『血塗られた月のクドラク』〜余命わずかな病を克服するため、闇の王へと堕ちる話〜 作:人見 広介
礼拝堂中央の石畳を割って、青々と葉を茂らせた樫の幼木が生えていた。
幼木は葉をすれ合わせ、謎めいた方法で人の声に似せた音を立てている。
これはゼムリアの巫女達が扱う植物兵器の一つであり、遠方の声を中継できる。
今の通信先は、街の各所に点在する教会だ。そこには巫女達が身を潜めている。
もはやアラク=マハの街全体が戦場と化し、家々が倒壊している現状においても、大部分の教会はなんとか破壊を免れていた。
教会とは非常時の拠点であり、元から堅牢に造られているものなのだ。
《――この際、街は新しく復興すればいい。今重要なのは事態の早期鎮圧と人命保護です。「
今、礼拝堂中央の幼木からは、竪琴のように透き通った声がひびいていた。
その幼木を囲むように、巫女達が円を描いて地べたに座り、通信内容を傾聴している。
白いヴェールと修道服に身を包んだ彼女らは、燃えるような目を薄闇にかがやかせていた。
どれも業魔滅殺の使命に燃えている瞳だった。
《街を緑化すると?》
《はい。植物兵器を大量投入し、一帯を丸ごとキルゾーンにします。復興予算は余ってます》
彼女らの視線の中、一番前で幼木を取り囲んでいた各部隊の上級巫女がうなずいた。
「「「仰せのままに」」」
同じく《仰せのままに》と通信先から合唱が聞こえる。この話を主導している巫女の地位が伺えるというものだった。
その上級巫女達の隣で、『
キーラが背筋をピンと正しているのと対照的に、フセヴォロドはあぐらをかき、頬杖をついている。
《同時に、こちらにいらっしゃるニーナさん……今街に雪を降らせている方に、「
「街全域を攻撃するためにですか。花粉毒は用いないのですか?」
《後処理が面倒ですから。植物兵器が大量繁生する恐れもあります。雪は溶ければ終わりです》
巫女達からは納得の声が漏れる一方、「素性は確かな方なのでしょうか」等の疑念が混じったささやきも聞こえる。
上級巫女達は思案した後、「「「異議なし」」」と応じた。通話相手の巫女達も同じく応じる。
《この街にいる呪い師も、味方側と敵側に区別し終わりました。タルサデューク公の手勢が参戦した時は、味方を装った連中に背後から刺されることもありましたが……おおむね選別は終わり、味方側はほぼ全員合流しています》
雪の勢いが強まることは味方側に周知できるので、不意打ちで害を受ける心配はない。
逆に敵は混乱する一方だろう。触れれば凍結する雪は実際脅威的なものだ。
《「
音頭を取っている巫女の通信音声で、がやがやと周囲の巫女が案を検討しだす。
入り口でそれを見ている自分達を、礼拝堂中央の幼木付近にいるキーラが見つけた。
ほほ笑みを浮かべながら手招きしてくる。
「会議中みたいだね、クドラク君――ん?」
「……うっ……」
クドラクは冷や汗を流しながら固まっている。その顔は引きつっている。
「どうしたっスか?」
「んー? ……もしかして、今の話を仕切っていた人と知り合いとか?」
「わかるか。正直会話に参加したくない」
そうは言っても、キーラの左にいるフセヴォロドも「さっさと来い」と目配せしている。
ぎこちない様子のクドラクの手を引いて、一行は幼木まで向かった。
クドラクがキーラの右に座ると、おもむろに彼女は手を伸ばして、クドラクの頭を撫でてきた。
「何か言うべきことはあるか?」
「一つ。ちなみに貴女は?」
「特にないけど……強いて言うなら、私が呪いで飛んで、カーミラと空中戦した方が早いと思う」
キーラの横で座っていたフセヴォロドが、鼻を鳴らして相方を見た。
「正気かテメェ。敵の能力を聞いてたか?」
「攻撃を無効化してくるんだろ? どうってことないだろう。ひたすら攻撃しまくってたら、いつか無効化のカラクリも破れるとしたものだ」
「やめたほうがいいと思う。カーミラは空中戦に長けているようだった。敵の土俵でやりあうのは効率的ではない」
クドラクが制すると、キーラは「お前がそう言うならしかたないなぁ」と笑った。
一方、クドラクの右手に座ったクルースニクが、体を前に傾けてキーラとフセヴォロドを見た。
「お二人の呪いってどんなのですか?」
