『血塗られた月のクドラク』〜余命わずかな病を克服するため、闇の王へと堕ちる話〜   作:人見 広介

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8-3:終わらぬ夜祭のアラク=マハ③

 

 

 

 雪降る街にくすぶる炎。煙の柱が各地で昇る。髪をなでる風には煤の匂いが混じる。

 こちらに向かってくる業魔を狩り続けながら、はぐれた仲間を探し続ける。

 氷の粒子できらめく冷気をまといながら。

 

(――102番映像……違う、これはクルースニク達じゃないわね。まだ端末の映像網に引っかかっていないか)

 

 通りを走る自分――ニーナの前方で、家の壁を吹き飛ばしながら巨体が通りに躍り出る。

 ボロボロの布を雪除けとして身にまとった、体高5mほどの毛むくじゃら獣巨人。

 類人猿めいた業魔トロールの一体だ。

 

【グルおォオオッ! 叩き潰す!】

「失礼。関わってる暇ないのよ」

 

 こちらに伸ばされた手を斬り捨て、すれ違いざまに手首の断面にそっと触れた。

 

「【雪風(メチエリ)】」

 

 ひゅうっと零下の冷風が吹き、トロールの巨体を取り巻く。

 瞬間的に敵が凍結した。

 キィイイイン――と超自然の高音がひびくと共に、毛むくじゃらの巨体が真っ白に染まる。

 氷の彫像に構わず先を急ぐ。

 

(205番映像……見つからないわね。こうも状況が錯綜してると、敵の情報網を逆手に取るやり方も通用しない。端末数に任せた情報網を作るにも、この街にある端末が少なすぎる)

 

 ニーナの情報収集能力は事前準備に依存する。端末数が多いほど得られる情報も多い。

 この街にある端末は少ない。この騒動自体が予期せぬものだったからだ。

 どうしても情報網に漏れが出てくる。

 

(ハルピュイアとかの鳥型業魔につけた端末で、航空映像を確認してるけど……これは全体をざっと把握するには向くけど、人探しには使えない)

 

 しかたない。今ある物でできることをやる。

 街の戦況はわかるのだから、「味方がどこに集中しているか」も当然わかっているのだ。

 

(方針転換しましょう。巫女か狩人のどちらかに合流すれば、たぶんあの子達に合流できるはず)

 

 クドラク達が騒動を鎮圧する最短の方法は、巫女や狩人側に助力することだ。

 今、この騒動で組織力を活かした情報網を維持できているのは、ゼムリアの巫女だ。

 彼女らに手助けし、クドラク達に引き合わせてもらうのが最もよい。

 

(この辺の激戦区は……へぇ、まだ倒壊してない教会があるのね。そこで大物が暴れていると)

 

 脳内で航空映像を確認し、大通りを左に曲がって目的地の教会へ向かう。

 鉢合わせた業魔の徒党が近寄ってくるのを、片っ端から凍結させていく。

 十匹。二十五匹。群れを順繰りに殺すうちに、五十匹めで目的地に到着した。

 

(見えた。あの業魔は見たことないわね)

 

 結界に覆われた教会前の交差路の前で、闇が凝縮したような巨人が暴れている。

 仕留めようとする狩人・巫女混成部隊を牽制し、結界に腕を叩きつけようとしている。

 

 異様に両腕が肥大化した首なし巨人――いや、首部分の膨らんだ箇所に巨大な単眼あり。

 マゼンタ色の邪眼が狩人達を見据えると、うち一人の肌が音を立てて爛れた。

 悲鳴を上げる間もなく犠牲者が倒れ込む。

 

「くそっセルゲイが!」

「にらまれたら盾を構えるのを忘れないで! こいつの邪眼は中々効くわよ!」

 

 邪眼――カトブレパスの『爛れ目の呪い』と同じ攻撃をしてくると見た。

 ニーナは闇の巨人にむけて駆けた。

 

「ねえ、私とも遊んでくれないかしら」

【オオオオォォ……!】

 

