『血塗られた月のクドラク』〜余命わずかな病を克服するため、闇の王へと堕ちる話〜   作:人見 広介

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3ー2:タルサデューク公領への道②

 

 

 

 河を渡って半日もすれば、タルサデューク公領の辺境にたどり着いた。

 寒々しい夜空の下で、森の中に簡易テントを設営し、周囲に業魔除けの結界を張る。

 いかにクドラク達といえども、寝込みを襲われるのはご免だった。

 

 虫除けに柑橘系の香を炊く中、焚き火の上にトライポッドを立てて、鉄鍋を吊り下げる。

 中には、干し野菜と獣肉のチーズ鍋が入っていた。青い鬼火に熱せられ、ぐつぐつと煮えている。

 

「この後は、港町を目指すだけかな?」

「ああ。町に入る前に、情報通から領内の状況を聞いておきたいところだが」

 

 隣の椅子に座るクルースニクの分を、鍋から木皿によそう。温かい湯気からチーズの香りがした。

 

「おっ、ありがとね。……意外と早くついたねー。後数日もしたら公の家に着けるかも」

「早く済むならいいことだ。妙な拍子で体調が元に戻る前に、事を終わらせたい。……まあ、ヘロインがあれば多少の無理は効くんだが」

 

 自分の分をよそいながら言うと、横のクルースニクが心配そうに顔を覗き込んできた。

 

「……旅立つ時に言ってたね。今まで、麻薬で痛みをごまかしながら戦っていたって」

 

 クドラクは麻薬を吸っていた。鎮痛作用に頼らねば激痛で動くこともできなかった。

 このことはクルースニクにも伝えてある。

 

「病気の痛みもあるから強く言えないけど……禁断症状が出たりしないの?」

「退薬症状はあるが、僕の場合は生活に影響を及ぼすレベルじゃない。対策を立てているから」

 

 不安・不眠・焦燥・渇望・妄想症――これら退薬症状を緩和する術は身につけていた。

 『幻月の呪詞』――精神を狂気に誘う呪詞を開発し、自身の精神を鎮静化させているのだ。

 このまま症状が抜け切るまで待つつもりだった。

 

 現在、クドラクは麻薬を所持していない。

 激痛が薄れた以上は使う理由がないし、クルースニクに服用を止められているからだ。

 個人的にも、好んでキメたい物ではなかった。幸福感で戦闘のキレが鈍るからだ。

 

「この機会に、未来永劫、薬なんて服用しなくていい体になればいいんだが」

「……この話を聞いてから、不思議だったことが一つあるんだ。クドラク君は、なんで麻薬をキメてまで戦い続けたの?」

 

 不思議そうに問いかけてきたクルースニクに、クドラクは言葉を選びながら答えた。

 

「武勲が欲しかったからさ」

「……武勲? 名声のために戦ったの?」

「そうだ。どうせ病で死ぬ身なら、生前に伝説でも立ててやろうって気になってね」

 

 嘘はついてない。この願いに込められた憎悪と悲しみを、言葉に乗せていないだけだ。

 

「……何か一つ、生きた証を遺したいじゃないか。上等で豪華な証を。民衆からの称賛の声を聞きながら、人生に満足して死んでいけるような」

「なるほど、それで武勲を。……クドラク君はすごいね。その状態でも戦い続けられるなんて、意志力が常人のそれじゃない」

 

 畏敬が混ざったような碧眼で、彼女はしげしげと自分を見てくる。

 褒められているのか、ドン引きされているのかわからず、クドラクは目を逸らした。

 

「まあ、多少はね。……そろそろ食べよう。ご飯が冷めるよ」

「あっそうだね。いただきます!」

 

 そのまま鍋をぱくついて、シメに麦を投入してオートミールにし、やがて二人とも完食した。

 クルースニクが鉄鍋を片付けている間、暗黒空間から風呂桶を取り出して、テント脇に置く。

 

「今日も入るかい?」

「うん! いやー、まさか毎日湯浴みができるなんてね! クドラク君と旅すると、ぜいたくに慣れちゃいそうでいけないよ」

 

 上機嫌になった相方を見てわかるとおり、ハリストス楽園国では入浴が娯楽として扱われている。

 クドラク達も例外でなく、水浴びや湯浴みが大好きだった。

 花の石鹸などを添えて、ゆっくり湯で体をいたわる時が、一番落ち着ける時間だった。

 

