初対面の人に名前を呼ばれて「久しぶり~」と手を振られた時、人はどう返すのが正解なんですか?
現実世界で考えたら怪しい宗教勧誘か、壷でも売られるのかと不安に思うよね。ぶっちゃけ、怖いです。
「久しぶりですね~ザラキエルちゃん。えっと、いつ以来でしたっけ?」
見たこともない、眼鏡をかけた紫色の髪をした天使。
熾天使さんが「アルマロス」って呼んでいたから、多分それが名前だと思うが……聞いたこともない。
なのに彼女は当たり前のように手を振って、怪しさ爆発で話しかけてくる。
コミュ障な俺では、どう対応するのが正解か分からなかった。キョロキョロと眼が泳ぐ。
「あれ? まさか私のこと忘れちゃったのですか? ……ほら私ですよ、図書館の司書長で、智天使のアルマロス。2年前にザラキエルちゃんが来た時、本の読み聞かせ、やってあげたでしょう……?」
「え、あ……そう! やった! やってもらった!!」
そこまで言われれば馬鹿でもわかる。
なんでか知らんが、この人は俺を庇ってくれているのだろう。
どうして俺の名前を知ってるの、とか。
俺が追い詰められている状況をどうやって把握したの、とか。
分からないことはまだまだあるが、今はとにかく乗っかるべし!
「えーっと、2年前……この人に、図書館、案内してもらった……よ?」
熾天使さんに、ほらほらこの人だよって教えてあげる。
彼女は何度も俺と智天使さんの間で目線を往復させた後、膝から崩れ落ちた。
「……良かった……私の思い過ごしだったか……。お前は1人じゃなかったんだな、良かった……」
「うん」
ごめんね、これウソなの。
でも1人で本を読んだと白状したら、怒られるからヒミツ。
それを明かすと芋づる式に「俺の光輪、めっちゃ色んな人の魔力あるじゃん問題」に行き付いちゃうから……。たぶん一生ヒミツ。女神様にだって絶対言わない。
「それで熾天使さんは一体どうしたのですか? そんなに焦って、ザラキエルちゃんの手を引いて」
「あ、あぁ……私の勘違いだったから問題無い。いや、そうだな。アルマロスは神専――」
「わぁー!! その猫ちゃん、まさか悪魔じゃないですか!? ちょっと抱っこしていいですか!?」
智天使が突然、熾天使さんの言葉を遮る様に大声を出した後。俺の抱える猫を指さして、驚いた。
貸してくれと言わんばかりに両手を向けてきたが……大丈夫? 殺さない?
まあ俺を庇ってくれた天使だし、そんなに期待した目で見られたら無下にはできないか。クロをゆっくりと手渡した。
「……」
「……」
智天使とクロがジッと見つめ合って無言で佇んだ。
「……」
「……」
あの……なんですの、この時間……?
智天使さんはさっきまで凄い嬉しそうだったのに、突然無反応になってしまった。
猫好きなんでしょ? じゃあ抱っこしたら、もうちょっと撫でるとか、声をかけるとかないんですか? 顔も笑顔で固定はちょっとこう……ね。
「ふぅん……はい、ありがとうございました」
「主ー、ここ広いね。ちょっとボク、気になるなぁ。散歩してくるよ!」
智天使さんから返却されたクロを受け取った。途端、クロが変なことを言い出した。
そんなこと言われても、図書館で猫を離すのはマナー的に如何なものか。
しかし許可を出す前にクロは俺の手をするりと抜け出して、勝手に巨大な本棚を縫うように進みだした。
「あれ? クロー?」
ザラキエルは クロを にがしてあげた!
ばいばい! クロ!
じゃなくて。
この図書館で放し飼いは普通に危なくないか?
クロが一般的な猫じゃないとはいえ、この図書館も一般的とは言い難い。気付かない内に本に食われてましたとか有りそうなのがなんとも……。
「おいザラキエル! 何をやっている! 危ないだろ!」
熾天使さんが慌ててクロを追いかけてくれたが、クロはもう見る影もないぐらいどこか遠くへ行ってしまった。
大丈夫だろうか?
なんか本棚の先からクロの絶叫と、熾天使さんの驚く声が聞こえてくるんだが……?