 巨人がこちらへ振り向く。マゼンタ色の一つ目がニーナの姿をとらえる。邪視が来る。

 第六感の警鐘を頼りに、邪視に乗って来る「不可視の死」を予感で捉えながら――。

 

「【銀嶺の花を手向けましょう。鏡よ来なさい】」

 

 きらめく氷の粒子が寄り集まり、自分の前に鏡を作る。邪眼から身を隠すように。

 ビシリと鏡が割れると同時に、黒い巨人の一つ目が勢いよく爆散した。

 邪視を鏡で跳ね返したのだ。

 巨人が眼窩を押さえて咆哮を上げる。その時には相手の膝下に潜り込んでいた。

 

「【乱れ時雨(クルシグラード)】」

 

 突き出した手から雹の散弾を放ち、巨人の腹に風穴を開けた。瘴気の血霧が吹き出る。

 風穴から血肉じみた内部が見える――ふとニーナは怪訝がる。

 風穴の断面がゲルじみた何かに満たされ、そのゲル内部に所狭しと業魔が詰め込まれている。

 

(……業魔の寄せ集めを固めている。誰かに造られたような感じね。製作者は誰かしら)

 

 分析する一瞬の隙を突いて、断面から何かがニーナの顔面に飛んできた。

 とっさに頭を逸らしてバック転。飛び出してきた何かを距離を取って観察する。

 その何かは、ハルキゲニアじみた棘と体節を無数に生やしていた。断面でうねうねうごめいている。

 

「貴女は協力者の――大丈夫ですか!?」

「こいつは指名手配犯の……!」

「馬鹿、もう指名手配は取り消されているだろ! 連続殺人は冤罪だって話だぞ!」

「この方は協力者です! 味方ですよ!」

 

 ニーナを見た狩人が一瞬だけざわつくが、巫女に連れられてこちらに近寄り、体勢を立て直す。

 

「その寄生虫もどきに気をつけろ! 人や業魔の魂に寄生できるらしい!」

「一撃喰らえば、あの体内に引き込まれるぞ!」

「……へぇ? あいつが核になって、業魔共を寄せ集めているってことかしら」

 

 巨人の腹に空いた風穴がすぐに埋まり、その分だけ巨躯が少し縮まった。

 体の部位を風穴に持ってきたのか。もう寄生虫のような業魔はどこにも見えない。

 

【オオオオォォ……侵食ノ 雲ヨ。NI苦グサれの 黒雨を降ら セヨ】

 

 途切れ途切れの呪詞を巨人が唱える。その黒い表面にブツブツと蟲らしき何かが生じる。

 たちどころに蟲達は雲のように飛び立ち、わんわん羽音を立てながら迫ってきた。

 

「あれってゴブリンの呪いでしょ? それに最初の邪視はカトブレパスの呪いだった」

「体内に引き込んだ業魔の呪いを使えるようです。こんな業魔は初めて見ました」

「蟲どもを焼け! 再度攻撃を当てるぞ!」

 

 正体不明の巨人が放った蟲をかわし、手当たり次第に蟲達を蹴散らす。

 そのまま巨人に肉薄しようとして……。

 

 キィ――と扉を開く音ともに。

 巨人の後ろに見える教会から、何者かが出てきた。

 何の変哲もない白い修道服を着た、至って普通の巫女のように見える。

 

(……へぇ? あの人……)

 

 淡緑色の髪をストレートに伸ばした、翠色の瞳を持つ少女だった。

 絹のように白い肌が月光に映え、白いローブと神秘的な調和をもたらす。

 何の変哲もないはずの娘は、遠目でもわかるほどの鮮烈なエネルギーのオーラをまとっていた。

 

(……父さんから聞いたことのある人相。まぁ当然にこの騒動に出てくるわよね)

 

 ニーナは攻撃をやめ、巻き込まれまいと巨人から距離をとる。他の狩人がこちらを見る。

 

「どうしたんですか――うわっ!?」

 

 巨人から目が逸らされた瞬間、音もなくまばゆい閃光が辺りを染める。

 視界が金色に染まる。

 無音でまたたく閃光。やがて唐突に止む。元の灼けた夜景が戻ってくる。

 

