『血塗られた月のクドラク』〜余命わずかな病を克服するため、闇の王へと堕ちる話〜   作:人見 広介

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5ー1:昼下がりの街にて①

 

 

 

「事情はわかりました。犠牲者の方々へのアフターケアは、私共が受け持ちましょう。聖母ゼムリアの名に誓って」

 

 古びた小教会の礼拝堂で、白いヴェールを被った赤髪の巫女がほほえむ。

 二十歳代の淑やかな女性だったが、頬に入った傷がくぐりぬけてきた死戦を物語っている。

 

「かたじけない。心に傷を負った方や、村を滅ぼされて困窮する方も多くいる。……どうにも、この手の支援は我々では難しいからな」

 

 彼女の前にいる二名の狩人が、頭を下げた。

 

「適材適所というものですよ。……他に業魔がいないか山狩りをすると聞きましたが、私も同行いたしましょうか?」

「ありがたい申し出だが、人手は足りている。我々が不在の間、街を守ってくれればそれでいい」

 

 顔を上げた壮年の狩人が、自信満々に胸を張った。よほど腕に自信があるのか、巫女の前でいい格好をしたいのか。

 後方にある長椅子に座ったまま、クドラク達は話が終わるのを待っていた。

 

(……ちょっと疲れたけど……なんとか、引き継ぎは済んだな。後始末はここの狩人がやってくれる)

 

 錯乱する生き残り達をなだめ、やっとこの街に連れ帰ってきたのが、明け方だった。

 地元の狩猟団にことの次第を説明して、ついでに付近にある業魔の巣の位置を教えた。

 ゾンビ共への尋問から得られた情報と、セルゲイの計画書の内容をかけ合わせれば、かなり詳細な巣の情報を知る事ができた。

 

 地元の狩猟団からすれば、特に業魔の巣が他にあるという情報が、最も衝撃的だったらしい。

 蜂の巣をつついたように狩人達が慌てはじめ、山狩りの準備をしはじめた。

 業魔共が寝静まる昼のうちに、急いで強襲を仕掛けるつもりなのだろう。

 

(犠牲者への救済措置は、ゼムリアの巫女が担当する。……彼女達にはいつも頭が上がらない。一番難しい作業を担当するんだから)

 

「……犠牲者は、子供と女性ばかりだったな。どれも心的外傷を負っていた」

「大人の男衆は、残らず殺されたんだって。生き残りの人達をなだめる時に聞いたよ」

 

 クルースニクが感情を抑えながら言う。声の裏にある不快感と嫌悪は、隠しきれていなかった。

 

「なんで女性だけ連れ帰ったんだろうね」

「……女性なら抵抗を無力化しやすいから、生贄に適していたとか」

「うーん? そんなものかなあ」

「貴女や僕みたいな狩人だと、性差や年齢差は容易に埋められるけど……一般人は違うからね」

 

 規格外の膂力を誇るクルースニクに言っても、馴染みがないかもしれない。

 あの廃村にいたゾンビ共全員を合わせても、なお彼女の力が上回るのだから。

 

「……あの村にも狩人がいれば、ゾンビ達を迎撃できたのにね」

「人手不足だからな。村に常駐できる狩人がいない」

「それ、いろんなところで聞くけど……なんで狩人が不足してるんだっけ? こんなに稼げる仕事、あまりないと思うんだけど」

 

 クルースニクが首を傾げる。

 狩人は稼げる職業だ。小規模な狩猟団に所属する雇われでも、相当な額が手に入る。

 彼女のようなフリーの名狩人ともなれば、一年間で豪邸が立つくらいは容易に稼げる。

 

「呪いを習得する難易度が高い上に、死亡率が高いからだな。新人が次々と死んでいく」

「あー、なるほどね。……十年後まで生きられる狩人は、全体の三割くらいだっけ?」

「うん。そこまで生きられれば、長続きしやすいんだが……今度は過労死が見えてくるからな」

 

 げんなりした顔でクドラクが言う。

 旅団在籍時のワンオペ状態を思い出したのだ。あそこには休日など存在しなかった。

 昼も夜もなく働き続け、業魔との戦いで精神をすり減らし、唯一、馬車の移動時間だけ睡眠できた。

 

