『血塗られた月のクドラク』〜余命わずかな病を克服するため、闇の王へと堕ちる話〜   作:人見 広介

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8ー2:終わらぬ夜祭のアラク=マハ②

 

 

 

 崩壊しかけの街の広場に、もうもうと砂塵が立ち込めている。

 巨大なエイのごとき質量が夜空から落ちてきて、隕石のように広場に墜落したのだ。

 砂塵の中には、灰色の血肉を撒き散らしたエイの屍が横たわっている。

 

「――げほっ、げほっ。皆は怪我はない?」

「何とか無事だ……」

「手前もッス。鳥はすごいっスねぇ。こんな怖い思いしながら地面の獲物へ急降下するんだから」

 

 砂埃の中から、三人の子供が咳き込みながらよろよろと出てきた。

 うち一人、クドラクが神経質に埃をはらいながら、夜空をにらみつける。

 視線の先では、悠々と月へ昇っていく巨大蝶――カーミラの後ろ姿があった。

 もう遠すぎて攻撃は届かないだろう。

 

「うわっ、ニーナの端末が壊れてる。守り切ったつもりだったんだけどなぁ……」

「落下の勢いッスね。端末一個が死んだくらいじゃあの人にダメージはないッスが」

 

 後ろを振り返ると、粉々に砕けた氷が墜落地点に散らばっている。

 こうなると、ニーナの本体と合流するまでナビゲートの類は受けられないだろう。

 この広い街でどうやって落ち合うべきか。

 

「戦ってる内にあの子の方が合流しにくるかもね。端末が他にもこの街にあるっぽいし」

「なら、こちらは巫女に合流するか。どうせいっしょに戦う流れになるし、前線で目立てるだろう。いずれどこかで落ち合える」

 

 クドラクは空中から見た光景を思い出しながら、街を回る道筋を組み立てていく。

 最終的に行くべきなのは、街の中心部にあった巨大な教会――「聖ワシリイ教会」だ。その前で巫女と業魔が熾烈に戦っていた。

 だが、取り急ぎは手近な戦地に行くべきだ。空からの光景を思い出すに、一番近い場所は……。

 

「5kmほど向こうに大きな建物が見えたから、そこに向かおう。バリケードが並べられていたから、どこかしらの勢力が拠点にしているはず」

「鉄工ギルドホールッスね。工具が合わさった紋章の旗が掲げられていたッス」

 

 鍛治工房の寄り合いたる鉄工ギルドは、各工房の品質と流通を管理している団体だ。

 行商人もそれらのギルドから商品を仕入れるため、リトーにとっては縁の深い施設である。

 

「向こうへ行く前に……【黒旋風よ吹け。そよ風の衣を手前らに着せろ】」

 

 リトーが自分と二人に手を向けて、目に見えない風の衣をまとわせた。

 ちらほら降っている雪は、三人の体表付近で風に散らされていく。

 

「雪対策ッス」

「ありがとう。じゃあ行くか――」

「おーい、お三方! 無事か!?」

 

 三人が移動を開始しようとした時、唐突に広場の端から声をかけられた。

 そちらへ振り向くと、様々な服装をした者達がこちらへ走り寄ってきていた。

 統一性のない服装だが、雪対策に全身を着込んでいるのは共通していた。

 

「轟音がしたから来てみたが、ずいぶんな大物が死んでいるではないか。お三方も狩人かね?」

 

 先頭にいる赤いローブを着た伊達男が、フードの奥でにこやかな笑みを浮かべる。

 後ろにいる男達のリーダーだろうか。

 この極限の夜に外で活動できるということは、彼らも狩人なのかもしれない。

 

「はい、そうです。僕達は――」

 

 くいっとリトーが袖を引いてくる。

 振り返ると、いつの間にか紺色のターバンを被っていたリトーが目配せをしてきた。

 『自分が応対する』とでも言いたげだ。彼は二人の前に進み出た。

 

「……? リトー?」

「クドラク君、たぶん任せたほうがいいよ」

 

 ぼそっとクルースニクが耳元でささやいてくる。何かに気づいたのだろうか?

