『血塗られた月のクドラク』〜余命わずかな病を克服するため、闇の王へと堕ちる話〜   作:人見 広介

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8-4:終わらぬ夜祭のアラク=マハ④

 

 

 

 爆撃された鉄工ギルドホールは半壊したため、クドラク達は付近の教会に移った。

 礼拝堂の中で生存者数十名が詰め、手当てを受けたり、地図を広げて作戦会議している。

 そんな中、クドラク達は礼拝堂の隅に座り、膝を突き合わせて現状共有をしていた。

 

「自力で治療法を見つけたってのか。そりゃ手間がなくていい。もうクソ読みにくい文献を読む必要が無くなったわけだ」

「……僕の治療法を探してくれていたのですか。お手数をおかけしました」

「へっ。礼ならそこのアホにいいな。俺はそういう調査じゃ役に立たなかった。学がねえからよ」

 

 クドラクの前で銅色の重装騎士はあぐらをかき、床に広げた街の地図を前に頬杖をついている。

 

「テメェの足取りを追うのには苦労したがな。狼に化けられると足跡を辿るのも一苦労だ」

「……その……僕を追ってここまで?」

「おうよ。生きてりゃ連れ戻す予定だったが、9割方死んだものと思ってたぜ……おいやめろ」

 

 クドラクが頭を下げようとすると、サメめいたアーメット兜の騎士――『英雄旅団(ボガトゥイリ)』団員ニコライ・フセヴォロドは難儀そうに止めた。

 

「別にいい。出奔したテメェの判断は正しかった。結果的に治療法を見つけてきたんだからな。結果出した奴が頭下げてんじゃねぇ」

「心配をかけましたから」

「んなもんした覚えはねぇな。別に誰がどうなろうが知ったこっちゃねぇ」

 

 彼の粗暴な物言いは昔から変わらない。これが原因で他狩人と諍いを起こすことも多い。

 三年ぐらい同僚として接したため、今さらクドラクは彼の言動に目くじらを立てることはないが。

 

「そんな奴がこんな辺境まで探しに来るか。このバカは照れ隠ししてるんだぞ、クドラク」

 

 ぐいっと後ろから体を引き寄せられ、肩にアゴが乗せられる。振り向かずとも、それがキーラのものだとわかった。

 今のクドラクは、少女の膝上に乗せられて、ぬいぐるみめいて抱きしめられている状態だ。

 高い体温と鼓動が背中から伝わってくる。

 

「……その、キーラ」

「どうしたクドラク? どこか痛いか? お姉ちゃんに言ってみろ」

「ウゼェから離れろって言いてぇんだろ。病み上がりの人間をゴリラ筋力で締めてんじゃねぇ」

「は? どの口で人をゴリラ呼ばわりしてるんだ。頭蓋骨粉砕するぞノンデリが」

「おぉ悪い訂正するわ。ゴリラの方が賢かったな」

 

 同じく『英雄旅団(ボガトゥイリ)』団員キーラ・ガイダール。クドラクに次ぐ年少狩人。

 ガイダール公家の三女として産まれ、第一等の狩人たる貴族の務めを果たしに入団した。

 

「自分を『お姉ちゃん』呼ばわりはキショすぎる。血縁関係って言葉はご存知?」

「知ってる。私達には血縁関係がある」

「ねぇよバカが。こいつ俺と同じ孤児。お前公家の放蕩令嬢。OK?」

「生き別れの弟なんだよ」

「それは無いんじゃないかな……」

 

 キーラの強弁に突っ込みを入れると、正しく生き別れのいとこであるクルースニクが、右方で地図を囲みながら目を瞬かせた。

 左方で片膝を立てて座っていたリトーも、「えっ」と言わんばかりの驚きを見せる。

 

「無いの? この人からは家族愛っぽい感情を感じるけど」

【カア、カア】

「あっごめんフギン君。報告は聞いてるからそのまま続けてね」

 

 その右肩にはカラスめいた使い魔――アンフィスバエナの片割れがいる。

 黄泉のカラスは不満げに鳴いたが、またクルースニクの耳元で何かを囁きはじめた。

 おそらく、片割れが見聞きしている情報を中継してもらっているのだろう。

 この双子のカラスは、相方が見聞きしている情報を寸分違わず再現できる。

 

