新世界創造したらキヴォトスなるところだった by.天才物理学者と筋肉バカ 作:クラウディ
「…………そろそろですね……」
青く澄んだ空の下、広大な学園都市――『キヴォトス』を一望できるほどの高さがある建物の中で、とある少女が自身の腕に巻きつけてある時計を見ながらそう呟いた。
彼女の名前は「
このキヴォトスにおいて、もっとも権力のある組織――『連邦生徒会』に所属している存在だ。
そんな彼女は急いでいるのか、ロビーへと通じている廊下を少し足早に歩き、しきりに腕時計を見ては現在の時間を確認している。
まるで誰かと会う約束に遅れそうになっているかのような仕草だが、実際に彼女はとある人物と会う約束をしていた。
それも、リンの上司である存在――「連邦生徒会長」が直々にこのキヴォトスへと呼んだほどの重要人物だというのだから、普段はクールなリンがここまで落ち着きがないのも納得できるだろう。
もし、リンの後輩である「
今回、呼び出された人物――仮称『彼』は、『主席行政官』の称号を持つリンですら素性を知らない特異な存在。
ここに戻ってくる前に少しだけ会話をしてみたのだが、おそらくここに来るまでの移動で体力を消耗していたのか応答があまりできるような状況ではなかった。
辛うじて、彼が眠りに落ちる前にキヴォトスの外から来たということだけは聞き出せたのだが……。
(……あまりにも情報が不足していますね)
そう、それ以外を知らないというあまりにも『彼』の情報が少なすぎる状態なのである。
これでは自分達だけでどう対応すればいいのか分からない。
「ハァ……連邦生徒会長も、もう少し状況説明をしてくださればよかったのに……いえ、そうも言ってられない状況でしたね」
少し愚痴のような言葉を吐いてしまったが、考えを変えるように頭を振って今やるべきことを思い出す。
そうこう考えている内にロビーへとたどり着いたリンは、周囲を見回して『彼』を探し始める。
ここ最近であれば、連邦生徒会への苦情を言いに来た住民が波のように押し寄せ、まるで祭りでも行っていたかのように騒がしかったロビーは、『彼』以外は誰一人とていないほど閑散としており、『彼』を見つけることは容易かった。
「…………」
「う、うぅん……ばんじょぉ……おまえのずぼん、ちゃっくあいてんぞぉ……」
一房だけハネているという癖の強い髪、ベージュのトレンチコートにダメージジーンズ、左右の足でそれぞれ赤と青という色違いのスニーカーを履いている『彼』は、長旅の疲れなのか夢の世界へと旅立っている。
精悍な顔つきであるはずの彼の顔は、何やら良い夢でも見ているのか警戒心の無い緩い顔となっていた。
「……彼が、『
そんな彼――「桐生戦兎」の顔を覗き込みながら、リンは戦兎を起こさないようにそっと呟く。
「戦兎先生、起きてください」
「ぬへへへ……おいげんさん、それはけちゃっぷじゃなくてぇ、たばすこだっての……」
「………………」
「ケチャップとタバスコを間違える夢とは……」そう思ったリンだが、事は急を要するため仕方なく起こすことにした。
「……よほどお疲れだったのですね……すみません、少々荒っぽく行きます」
「うへへへ……おいかずみん、そこのふらいどぽてととってくれよ……」
「起きてください戦兎先生!!」
「おいおい、飯食いながらなに寝ぼけてんだ戦兎?」
(…………万丈?)
「まーた変な実験でもしてたのか?」
(カズミン……?)
「とりあえずこれでも食って元気を出せ。俺特製のナポリタンだ」
(幻さん……? あれ……俺達……今まで何をしてたんだ……? まぁ、いっか――いや違う、俺達はさっきまでエボルトと戦ってて――)
「起きてください戦兎先生!!」
「うおわぁっ!? いでっ!?」
揺らめいていた意識が、耳をつんざくような鋭い声と共にはっきりとして、男――『桐生戦兎』は目を覚ます。
目を覚ます際、おそらく何かしら高さのある物に寝転んでいたからだろうか、跳ね起きた際にそこから転げ落ちて腰を強打する。
腰をさすりながら痛みをこらえるが、すぐさまあることを思い出して周囲を警戒する。
そうだ、自身は宿敵――『エボルト』と戦っている最中だったと。
そしてエボルトとの戦いに勝ち、新世界を創造することに成功したと、『葛城巧』に告げられたことも。
(……こ、こは…………)
にわかには信じきれなかった事実の数々。
しかし、自身の視界に映る世界はまさしく『新世界』だった。
ついにだ、ついに成功したのだ、皆の願い、全てを懸けた平和な世界――を実感する前に、横から誰かの声が響く。
「おはようございます、戦兎先生」
「へ……どわぁっ!? な、え、せん、俺!?」
「……そんなに驚かれなくとも……」
そこにいたのは長身の女性だった。
濡羽色とも表現できる美しい髪と少し鋭さすら感じるきりっとした瞳は、彼女の規律正しさを表しているようだ。
「少々待っていてくださいと言いましたのに、お疲れだったみたいですね。なかなか起きないほど熟睡されるとは……」
「……? 君は……誰だ……?」
そんな女性は戦兎の身を案じるような言葉をかけてくれるが、戦兎は今の状況がのみ込めていないため混乱するだけだった。
無理もない。
ただでさえ、世界の存亡を懸けた決戦がようやく終わり、かと思えば今度は新しい世界にも危機が迫っていることを聞かされ、ならばと意気込んで目を覚ましてみれば見知らぬ女性から声をかけられる……。
戦兎のような非常識的な経験を積んでいる人間だったからこそ、彼女に問いを返せただけで普通なら思考停止してもおかしくなかった。
そんな戦兎の内心を知らない目の前の女性は、きょとんとした様子で戦兎の姿を見つめる。
しかし、それも束の間、咳払いをした彼女は改めて話し始めるのであった。
「……申し遅れました。私の名前は
「????? キヴォトス……? レンポウセイトカイ……?」
「……混乱されてますよね……無理もありません……」
彼女――『七神リン』の口から飛び出してきた聞きなれない単語の数々に、いまだに自身の頭は寝ぼけているのかと戦兎は疑ってしまう。
そんな戦兎の様子を見て、リンはある種の納得をしていた。
「やはり、『あの人』のことですからあなたへの説明を省いてしまったのでしょう。重ね重ねお詫び申し上げます」
「え、あ、いやいや! 俺の方こそ、何も覚えてなくてすみません……」
「……こんな状況になってしまったこと、遺憾に思います。でも今はとりあえず、私についてきてください」
そうして、リンは気を引き締めてこう言った。
「――どうしても、先生にやっていただかなくてはいけない事があります」
「どうしても」その言葉にはどれだけの思いが込められているのか……。
だが、自分――『桐生戦兎』は決意したんだ。
「……どうしても、か……分かった、そのついでに色々と教えてもらえると……」
リンの言葉に少しだけ考え込んだ後、戦兎は迷うことなく了承したのである。
――そして青春の物語は
――自意識過剰な正義のヒーローの手によって……。