『血塗られた月のクドラク』〜余命わずかな病を克服するため、闇の王へと堕ちる話〜   作:人見 広介

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2-1:白い月の少女クルースニク①

 

 

 

 自分のうめき声で、クドラクは目を覚ました。

 薄暗い天幕の内部が目に入る。

 周囲のかがり火が揺れて、布に描かれた民族風の赤いペイントや、屋内に転がる動物の骨を照らす。

 

(……ここは……? 僕は死んだんじゃないのか)

 

 自分は毛皮の寝具に寝かされているようだ。ここは何者かの家なのだろう。

 クドラクが半身を起こそうとした時、左手が何者かに握られていることに気付いた。

 

(……誰かいるのか?)

 

 寝返りを打つと、自分の側で少女が寝ていた。

 短めの金髪が愛らしい、ボーイッシュな娘だ。白いブラウスを着たまま寝ている。

 クドラクと同年代くらいだろう。

 

 意表を突かれたクドラクだったが、すぐに状況を把握した。

 おそらく彼女が介抱して、安全圏に連れ出してくれたのだろう。

 

(この子が助けてくれたのか……心臓がイカれたはずなのに、どんな手当てをしてくれたのやら)

 

 胸に手を当てるが、すでに痛みは引いていた。心臓は元気よく鼓動を打ち続けている。

 思えば体中の痛みもマシになっている。内臓の動きも活発になっている感覚があった。

 自分の左頬に触れると、すべすべした肌の感触があった。顔の石化も引いている。

 

(……だいぶん症状がマシになっている? なにが起こったんだろう。そもそも、ここは――)

 

 ゆっくりと左手をほどき、半身を起こして周囲の様子を観察する。

 天幕の中は広く、様々な器具や書籍が転がっており、部屋の主の教養を伺わせる。

 

 ふっと自分の枕元を見ると、封筒が置かれていることに気付く。

 クドラクは封筒を開け、手紙に目を通した。

 最後の文面が目を引く。

 

『――貴殿の延命について、吾輩も微力も尽くしましょう。我が領地を訪れた時は、この手紙につけられた封蝋を誰かにお見せくだされ。我が客人であることを証明できるでしょう――』

 

 封筒を見ると、牛の頭骨が描かれた黒い封蝋が目に入った。蛮族の王にして偉大なる呪い師、『Dr.サルトゥイク』を示す封蝋だ。

 見覚えのある手紙だ。確か、Dr.サルトゥイクにアポイントを取った時の返信文だった。

 昔から、彼らは鷹を使って文通しあう仲だった。

 

「……んぅ? 誰……?」

 

 横の少女が声を上げる。覚醒した彼女は、クドラクの姿を認めると目を見開いた。

 がばっと毛布を跳ね除け、クドラクの肩に手をかける。

 

「気が付いたの!?」

「おかげさまで。迷惑をかけたみたいだね」

 

 気まずそうに少年が言うと、安堵の笑みを浮かべながら少女は首を振った。

 

「大したことはしてないよ! 助けられたお返しってヤツだね。……体の具合は大丈夫なの?」

「もう大丈夫。二年ぶりに体が快調な気がするよ」

 

 死の気配は既に遠ざかっていた。それどころか、麻薬切れによる不調すらも緩和している。

 原因は不明だが、何にせよ心地よい。

 

「よかったぁ……もう目覚めないんじゃないかって心配したよ。心臓も止まってたし」

「貴女が蘇生してくれたんだろ? ありがとう。どれだけ感謝してもしきれないよ。……ところで、どうやって手当てをしたんだ?」

 

 もしかして、優れた医者なのだろうか。狩人と医者を兼ねる者はわずかだが存在する。

 そう思って聞いたが、ボーイッシュな少女は苦笑しながら首を振った。

 

「心臓マッサージをしただけだよ。蘇生してからは、ずっと脈を測り続けていただけだし」

「……え?」

「息を吹き返してからは、みるみる症状がよくなっていったよ。一過性のものだったのかな?」

 

 拍子抜けする回答だった。しかし、心臓マッサージで石化をどうにかできるものなのだろうか?

 石化した部位が元に戻った試しはないのだが、蘇生すると治るものなのだろうか?

