『血塗られた月のクドラク』〜余命わずかな病を克服するため、闇の王へと堕ちる話〜 作:人見 広介
「ヘロイン服用と痛覚遮断の併用によってのみ、正気を保つことを許される変異か。想像を絶する苦痛に耐えてきたはずだ」
「痛くなんか――」
「昨夜の戦闘で、どれだけお前は苦悶の表情を浮かべた? 剣を握る手に力も入っていなかった。薬が切れれば、ろくに体も動かせぬくせに」
黄金の騎士――『
黒髪の少年は顔を伏せ、黒いビロードのマントの裾を握りしめた。
礼服じみた白シャツと黒ズボンも血に塗れ、ひどい状態になっている。
色白の肌に漆黒の髪が似合う、中性的で魅力的な少年だったのだろう。
今となっては、人形のように整った顔の左半分に、びっしりと石の鱗が生えている。
先ほどまで『呪詞』とヘロインで隠していた、クドラクの本当の姿だった。
「なぜだ? 変異のことを言えば、もっと早い段階で休ませられたはずだ」
「……カミングアウトなんて。
それが、生まれ持った『呪い』の代価だ。
クドラクの惨状を見れば、誰が見ても忌まわしい血によるものだと気づくはずだ。
「ならば、なぜ俺には言わぬ。お前の出生など気にするものか。キーラ達も同じだ」
「師父達がよくても、他の人達は……とりわけ楽園国の人々はそう思わない。獣の血を引くおぞましい英雄を、誰が望むんです?」
万人に愛される英雄になるためには、万に一つもバレてはならない秘密なのだ。
秘密を知る者は、最小限に留めねばならない。
無論、治療の方法は模索していた。
身バレの危険性が低い遠方の国に行き、著名な呪い師の名医に病態を見せたこともある。
十数人の名医に体を診てもらった結果、この石化が天命だと知る羽目になった。
「師父。聞いてください。一生に――」
枯れた喉を震わせると、胃の中から赤いものがせり上がってくる。椅子の下に血反吐を吐いた。
「待て、無理して喋る必要は――」
「一生に一度の願いです。これまでそんな事はしたことがなかったはずだ。まだ僕を弟子と呼んでくれるなら、話を聞いてください」
「……」
「この姿は呪いの代価なんです。『紅い月の呪い』を得た代わりに、魂が変質して石化の死病を発症した。肉体の治療でどうにかなるものじゃない」
『呪い』を得た人間は、冥府のエネルギーを操る力の代価として、魂が変質してしまう。
常人なら修行の果てに呪いを得ることができるが、
代価は致死的でないことが多く、常人なら異常嗜好の付与などの精神的な変異、
しかし、クドラクの場合は異質だった。絶大な権能と引き換えに、致死的な代価を負った。
「誰からそれを聞いたのだ」
「他国にいる名医数名と、前の師匠です。どれも高名な人達でした」
「……治療は無理だとでも言われたのか」
「打つ手はないそうです。止める術はない。直に石化は心臓を蝕む――その時が僕の最期だと」
痛いほどの沈黙が礼拝堂に満ちる。
ホルスの息は少し震えていた。その様子を見るだけでも、ストレスで心臓が締め付けられる。
「……黙っていてごめんなさい」
「其奴らの言が真実かはわからぬ。今からでも遅くはないはずだ。まだ打つ手はあるはず……」
育て親の未練に、クドラクは静かに反論した。
「旅団顧問の先生はどう言ってました? 同じことを言われたはずだ。呪いの代価で受けた変異は治らない。彼の死は天命です、と」
「奴は所感を言っただけだ! まだ治療法を探した訳ではない。手を尽くす余地は充分にある!」
師父は声を荒げる。
厄介なことになった。師父はクドラクの延命に固執するつもりだ。
(治療法を発見するのに何年かかる? もう後数週間で寿命は来るぞ。間違いない)
人生最期の局面で、奇病を患った忌み子とそしられながら、ベッドの上で死ねと言うのか?
それだけは嫌だ。また昔に逆戻りして、誰からも忌み嫌われ、見下されながら死んでしまう。
(あの日、石化した姿を見た者が、まだ誰にも話していなかったら……そいつの口止めさえすれば、なんとでもなるはずだ……!)
今までの武勲が無に帰すほどのスキャンダルを、なんとしても隠し通さねばならない。
暴君のように恐れられたい。愛子のように愛されたい。忌み子として死にたくはない。
(早く、早く盛大に死なないと! きっと死が僕の武勇伝を彩ってくれる! 出生のことさえバレなければ、僕の武勇伝は完成されるんだ……!)
