が悪いわ。貴方にお仕置きしても、まったく気分が晴れないわ」
「(知ってる)……う、うん。ごめんなさい」
「許してほしい? 機嫌直してほしい?」
「……うん。どうすれば、いいですか?」
蓮の問いかけに対して、恋はすらりと伸びた美脚を差し出し──言った。
「私の脚に口付けを……いや、私の脚を舐めなさい」
「……な、舐めんの?」
「えぇ。飼い主にご奉仕するのはペットの役目でしょ。それともなに? まさか嫌だなんて言うつもりじゃないわよね? 私にあんな事しておいて」
「精一杯ご奉仕させて頂きます!!」
「じゃあ、『飼い主様の脚を舐めさせてください』って可愛くおねだりしなさい。そしたらご奉仕するのを許してあげる」
「…………は? お、おねだり? 僕が?(僕がしたいって言ったわけじゃなくて、恋姉がしろって言ったのに? おかしくない?)」
「……何よその顔は? 嫌ならいいわよ。もう二度とキスもハグも膝枕も添い寝も頭ナデナデもしてあげないから」
「言います! 言いたいです! 言わせてください!」
リードで繋がれた首輪を嵌められた黒狼に選択権など無い。そもそもこの状況で無くとも、彼は山城恋の命令に背くつもりなど微塵もないが。
御心のままに、主の望むままに、飼い主の
「僕に……この犬に、ご褒美を……飼い主様の
「(~~~っ♡ コレよコレ。これが本来あるべき主従の形)良い子ね、蓮……よくできました。さぁ、ご褒美よ♡ 精一杯奉仕なさい」
今にもとろけそうな表情。妖艶さを含んだ上目遣いでこちらを見つめる蓮に向けて、恋はスラリと伸びる脚を差し出す。
蓮は内心『姉弟でなんつぅ羞恥プレイしてんだ!』と吠えながらご奉仕を開始。
まずは軽い口付けを足の甲に。チュッというリップ音が二人しかいない部屋の中に響く。
「んっ……ちゅっ……んむっ」
足首、指の付け根、親指の先端。複数の箇所に口付けを堕とした後、今度は脹脛、膝、太腿へと口を滑らせていく。
唇は脚から離さず、なぞるように移動。くすぐったかったのか、上の方で甘い声が漏れた様な気がするが、気にせず奉仕を続ける。
山城恋の身体を、飼い主様の脚を唾液で汚したくないのか、舌は使わずキスを連発。
だが飼い主からの命令は『脚を舐めなさい』である。汚したくないという気持ちを押し殺し、舌で彼女の脚をなぞっていく。
その行為には、一切の色欲や情欲、劣情といった感情は混じっていない。
あるのは、ただひたすら真っ直ぐな『愛情』と『忠誠心』だけ。
「れぇ~っ……チュパ……れろっれろ」
先程とは逆に、太腿、膝、脹脛、そして足首へと辿っていく。上から下へと舌は流れていき、満を持して指までたどり着いた。
蓮は足の親指と人差し指の間を自身の手を使い少し広げ、それにより広がった隙間に舌をねじ込んだ。
「ちゅっ……れろ……れんねぇ、
「んっ……♡ えぇ、上手よ蓮」
姉の言葉と、気持ちよさそうな表情が嬉しかったのか、更に舌の速度を上げる。
母指と示指の指間腔を一通り舐めたら、次はその隣へと。それを何度も繰り返し、やがて彼の唇と舌が触れていない場所は無くなった。
飼い主の脚に擦り寄り、夢中になって奉仕するペット。主の前に跪き、主の望むままに行動する飼い犬。
先程とは、発情していた時とはまるで違う。自分にひれ伏し、屈服し、命令に従順なわんこ。
これこそ山城恋が望んだ関係性。これこそ望んだ形。
だが──……何故だろう?