(……『フギン君』? さっき貸したアンフィスバエナに名前をつけたのか。そういや僕が飼い主のくせして今まで名付けたことなかったな)

 

 ぼそぼそと何かを中継している使い魔はさておいて、クドラクは会話に意識を戻す。

 

「キーラはガイダール公家の方だ。僕らと血縁関係は一切ない。……ただの仲のいい先輩だよ」

「実際私にとっては歳の近い後輩だが、感覚としてはもう弟だなー。三年も過ごせばなぁ」

「テメェの感覚が特殊なだけなんじゃねぇか……」

 

 プライベートで何度も会ったり、ご実家で食事を共にしたぐらいの関係だ。

 昔から猫っ可愛がりされてはいたが、ここまで人形扱いされたことはなかった。

 ……ずいぶん心配をかけたらしい。

 

「ほらガキ共が混乱してるだろうが。クソガキに恥ずい思いをさせんなよ」

「ガキガキ言うなよ。口が悪すぎて威圧してるように見えるぞ」

「テメェが――クソッまた話が脱線しそうだ。俺も黙るからお前も黙れ。こいつの話を聞こうや」

 

 サメ面の兜ごしにフセヴォロドは顔をおおう。先ほどからずっとこんな様子だ。

 

「話と言っても……治療法のアテができたから、この公領に取りに来ただけですよ。もう手に入れましたから、ここの手伝いをしたら去ります」

「そこの二人は」

「僕の命の恩人です。旅を手伝ってくれてます。もう一人いるんですがはぐれました」

「クドラクのお友達か……二人ともありがとう。またこうして会えたのは君達のおかげだ」

 

 キーラが頭を下げると、クルースニクとリトーは「いえいえ」と謙遜を示した。

 

「正直、恩人ってほどでもないですよ。出会い頭で助けてもらったのは私だし。この旅だって協力しながらやってるし」

「手前も、先に助けていただいたのは手前の方っスから。クドラクさんの方が恩人っスね」

「リトーは、僕を手伝いにきてくれたから厄介ごとに巻き込まれたんだろう」

「ははは、そう言われたら話が堂々(どうどう)巡りになりそうっスね。お互い様ってことでここは一つ」

 

 ターバンを巻いた白髪の少年は、いたずらっぽくウインクしてみせた。

 

「正味の話、同じような身の上と価値観の友達ってのはお三方が初めてでして。クドラクさん達とは楽しくやらせてもらってるっス」

「私と同じ感じだね。複数人で旅をしたのは今回が初めてだから、割と楽しいんだよ」

「おや、ニーナさんとの冒険は」

「あれは北方でやってるものだから、旅というには実家が近いかなぁ。遺跡探しとかよくやるんだよ」

 

 二人が楽しそうに言うのを見て、クドラクは不意に何かを悟った。

 

(……初めての旅。初めての友達か)

 

 そう言えば、人生において心置けない友というのはこれが初めてかもしれない。

 今までの人付き合いは、正体を隠した上での友好関係だった。ある種の緊張感があった。

 それがニーナも含めた三人には感じないのは、同じ身の上の友達だからなのかもしれない。

 

「……皆、頼れる僕の友達です」

 

 照れ隠しに視線を落としながら言うと、キーラは嬉しそうに頭を撫でできた。

 

「クドラクにこんないいお友達がいたとはな! つまり君達は私の――」

「黙れ話が逸れる。何を言おうとしたか百回自省しろ。まぁ事情はわかった」

 

 ちらっとフセヴォロドはクドラクの様子を見る。何かを悟ったようだ。唐突に聞いてきた。

 

「引き留めるつもりなんざねぇが、ウチには戻ってこねぇのか」

 

 答えようとして一瞬ためらいがよぎる。自分のために方々を探してくれた二人を前に。

 しかし、返すべき答えは決まっている。

 

「……はい」

「えっそうなのか?」

「産まれのことなんざ、腰抜けの能無ししか気にしねえのによ。……まぁ気の合う奴とつるむ方が楽しいだろうし、行きゃいいさ」

 

