『血塗られた月のクドラク』〜余命わずかな病を克服するため、闇の王へと堕ちる話〜   作:人見 広介

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4-1:凶兆を告げる廃村①

 

 

 

 月明かりが枝葉から差し込む中、クドラク達は森の奥にある廃村を見つけた。

 周囲には道や轍の類はない。草が生い茂っていて、生活感を全く感じさせない。

 普通なら、ここに村があるとは誰も思わない。

 

(さて、中の様子はどうなっているのか)

 

 冷たい夜風にゆれる草むらに潜み、塀と柵に囲われた村をじっと見つめる。

 朽ちた廃屋が並ぶ村の中央に、黒々とした砦がそびえているのが見える。

 村には、ゾンビがふらふらと歩き回っていた。

 

「ひとまず使い魔で中を探る。少し待ってて。【業魔アンフィスバエナよ、我が下に来たれ】」

 

 二羽の黒い始祖鳥じみた業魔が虚空から現れ、クドラクの両肩に止まる。

 双子の怪物達は、黄色い蛇の目で己の主を見た。

 

「【一匹はあの村に行って、内情を探ってきてくれ。もう一匹はここで地図を作成してくれ】」

「……使い魔かあ。私も飼ったほうがいいかな?」

 

 何とも言えない表情で、クルースニクは旅立つ一羽を見送る。

 

「飼った方が便利だとは思うが……なにか心配なことでもあるのかい」

「使い魔って、要は人に仕える業魔でしょ? 一般人を襲った時が怖いかなって」

「なら、あれぐらいの小型の奴を飼えばいい。人よりもネズミや虫の魂を狙う奴が多いからね。管理方法を間違えなければ、便利な子達だよ」

 

 『喉の大河』では悪党の使い魔に襲われたが、自分で使ってみるとこれ程便利なものはない。

 遠隔通信や偵察にも使えるし、戦闘時の雑兵として使い潰すこともできる。

 

 ただ、クルースニクが言う通り、餌事情についてはネックだ。

 業魔は魂を喰らう。彼らの餌を調達しなければならないし、強力な業魔ほど大喰らいだ。

 このため、クドラクは小型の使い魔を飼っており、餌の量を抑えようとしていた。

 

「野生動物をペットにするのと同じさ。餌付けと躾で言うことを聞いてもらう」

「ふーん……ちょっと考えてみるよ!」

 

 二人が世間話している間に、残った一羽が紙に地図を書き出す。鉤爪で引っ掻いた箇所が少し黒ずみ、インクのような役割を果たしている。

 業魔アンフィスバエナは二匹で一体の存在であり、互いの情報や思考をテレパシーで伝えあう他、小物を転送しあうこともできる。

 

【おい、もう案内は済んだぞ】

 

 二人の後ろに転がっていたゴブリンロードが、赤い鎖で縛られたまま芋虫のように身をよじる。拘束したまま連れてきたのだ。

 

「ああ、そうだったね。解放するよ」

 

 鎖を解こうとゴブリンロードの背中に回った瞬間、クドラクは口の中で呪詞を唱えた。 

 

「……【花月よ開け。かの者に種を植え、その関係者達に伝染せよ。最後に頭部で花開け】……」

 

 桃色に光る霊体の種が、ゴブリンロードの背中に入り込む。彼は異常に気づいていないようだ。

 やがて、鎖はほどけて、空中で霧散した。

 

「もう行っていいよ。世話になったね」

 

 ゴブリンロードは舌打ちしながら身を起こし、四本の腕で這いながら消えていった。

 クルースニクをチラッと見ると、彼女は何かを察したように頷いた。

 

「……さっき、どんな処理をしたの?」

「霊体の花を植えた。巣のゴブリン達に種子が伝染していき、一定時間後に体内で花開く。……最終的に巣の業魔達は全滅する」

「なるほど。ま、しかたないよね。どうせいろんな人達を襲ったんだろうし」

 

 話し込んでいる間に、大体の地図ができた。

 捕虜達は村の中央部にある砦に監禁されているようだ。他の廃屋には配下の業魔が住んでいる。

 二人は手早く作戦を立てた。クドラクが囮になり、クルースニクが捕虜を救出する作戦だ。

 

「じゃあ、クドラク君が正面で陽動して、その間に私が地図のここから侵入するって感じかな?」

「それでいいと思う」

「君の負担が大きいけど、大丈夫? それに、私が側にいないことになるけど……」

「人質を速やかに確保することを考えたら、多少はリスクを取るべきだ」

 

 クルースニクは気遣わしげに見てくる。

 

「石化はどうする? おじさんの話じゃ、管の有効距離は100mらしいけど」

「……正直、貴女と離れた時の状態を知りたいんだ。雑魚相手に感覚を掴んでおきたい」

 