 

「実は手前共は街中で孤立していたんですよ。皆様方もご同業でいらっしゃるんですか? 同じ狩人と合流できて安心しました」

 

 いつもの「ッス」口調ではない他所行きの言葉で、リトーが男達に近寄る。

 ローブの男はリトーに視線を向けて……わずかに驚愕したように目を見開いた。

 ほんの一瞬の隙だった。すぐにほほ笑みを取り戻して、リトーに歩み寄る。

 

「ああ、我らも狩人だ。こんな大物を倒せる方と出会えるとは、こちらも僥倖と言うものだ。なにぶんこんなに業魔がいると味方も少なくなってなァ」

 

 お互いに全くの無防備といった感じで、触れ合えるくらいに間近まで近寄る。

 リトーが差し出した左手に対して、赤いローブの男が右手で握手した。

 二人ともほほ笑みを絶やしていない。

 

「申し遅れた。私の名は――」

「――『聖炎(プラーミャ)』所属のアンドリュー・フォーキンさんッスよね? お命頂戴します」

 

 瞬間、リトーの右手が腰の柄に伸びた。蛇のような素早さだった。

 あっという間もなかった。

 剣閃が横薙ぎにひらめく。周囲の瓦礫で踊っていた火がふっと消える。

 ぴたりと動きを止めた男達の胸元に、ぷつぷつと血の滴が浮き上がり――ずるりと上体がずれる。

 

「――オッ」

 

 ローブ姿の男も驚愕した体勢で静止し、ずるりと上体がずれて地面に叩きつけられた。

 プシャァァ――と鮮血のスプリンクラーが夜空へ噴き、リトーの紺色マントを赤く染めていく。

 

「リトー!? ……まさか敵かそいつら!?」

「赤ローブはまだ死んでないよ!」

「えっ、マジっすか――」

 

 血切りの体勢に入っていたリトーが死体を見下ろした瞬間、その横顔に蹴りが叩き込まれる。

 そのまま彼は横に吹き飛ばされ、転々とバウンドした後に瓦礫に突っ込んだ。

 蹴り飛ばしたのは男の下半身だ。上体もないのにひとりでに動いている。

 

「いってえェェッ!?」

「――これはこれは。よもやこちら側が不意打ちを喰らうとは、我が演技を恥じいるばかりよ」

 

 切り落とされた男の上半身が声を発し、直後に腕だけで空中に飛び上がる。

 そのまま下半身の上に戻って、ぐちゃりと切断面を癒着させる――間にクルースニクとクドラクが獅子のごとく駆けた。

 

「ごめんクドラク君とりあえず合わせて! 【白き月よ来たれ! 閃光を我が手に!】」

「【紅き月よ来たれ。処刑人の剣を我に!】」

「【最上の快楽に捧ぐ。鉄の茨よ生えろ】」

 

 ローブ姿の男が手を振り上げると、地面から鉄条網のバリケードが大量に展開された。

 思わず二人は立ち止まり、自分達の腰ほどの高さもある鉄のイバラの柵に警戒する。

 

「いやはや恐れ入った。最近の子供は怖いな。敵と見ればすぐ殺しに来るとは」

 

 ローブ姿の男が、懐から血塗られたドクロの仮面を取り出して顔に被せる。

 邪教司祭然とした赤一色の狩人がそこにいた。

 

「不意を打てば敵の数を減らせると思ったが……しかたない、ここは逃げさせてもらおうか」

 

 くるりと男が振り向いて、脱兎のごとく大通りへ駆け出した。

 同時に向こうの瓦礫の山が吹き飛んで、黒い羽衣をまとったリトーが走り出てきた。

 

「やりやがったな。追いましょう! 放っといたら仲間の狩人が騙し討ちされるッス!」

「ああ行こう。……あいつは『聖炎(プラーミャ)』所属か。タルサデューク公に雇われた協力者か?」

「たぶんそうだね。私達を殺そうとしてたし」

 

 ああして孤立気味な狩人を殺し、戦況を業魔側に有利にさせているのだろう。

 放っておけば次の犠牲者が出る。

 遠ざかる赤いローブ姿を追って、獣のように三人は駆け出した。

 

(さっきの名前、妙に聞き覚えがある。アンドリュー・フォーキン。確か……)

 

 記憶のどこかに引っかかる名前だ。石畳の上を駆けながら、クドラクは答えを導き出した。

 ドクロの仮面に赤一色のローブ。間違いない。

 

「『懺悔狂い(ラスカイェニチェリ)』のアンドリューか。最近行方をくらましたと聞いていたが……」

「誰その人?」

「業魔崇拝団体『喰霊会(グルマナフドゥーシャ)』のカルト教祖。拷問好きなカニバリズムサイコ」

 

 楽園国で見かけたら要通報の危険人物だ。手配書が出回っていたのをクドラクも見た。

 そんな人物が……リトーが言うには『聖炎(プラーミャ)』の狩人だと?

 仮にも公直属の狩猟団に属していたのか?