「申し訳ありません、ちょっとクロちゃんにお願いして熾天使さんを離して貰ったのですよ。私が貴方と二人きりになりたかったから」
「……え?」
「だって、初めまして、でしょう? 私達」
「うん」
そりゃあねぇ。
だけど、どうして俺を庇うような発言をしてくれたのか。俺の名前を知ってた理由。智天使さんから事情を聴いてみる。
「2年前のある日……私が帰ってきた時、だいぶ図書館が荒らされてましてねぇ……留守の間に誰かが好き勝手、本を読んでくれたようで?」
「ん……?」
「幾つもの呪物が解放されているし、『殺意の天使』が図書館の暗闇に潜むようになってしまったし、まるで台風が通り過ぎたかのように本は散乱してるし……犯人、誰かなぁって。そりゃ調べますよね」
「うっ……」
「そしたら、今話題沸騰中の『殺し大好き天使』ことザラキエルさんじゃないですか。名前と顔を知ってるのは当然なのですよ?」
「別に私、殺しは好きじゃないんだけど……」
「あはは! 上手な嘘ですね。まるで本心みたいです!」
「……本心だし」
クロといい、この人といい、どうして皆がみんな俺のことを殺人癖持ちのやべー奴扱いしてくるのか。
まあこの人の場合はイヤミ混じりだろうし、クロは悪魔的感性からの妄言だと思うのだが。
「まあ、後は……当時、司書の私も留守にしてしまった負い目がありますからね、庇うぐらいはするのです。それに、結構多いんですよ。『危険だからやるな』って言っても、親の目を盗んで、勝手に本を読んじゃう天使の子」
「え……あのクソの塊みたいな本を読むの……? 命知らず?」
そいつ、頭狂っちゃうんじゃねぇの?
「その筆頭が貴方なのですけど?」
「うぅ……」
「まあ、とにかく。そうなった場合は大概、先ほどの貴方のように怒り狂った親が手を引いて連れてくるんです。だからさっきのザラキエルさんの時も、熾天使さんを見た瞬間『あ、なるほどなぁ。バレたか』って分かったのですよ!」
「おお……」
あの一瞬でそこまで頭を回して、俺を庇ってくれた智天使さんスゲェな。
思わずぱちぱちと拍手した。
「ありがとー」
「いえいえ~、いえいえ~」
照れてる。照れてる。
智天使さんが、えへへと笑ってる。カワイイ。
「でも、そもそも2年前に智天使さんが留守にしてなきゃよかったんじゃない? 貴方、司書でしょ? なんで職務放棄して居なくなるの?」
「……」
「責任放棄した結果で、挽回してもダメだよ?」
「……」
なんか突然、智天使さんが難聴になったかのように反応を返してくれなくなりました。
「な、なんで黙るの?」
「……」
ねえ、怖いんだけど!?
やめてよ、笑顔で固まるの!
「で、でもありがとー! 智天使さんのおかげで私のヒミツがバレないですんだよー! ありがとー!」
「いえ~い、いえ~い!」
……ああ分かった。
この人、図星言われると、言い返せなくなって黙っちゃうタイプなんだ。
でも急に黙り込むのは怖いからやめてほしい。
相手を委縮させるなんて、ディスカッションで使ったらあまりに卑劣な戦法だろ!
「ところで……」
智天使さんが、急に真顔になって俺の光輪に手を伸ばした。
嫌な予感がして後ずさる。
「あぁ、申し訳ありません。悪意はないのですよ、でも貴方……いろいろ混じっちゃいましたね?」
「……分かる?」
「分かりますよぉ~、だってほら、私も一緒ですもん」
つんつんと自分の光輪を突っつく智天使さんは、少しだけ困ったように笑っていた。
「私、人より少しだけ知的好奇心が強いんです。どうしても知りたくなるんですよね、この本を読んだらどうなるんだろう。生身で、あの薄汚い神力を受け止めたら、どれだけ屈辱的で、不愉快だろうって。全部を知りたくなるんです」
智天使さんはそう言う訳で、俺と同じように神々の日記も読みつくし、光輪に色んな人の魔力を貯め込んだという。
……凄いね。お揃い、ビッチだね。
あ、これ誰にもヒミツですよ。と智天使さんは続けて言う。
「今じゃ、この図書館の本だけでは物足りなくなって、世界中回って色んなモノを調べてます。でも、仕事をさぼってるって体裁が悪いじゃないですか? だから、別の仕事をしてる体にして、度々留守にしてるんです」
「それ、女神様に知られたら怒られない?」
「たぶん……そりゃもう、滅茶苦茶……」
「ダメじゃん」