「私は引力を操れるぞ! 何かを圧縮したり、空へ飛ばしたりと色々できるな!」
「俺の呪いは……見たほうが早いな」
フセヴォロドは頰当て(口を保護する兜の部位)を手でおさえる。ビキビキと音が鳴った。
再び手を外した時には、頰当て自体がサメめいた凶悪な口に変わっていた。
鉄の乱杭歯が剥き出しになっており、ガチガチと噛み合わさる。
「好きな形態に武装ごと変形できる。後は生命力が強ぇ。前線に突っ込んで業魔共を食い散らすのが得意だ。この女と同じだな」
「キーラは『栄光ある手の呪い』。フセヴォロドさんは『血獄の呪い』。二人とも前衛向きだ」
クドラクは補足を入れながら、懐から地図を取り出し、中身に目を通した。
正直に言えば発言したくはないが……先ほど得た情報は共有しておくべきだ。
通信先には、計画の要たるニーナもいる。
「クドラクの呪いはわかってるとして……君達の呪いはどんなものなんだ?」
「私達はですね――」
「……ヤセニ教会より狩人のクドラクです。こちらから一つ報告があります」
仲間達が情報共有を始めた横で、クドラクは四つん這いになって幼木へ這い、意見を切り出した。
通信先から聞こえてきたざわめきが消えた。こちら側の巫女も静まる。
通信先の沈黙は、どことなく張り詰めていた。
(……う……どっちの沈黙だ? 単に話を聞くために黙ったのか、僕が生きてることに驚いたか)
心臓が干からびるような緊張を感じる。改めて座り直したクドラクは、おずおずと話し出した。
「ここに来るまで、何匹かの敵に尋問したことがありまして、その情報からお話したいのですが――」
《――クゥ君ですか!?》
先ほど音頭を取っていた巫女が大声を上げた。その背後から一際に大きなざわめきが聞こえる。
《おおっ!? クゥ君じゃん!》
《久しぶりー!》
《体の調子は良さそうですね。よかった――》
《症状は大丈夫ですか!? 今日の正午に生存の一報を受けるまで、本当に心配したのですよ!》
最後の声は、音頭を取っていた巫女のものだ。
全て聞き覚えがある声だ。クドラクがいっそう顔を引きつらせる。
(ひえぇ……今声を上げた人、全員知ってる。一人を除けば『
楽園公直隷部隊『
数々の狂奔を鎮圧した経験がある者達で、クドラクも何度かいっしょに仕事をした。
こちらに反応したのは、昔の仕事仲間だろう。
(……それにしたって、クゥ君呼びはないだろう。今は公の場だし、愛称で呼ぶのはやめてほしいのだが。いや、今は謝罪が先だけど……)
こほん、と咳払いをひとつして、クドラクは肩を縮こまらせながら口を開いた。
「お久しぶりです、皆さん。通信での生存報告で恐縮ですが、この度はご心配をおかけして大変申し訳ありませんでした。その――」
きりきり痛む胃を抑えながら、名を口にする。
「――パラスケヴァ様。それと『
楽園公パラスケヴァ・ピャトニッツァ。
通信先にいるのはその化身だ。『聖林』の奥深くから木を依代に精神を飛ばしてきている。
普段は公に姿を見せず、御簾の向こうで執政している謎の人物なのだが、楽園国の有事となれば密かに化身を飛ばしてくる。
また、たまに彼女は化身を街や村に飛ばし、その目で社会問題がないかを調査している。
巫女の働きぶりを密かに見て、時には対等に民草と交流するなど、フットワークは至極軽い。
この際に自らの身分を気取られぬために、あえて楽園公は姿を公開しようとしないのだ――そういう憶測も巫女達の間でささやかれている。
(失踪していた僕を探していたんだったか。手間をかけさせて申し訳ない……通話ごしの謝罪というのも礼に反するんだが……)
クドラクと楽園公には個人的な繋がりがある。師父のホルスが彼女の友人なのだ。
普段は公の場に出ないパラスケヴァは、数少ない知己である自分を可愛がってくれた。
彼女の手足である『
《マジでどこ行っとったんよ!? 楽園国内を探してもどこにもおらんかったし……》
《えっ病気大丈夫なの?》
《ガールフレンドできたってホント!?》
《『
「……その……公の場だし、積もる話は後でできればと……色々とお詫びしますので……」
ぺこぺこと幼木に向かって頭を下げるクドラクの周りから、色んな視線を感じる。
「クドラクさん、ご友人が多いんスね」