 

 混乱するクドラクに、少女は顔を寄せた。

 

「ねぇ、名前はなんて言うの?」

「……クドラク・スヴォロフ。しがない狩人さ。貴女の名前は?」

 

 彼女は業魔と戦う術を持っていた。おそらくクドラクと同業者なのだろう。

 となれば、有名な狩人なら噂話くらいは聞いたことがあるかもしれない。

 金髪の少女は、人懐っこい笑みを浮かべた。

 

「クルースニク・ヴォルスカヤ。君と同じく、業魔を専門にしている狩人だよ。よろしくね!」

「……クルースニク? もしかして、『白狼(ベリヴォルク)』の異名を持つ狩人か? 無双の弓取りと評判の」

 

 驚きとともに、にこやかな少女を見つめる。

 旅団在籍中に噂を聞いたことがあった。光の矢を放つ流浪の狩人らしい。

 猛毒を持つ業魔スキムドゥルの討伐譚や、地震を引き起こす災厄級業魔タラスクを征伐した逸話で知られる。

 常にソロで狩りを行う放浪者だ。

 

「ああ、なんかそう呼ばれてるんだっけ?」

「お会いできて光栄だ。僕と同年代の狩人と聞いていたから、前々から一度話してみたかった」

 

 ただでさえ死亡者が多いタフな仕事だから、十代半ばの狩人で大成している者は多くない。

 まして逸話を残すほどの狩人など、ほんのひと握りだろう。

 

「私も光栄だよ! クドラク君と言うと、英雄旅団(ボガトゥイリ)所属の狩人でしょ? 最年少の英雄だって評判の。色んな武勇伝を聞いたことがある」

 

 クルースニクが目を輝かせるのを見て、顔から火が出るような恥辱を覚える。

 おそらく、直にその武勇伝は汚泥に塗れる。

 

「『紅い月の呪い』を持つ千変の狩人。災厄級業魔を単騎で狩り、いつも最前線に立って武勲を上げる凄腕って聞いたよ!」

「…………そう、だったね」

「あんな森の奥で偶然会うなんてね。これも何かの縁かな。今後ともよろしくね!」

 

 クルースニクは喜びの笑みを見せたが、やがて暗い表情を浮かべた。

 

「……でも、持病があるとは初耳だったよ。ねぇ、本当に大丈夫? お水でも持ってこようか?」

「いや、問題ないよ。……ところで、ここは?」

「黒仏氏族のお家の一つだよ。あの滝で応急処置をした後、彼らに助けを求めたの」

 

 首を傾げるクルースニクへ、驚いて振り向く。

 

「黒仏氏族だって? となると、ここはDr.サルトゥイクが治める草原地方か」

「うん。その手紙を読んだけど、ここが目的地だったんだよね? 部族の人達に手紙を見せたら、すごいかしこまった様子で中に通されたよ」

「酋長は、黄金の覆面をつけた巨漢だったか?」

 

 クルースニクは頷いた。よろよろとクドラクは立ち上がり、天幕の入り口を開ける。

 満点の星空の下に、なだらかな丘陵が見えた。周囲には灯りのないテント群が立っている。

 しんと静まり返っているのが、少し気になった。

 

(……妙な静けさだな。人の気配が一切しない)

 

 こんな夜更けに集会でもしているのか、と首を傾げる間にも、クルースニクの現状説明が続く。

 

「この天幕はお客様用のVIPハウスなんだって。サルトゥイクさんは別の天幕に住んでるよ」

「……僕はどれくらい眠っていた?」

「三日くらいかな。本当に心配したんだよ。その、かなりひどい状態だったから……」

 

 ふっとクドラクは気絶当時を思い返す。

 顔の左半分には石の鱗が生え、服の下は半ば石灰質に変化し、内臓系も一部やられていた。

 発見時のクルースニクはさぞ驚いただろう。

 

「聞いていいのかわからないけど……いきなり心臓が止まったのも、あの症状のせいなの?」

「…………そうだね。昔っからの持病さ」

 

 持病とごまかしはしたが、大体の人間はここで混血(ドレカヴァク)の素性を察するものだ。

 しかし、幸いにもクルースニクの顔は真剣で、侮りや蔑みの色は欠片もなかった。

 

「治る見込みはあるの?」

「どうにかするために……と言うか、延命方法を探しにここに来た。心配することはないよ。それに、なぜか少し治っているみたいだし」

 

 どういう理屈で石化が収まったのか、全くわからなかった。臨死体験をすればマシになるということか? 法則性がわからない。

 ぐっと腕に力を入れると、筋肉痛のような痛みがあった。本来なら腕が裂けるような激痛が走るところだ。明らかに病状が良くなっている。

 

(一時的に魂を現世に繋ぎ止める方法を探しに、ここに来たんだが……必要なくなったか? 何が起こったのか『教授』なら知っているかも)

 

「うーん、心臓に影響があるとなると……かなり深刻そうだね。私も何かできればいいんだけど」

 