 

「リトーとクルースニクは、奴の正体に気づいていたのか?」

「『聖炎(プラーミャ)』の連中なら顔を覚えているッス。推定黒幕の手先ッスからね。ほぼ全員、各地で暴れているゴロツキッスよ」

「私は悪意を読んだだけだよ。リトー君がなんか自信ありそうだったから対応を任せた感じだね」

 

 頼りになる仲間達である。クドラク一人だと先手は許しただろう。

 感心しながらアンドリューを追っていると、家々の屋根から猿叫の如き(とき)が聞こえた。

 

「「「HOOOOOOOOOOッ!!!」」」

「新手が来るよっ!」

 

 クルースニクの警告と同時に、家々の屋根で何者かの影が立ち上がる。

 水牛の頭骨を被り、獣皮のマントをまとった男達だ。骨でできた巨大な戦鎚を持っている。

 奇妙な蛮人達は通りに飛び降りて、クドラク達に戦鎚を振るった。

 

「「「なめんなァッ!」」」

 

 クドラクとリトーは戦鎚をかわしつつ、蛮人達の土手っ腹に蹴りを叩き込む。クルースニクは回し蹴りで戦鎚ごと敵を蹴り飛ばした。

 「「「HOOOッ!?」」」と叫びながら、蛮人達がめいめい家の石壁に叩きつけられ、ごろごろと地面を転がされた。

 

「今の人達は!?」

「『ミノタウルス一家』ッス。傭兵を生業とする島国の山賊一座。あいつらも『聖炎(プラーミャ)』の狩人で――」

「【月閃(ルニ・スヴェト)五光(ピャーチ)!】」

 

 振り向きざまに指先から五本の赤レーザーを放ち、蛮人達の頭を正確に射抜く。

 彼らは、床に突っ伏した体勢のまま死亡した。

 

「あぁ解説の必要がなくなったッス。ぶっちゃけ覚える価値のある連中は少ないので、全員敵とだけ覚えていればいいッスよ」

「「了解!」」

「……ええい、面倒な手合いに手を出したか」

 

 前方を走るアンドリューがこちらへ振り向き、90°曲がって家の窓ガラスに飛び込む。

 けたたましい音が鳴り響いた。遅れて三人も割れた窓枠に順次飛び込む。

 崩れかけの室内では、死体を解体して弄んでいたコボルド達が呆けたようにこちらを見ていた。

 

【は? なんだ、こいつら――】

「「「おらぁっ!」」」

 

 通り抜けざまに剣と拳を振るって、鎧袖一触と言わんばかりにコボルド達を殺す。

 原型を留めない有り様になった雑魚を捨て置き、慌ただしい足音が聞こえる方向へ。

 階段を三つ飛ばして駆け上がり、部屋の窓枠から家の屋根によじ登った。

 アンドリューは家々の屋根を渡って逃げている。

 

「屋根の上を飛んで逃げる気か」

「うおっ……上空やばいっスね」

 

 リトーが見上げる先には、雪降る中でも空を飛ぶ巨影があった。

 あのコウモリじみた翼を持つ姿は、現世には既にいないはずの種族――ワイバーンだ。

 (ズメイ)の末席たる彼らは、純粋な身体能力で他種を圧倒している強者だ。

 

(……あれが(ズメイ)。初めて見る。ワイバーンは竜種の中でも位が下らしいが、それであの威圧感か)

 

 なにぶん現世に来る事例が少ない種族のため、戦闘スペックは未知数だ。

 などと考えていたら、別の業魔達が上空からこちらへ急降下しているのが見えた。

 【タスケテ!】とけたたましく叫ぶ、ロック鳥のごとき砂色の怪鳥――ハルピュイアだ。

 

「あいつら普通に飛んでるね。この雪が効かないのかな?」

「呪いでバリアを張ってるかもしれないッスね。【黒旋風よ吹け。一切を衝破せよ!】」

 

 屋根の上を走り渡りながら、リトーがハルピュイアの群れに衝撃波を送る。

 三人にダイブ攻撃しようとしていた個体は爆散し、後続の連中も慌てて回避する。

 

【【【タスケテ! ゴハン! イヤーッ!】】】

 

 ハルピュイア達は目をぎょろつかせ、甲高い悲鳴のような詠唱で音波レーザーを放ってきた。

 超音波は自分達の身をかすめ、建物をチーズケーキのように切り分けていく。

 前方で屋根を飛び渡るアンドリューの背中も、超音波で袈裟懸けに切り裂かれた。

 

「グゥッ――猿真似しかできん鳥どもが」

【コロシテ! コロシテ!】

 

 鮮血が飛び散るが、男は構わず逃走する。

 その背中へ一部のハルピュイアが肉薄し、大口を開けて頭部を食いちぎらんとする。

 

