【完結】婚約破棄を前提にお付き合いしてください! 作:丸焼きどらごん
特徴的な金赤の髪を外套で覆い隠した祖国が第三王子、ルメシオ・グラリス・エディオール。
彼は神経質そうに眼鏡の蔓を持ち上げて、引きつった笑顔をわしに向ける。
普段は頼もしき
「エ・イ・リ・ス・さ・ま。……大変お似合いですが、そんなお姿で何をしておいでで?」
「いや、これは、その……」
冒険者風の衣装に張り切ってマントまで身に着けたわしの姿を、ルメシオは上から下まで眺めてからねっとりとした声で問うてきた。
なんと答えたものかと、咄嗟に言葉が出てこない。
わしの体を挟むようにそれぞれ左右の腕と脚を一本ずつ壁につかれているため、距離をとることも出来ん。言い逃れは許さないといった雰囲気じゃ。
あ、圧が……!
「行方が分からなくなってからというもの、俺がどれほど心配したかご理解していただけますか? ここまで寝ずに走ってきたのですよ? 馬も数頭潰しました」
「それは申し訳なく……いやしかし事情を記した手紙は、送ったぞ……?」
「…………。以前申し上げたことをお忘れですか? お忘れですね? これはですね、使用範囲が決められているんです」
そう言ってルメシオが持ち上げたのは細い鎖に括りつけられた細工飾り。
一見ただのペンダントじゃが、これは二つに開くことができ、中に丸めた紙を入れれば同じものを持っている相手に届く仕様じゃ。
友が生まれ変わるわしと協力者を務めてくれる子孫に残した、貴重な魔導具のひとつである。
いざという時は対となるペンダントの場所を探し出す事も出来、現に目の前でわしの胸元にかかっているペンダントとルメシオのそれはチャリチャリと音を立て引かれ合っておる。
おそらくそれを使いここを突き止めたのじゃろうが……はて、使用範囲???
「王都内でなければ使えないんですよ、これ。おそらく送った手紙とやらは、どこか亜空間へと消えたのでしょう。更には追跡もある程度の距離まで近づかないと機能しません! つまり俺は魔導具の効果範囲に来るまで自力で貴方を探してきました!!」
「な、なんとぉ!? す、すまぬ。苦労を掛けたな……」
思った以上の苦労を経てここに来たらしいルメシオに、一気に申し訳なさが湧き上がる。
手紙が届いておらなんだら、そりゃ心配もする。魔王の問題もあるからのぉ……何があったと、気が気ではなかったじゃろうて。
わしの確認不足でいらぬ心労をかけてしまった……。
しかしわしの謝罪を耳にして、ルメシオはハッと我に返った様子で距離をとる。
落ちていないのに無駄にカチャカチャと眼鏡の蔓と持ち上げるところに動揺が窺えた。
「……ッ、いえ、エイリス様が魔導具の類を苦手としていることは俺も承知していた事。俺の説明が足りなかったのです。責めるような声を出してしまし申し訳ありません。いやですが俺がどれほど御身を心配したのかだけは分かっていただきたく……」
「ああ、ああ。分かろうとも。本当にすまんかった……」
……そんなやりとりをしていたわしらだったのじゃが、どうにも二人して他の人間が居ることを忘れていたらしい。
「ねえ、リメリエ。あれはなんの修羅場と和解?」
「え? えっとぉ……」
「おそろいのペンダントって……。まさか、エイリスってそういう趣味を……!?」
「それは違います! 断じて! あの男の様子は異常ですがけしてそういうのではなくてですね!!」
「…………」
「…………」
わしらの代わりに必死でアウネリアにあらぬ誤解の弁明をするリメリエを見て、わしとルメシオはそっと離れるのじゃった。
「エイリス、貴方ってルメシオ殿下と知り合いだったのね。それもずいぶんと親しい様子だけど……」
妙な誤解こそ解けたものの、今度は別の問題が持ち上がってくる。
変装しておったせいか冒険者姿のアウネリアにルメシオは気付かなかったらしく、彼は先ほどの様子を見せてしまった。
