『血塗られた月のクドラク』〜余命わずかな病を克服するため、闇の王へと堕ちる話〜   作:人見 広介

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7-3:彼岸にそびえる竜宮城③

 

 

 

 水中とは陸上生物にとっての死地だ。呼吸はできず、動きは制限される。

 それ故に、ある種の業魔は水辺に潜み、犠牲者を水中に引き摺り込んで殺す。

 霊的生命体である業魔に呼吸は必要なく、霊体であるがゆえに動きの制限もゆるいからだ。

 

 水棲業魔のホームである水中で戦うのは、それだけで多大なハンデを負うに等しい。

 それでも、水底に入らねば敵は倒せない。こちらが攻め手ならば敵地に進むほかない。

 

「捕らえたぞ!」

 

 氷の面頬から冷たい酸素を吸いながら、クドラクはメテフィラを玉座に押さえつける。

 えりをつかんだ手が、濃縮された紅色のエネルギー光を放った。

 

「【砕月(ルニ・クラフ)!】」

【遅い!】

 

 臨界点を迎える前に、メテフィラがクドラクの小指付近を掻き切った。

 腱を引き裂かれたか、唐突に握力が弱まる。

 

(……!? 力が……!)

 

 結果として手を振り切られるが、直後、爆発のごとき紅いエネルギーが手から放たれる。

 至近距離の衝撃にさらされ、メテフィラが水底に叩きつけられる。

 

【ごふっ……】

 

 クドラクにもダメージはある。爆発時に押し上げられた水が、彼自身を強く打っていた。

 鋭い石が埋まった筋肉が悲鳴を上げ、一瞬だけ意識が飛びそうになる。

 

(ぐっ……まだだ、今のうちに畳みかける!)

 

 今クドラク達の得物は持ち手ごと凍結し、氷で繋ぎ止められている。

 加えて、氷の繭が彼らを覆うように形成しつつあり、拘束が成りかかっている。

 この機に相手を押さえ込むのが最良だ。

 

【かは……ははは。チェーンデスマッチか。付き合ってやろう。今度は私の番だ】

 

 ぐんと剣を持つ手が引かれ、メテフィラの掌底がクドラクの顔面を捉える。

 そのまま水底に頭を叩きつけられ、いきおい面頬を剥ぎ取られかける。

 

「……っ、【月閃(ルニ・スヴェト)!】」

 

 メテフィラの腕を紅いビームが貫く。黒い瘴気が風穴から噴き出す。

 されど意に介した様子もなく、メテフィラは三日月のように目と口を歪ませた。

 

【急所を狙わなかったのはなぜだ? 慈悲のつもりか、捕虜にするつもりか】

「さてね……!」

 

 サンプルの在処を尋問するまでは、彼女を殺すことはできない。

 地の利が向こうにあることを加味すると、かなり不利なハンデを負っていると言える。

 おまけに、こちらは死に体だ。体中に発生した石は、今や内臓系統を食い荒らしている……!

 

【滑稽。無力化の余裕があるとお考えか。試してみるといい】

 

 顔に拳が入る。すかさず腹を殴る。髪の毛をつかまれる。顔面に頭突きを喰らわす。

 氷の繭が周囲を覆いゆく中、獣が縄張り争いするかのように取っ組み合う。

 ドス黒い瘴気と血が、水に漂いながら混じる。

 

「【紅き月よ来たれ! かの者に鎖を!】」

 

 細指に頸動脈を引き裂かれる寸前で、クドラクが水底でマウントを取った。

 紅い光の鎖がクドラクの手から放たれ、瞬く間にメテフィラの全身に巻き付く。

 それでも、にたにたと少女は嗤うだけだ。

 

【感心。呪詞の発動が早い。強度は――】

「【寒月よ輝け! 凍てつかせろッ!】」

 

 鎖から冷気がほとばしり、メテフィラの全身を凍結させていく。

 マウントは極まっている。このまま一秒と保たず四肢が氷細工になるだろう。

 

【手品。面白いものを見せよう。水斬(ラズレーズ)

 

 メテフィラの被る黒い笠から、わさっと青白い触手が伸びてくる。

 触手の先端に水が圧縮される。反射的にクドラクは片手でガードを固めた。

 

「【月天(ルニ・フォ)】――!?」

 

 触手から放たれた水圧カッターが、()()()()()()()()()()()

 ドス黒い瘴気が首の断面から噴き出て、タコの墨のようにクドラクの視界を覆う。

 

(自分の首を刎ねた……?)