体全体が砕けるように痛い。それでも、立派な討ち死にを求めてクドラクは懇願する。
「現実を見てください……延命を考える段階なんて過ぎている。もう死ぬ寸前なんです」
「まだ治療が間に合うかもしれんではないか……! 寿命が来るまで猶予があるかもしれぬ!」
「数週間以内に来る。自分の死期くらいわかる!」
本当のことだ。クドラクは死期を悟っていた。内臓のあちこちが朽ちている実感がある。
「猶予なんてもう無いよ。僕を戦場に出してくれ。名誉の戦死を遂げさせてくれ!」
「名誉の戦死だと――」
「忌み子として死ぬなんて嫌だ! 叙情詩の最後を彩るような、華々しい死を遂げなければ……!」
数世紀先の民衆さえもクドラクを称賛して、偉大な英雄として記録してくれるように。
「キーラ達は黙らせておいてくれ! 僕の出生については何も語らせないように! その間に討ち死にすれば、真実を語る者はいなくなる……!」
「――なにを――」
「やっと……僕を迫害してきた奴らが、称賛の言葉を言いはじめたんだ! 出生のことが知られたら、また手のひら返しされる。そうなったら――」
熱い涙が眼から溢れる。傷口から流れ出る血膿のような、濁った涙だった。
涙とは常にそうなのだ、とクドラクは感じていた。血膿と本質は同じだ。
「そうなったら――ただの道化だよ。僕は何のために産まれてきたんだ? ただ苦痛に耐えて、屈辱を味わうために産まれてきたのか?」
「――――」
「ドブネズミとして終わるのか? あの日に憧れた貴方の姿に届かないまま……ベッドの上で蔑まれながら、無意味に死んでいけっていうのか!」
涙で師父の姿が見えない。数年越しの本音とともに、ぐちゃぐちゃの感情が胸を支配する。『みっともない姿だな』と、脳の片隅で理性が蔑む。
「嫌だ! そんなんじゃ死ねない! 死にたいほど苦しい人生だったけど、ただじゃ終われない! 何かが必要なんだ。僕の生涯に見合う何かがッ!」
「…………」
「師父! 今一度、最期の出撃許可を……!」
「俺は……今まで、お前のことを――」
師父はクドラクの脇を抱え、羽にでも触れるかのように抱きしめた。
単に体を接触させただけで、一切の力を込めようとしていなかった。
「息子のように思っていたのだ」
「――師父、僕は……」
「だが、思い上がりだった。今、初めてお前の本心に触れた。……生き急いでいたのはそういう訳か。もっと早く気づけていれば――」
しばらく背中を撫でた後、騎士は体を離した。
「だが、お前の死だけは許容できぬ」
「……なぜ」
「理由を口にする資格はない。だが、キーラもミハイルも俺と同じ考えでいる。……
兜の奥から見つめる目は、夜明けのように温かい色彩を帯びている。
「体を労わるだって!? 無駄に生きても秘密がバレやすくなるだけだ! それで秘密がバレるリスクを抱えるくらいなら――」
「……クドラク、もう他の団員は全て知っている。あの日、大勢の者達がお前の姿を見た」
「――――は?」
今度こそ、頭が真っ白になった。
「フセヴォロド、ヴァディーム……巣から救出した一般人達も、お前を運び出す過程で石化の具合を見た。お前の出生については緘口令を敷いたが」
「――――」
「……遅かれ早かれ、話は広まっていくだろう。だが、それが何だと言うのだ。口さがない者は俺が黙らせてやる。何も気にすることはない」
――じゃあ、また僕は。
枯れた唇でその言葉を紡ぐ前に、厳かに師父は審判結果を告げた。
「これが最後の指令となる。……当分は静養地にて体を休めよ。もう何も隠す必要はない。故に、これからは治療に専念せよ」
「――――」
「生を渇望しろ。俺がどんな手段を使ってでも、その石化を止める。お前も生きるのを諦めるな」
天命だと説得したにも関わらず、師父はまだ自分を生かす算段を立てようとしている。
妄執を抱いているなどと、人のことが言えないではないか。
なぜ頑なに死を認めようとしない。
「ただ一匹の獣となれ。お前が戦うべきは、業魔でも人々でもない――身を蝕む石化の病と、お前が己に課した妄執だ」
その時、馬の足音が外から聞こえた。義父が手配した医師達だろう。
きれいな湖が見える静養地に、上等な館と医師を用意しているそうだ。
そこで人形のように世話を受けるのだろう。
「……そこにいろ。話を済ませてくる」
黄金の重騎士は席を立ち、廃教会の外へと歩きはじめた。
クドラクは長椅子に両手をつき、じっと木目を凝視していた。心が凍てついたかのようだ。
(……終わった。素性を隠すなんて無理だったか。大勢から愛されるなんて、夢に過ぎなかったか――いや)
凍てついた心を、闘争本能の火が溶かす。
(――いや、嫌だ。嫌だ! 褒められたい。大勢の人に愛されたい。引き裂いて屈服させたい。心から恐怖させたい。……まだだ。まだ死ねないッ!)