まだ正体が分からねばよかったものの、さすがに近くで見ていれば自国の王子だとアウネリアも気が付く。……こういった時、目立つ王族の髪色は不便じゃのぅ。
さて、どう説明したものか……。
が。わしの杞憂をよそに、そこは海千山千の貴族共の中で育ってきたルメシオが場を取り持った。
「…………。やぁ! アウネリア嬢! 攫われたと聞いたが無事なようでなによりだよ☆」
「!?」
先ほどまでのピリピリしていた態度をかなぐり捨てて、ルメシオを顔を彩ったのは満面の笑み。
声の調子も軽く、心なしか高く聞こえる。思わず耳を傾けてしまうような存在感のある声じゃ。
「まあエイリスがそばに居たようだし、無事で当然かな? 彼は優秀だからね☆ ああ、失礼。こうして面と向かってお話するのは初めてだったかな。馴れ馴れしくてすまない」
「い、いえ! とんでもありませんわ。お会いできて光栄です」
「そう言ってくれて嬉しいね! 仲良くしてくれると嬉しいな☆☆」
「は、はあ……」
きらきらっと星を飛ばすようなルメシオの勢いに押されているアウネリアを、珍しいものを見る心持で眺める。
すると、そそそっと側に寄ってきたリメリエが話しかけて来た。
「なんですか、あれ」
あれ、とは豹変したルメシオの態度じゃろう。
しかし一部を除き、普段の彼を知る者にとってあれこそがいつもの「ルメシオ王子」なのである。
「あれなぁ……。ルメシオはわしのために、いつでも身軽に動けるようにと……その。普段は明るくてチャラい放蕩王子を演じておるんじゃよ。聞いたこと無いか? 遊び惚けていて滅多に城に帰らない金遣いの荒いダメ王子、と」
「ええ、少しは。幼い頃に会っていることもあって、全然そんなイメージありませんでしたけど。さっきまでずっとあの調子でしたし……。……もしかしてですけど、ひいおじいちゃまの真似してるのもあります?」
「あ~……うむ。ちょっとあると思う。わし、普段は昔の友を真似て
かつて無理に己を偽る必要は無いと伝えたのじゃが、「エイリス様のためなら王位継承権なんて煩わしいもの放棄しますよ!! 何より大事なのは有事に身軽に動けることですから!! 俺は貴方の協力者であることに誇りをもっています!!」と言われてしまった。
気持ちがありがたくはあるが、本当に王位継承権を剥奪されてて責任を感じたもんじゃ。
本人は喜んでいたが。
「馬鹿なんですか? あの人」
「そう言ってやるな。いつも助けられておるんじゃぞ」
こそこそ。こそこそ。
軽快な調子と有無を言わせない圧でアウネリアに怒涛の会話劇を繰り出しているルメシオを前に、ひ孫に協力者としてのルメシオの事を話すわし。
思ったよりズバッと「馬鹿」と言い切ったひ孫から、ここに来るまでの道中での苦労が窺えた。
「……大変だったようじゃのう……」
「ほ、本当ですよぅ。ぅええ……わたし体力なんてないのに、山越え谷越え川越えの強行軍を強いられて……全然休んでくれなくてぇぇ……。同じ協力者だろって、そればっかり……」
「よしよし。あとでわしからもルメ坊に言っておこう」
しょぼしょぼと落ち込んでしまったひ孫の肩を労うように叩く。
魔王関係の有事かと焦ってくれた結果だろうから、あまり強くも言えんが……。
「殿下は、その……私を探しにきたわけではない、のですよね?」
ようやくルメシオの営業トークに慣れて来たのか、アウネリアは彼の言葉の合間を縫って問いかける。
賊に攫われた公爵令嬢と、それを追って行方知れずとなった婚約者。そこに婚約者の方を必死になって探していたらしい王子が現れた。
どう対応していいか分からぬというものじゃよな……うむ。
「いや、君の事も探していたよ? 何、実はそこのリメリエとは昔なじみでね!」
「ふぇっ!?」
唐突に話題をふられて素っ頓狂な声を上げるひ孫。