 

 氷の繭も撃ち抜かれており、その穴からメテフィラの頭部が飛んでいった。

 後には、メテフィラの死体だけが残っている。

 

【――じゃじゃーん】

 

 無機質で平坦の声とともに、首なし死体がふいに跳ね起き、クドラクの首を片手で締め上げる。

 

「かっ――!?」

【私がスペクターだと言わなかったかな。この少女体は擬態だ。急所は人とは別の所にある】

 

 また首なし死体にマウントを取り返される。その死体がぐずりと溶けた。

 ゼラチン状に溶ける死体から青白い触手が飛び出て、クドラクの全身を縛り上げる。

 石が圧迫されたせいか、全身に焼けるような痛みが走った。

 

「ぐうっ……」

【本体はこちらだ。今まで貴方が組み合っていたのは、人間型に擬態させていた触手に過ぎない】

 

 穴の向こうで、刎ね飛ばされた首が浮き、黒い笠からわさりと青白い触手が現れる。

 愛らしい顔は溶けていき、中から太く短い口腕が数本飛び出てきた。

 その姿はまさにクラゲだ。なるほど、確かにスペクターの長であるらしい。

 

「【月天宮:閃転(ルニ・フォルト:ヴズルイフ)!】」

 

 クドラクの体から紅い閃光がほとばしると、エネルギーの爆発が拘束を吹き飛ばした。

 氷の繭も内側から吹き飛び、破片を撒き散らす。

 

【ほう、今のを脱するか……】

「【影よ踊れ。霊魚の力をこの身に与えよ! 水月よ揺らげ。水は我が動きを助けよ!】」

 

 メテフィラを拘束していた氷の剣を回収しつつ、水中戦用の呪詞を唱える。

 クドラクの体を影が薄くおおい、その身に鱗を、四肢にはヒレを、尻には魚の尾を生やす。

 拘束は失敗した。第二プランだ。

 

(僕だって、無策でハンデ戦を挑んだわけじゃ無い。仕込みが成るまでの下準備といこうか……!)

 

 半魚人めいた姿となったクドラクの周囲に、陽炎じみた水の揺らぎが発生する。

 水の抵抗を極限まで減らす力場が働いたのだ。

 

「二度目があると思うな……!」

【驚嘆。水中戦の心得もあるのか】

 

 銛のようにクドラクは水中を泳ぎ、メテフィラと互いの得物を叩きつけあった。

 触手と氷剣が何本もの軌道を描き、稲妻がほとばしるように水中で打ち合う。

 その度、触手が部分的に凍っていくのが見えた。

 

【おまけに強い。剣に触れる度に凍っていくか。いったん状態をリセットさせてもらおう】

 

 横薙ぎに刃を振るったタイミングで、メテフィラは高く浮いて回避した。

 

【我は甘露に浴する者。道よ来たれ、『聚気(ラストラード)』】

 

 黒いクラゲが触手で印を結ぶと、そこに青白いエネルギーの水流が入り込んでくる。

 クラゲの全身が青白く発光し、急速に傷が癒えていく。回復用の呪詞を唱えたのか。

 

「【三日月宝剣(レズヴィエ・ルニ)凌遅(カズニ)!】」

 

 クドラクが一瞬で虚空を切り刻むと、メテフィラがいる辺りへと無数の紅い光刃が飛んだ。

 メテフィラが音を立てて切り刻まれ、ドス黒い粘液のような瘴気や肉片を撒き散らす。

 だが、みちみちと音を立てて触手や傘が復活し、元の黒いクラゲの姿へと復元された。

 

【無駄。私の呪詞は回復力に長ける。周囲からエネルギーを取り込み、活力を全身に巡らす。凍った部分とて、切除すれば再生していく】

 