 困り顔で呟くクルースニクを見て、ふとクドラクは疑問が沸いた。

 

「そう言えば、貴方はどうしてあんな場所に? 寄り道させたなら申し訳ないけど」

「あ、心配しなくていいよ。私の目的地もここなんだ。行き先は君と同じだったみたいだね」

「そうなのか。なぜ、ここに?」

 

 興味本位で聞くと、彼女はあっさりと答えた。

 

「私の両親が誰なのかを、調べてもらいにきたんだよ。ここに来たら、自分の祖先を知ることができるって聞いてね」

 

 かの魔人は優れたシャーマンであり、血や骨から因果や宿命を読み取ることができる。

 その評判は極めて高く、遠方から調査を求める旅人達が来るほどだ。

 生みの親を探すことなど、造作もないはずだ。しかし、両親を知らないということは――。

 

「もしかして、貴女も孤児なのか。デリケートな話題だったら申し訳ないが」

「……え? その口ぶりだとクドラク君も?」

「孤児上がりだ。妙な共通点だな」

 

 過去の境遇といい、同年代の狩人であることといい、彼女とは気が合いそうな予感がした。

 

「手紙を見た感じ、読み書きは普通にできるんだよね。どこかの孤児院出身とか?」

「いや、一人で暮らしていたが……十歳くらいの頃に、育て親みたいな人ができてね」

 

 前の師匠――「アルテョーム先生」から、一通りの教養は教わっていた。

 

「あー、じゃあ私と同じだね。私も『お母さん』がいるんだ。赤ん坊の頃から育ててくれたんだよ」

「へえ、いい人だな。ちなみに出身は?」

「北方森林地帯にある国の山奥だね」

 

 北方森林地帯――山の主達の勢力圏だ。

 各領地は動物が統治しているらしく、人と動物が奇妙な融和を遂げていると聞く。

 

「北の方から来たのか。どこかの村の人達に拾われたとか?」

「うーん、『人』ではないね」

「……というと?」

「私のお母さん、狼なんだよ。赤ちゃんの頃、山の道端に捨てられていたのを拾われたらしくってね。いわゆる野生児なんだよね」

 

 たはは、とクルースニクは笑う。

 野生児と自称するにしては振る舞いが文明的だ。山野の奥深くで獣に育てられたとは思えない。

 

「そうは見えないでしょ? お母さんはただの狼じゃないんだ。言葉も喋れるし、呪いも使える。テーブルマナーだって教えてくれたよ」

 

 動物も長じれば卓越した知性を得て、賢者をしのぐ品位と威厳を備えるという。

 彼女の養母もその類だろうか。

 

「その後、七歳くらいの頃に人間の街に預けられた後、ぶらっと旅に出て、こうして放浪生活を続けているわけだね」

「なぜ生みの親のことを知りたいと?」

「……んー、私の体質のことで少しね」

 

 思わせぶりな言葉に首を傾げると、少し悩んだ末にクルースニクは打ち明けた。

 

「クドラク君ほどひどくはないけど、私の体もちょっと他人とは違っているんだ。……説明するより見てもらった方がいいかな?」

 

 彼女がぎゅっと拳を握った瞬間、青白い稲妻が空中にほとばしった。

 バチっという音と共に、網膜に残像が刻まれる。彼女のしかめっ面も目に焼きついた。

 

「いつっ……すごいでしょ?」

「電流!? 体の中から出したのか!?」

「うん。体の一部が発電板みたいになっていて、電流を生み出せるんだ」

 

 一見して便利な能力だが、さっきのクルースニクの顔を思い返すに、そうは思えなかった。

 

「赤ちゃんの頃から、この体質なんだよ。ちょっと制御に難儀していてね」

「……痛むのか?」

「うん、おまけに制御しづらいんだ。普通に体は感電するし、それで死にかけることもあるし」

 

 彼女はおどけて笑っているが、自分の境遇と重なって笑うに笑えなかった。

 

「……肉体の変質、か。デリケートな話題ですまないが、もしかして貴女のそれも――」

「呪いの代価だろうね。たぶん、私は混血(ドレカヴァク)なんだよ。生まれつき呪いを使えたし」

 

 クルースニクはあっけらかんと明かした。

 人の悪意に敏感なクドラクですら、彼女の言葉に劣等感や怒りは感じられなかった。

 まるで開けた空のように、呑気で前向きな感情だけが伝わってくる。

 

「ね、両親が誰なのか気になるでしょ。なんで業魔と結ばれることになったのか。親は誰なのか」

「…………貴女も、か」

「およ? クドラク君もなの? ――ああ、石化もそうだし、眼は蛇のそれだしね」

 