 石化が始まった後、どこまで体が痛むのか、悪化のスピードがどうなるのかを知りたい。

 今後の作戦に活かすつもりだった。

 

「即時戦闘不能って話にはならないはずだ、と出立前に教授から聞いている。あまりにも病状が悪化したら、すぐ貴女と合流しにいくよ」

「うーん……非常時の連絡手段はどうする? 私も君のところに駆けつけたいんだけど」

「この子達が互いの音声をやり取りできる。一匹連れて行くといい」

 

 アンフィスバエナは通話機能も持つ。片方に話しかけた音声が、もう片方に送られるのだ。

 偵察要員が戻ってきたら、一羽ずつ連れて作戦を遂行すればいい。

 

「わかった。じゃあ、行ってくるね。危なくなったら、すぐに駆けつけるからね」

 

 にへらと笑いながら、クルースニクは立ち去った。その姿が夜の闇に消える。

 偵察を終えたアンフィスバエナが帰ってきたタイミングで、クドラクは草むらから立ち上がる。

 

「始めるか。【砕月(ルニ・クラフ)砲撃式(ストレルバ)】」

 

 堀と柵に囲まれた廃村に向けて、クドラクは赤いエネルギー弾を放った。

 

 

第四話

凶兆を告げる廃村

 

 

 柵を突き破った球体が、閃光とともに爆音を轟かせる。

 杭が底に生えた堀を飛び越え、閃光でよろめいている影のようなゴースト達を斬り捨てる。

 

【オ、オオオ……敵襲……?】

 

 朽ちた廃屋の中から、顔のパーツがでたらめについた冒涜的な人型や、死体を継ぎ接ぎしたような巨躯の死霊がわらわらと湧いてくる。

 うなりながら外に飛び出る者達を、すばやく移動しながら撫で切りにする。霊体の血が夜空を彩り、両断された霊体が虚空へ溶けていく。

 

「【烟月よ燃えろ。十の凶月を落とせ】」

 

 クドラクの周囲に、燃える黒い月が現れる。

 十個の黒球はでたらめな軌道を描き、廃屋や怪物達に衝突して大爆発を起こした。

 衝撃と共に爆風が吹き荒れ、クドラクの黒いマントがはためく。

 

 そうこうしている内に、混乱の喧騒は怒号へと変わっていった。

 

【狩人ガイル……! 生者ノ匂イガスル!】

【コノ子肉ダ!】

 

 飛びかかってきたのは、体中が腐敗したような見た目のゾンビ達だった。

 彼らは冥府から戻ってきた死者なのだが、冥府にいた間に魂が変質してしまい、腐ったような見た目になるほどに霊魂が劣化してしまっている。

 

「【三日月宝剣(レズヴィエ・ルニ)】」

 

 剣を振るって、三日月状の斬撃波を放つ。敵達が両断されながら吹き飛ぶ。

 その間隙を縫うように、腐敗した獣達が駆け寄ってくる。犬・猫・猪――ゾンビと化した獣達の霊魂だ。

 

(……現世が恋しくて帰還したのはわかるが、人を襲うのはいただけないな)

 

 業魔達は霊魂を喰らう。

 中でも、現世に侵入してきた者共は、同じ業魔よりも現世の生物を食う傾向にある。

 そっちの方が狩りやすいからだ。

 

 霊魂は光で捉えることはできないため、普通の生物は霊魂生命体である業魔を視認しにくい。

 この利点を活かし、彼らは狩りをする。

 

 彼らは人間の魂を好む。

 あちこちに腐るほどいるし、霊魂の量が多いし、感情に富んでいるから味が濃い。

 よって、元人間の業魔すらも積極的に人間を狩り、拷問などで味付けをしてから食いたがる。

 

「【烟月よ燃えろ。焼けつく風を吹かせよ】」

 

 手近な獣霊を切り捨てる隙に、『烟月の呪詞』にて火炎放射を振り撒いた。

 踊る業火が悪霊共を飲み干していく内に、火の手が村に広がり、煙と喧騒が場をかき乱す。

 

(付近の廃屋に捕虜がいないことは確認済だし、もっと派手に燃やしていいな。次は……)

 

【グオオアアアアッ!!】

 

 孤軍奮闘を続けるクドラクの下に、炎と煙を裂いて巨影が現れた。

 全長五メートルはあろう黒鎧の剣闘士で、手には長大な大剣を持っていた。

 肉がへばりついたドクロ頭の眼窩には、赤い鬼火が灯っている。

 

「おや、スケルトンか。懐かしいな、師父と一緒に貴方達の軍勢に切り込んだ時を思い出す」

 

