『血塗られた月のクドラク』〜余命わずかな病を克服するため、闇の王へと堕ちる話〜   作:人見 広介

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5-2:昼下がりの街にて②

 

 

 

 20年ほど前のタルサデューク公は、理想的な狩人兼領主だったらしい。

 

 彼は2mを超える長身の狩人で、礼服の下にはちきれんばかりの筋肉を隠していた。

 モノクルをかけた無愛想な男で、艶やかな黒髪をオールバックにしていた。

 

 狩人用の黒い外套をまとって、自ら領内の騒動を治めに出向いていた。

 業魔の群勢が攻めてきたとあらば、先陣を切って斬り込んでいた。

 彼の後ろ姿は、狩人達のよき見本だったのだ。

 

 ――今は変わり果ててしまった、と言いながら赤毛の巫女は肩をすくめた。

 

 彼が変貌したのは、ある夏の夜のことだ。

 大業魔ヘカトンケイル率いる深淵軍団が、海からオキアンダールを奇襲し、彼の家族を殺したのだ。

 

 激昂した当時の公は、地獄へと変貌した街で縦横無尽に戦った。

 街にいた狩人達は全滅しており、ただタルサデューク公だけが孤軍奮闘した。

 

 炎が街に吹き荒れる中、徐々に業魔達は数を減らし、遅れて隣町の狩猟団が街に入った。

 そこで、ヘカトンケイルと相打ちになった瀕死のタルサデューク公が見つかった。

 

 以来、公は足に麻痺が残ってしまい、自慢の戦闘技術の大半を封じられてしまった。

 そのせいなのか、家族を失った悲しみによるものか、彼は人前に出なくなった。

 たまに公務で外出する彼は、骨と皮ばかりに痩せこけ、不吉な気配を放っていたらしい。

 

 ここまでが、巫女から聞いた話だ。

 

(……話を聞く限り、家族を失った哀れな老人でしかない。復讐に取り憑かれているかもしれない)

 

 経歴から推測する限りでは、タルサデューク公には業魔との繋がりなどないはずだ。

 むしろ、心の底から業魔達を憎んでいても不思議はない。彼らに加担するなどあり得ないと言える。

 

「……そんなタルサデューク公が、業魔災害を企てるものかな」

 

 もやもやとした疑念を抱きながら、クドラクは串刺しにされた肉をほおばる。

 城砦の上に風が吹きつけ、髪を巻き上げた。

 うっとうしそうに目を細めながら、横のクルースニクが同調する。

 

「巫女さんから聞いた話じゃ、まともそうな人みたいだけどね。……まあ、実験の果てに私達を作った疑惑はあるけれども」

「それにしても、『一年前のデーモン出現に絡んでる可能性が高い』なんてな」

 

 一年前、タルサデューク公領に業魔デーモンが出現した。

 領内をめちゃくちゃに荒らし、挙げ句の果てに狩人達の追跡を振り切って隠遁した。

 この一件を公が手引きしたのではないか、という疑惑を楽園公は抱いているらしい。

 

 その道化師じみた業魔は、狩人達の包囲網を易々と抜け、正面戦闘を避け続けた。

 山中でゲリラ戦を繰り返し、その裏で都市部で配下に自爆テロを起こさせ、公領全体を的確にかく乱し続けた。

 

 その手際の良さが楽園公に懸念を抱かせた、と巫女は語った。

 リアルタイムで全狩猟団の動きを把握しなければ、こんな芸当はできないと。

 

『内通者が狩猟団の動きをリークした、と楽園公はお考えでして』

『……それで容疑者に上がったのが、タルサデューク公だと?』

 

 赤毛の巫女は頷いた。

 

『当時、狩猟団全体の状況を把握していたのは、全体の指揮を取っていた公おひとりですから。彼の周囲も含めて、警戒するに越したことはないでしょう? ……その一年後に業魔達が妙な動きをし始めたとなれば、なおさら』

