『血塗られた月のクドラク』〜余命わずかな病を克服するため、闇の王へと堕ちる話〜 作:人見 広介
20年ほど前のタルサデューク公は、理想的な狩人兼領主だったらしい。
彼は2mを超える長身の狩人で、礼服の下にはちきれんばかりの筋肉を隠していた。
モノクルをかけた無愛想な男で、艶やかな黒髪をオールバックにしていた。
狩人用の黒い外套をまとって、自ら領内の騒動を治めに出向いていた。
業魔の群勢が攻めてきたとあらば、先陣を切って斬り込んでいた。
彼の後ろ姿は、狩人達のよき見本だったのだ。
――今は変わり果ててしまった、と言いながら赤毛の巫女は肩をすくめた。
彼が変貌したのは、ある夏の夜のことだ。
大業魔ヘカトンケイル率いる深淵軍団が、海からオキアンダールを奇襲し、彼の家族を殺したのだ。
激昂した当時の公は、地獄へと変貌した街で縦横無尽に戦った。
街にいた狩人達は全滅しており、ただタルサデューク公だけが孤軍奮闘した。
炎が街に吹き荒れる中、徐々に業魔達は数を減らし、遅れて隣町の狩猟団が街に入った。
そこで、ヘカトンケイルと相打ちになった瀕死のタルサデューク公が見つかった。
以来、公は足に麻痺が残ってしまい、自慢の戦闘技術の大半を封じられてしまった。
そのせいなのか、家族を失った悲しみによるものか、彼は人前に出なくなった。
たまに公務で外出する彼は、骨と皮ばかりに痩せこけ、不吉な気配を放っていたらしい。
ここまでが、巫女から聞いた話だ。
(……話を聞く限り、家族を失った哀れな老人でしかない。復讐に取り憑かれているかもしれない)
経歴から推測する限りでは、タルサデューク公には業魔との繋がりなどないはずだ。
むしろ、心の底から業魔達を憎んでいても不思議はない。彼らに加担するなどあり得ないと言える。
「……そんなタルサデューク公が、業魔災害を企てるものかな」
もやもやとした疑念を抱きながら、クドラクは串刺しにされた肉をほおばる。
城砦の上に風が吹きつけ、髪を巻き上げた。
うっとうしそうに目を細めながら、横のクルースニクが同調する。
「巫女さんから聞いた話じゃ、まともそうな人みたいだけどね。……まあ、実験の果てに私達を作った疑惑はあるけれども」
「それにしても、『一年前のデーモン出現に絡んでる可能性が高い』なんてな」
一年前、タルサデューク公領に業魔デーモンが出現した。
領内をめちゃくちゃに荒らし、挙げ句の果てに狩人達の追跡を振り切って隠遁した。
この一件を公が手引きしたのではないか、という疑惑を楽園公は抱いているらしい。
その道化師じみた業魔は、狩人達の包囲網を易々と抜け、正面戦闘を避け続けた。
山中でゲリラ戦を繰り返し、その裏で都市部で配下に自爆テロを起こさせ、公領全体を的確にかく乱し続けた。
その手際の良さが楽園公に懸念を抱かせた、と巫女は語った。
リアルタイムで全狩猟団の動きを把握しなければ、こんな芸当はできないと。
『内通者が狩猟団の動きをリークした、と楽園公はお考えでして』
『……それで容疑者に上がったのが、タルサデューク公だと?』
赤毛の巫女は頷いた。
『当時、狩猟団全体の状況を把握していたのは、全体の指揮を取っていた公おひとりですから。彼の周囲も含めて、警戒するに越したことはないでしょう? ……その一年後に業魔達が妙な動きをし始めたとなれば、なおさら』
そう言っていたが、「業魔災害を主導している」を言い切る以上、それなりに確度のある嫌疑のようだ。
『といっても決定的な証拠がなかったので、まず裏取りに務めていたのですが……そうも言ってられなくなりましたね』
『……僕達はどう動けば?』
『私達とは別に、業魔達を追ってください。第一の目標は狂奔の阻止です。やり方はお任せします。わかったことがあれば共有しましょう』
クドラクの前評判を知っているからか、方法は一任してくれた。
そのほうが自分たちも動きやすい。
「……冥府から業魔達を呼び寄せるには、現世に直通する門を開かなければならない。……そして、門の開通には設備と燃料がいる」
