『血塗られた月のクドラク』〜余命わずかな病を克服するため、闇の王へと堕ちる話〜 作:人見 広介
爆撃された鉄工ギルドホールは半壊したため、クドラク達は付近の教会に移った。
礼拝堂の中で生存者数十名が詰め、手当てを受けたり、地図を広げて作戦会議している。
そんな中、クドラク達は礼拝堂の隅に座り、膝を突き合わせて現状共有をしていた。
「自力で治療法を見つけたってのか。そりゃ手間がなくていい。もうクソ読みにくい文献を読む必要が無くなったわけだ」
「……僕の治療法を探してくれていたのですか。お手数をおかけしました」
「へっ。礼ならそこのアホにいいな。俺はそういう調査じゃ役に立たなかった。学がねえからよ」
クドラクの前で銅色の重装騎士はあぐらをかき、床に広げた街の地図を前に頬杖をついている。
「テメェの足取りを追うのには苦労したがな。狼に化けられると足跡を辿るのも一苦労だ」
「……その……僕を追ってここまで?」
「おうよ。生きてりゃ連れ戻す予定だったが、9割方死んだものと思ってたぜ……おいやめろ」
クドラクが頭を下げようとすると、サメめいたアーメット兜の騎士――『
「別にいい。出奔したテメェの判断は正しかった。結果的に治療法を見つけてきたんだからな。結果出した奴が頭下げてんじゃねぇ」
「心配をかけましたから」
「んなもんした覚えはねぇな。別に誰がどうなろうが知ったこっちゃねぇ」
彼の粗暴な物言いは昔から変わらない。これが原因で他狩人と諍いを起こすことも多い。
三年ぐらい同僚として接したため、今さらクドラクは彼の言動に目くじらを立てることはないが。
「そんな奴がこんな辺境まで探しに来るか。このバカは照れ隠ししてるんだぞ、クドラク」
ぐいっと後ろから体を引き寄せられ、肩にアゴが乗せられる。振り向かずとも、それがキーラのものだとわかった。
今のクドラクは、少女の膝上に乗せられて、ぬいぐるみめいて抱きしめられている状態だ。
高い体温と鼓動が背中から伝わってくる。
「……その、キーラ」
「どうしたクドラク? どこか痛いか? お姉ちゃんに言ってみろ」
「ウゼェから離れろって言いてぇんだろ。病み上がりの人間をゴリラ筋力で締めてんじゃねぇ」
「は? どの口で人をゴリラ呼ばわりしてるんだ。頭蓋骨粉砕するぞノンデリが」
「おぉ悪い訂正するわ。ゴリラの方が賢かったな」
同じく『
ガイダール公家の三女として産まれ、第一等の狩人たる貴族の務めを果たしに入団した。
「自分を『お姉ちゃん』呼ばわりはキショすぎる。血縁関係って言葉はご存知?」
「知ってる。私達には血縁関係がある」
「ねぇよバカが。こいつ俺と同じ孤児。お前公家の放蕩令嬢。OK?」
「生き別れの弟なんだよ」
「それは無いんじゃないかな……」
キーラの強弁に突っ込みを入れると、正しく生き別れのいとこであるクルースニクが、右方で地図を囲みながら目を瞬かせた。
左方で片膝を立てて座っていたリトーも、「えっ」と言わんばかりの驚きを見せる。
「無いの? この人からは家族愛っぽい感情を感じるけど」
【カア、カア】
「あっごめんフギン君。報告は聞いてるからそのまま続けてね」
その右肩にはカラスめいた使い魔――アンフィスバエナの片割れがいる。
黄泉のカラスは不満げに鳴いたが、またクルースニクの耳元で何かを囁きはじめた。
おそらく、片割れが見聞きしている情報を中継してもらっているのだろう。
この双子のカラスは、相方が見聞きしている情報を寸分違わず再現できる。
(……『フギン君』? さっき貸したアンフィスバエナに名前をつけたのか。そういや僕が飼い主のくせして今まで名付けたことなかったな)
ぼそぼそと何かを中継している使い魔はさておいて、クドラクは会話に意識を戻す。
「キーラはガイダール公家の方だ。僕らと血縁関係は一切ない。……ただの仲のいい先輩だよ」
「実際私にとっては歳の近い後輩だが、感覚としてはもう弟だなー。三年も過ごせばなぁ」
「テメェの感覚が特殊なだけなんじゃねぇか……」
プライベートで何度も会ったり、ご実家で食事を共にしたぐらいの関係だ。