「うちの団長が『聖林』と仲いいからな。何回かこいつは巫女共に助っ人で出されてる」
「ちなみに私もだぞ! 基本的には女性が派遣されるんだが、クドラクは団長と楽園公の縁がな」
「…………」
クルースニクが口を開きかける気配がしたが、なぜか沈黙した。
代わりに、彼女の気遣わしげな視線を感じる。
《お詫びなど。無事に生きていてくれるだけで、何もかも報われるというものです。でも、もう戦場に出て大丈夫なんですか?》
「はい。症状は落ち着いています」
《……それでも心配です。後で体を診させてくださいね。体調が悪くなれば後方に下がるように》
パラスケヴァの心配そうな声の後に、鈴の鳴るような声が聞こえる。
《カリーナ教会より狩人のニーナ。ずいぶんな人気ぶりじゃない、クドラク》
「……どうも。貴女も無事だったか。そちらに参加しているのは本体か?」
《そうね。やっぱ直に力を振るうのはいいわ。端末ごしだと威力が落ちるもの。……で、さっきの話は聞いてたの?》
「『
「……それって何ですか? さっきから気になってたんですけど」
背後でクルースニクがキーラに聞く声がした。「うんとな」と彼女はアゴに指を当てる。
「植物兵器を中に詰めた巨木だ。地中から作戦地点に生えてきて、辺りに兵器をばら撒く。街付近は密林みたいになるだろうな」
「密林。やばー」
「比喩じゃないんだよ、これ。辺りにレーザーを垂れ流す木々やらが生えまくって、街が更地になる。畑も荒れ野になる」
「こんな事態じゃなきゃやらねぇ一手だ。復興に数十年単位の時間がかかる」
植物兵器というのは字の通りだ。
爆発する巨大種子・致死性の花粉毒・レーザー砲台樹林・食人植物の群れ等々……。
楽園国の民草でさえ「緑禍」と畏怖する代物。
「だが、敵方の首魁はここの領主だろう。楽園国の防衛兵器に何があるかは知ってるだろ。手の内がバレた大仕掛けが通じるかね」
「と言っても、この乱戦状態を打開できる策は他にないだろう。私は賛成だけどな」
キーラは乗り気なようだが、クドラクとしては賛成しにくい策だった。
地下でメテフィラから聞いた話だと、タルサデューク公は隠しダネを持っているらしい。
港湾都市オキアンダールの先、孤島に設られた巨大な門の情報……。
それが『
《それで、クゥ君。報告とは?》
「本騒動が起こる前、業魔達が拠点化していた地下施設を攻略した際に、敵幹部よりいくつかの情報を入手しています。先にそちらから共有を――」
クドラクは話を進めた。
地下水路および御殿を攻略した時のこと。メテフィラの尋問結果。孤島にある巨大な門の存在。
「――以上のことを尋問しました。最終的にメテフィラは
《そうですか。下手に生かせば災いの種となっていたでしょう。……さて、巨大な門ですか》
最後の報告はウソだ。「実は生かしてあります」と言ったら正気を疑われるだろう。
大物は殺せる内に殺さないと危険だから。
《順当に考えれば、狙いは大物の召喚でしょう。この戦況を一変させうる切り札となれば……旧い神々の類かもしれません》
「……神々」
《昔はよくいたそうですよ。たやすく人類を死滅させうる者共。獣の祖ヴェレス。人の祖ペルン。天つ風のセマルグル。深みのアトリムパス……大半は死にましたが、一部は冥府で生きてます》
あっけらかんとしたパラスケヴァの言葉とは対照的に、巫女達が不安げにささやきを交わす。
クドラクも眉をひそめ、パラスケヴァの意図を吟味する。
(僕達の父親と同じようなクラスってことか? 本物の上位者とやりあうのは初めてだな)
人に崇められる業魔はそう珍しくはない。
西方の邪教圏でよくある傾向だが、知恵の回る大業魔は人間を眷属にしたがるものだ。
カルト教団を作れば、ひとりでに信者は贄を見繕ってくれる。業魔にとっては楽な食い扶持だ。
今話に上がったのは、そうした類ではあるまい。
太古の地表に棲んでいた超越者達。
およそ人の及ばぬ災いであるがゆえに、ただ畏れ崇めることしか許されぬモノ。
彼らがほぼ死んだゆえに、人類は繁栄した。
「ははあ、
「花領のヤリーロ姫のことッスか? クルースニクさんはあの方の弟子でしたか」
「武術のお師さんだね。意外といるよね、人間が産まれる前からいる神様って」
「……ヤリーロっつったら、この大陸ができた時から北にいた大業魔か。テメェら北の出か?」