二人は古びた城砦のへりに座り、遅い昼食を取りながら作戦を練っていた。
眼下には、昼時の街並みが広がっている。
赤茶けた建物群や、風に揺れる木々達が入り混じった街の様子が見える。
街の喧騒もここまでは届かない。静かな場所だ。
存分に頭を整理できる。
「現世と冥府を隔てる次元の壁――それに巨大な穴を開けるには、多くの魂を生贄にしければならない。今、敵方はどうやって魂を集めていると思う?」
「んー、普通は街でも襲って現地調達をするけど……今回は別だよね? 色んな場所から業魔達が魂を運んできているし」
各地で起きた狂奔の参加者のうち、一部がタルサデューク公領に逃げ込んできている。その狂奔で集めた魂を抱えたまま。
その動きを察知して、巫女や他勢力が動いているのだ。
一連の事件は繋がっているはずだ。ここの騒動が本命なのか、サブプランなのかは知らないが。
「じゃあ、燃料を運んでいる連中を追う?」
「それは巫女も試したそうだが、無理だったらしい。公領に入った瞬間、追跡対象が死亡するそうでね」
クルースニクが訝しげにこちらを見る。
「死亡? 誰かに攻撃されるとか?」
「いや、そうじゃないらしい……死因は餓死か自殺だ。エサを抱えたままなのに、それに手を付ける素振りもないんだとか」
にも関わらず、集めた魂が解放されることはないようだ。
業魔の死と同時に、どこかへと消えている。
その行先や運び方も追跡できていない。
「このため捜査が行き詰まっているらしい。運び役の業魔を傀儡化する技術を、敵は持っているな」
「運搬中の魂はどうなってるんだろ? たぶん指示役が回収しているんだろうけど」
「……何者かが魂を回収しにきた形跡はないし、いれば追跡中の巫女達が気づいている。自動的に回収するシステムが構築されているはずだ」
まるで植物の根のように、浮遊する魂を回収する『何か』があるとすれば──。
今までの経験から、一つ仮説を立てられた。
「……ここから先は僕の推測になるが、消えた魂を吸収する異界が、公領に張り巡らされているんじゃないかな」
高位の業魔達は、仮初の異空間を作ることができる。これを狩人達は『異界』と呼んでいる。
今回の場合、領内に広がる異界を構築し、植物の根のように魂を吸収していると踏んだのだ。
「もし推測が正しいなら、どうにかして異界に入れば、魂の貯蔵先――あるいは門の予定地まで行けるはずだ」
「ふむふむ。どうやって中に入る?」
「……方法は数通りあるが、手っ取り早いのは業魔に扮することだな」
頭の中で計画を吟味しながら、クドラクは指輪を見せた。
「教授が入れてくれた死霊達――そして例の『秘密兵器』の中に隠れて、中に入れてもらおう」
「ははあ、例の人造業魔――『
サルトゥイク・レオノフの傑作たる、竜を象った人造の業魔が指輪に宿っている。
トロイの木馬よろしく体内に隠れ、拠点に潜入するという話をしているのだ。
「となれば、案内を務められる業魔を見つける必要がある。さて、誰をあたるべきかな……」
「セルゲイの計画書に、それっぽい関係者の情報は書いてないの?」
「書かれてなかったな。本隊とはさほど接触してなかったらしい。計画の概要も又聞きで聞いたとか」
「ふむふむ……」
クルースニクも蒸し芋をかじりながら、何かを思案していた。
「使い魔に捜索させるとか、業魔達の巣をしらみつぶしに巡るとか、いろいろ考えられるけど……まず、あの子にでも当たってみる?」
「あの子?」
「ほら、横の物陰からこっちを見ている子」
クルースニクが右を指さす。
外壁上の通路が続く中、ぽつんと置かれた木箱の陰に何かがいた。
……大きな黒蛇だ。額には光の刻印が彫られている。
縦長の瞳孔でじっとこちらを見ている。敵意や害意は感じなかった。
「……業魔か。蛇が成ったものだな」
じっとこちらを見つめる大蛇の体から、霊気のようなオーラが滲んでいる。おそらく彼岸のモノだ。
しかし、あの額にある刻印はなんだろうか?