昔から猫っ可愛がりされてはいたが、ここまで人形扱いされたことはなかった。
……ずいぶん心配をかけたらしい。
「ほらガキ共が混乱してるだろうが。クソガキに恥ずい思いをさせんなよ」
「ガキガキ言うなよ。口が悪すぎて威圧してるように見えるぞ」
「テメェが――クソッまた話が脱線しそうだ。俺も黙るからお前も黙れ。こいつの話を聞こうや」
サメ面の兜ごしにフセヴォロドは顔をおおう。先ほどからずっとこんな様子だ。
「話と言っても……治療法のアテができたから、この公領に取りに来ただけですよ。もう手に入れましたから、ここの手伝いをしたら去ります」
「そこの二人は」
「僕の命の恩人です。旅を手伝ってくれてます。もう一人いるんですがはぐれました」
「クドラクのお友達か……二人ともありがとう。またこうして会えたのは君達のおかげだ」
キーラが頭を下げると、クルースニクとリトーは「いえいえ」と謙遜を示した。
「正直、恩人ってほどでもないですよ。出会い頭で助けてもらったのは私だし。この旅だって協力しながらやってるし」
「手前も、先に助けていただいたのは手前の方っスから。クドラクさんの方が恩人っスね」
「リトーは、僕を手伝いにきてくれたから厄介ごとに巻き込まれたんだろう」
「ははは、そう言われたら話が
ターバンを巻いた白髪の少年は、いたずらっぽくウインクしてみせた。
「正味の話、同じような身の上と価値観の友達ってのはお三方が初めてでして。クドラクさん達とは楽しくやらせてもらってるっス」
「私と同じ感じだね。複数人で旅をしたのは今回が初めてだから、割と楽しいんだよ」
「おや、ニーナさんとの冒険は」
「あれは北方でやってるものだから、旅というには実家が近いかなぁ。遺跡探しとかよくやるんだよ」
二人が楽しそうに言うのを見て、クドラクは不意に何かを悟った。
(……初めての旅。初めての友達か)
そう言えば、人生において心置けない友というのはこれが初めてかもしれない。
今までの人付き合いは、正体を隠した上での友好関係だった。ある種の緊張感があった。
それがニーナも含めた三人には感じないのは、同じ身の上の友達だからなのかもしれない。
「……皆、頼れる僕の友達です」
照れ隠しに視線を落としながら言うと、キーラは嬉しそうに頭を撫でできた。
「クドラクにこんないいお友達がいたとはな! つまり君達は私の――」
「黙れ話が逸れる。何を言おうとしたか百回自省しろ。まぁ事情はわかった」
ちらっとフセヴォロドはクドラクの様子を見る。何かを悟ったようだ。唐突に聞いてきた。
「引き留めるつもりなんざねぇが、ウチには戻ってこねぇのか」
答えようとして一瞬ためらいがよぎる。自分のために方々を探してくれた二人を前に。
しかし、返すべき答えは決まっている。
「……はい」
「えっそうなのか?」
「産まれのことなんざ、腰抜けの能無ししか気にしねえのによ。……まぁ気の合う奴とつるむ方が楽しいだろうし、行きゃいいさ」
驚くキーラとは対照的に、フセヴォロドは「そうなるわな」と言うように肩をすくめた。
「テメェのことをやいやい言う能無しが、ウチにも一割くらいはいたわけだしな」
「もういないぞ。全員病院送りにしたからな」
「えっ全員? キーラ?」
「『
「こいつはマジでぼこぼこにするから困る。クソガキが抜けた分の案件が膨大にあるのによ」
「もう誰もナメた口は叩かないぞ。何か言ってくる奴は私が顔面陥没させてやるのに」
キーラが心配そうに顔をのぞき込んでくる。クドラクは頭を振った。
声に出すのが一・二割いるなら、口に出さないだけで内心そう思っている者はもっといる。
「いや……言われるだけじゃなくて、そう見られるのがイヤなんだよ」
「繊細な野郎だ。団長には伝えておいてやるよ。本隊はこっちに着くのに時間がかかるからな」
「……私も抜けようかな」
「テメェの親が許さんだろそれは。俺もこの仕事辞めたいわ。忙しすぎて遊ぶ間もねぇ」
『
激務のあまり数年で離職する者も珍しくない。クドラク達は長続きしている方なのだ。
「巷じゃ『
「誉れも得られますよ」