 驚くキーラとは対照的に、フセヴォロドは「そうなるわな」と言うように肩をすくめた。

 

「テメェのことをやいやい言う能無しが、ウチにも一割くらいはいたわけだしな」

「もういないぞ。全員病院送りにしたからな」

「えっ全員? キーラ?」

「『混血(ドレカヴァク)』は我らが団に似つかわしくないとか、業魔への情報漏洩の恐れがあるとか言った奴らは全員ぶちのめしたぞ」

「こいつはマジでぼこぼこにするから困る。クソガキが抜けた分の案件が膨大にあるのによ」

「もう誰もナメた口は叩かないぞ。何か言ってくる奴は私が顔面陥没させてやるのに」

 

 キーラが心配そうに顔をのぞき込んでくる。クドラクは頭を振った。

 声に出すのが一・二割いるなら、口に出さないだけで内心そう思っている者はもっといる。

 

「いや……言われるだけじゃなくて、そう見られるのがイヤなんだよ」

「繊細な野郎だ。団長には伝えておいてやるよ。本隊はこっちに着くのに時間がかかるからな」

「……私も抜けようかな」

「テメェの親が許さんだろそれは。俺もこの仕事辞めたいわ。忙しすぎて遊ぶ間もねぇ」

 

 『英雄旅団(ボガトゥイリ)』の仕事は激務だ。一般の狩人では手に負えない案件ばかり請け負っている。

 激務のあまり数年で離職する者も珍しくない。クドラク達は長続きしている方なのだ。

 

「巷じゃ『英雄旅団(ボガトゥイリ)』様だの、第一等の狩人だの言われるが……結局、使う暇もねぇ大金とオモチャみてぇな勲章しか貰えねぇしな」

「誉れも得られますよ」

「そんなもんクソだ。腰抜け共に尻尾振って何になる。連中の手の平は水車みたいに回転する。そんな不確かなもんを追い求めてどうすんだ」

 

 フセヴォロドはじろっとクドラクを見た。暗にこちらのことを言っているのは明白だ。

 

「連れと一緒に遊んでろ。クソガキらしく。やんちゃも存分にしろ。行儀よく生きる必要はねぇ。……テメェ生き急ぎすぎだぞ」

「…………」

「まぁいい。たまには顔を出せ。そうすりゃコイツも団長も喜ぶだろうよ。テメェのことが好きな団員もたくさんいやがる」

「お前も喜ぶだろうが」

「喜ばんわ。誰がどうなろうが知ったことか」

「こんな照れ隠しのバカは放っておいて……たまには帰ってきてほしいなぁ。お友達といっしょにガイダール家で歓待するのに」

 

 キーラが名残惜しそうに抱き締めてくる。

 フセヴォロドも鼻を鳴らして――ふっと左右のクルースニクとリトーの様子を怪訝がった。

 クドラクに気遣わしげな視線を送っている。

 

(……これから業魔になる僕が? 貴女の敵になるんだぞ。この国にいられなくなるのに)

 

 クドラクは煮えたぎるマグマのような心中をこらえ、血反吐のようなセリフを喉元で留めおく。

 代わりに、薄っぺらい欺瞞を口にした。

 

「…………善処するよ」

「えー善処なのか」

「クソガキ。テメェ何か――」

「すいません『英雄旅団(ボガトゥイリ)』のお二方! 少しお聞きしたいことが!」

 

 遠方で作戦会議をしていた巫女の一団が、キーラとフセヴォロドを呼んだ。

 舌打ちしながら重装騎士が立ち上がり、「行くぞ」とキーラに呼びかける。

 

「また後で話すか。ちょっと待っててな」

 

 クドラクが腰を退けると、キーラはウインクしながら立ち上がって、巫女達の下へ向かう。

 沈黙しながらその後ろ姿を見るクドラクの横に、クルースニクが移動する。

 

「クドラクが『変わる』としても、あのキーラさんは会ってくれそうじゃない?」

「…………」

 

 答えられない。最悪の場合は殺し合いになるかもしれないからだ。

 今まで築き上げてきた、あの温かい関係を捨てる。そう考えると胃がきりきり痛む。

 いっそこれを今生の別れとしたほうが、互いのためかもしれない。

 わかっている。それでも、寂しいのだ。

 