蛇の目を象っているようだが。
(……監視されていた?)
「監視じゃないと思うよ。そういう視線じゃなかった」
ふと浮かんだ思考を、相方がかき消す。
動物的直感にかけては、クルースニクほど鋭い者はいない。
彼女が言うなら、おそらくあの者に害意はないのだろう。
「あれは好奇心からくる視線だね。クドラク君が気になるんじゃない?」
「……ああ、そういうことか。……昔っから、蛇にだけは好かれやすかったからな」
さも当然のこととして納得し、クドラクは蛇へと近づいた。
幼少期、よく見知らぬ蛇達が自分に懐いたり、エサを運んでくれたものだった。
今回も同じなのだろう、と思ったのだ。
【…………】
だが、蛇は意味ありげな一瞥をくれた後、外壁の下へと飛び出した。
下方へ消えていく蛇を、戸惑いながら二人して見つめる。
「……誘われている、か」
「そんな目だったね。ついてこいって感じだったよ。……後を追ってみようか」
すぐに二人も外壁から身を躍らせて、眼下の街へと向かった。
――――――――――――――――――――
通常、業魔は霊的生命体であるため、冥府から遠い常人の目には見えづらい。
害意を振り撒く不吉な輩なら、黒いモヤのような存在として見えるが、そうでもなければ普通は気づかない。
(……すいすいと道を行くものだな。誰も気づく様子がない)
黒蛇の後を追って、大通りの雑踏の中を歩く。昼下がりの町はがやがやと活気がある。
我が物顔で石畳の上を這い、黒蛇は街の広場へと向かっている。
(人を襲う気配がない。腹が満たされているのか、人間を捕食対象とみなしていないか……あるいは、どこかの使い魔なのか)
時折、こちらを振り返る黒蛇に、クドラクは手を振って見せる。
「懐かしい気分だな。孤児時代は、ああして
「へえ、君も動物に拾われたクチなの?」
「いや、育て親ではないな。いいとこ昔なじみの友達さ」
蛇達は自分によくしてくれたが、人間としての生き方を教えられるわけではなかった。
その点では育て親とは言えまい。
「蛇に好かれる理由に心当たりは?」
「ないな。なぜ僕によくしてくれるのか、今になってもわからないが……」
ただ、旅立つ前のサルトゥイク教授の言葉を思い返すと、ヒントはあるように思えた。
(……蛇神ヴェレスの混血児、か。父から継いだ蛇の要素が、同族を引き付けるのかもしれないな)
確証はないため、口に出すことはしなかった。
やがて、二人は大きな広場に出る。あちこちで屋台の店主が声を張り上げ、露天商が敷物の上に商品を並べている。
定期市が開かれているのだろうか。
喧騒に満ちた広場を見渡していると、隅に人だかりができているのが見えた。
「――
人の壁の向こうから、少年らしき声が響く。
周囲の人々も、何事かと思ってそちらを見つめた。
(……あれは?)