「えっ同士討ち?」

「同士討ちだがまずいな。【月閃(ルニ・スヴェト)!】」

 

 ハルピュイアとアンドリューに向かって、紅いレーザーを二条放つ。

 アンドリューはハルピュイアの首根っこをつかみ、共に横っ飛びして二条のレーザーを回避。

 そのまま怪鳥の首根っこに鉄条網をくくりつけ、流れるように背中に飛び乗った。

 

「行け! 私を乗せて!」

【イタイ! イタイ! イタイ!】

「……ちっ、やっぱりこうなったか」

 

 痛みで半狂乱になったハルピュイアが急上昇し、アンドリューを乗せて夜空へ昇りはじめた。

 クドラク達は舌打ちして急停止し、自分達を追ってくるハルピュイアをにらみつける。

 

「僕達も同じことをして――ッ!?」

 

 こちらを追いすがるハルピュイア達が、超音波レーザーを口から放とうとしている――その後方にクジラのごとき巨影がさしていた。

 翼を広げたその威容。燃えるような蛇の瞳。ヤギのごとき黒い双角。真っ赤な大口。

 先ほどまで空中を飛んでいたワイバーンが、一口にハルピュイア達を喰った。

 

【【【ギャアアアアァッ!?】】】

 

 口の端からハルピュイアの悲鳴が漏れる。

 そのままワイバーンは巨大な翼を打ち振るい、家一件ほどもある巨体を持ち上げる。

 それだけの動作で暴風が発生し、石造りの家々をなぎ倒し、三人を吹き飛ばそうとする。

 

「「「うぐううううっ……」」」

 

 必死に屋根にしがみつき、ひとときの嵐に耐える。屋根瓦が頭上を飛んでいく。

 見上げると、巨体を持ち上げたワイバーンは、男を乗せたハルピュイアへ向かっていく。

 大口をがばっと開いて、夜を引き裂かんばかりの極太の火炎を吐き出した。

 

「ぐおおっ熱ァァァッ!?」

【アツイ! アツイ!】

 

 業火に飲まれた者達が、流れ星のように燃え盛りながら彼方へ滑空していく。

 あの方向には目的地の建物があったはず。図らずも激戦区に追いやられたようだ。

 しばらく三人は呆然とそれを見送った。

 

「……む、無茶苦茶な状況ッスね……あいつらに協調性ってものは無いんスか?」

「めっちゃ同士討ちしてるよね。いっしょに人間を狩りに来たんじゃないのかな」

「そのエサがもういないからな」

 

 数が多いうえに弱っちい獲物――市民がいるなら狙いはそちらに集中しただろう。

 もうこの街の人間は狩人と巫女だけだ。必然的に狩りやすい獲物は同じ業魔になる。

 冥府で行われている熾烈極まる食物連鎖、その一端が地上に顕現している。

 

「業魔とて一枚岩じゃない。エサになりそうな奴なら誰かれ構わず食うって奴もいる」

「あのワイバーンもその手合いってこと?」

「そうだ、ワイバーン!」

 

 慌ててリトーが頭上を警戒する。次は自分達が狙われる可能性が高い。

 ワイバーンは星空をさえぎりながら飛びつつ、こちらに視線を向けていた。

 燃えるような蛇の瞳がクドラクを見つめる。しばし視線が交錯した。

 

(……こちらに敵意は無いようだが……)

 

 やがてワイバーンは前を向いて、翼を打ち振るって急上昇した。

 遠ざかっていく姿を見上げるクドラクの袖を、クルースニクが引っ張る。

 

「私達に害はなさそうだよ。とりあえずあの火だるま共を追おう。……さっきの攻撃でも死ななかったし、燃えて死ぬタマじゃないでしょ」

「わかった。……奴が向かった方向には、例の鉄工ギルドホールがあるな」

 

 クドラク達は大通りへと飛び降り、火の玉が向かった先へ急いだ。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 アラク=マハの鉄工ギルドホールは、数十年前の大禍で倒壊しなかった数少ない建物の一つだ。

 その建築様式は複数の時代のものが渾然一体となり、石造りの重厚な外観で調和している。

 復興以来、その巨大な建物は「英霊広場」の正面に鎮座して街を見守ってきた。

 

 数々のアーティストが寄贈した彫像が並び立つ、石畳と噴水の広場にクドラク達は着いた。

 ギルドホールを守るようにバリケードが築かれているが、そこに人気は一切ない。

 建物内部からは激しい戦闘音が聞こえる。

 