 これは、宗教上の行為から生じた慣習だ。

 現世を造った『太陽神スヴァローグ』、そして大地の化身である『地母神ゼムリア』に帰依する際、信徒は川で洗礼を受ける。

 この行為が信徒の間で人気になり、古くから公衆浴場や上下水道が発達していき、やがては各家庭に風呂が用意されるに至った。

 

「【水月よ揺らげ。清水をそそげ】。【烟月よ燃えろ。火種をここに】。……後は、【紅き月よ来たれ。光のヴェールを四方に張れ】」

 

 風呂桶下の焚き木に火をつけ、大量の水を桶に注ぎながら、周辺にオーロラのような光のヴェールをめぐらせる。

 

「先に入っててくれ。周辺にやばい敵影がないか、軽く見てくるから」

「わかったー。……別にヴェールは無くてもいいかな? 景色を楽しみたいしね」

 

 のほほんとクルースニクが言ったのを聞いて、クドラクは目をぱちくりさせた。

 

「いいのか? 誰かに覗かれるかもしれないが」

「へ? ……覗かれるかなあ? こんな森の奥深くにいるのは、私達か獣ぐらいのものだよ」

「……その。僕に見られるとは思わないのか?」

 

 呆けた顔でクルースニクはこちらを見返したが、すぐに顔を真っ赤に染めた。

 

「――あ、えっと。……見たい、の?」

「い、いや――そう言うわけじゃない。貴女が気にしないならいいんだ。ただ、貴女はきれいな顔をしているから、体もスラっとしているし、こう、もっと身の安全に気を遣った方が――」

 

 早口で矢継ぎ早に言い訳をするが、正直見たいか見たくないかで言えば、すごく見たい。

 恩人にそんな下衆を働くつもりは毛頭ないが。

 

「い、いや。絶対見ないさ。約束する。……いらないと言うなら、その帳を除けるよ」

「あ、うん……」

 

 さっさとヴェールを消して、夜の森へと入っていく。心臓がバクバクとビートを刻んでいる。

 

(……この数日間、女の子と生活する勝手がずっとわからない。気を遣おうとはしてるんだが、さっきのは余計なことだったか……?)

 

 出会ってから一週間も経っていないが、気が合う相手であること、肩を並べて戦っていることから、かなり距離が近づきつつあった。

 それにつれ、クルースニクとの接し方がわからなくなる。なにせ、これが初めての共同生活だった。

 

(石化のことがバレたくなかったから、プライベートでは皆と距離を取っていたし……ここまで生活を共有しあうことがなかったからな)

 

 生活リズムを他団員とずらし、人目のつかないところで入浴や睡眠をしていた。

 ――石の鱗が皮膚にびっしり生えている様を、他人に見られる訳にはいかなかった。

 

「何よりやばいのは、今夜だな。また精神操作で平静を保たないと……」

 

 毎夜、クドラクの睡眠をさまたげるものがある。退薬症状など比にならない過酷な代物だ。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「あっ、えっと……狭くない?」

 

 就寝時、クルースニクが同じ寝袋に入ってくるのだ。互いに向かい合わせになって寝ていた。

 どぎまぎしている彼女の顔をしばらく見つめると、脳に甘い混乱が広がってくる。

 白い寝巻きに着替えた金髪の少女は、テント内の薄灯りのせいか神秘的に見えた。

 

「――そ、の。大丈夫だけど」

「よ、よかったよ。とりあえず、また脈を測らせてもらうからね。睡眠中に何か起きないように」

 

 クルースニクは相方の身を案じ、寝ている時でも脈を取り続けていた。

 彼女の思念で生かされている身とはいえ、不測の事態が起きて容体が悪化してもいけない。

 

「「…………」」

 

 とは言え、この状況自体が心臓に悪い。思慕と性欲が徐々に脳を侵食してくる。

 クルースニクはじっと顔を見つめてくるし、ほのかな花の匂いがするし、握られている手首から熱が伝わってくる。

 

 昨日、互いに目を合わせたまま、緊張と感情でしばらく身動きができなかった。

 今日こそは何か雑談をして、早めに睡眠できる状態まで持っていかないといけない。

 

「――その……昨日もそうなんだが、なんで僕の顔を見つめるんだい?」

 

 赤い顔でじっと見てくる少女に、動揺しながら問いかける。彼女は赤ら顔で弁明した。

 