「そんなもんクソだ。腰抜け共に尻尾振って何になる。連中の手の平は水車みたいに回転する。そんな不確かなもんを追い求めてどうすんだ」
フセヴォロドはじろっとクドラクを見た。暗にこちらのことを言っているのは明白だ。
「連れと一緒に遊んでろ。クソガキらしく。やんちゃも存分にしろ。行儀よく生きる必要はねぇ。……テメェ生き急ぎすぎだぞ」
「…………」
「まぁいい。たまには顔を出せ。そうすりゃコイツも団長も喜ぶだろうよ。テメェのことが好きな団員もたくさんいやがる」
「お前も喜ぶだろうが」
「喜ばんわ。誰がどうなろうが知ったことか」
「こんな照れ隠しのバカは放っておいて……たまには帰ってきてほしいなぁ。お友達といっしょにガイダール家で歓待するのに」
キーラが名残惜しそうに抱き締めてくる。
フセヴォロドも鼻を鳴らして――ふっと左右のクルースニクとリトーの様子を怪訝がった。
クドラクに気遣わしげな視線を送っている。
(……これから業魔になる僕が? 貴女の敵になるんだぞ。この国にいられなくなるのに)
クドラクは煮えたぎるマグマのような心中をこらえ、血反吐のようなセリフを喉元で留めおく。
代わりに、薄っぺらい欺瞞を口にした。
「…………善処するよ」
「えー善処なのか」
「クソガキ。テメェ何か――」
「すいません『
遠方で作戦会議をしていた巫女の一団が、キーラとフセヴォロドを呼んだ。
舌打ちしながら重装騎士が立ち上がり、「行くぞ」とキーラに呼びかける。
「また後で話すか。ちょっと待っててな」
クドラクが腰を退けると、キーラはウインクしながら立ち上がって、巫女達の下へ向かう。
沈黙しながらその後ろ姿を見るクドラクの横に、クルースニクが移動する。
「クドラクが『変わる』としても、あのキーラさんは会ってくれそうじゃない?」
「…………」
答えられない。最悪の場合は殺し合いになるかもしれないからだ。
今まで築き上げてきた、あの温かい関係を捨てる。そう考えると胃がきりきり痛む。
いっそこれを今生の別れとしたほうが、互いのためかもしれない。
わかっている。それでも、寂しいのだ。
「……ごめん、無責任なこと言ったかも。敵対してしまうと後味悪いもんね」
「いや。心配してくれてありがとう。リトーも僕を気遣ってくれて」
「いえ、まぁ……クドラクさんも難儀な定めを負ってるっスよね。人間のままいられたら――」
リトーは言いかけて、墓穴を掘りそうということに気づいたか口をつぐんだ。
クルースニクは心配そうにこちらを覗き込む。
「私は側にいるからね。一人にはならないよ。失うものの代わりにはなれないかもしれないけど」
「……代わりなんていらない。そもそも貴女達の方が大切だし。ただ、ここに来るべきではなかったのかな。未練が湧いてしまう」
あるいは、地下施設で彼女が言ったように、化け物になってから来るべきだったか。
その場合、ヴォジャノーイ共の不穏な動きや、アラク=マハの覚醒が成ってしばらく経つだろうから、今より地上が戦火に包まれていただろうが。
「まさか。地下じゃ君のことを優先したかったけど、ぶっちゃけ街を見捨てたら後で後悔するでしょ。私だって寝覚めが悪かっただろうし」
「いったん賽を投げたなら、もう突き進めばいいだけっスよ。迷う必要はないっス。……後であの方々と縁が切れるとしても」
そう、是非もないことだ。
クドラクが生きて望みを繋ぐ道は、もう闇へくだる一本道に定まっている。
甘んじて「これから失う物を見せつけられる」痛みを受け入れる他はない。
「それに、縁が切れると決まった訳でもないっス。一握りの縁が残るとしたら、それが本当に大切なもんだということっスから。……先のことがわからねぇなら迷わず進んだ方がマシだ」
リトーの言葉にうなずく。何にせよ進む。それ以外に道はない。これが定めであろう。
「……こっちはこっちで作戦を練ろうか」
「あっその前に」
クルースニクが思い返したように言って、礼拝堂の出入り口を指さした。
「外へ出ようよ。あっちの巫女さん達に聞きたいことがあるんだ。……もういいよフギン君」
【カア】
