『血塗られた月のクドラク』〜余命わずかな病を克服するため、闇の王へと堕ちる話〜   作:人見 広介

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7-4:彼岸にそびえる竜宮城④

 

 

 

(見事! 見事! 見事! 我が手駒の神経系を乗っ取り、こうも容易く支配下に置くとは……!)

 

 桃色と青の花々を咲かせた触手群を避け、水圧カッターで全て切り飛ばす。

 歪な魚群を魔法陣から呼び出し、手当たり次第に『忌み夜叉(デモノヤクシャ)』へ当てる。

 灰色の血漿が水中を染め、視界を遮る中、がむしゃらに回避行動と攻撃を繰り返す。

 

(パイプ内部で援軍を絡め取り、着々と手駒を奪っていったわけか。物量での圧殺が私の戦なのに、それを逆手に返された……!)

 

水斬(ラズレーズ)! 流体槍(クリヴカ)! 我は――】

 

 呪詞を矢継ぎ早に繰り出し、襲いくる花の軍勢をみじん切りに処していく。

 しかし、なまじ生体兵器は治癒力を高めているため、多少の傷では全く止まらない。

 切断された部位も、たちどころに治っていく。

 

 灰色の視界を割いて、『貪狼(ドゥべ)』の甲殻で覆われた巨腕が目の前に迫る。

 慌ててガードを固めるも、思い切り殴られた衝撃で部屋の壁際に吹き飛ばされた。

 くるくる水中で回転し、壁を背に軍勢をにらむ。

 

(劣勢! 200年の研鑽をかけた技術力を、そのまま返される屈辱よ。だが――まだ負けではない!)

 

 水底にいるクドラクを見よ。うなだれたまま水底にひざまづいている。

 窒息寸前の状態だ。やがて酸欠で意識を失い、この軍勢に寄生した花も失われるはず。

 その一瞬の隙に、体勢を立て直せば――!

 

《――選手交代ね。次は私と遊んでくださる?》

 

 鈴の鳴るような笑い声とともに、ちりりと背後に殺気を感じた。

 背後には壁しかないはず。

 反射的に壁から離れる瞬間、壁の亀裂から飛び出た氷の槍衾が、メテフィラの四肢を貫く。

 

【むうっ!? 『聚気(ラストラード)!』】

 

 即座に四肢を自切し、青白いエネルギーの流れをまとわせる。

 びちびちと音を立てて、元の四肢が新生された。

 すぐさま氷の槍衾から距離を取って、壁の亀裂から露出している掌サイズの氷結晶を見た。

 

【Ms.ニーナ……そこにいたのか!】

《ずいぶんオモチャばかり差し向けて、盤上のお遊びみたいに詰めてくれたけど……同じことをやられる気分はいかがかしら?》

 

 ちかちか光りながら音声を届ける端末は、ニーナが作った氷の端末だ。

 クドラクとの戦闘中、自身はずっとパイプに残って援軍を処理し続けていたのだ。

 

【気分。一本取られた感心と興奮が大きい! ここまで苦戦するのは初めてだ……!】

《……むう、悔しがらないの?》

【新しい体験は、喜んで受け入れるのが私の主義。そして、まだ勝負が決したわけではない!】

 

 メテフィラは急上昇し、自ら水上へと飛び出た。もはや水中は己にとっての死地だ。

 半分ほど水没した100m四方の部屋――南方王朝の豪奢な意匠に彩られた内装が見渡せる。

 この空間でも手狭ではあるが、あの最終手段を使わざるを得まい。

 

【なるほど、物量戦という私の戦法を逆手に取ったのは見事。呪いによる戦闘も、貴女達二人がかりだと敗色濃厚。……だが、打つ手はある。見よ!】

 

 ばっと片手を上げると、上方の闇にうずまくような空間のねじれが形成される。

 これは『門』だ。冥府と現世をつなぎ、業魔を呼び込むゲートだ。

 その空間のねじれに、複数の眼光がまたたく。

 

【我が最高傑作――『破軍(ベネトナシュ)』をッ!】

 

 空間のねじれを裂いて、巨大なヒレを持つマンタのような怪物が現れた。

 ヒレの内側には、眼球のような謎の攻撃設備や、生体銃器などが設られている。

 細長い尾を含めると、全長は10mほどだ。

 

 黒漆塗りの円柱を縫うように降りてきて、メテフィラの側に浮遊する。

 その背側には半透明のコックピットがあり、中に脳の断面じみた操縦席が見える。

 今、メテフィラは半透明の膜をすり抜けて、肉で構成された操縦席に飛び乗った。

 

【この『破軍(ベネトナシュ)』は私専用のボディ! 『門』を生成でき、現世と冥府を行き来できる! とっておきの切り札だ。楽しんでほしい……!】

 

 灰色の脳じみた生体機器に、触手をつぷりと差し込む。『破軍(ベネトナシュ)』と感覚がリンクする。

 眼下に見えるは、怒涛のごとく水面から飛び出てくる触手群や怪物達。

 花々に操られた触手群の一つから、ニーナの声がこちらに投げかけられた。

 

