『血塗られた月のクドラク』〜余命わずかな病を克服するため、闇の王へと堕ちる話〜 作:人見 広介
水中とは陸上生物にとっての死地だ。呼吸はできず、動きは制限される。
それ故に、ある種の業魔は水辺に潜み、犠牲者を水中に引き摺り込んで殺す。
霊的生命体である業魔に呼吸は必要なく、霊体であるがゆえに動きの制限もゆるいからだ。
水棲業魔のホームである水中で戦うのは、それだけで多大なハンデを負うに等しい。
それでも、水底に入らねば敵は倒せない。こちらが攻め手ならば敵地に進むほかない。
「捕らえたぞ!」
氷の面頬から冷たい酸素を吸いながら、クドラクはメテフィラを玉座に押さえつける。
えりをつかんだ手が、濃縮された紅色のエネルギー光を放った。
「【
【遅い!】
臨界点を迎える前に、メテフィラがクドラクの小指付近を掻き切った。
腱を引き裂かれたか、唐突に握力が弱まる。
(……!? 力が……!)
結果として手を振り切られるが、直後、爆発のごとき紅いエネルギーが手から放たれる。
至近距離の衝撃にさらされ、メテフィラが水底に叩きつけられる。
【ごふっ……】
クドラクにもダメージはある。爆発時に押し上げられた水が、彼自身を強く打っていた。
鋭い石が埋まった筋肉が悲鳴を上げ、一瞬だけ意識が飛びそうになる。
(ぐっ……まだだ、今のうちに畳みかける!)
今クドラク達の得物は持ち手ごと凍結し、氷で繋ぎ止められている。
加えて、氷の繭が彼らを覆うように形成しつつあり、拘束が成りかかっている。
この機に相手を押さえ込むのが最良だ。
【かは……ははは。チェーンデスマッチか。付き合ってやろう。今度は私の番だ】
ぐんと剣を持つ手が引かれ、メテフィラの掌底がクドラクの顔面を捉える。
そのまま水底に頭を叩きつけられ、いきおい面頬を剥ぎ取られかける。
「……っ、【
メテフィラの腕を紅いビームが貫く。黒い瘴気が風穴から噴き出す。
されど意に介した様子もなく、メテフィラは三日月のように目と口を歪ませた。
【急所を狙わなかったのはなぜだ? 慈悲のつもりか、捕虜にするつもりか】
「さてね……!」
サンプルの在処を尋問するまでは、彼女を殺すことはできない。
地の利が向こうにあることを加味すると、かなり不利なハンデを負っていると言える。
おまけに、こちらは死に体だ。体中に発生した石は、今や内臓系統を食い荒らしている……!
【滑稽。無力化の余裕があるとお考えか。試してみるといい】
顔に拳が入る。すかさず腹を殴る。髪の毛をつかまれる。顔面に頭突きを喰らわす。
氷の繭が周囲を覆いゆく中、獣が縄張り争いするかのように取っ組み合う。
ドス黒い瘴気と血が、水に漂いながら混じる。
「【紅き月よ来たれ! かの者に鎖を!】」
細指に頸動脈を引き裂かれる寸前で、クドラクが水底でマウントを取った。
紅い光の鎖がクドラクの手から放たれ、瞬く間にメテフィラの全身に巻き付く。
それでも、にたにたと少女は嗤うだけだ。
【感心。呪詞の発動が早い。強度は――】
「【寒月よ輝け! 凍てつかせろッ!】」
鎖から冷気がほとばしり、メテフィラの全身を凍結させていく。
マウントは極まっている。このまま一秒と保たず四肢が氷細工になるだろう。
【手品。面白いものを見せよう。
メテフィラの被る黒い笠から、わさっと青白い触手が伸びてくる。
触手の先端に水が圧縮される。反射的にクドラクは片手でガードを固めた。
「【
触手から放たれた水圧カッターが、
ドス黒い瘴気が首の断面から噴き出て、タコの墨のようにクドラクの視界を覆う。
(自分の首を刎ねた……?)