「い、いや! 大したことじゃないよ」

「……そうかな」

「うんうん。クドラク君はかっこいいなあって、少し思ってただけだって」

 

 返答に詰まった後に、クドラクはジト目で相方を見つめた。

 

「……それなら、貴女も充分きれいだけど。金髪も柔らかそうだし、肌もお人形みたいだし」

「そ、そう?」

「…………うらやましい、な……」

 

 ふっと、心に黒ずみができる。

 彼女には石化の醜悪さがない。彼女の皮膚を自分にも再現できれば、どれだけ美しいことか――。

 今こそピスクドールじみた肌に戻っているが、出奔直後の石化具合は凄まじいものだった。

 

 脳を染めていた気だるい幸せが、冷水を浴びせられたかのように引いていく。

 それを感じ取ったのか、クルースニクの視線に若干困惑が混じった。

 

「……クドラク君?」

「なんでもないよ。……それより、昨日みたいに昔話を言い合わないか?」

「あ、いいね。確か昨日はクドラク君の話で終わってたよね。業魔アバドンを狩った時の話」

「次は貴女の番だ」

「んー、何を話そっかな? じゃあ、私の故郷――北方にある狼の国『マルザンナ』のことを話すね」

 

 いい具合に緊張がほぐれたのか、クルースニクが昔話を始める。

 それに相槌を打ちながら、楽しげな彼女の顔をじっと見つめる。もう劣等感は消え去っていた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 ふっとクドラクは目覚める。いつしか、テント内の灯りは消え、鈴虫の鳴き声が響いていた。

 

(――重い。って、またこれか)

 

 クルースニクが自分に抱きつきながら寝ている。ちょうど胸辺りに頭を押し当てて、クドラクの腕を枕代わりにしていた。

 寝入る直前までは、ただ脈を図り続けていただけだったが、いまや抱き枕がわりにされている。

 

「すぅ……えへへ、こつずいだあ……」

 

 にへらと笑いながら、故郷にいた頃の夢でも見ているらしいクルースニクをよそに、クドラクはテントの外に意識を向けた。

 

(……()()。業魔の群れが結界を取り囲んでいる。大した奴らじゃないだろうが……)

 

 本当は軽く『掃除』をしたいのだが、今のクドラクはがっちりホールドされていた。扱いが完全に抱き枕のそれだ。

 起こさないように抜け出そうとしたが、もぞもぞするだけで進展はなかった。

 さすがに無理があったのか、相方が碧眼を開く。

 

「……んにゃ? くどらくくん?」

「ごめん、起こしちゃったか。テントの外を見にいってくる。ここで寝ていてくれ」

 

 拘束をさりげなく剥がしながら言うと、彼女の顔がすっと引き締まる。気配に気づいたのか。

 

「――なるほどね、確かにいる」

「大した輩じゃないはずだ。すぐに済む」

「……んー、どうせなら二人でやろうよ。まだ共闘の感覚がつかめてなくってさ」

 

 二人で寝袋から抜け出て、暗闇の中で軽く支度を整える。

 クドラクは黒マントの礼服に、クルースニクは白マントの私服に着替えた。

 やがて、互いに拳を突き合わせた後に、月光に照らされた夜の森へと抜け出る。

 

 遠い闇の向こうで、無数の黄色い目がらんらんと光る。結界に阻まれているようだ。

 敵兵力を数えた後、二人は顔を合わせる。

 

「なんか量が多いな。百以上はいる」

「近場に業魔の巣でもあるんじゃない? 放っておくのも寝覚めが悪いし、ついでに潰そっか」

 

 ベレー帽の少女がくすりと笑う。数の多さなど欠片も気にしていないとみえた。

 

「この近くにある他の業魔達も潰せば、一般人への被害も少なくなるしね」

「じゃあ、適当に蹴散らすか。【紅き月よ来たれ。月光の帳を解除せよ】」

 

 指を鳴らすと同時に、遠くを覆っていた不可視の障壁が消え失せる。

 見えない壁が無くなったからか、闇の向こうで困惑の気配が満ちる。

 当然だ。「ご馳走」が自ら防御を解いたのだ。狩られる獲物のする動きではなかった。

 

 闇の中で蠢動する気配へと足を進めながら、クドラクは業魔達に声をかける。

 

「僕達の魂を食べたいんだろ? 早く来なよ」

 