《……切り札を用意してるとは思ってたけどね。この局面を打開できるものなの?》

【実際に見るがいい!】

 

 骨でできた弾丸が、炸薬のごとき体液が、霊気を放つ細胞の一つ一つがうなりを上げる。

 擬似ニューロンに火花が散った瞬間、ヒレの内側から弾丸の奔流がほとばしった。

 迫りくる触手群が爆散するように散らされ、何も『破軍(ベネトナシュ)』にたどり着けない。

 

「「「ギキイイイイッ!」」」

 

 勢いを失った肉の奔流へ、口からは火炎放射を、発電器官からは赤い稲妻を浴びせる。

 網目状の水圧カッターが奔流を細切れにして、ヒレの内側から放たれたビームで霧散する。

 全弾射出。かつてない暴力に、メテフィラの口角が釣り上がった。

 

(快感。やはり肉体はいい。これだけ暴れ狂っても、私自身が消費するリソースは無いに等しい。この肉体に貯蔵されたエネルギーで賄える!)

 

 現世の者達は肉体の価値を忘れている。目の前の人間達がいい例だ。

 たかだか百年程度で摩耗しきり、病気や飢えに弱く、衝撃に脆い肉体などに固執している。

 親から肉体を継いでいく内に、メンテナンスと品質向上の術を忘れ、肉体も魂も堕落したのだ。

 

 自分達のような『移民』は、同じ轍は踏まない。

 この生体機械システムを現世に根付かせ、新たな文明を啓いてみせる。

 数百年後の大地の支配者はスペクターとなる。

 

(やがて、スペクターは大地の一角を奪い、新たな文明を築き上げる。新しいテクノロジーが大陸を支配するだろう。そのためには――)

 

 灰色の血霧で水面が隠される。徐々に肉共の構成が勢いを失ってきた。

 ある程度、敵が乗っ取った作品を減らせば、水中全域に放電を行うつもりだ。

 水中で窒息しつつあるクドラクにとどめをさす。

 

(――目の前のサンプル群を確保する! 新たなテクノロジーの礎とするために!)

 

 とどめをさそうとする瞬間は、どうしても他事が疎かになりがちだ。

 上方に気配を感じた時には、その『何か』は迎撃不可能な間合いまで降りてきていた。

 

「――どっせええええい!」

 

 どごん、と機体が揺れる。背側に何者かが乗ったのだろう。

 瞬間、青白い稲妻が『破軍(ベネトナシュ)』をおおい、コックピットを満たした。

 一瞬でショートする生体機体群の中で、メテフィラも電撃に全身を焼かれる。

 

【こっ――!?】

「【黒旋風よ吹け。嵐の刃よ落ちろっ!】」

 

 動きが止まった『破軍(ベネトナシュ)』のコックピットを、黒い風のメスが切り裂いた。

 威力が大きかったのか、半透明の殻ごとメテフィラの身体が袈裟懸けに切り裂かれる。

 黒い瘴気が断面から噴き出すが、メテフィラはうめきながらも対処する。

 

【ぎぎぎぎぎっ『聚気(ラストラード)!』】

 

 瞬時にびちびちと断面が塞がる。体中をほとばしる電流と再生力が拮抗しあう。

 裂けたコックピットの殻を見上げると、白いベレー帽を被った白マントの狩人が見えた。

 

【包囲を抜けてきたか、Ms.クルースニク……! 浮いているのはMr.リトーか!】

 

 こちらを睨みつけるクルースニクの肩越しに、黒い風に浮かぶ何者かが見えた。

 クルースニクの方は、歯を食いしばって電流を流し込んできている。

 彼女の肌には重篤な火傷によるリヒテンベルク図形が刻み込まれている。

 

「……ぐぐぐぐぐっ……捕まえたよ……!」

【祖神ペルンの特性――生来の発電体質によるものか。だが、電流が弱ってきているぞ……! 自らにもダメージが入っている!】

 

 コックピットの裂け目に触手を伸ばし、クルースニクの顔面めがけて突く。

 慌てて少女が顔を逸らした時、電流が一瞬だけ弱まった。その隙を逃しはしない。

 

水斬(ラズレーズ)!】

「ぐえっ!?」

「クルースニクさん!?」

 

 触手の先端から放たれた水圧カッターが、クルースニクの土手っ腹に突き刺さる。

 貫通するまではいかなかったが、勢いでクルースニクがごろごろと背面を転がっていった。

 そのまま空中に飛び出るも、浮遊してきたリトーにキャッチされる。

 

(……? 今の状況は四対一か。しかも敵は私以上の手練れ。これは――)

 

 ふっ、と知的好奇心で湧き立った頭が冷える。

 

(――勝てないな。もう逆転の目は無い。冷静に盤面を見たらもう詰みもいいところだ)

 

 未知を前にして興奮したせいで、戦況がめちゃくちゃになっても戦いをやめられなかった。

 頭が冷えると、合理的に考えやすくなる。この場の最適解は当然一択だ。

 

(逃げるか)

 

 負けることに悔いはない。ただ敵を賞賛する一念があるのみだ。

 だが、ここで捕らえられるのは具合が悪い。上の友人達を残して死ぬ訳にはいかない。

 