 

 そう言っていたが、「業魔災害を主導している」を言い切る以上、それなりに確度のある嫌疑のようだ。

 

『といっても決定的な証拠がなかったので、まず裏取りに務めていたのですが……そうも言ってられなくなりましたね』

『……僕達はどう動けば?』

『私達とは別に、業魔達を追ってください。第一の目標は狂奔の阻止です。やり方はお任せします。わかったことがあれば共有しましょう』

 

 クドラクの前評判を知っているからか、方法は一任してくれた。

 そのほうが自分たちも動きやすい。

 

「……冥府から業魔達を呼び寄せるには、現世に直通する門を開かなければならない。……そして、門の開通には設備と燃料がいる」 

 

 二人は古びた城砦のへりに座り、遅い昼食を取りながら作戦を練っていた。

 眼下には、昼時の街並みが広がっている。

 赤茶けた建物群や、風に揺れる木々達が入り混じった街の様子が見える。

 

 街の喧騒もここまでは届かない。静かな場所だ。

 存分に頭を整理できる。

 

「現世と冥府を隔てる次元の壁――それに巨大な穴を開けるには、多くの魂を生贄にしければならない。今、敵方はどうやって魂を集めていると思う?」

「んー、普通は街でも襲って現地調達をするけど……今回は別だよね? 色んな場所から業魔達が魂を運んできているし」

 

 各地で起きた狂奔の参加者のうち、一部がタルサデューク公領に逃げ込んできている。その狂奔で集めた魂を抱えたまま。

 その動きを察知して、巫女や他勢力が動いているのだ。

 一連の事件は繋がっているはずだ。ここの騒動が本命なのか、サブプランなのかは知らないが。

 

「じゃあ、燃料を運んでいる連中を追う?」

「それは巫女も試したそうだが、無理だったらしい。公領に入った瞬間、追跡対象が死亡するそうでね」

 

 クルースニクが訝しげにこちらを見る。

 

「死亡? 誰かに攻撃されるとか?」

「いや、そうじゃないらしい……死因は餓死か自殺だ。エサを抱えたままなのに、それに手を付ける素振りもないんだとか」

 

 にも関わらず、集めた魂が解放されることはないようだ。

 業魔の死と同時に、どこかへと消えている。

 その行先や運び方も追跡できていない。

 

「このため捜査が行き詰まっているらしい。運び役の業魔を傀儡化する技術を、敵は持っているな」

「運搬中の魂はどうなってるんだろ? たぶん指示役が回収しているんだろうけど」

「……何者かが魂を回収しにきた形跡はないし、いれば追跡中の巫女達が気づいている。自動的に回収するシステムが構築されているはずだ」

 

 まるで植物の根のように、浮遊する魂を回収する『何か』があるとすれば──。

 今までの経験から、一つ仮説を立てられた。

 

「……ここから先は僕の推測になるが、消えた魂を吸収する異界が、公領に張り巡らされているんじゃないかな」

 

 高位の業魔達は、仮初の異空間を作ることができる。これを狩人達は『異界』と呼んでいる。

 今回の場合、領内に広がる異界を構築し、植物の根のように魂を吸収していると踏んだのだ。

 

「もし推測が正しいなら、どうにかして異界に入れば、魂の貯蔵先――あるいは門の予定地まで行けるはずだ」

「ふむふむ。どうやって中に入る?」

「……方法は数通りあるが、手っ取り早いのは業魔に扮することだな」

 

 頭の中で計画を吟味しながら、クドラクは指輪を見せた。

 

「教授が入れてくれた死霊達――そして例の『秘密兵器』の中に隠れて、中に入れてもらおう」

「ははあ、例の人造業魔――『造魔竜(ジルニトラ)』だっけ? 数人は搭乗できるスペースがあるもんね」

 

 サルトゥイク・レオノフの傑作たる、竜を象った人造の業魔が指輪に宿っている。

 トロイの木馬よろしく体内に隠れ、拠点に潜入するという話をしているのだ。

 