「……死体が少なすぎる。ここの防衛側が人間陣営だったのなら、もっと死体が多いはずだ」

「どういうこと?」

「ここの防衛側が業魔陣営のもので、雪が降り始めたから屋内に退却したように見えるんだよ」

 

 木組みのバリケードなどを過ぎながら、扉が打ち壊されている入り口から中に入る。

 月光しか光源のない広大なホールには、各工房の作品が卓上や壁に並べられている。

 ここは商店スペース。各工房の作品を一まとめに販売しているところだ。

 

 ここは鍋やハンマーなどの日用品が並べられており、武具は別の場所で売られるようだ。

 部屋を見渡していると、ホール前方の通路からどたどたと何者かがこちらへ走ってきた。

 

「そこで止まれ! 何者か!」

「ゴロツキだったら殺しますよ! 投降しても!」

 

 闇から姿を現したのは、煤にまみれた白い修道服を着て、白いヴェールを被った五人の女性達。

 ゼムリアの巫女部隊――味方側だ。

 殺気と武器を向けられたので、クドラク達は両手を上げて敵意が無いことを示した。

 

「そちら側の助太刀に来ました。名前は――」

「あれっこの人例の男の子です!」

「味方ですか! 今すぐこっちに来てください! 上階の敵を食い破りますよ!」

「……え? え?」

 

 巫女達のうち二人は反転して、通路の闇へ駆け去っていく。

 クドラク達の人相が共有されていたのか、素早い状況判断だった。

 後に残された三人の巫女が、反転して去った二人を呆然と見送る。

 

「えっ身元確認しなくていいっての? マジでガバガバだなこいつら――」

「馬鹿、余計なこと言わないの! 早く行くよ!」

 

 口を滑らせかけた金髪くせ毛の褐色少女を、白髪おかっぱ頭の色白少女がひっぱたく。

 茶髪をひとつ結びにした無言の少女と一緒に、三人は廊下の奥へ駆けていった。

 クドラク達も顔を見合わせて、少女達の後を追いはじめる。

 

「……あの子達……」

 

 ぼそりと横でクルースニクが呟く。横に目をやると、慌てて少女は笑みをつくろった。

 

「ああいや、なんでもないよ。……私のカンだと、二階から混戦状態だから気をつけてね」

「「了解」」

 

 三人して階段を駆け上がった先は、返り血や破壊の痕跡にまみれた二階廊下だ。

 右方からゾンビ兵士の群れが走り出てきた。

 階段を出たばかりのクドラク達を視認し、剣を抜き放ちながら飛びかかってくる。

 

【新手だ! 食え!】

「【三日月宝剣(レズヴィエ・ルニ)!】」

【グアアアアァッ――!】【ヒギッ――】

 

 指を鳴らして赤い斬撃波を放ち、ゾンビ達を両断しながら吹き飛ばした。

 そのまま薄暗い廊下を走る。あちこちの部屋から怒号や(とき)が響き渡っている。

 

【シネぇえええアバズレ共ぉオオオオッ!】

「お前がなッ! 囲め!」

「こっちの部屋はクリアしました! 次は――」

【殺せ! 殺せ! 殺せ!】

【援軍がこっちに来たぞ! クソアマ共を――】

「させませんの!」

【GRRRRRRRRッ! 喰ワセロォオオッ!】

 

 壁の一部が吹き飛んで、獣人のごとき業魔が巫女と取っ組み合いをしながら廊下に躍り出る。

 

「ぐうっ、この……!」【カアアアッ!】

 

 地面に組み敷かれた巫女が、マウント状態からの拳を二度喰らった。

 業魔が振り上げた三度目の拳が、巫女に駆け寄ったクドラクによって切り飛ばされる。

 

【ギャッ――!】「失礼」

 

 そのままクドラクは業魔の頭部をつかみ、トマトのように両手で押し潰した。

 首なし死体が虚空に消える中、クドラクは怪我を負った巫女を急いで起こす。

 

「大丈夫ですか?」

「た、助かりました……援軍ですか? ここはいいから三階を! 向こうが苦戦してます!」

 

 傷だらけの女性が天井を指差す。瞬間、前方通路の天井が爆発で吹き飛んだ。

 建物が揺れる衝撃とともに、廊下内に業火が吹き荒れ、開いた穴から死骸が落ちてくる。

 死骸のいくつかは巫女の焼死体のようだ。

 

【穴を開けたぞ! ここから裏取りよ!】

【ヒャッホォオオオオッ!】

 

 穴から身を躍らせてきたのは、道化じみた山羊角の業魔――デーモンの小隊だった。

 後方のクルースニクとリトーが駆け出して、着地姿勢のデーモン達を蹂躙しはじめた。

 