(今すぐ拠点を放棄して冥府に撤退し、上層の――アラク=マハにいるカーミラの下で立て直す。何も問題はない、同じシステムや作品はまた作れる)

 

 天井や壁際からみちみちと音がする。パイプに詰まった氷を再利用して攻撃するつもりか。

 次の一手が来る前に、退避コマンドを『破軍(ベネトナシュ)』に送る――。

 

 ――その時、半透明の殻にあいた裂け目から、コックピットに何かが落ちてきた。

 黒いボール状の何か。タールの塊のような物体。

 

【なん――】

「【影よ踊れ。この者を包み込め】」

 

 ボールが弾けた。黒い影のような何かが、驚くメテフィラに飛びついた。

 黒い傘にも貼り付き、接着剤めいて席に固定する。体も黒い何かに縛り上げられる。

 

【――なんっ……!? これは!】

「……げほっ、捕まえた。クルースニクが側にいるから体の具合もいい……生き返った気分だ」

 

 ボールが弾けたところには、いつの間にか黒髪の少年が現れていた。

 完全に拘束されたメテフィラを、赤い蛇の瞳でにらんでくる。

 その体中に生えているはずのフジツボは、凍結されて氷細工になっている。

 

「『どうやって』と言いたげだな。魚や狼に変身したのと同じだ。ボール状に変身して、花で操った触手に投げ飛ばしてもらった」

【窒息は……!】

「ニーナに救助された。水面を血で見えなくしたのは悪手だったな。中の様子が見えなかったはずだ」

 

 フジツボの凍結および酸素の供給か。再起したのも納得できる話だ。

 身動きの取れないメテフィラにのしかかり、氷の剣を振り上げる。

 

「尋問は後でやる。そこで凍ってろ……!」

 

 メテフィラの胸を氷の剣が貫く。体中が急速に凍てついていく。

 完敗か、と口惜しさと興奮が混じった感想を抱いた時には、すでに体全体が氷に包まれていた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 15分ほどの休憩を挟むと、部屋の中に満ちていた水は全て抜けていた。

 ニーナが館内の生体機械を乗っ取り、水を排出させたためだ。

 水浸しの床に座りながら、体中の傷に手早く応急処置を施していく。

 

「ひどい傷っスね……ただの銃傷じゃない。内側からえぐられたみたいだ」

「――痛ッ……動けないレベルじゃない。止血と回復薬だけしてやれば問題ない」

 

 心配そうに覗き込んでくるリトーに返答しながら、半裸のまま銃槍瘡や裂傷に処置する。

 『聖林』謹製の回復液を傷に垂らし、種を埋め込んで傷跡を塞ぐのだ。

 回復液には軽い麻酔効能があり、体中の痛みを徐々に和らげてくれる。

 

「リトーもクルースニクも大丈夫か?」

「手前はまぁ平気っス。手下としかやりあってないっスから」

「私も問題ないかなぁ……いいのを一発お腹に貰ったのけど、あざが残った程度だし」

 

 床に墜落した『破軍(ベネトナシュ)』のヒレにもたれながら、クルースニクが返してくる。

 彼女は、じっとクドラクを見つめていた。その視線に彼も気づく。

 

「……クルースニク? 心配してくれるのは嬉しいが、怪我は少ししたら治る。大丈夫さ」

「え? ああ、心配はしてるんだけどね。……クドラク君は仲間思いだなあって」

「……?」

「いいことだよ。そんな君が私も好きだしね」

 

 クルースニクは屈託なく微笑む。その意図が分からずに少年は首を傾げた。

 自分の心境が変化したことに気づいていない。

 

 裸体を見せる行為は、信頼の証である。

 ましてやクドラクは石化の奇病を持ち、己の身体にコンプレックスを抱いていた。

 以前までなら、裸の肉体など、師父であろうが他者に見せることのなかった『弱点』だった。

 

 無防備に弱点をさらけ出し、それに気づいてもいないというのは――。

 仲間達に気を許し、無意識レベルで信頼してくれた証左である。

 クルースニクはその心境を察したのだった。

 

「ふふ、こっちの話だよ。気にしないで」

「……? そうか。皆の損害はさほどでもないのはわかった。後は……」

 

 クドラクが正面に転がされた者をにらむ。

 

「水も抜けたことだし、色々聞かせてもらおうか」

 

 そこにいたのは、胸には氷の剣が刺さり、そこから生じた鎖に縛られたメテフィラだった。

 死んではいないが、いつでも凍結を進めて殺せる状態にしている。

 氷の鎖に囚われたメテフィラが、無表情のままぎょろりと目だけこちらに向けた。

 

【……了承。当方に打つ手なし】

 

 戦闘中はかなり感情的な場面もあったが、一息つくと無機質な様子に戻っていた。

 オンオフが激しい性格なのだろうか。

 ただ、戦闘前とは違って、明らかにその体に生気が満ちている。お肌もツヤツヤだ。

 

「……さっきより肌が艶やかになってないか」

【肯定。興奮しすぎて霊体が若返った。手練れとの一局は美肌効果がある】

「そんなことある??」

【スマートな一手だったと賞賛しよう。久しぶりに興奮できた】

 