「となれば、案内を務められる業魔を見つける必要がある。さて、誰をあたるべきかな……」

「セルゲイの計画書に、それっぽい関係者の情報は書いてないの?」

「書かれてなかったな。本隊とはさほど接触してなかったらしい。計画の概要も又聞きで聞いたとか」

「ふむふむ……」

 

 クルースニクも蒸し芋をかじりながら、何かを思案していた。

 

「使い魔に捜索させるとか、業魔達の巣をしらみつぶしに巡るとか、いろいろ考えられるけど……まず、あの子にでも当たってみる?」

「あの子?」

「ほら、横の物陰からこっちを見ている子」

 

 クルースニクが右を指さす。

 外壁上の通路が続く中、ぽつんと置かれた木箱の陰に何かがいた。

 

 ……大きな黒蛇だ。額には光の刻印が彫られている。

 縦長の瞳孔でじっとこちらを見ている。敵意や害意は感じなかった。

 

「……業魔か。蛇が成ったものだな」

 

 じっとこちらを見つめる大蛇の体から、霊気のようなオーラが滲んでいる。おそらく彼岸のモノだ。

 しかし、あの額にある刻印はなんだろうか?

 蛇の目を象っているようだが。

 

(……監視されていた?)

 

「監視じゃないと思うよ。そういう視線じゃなかった」

 

 ふと浮かんだ思考を、相方がかき消す。

 動物的直感にかけては、クルースニクほど鋭い者はいない。

 彼女が言うなら、おそらくあの者に害意はないのだろう。

 

「あれは好奇心からくる視線だね。クドラク君が気になるんじゃない?」

「……ああ、そういうことか。……昔っから、蛇にだけは好かれやすかったからな」

 

 さも当然のこととして納得し、クドラクは蛇へと近づいた。

 幼少期、よく見知らぬ蛇達が自分に懐いたり、エサを運んでくれたものだった。

 今回も同じなのだろう、と思ったのだ。

 

【…………】

 

 だが、蛇は意味ありげな一瞥をくれた後、外壁の下へと飛び出した。

 下方へ消えていく蛇を、戸惑いながら二人して見つめる。

 

「……誘われている、か」

「そんな目だったね。ついてこいって感じだったよ。……後を追ってみようか」

 

 すぐに二人も外壁から身を躍らせて、眼下の街へと向かった。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 通常、業魔は霊的生命体であるため、冥府から遠い常人の目には見えづらい。

 害意を振り撒く不吉な輩なら、黒いモヤのような存在として見えるが、そうでもなければ普通は気づかない。

 

(……すいすいと道を行くものだな。誰も気づく様子がない)

 

 黒蛇の後を追って、大通りの雑踏の中を歩く。昼下がりの町はがやがやと活気がある。

 我が物顔で石畳の上を這い、黒蛇は街の広場へと向かっている。

 

(人を襲う気配がない。腹が満たされているのか、人間を捕食対象とみなしていないか……あるいは、どこかの使い魔なのか)

 

 時折、こちらを振り返る黒蛇に、クドラクは手を振って見せる。

 

「懐かしい気分だな。孤児時代は、ああして食料(ネズミ)おやつ(食べられる虫)がある場所を教えてもらった」

「へえ、君も動物に拾われたクチなの?」

「いや、育て親ではないな。いいとこ昔なじみの友達さ」

 

 蛇達は自分によくしてくれたが、人間としての生き方を教えられるわけではなかった。

 その点では育て親とは言えまい。

 

「蛇に好かれる理由に心当たりは?」

「ないな。なぜ僕によくしてくれるのか、今になってもわからないが……」

 

 ただ、旅立つ前のサルトゥイク教授の言葉を思い返すと、ヒントはあるように思えた。

 

(……蛇神ヴェレスの混血児、か。父から継いだ蛇の要素が、同族を引き付けるのかもしれないな)