「「おらあっ!」」【ウオオーッ!?】【オオッこんな強敵――ガッ】【ばああああああっ!】

 

 最後の一匹がクルースニクに窓へ投げられ、けたたましい破砕音を立てながら落下する。

 遠からず外に降る雪で死ぬだろう。

 クドラク達は天井の穴へ近寄り、ジャンプ一つで上階に身を躍らせた。

 ちょうど穴へ寄ってきた業魔達と鉢合わせる。

 

【狩人だ!】

【待て待て待て待て! こいつはどっち側だ!? 俺らの側なのか!】

【こいつら混血(ドレカヴァク)だ! 俺らの側だ!】

【えっじゃあカーミラの手勢じゃ――だって俺らコシチェイのクソに誘われて……】

「ごちゃごちゃうるさいッスよ!」

 

 混乱しきった様子の業魔達へ、リトーが大曲刀をぶん投げる。回転する刃が全員両断した。

 断末魔を上げながら虚空へ溶ける横で、クドラクは二人をじっと見つめる。

 

「…………。あぁ僕が原因か」

「どしたの?」

「なんで『混血(ドレカヴァク)』ってバレたのか疑問だったけど、僕の目がヘビのままだった。【影よ踊れ。我が瞳に被り物をしろ】」

 

 両目を閉じてまぶたに指を当てると、黒いもやがまぶたから漏れる。

 クドラクが目を開けた時には、そこにはヘビの瞳――ではなく、赤く丸い人間の瞳が両目にあった。

 

「どうかな、妙なところない?」

「ないない。リトー君も……大丈夫そうだね」

「奴らはなんであんなにテンパってたんスかね? 手前らを即攻撃したらよかったのに」

 

 ひゅんひゅん風音を立てて戻ってきた大曲刀をキャッチしつつ、リトーが不審がる。

 似たような光景を、クドラクはこれまでの任務で目にしたことがあった。

 

「内紛が起きたな。敵が二つに分かれた。それに従って敵に加担していた狩人達も仲違いした」

「内紛ッスか……?」

「おそらく祭りを始めたカーミラの手勢と、統制を取りたいタルサデューク公が争いはじめた。こうなると業魔達は誰が味方かわからなくなる」

 

 元々は単純な計画だったはずだ。

 業魔側はただ人間を狩ればよく、その背後で『聖炎(プラーミャ)』が暗躍して巫女達を狩る計画。

 そのはずが、他の業魔やゴロツキがカーミラと公のどっちに属しているか判断する必要が生じた。

 

 加えて、ここの連中は建物に立てこもって――つまり雪に追われて屋内に逃げ込んでいた。

 その逃げ場を巫女達に蹂躙され、外に出ても中にいても死ぬという鉄火場に放り込まれている。

 混乱の極みにあるのもうなずける話だ。

 

「今回の場合、民間人は初期段階で避難しているのと、カーミラが突発的に計画を早めたのが、混乱を助長してるんだろうな」

「後で業魔を何匹か捕まえて、今の状況を尋問したほうがいいかもね。……あっちがきな臭いよ」

 

 クルースニクが指差す方向へ、業魔を蹴散らしながら三人は走る。

 三階部分はギルドの集会所があるようだ。定例会などはここの会議室で行うのだろう。

 その中の一つ、「議場」とルームプレートがある入り口に一行は飛び込んだ。

 

 テーブルや椅子の類が全て砕け散った、ただ広いだけの虚無空間の中で――。

 カラス頭の鳥人めいた業魔が率いる軍勢と、巫女の軍勢が衝突していた。

 

【クソクソクソがッ! 俺の『作品』をよくも! 病気にしてやるぞ売女共がッ!】

「汚ない病原菌撒き散らしてんじゃねーですわ、ドブガラス野郎が! 駆除しますわ!」

「瘴気に気をつけて! 病気になるわ!」

【エサ風情がよォシネエエエッ!】

【ギギギッ――侵食ノ雲ヨ! 飲ミ込メ!】

 

 二個小隊ほどの巫女達が、スケルトンやコボルドなどの混成軍前衛を抜こうとする。

 その横合いからゾンビが斬りかかり、後方からゴブリンが蟲の雲を放って援護する。

 一番後方にいるカラス鳥人型業魔は、半狂乱になりながら黒い瘴気球を投げまくっていた。

 