「熟練の狩人に負担が集中しやすいんだよ……激務で発狂する人もいるし、ストレスのあまり凶行に走る人もいる。その分、他の人に仕事が集中する」

「あ、あはは……クドラク君のレベルだと、特に仕事量がすごそうだね」

「クルースニクも似たようなものだろ?」

「まあ、街や村に着けば働きっぱなしだけど……フリーな分、休みの調整が自分でできるからね」

 

 互いに苦笑しながら、巫女に情報共有をしている壮年の狩人を見つめる。

 あの年齢まで生きていること自体がすごいし、バイタリティが失われていないのもすごい。

 狂気じみた使命感が無ければ、とうに折れているはずだった。

 

「……貴女の故郷は、人手不足問題にどう対処してるんだ?」

「対処も何も、うちは領民全員が狩人だよ? 呪いを持ってなきゃ成人とみなされないし」

「へえ……それって治安は大丈夫なのか? 呪いの代価による異常性を、全員が持ってるんだろ?」

 

 領民全員が狩人と言う状態は、一見すれば理想的に見える。だが、治安の面では危険な状態だ。

 普通の人間は、冥府に近づくにつれ精神に異常をきたす。それが魂を変異させた代価なのだ。

 領民全員が異常者になるなど、あまり想像したくはなかった。

 

「んー、その獣性を理性で抑え込むよう、幼少期から修行を課せられるからね。……雪が積もる山頂で、武術と精神鍛錬を教え込まれるんだよ」

「へー、かっこいいな」

「でしょ? 強大なだけでは群れ(パック)の一員として不適格、という意識があっての風習なんだ」

 

 礼拝堂に差し込む光を受けて、クルースニクのほほ笑みがほのかに輝く。

 

「まあ、犯罪率は楽園国より少し高いから、あまり抑制できてないかもしれないけどね」

「へえ、それでも『少し』で収まってるのか。うちは狩人達の不祥事が多いんだよな」

「……ちょっと話は変わるんだけどさ。こういう精神的な代価や犯罪率を考えると、混血(ドレカヴァク)の方が理に適ってるよね」

 

 混血(ドレカヴァク)の代価は肉体に起こるもので、精神性は常人と変わりはない。

 生まれ育ちによって凶悪な人間になることはあるが、それとて通常の範囲に収まる。

 普通の環境で育てば、普通に育つ。

 

「なんで、この国では嫌われてるんだろね。私の知り合いの混血児は、皆いい子ばかりなのに」

「……文化によるものだろう。人類の天敵から生まれた落とし子なんて、まず外聞が悪いしな」

「そんなものかな? ……親が罪深い存在だからって、子供が非難される謂れはないと思うけどね」

 

 相方の言葉に、クドラクは目を細めた。

 自分もそうだとは思う。それはそれとして、かくはんされた泥水のように心が騒いだ。

 

 彼女には、生まれゆえの劣等感がない。

 迫害を受けた経験もない。

 今までの言葉で、それはわかった。

 

 羨ましかった。

 幼少期のクドラクは迫害を受け、ドブネズミのように街角を這ってきた。ただ混血(ドレカヴァク)というだけで。

 かたや、この快活な金髪の少女は、誰からも差別されず、開けた空の下で生きることを許された。

 

(……嫉妬、か。僕も北方で育っていれば、この重苦しい想いを抱えずに済んだのかな……)

 

 だが、劣等感と野心のない自分など、クドラクは想像できなかった。

 この国の憎悪と闇が、己という刃を鍛え上げたのだ。それは否定すべきではない。

 ……そう考えても、心は澱んだままだった。

 

 

第五話

昼下がりの街にて

 

 

 無言で狩人達を見つめる。

 やがて、話し合いを終えた狩人達が、クドラク達に近寄ってきた。

 若い狩人がにこやかに話しかける。

 

「それでは、我々は巣の駆除に行ってきます。情報提供、ありがとうございました」

「いや、本当にありがとう! 君達がいなかったら、不浄共にさらなる狼藉を許すところだった」

 

 二人してぺこりと頭を下げる。クドラク達も「いえいえ、どういたしまして」と返した。

 

「僕達は加勢できないのですが、お二方の武運をお祈りしています」

「我らなら心配いらぬさ! 情報によれば、後に残っているのは小物ばかりじゃないか」

「貴方達は、たった二名で死霊共の軍勢を討ったんでしょう? それに比べれば簡単な仕事です」

 

 確かに、他に付近にいるのは、スライムやゴーストなどの弱小業魔ばかりだ。

 脅威になりそうなのは、体全体が爆弾と化した業魔『ジャックランタン』が数匹くらいか。

 距離を取って袋叩きにすれば、どうということはないが。

 