 触手が寄せ集まり、ゼラチン質の何かをまとったかと思えば、すぐに元の少女体が形作られた。

 再生したメテフィラが両手を広げ、大陸南方の黒い宮廷装束を波に揺らめかせる。

 

【そして、ご存知のとおり、この水中には莫大な霊的エネルギーが溶けている。この中にある限り、私は不死と思っていただきたい】

「……それはいいことを聞いた。どれだけ吹き飛ばしてもいいってことだな」

 

 不死身など恐るるに足りない。凍らせるにせよ、焼くにせよ、攻略法は多くある。

 むしろタフな分、加減しなくていい。本気で仕留めにかかっても問題はないだろう。

 

【前向きなのは結構だが、よもや水中戦で私の上を行けるとお思いか? 上下左右の全周囲から攻められる恐怖を知らないと見える。まして、この水にはこんなにエネルギーが蓄えられている……】

 

 黒い笠を被った青白い少女が、舞うように上方へと移動する。

 

【貴方はもう二度とここから出れない。我が戦術の美しきを知るがいい……渦球(ヴルタスフィラ)水雷泡(ペナペルズ)水斬(ラズレーズ)――三重結界(トリグリッド)

 

 メテフィラが手印を結んだ瞬間、水中世界に大きな変化が起こった。

 水圧カッターが四方八方で生じ、光線ワイヤー網のように周囲に張り巡らされる。

 その間隙を満たすかのように、黒々とした渦の球体が機雷じみて生じ、大量の泡を吐いていく。

 

(一単語の呪詞を三連続……それも同時発動だと? それぞれが巧みに効果を高めている。いっそ芸術的とも言えるが……)

 

 一単語の呪詞は高難度技術だ。非言語領域でのエネルギー操作が肝要となる。

 それを三つ同時に行うというのは、メテフィラが理外の達人である証左だった。

 並の呪い師なら、天地ほどもある力量差に絶望し、その場で自害してもおかしくはないだろう。

 

【通達。先程の剣さばきは見事だった。打ち合うのは危険と判断する。よって……今より行うのは、鳥籠の外からの鴨撃ちだ】

 

 水圧カッター網が張り巡らされた巨大な水牢の先で、メテフィラが高速で移動しはじめた。

 ダツのごときスピードで、水圧カッターや渦の球を悠々と横切る。

 それを見たクドラクも、張り巡らされた水圧カッター網の間を泳ぎはじめた。

 

(このトラップ網で動きを制限しつつ、レンジ外から飽和攻撃を行うつもりか。……そんな不利な戦いに付き合うと思っているのか?)

 

 魚の尾を生やしたことで、クドラクもまた魚類のような速さを得ている。

 しかし、見たところメテフィラの方が数段速い。水中戦も彼女の方が慣れている。

 ならば、防御に徹すれば狩られる。トラップ回避に執心すれば後手に回る。

 

(有効打は回避ではなく、制圧だ)

 

 クドラクは、ドクロが彫られた指輪に触れた。

 

造魔竜(ジルニトラ)、戦闘フォーム起動」

 

 指輪から骨の塊が飛び出て、クドラクの右腕をおおっていく。

 またたく間に、山羊の角を持つ竜の頭骨が形成され、その眼窩に鬼火を灯した。

 ぐぱぁと大口を開き、口腔に赤い光を貯める。

 

【その装備は貯水池で見たものか……!】

「砲撃戦ならこれだ。【砕月(ルニ・クラフ)砲撃式(ストレルバ)!】」

 

 竜のドクロを構え、その口からブレスのごときビームを放つ。

 通常より威力が底上げされている閃光が、軌道上の一切を焼き、メテフィラの右腕をかすめた。

 

【むっ……高評価! 速度は上々! だが、私には無限の力があるぞ。流体槍(クリヴカ)!】

「【砕月(ルニ・クラフ)閃転(ヴズルイフ)!】」

 

 渦巻く水のランスが放たれるが、クドラクが竜の口からエネルギー波を放って相殺する。

 その紅い波動が周囲に伝播し、渦の球や水圧カッターなどのトラップを焼き切った。

 

(このまま罠を食い破りながら進む!)