「一体何が……」「これは?」

 

 狩人達は混乱しながら周囲を確認して、ふと巨人がいた辺りを見つめた。

 不恰好な影のみが石畳に焼き付いている。冥府に溶ける残骸すらも残されてはいない。

 ……あの黄金の閃光に焼かれたようだ。

 

(父さんから聞いたことがある。楽園国の大騒動では必ず陣頭指揮を執る少女。『聖林』の奥深くから化身だけ遣わす地母神の代理人……)

 

「パラスケヴァ様! 御体が――」

「化身が再生されたのですね!」

 

 歓喜する巫女達に向かって、少女は人差し指を唇を当ててみせる。

 巫女達の横にいる狩人達は、やっと教会前の少女の存在に気付いた。

 彼らは彼女のことを知らないはずだ。普段の彼女は御簾の向こうの人でしかない。

 

「……巫女様方の増援かね」

「今の威力、ずいぶん腕が立つようだぞ」

「ぷっ」

 

 素っ頓狂な物言いに噴き出す。

 「腕が立つ」。それはそうだろう。四百年前の大乱で一人だけ生き残った猛者なのだ。

 少女はこちらまで歩いてきて、花が咲くようなほほ笑みを浮かべた。

 

「横槍を入れてすいません。巫女兵のパラスケヴァと申します。協力者の方々ですね。間もなく反抗作戦が始まりますので、こちらで待機してください」

 

 『楽園公』パラスケヴァ・ピャトニッツァ。噂によればクドラクの後見人だった少女。

 その化身の一つが、偽りの身体で参戦した。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 同時刻。ヘカトンケイルが壁に腕を突っ込みながら、巫女達にラリアットを仕掛ける。

 瓦礫を散らしながら迫る死を前に、大半の巫女達は床に伏せて回避。

 逃げ遅れた一部が血霧と化して消える。

 

【オオオオオォォォォオオッ!】

「くそっこれでも――こっ!?」

 

 横合いから反撃を仕掛けた巫女が、裏拳一発で壁に吹き飛ばされる。

 

【ARGHHHHHッ!】

 

 壁からもぎ取った瓦礫をヘカトンケイルが投げ、遠くの巫女を礫の散弾で撃ち抜いた。

 そのまま張り手で一人殺し、両拳を打ち下ろして二人を地面に沈める。

 とどめに真後ろを向かんばかりに上体を捻り、渾身の極音速ストレートを前方へ放つ。

 

「おらあっ!」

 

 対する少女の鉄拳が、空気を圧縮するヘカトンケイルの拳を撃ち抜いた。

 白い閃光が走り、衝撃波が床を引っ剥がして、風に抗う巫女達の足元をすくっていく。

 ヘカトンケイルの拳は――粉々に砕けていた。

 

「へなちょこパンチじゃん……! 殴るのは得意でも殴られるのは苦手だっての!?」

 

 打ち砕いた拳の主は、獰猛に笑うクルースニク。その傍を二つの影が過ぎ去る。

 風をまとう影が大曲刀を風車めいて廻し、砕かれたばかりの腕を輪切りにする。

 とどめに黒マントをはためかせる影が、巨人の両脚を剣閃とともに両断する。

 クドラクとクルースニクだ。

 

「怪我はないかクルースニク!」

「へーき。このままぶちのめそうよ!」

「【黒旋風よ吹け。暴風の鉄槌を下せ!】」

 

 虚空をもぎ取るようにリトーが手を振ると、ヘカトンケイルの上体が吹き飛んだ。

 轟音とともに巨体が壁に叩きつけられ、大きな亀裂を石壁に生じさせる。

 絶叫を上げながらヘカトンケイルが壁のクレーターでもがく、その瞬間にクドラクとクルースニクが上半身へ飛び上がる。

 

「【砕月(ルニ・クラフ)!】」

「【白き月よ来たれ! 我が足に光を!】」

 