「さすがにお二方も、放浪楽士(ソコモローフ)が大層な武勇伝を歌うだけのことはある。我らも負けぬよう、励まねばな!」

「えへへー、ありがとうございます」

「お褒めに預かり光栄です」

 

 にこやかな顔でクドラク達は返す。今のクドラクはすこぶる上機嫌だった。

 尊敬と感謝を向けられるというのは、何度経験してもいいものだ。

 ――それが長続きしないものと知っていても。

 

(……どうやら、まだ僕が混血(ドレカヴァク)だってことは広まってないらしいな。もし彼らが知っていたら、一転して嫌悪されていたはずだ)

 

 発覚するのも時間の問題とはいえ、師父の緘口令はまだ機能しているとみてよかった。

 

「しかし……お二方が攻略した廃村付近は、タルサデューク公直属の狩猟団が半月前に調査していたはずなのだがな」

 

 壮年の狩人が、ふっと眉をひそめる。

 

「業魔の痕跡くらい、発見できなかったのか。まったく……奴らの調査も雑すぎるな」

「本当ですよ。大規模な群れがあるなら、何かしらの痕跡はあるでしょうに! 半月前に対処できていれば、村が襲われずに済んだはずです」

「……いらぬ人死にが出てしまったな」

 

 愚痴を言う狩人達を見て、クルースニクがそっと聞いてくる。

 

「セルゲイ達がいた山付近の調査って、ここの狩猟団がやってる訳じゃないの?」

「いや、管轄外だろうな。……楽園国の狩猟団は、大きく分けて三系統あるんだ」

「三系統?」

「1、各地域に根付いた地元の狩猟団。2、彼らの上位にいる公領全体の狩猟団。3、『英雄旅団(ボガトゥイリ)』みたいな独立傭兵集団さ」

 

 2は1を束ねる立場にあり、公領全体の守護を担っている。

 僻地や街道を重点的に見回って、業魔の痕跡がないかを探るのだ。

 

「彼らは管轄内の街・村付近は守るが、街道や山間部なんかは担当していない。今回の場所で言えば、公領全体の狩猟団が出張るはずだ」

「ははあ、なるほど……その人達の定期調査が甘かったって理由で怒ってるんだね」

「……業魔の巣があれば、周辺に動物の変死体や失踪者などが出ていたはずだからな」

 

 ゴブリンだけに言及しても、ざっと百匹程度の群れが自分達を襲ってきたのだ。

 それだけの規模に膨れるだけの餌――動物や人間達の魂が消費されたはずなのだが……。

 

「……タルサデューク公直属の狩猟団は、なんという名前なんですか?」

 

 疑問に思って問いかけると、壮年の狩人が憤懣やる方ない様子で答えた。

 

「『聖炎(プラーミャ)』と言う。昔は優秀な狩人ぞろいの狩猟団だったのだが、一年前の事件からめっきり質が落ちてしまってな」

「……何があったんです?」

「業魔デーモンが領内に出没したんです。複数の都市にかなりの損害が出まして……『聖炎(プラーミャ)』も半壊状態になったんですよ」

 

 業魔デーモン――道化師のような格好をした、強大な戦狂い達のことだ。

 総じて残虐かつ狂気的で、勝つためには一切の手段を選ばない。罠や奇襲を大いに好む。

 

「下手人のデーモンは取り逃している。今も領内に潜んでいるかもしれぬな」

「その上、この一件でしょう? 業魔災害への対処が追いついてないんですよ」

 

 狩人達の表情には、不安が見え隠れしている。

 自分達の管轄外で大事件が発生し、ホリフツィが災禍に飲まれるのを危惧しているのだ。

 

「それは大変ですね。『聖炎(プラーミャ)』の人員は補充したんですか?」

「それはしたのだが……下位の狩猟団から移籍させたのではなく、外部の狩人を取り入れたようでな。奴らの質が低いのだ」

「呪いが使えるだけのならず者というか……頻繁に問題を起こす上に、仕事が荒いんですよ」

 

 憤慨する二人を見るに、日頃から相当の鬱憤が溜まっているらしい。

 妙な話だ。普通は、郷土愛や土地勘がある地元の狩人を募集したがるものだろうに。

 

「……もう各狩猟団と連携して、自分達で定期的に山林調査を行う方がよいな」

「こんな事件が起きたとなれば、アテにはできませんね。すぐ他の街に打診をかけてみます」

 