「黙れ、
「尋問の用意をしろ。犯罪の手引きをしている可能性が高い。知っている事を吐かせろ!」
クルースニクと目を合わせて、野次馬の壁へと近づく。
なんとか隙間から中を覗き込んだ。
黒いマントをまとった二名の自警団員が、一人の少年を取り押さえている。
「人を馬鹿にするのも大概にするっス! こちとら楽園国の通称許可を得たクリーンな行商人っス! 手前が何をしたって言うっスか!?」
紺色のマントを羽織った、白髪の少年だった。
マントの下は半裸であり、地に押しつけられた褐色の体には汗がつたっている。
髪を振り乱して抵抗しながら、彼はエメラルド色の瞳で狩人達を睨みつけた。
「どうせ、身元を隠して取った許可だろうが。ターバンなんぞで隠せると思ったか!?」
一人の自警団員が少年の頭を掴んで、ぴょこっと立っている白い獣耳に怒鳴った。
――
自分達の同類、人外の血を引く忌み子だ。
「くっそ……!」
(おや、あれは――)
もっとも、クドラクが注目していたのはそこではなかった。少年の脇腹に刻まれた民族風の刺青が、彼の目を引いたのだ。
半月を描いた赤茶けた刺青が、Dr.サルトゥイク率いる『黒仏氏族』のものと酷似している。
つまり、彼の兵隊なのだろう。
「あれ? うちの旧都出身の子じゃん。こんなところで何してるんだろ」
クルースニクも驚いた様子だった。
「知り合いか?」
「いや、違うけど……あの狼耳の形は、故郷に棲息する狼のものだから。旧都の『風習』で産まれた
困惑しながら少年を見つめる相棒の足元に、先ほど追っていた黒蛇が伏していた。
『これが望みだったんだろう?』とでも言いたげな顔で、クドラクを見上げている。
(これを見せたかったのか? ……さっき僕は、異界に入る手段を検討していた。それを聞いて案内してくれたとか?)
目の前の少年が鍵になるとでもいうのだろうか?
少なくとも、ここに案内したかったのは間違いないようだが。
「……少しお待ちを。何があったのですか?」
ひとまず、クドラクは割って入ることにした。
人混みをかき分けて中に入ると、自警団員と少年が驚いたようにこちらを見る。
「なんだ、君達は。話ならこいつを確保した後で――」
「……あっ!? その服装は、もしや!」
特に少年の驚きようが気にかかった。獣耳をピンと立てたまま、クドラク達を凝視している。
向こうは自分を知っているようだが、あいにくとこちらは知らなかった。
「貴様、この子達と知り合いなのか?」
自警団員が訝しげに少年を見ると、なぜか慌てたように少年は首を振る。
「えっ? あ、いや、別に……」
「実は知り合いなんです。昔、僕達の狩りを助けてくれたことがあって。久しぶりに会ったけど元気そうじゃないか。……なあ、クルースニク?」
面識は無いが、そんなことは関係ない。この場は知り合いで通した方が丸く収まるだろう。
即興でクルースニクに振ると、彼女もすっとぼけたように調子を合わせた。
「そうなんですよー。その子、私と同郷の子なんです。北方森林地帯の国にいた狩人ですよ。……なにか、その子が悪いことしたんですか?」
本人が犯罪行為を侵したと言うなら、クドラク達も手助けするつもりはない。
ただ、単なる差別騒動で冤罪を着せられかけているなら、弁護してやらねばならない。
同じ身の上として、助け合える所は助け合わねば。
「君達は狩人なのか。……ああ、そういえばその格好、うちの狩人が話していた子達か」
「たしか業魔の巣を一つ潰したんだろ? その歳でよくやるじゃねえか」
自警団員が警戒を解く。
「失礼した。実は、この者を捕らえて処刑するよう、公より各都市参事会に通達があってな」
「北部の港湾都市――オキアンダールで連続殺人事件が起きているんだよ。主犯は捕まったらしいんだが、こいつが共犯らしいのさ」
「犠牲者はいずれも狩人だ。手に負えない凶悪犯罪者だから、見つけ次第殺してもいいとさ」
連続殺人事件――穏やかな話ではない。
「なんでも、主犯は氷を操る呪い師で、北方森林地帯から来た人物だという話だ」
「現在、取り調べが行われているんだが、犯行動機については黙秘しているらしくってな」
『氷を操る』という言葉を聞いた横のクルースニクが、ぴくりと眉を動かす。
相方の様子をチラッと見て、クドラクは問う。
「その犯人って、どんな姿なんですか?」
「長い白髪の少女だという話だ。オーロラのようなマフラーを着用していて、冬の夜空みたいなワンピースを着ているとか」
氷を操る少女――教授に聞いた『ニーナ』という娘のことだろうか?
クルースニクに目配せすると、彼女は悩ましげな顔で頷いた。
「詳細は知らねえがな。俺達に下された命は、こいつの捕獲と処刑だけだからな」
「なるほど……」
(本来なら自警団に任せるべきだが……タルサデューク公からの指示、か。裏を勘ぐるべきか?)