 少女は、しげしげと目をみつめてくる。やはり敵意や嫌悪感などは感じられない仕草だった。

 

「……貴女は混血児であることを気にしないのか」

「うーん、別に。楽園国じゃ扱いが悪いって聞くけど、故郷じゃ珍しくなかったしね」

「北方はそうなのか? 初耳だな」

「あー、少なくとも狼領ってところはそうだね。旧都には私達みたいな子が多くいるよ」

 

 国によって、混血(ドレカヴァク)の扱いは異なる。迫害を受けそうにない国もいくつかあった。

 もっとも、どれも業魔を崇めていたり、生贄や戦争をよしとする『邪教圏』の国々ばかりだったため、移住する気にはなれなかったが。

 今までの話を聞く限り、北方はそれらの国より治安がよさそうだ。

 

「まあ、さすがに何度も感電死しかける問題児は私くらいだったけどね。心臓が止まるたびに、秘薬で生き返るって生活を送ってたよ」

「…………。今は、大丈夫なのか?」

「あはは、心臓が止まることはなくなったかな。普通にしている分には、発電も落ち着くしね。……感情が昂ってくると電流が流れ始めるけど」

 

 話す内容の割には、クルースニクは包み隠さず喋っていた。

 何も己の境遇に思うところが無いのだろうか?

 クドラクは、事情を知っている彼女にさえ病状を話すのが嫌だった。触れられたくない話題なのだ。

 

「で、どんな業魔が混ざったら、こんな体質になるのか興味が湧いてね。親を探している最中なんだ」

「…………そうか」

「まあ、クドラク君の状況からしてみれば、大したことない話だけど……お互いに頑張ろうね! 私もできることがあったら手助けするから!」

 

 拳を握ってクルースニクが激励してくる。彼女の熱意に少し気圧された。

 

「あ、ああ。ありがとう」

「うん! 頑張っていこうね!」

 

 ぺかーっとした笑みを、少女は浮かべる。

 それにしても、聞くだにクルースニクの半生は凄まじいものだ。

 互いに苦痛に耐え、狩りに身を焦がして生き抜いてきた身の上ということか。

 

 まるで、鏡写しのような二人だった。夜空と湖の水面に、二つの月が昇っているように。

 この出会いは、本当に偶然なのだろうか? 

 

「……とりあえず、朝になれば二人でDr.サルトゥイクの天幕へ行こうか。もう夜も遅いし」

 

 おそらく気絶中に心配をかけただろうし、日が昇るタイミングでお礼を言いにいくべきだ。

 

「そうだね。朝にあの人達が戻ってくれれば」

「……どこかへ出かけているのかい?」

「うん、氏族総出でね。……草原地方の南で、『狂奔』が発生しているらしいんだ」

 

 クルースニクの悩ましげな言葉に、クドラクは大きく目を見開いた。

 

「えっ、『狂奔』!? ってことは、業魔の大群と戦争している最中なのか」

 

 『狂奔』とは災厄の一つであり、冥府から無数の業魔達が押し寄せてくることを指す。

 現世と冥府を繋ぐゲートができ、数万単位の群れがこちら側に入り込んだということだ。

 

「今は、サルトゥイクさんは南方の前線にいるよ。子供や老人も草原中を回って、討ち漏れた群れを殲滅している最中らしいね」

「だから、他のテントから物音がしなかったのか。業魔は夜に活動するから、今が鉄火場なんだ」

 

 狂奔が発生すると、しばらくその地域は危険地帯となる。

 業魔の大群を殲滅したとしても、残党が散らばって民衆を襲うようになるのだ。

 そのため、妙な場所に潜伏される前に、討ち漏れた分を殺していくことが大事だった。

 

「……間の悪い時に来てしまった。というか、ここでも起こったのか。最近は妙に多いな」

「あれ? 楽園国でも狂奔が起きたの?」

「何件か起きかけたが、すんでで計画を潰した。最近は異様なくらい業魔が活発でね」

 

 出奔前にクドラクが対処していた群れは、近隣の街や村から魂を奪い、ゲートを開くための生贄にしようとしていた。

 業魔オークを主体とする数千の軍勢だったが、なんとか殲滅し、ゲート予定施設を破壊できた。

 

「……最近、きな臭いよねえ。旅の最中、業魔に襲われた村の跡地を見ることが多くなったよ。街に行ったら頻繁にお仕事を依頼されるし」

「辺境の森とかに隠れ潜んでいた有象無象が、なにか息巻いているらしい。()()()()()()()()()()()村や街を襲っている」

 