 二名の狩人が喋りながら、教会を後にする。

 礼拝堂にはクドラク達と巫女だけが残された。

 

「……しかし、ここでクドラク様とお会いできるとは、思ってもみませんでした」

 

 ふいに巫女に話しかけられたクドラクは、意外そうに彼女を見返す。

 

「僕のことをご存知なのですか?」

「ふふ、『聖林』の巫女の間では有名ですから。楽園公とお親しい方は、そうはおりません。優秀さも話に聞いた通りですね」

 

 巫女はこちらに近寄って、クドラクの横に腰かける。長い赤髪と白いローブが目を引いた。

 

「巫女の間でも評判ですよ。特に、貴方が度々同行している退魔要員の子達からは、特に」

「……まだまだ未熟者ですよ。でも、そう言っていただけて嬉しいです」

「実は、先日もクドラク様の話を聞きましてね。楽園公から文が届いたんですよ」

 

 楽しそうに巫女は笑っている。どうにも含みを感じる言葉だった。

 

(……楽園公から? こんな端の領地まで文を飛ばすものなのか。それも、僕に関係すること?)

 

「いったい何の――――あっ!!?」

 

 ピンと来たクドラクは、嫌な予感に汗を垂らしながら巫女を見つめた。

 

「もしかして、楽園公――パラスケヴァ様が僕をお探しなのですか? 失踪中だって話を聞いて」

 

 そうであって欲しくはなかったが、無情にも巫女は楽しげに頷いた。

 

「ご明察です。見かけたら一報を入れてほしいと、依頼を受けています。安否が知りたいそうです」

「え゛っ? ということは、他の教会にも!?」

「話がいっていると思います。ホルス卿から緊急の話を聞いて、かなり心配されているようでしたね」

 

 にこにこ楽しそうに笑う巫女を見て、しばらくクドラクは凍りついた。

 横のクルースニクが、驚いてこちらを見る。

 

「そんなに親しい仲だったんだ? 近所の子供が家出中だから探している、みたいな状況ってこと?」

「うっ――」

「ふふ、近所の子供というより茶飲み友達ですね。その上、国防の要の一つたる『英雄旅団(ボガトゥイリ)』の次期後継者でもありますから」

「…………えっ、次期後継者!!?」 

「い、いや……根も葉もない噂話だよ。ミハイールやヴァディームみたいな重役が就くはずだし」

 

 師父がクドラクのことを後釜として紹介しているらしいのは、巫女の友達から聞いていた。

 だが、現時点でヒゲも生えていない小僧相手に、後継云々の話が出るとは思えなかった。

 本人達からも何も聞いていないし、単なる噂話でしかないはずだ。

 

(しかし、全公領の巫女に通達が行くまで、大騒ぎになっているのか……。死亡者扱いで早々に捜索を止められるって思ってたけど)

 

 こんな若輩者の狩人一人に――いや、確かに武勲は上げているが――捜索の手間をかけるなどとは、夢にも思っていなかった。

 嬉しい反面、罪悪感も募っていく。できれば今すぐ楽園公に詫びを入れに行きたい。

 

 しかし、安易に会うわけにもいかない。

 これからクドラクは魂を食らう怪物になるのだ。

 

(ここで安否がはっきりするのは、まだいい。顔見知りの狩人と合流してしまうと、業魔に成った時に殺し合いになる可能性が高い)

 

 狩人達の慈悲に期待するのは無謀だ。自分の友人はどれも使命に燃えている。

 悲しいいざこざを起こすよりは、誰とも会わずに去る方がマシだった。

 今は、失踪した理由を説明して、「無事なので探さないでください」と言伝すべきだ。

 

「……その、何も言わずに旅団を飛び出したのは、申し訳なく思っていますが……理由があって」

「わかっています。もう一度、他国でやり直そうと考えたんでしょう」

 

 巫女がふっと笑みを消す。全ての事情を知っているかのような表情だ。

 

「……この国では混血(ドレカヴァク)への差別が激しいから。他国ならもっと高く自分を売れる」

「え……は、はい」

「石化の具合は、よろしいのですか? 話に聞いたほどにはひどい状態には見えませんが」

 

 ――さすがに、業魔化するから大丈夫、などとは口が裂けても言えない。

 言った瞬間に、巫女は自分を殺しにくる。それが楽園国を闇から護る者としての務めだ。

 