「砲列構え! 【御禊祓(みそぎはらへ)(たま)大神(おおかみ)よ!――】」

【やらせるかアアッ! 悪血爆弾(クラヴァーヴァヤ)!】

「いったん避けろ! 瘴気に触れると死ぬぞ!」

【ガギソン! 腐肉袋を持ってきたぞ!】

 

 議場の向こう側にある窓枠から、ゴリラじみた二本角の業魔がよじ登ってくる。

 俵のように担いでいるのは、風船のように膨れ上がった人間の腐乱死体だ。

 服装から察するに一般人――「死傷者一割」の中の一人といったところか。

 

【おおっ投げろサスカッチの! この建物ごとまとめて疫病ファックしたらァ!】

「誰かあのゴリラを止めて!」

【止めさせるかバカがてめェらまとめて――】

「【白き月よ来たれ! 閃光よ放て!】」

 

 クルースニクが手を突き出し、白いビームをゴリラ風業魔めがけて放つ。

 勢いよく投げようとしていた業魔は、肩の腐乱死体ごと上半身を消し飛ばされた。

 部屋内の視線がこちらに突き刺さる。クドラク達は得物を抜いて駆け出していた。

 

【ああッ!? クソがぁぁあ増援かあああッ!】

【おいマジかよ!】

「助太刀します。中央を開けて!」

「……わかりました!」

【かかれ! これ以上のクソはこりごりだ!】

 

 巫女達が左右に散り、中央を守っていた連中が三人に向かって押し寄せてくる。

 当然、剣と拳で応戦する。袈裟斬り。横薙ぎ。小手。ラリアット。首狩りチョップ。

 敵前衛を鏖殺しつつ、速度を緩めないままゴブリンとカラス型業魔「ガギソン」に接敵した。

 

【ウォッ強スギ――】

「せやっ!」「覚悟ッス!」

 

 とどめとばかりにクルースニクとリトーがゴブリン達に切り込み、チョップと斬撃でまとめて首を刎ね飛ばした。

 残るはガギソン一人。クドラクが迫る。

 

「敵将と見た! その命貰い受ける!」

【なぁめるぅなああッ! 灼欄(しゃくらん)増悪(ぞうあく)乱壊(らんえ)せよ! キキルギルギルギリリリィ――『大蝕焔(シュマァグニ)』ッ!】

「【月天宮(ルニ・フォルト)ッ!】」

 

 ガギソンが赤黒い特大瘴気を周囲に展開する。赤いバリアを全周囲に張ったクドラクが飲まれる。

 がりがりとバリアが削られる嫌な音。巫女達の会話内容から察するにバリアが割れたら死ぬ。

 ガギソンがバリアにつかみかかる。

 

【その盾ぶち破れば、てめェはグズ肉だァーッ!】

「【爆ぜろ!】」

 

 その瞬間、赤いバリアが閃光とともに爆発する。意表をつかれたガギソンが衝撃をもろに受ける。

 【あばっ!?】赤黒い瘴気が一瞬散らされる。クドラクの剣が閃光のようにひらめいた。

 ガギソンの体に――いくつもの線が刻まれる。

 

【ぐあらばあああぁっ!?】

 

 ずるりと断面がずれて、ガギソンはバラバラになりながら地面に崩れ落ちた。

 途端に周囲の瘴気も霧散する。

 頭以外のパーツは虚空に溶けて消える。残った頭部にクドラクは剣を突きつけた。

 

「言い遺すことはあるか」

【……く、クソが……食い放題パーティーだって聞いたのに……全然違うじゃねえか……テメェら皆病気になりやがれ……カハッ】

 

 とどめを刺すまでもなく、ガギソンは白目を剥いて力尽きた。頭部が虚空へ溶ける。

 一瞬の静寂。遅れて巫女達が事態を理解し、ぱちぱちとまばらに拍手をしはじめた。

 

「「「……おおーっ……」」」

「あの病気ガラス共をこうも簡単に……」

「瘴気にあそこまで突っ込むとは……命捨てがまってますね……」

「貴方方のことは本件の協力者と伺ってます。助太刀ありがとうございました」

 

 巫女の一人が進み出て、ぺこりと頭を下げる。三人も同じように会釈した。

 

「いえ、お気になさらず。それより早く館内の他の敵を殲滅しましょう。ご一緒します」

「ありがたいお話です。ではこちらへ――」

「――ちっ……ガギソンめ。もう死んだのか。使えぬトリ公めが」

 

 入り口の方向から忌々しげな舌打ちが聞こえた。部屋の前に赤一色の男が立っている。

 煤けたローブにドクロの仮面……先ほど追っていたアンドリュー・フォーキンだ。

 クドラク達が巫女の前に出て、得物を構える。

 