 

 尾ヒレで水をかきわけ、トラップを排除しながらメテフィラと高速戦闘をはじめた。

 

水斬(ラズレーズ)!】

「【月閃(ルニ・スヴェト)!】」

流体槍(クリヴカ)三叉(トレズベツ)!】

「【砕月(ルニ・クラフ)砲撃式(ストレルバ)!】」

渦球(ヴルタスフィラ)海峡喰らい(カルキヌス)!】

「【三日月宝剣(レズヴィエ・ルニ)最大出力(マキシム)!】」

 

 目まぐるしく両者は呪いを放ち合い、圧縮水と月光をぶつけあう。

 コンマ数秒の間に、互いの攻撃が肌をかすめあい、時折肌を切り裂く。

 出だしの撃ち合いは互角。つまり、こちらの不利はくつがえらない。

 

【私と競り合えるか! 興奮! 流体槍(クリヴカ)螺旋(スピラリ)最大出力(マキシム)!】

「【三日月宝剣(レズヴィエ・ルニ)渦刃(ヴィフル)最大出力(マキシム)!】」

 

 竜巻のごとき大渦の槍と、螺旋を描く光刃渦が迫り合い、衝撃波を発しながら拮抗する。

 水圧カッター網が歪み、渦の球が不規則に拮抗点に引き寄せられていく。

 その間隙を、クドラクは銛のようにかい潜る。

 

(互いに一単語呪詞の使い手同士、戦闘の展開が早い。スピードチェスをしてるみたいだ……!)

 

 これが二節以上の呪詞を言い合う戦いなら、もう少し落ち着いて戦えるのだが。

 そんなぼやきすら、思考の彼方へと急速に追いやられ、状況判断が脳のメモリを圧迫する。

 一手打ち間違えば死ぬ。ただ敵を見据えろ――。

 

 水圧カッター網をくぐると、水流に乗って大量の泡が迫ってくる。

 ただの泡ではない。エネルギーが濃縮された、触れれば爆ぜる極小の機雷といったところか。

 

「【砕月(ルニ・クラフ)閃転(ヴズルイフ)!】」

 

 右手にはめた竜のドクロからエネルギー波を放ち、まとめて吹き飛ばす。

 水中で爆発が起こる下を、衝撃波に耐えながらくぐり抜ける。

 その先にメテフィラが見えた。両手をこちらに突き出している。

 

【――もって圧殺せよ! 『大瀑布(ヴァダパート)――』】

「【水月よ揺らげ。敵の妖術を中和せよ!】」

 

 明らかに大技を放とうとしていたメテフィラへ、妨害のエネルギーを叩きつける。

 不可視のエネルギーが攪拌され、周囲で爆発のごとき衝撃波を撒き散らす。

 メテフィラの端正な顔が、愉悦と興奮に歪む。

 

「同じ水を操作する呪詞なら、エネルギー操作は似通う。妨害することも可能だ。……その間、僕は月光で貴女を攻撃できる」

【その攻撃を二度当てられたら、の話だぞ!】

 

 瞬間、メテフィラの移動速度が増した。戦闘のギアが一つ上がったのを感じる。

 

【我は甘露に浴する者! 産まれよ、輔星(アルコル)! 魂なき傀儡(くぐつ)共よ!】

 

 瞬間、渦の球がいくつか爆ぜ、中から冒涜的な影が飛び出した。

 『ヒレと尾が生えた灰色の脳』としか形容できないその存在は、高速でメテフィラに追随する。

 

(あれは……使い魔のようなものか? なんにせよ破壊するのが上策!)