それに、クルースニクの友達が主犯になっている。業魔の動きを探っていた人物だったはずだ。
果たして、普通の殺人事件なのだろうか?
(……問答無用で処刑してしまう流れみたいだな。話を聞くには、どうにかしてこの子を連れ出さなきゃならない)
「君達には心苦しいが、ご理解願いたい」
「言い方は悪いが、混血児である以上は、何かしらの悪巧みをしていると考えるのが自然だろ」
薄気味悪そうに、男達は少年の獣耳を見る。
「知っているとは思うが、
「北方の蛮地じゃ、こうした忌み子が多いそうだぜ。念のために身元を確認してよかったわ」
「なんなら、今殺処分してもいいな……人の味を覚えた獣として扱ったほうがいい」
混血児が殺しを好むなど、迷信にすぎない。
迫害によって性格が歪むことはあれど、生来的に殺しを好むような事例はない。
むしろ、後天的に呪いを得た者の方が、精神が変質する関係で異常者になりやすい。
これが各学院で定説になっている事実なのだが、民衆には広まってはいない。
基本的に、楽園国の住民は業魔を恐れており、それに連なる者共を排除しようとする。
(……好き勝手に言ってくれる。僕の正体を明かして、無理やり詫びの言葉を吐かせてやろうか?)
だが、今の発言は使える。自分達の友人を侮辱したと詰問して、イニシアティブを取るか。
内心の憎悪を抑えて口を開こうとした時、殺気をにじませながらクルースニクが進み出た。
バチっと音を立てて、青い電流を放ちながら。
「――言いましたよね? その子、私と同じ出身の友達なんですよ。すごい言い草でしたね」
「えっ? あ、いや……」
「……
ふっとクルースニクの姿が消えたかと思えば、男達の眼前に立っていた。
わずかに髪を逆立たせ、パチパチと静電気をまといながら、恐れおののく男達の顔を覗き込む。
「――私もその子も、殺る気になれば貴方達くらいは秒殺できるんですよ?」
「っ!?」
「その子を離してください。……これはお願いじゃないですよ。二度は言いませんから」
相棒が怒り心頭に発していることに、最も面食らったのはクドラクだった。
(……っ、ずいぶんと手を出すのが早いな? それに、あの体中から出ている電気は――)
感情が昂ると電撃が制御できなくなると、自己紹介の時に彼女から聞いた覚えがある。
となると、今はまずい状態なのかもしれない。あの電撃はクルースニクの怒りを表している。
(キレると電撃が出るのか。わかりやすいな――しかし、ここまで同胞意識が強いとは)
彼女は身内への情に厚い。それは、仲間であるクドラクへの献身にもよく現れている。
反面、身内を害する敵には容赦しない。狼が
どの程度までやるかは不明だが、このままだと間違いなく血を見るだろう。
詰問をやめて、仲裁に動くことにしよう。
「待て、クルースニク。殺るのはまずい。……貴方達もその子を離して、一歩下がりなさい」
クドラクが少女の肩を引きながら、低い声で男達を恫喝する。
「だ、だが、拘束を解けば――」
「下がれと言ったはずだ。その子は僕の友達でもあるんだぞ。……穏便に済ませたいだろう?」
今朝、クドラク達は業魔達の巣を襲撃し、人質を奪還したばかりだ。
この場にいる者達など一蹴できることを、他ならぬ彼らが知っているだろう。
戦慄した様子の男達が、ゆっくりと少年から離れていく。
虎を前にしたウサギのような仕草だ。
「ま、待て! この者は指名手配されている。我々もおいそれと見逃すわけにはいかない!」
「友達なのはわかったが、殺すしかねえんだぜ。こいつは」
「……譲れませんよね。さて、どうしたものか」
考える素振りを見せながら、クドラクは周囲に目を走らせた。
恐怖で静かになった野次馬が壁になって、広場を行き交う者からはここが死角になっている。
(……この様子だと交渉しても無駄か。少し手荒だが、やるしかないな)
狩人達に向き直り、にこやかに話しかける。
「そちらの事情はわかりました。ちなみに、どういう人相を元に探していたんですか?」