 数瞬の後に、全方位からわらわらと怪物達が寄ってきて、闇の中で二人に襲いかかった。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 対業魔戦においては、肉体ではなく魂の五感で敵を捕捉しなければならない。

 敵は物質的な存在ではない、エネルギーの塊のような者達だ。魂の感覚に頼らねば認識できない。

 

 闇に包まれた森の中で、クドラクは魂の視覚をもって敵を捉えていた。

 ぼうっと闇に浮き上がる魑魅魍魎達の姿は、等しくおぞましいものだ。

 

 敵は、業魔ゴブリンとその派生種だった。

 虫じみた骨格を持つその人型業魔は、鉤鼻をひくつかせる禿頭の頭でこちらを睨みつけている。

 痩せこけた青白い胴体から生えた四本の腕や、臀部から突き出た虫の腹部、背中で振動しているハエの翅などが特徴的だった。

 

(こいつら、一匹見かけたら数十匹はいる程度には繁殖力があるんだよな。少し長引きそうだ)

 

 飛びかかってきた一体の顔面を殴り飛ばし、頭蓋をたやすく陥没させた。

 次いで、腰から剣を抜き放ち、四方八方から迫るゴブリン達を撫で切りにした。

 首・腕・内臓が宙を飛び、虚空に溶けて行く。

 

【ギギッ――侵食ノ雲、追撃セヨ】

 

 後方にいた業魔ゴブリン達が、ブブブと翅を震わせながら暗雲を呼び起こす。

 「侵食の雲の呪い」は、業魔ゴブリン達が共通して使える呪いだ。

 物質世界に住む種族とは違い、冥府に棲む業魔は種族共通の呪いを発現させることが多い。

 

「スローすぎる。弾速を鍛えてから出直せ」

 

 放たれた暗雲の弾を避け、敵陣に飛び込む。

 すれ違いさまにゴブリン達を斬り捨てた後、剣を肩に担ぐような構えを取った。

 

「【三日月宝剣(レズヴィエ・ルニ)】」

 

 一単語だけの短い呪詞を唱え、剣を振り払って複数の赤い斬撃波を放つ。

 回転する三日月状の刃は、並いるゴブリン達を片っ端から斬り捨てた。

 

「へえ……その技、ずいぶん呪詞が短いんだね! そこまで短いのは初めて見たかも」

「その分、細かいコントロールが効かないけどね」

 

 冥府のエネルギーの方向性は、呪詞によって規程される。威力ではなく効果が決定される。

 複雑な効果を発現しようとするなら、その分だけ長い呪詞を唱えなければならない。

 一方、エネルギー波のような単純な効果なら、呪詞を縮めて技の速度を高めるのが理想的だ。

 

 先程の呪詞の場合、一単語まで縮められた。

 たゆまぬ研鑽と修行を重ね、魂の操作によって非言語での操作を重ねた末の妙技だ。

 同じ真似ができる呪い師は、『英雄旅団(ボガトゥイリ)』でもホルスやキーラなどの最上位クラスに限られる。

 

「私も負けてられない、かな!」

 

 ふっとクルースニクの姿が消えたかと思えば、ゴブリン達がいっせいに吹き飛ばされる。

 まとめて殴り飛ばしただけなのだが、砲撃で吹き飛ばされたかのような威力が出ている。

 

「……昼間でも思ったけど、貴女の身体能力は人間離れしているな」

「でしょー。これが私の強みだね。筋力や再生力だけじゃなくて、五感や反射神経も鋭いんだよ!」

 

 無数に押し寄せる敵を捌き、攻撃を続けながら二人は会話する。

 

「そして――こんな真似もできるよっ!」

 

 ゴブリン達の群れにクルースニクが飛び込み、クロスさせた腕をX字に振るった。

 直後、爪で引き裂かれたかのように、業魔達がサイコロ状に斬り飛ばされる。

 よく見ると、彼女の指に霊気の刃ができていた。

 

(……指先から生えている刃はなんだ? 呪詞を使った様子はなかったが)

 

「ふふん、これは一種の武術だよ。指先から霊気を放出して、狼の爪を模倣するんだ。私の故郷じゃこの手の武術が流行っててね!」

 

 飢えた狼のように走り抜けながら、クルースニクは敵を切り刻んでいく。

 振るわれた攻撃をくぐり抜け、侵食の雲を素手で引き裂き、順繰りにゴブリンを細切れにしていく。

 