「大丈夫です。解決の目処がたちました」

「…………そうですか。なら、たぶん全員が納得するでしょう。貴方の安否が確認できたなら、楽園公も無理には引き止めないはずです」

 

 巫女がため息をついて、目線を逸らす。

 

「冥府研究に触れる者からすれば、混血(ドレカヴァク)への悪評は迷信であると断言できるのです。業魔の要素が精神に及ぼす影響は微弱のはず」

「……はい」

「問題はそれ以外です。民衆や末端の狩人――古い巫女の一部にも、差別的な固定観念を持つ者がいます。彼らへの啓蒙活動がうまく行かない」

 

 混血(ドレカヴァク)に対する差別意識の話だろう。

 業魔に対する恐怖が根強いこの国では、魔の血を引く者に対してヒステリーが起こりやすい。

 

(……まあ、難しいだろうな。身の危険に関する先入観は、そう簡単には拭えない。それに、混血児の犯罪率が高いのは事実だし)

 

 出生云々の話とは別になるが、世間から排斥される子供達が飢えをしのぐには、窃盗や殺人が手っ取り早い手段であるのは間違いない。

 そういった事件の話が尾ひれをつけて、『凶悪な混血(ドレカヴァク)が街一つを滅ぼした』などの規模まで発展することも珍しくはない。

 

 かくいうクドラクも罪を犯してきた。

 自衛のためとは言え、襲撃者と殺し合いに発展したことが何度もある。

 廃屋や水道に隠れ住み、街を転々とし続け、ボロ布や仮面で変装しても、定期的に襲撃された。

 

「しょうがないですよ。業魔災害で家族を失った人も多いのに、その怨敵の子となると……ね」

 

 内なる憎悪を抑え込んで、笑みを貼り付けたまま言う。しかし、巫女はじっと見つめてきた。

 

「そんな言葉で済ませられないほどの痛みを、これまで受けてきたのではないのですか」

「……それは……」

「統治者である我々の責です。……申し訳ありません。こう言って済む問題ではありませんが」

 

 ぺこりと巫女が頭を下げたのを、慌ててクドラクは引き止めた。

 

「お、おやめください! 何も、貴女からひどい仕打ちを受けた訳じゃありませんよ」

「しかし……」

「幼い頃、救貧院で何度も施しを受けて、飢えをしのいだことがあります。巫女の方々には感謝しているんです。頭をお上げください」

 

 幼少の頃、教会関係の施設でパンを恵んでもらったり、寝泊まりさせてもらったことがある。

 どれもフードマントに身を隠し、混血(ドレカヴァク)であることを隠した末の行動だったが、それでも教会は得難い安全地帯だった。

 

 ただ、「巫女からひどい仕打ちを受けたことがない」というと、さすがに嘘になる。

 正体がバレた後だと、即座に殺そうとしたり、住民を扇動して狩りに来る巫女もいた。

 無論、目の前の巫女には何もされていないため、八つ当たりする気はない。

 

「……この手の悲劇は、過去に何回もありました。良心的な人の耳に届く頃合いには、取り返しのつかないところまで行っているような悲劇が」

 

 頭を上げた巫女の顔が、懊悩に歪んだ。

 

「『蜘蛛王アラク=マハ』という名前、クドラク様はご存知ですか?」

「……数十年前、タルサデューク公領で事件を起こした混血児の名前ですね」

 

 聞いた覚えのある話だ。獄中で生まれ、名付けられずに育った一人の少年の話だ。

 あらゆる種類の暴力を受けて育った彼は、一匹の大業魔と共に、街を滅ぼしにかかった。

 蜘蛛の皇子「アラク=マハ」と名乗り、牢獄の地下で狂奔を引き起こしたのだ。

 

 この地が灰燼に帰す騒動となり、多くの犠牲者を出しながらも、アラク=マハは討伐された。

 今や、少年を虐げていた都市の跡地には、「アラク=マハ」の名を冠した新都ができている。

 鎮魂のため、改悛のためにつけられた名だ。

 

「当時の事件記録を見返すたびに、胸糞が悪くなります。貴方やアラク=マハと同じ立場なら、私は憎悪を振り撒く怪物と化していたでしょう」

「……狂奔を起こすつもりなんて、僕にはありませんよ。安心してください」

 

 叛意の有無でも確かめられているのか、と勘ぐりながら言葉を返す。

 自分を迫害した世間は憎いが、それを露わにしない良識くらいは持っていた。

 そして、無関係の人々を虐げないだけの理性も。

 