麻薬が切れた頭は片頭痛に悩まされ、全身には釘が打ち込まれたような激痛が走っている。
それでも、まだ戦える――。
(もう一回だ! 無に帰した名声を、遠い土地でもう一回積み重ねたなら……ッ! でも、寿命が来るんだった。後数週間で、僕は死ぬ!)
断言してもいいが、静養したところで焼け石に水だ。各国の名医が手遅れだと判断したのだ。
症状を遅らせたものさえいなかった。
(延命なんて無理だ……でも、やらなくちゃ死にきれない。こんな土壇場で生を望むなんて――こんなはずじゃなかったのに!)
頭の中でわめきたてながら、思考だけは高速で巡らせる。まだ戦い続けるための策を。
――ふっ、と天啓が降りてきた。
(……待て、発想を変えろ。戦える体ならそれでいい。死体のままでも現世に留まればいい!)
また戦い続けるだけなら、死体や人形に憑依して戦うという選択肢も入るのではないか?
およそマトモな発想ではないし、尋常でない痛みと苦難を伴う策だが、それでもアテはあった。
(……一つ、心当たりがある。例えこの身が死んだとしても、魂だけ現世に留められる方法が)
そうと決まれば、逃げ出さねばならない。
意味のない治療を受ける時間はない。
時が進み始めたかのように、クドラクは長椅子から起き上がった。義父の後ろ姿を見る。
医師達と何かを話し込んでいる。逃げ出すなら今しかない!
クドラクの全身に火がついた。彼はふらつく足で立ち上がり、枯れた声で『呪詞』を叫ぶ。
「【月影よ踊れ! 狼王の形を成せ!】」
ローブ内の肉体が膨れ上がり、クドラクは一匹の大きな黒狼へと変じた。
慟哭のような遠吠えを放った後、廃教会の壁を粉砕する。
後ろで、師父が振り返る気配がした。構うものか、と森の中へと疾駆する。
まばゆい夜明けが森の中を照らしす中、一匹の影は速度を早めていった。
足に生えた石から激痛が走る。麻薬切れの思考が呪いの冴えを鈍らせる。
(……ぐっ……集中力が切れる……)
クドラクは痛みに集中した。呪詞の効果を維持し続けないと、師父に追いつかれてしまう。
風のような速さで木々をすり抜け、がむしゃらに夜明けに背を向けて走る。
影が伸びる先に行かねば、みじめな姿が白日の下にさらされてしまう。
(多分、あの人なら――蛮族の酋長にして知識人、Dr.サルトゥイクなら、僕の魂を現世に縛り付けられる。動く死者として戦い続けられる!)
現地点から遥か西の地に、目当ての氏族はいるはずだった。動けなくなる前にたどり着くべきだ。
もっと名声を得るために、延命方法を探らねば。
「嫌いだ……この世の全てが! いずれ帰ってくるぞ! あの太陽すらも僕のものにしてやる! 誰にもみくびらせやしない!」
獣じみた絶叫をあげながら、黒狼は西へと走る。
騒ぎを聞きつけた旅団員が捜索を始めた頃には、クドラクは山々の稜線へと消えていた。
――――――――――――――――――
深緑の山々を越え、大河を渡る日々が続いた。黒狼となったまま西へと走り続けた。
道中、血反吐を吐いて倒れ込むことが何度かあった。肺に石ができつつある。息を吸うだけで痛むため、呼吸をコントロールできない。
麻薬も切れた。吐き気も強い。クドラクのぼやけた視界には、蚊柱のような幻覚が見えている。
(――闘え。動け。僕はまだやれる。いずれ、このみじめな人生を贖うような功績を立ててやる。王様になるのはどうだ? あるいは、億万長者か)
極限状態で彼を保たせたのは、飢えのような承認欲求だった。
何度か己を奮い立たせた後、無心で西へと走り続けた。今や彼は一匹の獣だった。
(次はどう生きればいい? お金をたくさん持てば賞賛されるのか。王になれば支配できるのか。……僕は愛されたいのか? 恐怖させたいのか?)