「……ごめん、無責任なこと言ったかも。敵対してしまうと後味悪いもんね」

「いや。心配してくれてありがとう。リトーも僕を気遣ってくれて」

「いえ、まぁ……クドラクさんも難儀な定めを負ってるっスよね。人間のままいられたら――」

 

 リトーは言いかけて、墓穴を掘りそうということに気づいたか口をつぐんだ。

 クルースニクは心配そうにこちらを覗き込む。

 

「私は側にいるからね。一人にはならないよ。失うものの代わりにはなれないかもしれないけど」

「……代わりなんていらない。そもそも貴女達の方が大切だし。ただ、ここに来るべきではなかったのかな。未練が湧いてしまう」

 

 あるいは、地下施設で彼女が言ったように、化け物になってから来るべきだったか。

 その場合、ヴォジャノーイ共の不穏な動きや、アラク=マハの覚醒が成ってしばらく経つだろうから、今より地上が戦火に包まれていただろうが。

 

「まさか。地下じゃ君のことを優先したかったけど、ぶっちゃけ街を見捨てたら後で後悔するでしょ。私だって寝覚めが悪かっただろうし」

「いったん賽を投げたなら、もう突き進めばいいだけっスよ。迷う必要はないっス。……後であの方々と縁が切れるとしても」

 

 そう、是非もないことだ。

 クドラクが生きて望みを繋ぐ道は、もう闇へくだる一本道に定まっている。

 甘んじて「これから失う物を見せつけられる」痛みを受け入れる他はない。

 

「それに、縁が切れると決まった訳でもないっス。一握りの縁が残るとしたら、それが本当に大切なもんだということっスから。……先のことがわからねぇなら迷わず進んだ方がマシだ」

 

 リトーの言葉にうなずく。何にせよ進む。それ以外に道はない。これが定めであろう。

 

「……こっちはこっちで作戦を練ろうか」

「あっその前に」

 

 クルースニクが思い返したように言って、礼拝堂の出入り口を指さした。

 

「外へ出ようよ。あっちの巫女さん達に聞きたいことがあるんだ。……もういいよフギン君」

【カア】

 

 右肩のアンフィスバエナが羽ばたいて、クドラクの左肩に留まった。その姿がふっと消える。

 

「もういいのか。何を探らせてたんだ?」

「ある三人の会話内容をね。外に出ればわかるよ」

 

 床の地図を丸めて回収し、三人は礼拝堂ホールから抜けた。外への両扉を開ける。

 結界に守られた敷地の外は、相変わらず雪に包まれた廃都が広がっている。

 この建物が無事なのは結界のおかげだが、カーミラの集中爆撃を受けるとどうなるか……。

 

「――で、ここからの動きは――」

「――了解しました――」

「――『天師(ティアンシー)』はどこへ――」

 

 門前では三人の巫女が立っていた。外の業魔を哨戒している最中なのだ。

 三人そろって仲良く話し込んでいる様子だ。

 

「……あの門前の子達……ヘカトンケイルに人質にされかけた三人か」

「そうそう。私が頼んで警備してもらったの」

「えっクルースニクさんが? 指揮権は」

「巫女さんの上役の人に、見張り役としてあの子達を推薦したら聞き入れてくれたね」

 

 クルースニクの異様な動きに、クドラクはリトーと目を合わせた。

 その時、三人の近くに植えられた木から、闇にまぎれて何かが飛び立った。

 クドラクの方へと滑空してくる。

 

【カア、カア】

 

 アンフィスバエナの片割れだ。クドラクの右肩に停まって、相方と同じくふっと姿を消す。

 ここまで来たら、大体の事情はわかった。

 

「……もしかして、もう一匹の使い魔にあの子達を調べさせていたのか?」

「そうだね」

「彼女達の何を調べてたんだ」

「何を知ってるかと、生かすべきかどうかだね」

 

 「そう言えば」と言いながら、先導するクルースニクが振り返る。

 

「クドラク君、この前の廃村で『花月の呪い』ってやつ使ってたよね。あれ使える?」

「……格下であれば呪い師相手でも使えるよ。彼女らには仕込めそうな気がする」

「了解。開幕で仕込んでね。ごめん三人とも! ちょっといい?」

 