 互いに赤と白のエネルギーをまとわせた足で、同時に上半身へ回し蹴りを叩き込んだ。

 

「「食らえッ!」」

 

 赤と白の閃光とともに、ヘカトンケイルが壁をぶち抜いて吹き飛ばされた。

 いくつかの壁を抜きながら、ごろごろと別の部屋を転がっていく。

 とどめとばかりに巫女達が壁の穴へ走り寄り、突き出した掌から極太ビームを放った。

 

「「【御禊祓(みそぎはらへ)(たま)大神(おおかみ)よ! 生命の奔流を放て!】」」

 

 太陽光じみたレーザーが十数本も放たれ、倒れ伏したヘカトンケイルの体を射抜く。

 じゅううと音を立てて体が溶ける。ヘカトンケイルの上半身がおぞましい絶叫をあげる。

 

「このまま畳みかけましょう!」

「「【御禊祓(みそぎはらへ)(たま)大神(おおかみ)よ! 大地の楔よ打て!】」」

 

 巫女達が手を挙げると、床を割って伸びてきた数本の杭がヘカトンケイルの体を貫く。

 巫女達はビームを中断し、獲物を追う肉食獣のような速さでヘカトンケイルに走り寄る。

 

(……『母なる大地の呪い』。ゼムリアの巫女は全員同じ呪いを得る。デーモンと同じく複数人で呪いを増幅しあう)

 

 リトーとクルースニクといっしょに壁の穴を越え、巨人と戦闘中の巫女達へ近寄る。

 

(連携を乱されると実力は半減するが、連携が取れた時の火力はすさまじいものがある。個々の実力に頼るしかない狩人にはない強みだな)

 

 杭打たれたヘカトンケイルが暴れるが、巫女達は共同でバリアを張って拳を弾く。

 光の膜を塗って杭やレーザーが飛び交い、急速にヘカトンケイルの体を削り取る。

 進退極まった巨人は、串刺しされた部分を自切しながら天井に飛び上がった。

 その体に黒いモヤがまとわりつく。大技が来る。

 

【ルォォォ……千ナル神ノ手(トゥイスィチェルーキィ)……!】

「「「【御禊祓(みそぎはらへ)(たま)大神(おおかみ)よ! 大地の加護よあれ!】」」」

 

 破裂音とともにヘカトンケイルの体表が爆ぜ、無数の黒い手が全方位に撒き散らされる。

 巫女達が合唱すると地面からバリアが立ち上り、黒い手の大半をシャットアウトする。

 バリアが間に合わなかった手の一部が、わずかな巫女達の首に取り付いた。

 

「こっ――かっひゅっ……!」

「引き剥がせ!」

「誰か手を潰すのを手伝って!」

「こっちの部隊はバリアを維持しろ! これ以上手を入り込ませるな!」

 

 バリアに阻まれた手が、がりがりと光の壁をかき続けている。巫女達は防御で手一杯だ。

 一方、リトーはクドラク達の前に出て、大曲刀を風車のように振り回す。

 手の津波が細切れに裁断されていく。

 

「【黒旋風よ吹け! 竜巻をぶち込め!】」

 

 風をまとっていた大曲刀の回転から、横向きに竜巻がヘカトンケイルへ伸びる。

 天井に爪を立ててぶら下がっている巨人は、猿のごとき器用さで竜巻を避ける。

 その体表から黒い手がわさっと生え、水中の海藻めいてゆらめく。次弾が補充されたか。

 

「【解放しろ!】」

 

 瞬間、竜巻が勢いよく膨張し、鎌鼬を撒き散らしながら爆ぜた。

 至近距離で切り刻まれたヘカトンケイルが、両腕を絶たれて墜落する。

 

【……オオオオオッ……!】

 

 落下の勢いを活かして、巨人が手首の断面を床に叩きつけた。轟音。水飛沫のごとく破片が散る。

 

「うおっ大胆な……!」

「あいつ逃げるよ! 行こう!」

 