(なるほど、呪詞を使わずにインファイトをするためのものか。……口を開かなくて済む分、高速で敵に連撃を叩き込めるわけだ)

 

 楽園国の狩人は、武器に霊気をまとわせて戦う。そちらの方が直感的に戦えるのだ。

 彼女のように、一から霊気の刃を練り上げるような真似はしない。だからこそ新鮮だった。

 

(剣術や弓術は指南を受けてきたが、今後はああいう術を学ぶのも手か)

 

 興味深そうに少女を見るクドラクの右側から、強烈な殺意が迫る。

 反射的に飛び上がると、足の下を巨大な棍棒が通過していった。当たれば即死する攻撃だ。

 攻撃してきたのは、体長3mほどはある巨大なゴブリン――ホブゴブリンと呼ばれる派生種だ。

 

「【水月よ揺らげ。渦巻く槍をここに。着弾後、指示があれば爆発せよ】」

 

 空中に巨大な水の槍が出現する。

 槍の表面はドリルのように渦巻いており、着弾時に敵を掘削するようになっていた。

 手を振ると槍は放たれ、ホブゴブリンの体を串刺しにした。体内を破壊された怪物が崩れ落ちる。

 

「【発動せよ。『水葬式:連鎖榴弾(ヴォジャナーヤ・グラナータ)』】」

 

 ホブゴブリンの体内から、水の散弾が四方に飛び出て、周辺のゴブリン達を撃ち抜いた。

 軒並み消滅した同胞を見て、軍勢がどよめく。

 

「へー、水の槍かあ。面白そうだね!」

「最後に言ったキーワードが、呪詞を完成させたんだ。こういう技術もある」

 

 解説しながら別の敵に向かった時、遠くでチカっと何かが光った。そちらへ手をかざす。

 

「【月天宮(ルニ・フォルト)】」

 

 赤いエネルギーのバリアが展開される。

 前方の闇から、突如として特大のビームがこちらへ放たれた。

 バリアに着弾して爆発を起こし、クドラクの黒いマントをはためかせる。

 

「……多少は面白そうな奴が来たか」

【虫けらァ! その魂の色合いといい、望月のような形状といい、同胞から聞いた覚えがあるぞ!】

 

 複数の声が入り混じったような叫び声とともに、闇から巨躯の怪物が躍り出た。

 身の丈5mはあろう肥満体の人型業魔で、全身に包帯のような布を巻いており、布の隙間から無数の目を覗かせている。

 布で覆われた半球のような頭部や、熊のような手足、でっぷりと肥えたフォルムなどが特徴的だ。

 

【『緋色の王(バグロヴィイ・ヴラディカ)』と『白狼(ベリヴォルク)】』! 共に貪り食えるとは都合がよいわ!】

「おっ、私達の異名だ」

「……同胞から聞いた、か。仲間内と狩人の情報を共有しているんだろうな」

 

 人間くらいに知恵が回る業魔は、同じ知能レベルの業魔と情報共有を行うことがある。

 縄張りの取り決めとか、凄腕の狩人についての情報とか、交換しておいて損はない情報は多い。

 

「お仲間はどこにいる? 今から会いに行きたいんだが」

【言うと思うか? 疾く我が血肉となるがよいわ! 侵食の雲よ! 肉腐れの黒雨を降らせよ!】

 

 怪物が絶叫すると、布の隙間から大量の暗雲が噴き出る。

 よく見ると、雲は小型の蟲で構成されていた。ブブブと低音の音を放っている。

 怪物の全身を覆ってもなお止まらず、複数の雲だまりを宙に作る。その一部が、ぶわっと広がりながら二人に迫った。

 

「【白き月よ来たれ! 月光の奔流をここに!】」

 

 クルースニクが敵へ手を伸ばすと、手のひらに莫大な光のエネルギーが収束し、一瞬の後に極太のビームとなって放たれる。

 暗雲を消し飛ばし、地を抉りながら大怪物に命中する。体の中心部をビームが突き抜け、そのまま後方へと吹き飛ばした。

 

「たぶん、あいつ群体だよ! 声が重なって聞こえてたから! とどめを刺しにいこう!」

 

 クルースニクが開けた暗雲の穴を、二人で潜り抜ける。

 土手っ腹に大きな風穴が開いているにも関わらず、怪物はよろよろと立ち上がっていた。

 