 

 確証はないため、口に出すことはしなかった。

 

 やがて、二人は大きな広場に出る。あちこちで屋台の店主が声を張り上げ、露天商が敷物の上に商品を並べている。

 定期市が開かれているのだろうか。

 喧騒に満ちた広場を見渡していると、隅に人だかりができているのが見えた。

 

 「――手前(てまえ)は犯罪者なんかじゃないっスよ! 言いがかりも大概にするっス!」

 

 人の壁の向こうから、少年らしき声が響く。

 周囲の人々も、何事かと思ってそちらを見つめた。

 

(……あれは?)

 

「黙れ、混血(ドレカヴァク)が! 行商人の振りなんかしやがって!」

「尋問の用意をしろ。犯罪の手引きをしている可能性が高い。知っている事を吐かせろ!」

 

 クルースニクと目を合わせて、野次馬の壁へと近づく。

 なんとか隙間から中を覗き込んだ。

 

 黒いマントをまとった二名の自警団員が、一人の少年を取り押さえている。

 

「人を馬鹿にするのも大概にするっス! こちとら楽園国の通称許可を得たクリーンな行商人っス! 手前が何をしたって言うっスか!?」

 

 紺色のマントを羽織った、白髪の少年だった。

 マントの下は半裸であり、地に押しつけられた褐色の体には汗がつたっている。

 髪を振り乱して抵抗しながら、彼はエメラルド色の瞳で狩人達を睨みつけた。

 

「どうせ、身元を隠して取った許可だろうが。ターバンなんぞで隠せると思ったか!?」

 

 一人の自警団員が少年の頭を掴んで、ぴょこっと立っている白い獣耳に怒鳴った。

 ――混血(ドレカヴァク)。忌み子とも称される獣の落とし子は、楽園国では忌避の対象となる。

 自分達の同類、人外の血を引く忌み子だ。

 

「くっそ……!」

 

(おや、あれは――)

 

 もっとも、クドラクが注目していたのはそこではなかった。少年の脇腹に刻まれた民族風の刺青が、彼の目を引いたのだ。

 半月を描いた赤茶けた刺青が、Dr.サルトゥイク率いる『黒仏氏族』のものと酷似している。

 つまり、彼の兵隊なのだろう。

 

「あれ? うちの旧都出身の子じゃん。こんなところで何してるんだろ」

 

 クルースニクも驚いた様子だった。

 

「知り合いか?」

「いや、違うけど……あの狼耳の形は、故郷に棲息する狼のものだから。旧都の『風習』で産まれた混血(ドレカヴァク)の一人だよ、たぶん」

 

 困惑しながら少年を見つめる相棒の足元に、先ほど追っていた黒蛇が伏していた。

 『これが望みだったんだろう?』とでも言いたげな顔で、クドラクを見上げている。

 

(これを見せたかったのか? ……さっき僕は、異界に入る手段を検討していた。それを聞いて案内してくれたとか?)

 

 目の前の少年が鍵になるとでもいうのだろうか?

 少なくとも、ここに案内したかったのは間違いないようだが。

 

「……少しお待ちを。何があったのですか?」

 

 ひとまず、クドラクは割って入ることにした。

 人混みをかき分けて中に入ると、自警団員と少年が驚いたようにこちらを見る。

 

「なんだ、君達は。話ならこいつを確保した後で――」

「……あっ!? その服装は、もしや!」

 

 特に少年の驚きようが気にかかった。獣耳をピンと立てたまま、クドラク達を凝視している。

 向こうは自分を知っているようだが、あいにくとこちらは知らなかった。

 

「貴様、この子達と知り合いなのか?」

 

 自警団員が訝しげに少年を見ると、なぜか慌てたように少年は首を振る。

 

「えっ? あ、いや、別に……」

「実は知り合いなんです。昔、僕達の狩りを助けてくれたことがあって。久しぶりに会ったけど元気そうじゃないか。……なあ、クルースニク?」

 