 屈託のない笑みを浮かべながらクルースニクが近づくと、巫女の三人はこちらを見た。

 一行のまとめ役と思しき白髪おかっぱの少女が、二人を目で制した後に進み出る。

 

「何でしょうか? クルースニクさん」

「少し聞きたいことがあってさ。私達、この街に来たのがついさっきだから、あまり街の状況がよくわかってなくてね。よければ教えてほしいんだけど」

 

 先ほど回収した地図を広げながら、クルースニクがすすっと三人に割って入った。

 彼女の右側に白髪おかっぱの少女、左側に残り二人がいる形だ。皆で地図をのぞきこむ。

 クドラクとリトーが彼女達の後方に回る。

 

「【――花月よ咲け。この者達に――】」

「他の巫女さんから聞いたんだけど、カーミラの拠点ってこの聖ワシリイ教会でいいのかな」

 

 地図の中央に示されたポイントには、街の観光名所にもなっている壮麗な教会がある。

 聖ワシリイ教会。数十年前に街が復興した際、弔いの意を込めて築かれた施設だ。

 白髪おかっぱの巫女はうなずく。

 

「先輩方からはそう聞いてます。元々、ここは巫女達の拠点になるはずだった場所だったんですが、敵に奪取されたと」

「なんで奪われたか知ってる?」

「……又聞きですが、この騒動が起こる前に爆発騒ぎがあったそうです。その影響で結界が消え、直後にカーミラに襲撃されたと」

 

 巫女が言うには、こう言う話だった。

 クドラク達が地下施設貯水池で戦っていた頃、ふいに聖ワシリイ教会で爆発音が響いたらしい。

 現場につめていた巫女達が確認したところ、教会と街の結界を司る聖木が、何かしらの爆発物によって破壊されていた。

 同時に、教会内部に突如として黒髪の令嬢――カーミラが現れて施設を占拠した。

 

 ほぼ同時に街の各所から業魔が現れ、夜闇に紛れて人々を襲いはじめた。

 すぐに各教会に配備されていた『白樺の路(ベリョーザ・ルート)』が活性化し、教会内の聖木に人々を取り込んで避難させた。

 これがクドラクが来る前に起こったことだ。

 

「へー、そうなんだ。カーミラってどういう手法でこの教会を落としたの? 巫女さんが詰めているのに、正面玄関から入ったわけでもないんでしょ」

 

 クルースニクがにこやかに聞くと、少女達は互いに目を合わせた。

 

「ブリーフィングで聞いた限りでは、教会内に唐突に現れたと聞きました。それ以外は何も」

「唐突に。なるほど! そのカラクリって君達は知ってるの?」

「……さて、私達は中央から来たものですから。詳しい事情についてはちょっと……」

「そうなの? 知ってると思ったんだけどな――君達ってカーミラの協力者でしょ」

 

 風が凪いだ。一瞬だけ辺りに沈黙が満ちる。

 息も忘れて瞠目する三人のうち、金髪褐色少女だけが我に返って後方へ振り向く。

 その先に門があるのだが、道を塞ぐように二人が佇んでいる。その手は柄に添えられている。

 

「――ッ、【沸騰(フェイトン)――】」

「【咲け】」

 

 金髪くせ毛が動きを見せようとした瞬間、クドラクが仕込みを作動させる。

 彼女らの後ろ首から紅い光の花が咲いた。肌に赤い根が張り、瞬く間にのどを締め上げる。

 声帯と気道を押さえられた三人は、苦しげに口をぱくぱく開いた後、その場にひざまづいた。

 

「――かっ……!?」「……!」

「窒息させない程度でいいよ、クドラク君。意識があればお話はできるし」

「了解した。一応、呪詞を唱えられないように、のどと舌の根を押さえている」

 

 クルースニクの言うとおりに彼女達を無力化したが、この後は彼女に任せればいいのか。

 ひざまづいた白髪おかっぱは、苦しげにうめく。

 

「何を……ご乱心ですか……!? こっ……このような言いがかりは……!」

「ごめんね。私って感情が読めるんだよ。嘘を暴かれた時の焦りも読める。それに脇腹辺りから――」

 