 【ぱちぱちぱち】と声だけで拍手するメテフィラに、三人と一台は何とも言えない視線を向けた。

 

「「「…………」」」

【その目は何か。本気で賞賛しているのに。……面白いものを見せてくれた礼に、何でも話そう。私の身柄は好きにするがいい】

「……殺されてもいいと?」

【覚悟はしているが、私を生かすメリットは大きいと忠告させてもらう】

 

 えらく協力的なメテフィラに、クドラクは怪訝そうな様子で質問した。

 

「……まず、ヴェレスとペルンのサンプルを」

【『破軍(ベネトナシュ)』の座席にある】

「えっほんと? さっきの電流で壊れてないかな」

 

 クルースニクが立ち上がって、半透明のコックピットを覗き込みに行く。

 しばらく座席をごそごそ漁っていたが、やがて円筒形のガラス製容器をかかげた。

 

「あったよ! 壊れてないっぽいね」

【緊急時にそれを盾にして、攻撃を躊躇させる作戦だった。その前に囚われたが】

 

 ガラスの容器内部には、隕石の欠片じみた何かが保管されている。

 化石のように見えるが、たまにひくりと痙攣している点からして肉片なのだろうか。

 それが白と黒の二種類、容器内部にあった。

 

【ヴェレスとペルンの欠片は隕石から――それも墜落して間もない隕石から抽出できる】

「隕石だって? 空から降ってくるのか」

【肯定。これまでの発見例は、全て隕石落下地点のグレーターから採取されている。その理由は不明】

 

 確かに、ガラス製容器の中にあるものは、脈動する隕石の破片とでも言うべきものだ。

 

【容器から取り出すと空気に溶けていく。取扱には注意を払うべき。……ところで、そのサンプルを誰が正しいものと鑑定するのか】

 

 メテフィラが淡々と聞く。クドラクは人差し指につけたドクロ意匠の指輪を見せる。

 

「使い魔を通じて協力者に鑑定してもらい、問題なければ後の作業に移るつもりだ」

【作業とは何か。Mr.クドラクとMs.クルースニクの症状を抑えるためのものか】

「……大まかに言えばそうだ」

【これは好奇心で聞くが、どんな治療をしようとしているか教えてほしい。差し支えなければだが】

 

 そう言われ、少しの間逡巡する。

 メテフィラは敵方の幹部だ。この申し出はクドラク達を陥れる甘言かもしれない。

 だが、本人の性格を見る限りは、その手の搦手を仕掛けるタチには見えないが……。

 

【私が知る限り、混血(ドレカヴァク)の生得的代価は魂の形質を表したものであり、物理的アプローチではどうこうできない】

 

 逡巡している様子を見たか、メテフィラが話を進めてきた。

 

【対抗策は一つだけ。魂ごと別の存在に変異する方法だ。肉体の形質もそれに応じて変わってくる。そして、そのサンプルを使うということは――父君と同じような業魔に変異するとみた】

 

 そこまで察されたら、あえて隠す必要もない。

 クドラクはうなずいた。

 

「……察しがいいな」

【悪くないアプローチだが、その施術者は信頼できる人物なのか】

「信頼できる。心配は無用だ」

【……ふむ、ふむ……同様の実験に長けている研究者といえば……Dr.サルトゥイクか?】

 

 メテフィラの洞察に思わず目を丸くする。

 

「知っているのか?」

【イドリシチェ尖塔郡に著作がいくつかあった。彼は『業魔の創造と使役』を専門としている。後、Mr.リトーの脇腹にある紋章から推察した】

「ああ、これっスか」

 

 マントを羽織っただけのリトーが、脇腹にある民族風の入れ墨を手で隠す。

 黒仏氏族の出であることを示す入れ墨だった。

 

【何にせよ、好きにサンプルを使うといい。それが勝利者の権利だ。だが……貴方の性格からして、今後は食糧調達に苦労するだろうな】

「食糧調達?」

【理由。今後は魂を食わねばならないようになる。高位の業魔であればあるほど大量に】

 

 業魔は魂を喰らう霊的生命体だ。食糧調達は避けられない命題だろう。

 容器を抱えて座っていたクルースニクが、ぴくりとまぶたを動かす。

 

「…………」

【特にヴェレスは大喰らいだったそうだ。一回の捕食で、数万の業魔達を平らげたという。貴方も同程度に食べるものと思われるが】

「そんなにか?」

【地にはびこる人間を食えば当面は食糧に困らないだろうが、それが嫌なら調達手段は限られてくる。どうやって生きていくつもりか】

 

 答えに窮する。そんなに先の話は目処が立っていないのだが、確かに直面しうる問題だ。

 

「……それは」

【食人は許容できないか? なら、私の技術の出番だ。ご覧いただいたとおり、私の研究は持続的な霊的エネルギーの捻出に寄与するもので――】

 

 メテフィラが営業トークを進めようとすると、クルースニクが手を挙げて遮った。

 

「興味深い話だけど、後にした方がいいよ」

「クルースニク?」

「時間を稼げるような話題に誘導しようとしたね、メテフィラさん。何か隠してるでしょ」

 