 

「【月閃(ルニ・スヴェト)!】」

【惰弱! 流転鎧(テクシュタ)!】

 

 灰色の脳達がメテフィラに集い、水を圧縮した盾を何層も展開する。

 歪んで見えるバリアを月光が刺すも、ぶ厚い盾の前に弾かれた。

 先程より出力が増しているような気がした。

 

【脳が揺れる。揺れるぞ……! この場で即刻貴方を解剖せねば、この好奇心は抑えられない! 新たな知見の贄となれ! 『禄名簿(ろくめいぼ)魔界転生図(まかいてんしょうず)』!】

 

 『輔星(アルコル)』から青白い光の糸が出て、メテフィラの背に精緻な図形を形成する。

 幾何学的な紋様が複雑に絡み合った、魔法陣のようなものに見えた。

 絵の中心には、発光する二重螺旋が見える。

 

「これは……?」

【無より有を産む! 死より生命を産む! これが水の領域を極めた一側面だ! かつて、貴方達の祖先が塩の海より肉を造った時の秘術を、200年の研鑽によって私は体得した!】

 

 魔法陣じみた紋様に光点が七つ生じ、北斗七星じみた青い線を描く。

 水面のように絶えず紋様が変転し、波打ち、回転している。

 それは呪いで形作られた「魂の芸術」だった。

 

【この図形が何かわかるか!? 生命を作る時の設計図だ! 南方では『禄命簿』とも『閻魔帳』とも呼ばれていた! 全ての生理的現象をこの図で説明できる。老いも病も苦しみも!】

 

 メテフィラがこちらに手を突き出すと、ひときわ激しく紋様がうごめく。

 その青白い図形から、何かが生じつつある。

 

【この情報を組み換えて、出力すると――】

 

 瞬間、窓を割って洪水が入り込んでくるような勢いで、紋様から大量の何かが生じた。

 深海魚めいた出来損ないの生命が、洪水のようにクドラクへと向かってくる。

 

【――無限に生命を創れるのだ! 生態系の津波に溺れるがいい! まずは魚型輔星(アルコル)だ!】

「【三日月宝剣(レズヴィエ・ルニ)凌遅(カズニ)!】」

 

 忌まわしき魚群がクドラクに押し寄せるが、一瞬で光刃が彼らを切り刻む。

 ドス黒い血が煙幕のように広がる中から、深海サメらしき巨大魚が数体おどり出る。

 全身に食らいつかれかけるが、辛くも剣戟が間に合った。サメの上顎から先が剣閃で刎ね飛ぶ。

 

(自慢げに話していた研究の成果か……あれで『忌み夜叉(デモノヤクシャ)』シリーズを作ったのか?)

 

 次はハリセンボンが血煙から飛び出て、おもむろに自爆した。

 水中で爆炎が起こり、衝撃波とともに針がクドラクへと迫る。

 これは全力で泳いで距離を取り、回避した。

 

(こいつらはただの魚じゃない。兵器としての性能を持っている。だが、これはおそらく陽動――)

 

 側面から襲いかかってきたウミヘビの群れを切って捨てながら、魚群に対処する。

 刃の背びれを持つピラニア。ドリル状に回転する巻貝。その他の歪んだ魚達。

 その中をつんざいて、水圧カッターが飛んできた。メテフィラの技だ。

 

(――本命は、魚群にまぎれての攻撃!)

 

 頭を逸らして水圧カッターを回避し、魚群にエネルギー波を放つ。

 

「【砕月(ルニ・クラフ)閃転(ヴズルイフ)!】」

 

 赤い波動が通り抜けた後、ドス黒い血霧が辺りに広がる。

 比較的損傷が少ない深海サメの死体をつかみ、その陰に隠れながらメテフィラの方へと向かった。

 

【……隠れたか】

「【月閃(ルニ・スヴェト)!】」

 

 血煙の中に目を凝らすメテフィラの側面に回り、深海サメ越しにビームを放つ。

 あやまたず頭部の傘を貫くと、血のような瘴気とともにメテフィラが苦悶の声を上げた。

 

【ぐうっ!? そこか……!】

 

(効いた。この隙に懐に入る!)