 面識は無いが、そんなことは関係ない。この場は知り合いで通した方が丸く収まるだろう。

 即興でクルースニクに振ると、彼女もすっとぼけたように調子を合わせた。

 

「そうなんですよー。その子、私と同郷の子なんです。北方森林地帯の国にいた狩人ですよ。……なにか、その子が悪いことしたんですか?」

 

 本人が犯罪行為を侵したと言うなら、クドラク達も手助けするつもりはない。

 ただ、単なる差別騒動で冤罪を着せられかけているなら、弁護してやらねばならない。

 同じ身の上として、助け合える所は助け合わねば。

 

「君達は狩人なのか。……ああ、そういえばその格好、うちの狩人が話していた子達か」

「たしか業魔の巣を一つ潰したんだろ? その歳でよくやるじゃねえか」

 

 自警団員が警戒を解く。

 

「失礼した。実は、この者を捕らえて処刑するよう、公より各都市参事会に通達があってな」

「北部の港湾都市――オキアンダールで連続殺人事件が起きているんだよ。主犯は捕まったらしいんだが、こいつが共犯らしいのさ」

「犠牲者はいずれも狩人だ。手に負えない凶悪犯罪者だから、見つけ次第殺してもいいとさ」

 

 連続殺人事件――穏やかな話ではない。

 

「なんでも、主犯は氷を操る呪い師で、北方森林地帯から来た人物だという話だ」

「現在、取り調べが行われているんだが、犯行動機については黙秘しているらしくってな」

 

 『氷を操る』という言葉を聞いた横のクルースニクが、ぴくりと眉を動かす。

 相方の様子をチラッと見て、クドラクは問う。

 

「その犯人って、どんな姿なんですか?」

「長い白髪の少女だという話だ。オーロラのようなマフラーを着用していて、冬の夜空みたいなワンピースを着ているとか」

 

 氷を操る少女――教授に聞いた『ニーナ』という娘のことだろうか?

 クルースニクに目配せすると、彼女は悩ましげな顔で頷いた。

 

「詳細は知らねえがな。俺達に下された命は、こいつの捕獲と処刑だけだからな」

「なるほど……」

 

(本来なら自警団に任せるべきだが……タルサデューク公からの指示、か。裏を勘ぐるべきか?)

 

 それに、クルースニクの友達が主犯になっている。業魔の動きを探っていた人物だったはずだ。

 果たして、普通の殺人事件なのだろうか?

 

(……問答無用で処刑してしまう流れみたいだな。話を聞くには、どうにかしてこの子を連れ出さなきゃならない)

 

「君達には心苦しいが、ご理解願いたい」

「言い方は悪いが、混血児である以上は、何かしらの悪巧みをしていると考えるのが自然だろ」

 

 薄気味悪そうに、男達は少年の獣耳を見る。

 

「知っているとは思うが、混血(ドレカヴァク)は業魔の血を引いている。生まれつき悪徳と狂気を好む」

「北方の蛮地じゃ、こうした忌み子が多いそうだぜ。念のために身元を確認してよかったわ」

「なんなら、今殺処分してもいいな……人の味を覚えた獣として扱ったほうがいい」

 

 混血児が殺しを好むなど、迷信にすぎない。

 迫害によって性格が歪むことはあれど、生来的に殺しを好むような事例はない。

 むしろ、後天的に呪いを得た者の方が、精神が変質する関係で異常者になりやすい。

 

 これが各学院で定説になっている事実なのだが、民衆には広まってはいない。

 基本的に、楽園国の住民は業魔を恐れており、それに連なる者共を排除しようとする。

 混血(ドレカヴァク)も同じだ。犯罪者予備軍という言葉すら生温い、一種の穢れとして扱われる。

 

(……好き勝手に言ってくれる。僕の正体を明かして、無理やり詫びの言葉を吐かせてやろうか?)