氷の繭も撃ち抜かれており、その穴からメテフィラの頭部が飛んでいった。
後には、メテフィラの死体だけが残っている。
【――じゃじゃーん】
無機質で平坦の声とともに、首なし死体がふいに跳ね起き、クドラクの首を片手で締め上げる。
「かっ――!?」
【私がスペクターだと言わなかったかな。この少女体は擬態だ。急所は人とは別の所にある】
また首なし死体にマウントを取り返される。その死体がぐずりと溶けた。
ゼラチン状に溶ける死体から青白い触手が飛び出て、クドラクの全身を縛り上げる。
石が圧迫されたせいか、全身に焼けるような痛みが走った。
「ぐうっ……」
【本体はこちらだ。今まで貴方が組み合っていたのは、人間型に擬態させていた触手に過ぎない】
穴の向こうで、刎ね飛ばされた首が浮き、黒い笠からわさりと青白い触手が現れる。
愛らしい顔は溶けていき、中から太く短い口腕が数本飛び出てきた。
その姿はまさにクラゲだ。なるほど、確かにスペクターの長であるらしい。
「【
クドラクの体から紅い閃光がほとばしると、エネルギーの爆発が拘束を吹き飛ばした。
氷の繭も内側から吹き飛び、破片を撒き散らす。
【ほう、今のを脱するか……】
「【影よ踊れ。霊魚の力をこの身に与えよ! 水月よ揺らげ。水は我が動きを助けよ!】」
メテフィラを拘束していた氷の剣を回収しつつ、水中戦用の呪詞を唱える。
クドラクの体を影が薄くおおい、その身に鱗を、四肢にはヒレを、尻には魚の尾を生やす。
拘束は失敗した。第二プランだ。
(僕だって、無策でハンデ戦を挑んだわけじゃ無い。仕込みが成るまでの下準備といこうか……!)
半魚人めいた姿となったクドラクの周囲に、陽炎じみた水の揺らぎが発生する。
水の抵抗を極限まで減らす力場が働いたのだ。
「二度目があると思うな……!」
【驚嘆。水中戦の心得もあるのか】
銛のようにクドラクは水中を泳ぎ、メテフィラと互いの得物を叩きつけあった。
触手と氷剣が何本もの軌道を描き、稲妻がほとばしるように水中で打ち合う。
その度、触手が部分的に凍っていくのが見えた。
【おまけに強い。剣に触れる度に凍っていくか。いったん状態をリセットさせてもらおう】
横薙ぎに刃を振るったタイミングで、メテフィラは高く浮いて回避した。
【我は甘露に浴する者。道よ来たれ、『
黒いクラゲが触手で印を結ぶと、そこに青白いエネルギーの水流が入り込んでくる。
クラゲの全身が青白く発光し、急速に傷が癒えていく。回復用の呪詞を唱えたのか。
「【
クドラクが一瞬で虚空を切り刻むと、メテフィラがいる辺りへと無数の紅い光刃が飛んだ。
メテフィラが音を立てて切り刻まれ、ドス黒い粘液のような瘴気や肉片を撒き散らす。
だが、みちみちと音を立てて触手や傘が復活し、元の黒いクラゲの姿へと復元された。
【無駄。私の呪詞は回復力に長ける。周囲からエネルギーを取り込み、活力を全身に巡らす。凍った部分とて、切除すれば再生していく】
触手が寄せ集まり、ゼラチン質の何かをまとったかと思えば、すぐに元の少女体が形作られた。
再生したメテフィラが両手を広げ、大陸南方の黒い宮廷装束を波に揺らめかせる。
【そして、ご存知のとおり、この水中には莫大な霊的エネルギーが溶けている。この中にある限り、私は不死と思っていただきたい】
「……それはいいことを聞いた。どれだけ吹き飛ばしてもいいってことだな」
不死身など恐るるに足りない。凍らせるにせよ、焼くにせよ、攻略法は多くある。
むしろタフな分、加減しなくていい。本気で仕留めにかかっても問題はないだろう。