右肩のアンフィスバエナが羽ばたいて、クドラクの左肩に留まった。その姿がふっと消える。
「もういいのか。何を探らせてたんだ?」
「ある三人の会話内容をね。外に出ればわかるよ」
床の地図を丸めて回収し、三人は礼拝堂ホールから抜けた。外への両扉を開ける。
結界に守られた敷地の外は、相変わらず雪に包まれた廃都が広がっている。
この建物が無事なのは結界のおかげだが、カーミラの集中爆撃を受けるとどうなるか……。
「――で、ここからの動きは――」
「――了解しました――」
「――『
門前では三人の巫女が立っていた。外の業魔を哨戒している最中なのだ。
三人そろって仲良く話し込んでいる様子だ。
「……あの門前の子達……ヘカトンケイルに人質にされかけた三人か」
「そうそう。私が頼んで警備してもらったの」
「えっクルースニクさんが? 指揮権は」
「巫女さんの上役の人に、見張り役としてあの子達を推薦したら聞き入れてくれたね」
クルースニクの異様な動きに、クドラクはリトーと目を合わせた。
その時、三人の近くに植えられた木から、闇にまぎれて何かが飛び立った。
クドラクの方へと滑空してくる。
【カア、カア】
アンフィスバエナの片割れだ。クドラクの右肩に停まって、相方と同じくふっと姿を消す。
ここまで来たら、大体の事情はわかった。
「……もしかして、もう一匹の使い魔にあの子達を調べさせていたのか?」
「そうだね」
「彼女達の何を調べてたんだ」
「何を知ってるかと、生かすべきかどうかだね」
「そう言えば」と言いながら、先導するクルースニクが振り返る。
「クドラク君、この前の廃村で『花月の呪い』ってやつ使ってたよね。あれ使える?」
「……格下であれば呪い師相手でも使えるよ。彼女らには仕込めそうな気がする」
「了解。開幕で仕込んでね。ごめん三人とも! ちょっといい?」
屈託のない笑みを浮かべながらクルースニクが近づくと、巫女の三人はこちらを見た。
一行のまとめ役と思しき白髪おかっぱの少女が、二人を目で制した後に進み出る。
「何でしょうか? クルースニクさん」
「少し聞きたいことがあってさ。私達、この街に来たのがついさっきだから、あまり街の状況がよくわかってなくてね。よければ教えてほしいんだけど」
先ほど回収した地図を広げながら、クルースニクがすすっと三人に割って入った。
彼女の右側に白髪おかっぱの少女、左側に残り二人がいる形だ。皆で地図をのぞきこむ。
クドラクとリトーが彼女達の後方に回る。
「【――花月よ咲け。この者達に――】」
「他の巫女さんから聞いたんだけど、カーミラの拠点ってこの聖ワシリイ教会でいいのかな」
地図の中央に示されたポイントには、街の観光名所にもなっている壮麗な教会がある。
聖ワシリイ教会。数十年前に街が復興した際、弔いの意を込めて築かれた施設だ。
白髪おかっぱの巫女はうなずく。
「先輩方からはそう聞いてます。元々、ここは巫女達の拠点になるはずだった場所だったんですが、敵に奪取されたと」
「なんで奪われたか知ってる?」
「……又聞きですが、この騒動が起こる前に爆発騒ぎがあったそうです。その影響で結界が消え、直後にカーミラに襲撃されたと」
巫女が言うには、こう言う話だった。
クドラク達が地下施設貯水池で戦っていた頃、ふいに聖ワシリイ教会で爆発音が響いたらしい。
現場につめていた巫女達が確認したところ、教会と街の結界を司る聖木が、何かしらの爆発物によって破壊されていた。
同時に、教会内部に突如として黒髪の令嬢――カーミラが現れて施設を占拠した。
ほぼ同時に街の各所から業魔が現れ、夜闇に紛れて人々を襲いはじめた。
すぐに各教会に配備されていた『
これがクドラクが来る前に起こったことだ。
「へー、そうなんだ。カーミラってどういう手法でこの教会を落としたの? 巫女さんが詰めているのに、正面玄関から入ったわけでもないんでしょ」
クルースニクがにこやかに聞くと、少女達は互いに目を合わせた。
「ブリーフィングで聞いた限りでは、教会内に唐突に現れたと聞きました。それ以外は何も」