 床に空いた大穴にヘカトンケイルが飲み込まれる。遅れて三人も穴に身を躍らせた。

 闇に包まれた下階通路の中では、ヘカトンケイルは四本の腕を背中から生やし、蜘蛛のように猛スピードで廊下の奥へ向かっていた。

 三人は獣のごとく巨人を追う。

 

「お二人は手前の後ろへ!」

「わかった。私は隙を見て一発食らわせる!」

「僕は援護する。二人とも気をつけろ。相手はフィジカルモンスターな上に()()が多い」

【GRRRRRR!】

 

 ヘカトンケイルは六本の腕を動かしながら振り向き、体表から無数の手を放った。

 リトーが大曲刀に風をまとわせ、風車のように高速で廻しながら黒い手を裁断する。

 ヘカトンケイルは右に曲がった。それを追って廊下を右折すると、後方の壁が爆発した。

 

【狩人だ! 潰せ!】

【肉共は全員殺せ! それがシンプルだ!】

 

 壁に空いた穴の向こうで、黒い法衣をまとったリッチの一味がこちらを指さす。

 すぐにクドラクは「【三日月宝剣(レズヴィエ・ルニ)】」と指を鳴らし、斬撃波で一味を両断した。

 それでも別の業魔が屍を押し除けて、背後からわらわらと三人を追いかける。

 

【殺せ! 殺せ!】

「させません!」「突撃!」

 

 それらの有象無象が、クドラク達が通ってきた通路からの射撃で射抜かれていく。

 巫女達が追ってきたか。業魔達が射線の方向へ流れていく。

 彼女らが業魔の小兵達を相手どるなら、ヘカトンケイルを狩る役はクドラク達のものだ。

 

 蜘蛛めいたヘカトンケイルは、一階と二階が吹き抜けで繋がった場所に駆け込む。

 壁際にある大量の武器ラックや鎧掛けを見るに、武具博物館か武器商店らしい場所だ。

 ヘカトンケイルが無数の手を伸ばし、それらの盾や武器をつかみ取っていく。

 

【GRRRRRR……!】

 

 金属が擦れる騒々しい音を立てて、ヘカトンケイルは無数の盾と槍で身を固める。

 ファランクス密集陣形じみた盾のドームから、槍や剣が飛び出ている。

 怪物は反転してクドラク達に突撃を仕掛けた。槍衾が三人を圧殺せんと迫る。

 

「クドラクさんは火を! 出血大サービスだ!」

 

 リトーがマントを脱ぎながら、突撃してくる盾のドームに打ち振るう。

 マントの内側から大量の擲弾が放り出され、進路一面にごろごろと転がる。

 巨人がそれらを乗り越えた瞬間、三人は飛んだ。クドラクが眼下の擲弾を指差す。

 

「【烟月よ燃えろ! 爆発物に火を点けろ!】」

 

 ばちっと床で火花が散った瞬間、無数の黒い球はいっせいに起爆した。

 爆炎が二階部分に荒れ狂い、衝撃波が壁や床を崩し、ヘカトンケイルは炎に飲まれる。

 三人は天井のシャンデリアに取りつき、そこから眼下の惨状を見つめる。

 

「今の出費は?」

「仕入れ値は金貨二十枚いかないくらいッス。なんてことないッスね」

「……本体が現れたよ。三匹」

 

 クルースニクが呟く。崩落した床の先、盾や槍衾だったものの破片が瓦礫と混じる一角に、ドス黒い液体が飛び散っている。

 その中央でびちびちと跳ねる存在が三つ。棘と脚を無数に持つハルキゲニアじみた業魔がいる。

 

「……寄生虫? 見たことない業魔だな」

「私も知らない。あれが核になって、他の魂の一部を繋ぎ合わせていたんだと思う」

 

 クルースニクが足場の燭台をもぎ取って、尖った金属部分を三つ投げつける。

 二つは寄生虫の体を串刺しにするが、一匹は飛び跳ねて回避した。

 床に飛び散った黒い部分が浮遊し、空中で寄生虫に殺到して、急速に肉を形作る。

 すぐに元の巨人形態へと姿を整えた。

 