【前向きなのは結構だが、よもや水中戦で私の上を行けるとお思いか? 上下左右の全周囲から攻められる恐怖を知らないと見える。まして、この水にはこんなにエネルギーが蓄えられている……】
黒い笠を被った青白い少女が、舞うように上方へと移動する。
【貴方はもう二度とここから出れない。我が戦術の美しきを知るがいい……
メテフィラが手印を結んだ瞬間、水中世界に大きな変化が起こった。
水圧カッターが四方八方で生じ、光線ワイヤー網のように周囲に張り巡らされる。
その間隙を満たすかのように、黒々とした渦の球体が機雷じみて生じ、大量の泡を吐いていく。
(一単語の呪詞を三連続……それも同時発動だと? それぞれが巧みに効果を高めている。いっそ芸術的とも言えるが……)
一単語の呪詞は高難度技術だ。非言語領域でのエネルギー操作が肝要となる。
それを三つ同時に行うというのは、メテフィラが理外の達人である証左だった。
並の呪い師なら、天地ほどもある力量差に絶望し、その場で自害してもおかしくはないだろう。
【通達。先程の剣さばきは見事だった。打ち合うのは危険と判断する。よって……今より行うのは、鳥籠の外からの鴨撃ちだ】
水圧カッター網が張り巡らされた巨大な水牢の先で、メテフィラが高速で移動しはじめた。
ダツのごときスピードで、水圧カッターや渦の球を悠々と横切る。
それを見たクドラクも、張り巡らされた水圧カッター網の間を泳ぎはじめた。
(このトラップ網で動きを制限しつつ、レンジ外から飽和攻撃を行うつもりか。……そんな不利な戦いに付き合うと思っているのか?)
魚の尾を生やしたことで、クドラクもまた魚類のような速さを得ている。
しかし、見たところメテフィラの方が数段速い。水中戦も彼女の方が慣れている。
ならば、防御に徹すれば狩られる。トラップ回避に執心すれば後手に回る。
(有効打は回避ではなく、制圧だ)
クドラクは、ドクロが彫られた指輪に触れた。
「
指輪から骨の塊が飛び出て、クドラクの右腕をおおっていく。
またたく間に、山羊の角を持つ竜の頭骨が形成され、その眼窩に鬼火を灯した。
ぐぱぁと大口を開き、口腔に赤い光を貯める。
【その装備は貯水池で見たものか……!】
「砲撃戦ならこれだ。【
竜のドクロを構え、その口からブレスのごときビームを放つ。
通常より威力が底上げされている閃光が、軌道上の一切を焼き、メテフィラの右腕をかすめた。
【むっ……高評価! 速度は上々! だが、私には無限の力があるぞ。
「【
渦巻く水のランスが放たれるが、クドラクが竜の口からエネルギー波を放って相殺する。
その紅い波動が周囲に伝播し、渦の球や水圧カッターなどのトラップを焼き切った。
(このまま罠を食い破りながら進む!)
尾ヒレで水をかきわけ、トラップを排除しながらメテフィラと高速戦闘をはじめた。
【
「【
【
「【
【
「【
目まぐるしく両者は呪いを放ち合い、圧縮水と月光をぶつけあう。
コンマ数秒の間に、互いの攻撃が肌をかすめあい、時折肌を切り裂く。
出だしの撃ち合いは互角。つまり、こちらの不利はくつがえらない。
【私と競り合えるか! 興奮!
「【
竜巻のごとき大渦の槍と、螺旋を描く光刃渦が迫り合い、衝撃波を発しながら拮抗する。
水圧カッター網が歪み、渦の球が不規則に拮抗点に引き寄せられていく。
その間隙を、クドラクは銛のようにかい潜る。
(互いに一単語呪詞の使い手同士、戦闘の展開が早い。スピードチェスをしてるみたいだ……!)