ほほ笑みを見せたからか、彼らはほっとした様子で答えた。
「ど、どういう人相といっても……紺色のターバンを巻いた白髪の少年だが」
「ターバンなら俺が持っている」
自警団員が差し出した紺色の布を受け取り、しげしげと見つめるフリをする。
「なら、明らかに人違いではないですか。
そう言うと、きょとんとした顔で男達はこちらを見る。群衆も訝しげにクドラクを見た。
「――【幻月よきらめけ。かの者共の薄っぺらい精神を引き剥がせ】」
瞬間、クドラクの手元がチカっと光った。
クルースニクと少年以外の者達が、その一瞬の光条を目に入れる。
場に沈黙が訪れる。何が起こったか理解しきれずに、横の相方はクドラクを見つめた。
「……? クドラク君、今の光は――」
「
「………………うぁ……」
「
「……茶髪の……少年。キャスケット帽……」
とろんとした目つきの自警団員が、うわ言のようにクドラクの言葉を反芻する。
「
「…………茶髪……」
「子供……」
「…………マント……紺色……」
「
「……まとってない……」
「
そうクドラクが命じると、眠りかけの眼をこすりながら、群衆がその場を離れようとする。
次に彼はマントを脱ぎ、呆然としている少年へと放り投げた。
「【月影よ踊れ。髪を茶髪に。肌は白く。茶色のキャスケット帽を被せ、市民服を着せろ】」
「えっ? なんスか――うわっ!?」
マントがぶわっと広がり、少年の姿を包み隠す。
再び少年の姿が露わになった時には、キャスケット帽を被った茶髪の少年になっていた。
ジャケットとズボンを着た色白の少年で、ぽけっとクドラクを見つめている。
「立ち上がれるかい?」
「えっ? ――あっ、はいっス!」
「貴方に聞きたいことがある。たぶん、貴方も僕達に用事があるんだろ? ……どこかで話し合おう」
少年に手を貸すと、ゆっくり彼は立ち上がった。後ろからクルースニクがひそひそと喋りかける。
「クドラク君、何をしたの?」
「……少しだけ脳の活動を麻痺させた。寝る寸前レベルまで認識力が低下している」
「そ、それって大丈夫なの?」
「問題ない。数十秒後に意識は覚醒する。その時は今あったことをろくに覚えてはいない」
仮に覚えていたとしても、今かけた暗示のとおりに回想するはずだ。
『
「乱暴な手を打ったとは思うが……この子の話を聞きたくてね。怪我は無いかい、『黒仏氏族』の勇士さん」
少年は驚いたような顔をして、その後にはっと脇腹の紋章付近を押さえた。
「ああ、見たんスね。ご心配なく、大丈夫っス。……それより、こんなところにいらっしゃるとは思いませんでした」
「……僕達を探していたような口ぶりだな」
「はっ。手前共の族長、サルトゥイク・レオノフより助力の命を受けておりますから」
少年は姿勢を正して、軽く一礼した。
「手前は黒仏氏族の末席、リトー・ソバキンというしがない半端者です。生国は狼領マルザンナで、縁あって族長にお仕えしております」
朗々と名乗った後、恥ずかしそうにこちらを見る。
「先程はお手を煩わせてすみません。族長の指示で領内を探っていたところ、敵の暗部に足を突っ込みまして……追われる身となってしまいました」
「……僕達に先行して調査してくれていたのか。それで公に睨まれたと」
「はっ。手前にかかっている嫌疑の説明も含め、今までの調査報告をしたいのですが……」
リトーの言葉に顔を見合わせた二人は、ひとまず彼とともに宿屋へ行くことにした。
TIPS:『狼領マルザンナ』
北方森林地帯にある小国の一つ。
大狼ジーヴィッカが治める尚武の国で、国民全員が呪いを有している。
寒冷地だけあって厚着の者が多く、同胞たる狼を模したマントを羽織っている者が多い。
北方では動物達が領主となっており、狼領の他にも猫領・鹿領・熊領などが存在している。
各領主は定例会議や臨時会議を開き、国境の策定や業魔災害対策について論じている。
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