「援護に来ました!」「敵はどこに!?」

 

 轟音を聞きつけた巫女達が下階にやってきて、いくぶんか縮んだ巨人に得物を向ける。

 クドラク達もシャンデリアから降りて、瓦礫の中に着地した。

 さしものヘカトンケイルも形勢不利と見たか、壁際に後退った。

 

(勝った。このまま最後の一匹を――)

 

 クドラクが駆けようとした時、遠くから爆発音とともに地鳴りがとどろいた。

 振動する地面に気を取られる。爆発音は徐々に左方から近づいてくる。

 まるで空中から爆撃されているかのような。

 

「――壁から離れろッ!」

「了解!」「了解ッス!」

 

 敵に背を向けて三人が逃げる。それを「えっ?」と漏らしながら巫女達が目で追った。

 それが生死の分かれ目だった。

 突如、窓の外から蒼白の閃光がさして、幻想じみた爆炎が壁を木っ端微塵に吹き飛ばした。

 

 轟音の後に静寂。耳鳴り。背中が熱に炙られる。その時には二人を抱えて地に伏せていた。

 押し倒されたと気づいたクルースニクが、うつ伏せのままのリトーが、何かを叫んでいる。

 もう何も聞こえない。蒼炎が頭上を吹き抜ける。

 

 ――聴覚が復活した。

 がらがらと建物が崩れようとする音。生き残った巫女達の点呼。業魔達の悲鳴。

 怒りと歓喜が混じったヘカトンケイルの咆哮。

 ……奴が怒るのはわかる。壁際で爆発をもろに受けたからだ。

 でも、なぜ歓喜している?

 

「カーミラが空に! あちこちを爆撃してる!」

「あいつ……飛んでるからって!」

「やめましょう皆さん、負傷者の確保が先! あんな遠くまで攻撃届かないですって!」

「誰か……ヘカトンケイルが逃げる……!」

 

 傍らで倒れ伏していた巫女の一人がうめき、両腕を失った上体をなんとかもたげて、黒煙の向こうをにらみつけた。

 逃げる? そうか、あの歓喜の叫びは脱出の芽が出たからこそか。

 

「クドラク君!!? 怪我はッ!!?」

「クドラクさんお怪我は!?」

「問題ない、行くぞ! この混乱の隙をついて暴れられては敵わない!」

 

 がばっと起き上がり、二人に手を貸して立ち上がらせる。煙の向こうを走る黒影を追う。

 ずいぶん体積が削られたヘカトンケイルは、瓦礫の山を疾駆している。

 道すがら巫女達の小隊に近づき、黒い体から手を伸ばして数人の首根っこをつかむ。

 

「へっ? なんだこれ――おわあああっ!」

「がこっ!?」

「……っ」

「新入り!? まずい拉致された!」

 

 重傷を負った状態で叫ぶ他の者達。

 ヘカトンケイルに拉致された三人の巫女が、追ってくるクドラク達に突き出される。

 金髪褐色少女・白髪おかっぱ少女・茶髪アンダーポニーテール少女の三人組。

 ギルドホールに入った時に見かけた子らだ。

 

 体表の手が体中をわしづかみにして、いつでも体中の急所を突き破れるように構えている。

 その口には指が突っ込まれ、詠唱できないように封じられていた。

 人質のつもりか。中々手出しができない。

 

「もががごご!? ごいう!?」

「……クルースニク。敵の核の場所はわかるか? 一撃で仕留めたい」

「ちょっと時間がいるかも。残留思念がいっぱいあって、どれが本体か見極めるのが難しい」

 

 敷地を出ようとするヘカトンケイルを追う。あちこちの巫女達や業魔は混乱の最中にいる。

 途中、その様子を呆然と見ていた重傷者達の呟きが、やけにはっきりと聞こえた。

 

「……あんな子いたっけ?」

「ブリーフィングの時はいなかったような……?」

 