 ゾンビの変異がさらに進んで、骨のような姿に変わり果てた者のことをスケルトンと呼ぶ。

 こうなると知能は犬レベルにまで低下し、本能のまま行動するようになる。

 

「その鎧姿、歴史書で見た覚えがある。数百年前に存在したジュグナイの都市国家が、貴方のような剣闘士を抱えていたらしいね」

【オオオオオッ!】

「……哀れだな。かつて闘技場を沸かせた烈士が、こうも生き恥をさらすなんて」

 

 巨躯のスケルトンは大上段に剣を振り下ろす。

 横っ飛びに避けた直後、霊体の剣が地面を爆散させる。理外の膂力で土が弾け飛んだのだ。

 

 別方向からは、他のスケルトン剣闘士達が炎の中から飛び出してくる。

 どれも二メートル近い屈強な闘士達だ。ピルムや直剣などを手に持っている。

 ヒョウのように体勢を低くして、全方位からの攻撃を避ける。

 

「【紅き月よ来たれ。処刑人の剣を我に】」

 

 手に持つ直剣が赤いオーラをまとう。

 横薙ぎに刃を走らせると、残光とともにスケルトン達の壁が両断される。

 一回転しながら剣を振り抜くと、赤い光波が周囲の敵を斬り飛ばしていった。

 

(生前ならば、もっと剣も冴えていただろうに。子供風情に遅れは取らなかったはずだ。……いずれ、僕もこうなるんだろうか)

 

 斬る・斬る・斬る――クドラクは赤い風となり、残った雑魚を片っ端から斬り飛ばす。

 巨躯のスケルトンが放つ攻撃を避けながら、他の剣闘士を殺す。

 ひと段落ついた頃に、クドラクは大剣を振り上げる巨影に向き直った。

 

「【砕月(ルニ・クラフ)砲撃式(ストレルバ)】」

 

 得物を握っている側の肩に、赤いエネルギー弾を撃ち込む。

 閃光とともに着弾点が爆発し、肩付近がごっそりと吹き飛んだ。

 うめき声を上げながら膝をついた巨人に、クドラクはとどめを刺すべく迫る。

 

 ――その瞬間、無数の杭で串刺しにされたかのような激痛が体中に走った。

 

「ぎっ――!?」

 

 思わず悲鳴をあげ、ふらついて転びかける。

 慌てて崩れた体制から剣を振るうと、なんとか斬撃波が巨躯のスケルトンを両断した。

 断末魔を上げる怪物が、虚空へと溶けていく。

 

「かっ――は……ッ。これ、はっ!?」

 

 地面にべしゃりと倒れ込むと、なおも刺されたような痛みが体中に走る。

 剣を持つ腕の皮膚が急速に石化し、音を立ててひび割れていく。

 苦悶のうめき声を上げながら、激痛に耐えるために土に噛み付く。

 

「ぎっ、ぐうううっ――せ、せきかか……!?」

 

 急に症状が出てくるものだ。

 だが、激痛のショックで倒れはしたが、まだ致命的な状態ではないようだ。

 すぐにクドラクは身を起こし、ふらつきながら周囲を警戒した。

 

 症状自体は、廃教会から旅立つ前の状態に戻されているようだ。

 死の危険が迫ってはいるが、数分を争うような状態ではないように思える。

 

(な、るほど……このぐらいの進行速度か。体中が石になっていく……く、管は……)

 

 命を繋ぐ二本の管は、もうほとんど見えないほどに薄れていた。

 中空でぷつんと途切れているように見えるが、管自体はぴんと張られているようだ。

 おそらく、距離に関わらず管自体は繋がっているが、思念が届かないだけなのだろう。

 

「はっ、はっ……! ふ、ふふっ……法則性を理解したぞ。苦しんだ甲斐があった。ひとまず――」

 

 クルースニクと合流しよう、と肩に立つ始祖鳥に喋りかけようとした時、横合いから刺すような殺気を感じる。

 とっさに前へ飛び込んだ直後、先程までいた場所に砲弾が打ち込まれた。

 

 砲撃があった方向から、何者かの雄叫びが聞こえる。複数の声が混ざり合ったかのような、忌まわしい声だ。

 

【外したか! まあよいわ。狩りも楽にいってはつまらぬからな。せいぜい逃げ惑え、畜獣が】

 

 牛のいななきと共に、火のカーテンを裂いて影が現れる。

 ドクロ頭の猛牛に騎乗した、身の丈二メートル以上はある剣闘士の亡霊がそこにいた。

 

 猿めいた顔立ちの巨漢で、ざんばら髪を風になびかせている。

 たくましい半裸の体に、獣皮の腰巻きと、四肢の防具のみを身につけていた。

 