後ろの会話内容に気を取られながら、クドラクは幼木に聞いた。
「それらの討滅経験はおありですか?」
《一回だけ。入念な準備をした上での封殺でした。ただ参考にはならないでしょう……今回は私達が誘い込まれている立場です》
「ここは敵の領地ですしね」
《この後に及んで門を開けないのは……「
植物兵器群の魂は膨大だ。なにせ数が多い。辺り一面が緑に染まるゆえの「緑禍」である。
例えば、魂を収奪するような仕掛けを領地に仕込み、「
燃料集めと迎撃を兼ねた秘策となるだろう。
《門のある場所は孤島と言いましたか。地図上ではそれらしきものは見えませんね》
「浮島の類でも持ってきたのかも。ヴォジャノーイ共が配下にいるなら可能でしょう」
《ふむ。兵に調査させるのは当然として……》
いったんパラスケヴァは沈黙した。何かを思案したのだろう。
《……「
召喚されるまで地上に樹を出さなければいい、と踏んだようだ。
要は、大物が召喚されるリソースにされなければいいだけの話だ。
地下深くにある魂を収奪する技術など聞いたこともないし、これは有効な策だろう。
《最悪の事態に備えて、『聖林』の防衛兵器の半分をこちらに輸送します。地下トンネルを即席で開けましょう。後で各班に輸送計画を知らせます》
《私はどうすれば?》
《ニーナさんは計画のとおりに。地中から供給するエネルギーを雪に変換してください。今やってるのと同じ要領で》
「……となりゃ、もう少し接戦が続くかね」
フセヴォロドが呟いたとおり、互いに切り札が出るまでは現状が続くことになる。
空を飛ぶカーミラの対策、街の制圧方法などをどう考えていくべきか。
クドラクには案がある。先ほど、教会の外でフウ達に尋問した時に考えたものだ。
「その案であれば、カーミラを撃ち落とす方法を別途考えなければなりませんが……僕から一つ献策がございます」
《聞きましょう》
「市街地西部にタルサデューク公の配下――アルゴスが墜落しています。カーミラとの空中戦で撃墜されたらしいのですが、奴の邪視を使えませんか? ニーナの寄生能力で奴を操るとか」
後ろの巫女達が顔を見合わせて、「アルゴス?」「タルサデューク公が乗ってきた大業魔のことかと」とささやきを交わす。
ここの教会にいる面子は、その者からの被害をさほど受けてないのか。対照的に通信先のいくつかでは驚きの声が上がった。
《アレを? 全身に邪眼がついてる危険物ですよ。ウチの部隊員も何人かやられました》
《危険度は随一です。確かにカーミラとの戦闘で弱っているでしょうが》
通信先から他の巫女達が反論する中、パラスケヴァは思案げに呟いた。
《……ふむ。ニーナさん、やれますか?》
《まあ私なら乗っ取れるんじゃない。難易度がわからないから、端末ごしじゃなくて直に脳みそをイジりに行きたいわね》
《となると、雪を降らせる役割の方は、ニーナさんが端末ごしに遠隔操作する形ですか。……戦闘中でも操作できますか?》
《いけるわね。マルチタスクには慣れてるし》
《ふむ……勝率は悪くないでしょう。採用します》
まずはよし。後はニーナと合流して、護衛戦力として彼女を守ればいい。
今の献策は、状況打破に合理的である以上に、また仲間達と共に動けるのがメリットだ。
後にクドラクが業魔化する時、仲間達と共に固まっていれば巫女達から離れやすい。
「死地に向かう作戦です。護衛戦力は少数精鋭が望ましいでしょう。僕と仲間達――クルースニク・リトー・ニーナの三人で志願したいのですが」
「あわせて四人じゃ心許ねぇだろ。俺とゴリラ女も同行する。計六人だ」
「え? しかし――いや、お願いします」
フセヴォロドに反論しかけるも、すぐに止める。
正直、三人だけで行動した方が、好きな時にこの地から離れられるのだが……。
このタイミングで断るのは不自然だ。敵陣に突っ込む以上、戦力は多いほどいい。
「クドラク君、もう三人も追加でいい? さっき『お話』した巫女達も」
「確かに、僕達といっしょにいてくれた方が、都合はいいかもな」
「「「うぇっ!?」」」
群衆の向こうから、引きつったような声。元内通者の巫女達だろう。
ここで彼女達と別行動を取ってしまうと、またカーミラと内通する危険性がある。