 クルースニクがひざまづいた少女の脇腹に手を添え、指先から霊気の爪をのばす。

 白い獣爪はすっと皮膚に入る。傷はつかない。肉体を透過するよう調整しているのか。

 内臓の何かを指先でつまんだ後、ずるり……とゆっくり引き抜いた。

 

【――! ――!】

「ほら、スペクターを寄生させている」

 

 半透明の青い大クラゲが、クルースニクの手の内側でじたばた触手を振り回していた。

 顔を青くする少女達の前で、白ベレー帽の少女はつかんでいたスペクターをにぎり潰した。

 

「初めて会った時、その脇腹から何かの思念を感じてさ。故意的に憑かせていたのか、無理やり寄生させられていたのかわからなくってね」

「……ッ!」

「だからさっき、クドラク君の使い魔を借りて見張らせてたんだ。巫女さん達の会議からも離して。三人でひそひそ話をしてくれるかなと思って」

 

 クルースニクは残り二人の腹にも触り、スペクターを引き出しては握り潰す。

 その後、白髪の子の前でしゃがみ、アゴに両手を添えて自分の顔を見させた。

 

「思った通りに、君達は油断してくれたね。さっき明らかに三人以外の誰かと話していた。周りには君達以外誰もいないのに」

「……それは……っ!」

「カーミラと直接話してたでしょ。会話内容を聞くに、君達は敵と内通している。いやそもそも――」

 

 クルースニクは額が触れ合いそうなまでに顔を近づけ、巫女もどきの白い瞳をのぞき込んだ。

 

「君達は巫女ですらない。どさくさに紛れて巫女の格好をして、こちら側の動向を流していた。……違うかな? あぁ答えなくていいよ。感情で読める」

「……あ……っ」

「わかるんだよ。君達の心にべったりと、他の巫女への罪悪感が張り付いている。悪いと思ってる。だから穏便に済ませたかった。倫理観があるからね」

 

 クルースニクは感情や殺気が読める。それを尋問に転用するとこうなるのか。

 意図的にやっているんだろうが、かなり不気味な尋問方法だ。

 善意と慈悲を隠さないぶん、余計に。

 

「脅されてカーミラ達に協力したの? ……違うんだ。お金のため? ……これも違う。へぇ、今その懐に注意が行ったでしょ。何か入ってるの?」

 

 苦しげにうめく巫女もどきの背中から、かすかに牙を鳴らすような異音が聞こえる。

 すっとクルースニクは少女の首筋に触れる。

 

「抵抗するのはやめてほしいな。敵意も読めるんだよ。ちょっと胸元を探らせてもらうね。……おや、この骨みたいなものって何かな?」

 

 巫女の装束に手を入れた少女は、するりと骨でできた小ぶりの短剣を取り出す。

 両刃は潰されていて、鍵のような凹凸が彫り込まれている短剣だ。戦闘用ではない。

 その他にも、クルースニクは筒状に丸められた紙を取り出した。

 

「これは……地図? うわっこれ――」

 

 紙を広げたクルースニクは声を上げ、クドラク達に見せてくる。

 この城塞都市を描いた地図らしい。全てが深い青のインクで描かれている。

 よく見ると、その地図に描かれた炎や煙はうごめいており、通りを青い点が移動していた。

 

「この地図……生きているな。リアルタイムの情報が反映されているとみた。青いインクが秘訣か」

 

 クドラクが地図の表面をなぞった後、皆に見えるように指先を見せる。

 先端についた青いインクが粒子状に変換され、煙ように空中に溶ける。

 その様は、カーミラの鱗粉と同じように見えた。

 

「クドラク君、これって?」

「インクの特性からしてカーミラの呪いの産物だろう。空中から見ている情報を反映している」

 

 これまでタルサデューク公の手勢と戦ってきたが、多くは街の騒動で混乱しているように見えた。

 一方、カーミラは自らの手勢にこうした地図や連絡手段を渡し、場をコントロールしているのか。

 