 瞬間、メテフィラの瞳孔が開いた。

 一見して無表情ではあるが、隠しきれない驚愕がよぎっていた。

 

【……疑問。何の根拠があっての糾弾か】

「カンだよ。なんとなく私は気配が読めるし、ぼんやりと人の感情も読み取れる」

 

 ぱちり、と彼女の周りで静電気がまたたいた。

 クルースニクが超人的な第六感を働かせるたび、決まってあの静電気が起きている。

 

【ふむ。興味深い。今しがた体表で散っている微弱な電気で、相手の思考を読んでいるのか? ぜひ、その技術の詳細を聞かせて――】

「この部屋の『上』に何かあるでしょ。さっきから、ずっと『上』に気を取られている」

 

 クドラクとリトーが闇を見上げた。

 天井付近は暗くて様子が伺えないが、戦闘中に何かしら妙なものは見えなかったはずだ。

 

「何があるかはわからないか?」

「そういう思考までは読めない。ぼやっと感情が感じ取れるだけなんだよね」

「何もなさそうっスけど……施設の上ってことっスかね? まだ奥の手があるとか?」

《ないわね。妙な仕掛けがないかは、私が周囲を精査済みよ》

 

 メテフィラの胸元に突き刺さっていた氷の剣から、ニーナの声がした。

 対する南方衣装の黒仙人の答えは――沈黙。その様子が何かあることを物語っている。

 

(待てよ、そう言えば……彼女と戦闘前に会話した時、やけに地上の街の一つに拘っていたな)

 

 そうだ、クドラクが要求するサンプルの話をした時、『アラク=マハを見捨てるならば提供する』と交渉を持ちかけられていた。

 この施設は地下に張り巡らされた異界の中にある。ということは――。

 

(部屋の上ではなく、この異界全体の上――それも地上にある特定の街を指しているのか?)

 

「ニーナ、ここの都市の一つ……アラク=マハに貴女の端末は仕込んでいるか?」

《……少し待って……ええ、私の一部を寄生させた業魔が、そこにいるみたいね》

「様子を伺えるか。攻撃されているかもしれない」

 

 クルースニクとリトーが、怪訝そうな顔をこちらに向けてくる。

 少しの間だけ沈黙があった。メテフィラのため息がやけに大きく聞こえた。

 

《――ああ、これは》

「どうだった」

《ビンゴね。襲撃されているわ》

 

 クドラクを覗く二人が、目を丸くして氷の剣を見つめる。

 

《戦闘が始まってからこっちばかり気にかけてたから、どうにも気づかなかったわね》

「襲撃? 待って、狂奔はさっき防いだばっかりでしょ? 残存兵力がどこかに隠れてたとか?」

 

 クドラク達が地下施設を襲撃した理由は、巫女達に依頼された「業魔達の追跡および狂奔阻止」と「研究サンプル奪取」の二つだ。

 うち、前者は貯水池内の施設を破壊した時、すでに達成されているはずだが……。

 

「他の街は襲われているか?」

《……確認中……無さそうね。ざっと他の端末からの視界を精査したけど、戦闘は見えない》

「アラク=マハだけが襲われている……? いや、これから襲うんスかね?」

「どうだろ。こういうのは、同時多発的に仕掛けた方が業魔側にとって有利だけど」

 

 業魔側が騒動を起こすなら一気に攻めた方が、人間を撹乱できる。

 それが可能な準備を、タルサデューク公はしているはずだ。

 もっとも、主要な準備はさっき潰したが。

 

「地上にいた連中が、計画の失敗を悟って一つの街を集中攻撃したか?」

「それにしては早すぎるよ、クドラク君。この施設の連中はほぼ全員仕留めた後だから、情報が共有されるにはもっと時間がかかるはず」

「……確かに。ということは――」

 

 つまり、この襲撃は計画されたものだった。ただ仕掛け人はタルサデューク公ではない。

 ある特定の街に異様に執着する者の犯行――クドラクは沈黙するメテフィラをにらみつけた。

 

「Bプランを用意していたな、メテフィラ。大元の計画が頓挫した時点で、アラク=マハに仕込んでいた策を発動するつもりだった」

 

 確実にその街を滅ぼせるように、いくつかの仕込みをしていた。そうとしか考えられない。

 

「なら、他の街にも仕込んでいるんじゃないッスかね。なぜ襲われてないんスか?」

【結論から言えば、他の街に興味はなかった】

 

 観念した様子でメテフィラが口を開いた。

 

【公の計画が成就するか否か、そんなものはどうでもよかった。私はあの街を潰せればいい。だから、アラク=マハに私の仕掛けがあること自体、公に知らせてはいない】

「主催者に内緒の攻撃と? なぜ?」

【知らせるには、公の人格にも能力にも信頼がおけなかった。奴が巫女に捕まりでもした時、仕掛けの情報を吐かれたら巫女に対処される】

 

 ボロクソな言い様だ。あの道化じみた業魔――シュールカも嫌悪を隠そうとしていなかった。

 よほど信頼がおけない人物なのだろうか。

 

【そもそもアラク=マハの仕込みは、公がこちらを裏切った時に使う逃走ルートでもあった。共有するという選択肢はない】

「裏切るとは?」

【……公の主たる狙いは、我ら業魔の乱獲である可能性が高いと判断した】

 

 不可解な言葉にクドラク達が意表を突かれる。

 業魔が狙いだと?