これが二節以上の呪詞を言い合う戦いなら、もう少し落ち着いて戦えるのだが。
そんなぼやきすら、思考の彼方へと急速に追いやられ、状況判断が脳のメモリを圧迫する。
一手打ち間違えば死ぬ。ただ敵を見据えろ――。
水圧カッター網をくぐると、水流に乗って大量の泡が迫ってくる。
ただの泡ではない。エネルギーが濃縮された、触れれば爆ぜる極小の機雷といったところか。
「【
右手にはめた竜のドクロからエネルギー波を放ち、まとめて吹き飛ばす。
水中で爆発が起こる下を、衝撃波に耐えながらくぐり抜ける。
その先にメテフィラが見えた。両手をこちらに突き出している。
【――もって圧殺せよ! 『
「【水月よ揺らげ。敵の妖術を中和せよ!】」
明らかに大技を放とうとしていたメテフィラへ、妨害のエネルギーを叩きつける。
不可視のエネルギーが攪拌され、周囲で爆発のごとき衝撃波を撒き散らす。
メテフィラの端正な顔が、愉悦と興奮に歪む。
「同じ水を操作する呪詞なら、エネルギー操作は似通う。妨害することも可能だ。……その間、僕は月光で貴女を攻撃できる」
【その攻撃を二度当てられたら、の話だぞ!】
瞬間、メテフィラの移動速度が増した。戦闘のギアが一つ上がったのを感じる。
【我は甘露に浴する者! 産まれよ、
瞬間、渦の球がいくつか爆ぜ、中から冒涜的な影が飛び出した。
『ヒレと尾が生えた灰色の脳』としか形容できないその存在は、高速でメテフィラに追随する。
(あれは……使い魔のようなものか? なんにせよ破壊するのが上策!)
「【
【惰弱!
灰色の脳達がメテフィラに集い、水を圧縮した盾を何層も展開する。
歪んで見えるバリアを月光が刺すも、ぶ厚い盾の前に弾かれた。
先程より出力が増しているような気がした。
【脳が揺れる。揺れるぞ……! この場で即刻貴方を解剖せねば、この好奇心は抑えられない! 新たな知見の贄となれ! 『
『
幾何学的な紋様が複雑に絡み合った、魔法陣のようなものに見えた。
絵の中心には、発光する二重螺旋が見える。
「これは……?」
【無より有を産む! 死より生命を産む! これが水の領域を極めた一側面だ! かつて、貴方達の祖先が塩の海より肉を造った時の秘術を、200年の研鑽によって私は体得した!】
魔法陣じみた紋様に光点が七つ生じ、北斗七星じみた青い線を描く。
水面のように絶えず紋様が変転し、波打ち、回転している。
それは呪いで形作られた「魂の芸術」だった。
【この図形が何かわかるか!? 生命を作る時の設計図だ! 南方では『禄命簿』とも『閻魔帳』とも呼ばれていた! 全ての生理的現象をこの図で説明できる。老いも病も苦しみも!】
メテフィラがこちらに手を突き出すと、ひときわ激しく紋様がうごめく。
その青白い図形から、何かが生じつつある。
【この情報を組み換えて、出力すると――】
瞬間、窓を割って洪水が入り込んでくるような勢いで、紋様から大量の何かが生じた。
深海魚めいた出来損ないの生命が、洪水のようにクドラクへと向かってくる。
【――無限に生命を創れるのだ! 生態系の津波に溺れるがいい! まずは魚型
「【
忌まわしき魚群がクドラクに押し寄せるが、一瞬で光刃が彼らを切り刻む。
ドス黒い血が煙幕のように広がる中から、深海サメらしき巨大魚が数体おどり出る。
全身に食らいつかれかけるが、辛くも剣戟が間に合った。サメの上顎から先が剣閃で刎ね飛ぶ。
(自慢げに話していた研究の成果か……あれで『
次はハリセンボンが血煙から飛び出て、おもむろに自爆した。
水中で爆炎が起こり、衝撃波とともに針がクドラクへと迫る。
これは全力で泳いで距離を取り、回避した。
(こいつらはただの魚じゃない。兵器としての性能を持っている。だが、これはおそらく陽動――)
側面から襲いかかってきたウミヘビの群れを切って捨てながら、魚群に対処する。
刃の背びれを持つピラニア。ドリル状に回転する巻貝。その他の歪んだ魚達。
その中をつんざいて、水圧カッターが飛んできた。メテフィラの技だ。
(――本命は、魚群にまぎれての攻撃!)