「カーミラの呪いは夢や幻影に関係する。実体をもった幻術を産むこともできる。報告によれば、幻影の兵隊や楽隊を百も生み出せるらしい」

「このインクも幻影っスか」

「……ま、待った……げほっ。話を聞いて」

 

 金髪くせ毛の少女が苦しげにうめき、ぎこちなく両手を上げた。

 喉を締め上げている「根」をゆるめてやると、咳き込んだ後に少女は話しはじめた。

 

「……降参。命だけは助けてよ。何でもする」

「フウ……!」

「確かにアタイらはカーミラさんに協力している。上司からあの人への荷物を渡したついでに、この斥候役を任された」

「上司ってのは南方の人っスか?」

 

 リトーが後ろから問うと、フウと呼ばれた少女はちらりとそちらを向いた。

 

「よく知ってるじゃん。カーミラさんのお友達が、アタイらの組織と縁深い方なんだよ」

「どんな情報を敵に流した?」

「現在の巫女部隊の位置とかを、知れる限り横流ししていた。この衣装はその辺の死体から剥いだ。いわゆる便意兵とかスパイがアタイらの仕事」

 

 「仕事の出来はお粗末だったけど」と言いながら、フウは頭をかいた。

 裏仕事に慣れている風ではないが、戦場のどさくさに紛れてうまい事やっていけたのだろう。

 

「このまま巫女達に突き出すのはやめてほしいんだけど……人気のない外で尋問しにきたってことは、その気は無いってことでいいの?」

 

 その言葉に「私はそうだね」と応じながら、クルースニクは二人をそれぞれ見る。

 

「お二人に一任するっス」

「……貴女に任せる」

「じゃあ『そのつもりはない』で。騒動の鎮圧に協力してくれたら解放するよ」

「……断ったらどうなるっての?」

「その首に植えた種が、脊椎や脳を侵すかもね。私達が死んでもその種は開花する」

 

 最後はクルースニクが適当に言ったものだが、一応そういう設定もできる。

 憮然とした顔でフウはあぐらをかいた。

 

「……条件がある。これが守られなきゃどっちみちアタイらは死ぬ。アンタらには従えない」

「どんな条件?」

「『天師(ティアンシー)』と呼ばれる人物がそっちに捕まっているらしい。解放してアタイらに引き合わせてほしい。後はカーミラさんの助命」

 

 『天師(ティアンシー)』――名前だけなら聞いたことはないが、南方風の発音だ。

 クドラクは何かに思い当たった。

 

「……貴女達は南方出身なんだったな」

「そうだよ」

「同じ南方の服装をしている奴を、ついさっき捕らえたばかりだ。メテフィラ・ボギンスカヤと言うんだが、その者のことを言ってるのか?」

 

 そう問うと、三人は瞠目してクドラクへ向く。

 

「……あ……アンタらが捕まえてたっての!? そうだよ、その人だよ」

「今の条件と同じことを、メテフィラから依頼された。彼女に用があるのか」

「その人に内密に依頼したいことがある。心証を良くするために、この外道仕事を受けたんだよ」

 

 事情はよくわからないが、クドラクとしても別にできないことはない。

 メテフィラの繋がりは有益なものに思えるから、騒動鎮圧後は条件付きで解放する予定だ。

 地下施設で捕らえたままだから、巫女に引き渡しているわけでやもない。

 

「カーミラはあの子と会わせてくれなかったの?」

「その時間がなかった。物資配達が終わったのが今日の夕方。その時にカーミラさんへ『天師(ティアンシー)』と会わせてもらうよう頼んで、こころよく了承してもらったら……これだよ」

 

 狂奔発生。地下施設が襲撃されたことで、カーミラがこの城塞都市の攻略を早めた。

 その流れで彼女らはカーミラに従ったのだろう。そして巫女達に潜入し、状況を中継した。

 

「わかった。その条件は彼女からも出されているし、なるべく守る予定ではある。全部終わったらメテフィラに会わせることもできる」

「本当!? ……いや、本当か……?」

「リトー、メテフィラからの餞別を出してほしい」

 

 リトーがマントの内側に手を突っ込み、ガラス瓶を取り出す。

 透明な瓶の中には、青白く発光する卵胞が保管されていた。

 偽巫女の三人が息をのむ。

 