 

【ヴォジャノーイ共が港町周辺に集まり、少し離れた離島に『門』の発生機構の一部を作り出した。タルサデューク公はそのことを隠しているが】

 

 ヴォジャノーイ。半閉鎖海域である「獣の海」の全域を縄張りとする半魚人の業魔だ。

 海をゆく商船を襲ったり、人間の奴隷商と取引するなどの知能の高い行動を見せる。

 

【長年、連中と公は取引関係にあった。その施設についても両者の共作だろう。それで密かに施設の様子を偵察したところ、生じさせる『門』の規模が大きすぎるのが気になった】

 

 『門』のサイズは、冥府から入ってこれる業魔の量や霊格に直結してくる。

 入り口は大きいほど大人数が通りやすいし、巨大な業魔でも入りやすいという話だ。

 

【離島一つが『門』の出入り口になる、そういう設備だ。不審とは思わないか】

「不審って……?」

【民衆の魂を使うには大きすぎる。なぜなら、狂奔の過程でほとんどの魂は食い漁られる。なぜ、その上で巨大な『門』を作ろうとしているのか】

 

 我が身のことだろうに無感情を保ったまま、メテフィラが抑揚もなく話す。

 

【祭りの後にこの地に残るもの、それは業魔と狩人の軍勢しかいないではないか】

「……罠の可能性を疑ってまで、なぜこの企みに乗ったんだ?」

【アラク=マハは手ずから潰す必要がある。これは最優先事項だ。他の者に潰される訳にはいかない】

 

 なぜ、そうまでしてその街にこだわるのか。

 アラク=マハに対する殺意が強すぎる。クルースニクが真剣な顔で身を乗り出した。

 

「なんで、そこまでその街を潰したいの?」

【……。…………。それは――】

 

 初めてメテフィラが悩ましげな表情を見せた。嗤いか無表情の二つしか顔を見せなかった女が。

 次の瞬間には、また無表情になったが。

 

【隠しても無駄か。理由は復讐と救助だ。私の友人があの街の者達に囚われた】

「友人って?」

【数十年前にこの地で起きた騒動は知っているか】

 

 それを聞いて、クドラクは膝を打った。クルースニクも得心が言ったようにうなずく。

 リトーだけが怪訝そうに二人を見る。

 

「お二方はご存知で」

「知っている。アラク=マハの前身となる都市は、一人の混血(ドレカヴァク)が起こした狂奔で壊滅した。その人物の名前が都市についている」

 

 外国人のリトーは知らなくて当たり前だ。

 この土地は一度灰燼に帰している。ある子供の尊厳を凌辱した報いとして。

 

「その名も蜘蛛の王『アラク=マハ』。貴女もあの騒動に参加していたのか」

【肯定。今、友人が都市を襲撃して、街の教会をピンポイントで破壊している。然るのちにアラク=マハを助け出す】

「助け出すとは? もうあの事件は終わって、アラク=マハも討滅されたはずでは」

【誰からどういう話を聞いたかは知らないが、それは間違いだ。私自ら生存を確認している】

 

 メテフィラがわずかに眉根を寄せる。その微細な表情に憎悪がかいま見えた。

 

【数十年前に私達が敗走しかけた時、もう一人の友人がアラク=マハを繭に包んだ。決して壊れぬ繭に。巫女達は繭を破る術を見つけられず、教会の地中奥深くに繭を埋めた】

「……クドラク君?」

「僕は初耳だ。内秘の裏話なんだろうが……そういう対応も無くはないと思う」

 

 対処にあぐねる厄ネタは埋めてしまえばいい。ゼムリアの巫女はそう考える傾向にある。

 彼女らの大地への信頼度は、そのまま信仰神である地母神ゼムリアへの信頼に依拠するのだろう。

 

【当時は私の作品も未完成だったため、身一つで反乱に参加した。あの時に『忌み夜叉(デモノヤクシャ)』シリーズを投入できたら、結果は違っていただろう】

「……なんというか、貴女は友人のために動くような性分には見えないんだがな」

【研究以外に興味がないように見えるか。だが、人生には大切な物事が複数あっていいはずだ】

 

 おぞましい研究者としての性分と、友人のための行動は彼女の中で矛盾しないのだろう。

 思い返せば、『忌み夜叉(デモノヤクシャ)』の開発はスペクターという種族に捧げたものと、館内を移動する時に言っていた。

 全体や同胞のために尽くすのが、彼女……あるいはスペクターという種族の性分なのかもしれない。

 

【事実、この騒動は『忌み夜叉(デモノヤクシャ)』の性能試験も兼ねている。一石二鳥の策だ】

「……考え直す気はないのか。あの街には、アラク=マハを虐げた人々だけがいるわけじゃない。祭りに惹かれてきた観光客も、新しく産まれた人達もいるんだぞ。彼らに罪はない」