「唐突に。なるほど! そのカラクリって君達は知ってるの?」
「……さて、私達は中央から来たものですから。詳しい事情についてはちょっと……」
「そうなの? 知ってると思ったんだけどな――君達ってカーミラの協力者でしょ」
風が凪いだ。一瞬だけ辺りに沈黙が満ちる。
息も忘れて瞠目する三人のうち、金髪褐色少女だけが我に返って後方へ振り向く。
その先に門があるのだが、道を塞ぐように二人が佇んでいる。その手は柄に添えられている。
「――ッ、【
「【咲け】」
金髪くせ毛が動きを見せようとした瞬間、クドラクが仕込みを作動させる。
彼女らの後ろ首から紅い光の花が咲いた。肌に赤い根が張り、瞬く間にのどを締め上げる。
声帯と気道を押さえられた三人は、苦しげに口をぱくぱく開いた後、その場にひざまづいた。
「――かっ……!?」「……!」
「窒息させない程度でいいよ、クドラク君。意識があればお話はできるし」
「了解した。一応、呪詞を唱えられないように、のどと舌の根を押さえている」
クルースニクの言うとおりに彼女達を無力化したが、この後は彼女に任せればいいのか。
ひざまづいた白髪おかっぱは、苦しげにうめく。
「何を……ご乱心ですか……!? こっ……このような言いがかりは……!」
「ごめんね。私って感情が読めるんだよ。嘘を暴かれた時の焦りも読める。それに脇腹辺りから――」
クルースニクがひざまづいた少女の脇腹に手を添え、指先から霊気の爪をのばす。
白い獣爪はすっと皮膚に入る。傷はつかない。肉体を透過するよう調整しているのか。
内臓の何かを指先でつまんだ後、ずるり……とゆっくり引き抜いた。
【――! ――!】
「ほら、スペクターを寄生させている」
半透明の青い大クラゲが、クルースニクの手の内側でじたばた触手を振り回していた。
顔を青くする少女達の前で、白ベレー帽の少女はつかんでいたスペクターをにぎり潰した。
「初めて会った時、その脇腹から何かの思念を感じてさ。故意的に憑かせていたのか、無理やり寄生させられていたのかわからなくってね」
「……ッ!」
「だからさっき、クドラク君の使い魔を借りて見張らせてたんだ。巫女さん達の会議からも離して。三人でひそひそ話をしてくれるかなと思って」
クルースニクは残り二人の腹にも触り、スペクターを引き出しては握り潰す。
その後、白髪の子の前でしゃがみ、アゴに両手を添えて自分の顔を見させた。
「思った通りに、君達は油断してくれたね。さっき明らかに三人以外の誰かと話していた。周りには君達以外誰もいないのに」
「……それは……っ!」
「カーミラと直接話してたでしょ。会話内容を聞くに、君達は敵と内通している。いやそもそも――」
クルースニクは額が触れ合いそうなまでに顔を近づけ、巫女もどきの白い瞳をのぞき込んだ。
「君達は巫女ですらない。どさくさに紛れて巫女の格好をして、こちら側の動向を流していた。……違うかな? あぁ答えなくていいよ。感情で読める」
「……あ……っ」
「わかるんだよ。君達の心にべったりと、他の巫女への罪悪感が張り付いている。悪いと思ってる。だから穏便に済ませたかった。倫理観があるからね」
クルースニクは感情や殺気が読める。それを尋問に転用するとこうなるのか。
意図的にやっているんだろうが、かなり不気味な尋問方法だ。
善意と慈悲を隠さないぶん、余計に。
「脅されてカーミラ達に協力したの? ……違うんだ。お金のため? ……これも違う。へぇ、今その懐に注意が行ったでしょ。何か入ってるの?」
苦しげにうめく巫女もどきの背中から、かすかに牙を鳴らすような異音が聞こえる。
すっとクルースニクは少女の首筋に触れる。
「抵抗するのはやめてほしいな。敵意も読めるんだよ。ちょっと胸元を探らせてもらうね。……おや、この骨みたいなものって何かな?」
巫女の装束に手を入れた少女は、するりと骨でできた小ぶりの短剣を取り出す。
両刃は潰されていて、鍵のような凹凸が彫り込まれている短剣だ。戦闘用ではない。
その他にも、クルースニクは筒状に丸められた紙を取り出した。
「これは……地図? うわっこれ――」