【その服装、覚えがあるぞ。『緋色の王(バグロヴィイ・ヴラディカ)』とかいう大層な虫けらだったな。我が同胞よ、この生贄をどう狩る!?】

【串刺しだ! 火炙りだ!】

【皮を剥いでなめせばいい!】

 

 亡霊の問いに応えたのは、彼自身の左半身に生える複数の人面腫だった。

 左腕だけは大砲のような義手に置換されているため、顔は生えていない。

 

 よく見ると、男の顔や右半身も腐っており、皮がところどころめくれている。

 白目には瞳がないが、問題なくこちらを視認できているようだ。

 

(……この迫力、有象無象とは比べ物にならないな。こいつがセルゲイとやらか。そして……)

 

 セルゲイの前には、鎖で縛られた小柄な少女が乗せられていた。涙目でこちらを見ている。

 

「か、狩人さんなの……? 助けて……」

 

(この子は人質か。みみっちい卑怯者が)

 

 痛みをこらえてゆっくりと立ち上がり、赤い光でできた剣を亡霊に向ける。

 

「……尻に火がついてからお出ましとはな。貴方がここの頭目――黒獣セルゲイか」

【いかにも。我が名を知っておるとは、小僧にしては学があるではないか】

「異名に違わぬ獣ぶりだな。汚らしい身なりに、腐った肉体。人の名残があるぶん醜態が際立つ」

 

 亡霊はげらげらと笑い声を上げ、右手に持った巨大な両刃斧を人質の首に当てる。

 

【獣に食い散らかされるだけの子肉が、生意気な口を叩くではないか。これが見えぬのか?】

「見えるさ。人質同伴とは恐れ入ったよ。誇りや矜持も腐り果てたとみえる」

【我が軍団の烈士を退けたあたり、負けはせぬにしても手間取ると思ってな。手っ取り早く獲物をいたぶるには、この手に限るわ】

 

 他のゾンビとは違って、ずいぶんと頭が回るものだ。口も達者で、呂律も回っている。

 もっとも、知性はあれど品性はないようだ。元からこうだったのか、冥府にいた時に精神が変質したのか、それはわからなかった。

 

「……『我が軍団』ね。こんな寂れた廃村に隠れ住んでいるのに、いっぱしの将軍気取りか?」

【ここは一時の仮拠点にすぎぬ。数ヶ月もすれば、我らは手頃な国を襲い、玉座に座るのよ】

「建国でもするのか? 死人にしては野心的だな」

 

 死んでなお野心を忘れなかったのは、熱意があるというべきか、執念深いというべきか。

 いずれにせよ、生かしていい存在ではない。

 

【そのために帰還した。暗い常世の海から、我が故郷たる物質世界へ。かつて見世物として命を散らした我らが、今度は亡者の国を作り上げるのだ】

 

 炎をバックに世迷言をのたまう巨漢に、続々と配下の兵士が集まっていく。

 口元から垂れる血をぬぐう振りをして、肩に降り立ったアンフィスバエナにささやく。

 

「こちらクドラク。人質を取られた。場所は地図南西の広場。狙撃を頼めるか?」

《……石化の状態は?》

「今の状態なら、まだ戦える」

《……了解。すぐに狙撃地点に行くよ!》

 

 手配をしている内に、猛牛に乗った巨漢がこちらに近づいてくる。

 まだ、ギロチンじみた両刃斧を人質の首に這わせたままだ。

 

【与太話と思うておるな? 我らだけが大志を抱いておる訳ではない。同志は他にも大勢おる】

「……なに?」

 

 謎めいた言葉に反応すると、セルゲイはげらげらと笑った。

 

【じきに業魔の軍勢がこの地を侵す。この一帯に住む者共の多くは、宴席に並べられるだろう。新たな支配者を歓迎する宴席にな】

 

 ドクロ頭の猛牛は鼻を鳴らし、突撃の前姿勢を取った。皮が剥がれた肉体から殺気が放たれる。

 

【貴様は前夜祭の添え物よ。……腹を引き裂いて、中の魂をすすり喰ろうてくれる。そこを動くな!】

 

 そして、砲弾のように猛牛は突っ込んできた。

 

 

 





TIPS:『ゾンビ』
 死後に冥府へ行った魂が、急激な変異によって形を損なったもの。
 まだ理性を留めている者から、自我を失うほどに変異した者まで多種多様である。
 一般人が成り果てることが多く、生前から冥府に近しい呪い師の場合はゾンビになりにくい。

 死後の生存競争を嘆き、ずっと現世に留まりたいと願う人々は多い。
 楽園国を含む大国では、独自の輪廻転生システムを導入し、現世での転生を約束するところもある。
 その恩恵に与れぬ流浪の民や追放者などが、死後にゾンビへと成り果てるケースが多い。


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