 獣と同類の存在である業魔は、基本的には遠方の群れと協働することがない。自分達の群れを維持するので手一杯のはずだ。

 それでも、最近に起きた事件を思い返すに、業魔達は統一した企みの元に動いている気がした。

 

「石化さえなければ、前線にいる人達に加勢したいけど……やっぱり迷惑かな」

「無茶しちゃダメだよ! もし手伝いを依頼されたら私が行く。ここで休んでればいいから」

 

 その時、天幕の外側から野太い声が聞こえた。

 

「加勢の必要はありませんぞ。さっき業魔共の本隊を殲滅しましたからな」

 

 入り口の幕を開いて、身長2m以上はあろう巨漢が入ってくる。揺れるかがり火が彼を照らす。

 

「心配に思って様子を見にきましたが、どうも杞憂だったようですな。体の具合はどうですかな?」

 

 水牛のような角がついた、フルフェイスの黄金覆面を被った巨漢だ。

 鎖を巻き付けた重々しい鉄鎧を装着し、籠手から足甲まで全て身につけている。

 羽織った灰色の毛皮マントには、獣のドクロが縫い付けられている。

 首から下げた骨のアクセサリーが、じゃらじゃらと音を立てている。

 

「……っ。『教授』、この度は――」

 

 慌てて立ちあがろうとするクドラクを、蛮族の酋長Dr.サルトゥイクは片手を振って留めた。

 

「安静にしていなされ。また倒れられたら、吾輩の心臓が止まってしまう。……クドラク殿が昏睡状態で運ばれてきた時は、さすがにゾッとしましたぞ」

「ご心配をおかけしました」

「いえいえ。手紙を貰った時から、緊急事態が起きているのは知っておりましたからな」

 

 Dr.サルトゥイクは、毛皮の敷物にどっかと腰を下ろし、横にドクロ盃と酒瓶を置いた。

 テント内にゆらめくかがり火が、屋内に満ちる暗闇を祓う。他に光源はない。不吉な気配が満ちる。

 

「獣共が下らぬ真似をしなければ、こちらの解析に専念できたのですが。まったく……」

「もう対処は終わったんですか?」

「粗方は。頭目は殺りましたが、残党や火事場泥棒が存外に多いですな。まだ仕事は残っているが……今は貴殿の方が優先でしょう」

 

 前線からとんぼ返りしたばかりなのだろう。マントからは血の匂いがただようし、黄金の眼光からは殺気が抜けきっていない。

 

「……すいません、こんな状況で来てしまって」

「クククッ、そのセリフは獣共が言うべきものですな。クドラク殿が先約だったのだから、貴殿が気にすることは何一つない」

「……はい、ありがとうございます」

「さて、早速本題と行きましょう。貴殿の変異についてお話ししたいことがあるのです」

 

 どうやら、気を失っている間に病気を調査してくれていたようだ。

 狂奔に対処する片手間で、こちらの治療と調査をしてくれたということか。

 相当の手間をかけたのは間違いないだろう。

 

「お聞きしましょう」

「あ、じゃあ私は外に出てようか?」

「いえ、お待ちくだされ。これはクルースニク殿にも密接に関わってくることなのです」

「……え? 私にも?」

 

 クルースニクが驚く。クドラクの病気について、彼女が何か絡んでいるとでも言うのだろうか?

 

「この案件は極めて複雑で、運命的なのです。お二人の出会いは必然的なものだった可能性が高い」

 

 

 

第二話

白い月の少女クルースニク

 

 

「いずれにせよ、すぐにお話ししましょう」

 

 Dr.サルトゥイクは、覆面の奥で目を光らせる。黄金の瞳は超自然的な魔力を秘めている。

 

「最初にお聞きしたいことが一つ……クドラク殿、人間をやめることに興味はありますかな?」

 

 

 





TIPS:『呪い』

 冥府のエネルギーを呼び込み、自在に具現化する能力。これを得た人間は『呪い師』と呼ばれる。
 名の由来は、能力を得た者達の全てが、何らかの狂気や異常嗜好を有したことから来ている。
 業魔狩りのみならず、工芸や傭兵稼業にも使える、いわば食いっぱぐれないスキル。

 なお、冥府のモノである業魔達は、生まれながらにして自在にエネルギーを操ることができる。
 魚が海原を泳ぐように、本来の魂はすべからく冥府のエネルギーを操る機能を有していた。
 ほとんどの生物は、その機能が退化しているが。

 深海の魚と契るがごとき「混血(ドレカヴァク)」の出産は、先祖返りへの試みの一つなのかもしれない。


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