「いえ、疑っている訳ではないのですが……そうなるだけの不愉快なことが、この国では起こりがちということです。貴方が悪い訳ではないのに」

「……それは……」

「優秀な狩人を失うのは、かなり痛いのですが……私達に引き留める資格はありません」

 

 巫女はふわりとほほ笑む。

 

「旅立ちの用意で、なにか我々が手伝えることがあれば、気兼ねなく仰ってください。……友人の友人として、できる限りのことはします」

「…………はい」

「長話をしてすみません。今、楽園公に一報を入れてきますね」

 

 立ち去ろうとする巫女を見て、はっと我に帰ったクドラクは、慌てて彼女を引き止めた。

 

「お待ちを。緊急でお伝えしたいことがあります」

「……? お聞きしましょう」

「業魔災害についての話です。セルゲイを討伐した際に、興味深い情報を得まして」

 

 計画書の内容を見せながら、巫女に説明する。

 一週間後、狂奔が発生するかもしれないという内容を。

 

 最初は呆気に取られていた彼女も、次第に顔を強張らせていった。

 

「…………なるほど。この件は、他の誰かに?」

()()()()()()()()()()()

 

 そう、この地の狩人には何も話していない。

 近隣の場所にいる業魔の巣を教えたくらいで、狂奔にまつわる厄ネタは話さなかった。

 

「ふむ、理由をお伺いしても?」

「……狂奔を主導している何者かが、狩人などに紛れている可能性を考慮したので。信頼のおける人物に情報提供したかったのです」

 

 タルサデューク公は、違法な業魔研究に携わっている可能性が高い。

 狂奔騒動に関わっているかどうかは不明だが、関係ないと断言できるような人物ではない。

 故に、公に情報は渡さない方がいい、というのがクドラク達の結論だった。

 

 公の配下たる『聖炎(プラーミャ)』や、下位の狩猟団に狂奔の情報を伝えると、自動的に情報がタルサデューク公の下へと行く。

 公領が滅びるような事案は、当然、領主が音頭を取って対処するものだからだ。

 ここの狩人達に伝えると、めぐりめぐってタルサデューク公に一報が行く可能性が高い。

 

 その点、巫女は安心だろう。『聖林』所属の者達は、ゼムリアの種を心臓に植えている。

 業魔災害に加担した時、地母神は心臓に花を咲かせ、巫女に死を与える。

 また、彼女達は独自の指揮系統と権限を持つため、公に情報提供を行う義務もない。

 

「狩人達に敵が紛れ込んでいるかもしれない、と。どうしてそう思ったのですか?」

「各地で騒ぎを起こした業魔達が、この地に集っていると聞いたものですから。……この地が業魔に掌握され、拠点になっている可能性を考えました」

 

 公の嫌疑は伏せて説明する。

 今回の旅で、彼らは公の行いを調査し、蛇神ヴェレスの欠片を手に入れる必要がある。

 ここで公が逮捕されると、自分達が欠片を手に入れるのが危うくなるだろう。

 

 だが、さすがに狂奔の前情報を伏せておく訳にはいかない。

 事が起これば大勢が死ぬ。

 その場合に備え、巫女に狂奔への備えをしてもらうのは必須だ。

 

「……なるほど、そういう訳だったんですね。状況は非常にまずいが……事が起きる前に、具体的な期日と内容を知れたのが不幸中の幸い、か……」

 

 ぶつぶつと巫女はつぶやき、何かを恐れるように教会中を見回した。

 何かを確認したような素振りを見せると、クドラクにそっと耳打ちする。

 

「……。実は、()()()()()()()()()()()ことくらいは、私共も察知していたのです。貴方がさっき語ったように、業魔の動きが怪しかったので」

「では、もう何かしらの対策を?」

 

 こちらも小声で返すと、巫女はうなずく。

 

「隠密等に調査をしています。後、『向日葵(ソニャシュニク)』の退魔部隊も潜伏しています。一般人に紛れて身を潜めていますね」

 

 『向日葵(ソニャシュニク)』――数ある巫女の退魔部隊でも、楽園公の懐刀と称される者達だ。

 楽園公が直接指揮を取っている。狂奔や災厄級業魔など、破滅的な災害に対処するためのものだ。

 