一瞬、仕事サボるってそんなのあり!? と思ったが、女神様にバレたら説教なんて釣りあわない。
やっぱり俺は、しっかり働いて、しっかり休む方がよさそうだ。
「話が逸れました。つまり、ザラキエルさんも、そうなのでしょう? さっき触れようとしたのは、確認したかっただけなのです」
「……まあ、ねえ」
この智天使さんは俺が1人、図書館で色んな本を読んだことを知っている人だ。今更、誤魔化してもしょうがない。
はい。俺の光輪は色んな人の魔力が混じってます。
でもその行為がだいぶヤバい情事だと知った今。あんまり堂々とは言いにくい。
「うーん? まさか自分が穢れてしまったと思ってます? それが気になります? なら清めましょうか。それは留守にしてた、私の責任でもありますので」
「……清める?」
「言ったでしょう。時折、1人勝手に本を読んで狂っちゃう子が出るって。その尻拭いも司書の仕事なのですよ」
例えば、精神感応に負けて、自我を崩壊させた子の治療。
例えば、呪物を開放してしまい、本の内部に取り込まれてしまった子の救出。
そして暢気に神の日記帳を開いて、神力で犯されてしまった可哀そうな子――俺のような奴の浄化も司書の仕事だという。
「できるの?」
「できますよぉ~」
そう言って、にこやかに笑う智天使さんは、ほんとうに凄腕の司書に見えた。まあ性格とかは結構終わってそうだけどね。なにせ仕事サボるし。
なんでも、天使という種族はその『魔力』を自分自身と認識しているが、智天使さんに言わせればそれは間違いではないが、正解でもないそうだ。
確かに天使は大気中の神力がより固まって生まれる、エネルギー生命体だ。肉体など後付けの存在でしかない。
魔力を本当の自分自身と認識するのは、至って当然の帰結ではある。
だから天使は肉体にはさほど執着せず――キスを給餌とほざくのも、その影響だろう――分かりやすい魔力に目を向けて、それを穢されることを忌避する"文化"が育まれた。
しかし、その大本には"魂"が存在するのだ。それを覆うものが魔力であり、その更に外側に肉体が存在する。
『日記帳』は神力を与えることで読者の天使を穢そうとしてくるが、それでは本当の深層まで届かない。
所詮、上辺だけの汚染だと智天使は言う。
「慣れれば別に気持ち悪くないですしね。あるいは元々、魔力を知らない人もたぶん違和感無く受け入れられるんじゃないですかね? 魂まで汚染がくると、こんなもんじゃないです。本当に、自分が自分でなくなる感覚を味わえますよ?」
「……なるほど」
天使達は、魔力の混じり合わせを神聖視しているが、それは文化的に育まれた後天的感性であり、思想の問題だ。
その行為で子供ができないのがその証だと智天使は吐き捨てた。
「天使は神気から生まれる魔法生命体です。ですが"生物"なんです。神気による創造ではなく、真っ当な繁殖方法があってしかるべきと私は考えます」
魂が有り、肉体が有るなら、それは独立した種族と成りえる存在だ。
決して神族なんかに隷属しない生存方法があるはずなんだと、智天使さんは拳を握って熱弁する。
「まだ発見されていないだけで、もっと互いの魂同士を絡み合わせて、新たな子孫を生み出す方法があるはずなんです! それこそが、天使の本当の性行為だと思うのです! ああ……やってみたいのですよ! 誰か相手になって欲しいのです! でも私が言っても誰も信じないのです!」
「……はぁ、そうですか」
「ザラキエルさん! 私と一緒に新たな扉を開きませんか!? 貴方と私で、新たなる天使の母となるのです!」
「……ごめんなさい」
なんか、ヒートアップしてきた智天使さんが気持ち悪いので、ごめんなさい。
智天使さんは悲しそうに俯いた。
しかし、なるほど……じゃあ俺の感覚は間違っていなかったのか。
神の日記帳から神力を送り込まれていることを感じても「あ、また来たなぁ」と思うだけで、それ以外の感想を得られなかった。嫌悪感とか全然無い。
本当に俺という存在が犯されているならば、本能的に分かったはずだと智天使さんは言う。
例えるならば、そうだな……神力を受け取ることは愛車にガソリンをいれる感情に似ている。
これでまた一杯走れるぞ~とは思っても、「うわぁ! 俺の車がガソリンに犯されたぁ!」とは思わんだろう。