頭を逸らして水圧カッターを回避し、魚群にエネルギー波を放つ。
「【
赤い波動が通り抜けた後、ドス黒い血霧が辺りに広がる。
比較的損傷が少ない深海サメの死体をつかみ、その陰に隠れながらメテフィラの方へと向かった。
【……隠れたか】
「【
血煙の中に目を凝らすメテフィラの側面に回り、深海サメ越しにビームを放つ。
あやまたず頭部の傘を貫くと、血のような瘴気とともにメテフィラが苦悶の声を上げた。
【ぐうっ!? そこか……!】
(効いた。この隙に懐に入る!)
先程の接近戦では、擬態した触手ばかり押さえ込もうとしていたから効果がなかった。
今度は本体を狙う。
それも中距離という相手の間合いではなく、クドラクの間合いである接近戦にて狙う。
深海サメの死体を捨てて、頭を抑えながら逃れようとするメテフィラへと迫る。
本体を攻撃された経験に乏しいのか、本能的な防御行動のせいで動きが鈍い。
数mの間合いに入り込むと、黒眼に浮かぶ真珠めいた白い瞳がこちらを見据えた。
【……機銃型
波打つ魔法陣から、骨と肉で構築された異形の銃が飛び出る。
骨でできた六つの銃身が円を描き、根本の機構は関節と筋肉で構成されている。
それが触手と接続すると、キュルキュル音を立てて銃身が回転しはじめた。
(じゅう……銃だと?)
一瞬、度肝を抜かれた。楽園国では採用されていない武器だが、知識としては知っている。
(今までお目にかかったことはなかったが、あれがいわゆる『マスケット銃』か?)
西方の邪教圏では、人間との戦争にその道具を用いることがあるらしい。
張力の代わりに火薬を用いて、矢の代わりに鉄の礫を放つという。
それが銃。最近の軍学者には、「マッチロック式歩兵銃」と分類された兵器だ。
(一発打つごとに弾を先込めするような、戦闘テンポの遅い兵器をこの局面で? 違うな。あの形状から察するに、おそらく未知の兵器だ!)
【前置き。各地で流通している銃は、一発ごとにリロードが必要だが……この生体銃は違う。弾も銃身も細胞でできている。そして!】
回転する銃口が、獣の牙のごとくクドラクへ向いた。ぞわっと背筋に悪寒が走る。
直後、六つの銃口から火が噴き出て、音速で礫の雨が放たれる。防御が間に合わない――。
「【
肩と腹を撃ち抜かれる。氷の面頬も撃たれ、粉々になって水中に溶けていく。
(面頬が! まずい。息ができなくなった!)
スローになった視界の中、まだ弾が雨のように放たれるのが見える。
「……っ、【
とっさに紅い光の盾を展開するも、かばいきれなかった脚が礫に射抜かれた。
真っ赤な血煙が水中にたゆたう。焼けるような激痛が全身にほとばしる。
(ここは……水底へ行く! 仕込みがある方へ!)
全力で尾とヒレを動かし、続けざまに放たれた弾の嵐を必死でかいくぐり、水底へ向かう。
その血の匂いをかぎつけたか、他の魚群がわらわらとクドラクを追う。
【この銃は連射可能。自動で弾を込められる! 筋肉と腱による装填機構が、鉄にはできない異次元機構を可能とした! 細胞弾も無限に製造可能!】
同時にメテフィラが高速で彼へと向かった。
【そして――沈んだな!? 致命的な間違いを犯したぞ、Mr.クドラク。水面へ逃れるべきだった! その呼吸器は壊れ、息ができないはずだ!】
水底へ到着した。こちらへ向かってくるメテフィラと魚群を睨みすえる。
(水中戦の心得があるとは言え、息を止めながら戦闘できるのはもって三分。その間に――ぎっ!?)