「アウネリア嬢が攫われたと聞いて、無茶にも一人で友人たる君の行方を追おうとしていたから手を貸していたのさ! 俺も友人であるエイリスの行方が気になっていたしね☆」
「! リメリエ、そんな無茶をするほど私を心配して……!?」
「え、あ……はい! もちろん!」
「~~~~!」
「きゃわーっ!?」
感極まってリメリアに抱き着くアウネリア。
それを見てルメシオが人懐っこい笑顔を消して鼻で笑っておるのを見てしまい、わしはなんとも言えない気持ちになる。
こやつ、アウネリアの細かい疑問を
「……では! 二人の無事も確認できたことだし、早く国へ帰ろうじゃないか! 賊は倒したんだよね? 帰れなかったのは路銀が無かったからかな。だったら俺に任せてよ~。王子な俺がおごっちゃう☆」
「…………!」
「あ、それなんじゃが……」
アウネリアが居るために、まだわしらの現状について詳しい話が出来ないでおる。
ああああ……結局ややこしいことに。
やはりここは年長者たるわしが一肌脱いで……。
しかしわしが口を開く前に。
「嫌。帰りません」
「…………ん?」
キッパリと言い切ったアウネリアに、ルメシオのキラキラしい外面が固まった。
「わたくしは、このまま国を出て魔学に身を捧げて生きていきますわ! エイリスもついてきてくれると、そう言ってくださいました!」
「…………あ?」
続いた言葉に、外面を引っ込めたルメシオのどすの聞いた声がこぼれる。
彼は一回深呼吸すると、眼鏡の蔓を持ち上げて冷たい目でアウネリアを見た。
「……失礼だが、アウネリア嬢。公爵令嬢としてそれはあまりにも身勝手で無責任な発言なのでは? こうしている今も国は貴女を探して捜索隊を派遣しているのですよ。だというのに貴女……なんですか、攫われたのをいい機会にこのまま国外で自由奔放に生きようって?」
「迷惑をかけている事は重々承知の上ですわ。でもあのまま国に居ては、わたくしは自分の才能を活かせない。それは死んでいるも同義です」
「それが軽率な考えだというのですよ。魔学を続けたいならば周りを説得すればいいだけでしょう」
「出来ていたら苦労しないわ」
「努力が浅いのでは? 説得にどれだけ時間を費やしました? 足りないならその何倍も時間をかけて言葉を重ね続ければいいだけだ」
「それは……!」
「ほら、言い返せなくなった。所詮その程度の浅い考えということです」
「……! な、なによあなた! さっきまでと随分態度が違うじゃない!」
「それはお前もだろう。そんなはしたなく声を張り上げて、見苦しいと思わないか? 少なくともエイリス様の隣には相応しくないな」
「なんですって……!」
こ、これはいかん。
「ま、まあまあ二人とも。まずはいったん落ち着いて話をせんか? お互い状況が呑み込めていないのだし」
「そ、そうそう。そうですよぉ~。アウネリアも落ち着いて。ね?」
じいとひ孫の二人がかりで間に割って入るが、ここまでの疲れも相まってか。……ルメシオの外面が、ものすごい勢いで剥がれ落ちた。
「だからんな我儘が通るわきゃねぇだろォが!! テメェの下らねぇ事情にエイリス様を巻き込むんじゃァねぇ!! 大人しく国へ帰るぞ!!」
「!? …………はああ!? エイリスは自分からついてきてくれるって言ったのよ! ひがんでんじゃないわよ! 私、ぜぇったい帰らないわ!!」
「ひがっ!? この期に及んでなにを……この
「人のことをはしたないだなんて言えた口!? そっちもずいぶんとお汚い言葉遣いですこと!!」
「これ、どうしようかのぅ……」
「わたしに聞かれましても……。それよりわたしは、早く美味しいご飯を食べて体を清めて、温かいお布団で眠りたいです……」
瞬く間にぎゃんぎゃんと言い合いを始めた公爵令嬢(高貴)と第三王子(高貴)を前に、わしとひ孫は途方に暮れるのじゃった。