 巫女達の部隊は、花の名前を冠している。

 ゼムリアの祭儀を担う『百合(リリヤ)』、『聖林直轄領』の治安を担う『加密列(ロマーシカ)』などが典型的だろうか。

 各部隊が臓器のように連携して働き、楽園国という巨大な大樹が維持されているのだ。

 

 ちなみに、クドラクは『向日葵(ソニャシュニク)』や『加密列(ロマーシカ)』で助っ人として働いたことがある。

 当時は実力を買われたものと思っていたが、今にして思えば、あれは楽園公による教育の一環だったのだろう。

 

「……ヒマワリが動いたということは、楽園公は狂奔を予知していたのですか?」

「そこまで正確には予測していませんでした。パラスケヴァ様が念には念をということで派遣してくださったのです」

 

 赤髪の巫女は何かを悩む素振りを見せた。

 

「……今の話、巫女以外には内密にお願いします。どこに監視の目があるかわからないので。タルサデューク公には絶対話さないように」

 

 彼女の不穏な口調に、思わずクドラクは眉をひそめた。

 まさか、巫女達もタルサデューク公を疑っているのか? 実験の証拠でも見つかったか?

 

「……公が業魔達に抱き込まれたと?」

「そう考える巫女もいますが、楽園公は()()()()()()()()()と考えています。……この先を聞けば、貴方も無関係ではいられませんよ」

 

 静かに警告されるが、これは聞かなければならないだろう。

 巫女の出方次第で、欠片を奪取しにいくまでのスケジュールが決まってくる。

 

 公の嫌疑が濃厚であった場合、事が起きる前に巫女達は公を逮捕しにかかるだろう。

 まだ証拠が固まっていない場合、まずは巫女達は裏を取る方向で動くはずだ。

 

 いずれにせよ、巫女に協力する形で公を調査し、欠片の在処がわかり次第取りにいくのが上策だ。

 そうすれば、最悪、巫女が欠片を手にしたとしても、横合いから襲撃して奪取できる。

 

「……。最後に、故郷のためになることをしたいんです。『向日葵(ソニャシュニク)』には僕の友達もいる。彼女達が死ぬ危険性を無視して、旅立ちたくはない。……僕達も噛ませてください」

 

(……実際は、巫女の状況を間近で確認したいだけだけど……理由付けとしては悪くない、か)

 

 クルースニクをちらっと見ると、彼女もうなずいた。後で方針を共有しておこう。

 当の巫女は感じいった様子で言葉を詰まらせ、ほうとため息をついた。

 

「……自分を拒む者達のために、命を賭けるとは……。いいでしょう、貴方達ほどの狩人が協力いただけるなら、私達も一安心ですから」

 

 次に巫女から放たれた言葉は、予想以上に衝撃的だった。

 

「まだ証拠は固まっていませんが……タルサデューク公は業魔災害を主導している可能性が高い、というのが楽園公の見解です」

「……っ、『主導』?」

「業魔に指示を出し、何かを遂げようとしています。その備えとして、ヒマワリはここに来ています。何が起きても防げるように」

 

 巫女は焦燥をにじませた顔で、クドラク達を見つめた。

 

「通常業務の傍ら、裏を取ろうとしていたのですが……後一週間で事が起きるとなると、悠長なことは言ってられませんね。クドラク様、貴方に依頼したいことがあります」

 

 重苦しい声音に気圧されながら、クドラクとクルースニクは互いに目を合わせる。

 また骨が折れる仕事になりそうだ。

 

 





TIPS:『ゼムリアの巫女』
 宗教国家「ハリストス楽園国」の官吏。地母神ゼムリアに仕える司祭達の総称。
 全員が草花や木々と会話でき、植物を操る『母なる大地の呪い』を有している。
 『聖林』を本拠地とし、楽園公パラスケヴァを教主と仰いでいる。
 
 半自立した各公領の連合体である「楽園国」でも、彼女達は強い権力を持っている。
 土壌を肥えさせる力を持つ上、霊体に攻撃できる木剣や木の矢などを作り出せる。
 また、死んで間もない人物の魂を回収し、『聖林』にある人工冥界に運ぶ作業も担う。

 これらの仕事に加え、医療・福祉サービスの提供、祭儀や政などの仕事が発生してくる。
 基本的に巫女は激務であるため、呪いを有するといえど業魔討伐は狩猟団に任せることが多い。
 地方行政にしても公が担っており、『聖林』から派遣された巫女は彼らの助力しか行わない。

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