走るうちにそれすらも曖昧になっていく。昔はもっと純粋な憧れだけがあったはずだ。
今では、歪曲した妄執だけが心を燃やしている。
(ずっとこうだ……あの日に見た喝采に、心を囚われている。他の物が目に入らなくなる……)
ふと気がつけば巨大な滝の側で倒れていた。周囲の木々が葉擦れの音を響かせている。
チロチロ、と二匹の蛇が自分の頬を舐めていた。その感触で意識がはっきりしてくる。
「……ここは……げほっ、気を失っていたのか。起こしてくれて、ありがとう……」
がくがく震える脚で身を起こすと、周囲の蛇達は安心したように去っていった。
昔から、蛇は自分の友達だった。彼らは素の姿を見ても嫌わない。クドラクを愛してくれる――。
(……道中の記憶がない。水場での休憩中に気絶したんだとは思うが……とりあえず補給するか)
震える足取りで大きな淵に行き、『呪詞』を使って水中で爆発を起こす。
浮いてきた魚を前足でかき集め、肉を噛み砕いて血を飲み干した。
今の内臓では、もう固形物を消化できない。
「……よし、動ける。今は宵時かな」
天を仰ぎ見ると、瑠璃色の宵空に星々がまたたいている。
北極星に注目して天の北極を測定し、大まかな緯度を測定する。目的地と同じ緯度だ。
クドラクはずっと同じ緯度を保ちながら、『スヴャトゴール座』が示す真西へ行軍していた。
歩数による距離測定によれば、そろそろ草原地帯に着くはずだ。
(急がなきゃ。不整脈がひどくなってきたし、心臓が痛くなってきた。そろそろ寿命が訪れる……)
焦りに身を焦がす少年の耳に、かすかに叫び声のようなものが届いた。滝の上から聞こえてくる。
(……なんだ?)
「――ぅぁぁぁあああああっ!?」
滝を見やったクドラクは、何者かが滝の上から落ちてくるのを見た。
謎の人影は淵に着水し、派手な水音を立てる。数秒後に水面から顔を出してきた。
「ぷはあっ!! くそっ、手強いな!」
白いベレー帽を被った短い金髪の少女のようだ。白マントをまとっている。
アクアマリンのような碧眼は、滝の上方を睨みつけている。
その上方から、遅れて影が水場に降ってきた。
赤いマントをはためかせる首無しの騎士だ。
腕組み姿勢を維持したまま、騎士は水面近くでぴたりと静止する。
少女は舌打ちして、岸へと泳ごうと試みる。
「足場がいるなあ。いったん退避だ!」
首無し騎士は、腹部の巨大な口から絶叫する。
急速に周りの木々が枯れていき、植物の魂が騎士に吸い込まれていくのが見える。
(あれは『業魔』か。追われているのか?)
冥府から侵入してきた怪物達だ。大陸全域に湧き出ては、周辺生物の魂を喰らう。
「手助けするか。【水月よ揺らげ。敵を穿て】」
淵の中心にいる騎士へと呪詞を放つ。水面から飛び出た水の槍が、騎士を串刺しにする。
苦悶の声を上げて、敵がこちらへ殺意を向けた。
【……新手……首ヲ差シ出セ……】
「そうだ、僕を狙って来い。【水月よ揺らげ。月の道を水面に示せ】」
水面に赤い光が沸き、騎士まで届く道ができる。
矢のように前へ飛び出し、光の道を走って首無し騎士へと迫る。
対する首無し騎士は槍を引き抜き、大上段に剣を構えた。間合いに入った瞬間に両断するつもりだ。
「【寒月よ輝け。かの者に氷霧を】」
口から氷霧を吹きかけ、騎士を怯ませる。その隙に剣を持つ手に噛みつき、道に引き倒した。
水飛沫を散らしながら二匹して揉み合う。
何とか狼を引き剥がした騎士を、横合いから光の矢が貫く。きりもみしながら騎士は吹き飛んだ。
「ありがとう、狼さん! 私も加勢するね! 【白き月よ来たれ! 我に千本の矢を!】」
岸辺にて少女が弓を引いていた。碧眼で騎士を睨み、続けて複数の光の矢を放つ。
体のあちこちを射抜かれた騎士から、腐った血が水面に散る。
(……『呪詞』に使われている言葉が、僕と同じ『月』だと? 同じ類の呪いを持っているのか)
思わず少女へ振り返る。よろめきながら首無し騎士も『呪詞』を放った。
【――断頭セヨ、罪人ノ首ヲ晒セ】」
エネルギーの風が周囲に満ち、見えざる風の刃が無数に放たれる。
とっさに黒狼は水面へ飛び込み、迫りくる風の刃の軌道から外れた。