騒動が終わるまで連れ回して、最後にメテフィラと会わせてやればいい。
《侵入ルートはどうするつもりですか?》
「……その件について、これは先に報告すべきだったかもしれませんが」
クドラクは手元の地図に目を落とす。
さて、この地図の出所について、うまく誤魔化せるだろうか。
「つい数分前、僕達はこの教会の周辺を偵察していたのですが、そこでカーミラ達の斥候と思わしき業魔の群れを発見しまして」
《ふむ? 尋問でもしましたか?》
「はい。その時に、敵が利用している地図を確保しました。……これを通信先に提示できますか?」
側にいた上級巫女に地図を渡す。
それを受け取った巫女は、幼木に手を伸ばして、枝葉に何らかの霊気を注ぎ込んだ。
幼木の枝に赤い雫のようなものができたかと思うと、みるみるリンゴ大の果実に膨らんでいく。果実には黒々とした眼のような器官がついていた。
「映像を中継します。通信に問題ありませんか?」
通信先の教会では、おそらく幼木から振り撒かれた水気と霊気によって、光の屈折を活かした幻の映像が作り出されているはずだ。
各教会の幼木同士は、地中で根を絡ませあっており、こうした情報連携を可能としている。
「地図を開いてください」
クドラクの指示に上級巫女が応じ、果実の眼に向かって地図を開いてみせる。
紙面では、街の上面図が青いインクで描かれている。かなり精緻な地図だ。
青色の点が地図上の道路を動いたり、二つの陣営に分かれてせめぎ合っている。
《ふむ。この動いている点は?》
「各陣営の手勢かと思われます。カーミラが空中から見たものが、敵味方の区別なく反映されているもののようです。それで――」
クドラクは、上級巫女が開いている地図に目をやった。
街の西部に、多くの点が密集しているポイントがあった。
そのポイントは青い丸で囲まれ、中央部には巨大な染みのごとき点が打たれている。
その時、クドラクが羽織ったマントの内側から、ひょこっとカラス型業魔が顔をのぞかせた。
アンフィスバエナだ。
クドラクのシャツに爪を立てながら、耳元までよじ登ってくる。
《アルゴスが休んでいるポイントは、そこの染みの辺りだよ》
カラスがひそひそと告げた。この声は、金髪の偽巫女――フウのものだ。
彼女に渡したアンフィスバエナの片割れが、声を中継しているのだろう。
《その丸い円は、アルゴスが張った結界ってワケ。タルサデューク公軍の一部は、円の内側で陣を固めている。アルゴスが復帰し次第、またカーミラさんと巫女達に攻勢をかけるために》
確かに、地図に描かれた点は、円の内側に密集している。これらが全て敵か。
……さて、最適な侵入ルートは……。
フウの報告に数瞬だけ考え込んだ後、クドラクは報告を再開した。
「――丸い円の内側にある染みがアルゴス、円が結界を表しています。他の点が雑兵です。
正面きって攻め入るのは時間がかかります。下水道を通って地下から奇襲するのが一手ですが、当然に敵も対策しているでしょう。
そのため、偽兵の策がよいかと思います」
つまり、敵の兵士に擬態して、敵陣の中央までもぐり込むのがよい。
おそらく策は通るだろう、とクドラクは予測していた。理由は戦場の混乱ぶりだ。
「今の状況では、誰が自陣営のものなのか、敵も把握してはいないでしょうから」
《あやたは業魔に擬態できるのでしたね。よろしい、認めましょう。こちらでも結界付近で小競り合いを起こし、敵方の注意を引きます。
陽動部隊の配役を決めましょうか。まず――》
パラスケヴァが明朗な口ぶりで指示を下し、とんとん拍子で作戦が決まっていく。
街の狩人と巫女による混成部隊が結成されゆく中、クドラクは後ろをちらりと見た。
平然とした様子で、仲間達が話を聞いている。
(仲間の様子は……いつも通りか。まぁ、この程度の役割は皆こなしてきているだろう。後の不安要素は、タルサデューク公の戦力。そして――)
作戦遂行後、ニーナはアルゴスを掌握し、空中のカーミラを邪視で狙撃するようになる。
そのままカーミラの手勢とも連戦に入るだろう。
(――カーミラとの連戦、か。邪視で殺しきれなかった場合に備えて、二の矢を考えるべきだな)
クドラクは策を練りながら、一連の会議が終わるのを待った。