瞬間、体中の銃槍瘡に激痛が走った。
体内から何かが傷跡を押し広げ、皮を破って露出する。全身の銃槍瘡から生える。
フジツボのようなグロテスクな寄生生物だ。それがクドラクの四肢と肩から生えている。
「――かっ、は!?」
【追加解説。弾丸はフジツボを模している。貴方の神経系を混乱させ、手足の自由を奪い取る!】
両手足と肩の自由が効かない。神経伝達を何らかの方法で阻害しているのか。
激痛のせいでごぽりと息を吐きながら、ゆっくり水底にひざまづく。
剣も落とした。手に力が入らないからだ。
【
再度、水中にトラップ網が敷かれる。水底にも水圧カッターの網が突き刺さった。
上を見上げれば、渦の球と水圧カッター網が、水面へのルートを阻むように展開されている。
ちりり、と水圧カッターが頬をかすめ、鋭い痛みとともに血を流させる。
【勝利宣言! 私に近づけば銃弾の雨に射抜かれ、遠ざかれば魚群に圧殺される。トラップ網と傷で逃げることもできない! これにて終幕だ!】
メテフィラの三日月のような笑みを、水底でクドラクは血走った目で凝視した。
「……終幕だな。貴女の茶番劇が。【花月よ咲け。満遍なく開花せよ、『
――びきり、と水底全体に亀裂が走った。
桃色に染まった半透明の草が割れ目から生え、彼岸花じみた花弁を徐々につけていく。
霊体の花々が、青ざめた水底や壁から顔を覗かせる。桃色の花園がふるふると花弁を震わせる。
厚い花弁は、植物というより寄生虫を思わせる。
【……!? これは――】
「……この花は魂に取り憑き、栄養を吸う寄生植物だ。僕の呪いで作った……」
『花月の呪い』。月光を花状に加工して、生命の特性を付与したもの。
タルサデューク公領に来る前に、ゴブリンロードに仕掛けた寄生の花だ。
「……最初に部屋に入った時、手下連中の体から桃色の花が咲いてなかったか? 同じことをこの部屋という生物に仕掛けた」
【見事……搦手も使えるか! お次は!?】
「……それだけだ。僕はもう何もしない……」
そう言うと、メテフィラが怪訝そうにこちらを見下ろしてきた。
フジツボ寄生の時に吐いた息のせいで、もう窒息寸前だ。息が苦しくなってきた。
「……激しい運動は酸素を浪費する……だから何もしない。貴女の配下に任せる……」
【なに?】
「やけに増援が来ないと思わなかったか? さっきからニーナの声が聞こえないとは? 戦闘に夢中になりすぎて、周りが見えてなかったか?」
この部屋に入ってから、ニーナは一言も発言していない。
クドラクは、床に落ちた氷の剣に目を移した。
「ニーナは別の端末に移った。どこにいると思う。
【いったい何を――】
床と壁の亀裂がめりめりと広がり、花を全身に生やした『
彼らの体に咲く花は二種類。
桃色に光る霊体の花と、青ざめた氷細工の花。クドラクとニーナの呪いを合わせた寄生芸術。
この部屋に増援として来た者の末路だ。
パイプを通じて部屋に向かう中で、二人の花々に絡め取られ、動きを封じられ――。
やがて肉体を乗っ取られた、哀れな犠牲者達だ。
わらわらと湧き出た花の亡者が、全方位から呆然とするメテフィラを見つめる。
無数の視線を浴びて、彼女は叫んだ。
【――馬鹿な。私の配下を乗っ取ったのか!? 戦闘中もこの仕込みをしていたのか!】
「想定外だったのか? 貴女らしくない理解の遅さだ。そこで自分の玩具に完封されていろ」
最後のセリフを吐いた後、クドラクはゆっくりとうなだれた。もはや動く気はない。
同時にメテフィラに向けて、全方位から触手や怪物達が襲いかかった。
TIPS:『メテフィラ・ボギンスカヤ』
数百年前に魔王チェルノボグが蜂起した際、雑兵として現世に召喚された一匹のスペクター。
当時の大乱を生き抜く過程で、魔王が誇る不死身の肉体に強い興味を覚える。
終戦後、方々の遺跡を巡って肉体製造技術を発掘し、南方王朝をパトロンとして研究を進めた。
その研究の動機は憧憬である。
スペクターは弱い。群れなければ生きてはいけない。強者になるにはどうすればいい?
数百年の時を経ても、まだ最強の頂きには届かない。その諦観と憧れが研究を加速させる。