「この建物の方向に飛んでいったと思ったが、やはりここに着いたか」

「その口ぶり、もしや私を追ってきたのか。念の入ったことだ。(ズメイ)に燃やされた時点で死んだものと思って欲しかったが」

 

 アンドリューが面倒そうに嘆息し、懐から太陰太極図めいた赤白のタリスマンを取り出す。

 対する巫女は殺気だって得物を構える。

 

「アンドリュー・フォーキン。指名手配犯か。お前らの人相はもう出回っているぞ」

「クドラク様はこの男をご存知で?」

「味方面したこの男に刺されかけました。放置できなかったので追ってきました」

「そう人の悪評を流すものではないぞ」

「余裕ぶるな。この人数相手に立ち回るつもりか。初手で僕達から逃げた男が」

 

 初遭遇時に見た敵の特性は、「鉄条網の操作」と「斬られても死なない不死性」だ。

 ねばり強く戦闘できる特技を持っているようだが、この多勢をくつがえせるものではない。

 

「私が立ち回るのではない。……タルサデューク公からの依頼には、狩人と巫女の数減らし以外に、敵陣地への兵器投入もあってな」

 

 アンドリューがタリスマンを握りつぶす。手の内からドス黒い瘴気が漏れる。

 そのまま敵が手を開くと、拳大のブラックホールが空間に留まっていた。

 

「それを今お披露目しよう。【暗月よ開け。エサの時間だ。這いずりいでよ、ヘカトンケイル】」

 

 ――ブラックホールが音もなく広がる。

 その縁を無数の手がつかみ、虚空に爪を立て、黒暗を大きくこじ開ける。

 中からずるりと闇が這い出る。闇の全身は無数の腕でおおわれていた。

 

 巨大な右腕が闇から引き出る。続いて上体を。左腕を。腰を。両足を引き摺り出す。

 全身にゆらゆらと黒い腕が生えた、海藻の塊のごとく不恰好な首なし巨人が――瘴気を散らしながらゆらりと起き上がった。

 議場の高い天井に頭がつくほどの巨体から、ぼとりぼとりと腕が地面に落ちる。

 

(……『暗月』? 僕達と同じ呪詞だと? いや、それよりこの巨人は……まさか――)

「クドラク君、ヘカトンケイルってまさか――」

「ヘカトンケイル!? 死んだはずでは?」

「二十年前の巨人!」

 

 巫女達の一部が過剰反応した。闇の巨人の後ろでアンドリューが踵を返す。

 

「私の仕事は終わった。次の場所に向かうとしよう。貴様らはここで死んでくれよ」

「逃すと思うか!?」

 

 廊下の闇へ駆け出したアンドリューの背中を、クドラクが追おうとする。

 その進路に大木のごとき巨腕が叩きつけられ、体表の腕がわらわらとクドラクに伸びる。

 危うく後ろに飛びすさり、二人と肩を並べる。

 

「クドラクさん、ヘカトンケイルとは?」

「二十年前にこの地を襲った災厄級業魔。その別個体だろう。しかし……」

 

 クドラクは眉をひそめる。

 

(こいつ、タルサデューク公の家族の仇と同じ種族じゃないのか。普通そんな奴を使うか? 見てて気分が悪いだろうに……)

 

 公の心理は解せないが、思考を巡らせている暇はない。命の危険が眼前にある。

 今、ヘカトンケイルは無数の手を突っ張り、虚空へおぞましい叫び声を上げはじめたのだから。

 

 





TIPS:ハルピュイア

 猛禽めいた鳥型業魔。人の会話を模倣した鳴き声を上げ、獲物をお引き寄せているつもりの捕食者。
 実際は理解できる言葉が単語だけのため、ハルピュイアの模倣を看破するのは至極容易。
 見た目は大きな鳥でしかないが、時折、人皮を被って擬態を試みる個体もおり、そう言う時は半人半鳥に見えなくもないという。

 「オウムみたいでかわいい」と西方邪教圏の権力者からは人気が高く、ペットとして飼われる個体も多い。
 貴族向けハルピュイア専門服飾店の流行や、ハルピュイアのみで構成された楽団の創設など、その人気は止まることを知らない。


TIPS:ガギソン

 カラスの鳥人めいた大業魔。『熱病嵐の呪い』を持つ疫病の運び手にして捕食者。
 城塞都市に熱病をはびこらせ、一気に魂を喰らうつもりでワクワクしながら入場した。
 実際は、数人殺した段階で『白樺の路』が発動し、獲物が消えた地獄に投げ出されることに。
 カオスな状況に翻弄されながら死を迎えた。
 
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