「『天師(ティアンシー)』の仙桃胞……!? 食べれば不老不死となるって噂の、あの……!」

「ちょい待ってよ、なんでそれを持ってんのさ。アンタらはこっち側の協力者だったの? アタイらと同じスパイとか」

「違う。カーミラやメテフィラとは敵対しているが、交渉によって鎮圧後の助命を約束しているだけ。この餞別はその見返りだ」

 

 正確には、メテフィラと繋がりを持つメリットの提示と言うべきか。

 向こうはこちらに興味を持っているし、こちらにとってもメテフィラの技術は有用だ。

 この城塞都市の戦が互いを分かっているだけで、終戦後は仲良くしてもいい。

 

「巫女や狩人に協力はしているが、僕達には僕達の思惑がある。騒動を止めてくれるなら、下手人は逃がしてもいいという約束をした」

「……ワケわかんない状況だわ。どうする?」

 

 フウ達が仲間に聞く。クドラクが後ろ首に咲かせた花を操作し、声帯と気管を解放させる。

 いくぶんか咳き込みながら、二人は答えた。

 

「……どうするもこうするも……従うしかないでしょ。でなきゃ巫女達に突き出されて死ぬか……この花に殺される」

「……意味もなく仙桃胞は渡さないと思うデス。何かしらの密約を交わしているのは本当かと」

「確かにそうだわ。わかった、アンタらに従う」

 

 開き直った様子でフウはクルースニクへ向いた。

 

「でも、カーミラさんとの戦闘に参加することはできない。『天師(ティアンシー)』の心証を悪くするようなことは、表立ってやりたくない」

「何ができる?」

「スペクターが共有していた情報を教える。後はタルサデューク公の手勢を殺せる。聖ワシリイ教会への隠し道も教える。どう?」

「悪くないね。公とやりあう時にもいい」

 

 クルースニクはうなずくと、仲間達に目をやる。クドラクとリトーも首肯した。

 

「知ってることを話してほしいな。特に空にいるカーミラを落とせるような情報がいいな」

「つったって、何を話せばいいのか……」

 

 フウが眉根を寄せて考え込んでいると、白髪おかっぱ頭の偽巫女がかわりに答えた。

 

「……アルゴスなら落とせる可能性もありますが」

「アルゴス?」

「知らないんですか? タルサデューク公の手勢を運んできた超大型業魔。街に公達を投下した後、カーミラさんと空中でやりあった」

「アルゴスってのは百くらいの眼があって、全身から邪視を放つんだ。一時間くらい前の戦いで、だいぶんカーミラさんの幻影を削ったはず」

 

 タルサデューク公の手勢か。聞くだに厄介そうな手合いだが、なぜ今は空に姿が見えないのだろう。

 

「結局、カーミラさんに撃墜されて、西の区画でバリアを張りながら休んでいる最中って聞いた。もう一度あいつに邪視をはなってもらえば……」

「やっぱ説得は無理かも。私達やこの人達にとっても敵でしょアイツ」

 

 嘆息する偽巫女達とは違い、クドラクの頭の中には妙案が浮かんでいた。

 要はその業魔に邪視だけ放ってもらって、カーミラを削ればいいわけだ。

 

「……ニーナに寄生を頼もう。その大型業魔を彼女に操らせればいい」

「でも、あの人とははぐれてしまったっスよ?」

「ニーナと合流するのが当面の目標だね。でも、どこに行けばまた会えるのかな……」

 

 クドラク達が三人で話していたその時、教会の両扉が開いて、巫女の一人が顔を出した。

 

「お三方、少しよろしいですか。今、他教会との通信がとれまして。通信相手の方がお呼びです」

「……僕達を?」

「ニーナ・スネグラーチカという方です。こことは別の教会で巫女達と合流していると。……今後の作戦についてもお話があるそうで」

「さすがニーナ。噂をすれば、だね」

 

 狼めいてクルースニクが唇をなめる。クドラクは少し思案した後、三人の偽巫女に向いた。

 

「貴女方にアンフィスバエナの片割れを渡す。僕達の通信に捕捉すべきことがあれば、その使い魔にこっそり話してくれれば助かる。……行こうか」

 

 

 

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