「【影よ戻れ】」
水中で『呪詞』を呟いて、黒狼から元の少年へと姿を変える。
そのまま濁った水中を泳いで、首無し騎士の背後へと回った。
「【水月よ揺らげ、千の刃で敵を穿て】」
『呪詞』によって水を槍衾に変え、水上の首無し騎士へと放つ。
首無し騎士はとっさに飛び上がり、突き上げられる槍衾をかわした。
クドラクは水面に顔を出す。水でできた槍衾によじ登り、空中へ逃れようとする騎士を指さす。
「逃すか! 【紅き月よ来たれ。我に鎖を】」
赤い光の鎖が手から放たれ、首無し騎士の全身にからみつく。
もがき苦しむ騎士が鎖を引っ張るが、激痛が走る両腕で何とか留める。
激しい運動で胃から血がせり上がり、口から漏れた血が水面にしたたる。
石化の病のせいだ。体中にできた石は、彼の体を切り裂きつつある。
やむを得まい。クドラクは少女へ叫んだ。
「とどめは頼んだ!」
「任せて!」
まばゆい特大の矢をつがえ、少女は騎士へ射かけた。あやまたず光条は騎士の心臓部をうがつ。
胸の中央から光の亀裂が全身に走る。
それが最期だった。つんざくような絶叫をあげながら、騎士は光の塵へと還っていった。
塵の中から、鉄錆色の魂魄が飛び出る。
魂魄は空中で二つに分かれ、クドラクと少女の体に宿った。
『呪い師』が持つ権能――殺害した業魔の魂を食う権能が発動したのだ。
後には、静かに弓を下ろす少女と、淵の中央で息を荒げるクドラクだけがいた。
(……終わったか。久々の戦闘だったけど……なんだ、まだ僕も戦えるじゃないか――)
ほほえんだ瞬間、心臓に突き刺すような痛みが走る。杭で胸を貫かれたような激痛だ。
思わずくの字になり、血反吐を水面にぶち撒ける。心臓が不確かで乱れたビートを打つ。
痛い。『心臓に石が混入したかのような痛み』が少年を襲う。
(――ぎっ、あ。心臓に石が――っ?)
水面に膝をついて、クドラクは胸を押さえる。
息をしても酸素が取り込めない。周囲の音がどんどん遠くなる。
岸にいる少女が何かを叫んでいるが、それすらも遠ざかっていく。
――寿命が来たのだ、と直感的に判断する。
ブラックアウトする視界の中、ついに心臓が眠りについた。
血液が止まり、内臓が窒息していく。
(く、そ――まだだ……まだ死ねない……)
必死に暗闇の中でもがく。鼓動が聞こえない。完全な無音がクドラクを包み込んでいた。
急速に思考能力が奪われ、焦りと恐怖だけが思考を支配する。
こわい。ここはどこなんだろう?
(なにもみえない……いや、なにかがちかづいてきている?)
眼下に広がる暗闇から、山ほどもある巨大な影がこちらへ迫りくる。
近づいてくる内に全容がわかった。
タコに似た名状し難い怪物――。
全長200mはある海洋生物に似た存在が、複数の巨大な触腕をうねらせている。
(あれ、ごうま……? やつらは『めいふ』に……ししゃのすまう……りょういきにいるはず……)
――ならば、ここは冥府で――。
――自分は死んだのだ。何も成すことなく。
【縺ゅ≠窶ヲ窶ヲ縺薙?蜊∽コ泌ケエ縲∝セ?■隧ォ縺ウ縺溘◇窶ヲ窶ヲ鮟定寐繝エ繧ァ繝ャ繧ケ縺ョ鬲ゅr蝠懊j蝟ー繧峨≧縲√%縺ョ譌・繧】
眼前まで迫った山のごとき軟体生物が、触手をこちらに伸ばしてくる。
先端には竜のような頭部があり、クドラクを一飲みにせんとする。
瞬間、その前に何者かの影が立ちはだかった。
古めかしい騎士鎧を着た、正体不明の影だ。
(……だれだ? いったい、なにが――)
そこで、クドラクの意識はプツリと途切れた。
TIPS:『業魔』
冥府に棲む怪物達の総称。人類の天敵。
冥府のエネルギーを利用して戦い、獲物の魂を喰らって活動する。
大多数は冥府で生存競争に明け暮れているが、現世に這い出て生者を喰らおうとする者共もいる。
冥府が海だとするなら、業魔は魚だ。
太古の昔、現世に這い出た彼らの一部が、今日の生物の祖となった。
しかし、世代交代と退化の果てに、ほとんどの生物は冥府で生きる能力を喪失してしまった。
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