紙を広げたクルースニクは声を上げ、クドラク達に見せてくる。
この城塞都市を描いた地図らしい。全てが深い青のインクで描かれている。
よく見ると、その地図に描かれた炎や煙はうごめいており、通りを青い点が移動していた。
「この地図……生きているな。リアルタイムの情報が反映されているとみた。青いインクが秘訣か」
クドラクが地図の表面をなぞった後、皆に見えるように指先を見せる。
先端についた青いインクが粒子状に変換され、煙ように空中に溶ける。
その様は、カーミラの鱗粉と同じように見えた。
「クドラク君、これって?」
「インクの特性からしてカーミラの呪いの産物だろう。空中から見ている情報を反映している」
これまでタルサデューク公の手勢と戦ってきたが、多くは街の騒動で混乱しているように見えた。
一方、カーミラは自らの手勢にこうした地図や連絡手段を渡し、場をコントロールしているのか。
「カーミラの呪いは夢や幻影に関係する。実体をもった幻術を産むこともできる。報告によれば、幻影の兵隊や楽隊を百も生み出せるらしい」
「このインクも幻影っスか」
「……ま、待った……げほっ。話を聞いて」
金髪くせ毛の少女が苦しげにうめき、ぎこちなく両手を上げた。
喉を締め上げている「根」をゆるめてやると、咳き込んだ後に少女は話しはじめた。
「……降参。命だけは助けてよ。何でもする」
「フウ……!」
「確かにアタイらはカーミラさんに協力している。上司からあの人への荷物を渡したついでに、この斥候役を任された」
「上司ってのは南方の人っスか?」
リトーが後ろから問うと、フウと呼ばれた少女はちらりとそちらを向いた。
「よく知ってるじゃん。カーミラさんのお友達が、アタイらの組織と縁深い方なんだよ」
「どんな情報を敵に流した?」
「現在の巫女部隊の位置とかを、知れる限り横流ししていた。この衣装はその辺の死体から剥いだ。いわゆる便意兵とかスパイがアタイらの仕事」
「仕事の出来はお粗末だったけど」と言いながら、フウは頭をかいた。
裏仕事に慣れている風ではないが、戦場のどさくさに紛れてうまい事やっていけたのだろう。
「このまま巫女達に突き出すのはやめてほしいんだけど……人気のない外で尋問しにきたってことは、その気は無いってことでいいの?」
その言葉に「私はそうだね」と応じながら、クルースニクは二人をそれぞれ見る。
「お二人に一任するっス」
「……貴女に任せる」
「じゃあ『そのつもりはない』で。騒動の鎮圧に協力してくれたら解放するよ」
「……断ったらどうなるっての?」
「その首に植えた種が、脊椎や脳を侵すかもね。私達が死んでもその種は開花する」
最後はクルースニクが適当に言ったものだが、一応そういう設定もできる。
憮然とした顔でフウはあぐらをかいた。
「……条件がある。これが守られなきゃどっちみちアタイらは死ぬ。アンタらには従えない」
「どんな条件?」
「『
『
クドラクは何かに思い当たった。
「……貴女達は南方出身なんだったな」
「そうだよ」
「同じ南方の服装をしている奴を、ついさっき捕らえたばかりだ。メテフィラ・ボギンスカヤと言うんだが、その者のことを言ってるのか?」
そう問うと、三人は瞠目してクドラクへ向く。
「……あ……アンタらが捕まえてたっての!? そうだよ、その人だよ」
「今の条件と同じことを、メテフィラから依頼された。彼女に用があるのか」
「その人に内密に依頼したいことがある。心証を良くするために、この外道仕事を受けたんだよ」
事情はよくわからないが、クドラクとしても別にできないことはない。
メテフィラの繋がりは有益なものに思えるから、騒動鎮圧後は条件付きで解放する予定だ。
地下施設で捕らえたままだから、巫女に引き渡しているわけでやもない。
「カーミラはあの子と会わせてくれなかったの?」
「その時間がなかった。物資配達が終わったのが今日の夕方。その時にカーミラさんへ『
狂奔発生。地下施設が襲撃されたことで、カーミラがこの城塞都市の攻略を早めた。
その流れで彼女らはカーミラに従ったのだろう。そして巫女達に潜入し、状況を中継した。