【それを加味して攻撃をやめろと? 不可能だ。私達にも優先事項はある】

 

 ……気持ちはわかる、とクドラクは内心思う。

 例えば、自分の仲間三人が民衆に虐げられ、あるいは街に囚われたとして――。

 自分なら苛烈に報復してしまいそうだ。正気を保つことはおそらく難しいだろう。

 それだけ三人に恩義と友情を感じている。

 

 それでも、理性は「そんな所業は道理に反している」と声高に主張する。

 それに、悲劇を見て見ぬフリをするというのは、英雄的な行いではないだろう。

 ……クドラクは悩んだ末に、口を開いた。

 

「皆、動けるか。傷が癒えたら上へ行こう」

「クドラク君、治療は? もうここでやっちゃえばいいんじゃない?」

「どれくらい時間がかかるかわからないが、終わる頃合いには地上で大勢の死人が出ているだろう。先に現地の手伝いをしよう」

 

 サンプルがこちらの手に入った以上、当初の目的は達成した。延命治療も叶うはずだ。

 後はそれなりに現地の人を手伝って、安全な場所で変異を迎えたい。

 

「それならクドラクさんが行くことはないッスよ。手前が行くッス。お二方は交代で変異しつつ、メテフィラさんを監視するというのは」

「……いい案だけど、貴方が心配だ。これだけ準備された襲撃が生温いもののはずがない。この人以上の化け物が出てくるかもしれない」

 

 会話の横でクルースニクは何かを沈思していたが、やがてクドラクを見つめた。

 

「正直、私は反対かな。クドラク君の治療を優先すべきだと思う」

「えっ本気か? 貴女らしくないぞ」

「私は群れの家族が最優先だから。よく知らない民衆と君を天秤にかけたら、そりゃね」

 

 クルースニクは仁義と慈愛を尊ぶ。それはそれとして優先順位はしっかり決めている。

 クドラクは彼女にとって「群れの仲間」であり、その治療は己の命より優先すべきものだ。

 

「でも、クドラク君の気持ちもわかる。君が絡まなかったら、私も同じことをしてるしね。だから条件が一つ。絶対に私の側を離れないでね」

「治療が終わるまで?」

「そう。何なら一緒に手を繋いで行こうよ。よかったら戦闘中でも」

「ダンスしに行くんじゃないんだから。でも、絶対に離れないようにするよ。……ありがとう」

 

 二人が笑い合う横で、霊酒入り皮袋から水流を口に飛ばし終えたリトーが、口を拭いながら言う。

 

「手前はお二方にお力添えするだけッス。上に行くなら当然ついていくッスよ」

《それなら、そこの『最高傑作』とやらを私が乗っ取れば早く着けるわね》

 

 クルースニクの背後にある『破軍(ベネトナシュ)』のことだろう。

 ニーナは肉体を乗っ取る術を持っている。

 

《この施設のパイプの一つが、アラク=マハに繋がっているのをコントロールルームで確認できたわ。水流に乗って行けば直行できるわね》

「……ここの水をアラク=マハに通しているのか。向こうで『門』を開く材料にしたか」

 

 施設建造当初から、Bプランまで練った確殺の布陣を敷いていたわけだ。

 ひとまず腰を上げようとするクドラクを、メテフィラがじろりと見る。

 

【……正直に言って、貴方があの国の民衆のために働いている理由が不明。アラク=マハとそう大差ない境遇を送っただろうに】

 

 境遇。ぴたりとクドラクは動きを止めた。

 

【もう連中とは何の関わりもないはずだ。無用に命を賭けにいくのか】

「関係ないことはない。僕はこの国の狩人だ。今すぐ巫女や狩人達を援護に行かねば」

【行ってどうする。これから人間を辞めようとする者が。民草を食いにいくわけでもないのに】

 

 メテフィラが白けた目を向けてくる。

 

【貴方の狙いは、死に至る病の治療のはず。ここで私を監視しながら治療を進めればいい。上の騒動に関わる必要はない。違うか?】

「…………」

【これから貴方は人間ではなくなる。楽園国の狩人は敵に回る。なぜ利敵行為をしようとする? 貴方のデメリットにしかならないはずだ】

 

 クドラク達が研究サンプルを手に入れた今、街の襲撃を止める合理的な理由はない。

 むしろ、この地が業魔達に占拠されたほうが、後で遠方へ脱出するのが容易になる。

 

【貴方は混血(ドレカヴァク)のはずだ。楽園国だと排斥の対象だろう。アラク=マハと同じく】

「……そうだが」

【なぜ己を憎む者共を助けようとする? むしろ悲劇を喜ぶ側のはずだ。……感情面でも論理面でも、貴方達が街の援護に行く必要性は皆無だ】

 

 クルースニクが口を開きかけ――ちらっとクドラクの様子を伺った。

 当の本人は視線を落とし、床を見つめている。

 

「なぜ……なぜか」

 

 ――この女の言う通りだ。

 

 深層心理に押し込んだドス黒い感情が、思考の奥底からささやいてきた。

 

 奴らに受けた仕打ちを忘れたのか? 小鹿のように追われ、民衆に怯えながら道端で眠った過去を忘れたのか?