その理論で行くと、車内にガソリンぶちまけられて、座席までガソリン漬けにされたのが、魂の穢れになるのだろうなぁと何となく想像。
うん……運転席に乗って、お尻が油でベチョってなったら凄いイヤだわ。俺も、こんな暢気にしてられない。すぐさま風呂入って体キレイキレイしたくなる。
そう考えれば、自分の光輪(燃料タンク)に他人の魔力が混じった程度なんのその。
レギュラーガソリンにハイオクが混じったって大丈夫だい! ……まあ、さすがにサラダ油はイヤだけど。
しかし、異種族文化というのは厄介で、俺がいくらそう言って「大丈夫だよぉ~」とへらへら笑っても、普通の一般天使から見れば俺が凌辱された様にしか見えないのは変わらない。
結局、俺のやらかしは女神様達には明かせないのだった……。
「それで、浄化します?」
「……うーん。いや別に、いいかなぁ」
俺は悩んだ末に、そう結論付けた。
光輪の浄化とは一度全部の魔力を抜き取って、綺麗サッパリに洗浄するのだという。そして自分の魔力だけで光輪が満たされるのを待つ。
そうすれば汚染された魔力は綺麗サッパリ消え去っちゃう。
メリットは、俺の光輪がキレイキレイになること。
デメリットは、俺が驚くほど弱体化する事。
うん……たまに忘れるけど、俺まだ生後2才なのよね……。
俺が普通の天使よりも強いのは、この図書館であまたの本を読み、多くの術式を学び、多量の魔力と神力を得た成果。
俺の光輪が混沌たる力の坩堝と化したが所以。
2才なんて普通の天使ならまだ親にくっ付いて、仕事を一緒にやり始める段階だ。まず悪魔なんて殺せない。
だから、もしも俺の体が純潔に戻ったら。
普通の2才児天使に戻ったら、俺は女神様の為に働けない。そんなのは御免だった。
智天使さんに浄化を遠慮する旨を伝えると、彼女は心得たと頷いた。
「じゃあ、後はクロちゃんの首輪……神専魔法を誰が使った事にするかが問題なのですね」
「あ、そっか……その問題もあるね」
つい光輪の事ばかりに目が行くが、熾天使さんにはそこも突っ込まれていたのだ。
というか、そこまで智天使さんはカバーストーリーを考えてくれるのか。
なんだろう、この人。めっちゃ俺の為に頭を使ってくれるじゃん。最初は不審者にしか見えなかったのに、実はいい人か?
「……智天使さんじゃダメ? 智天使さんが私にクロをプレゼントしてくれた。だめ?」
智天使さんの光輪も俺みたいに、魔力の坩堝と化しているそうなので、たぶん神専魔法だって使えるはずだ。そうお願いしてみた。
智天使さんの顔が、本当に嫌そうに歪む。
「え~。……私、あの親バカ2人に目を付けられたくないのですよ。そんな
「むぅ」
別に悪魔をプレゼントしたくらいじゃ、熾天使さんも女神様も殺すほど怒らないと思うんだけど……。
しかし、困ったな。
それじゃあどうしよう?
助けてくれーと眼をウルウルさせながら智天使さんを見上げる。彼女は、苦笑いを浮かべながら助言をくれた。
「――アスモデウス」
「え?」
「魔界で出会った"アスモデウス"がクロちゃんをくれたとでも言っておくのですよ。その時に神専魔法を使って、呪縛してくれたとも言ってください。それで何とかなります」
「あすも……だれ?」
「知らなくていいのです。いえ、知らない方がいいのです。その方がやりやすい」
「ふーん……?」
「ただし、これは借りになります。私にではなく、アスモデウスに対する借り。ザラキエルさんに支払う覚悟が有りますか?」
「…………いいよ。内容次第」
アスモ何某は知らないが、たぶん魔界の悪魔の誰かだろう。
対価を命で支払えとか、女神様を殺せとか言われないなら、ある程度の話は聞いてやろう。
別に契約魔法で強制的に縛られる訳でもなし。いざとなったら踏み倒せばいいやと考える。
「あくどい顔してますねぇ……ザラキエルさんの天使にあるまじき、契約を尊重しない考え。嫌いじゃないのです」
あれ、バレバレだった。
顔をむにむに触って確認。俺ってそんなに分かりやすかった?
「大戦時代の天使を思い出しますね。敵を殺すためなら、どんな手も使う。……でも気を付けてくださいね。それは危険な思想です。行き過ぎた悪意は堕天を誘発するのです」
「……天使って、面倒だね」
あれしたらダメ、こう考えちゃダメ。
欲望持ったらダメ。マジメに生きなきゃ堕天する。
はぁん、めんどいよー!