【グググッ……兵士共、我が体を守護せよ。侵食の雲よ! 破壊の力を収束させよ!】

 

 敵は半球状の頭部にエネルギーを集中させ、お返しの極太ビームを放ってくる。

 難なく回避しながら怪物の眼前に迫った時、途中でクルースニクが反転する。

 

「せやっ!」

【ギッ――!】

 

 後方から飛びかかってきたゴブリン達の群れが、彼女に引き裂かれる。

 

「私は周囲の敵を狩る!」

「了解した。【三日月宝剣(レズヴィエ・ルニ)】」

 

 四つの赤い斬撃波を放ち、大怪物の四肢を斬り飛ばす。

 がくんと崩れ落ちた怪物の体を蹴り上り、半球状の頭部へ向けて足を振り上げる。

 

「【砕月(ルニ・クラフ)】」

 

 踵落としを叩き込んだ瞬間、小規模の爆発が起きた。半球状の頭部付近が木っ端微塵に吹き飛び、中の肉片が四散する。

 包帯の内側にいたのは、所狭しとひしめくゴブリン達の塊だった。頭部が吹き飛んだ今、断面から無数の目がクドラクを見上げている。

 

【ギッ、貴様……!】

 

 その中に、一匹だけ毛色の違う怪物がいた。枯れ木の王冠を被った四つ目のゴブリンだ。

 ハエ共の司令塔――巷では『ゴブリンロード』と呼ばれている種類の怪物は、断面から飛び出て、クドラクの顔面に貫手を放つ。

 

「遅い。……とどめだ」

 

 貫手を掴んで止めつつ、赤いエネルギー弾をゴブリン達の中に打ち込む。

 包帯に覆われた群体は、閃光とともに内側から吹き飛んだ。

 断面から飛び出したゴブリンロードだけが、両脚を失いながらも生き残った。

 

【グオオアアアアッ……!】

 

 絶叫する怪物をつかみながら、ふわりと地面に着地する。

 

「他の業魔達の巣について、知ってる限り吐け。そのことごとくを、これから滅ぼしていく」

【お、おのれ……!】

「もし話してくれたら、貴方を解放しよう。それとも体に聞かれる方が好みかい?」

 

 低い声で淡々と恫喝すると、やがてゴブリンロードは諦めたようにうなだれる。

 

【……『黒獣セルゲイ』の率いる死霊剣士の中隊が、この付近に陣を構えておる】

「どんな奴だ?」

【元現世出身だ。どこぞの国で剣闘士をやっていたと聞く。鼻持ちならぬ傲慢な男だ。我等ゴブリンも含め、近辺の業魔を取りまとめておる】

 

 強大な業魔の群れが、他の群れを従えることはままある話だ。

 こういう手合いほど活発的に狩りをして、村や街に侵攻をかける傾向にある。

 

【さっきまで遠方の村に狩りにいっていたはずだ。今ごろは、亡霊共を率いて拠点に帰っておるだろうさ。宴の贄とする捕虜も含めて、な】

「……何? 村を襲っただと」

【グググッ、急ぐがいい。奴は女子供をさらって、拠点で拷問しながら食うのを好む。……一匹でも同族を救いたいなら、時を無駄にするな】

 

 ゴブリンロードは嘲笑った。目に嘘はない。

 おそらく、その『黒獣セルゲイ』という個体は、本当に人間の村を襲ったばかりなのだろう。

 今なら、奴らが村から連れ去った捕虜を救えるかもしれない。

 

(放ってはおけないか。まだ夜は長そうだな)

 

 クドラクは嘆息して、相方を呼んだ。

 

 





TIPS:『ゴブリン』
 業魔の一種。繁殖力が強みの業魔で、群れを成して村を襲うことで知られる。
 生態も骨格もハエに似ており、巣には青白い虫卵がびっしりと生えているという。
 ただ、食糧事情や狩人の存在によって、成体に至る個体は少ない。

 侵食の雲は蟲の群れに似ており、触れた物を喰らい尽くす。
 今回は、二人がまとうエネルギー膜に阻まれ、まともに攻撃が通っていなかった。
 クドラク達が異例なだけであり、普通の狩人は欠片も残さず消滅するのが常である。


【補足】
・クルースニクは野生児であり、故郷では狼の弟分を抱き枕にしながら寝ていた。
 入浴時・就寝時での人目を気にする者がいない状況で育ったため、今の生活に慣れていない。


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