 その呟きにクドラクは眉根を寄せる。

 ちらりと重傷者達と人質を見やって、結局追跡を続行することにした。

 ヘカトンケイルは英雄広場を突っ切り、大通りへ出た。三人もそれに続く。

 街の至る所が爆撃で崩落しかかっている。業魔達の悲鳴も聞こえる。阿鼻叫喚な有り様だ。

 

「ぜやっ!」

 

 リトーが大曲刀を投げ捨てた。

 回転する大曲刀は、不自然な軌道を描きながら彼方へ飛ぶ。何かの呪いがかかっているか。

 勢いをましながら屋根の上までさしかかり、高高度からヘカトンケイルを狙っている。

 

「リトー。仕掛ける時に言ってくれ」

「了解ッス。三秒後に行きましょう」

「「了解」」

 

 三。二。……一!

 滞空していた大曲刀が唐突に下方へ向かい、コマのように回転しながら巨人の体表をかすめる。

 見事に人質をつなぐ腕だけ断ち切る。どうっと三人が地面に投げ出される。

 ヘカトンケイルがより速く逃げようとする。三人は矢となって瞬時に肉薄し――。

 

「危ない離れて!」

 

 クルースニクが二人の胴を抱えて急停止。石畳の床をがりがり削りながら停まる。

 ヒュゥウと空から何かが落ちて来る音。

 直後、逃げる巨人の頭上に影がさす。

 

 猛スピードで何かが巨人を押し潰し、轟音とともに地面に墜落した。

 衝撃波がクドラク達の服をはためかせ、びりびりと地面を震撼させる。

 宙に巻き上げられた砂塵が体に打ちつける。

 

「……っ、一体何が……!?」

 

 衝撃波で飛んできた砂粒から目を庇いながら、クドラクが砂塵の中に目を凝らす。

 もうもうと立ち込める砂塵の奥で、二名の人影がグレーターから立ち上がった。

 巨人がいた場所に彼らはいる。おそらく敵は潰れて原型を留めていないのだろう。

 

「……降下完了! キーラ、現着した!」

「墜落の間違いだろアホ女。フセヴォロド現着」

 

 ――男女の声。クドラクは凍りついた。

 聞いたことのある声だ。

 

「誰がアホだ間抜け。人のことアホっていうやつがアホなんだぞ」

「子供みたいな返ししやがって。……しかしひでぇ有り様だ。これで俺ら二人だけ先遣隊かよ」

「近場にいたのが私らだけだし、しかたないだろ。こんなことしてる場合じゃないのにな」

 

 口喧嘩をしながら二人が砂塵の中から出る。

 一人は紺碧の髪を風になびかせる灰マントの少女。歳は18歳。この人は知っている。

 もう一人はサメじみた土色の全身甲冑を着た男。歳は19歳だったはず。この人も知っている。

 

「もしかしたら、クドラクもここにいるかも知れない。巫女達の要請を受けて」

「ケッ。あの状態で戦いができるかよ。もうどこかでおっ死んでるかもしれねぇ」

「……またそんなことを……!」

「どこ探してもいねぇんだぞ。この辺りから西にかけて来たのはわかってんだ。それでも――」

 

 口論を重ねようとする二人。数週間前には何度も聞いたことのある声。

 くるりとクドラクは踵を返し、足早に立ち去ろうとした。慌ててクルースニクが肩をつかむ。

 

「どしたの? 知り合いじゃないの」

「……知り合い、だけど……」

 

 こんな大騒動が楽園国で起こっているのだから、当然彼らは来る。そのための狩猟団だ。

 部隊で来ていない様子を見るに、先遣隊として二名だけ先に現地へ着いた。

 普通の狩人なら自殺行為だが、二人に関してはクドラクと同程度の実力者だから心配はいらない。

 

(この後のことを考えたら……会っても未練になるだけの気がするけど……いや、ここで会わないのも不義理か)

 

 クドラクは二人の狩人――『英雄旅団(ボガトゥイリ)』所属の二人に向き直った。

 口論を続ける青髪の少女が、こちらの存在に気づいたか話を止めようとする。

 

「もう黙ってろ。失礼、『英雄旅団(ボガトゥイリ)』所属キーラ、助太刀に参り――」

 