 

 だが、今の発言は使える。自分達の友人を侮辱したと詰問して、イニシアティブを取るか。

 

 内心の憎悪を抑えて口を開こうとした時、殺気をにじませながらクルースニクが進み出た。

 バチっと音を立てて、青い電流を放ちながら。

 

「――言いましたよね? その子、私と同じ出身の友達なんですよ。すごい言い草でしたね」

「えっ? あ、いや……」

「……混血(ドレカヴァク)なら、何言ってもいいって思ってます? 今、貴方達はこの子と私、そして故郷にいる同胞達を馬鹿にしましたが――」

 

 ふっとクルースニクの姿が消えたかと思えば、男達の眼前に立っていた。

 わずかに髪を逆立たせ、パチパチと静電気をまといながら、恐れおののく男達の顔を覗き込む。

 

「――私もその子も、殺る気になれば貴方達くらいは秒殺できるんですよ?」

「っ!?」

「その子を離してください。……これはお願いじゃないですよ。二度は言いませんから」

 

 相棒が怒り心頭に発していることに、最も面食らったのはクドラクだった。

 

(……っ、ずいぶんと手を出すのが早いな? それに、あの体中から出ている電気は――)

 

 感情が昂ると電撃が制御できなくなると、自己紹介の時に彼女から聞いた覚えがある。

 となると、今はまずい状態なのかもしれない。あの電撃はクルースニクの怒りを表している。

 

(キレると電撃が出るのか。わかりやすいな――しかし、ここまで同胞意識が強いとは)

 

 彼女は身内への情に厚い。それは、仲間であるクドラクへの献身にもよく現れている。

 反面、身内を害する敵には容赦しない。狼が群れ(パック)の同胞を守る時と同じだ。

 

 どの程度までやるかは不明だが、このままだと間違いなく血を見るだろう。

 詰問をやめて、仲裁に動くことにしよう。

 

「待て、クルースニク。殺るのはまずい。……貴方達もその子を離して、一歩下がりなさい」

 

 クドラクが少女の肩を引きながら、低い声で男達を恫喝する。

 

「だ、だが、拘束を解けば――」

「下がれと言ったはずだ。その子は僕の友達でもあるんだぞ。……穏便に済ませたいだろう?」

 

 今朝、クドラク達は業魔達の巣を襲撃し、人質を奪還したばかりだ。

 この場にいる者達など一蹴できることを、他ならぬ彼らが知っているだろう。

 

 戦慄した様子の男達が、ゆっくりと少年から離れていく。

 虎を前にしたウサギのような仕草だ。

 

「ま、待て! この者は指名手配されている。我々もおいそれと見逃すわけにはいかない!」

「友達なのはわかったが、殺すしかねえんだぜ。こいつは」

「……譲れませんよね。さて、どうしたものか」

 

 考える素振りを見せながら、クドラクは周囲に目を走らせた。

 恐怖で静かになった野次馬が壁になって、広場を行き交う者からはここが死角になっている。

 

(……この様子だと交渉しても無駄か。少し手荒だが、やるしかないな)

 

 狩人達に向き直り、にこやかに話しかける。

 

「そちらの事情はわかりました。ちなみに、どういう人相を元に探していたんですか?」

 

 ほほ笑みを見せたからか、彼らはほっとした様子で答えた。

 

「ど、どういう人相といっても……紺色のターバンを巻いた白髪の少年だが」

「ターバンなら俺が持っている」

 

 自警団員が差し出した紺色の布を受け取り、しげしげと見つめるフリをする。

 

「なら、明らかに人違いではないですか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。お求めの人物とは人相が違いますよ」

 

 そう言うと、きょとんとした顔で男達はこちらを見る。群衆も訝しげにクドラクを見た。

 

「――【幻月よきらめけ。かの者共の薄っぺらい精神を引き剥がせ】」

 