 お前をドブネズミと蔑んだ奴らのことを――。

  忘れるものか。ずっと僕は覚えている。許したことは一度もない。

 

(……でも、見て見ぬふりはできない。それをしたら僕は僕ではなくなる。英雄ではなくなる)

 

 そう、英雄ではなくなる。あの日に憧れた英雄像からはかけ離れてしまう。

 例え民衆が憎悪の対象だろうが、見捨てることが感情的にも論理的にも正しい判断だろうが。

 ……その未来像を放棄する選択はできない。

 

 なんのために病をおしてまで戦い、狂的に功績を求めたのか?

 人間としての尊厳を放棄し、怪物に堕ちてまで生き永らえたいのはなぜか?

 英雄になりたいからだ。まだ、あの日の喝采と憧れに至っていない。

 

 だから、最終的な判断の決め手となったのは、人間性と良心と――今まですがり続けてきた「英雄の仮面」の混合物だった。

 

「……無理だ。その選択肢は僕には取れない。論理的に正しいとしても」

 

 じわりと心に染み込んだ憎悪と、全身にまとわりつく逡巡を振り払って、少年は顔を上げた。

 

「例え業魔になるとしても、僕は僕だ。死にゆく人々を見捨てることは僕にはできない。その理由は言葉にしにくいけど」

 

 メテフィラはクドラクの顔を凝視して、しばらくした後に呟いた。

 

【理解不能。故に興味深い。研究対象としても一個人としても。……死なせるには惜しいか】

 

 おもむろにメテフィラの顔面が縦に割れ、中から青汁触手がぬらりと出てきた。

 「……!?」と身構えるクルースニクとリトーをよそに、彼女は触手でクドラクに何かを投げ渡す。

 

「……っ? なんだ、これ」

 

 投げ渡されたのは、半透明の青白い卵胞だ。並々ならぬ霊的エネルギーが内に圧縮されている。

 

【高濃度霊液入り卵胞。『聚気(ラストラード)』で得た精気を極限まで濃縮させたもの。一時的に肉体を不死にする他、業魔にとって極上の食物となる】

「……なぜ、これを?」

【一つ助言しよう。おそらく、タルサデューク公が街に来る。もう一度、状況を制御するために】

 

 その言葉に呆気に取られたが、考えてみれば当たり前の話だ。

 今までの話を総合するに、自分達がこの施設を攻めた時点で、計画は公の手から離れつつある。

 自らが予期せぬ襲撃が起これば、事態を確認しに来るのが道理だ。

 

【あの男は祖神研究に熱中していた。不可思議な力をいくつも持っている。いずれ奴との戦で死にかけたなら、卵胞を食え】

「僕達が使っていいのか」

【友人達にはもうそれを渡した。その点でも彼女達と戦うのは不合理だと言っておく】

 

 つまり、何回かアラク=マハ一党が不死化するということか。ずいぶん万全なサポートだ。

 

【私達と貴方達はいい関係を築けると確信する。だから、実利を提供したまで。貴方の業魔化を私はサポートすることができる。……こういう道具が欲しければ『後のこと』をよく考えてほしい】

 

 「後のこと」――この場合は、アラク=マハ一党の不殺だろう。

 実利を見せて衝突を緩和させつつ、後で友好的な関係を築こうとする一手。

 

(……この人のことは信頼できないけど、確かに得られる恩恵は捨てがたいように思える……)

 

 業魔化した時に、メテフィラの技術は有用になるだろう。

 クドラクは仲間の二人と目を合わせて、少し考えた後に口を開いた。

 

「……なるべく善処する。鉄火場ではどう転ぶかわからないけど」

【その意識があるだけで大分違うものだ】

「貴女の身柄は拘束したままにさせてもらう。土壇場で背後から攻撃されては敵わない」

【無論。どこへなりと幽閉するがいい】

 

 鷹揚に頷く彼女に近づいて、剣を抜き放ち、その周囲の床に傷をつけ始める。

 ひとまず床に結界を張って、この施設の中に閉じ込めておくのがいいだろう。

 アラク=マハ一党に対する人質に使えるかもしれない。

 

「檻の結界を張り終えたら、上に向かおう」

「了解」「了解ッス」《はいはい》

 

 アラク=マハ一党の脅威だけでなく、公とその配下の横殴りがあるとなると……。

 次の市街戦をどう進めるか、頭の中でシミュレーションしておく必要があるだろう。

 

 

 

 





TIPS:『祖神のサンプル』

 ヴェレスとペルンの欠片は、隕石の一部からまれに採取することができる。
 その理由はわかっておらず、祖神研究の徒にとって長年の疑問であり続けている。
 竜達の言い伝えによれば、二柱の亡骸は今なお宇宙を漂っており、その欠片が流れ星として落ちてくるのだそうだ。

 この成分が含まれた隕鉄は極上の素材であり、鍛えれば不可思議な力を持つ魔剣となる。
 400年前、英雄イリヤと魔王チェルノボグが用いた剣も、祖神の隕鉄が用いられていたという。
 その二振りの行方は今も知れてはいない。
 
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