 

 先程の接近戦では、擬態した触手ばかり押さえ込もうとしていたから効果がなかった。

 今度は本体を狙う。

 それも中距離という相手の間合いではなく、クドラクの間合いである接近戦にて狙う。

 

 深海サメの死体を捨てて、頭を抑えながら逃れようとするメテフィラへと迫る。

 本体を攻撃された経験に乏しいのか、本能的な防御行動のせいで動きが鈍い。

 数mの間合いに入り込むと、黒眼に浮かぶ真珠めいた白い瞳がこちらを見据えた。

 

【……機銃型輔星(アルコル)、来たれ!】

 

 波打つ魔法陣から、骨と肉で構築された異形の銃が飛び出る。

 骨でできた六つの銃身が円を描き、根本の機構は関節と筋肉で構成されている。

 それが触手と接続すると、キュルキュル音を立てて銃身が回転しはじめた。

 

(じゅう……銃だと?)

 

 一瞬、度肝を抜かれた。楽園国では採用されていない武器だが、知識としては知っている。

 

(今までお目にかかったことはなかったが、あれがいわゆる『マスケット銃』か?)

 

 西方の邪教圏では、人間との戦争にその道具を用いることがあるらしい。

 張力の代わりに火薬を用いて、矢の代わりに鉄の礫を放つという。

 それが銃。最近の軍学者には、「マッチロック式歩兵銃」と分類された兵器だ。

 

(一発打つごとに弾を先込めするような、戦闘テンポの遅い兵器をこの局面で? 違うな。あの形状から察するに、おそらく未知の兵器だ!)

 

【前置き。各地で流通している銃は、一発ごとにリロードが必要だが……この生体銃は違う。弾も銃身も細胞でできている。そして!】

 

 回転する銃口が、獣の牙のごとくクドラクへ向いた。ぞわっと背筋に悪寒が走る。

 直後、六つの銃口から火が噴き出て、音速で礫の雨が放たれる。防御が間に合わない――。

 

「【(ルニ)】――ぎっ!?」

 

 肩と腹を撃ち抜かれる。氷の面頬も撃たれ、粉々になって水中に溶けていく。

 

(面頬が! まずい。息ができなくなった!)

 

 スローになった視界の中、まだ弾が雨のように放たれるのが見える。

 

「……っ、【月天宮(ルニ・フォルト)】……!」

 

 とっさに紅い光の盾を展開するも、かばいきれなかった脚が礫に射抜かれた。

 真っ赤な血煙が水中にたゆたう。焼けるような激痛が全身にほとばしる。

 

(ここは……水底へ行く! 仕込みがある方へ!)

 

 全力で尾とヒレを動かし、続けざまに放たれた弾の嵐を必死でかいくぐり、水底へ向かう。

 その血の匂いをかぎつけたか、他の魚群がわらわらとクドラクを追う。

 

【この銃は連射可能。自動で弾を込められる! 筋肉と腱による装填機構が、鉄にはできない異次元機構を可能とした! 細胞弾も無限に製造可能!】

 

 同時にメテフィラが高速で彼へと向かった。

 

【そして――沈んだな!? 致命的な間違いを犯したぞ、Mr.クドラク。水面へ逃れるべきだった! その呼吸器は壊れ、息ができないはずだ!】

 

 水底へ到着した。こちらへ向かってくるメテフィラと魚群を睨みすえる。

 

(水中戦の心得があるとは言え、息を止めながら戦闘できるのはもって三分。その間に――ぎっ!?)

 

 瞬間、体中の銃槍瘡に激痛が走った。

 体内から何かが傷跡を押し広げ、皮を破って露出する。全身の銃槍瘡から生える。

 フジツボのようなグロテスクな寄生生物だ。それがクドラクの四肢と肩から生えている。

 

「――かっ、は!?」

【追加解説。弾丸はフジツボを模している。貴方の神経系を混乱させ、手足の自由を奪い取る!】

 

 両手足と肩の自由が効かない。神経伝達を何らかの方法で阻害しているのか。

 激痛のせいでごぽりと息を吐きながら、ゆっくり水底にひざまづく。

 剣も落とした。手に力が入らないからだ。

 

渦球(ヴルタスフィラ)水斬(ラズレーズ)――二重結界(ドヴァイグリッド)!】

 