 瞬間、クドラクの手元がチカっと光った。

 クルースニクと少年以外の者達が、その一瞬の光条を目に入れる。

 場に沈黙が訪れる。何が起こったか理解しきれずに、横の相方はクドラクを見つめた。

 

「……? クドラク君、今の光は――」

()()()()()()()()()()()()? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「………………うぁ……」

()()()()()()()?」

「……茶髪の……少年。キャスケット帽……」

 

 とろんとした目つきの自警団員が、うわ言のようにクドラクの言葉を反芻する。

 

()()()()()()()()()()()()()?」

「…………茶髪……」

「子供……」

「…………マント……紺色……」

()()()()()()()()()()()()()()()()

「……まとってない……」

()()()()()()()()()()()()。時間が来れば、今の出来事を忘れているでしょう」

 

 そうクドラクが命じると、眠りかけの眼をこすりながら、群衆がその場を離れようとする。

 次に彼はマントを脱ぎ、呆然としている少年へと放り投げた。

 

「【月影よ踊れ。髪を茶髪に。肌は白く。茶色のキャスケット帽を被せ、市民服を着せろ】」

「えっ? なんスか――うわっ!?」

 

 マントがぶわっと広がり、少年の姿を包み隠す。

 再び少年の姿が露わになった時には、キャスケット帽を被った茶髪の少年になっていた。

 ジャケットとズボンを着た色白の少年で、ぽけっとクドラクを見つめている。

 

「立ち上がれるかい?」

「えっ? ――あっ、はいっス!」

「貴方に聞きたいことがある。たぶん、貴方も僕達に用事があるんだろ? ……どこかで話し合おう」

 

 少年に手を貸すと、ゆっくり彼は立ち上がった。後ろからクルースニクがひそひそと喋りかける。

 

「クドラク君、何をしたの?」

「……少しだけ脳の活動を麻痺させた。寝る寸前レベルまで認識力が低下している」

「そ、それって大丈夫なの?」

「問題ない。数十秒後に意識は覚醒する。その時は今あったことをろくに覚えてはいない」

 

 仮に覚えていたとしても、今かけた暗示のとおりに回想するはずだ。

 『聖炎(プラーミャ)』にバレる心配はない。

 

「乱暴な手を打ったとは思うが……この子の話を聞きたくてね。怪我は無いかい、『黒仏氏族』の勇士さん」

 

 少年は驚いたような顔をして、その後にはっと脇腹の紋章付近を押さえた。

 

「ああ、見たんスね。ご心配なく、大丈夫っス。……それより、こんなところにいらっしゃるとは思いませんでした」

「……僕達を探していたような口ぶりだな」

「はっ。手前共の族長、サルトゥイク・レオノフより助力の命を受けておりますから」

 

 少年は姿勢を正して、軽く一礼した。

 

「手前は黒仏氏族の末席、リトー・ソバキンというしがない半端者です。生国は狼領マルザンナで、縁あって族長にお仕えしております」

 

 朗々と名乗った後、恥ずかしそうにこちらを見る。

 

「先程はお手を煩わせてすみません。族長の指示で領内を探っていたところ、敵の暗部に足を突っ込みまして……追われる身となってしまいました」

「……僕達に先行して調査してくれていたのか。それで公に睨まれたと」

「はっ。手前にかかっている嫌疑の説明も含め、今までの調査報告をしたいのですが……」

 

 リトーの言葉に顔を見合わせた二人は、ひとまず彼とともに宿屋へ行くことにした。

 

 





TIPS:『狼領マルザンナ』

 北方森林地帯にある小国の一つ。
 大狼ジーヴィッカが治める尚武の国で、国民全員が呪いを有している。
 寒冷地だけあって厚着の者が多く、同胞たる狼を模したマントを羽織っている者が多い。

 北方では動物達が領主となっており、狼領の他にも猫領・鹿領・熊領などが存在している。
 各領主は定例会議や臨時会議を開き、国境の策定や業魔災害対策について論じている。

 
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