「わかった。その条件は彼女からも出されているし、なるべく守る予定ではある。全部終わったらメテフィラに会わせることもできる」
「本当!? ……いや、本当か……?」
「リトー、メテフィラからの餞別を出してほしい」
リトーがマントの内側に手を突っ込み、ガラス瓶を取り出す。
透明な瓶の中には、青白く発光する卵胞が保管されていた。
偽巫女の三人が息をのむ。
「『
「ちょい待ってよ、なんでそれを持ってんのさ。アンタらはこっち側の協力者だったの? アタイらと同じスパイとか」
「違う。カーミラやメテフィラとは敵対しているが、交渉によって鎮圧後の助命を約束しているだけ。この餞別はその見返りだ」
正確には、メテフィラと繋がりを持つメリットの提示と言うべきか。
向こうはこちらに興味を持っているし、こちらにとってもメテフィラの技術は有用だ。
この城塞都市の戦が互いを分かっているだけで、終戦後は仲良くしてもいい。
「巫女や狩人に協力はしているが、僕達には僕達の思惑がある。騒動を止めてくれるなら、下手人は逃がしてもいいという約束をした」
「……ワケわかんない状況だわ。どうする?」
フウ達が仲間に聞く。クドラクが後ろ首に咲かせた花を操作し、声帯と気管を解放させる。
いくぶんか咳き込みながら、二人は答えた。
「……どうするもこうするも……従うしかないでしょ。でなきゃ巫女達に突き出されて死ぬか……この花に殺される」
「……意味もなく仙桃胞は渡さないと思うデス。何かしらの密約を交わしているのは本当かと」
「確かにそうだわ。わかった、アンタらに従う」
開き直った様子でフウはクルースニクへ向いた。
「でも、カーミラさんとの戦闘に参加することはできない。『
「何ができる?」
「スペクターが共有していた情報を教える。後はタルサデューク公の手勢を殺せる。聖ワシリイ教会への隠し道も教える。どう?」
「悪くないね。公とやりあう時にもいい」
クルースニクはうなずくと、仲間達に目をやる。クドラクとリトーも首肯した。
「知ってることを話してほしいな。特に空にいるカーミラを落とせるような情報がいいな」
「つったって、何を話せばいいのか……」
フウが眉根を寄せて考え込んでいると、白髪おかっぱ頭の偽巫女がかわりに答えた。
「……アルゴスなら落とせる可能性もありますが」
「アルゴス?」
「知らないんですか? タルサデューク公の手勢を運んできた超大型業魔。街に公達を投下した後、カーミラさんと空中でやりあった」
「アルゴスってのは百くらいの眼があって、全身から邪視を放つんだ。一時間くらい前の戦いで、だいぶんカーミラさんの幻影を削ったはず」
タルサデューク公の手勢か。聞くだに厄介そうな手合いだが、なぜ今は空に姿が見えないのだろう。
「結局、カーミラさんに撃墜されて、西の区画でバリアを張りながら休んでいる最中って聞いた。もう一度あいつに邪視をはなってもらえば……」
「やっぱ説得は無理かも。私達やこの人達にとっても敵でしょアイツ」
嘆息する偽巫女達とは違い、クドラクの頭の中には妙案が浮かんでいた。
要はその業魔に邪視だけ放ってもらって、カーミラを削ればいいわけだ。
「……ニーナに寄生を頼もう。その大型業魔を彼女に操らせればいい」
「でも、あの人とははぐれてしまったっスよ?」
「ニーナと合流するのが当面の目標だね。でも、どこに行けばまた会えるのかな……」
クドラク達が三人で話していたその時、教会の両扉が開いて、巫女の一人が顔を出した。
「お三方、少しよろしいですか。今、他教会との通信がとれまして。通信相手の方がお呼びです」
「……僕達を?」
「ニーナ・スネグラーチカという方です。こことは別の教会で巫女達と合流していると。……今後の作戦についてもお話があるそうで」
「さすがニーナ。噂をすれば、だね」
狼めいてクルースニクが唇をなめる。クドラクは少し思案した後、三人の偽巫女に向いた。
「貴女方にアンフィスバエナの片割れを渡す。僕達の通信に捕捉すべきことがあれば、その使い魔にこっそり話してくれれば助かる。……行こうか」