 クドラクに目をやった瞬間、青髪の少女――キーラがぴたりと止まった。

 徐々に碧眼が大きく見開かれる。じっとクドラクに視線が注がれる。

 

「――――――――」

「んだよ、どうした――」

 

 相方の全身甲冑騎士もこちらに目を向け、同じようにぴたりと止まった。

 サメめいたアーメット茶色兜の奥で、鳶色の瞳が大きく見開かれている。

 一瞬だけ無風の状態が訪れる。音が消える。

 

「……えっと……」

 

 気まずさのあまり咳払いして、重油がからみついたような喉を動かし、クドラクは声をかけた。

 

「……お、お疲れ様です。僕は……その……流れでここにいるといいますか。えっと……」

「クソガキィ! 生きてやがった! こいつ生きてやがるぞ! 生きてた!」

 

 テンションMAXで叫ぶフセヴォロドの横で、キーラがくしゃりと顔を崩して、矢のようにクドラクに駆け寄る。

 そのまま勢いよく体を抱き寄せ、力一杯に抱きしめる。万力で。骨がきしむ音が響いた。

 

「よかった……! 生きてた……! 生きてた! やっと見つけた……!」

「痛い痛い死ぬ死ぬ。キーラ死ぬ」

「もう死んだんじゃないかって! ずっと探してたのに見つからなくて! やっと……!」

「今ここで死ぬホントに死ぬ」――ピシッ――「ホントに骨が砕けるやめて痛い力緩めて」

 

 胸に顔を押し付けられて呼吸もできない。万力で締められて骨にヒビが入りつつある。

 

「ま、待った待った! クドラク君のご友人さん!? 本気で骨が折れそうになってるから!」

 

 クルースニクが両者を引き剥がしにかかる。ぽかんと口を開けてリトーは事態を見守る。

 その横に土埃にまみれた三人の巫女が近づく。あちこちの手型の青あざがある。

 

「っつ〜〜……クソ業魔が! あの野郎どこにいるっての? ブチのめしてやる!」

「吠えんなフウ。先ほどはありがとうございました。敵はどちらへ?」

 

 金髪褐色の巫女がぼやく横で、白髪おかっぱ頭の巫女が礼を言う。リトーは頭を描いて応じた。

 

「どういたしましてッス。奴は死んだッスね」

「……あの人らは?」

「『英雄旅団(ボガトゥイリ)』の方々だそうッス。増援に来てくれたらしいッスね」

「……そうですか」

 

 一瞬、白髪の少女の顔が強張った。

 それに気を取られるより先に、クルースニクがこちらに向けて言った。

 

「そこの巫女さん達! とりあえず元の場所へ戻ろうと思うんだけど、怪我の具合は?」

「大丈夫です。ありがとうございます。……ヤンは大丈夫そう?」

「問題ないデス」

 

 茶髪の巫女がぼそっと応じる。他の面子より少し身長が高い。白髪の少女はクルースニクへ返した。

 

「問題ありません!」

「じゃあ帰ろっか。ほらほら」

「おいアホ! クソガキに追い討ちかけてどうする。とどめ刺そうって腹か」

 

 フセヴォロドとクルースニクが、団子状態の二人を離そうとする。

 巫女達三人もそれに近寄る。リトーだけがそこに佇んで、小首を傾げた。

 今でこそ刀を振るってはいるが、彼の本業は行商人である。それゆえ彼は多国語に明るい。

 

(……(フウ)(ヤン)? 南方っぽい名前ッスね。ここの産まれじゃねぇのかな?)

 

 楽園国風の名前ではないようだが……ひとまずリトーも団子を引き剥がしにかかった。

 

 

 

 







TIPS:『ヘカトンケイル』

 体毛めいて無数の腕を生やす巨人型業魔。両腕は地につくほどに巨大で、頭部の類は見られない。
 犠牲者の魂を喰らい、その腕のみ己の身体にくっつける。
 その正体はハルキゲニアめいた寄生体で、タルサデューク公によって産み出された。

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