(……あまり、気持ち良くないわね)
────
決して蓮の奉仕が下手というわけでは無い。
弟を屈服させ、支配し、奉仕させる。支配欲も満たされ、優越感に浸れ、心地の良い背徳感が込み上げてくる。
彼の舌使いも心地よく、必死に自分を気持ちよくさせようと、満足させようとする心が伝わってくる。正直に言って、愛らしくて仕方が無い。
それなのに───やはり、ナニかが足りない。
キモチイイのに、気持ち良くない。身体の奥底から湧いてくるナニかが足りない様な気がしてならない。
(何故かしら? 今までならこれで満足出来ていた筈なのだけれど。おかしいわね)
山城恋はまだ気づいていない。
先の行為で、自分の性癖が歪みかけている事を。それも弟の手によって、捻じ曲げられてしまった事を。
その事に気づかない恋は、握るリードを再び引っ張り、蓮の奉仕を半ば無理矢理に中断させる。
予告なく首輪を引かれた為、首を締め付けられる感覚に苛まれ咳込んでしまう。
「う゛っ……オ゛ェ……ゲホッゲホッ! な、何!?」
「もういいわ。十分よ」
「え、でもまだ片方しかやってないよ? もう片方はいいの?」
「…………えぇ」
「もしかして、下手だった?」
「いいえ、別にそういう訳じゃないわ。もう十分満足しただけよ」
「そ、そう……。あの……もう、怒ってない? もう許してくれる?」
ご奉仕が途中で中断され、許してもらえるのか不安になってしまい、弱々しい表情で姉に確認を取る。
「別に最初からそこまで怒って無いわよ。ペットのお世話をするのは飼い主の勤めだもの。本当に怒ってなかったのよ、貴方のふざけた言葉を聞くまでは」
「ごめんなさいです、マジで反省します」
「よろしい」
叱られた仕返し程度の気持ちで言ってしまった発言だが、流石にヤバい事を言った自覚はあるのか、自省の念に駆られる。
(冷静になって考えてみれば本当に最低な事言ったな。一線超えなきゃいいなんて話じゃないし。『身体は悦んでた』とか、まるで性犯罪者の言い訳じゃねぇか。マジで反省しよう)
「ちなみに、次あんな事言ったら、貴方の黒歴史を魔防隊の皆に広めるから」
「それだけはマジ勘弁して!! マジでやめて!!」
山城蓮。この男、幼少期の頃から色々やらかしており、ずっと一緒に居た恋に色々握られているのだ。
「黒歴史ってどれの事!? 昔、恋姉に公開プロポーズした事!? それとも小学校の授業参観の作文発表会で、恋姉への愛を綴ったほぼラブレターみたいな作文を発表した事!? それとも前に空飛ぶ恋姉に憧れて、尻尾をヘリコプターみたいに回転させて空飛ぼうとした事!?」
「……我が弟ながら、色々やらかしてるわね。ちなみにそのどれでも無いわよ。過去一番ヤバいのを広めるつもりよ」
「oh……マジか?」
「それが嫌なら反省しなさい。いいわね?」
「はい……すみませんでした。もう二度とあんな事言いません。……あの、それでお姉様?
「ダメよ。しばらく嵌めてなさい」
「ハイ……(何度も締め付けられたから、絶対跡になるな)」
嵌められた首輪を手で摩り、これも戒めとして受け入れ反省する。
反省の念を感じ取ったのか、恋はその身に纏う雰囲気を切り替え、真面目な話を切り出した。
「さて、おふざけはここまで。少し真面目な話をするわ。蓮、そこに座りなさい」
姉に言われるがまま、蓮は小さい机を挟んで対面する形で置かれている二つの椅子の片方に腰掛ける。
「それで、何があったのか話してもらうわよ」
机を挟んで向かい合う姉弟。さっきまでの空気が噓のように、張り詰めた雰囲気がこの部屋に充満する。
この瞬間は仲の良い姉弟としてではなく、魔都防衛隊の総組長と一人の魔防隊員として会話をする。
蓮は覚えている限りの情報を、自分が知っている限りの事を包み隠さず全てを話した。この目この耳で見聞きした事。神村とのささやかな会話の内容も全て。
神村鳴海に襲撃を受けた事。改造醜鬼の事。発電能力の事。神を名乗る存在が自分を狙っている事。神村鳴海が死後、醜鬼へと変貌した事。
そして……最後の最後に、八千穂とサハラを見捨てて逃げようとした事。
「神村鳴海……。天花から特殊個体の醜鬼を殲滅したという報告を受けていたけれど、まさかそれが神村鳴海だったなんて。驚いたわね」
「(そっか。出雲組長は知らないんだ。あの醜鬼が神村鳴海だったという事)……恋姉、神村鳴海の事、知ってたんだね」
「えぇ。
「……そう」
「入隊してまだ一週間でそれを倒すだなんて、お手柄よ。よくやったわ蓮(『飛行能力』に自己治癒力を強化した『回復能力』。
「………僕じゃない。追い込んだのも、倒したのも、全部あの3人の力だよ(1人じゃ何も出来なかったし。どう考えても僕、魔防隊に要らないだろ。山城恋と出雲天花、この2人居れば、もう十分じゃん)」
お手柄。褒められているというのに、蓮の顔は浮かない様子。神村鳴海との事を話始めてからどんよりとした暗い雰囲気を纏い始め、その暗さは時間が経つにつれて増すばかり。