 再度、水中にトラップ網が敷かれる。水底にも水圧カッターの網が突き刺さった。

 上を見上げれば、渦の球と水圧カッター網が、水面へのルートを阻むように展開されている。

 ちりり、と水圧カッターが頬をかすめ、鋭い痛みとともに血を流させる。

 

【勝利宣言! 私に近づけば銃弾の雨に射抜かれ、遠ざかれば魚群に圧殺される。トラップ網と傷で逃げることもできない! これにて終幕だ!】

 

 メテフィラの三日月のような笑みを、水底でクドラクは血走った目で凝視した。

 

「……終幕だな。貴女の茶番劇が。【花月よ咲け。満遍なく開花せよ、『月下美人園(ルノロドカ・グラーダ)』】」

 

 ――びきり、と水底全体に亀裂が走った。

 桃色に染まった半透明の草が割れ目から生え、彼岸花じみた花弁を徐々につけていく。

 

 霊体の花々が、青ざめた水底や壁から顔を覗かせる。桃色の花園がふるふると花弁を震わせる。

 厚い花弁は、植物というより寄生虫を思わせる。

 

【……!? これは――】

「……この花は魂に取り憑き、栄養を吸う寄生植物だ。僕の呪いで作った……」

 

 『花月の呪い』。月光を花状に加工して、生命の特性を付与したもの。

 タルサデューク公領に来る前に、ゴブリンロードに仕掛けた寄生の花だ。

 

「……最初に部屋に入った時、手下連中の体から桃色の花が咲いてなかったか? 同じことをこの部屋という生物に仕掛けた」

【見事……搦手も使えるか! お次は!?】

「……それだけだ。僕はもう何もしない……」

 

 そう言うと、メテフィラが怪訝そうにこちらを見下ろしてきた。

 フジツボ寄生の時に吐いた息のせいで、もう窒息寸前だ。息が苦しくなってきた。

 

「……激しい運動は酸素を浪費する……だから何もしない。貴女の配下に任せる……」

【なに?】

「やけに増援が来ないと思わなかったか? さっきからニーナの声が聞こえないとは? 戦闘に夢中になりすぎて、周りが見えてなかったか?」

 

 この部屋に入ってから、ニーナは一言も発言していない。

 クドラクは、床に落ちた氷の剣に目を移した。

 

「ニーナは別の端末に移った。どこにいると思う。()()()()()()()()

【いったい何を――】

 

 床と壁の亀裂がめりめりと広がり、花を全身に生やした『忌み夜叉(デモノヤクシャ)』が現れる。

 彼らの体に咲く花は二種類。

 桃色に光る霊体の花と、青ざめた氷細工の花。クドラクとニーナの呪いを合わせた寄生芸術。

 

 この部屋に増援として来た者の末路だ。

 パイプを通じて部屋に向かう中で、二人の花々に絡め取られ、動きを封じられ――。

 やがて肉体を乗っ取られた、哀れな犠牲者達だ。

 

 わらわらと湧き出た花の亡者が、全方位から呆然とするメテフィラを見つめる。

 無数の視線を浴びて、彼女は叫んだ。

 

【――馬鹿な。私の配下を乗っ取ったのか!? 戦闘中もこの仕込みをしていたのか!】

「想定外だったのか? 貴女らしくない理解の遅さだ。そこで自分の玩具に完封されていろ」

 

 最後のセリフを吐いた後、クドラクはゆっくりとうなだれた。もはや動く気はない。

 同時にメテフィラに向けて、全方位から触手や怪物達が襲いかかった。

 

 

 

 

 





TIPS:『メテフィラ・ボギンスカヤ』

 数百年前に魔王チェルノボグが蜂起した際、雑兵として現世に召喚された一匹のスペクター。
 当時の大乱を生き抜く過程で、魔王が誇る不死身の肉体に強い興味を覚える。
 終戦後、方々の遺跡を巡って肉体製造技術を発掘し、南方王朝をパトロンとして研究を進めた。

 その研究の動機は憧憬である。
 スペクターは弱い。群れなければ生きてはいけない。強者になるにはどうすればいい?
 数百年の時を経ても、まだ最強の頂きには届かない。その諦観と憧れが研究を加速させる。
 
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