もう女神様の部屋でごろごろ寝てたいよー! ニート王に俺はなる!
「ほら、また堕天が進んでる。今度は何ですか、どうやってアスモデウスを殺すか想像しましたか? 楽しそうですねー、その時は私も混ぜて欲しいのです」
「……心頭滅却、雑念を振り払う」
想像するのは、俺が仕事を懸命にこなして、笑顔で褒めてくれる女神様。
あ~……癒されるぅ。
ていうか、そうだよ!
こんなことやってる暇が有ったら、早く仕事をこなさなきゃ!!
「じゃあ、ありがとう智天使さん。また何かあったら、相談に乗ってね」
「はいどうぞ。私は、基本的にここに居る……事になってますが、多分いないので。また会ったら、よろしくどうぞ~」
結構いい人だったな。智天使さんに手を振って別れを告げる。
「さて……クロはどこまで逃げた?」
図書館のどこかで遭難してしまったのか、助けを求めるクロの泣き声が微かに聞こえる。
時々気になる本をパラパラ読みながら、クロ探し。
あ~、神書は相変わらず、ゴミクズみたいな内容なんじゃぁ~。
でも神力でパワーアップは病みつきになるんだよねぇ……ガソリンと一緒だから、たまに補充しないといけないし。
なんて。そんな事を考えながら歩いていたら、足元から声がした。
「うわーん、死ぬ死ぬぅ! ボクの損失は世界の損失だぞ! 分かってるのかあ、このバケモノ本!」
何だろと思って下を見る。
「あ、いた」
クロ見っけ。下半身を本に挟まれて泣いていた。
あ~……たぶんこれ、喰われかけだな。
「あっ――主~! 何してたんだよ、ボクの危機だぞ! 呼んだんだから早く来いよぅ!」
「はいはい。今助けるからね、よいしょ」
なんか知らんが歯の生えたクソデカい本を力任せに引きはが……あれ? 抜けないな、牙が食い込んでる?
「雑ぅ! 雑だよ主! 痛いってー!!」
無理やり引っ張ったら、余計にクロがじたばたと暴れ出した。
まあ待て、まあ待て。
本の口を……本の口って何だよ。まあとにかく、今度は本を両手で強引に開くように力を籠めた。
「っ、抜けたぁ! やっと抜けたよぅ! まだ後ろ脚ついてる!? ボクの美しい尻尾は大丈夫!? うわー! なんか涎でベタベタっ、やだぁ!」
「なんで本に挟まってたの?」
「え……どんな本だろうなって、気になって。でもただ本を開いただけなんだよ!? そしたら、あんなことに……! なんだよここ、オカシイだろー!」
聞けばクロは智天使さんに抱えられた時、念話で少し図書館を散歩してきてくれと頼まれたらしい。
その際は絶対に本に触れるなと念押しされた。が、そんなことを言われると、クロは逆に気になって触ったらしい。
……クロは馬鹿なのかな?
で……熾天使さんはどこ行った? クロを追いかけたはずだから、ここらに居ると思うけど……あ、すぐ近くに居たわ。
なんか本に頭をめっちゃガジガジされて、倒れてる。
……なんかさっき見た光景だな。お前もか。
「よいしょ」
「む、なんだザラキエルか……すまん、助かった」
二度目になるので、特に手こずる事もなく熾天使さんを救出。
でもなんで、熾天使さんがそんな目に遭ってるんですか?
「いや……クロが本に食われて動けなくなっているのを見て笑っていたんだが……ちょっと気になる本を見つけてな……」
「ふーん?」
それがこれか。
なになに……『反抗期の子供との関わり方 ~ 親の心構え編 虐待はNO! ~』?
一応、これは天使が書いた本らしいけど……なんだこれは。一体何に使う本なんだ。
「……」
「わ、私じゃないぞ! 友人に、そういうことで困ってる奴がいてな!? なにか参考になることはないかと、思って……だな……」
「熾天使が本に喰われないで」
「それは……はい。面目ない。内容に集中してたら、隙を付かれて……すまん」
熾天使さんはどうしてそう、面白キャラを目指すんですか!
もっとちゃんとしっかりしてください! 仮にも最上位天使でしょう!?
ほら行くよ、と二人の手を引いて魔界へと向かうことにする。
これから、久しぶりの仕事なのだ。俺の気合も入ってきた……!