「あのさ、あの2人は無事?」
「八千穂とサハラの事? 安心しなさい、無事よ。まだ目覚めた報告は無いけれど、命に別条は無いわ」
「まだ……起きて、ないんだ」
「あら、珍しいわね。貴方が他人を心配するだなんて。この一週間であの2人と大分仲良くなったのね」
「別に……そういう訳じゃ。ただ、まだ起きてないんだなぁって思っただけ(僕に、あの2人を心配する資格なんて無い)」
「言っておくけど、2人が目覚めるのが遅いわけじゃないわよ。貴方が速すぎるだけよ」
「……僕三日も眠ってたんだよね?」
「何が三日もよ。本当に酷い状態だったのよ? 両腕の上腕骨、尺骨、橈骨は完全に砕けていたわ。右足の大腿骨、腓骨は完全骨折。左足、膝蓋骨骨折。亀裂骨折は全部で37か所。両足共にアキレス腱断裂。左肺破裂。頭蓋骨骨折により脳内大量出血。臓器複数損傷により腹腔内出血。合計3L以上出血していたそうよ」
「………………」
絶句。自分の状態が予想以上にヤバい状態にあった事を知り、何も言えない。
自分の事、自分の身体の事にも関わらず、まるで他人事の様に引いた様子を見せる。
「……何でそれで僕はまだ生きてんの?(魔防隊の回復能力者の腕が良かったからって、流石に『身体能力強化』でカバー出来る範囲超えてるだろ?)」
「五番組の副組長も似たような事言ってたわ。『この状態で何故息があるのか、私にも分かりません』って」
「……だろうね(多分、『全開放』の力だろうな。アレは人間という生物の枠組みを逸脱した力を発揮できる)」
自分の状態を理解した蓮は、膝の上に置いてある拳に力を込める。
そして、自分がずっと言いたかった事を姉へと、総組長へとぶつける。
「あのさ、恋姉……僕、魔防隊辞めていい?」
「……怖くなったの?」
「違う……いや、違わないけど、そうじゃない。今回の事でハッキリ分かったんだ。僕にこの仕事は向いてない。英雄の仕事は向いてないんだよ。僕は『山城恋』じゃないから」
「……勝ちきれなかった事、気にしてるの?」
「違う。言ったでしょ、僕はいざという時逃げようとしたって。あの2人は死に物狂いで僕を守ってくれたのに、僕は同じことが出来なかった。笑えるよな、山城恋の弟がこんな腑抜けで。僕はあの二人の事も、恋姉の名前すらも、守ることは出来なかった」
決壊したダムの水の如く、自分を卑下する言葉が次々に溢れ出て止まらない。
弟の語りを、姉は何も言わずただ黙って聞き、彼の情けなく弱々しい姿を眺めるだけであった。
「“神”って奴が僕を狙ってるらしい。何でか知らないけど。ほぼ間違いなく、これからも刺客を差し向けてくるだろうし。このまま魔防隊に居たら、また迷惑をかけることになる。だから───」
今まで黙って聞くだけだった恋は、彼のすぐ傍まで寄り添い、胸元に抱き寄せた。
弱っている弟の頭をあらん限りの慈愛を込めた手で撫でる。
「れ、恋姉?」
「蓮……今は何も考えなくてはいいわ」
「……で、でも」
「疲れてるのよ。ほら、今日はもう寝るわよ。久しぶりに一緒に寝ましょう」
「………………うん」
恋に導かれるように手を引かれ、二人で同じ布団に横になる。お互いの吐息が交わる程の至近距離で山城姉弟は見つめ合う。
「ほら、目瞑りなさい。怖い夢を見ないように、寝るまで手を握っててあげるわ」
「………抱きついていい?」
「……甘えん坊ね。いいわよ。ほら、来なさい」
胸に顔を埋めてくる弟の手を握り、もう片方の手で背中を摩ってあげる。いくつになっても甘えん坊な弟に対して、やれやれといった表情を浮かべながら手を動かし続ける。
(今は何も考えなくていいわ。怖い事も、難しい事も、自分の弱さも忘れて、ゆっくり休みなさい)
(あぁ……温かい。幸せ。自己嫌悪も、恐怖も、今だけは忘れられる。恋姉のこういう所が好きなんだ。誰よりも優しくて、素敵で……強く、て……)
身体は治っても、精神的な疲労はまだ抜けていないのか。姉の胸の中で、蓮は驚くほど早く意識を夢の中へと沈めていった。
「……おやすみなさい、蓮」
眠りについた蓮は一定のリズムで寝息をたてる。既に眠っているにも関わらず、恋は決して握った手を離そうとはせず、撫でる手を止めようとはしない。
(神……。蓮の話から推察するに、恐らく知っているのね。
蓮の話を聞く限り、神村鳴海の言動には明らかに蓮の能力を知っている様子が感じ取れる。
山城蓮が世界で唯一の
自分の腕の中で、自分の胸の中でスヤスヤと眠る弟の頭を再び撫でる。
どこの誰だか知らないが、渡すつもりは微塵も無い。まるで、そう言っているようであった。
「
山城恋のその呟きは、誰に聞かれるでも無く、静かに部屋の中に響き消えていった。
翌日、山城恋は三日前中断してしまった組長会議を再開する為に、全組長を再び魔防隊本部へと招集するのだった。
読んでいただきありがとうございます。
評価・感想いただけると幸いです。
次回『八雷神の会合』